「祈り」という言葉を、

ここ数日で 何度か耳にした。

 

 

神さまに 祈る。

 

病気の無事を 祈る。

 

もう逢えない人が

笑顔であるように 祈る。

 

 

祈り は、ものすごくプライベートな

 

心の内側でおこなわれる、

ひそやかで 完結された行為だけど

 

 

その反面、どこまでも「委ねて」いる。

 

自分では力がおよばない 何かを

 

自分では直接変えることができない

過去や未来のことを。

 

 

 

祈ることが、

自分のことであれ

他の誰かのことであれ

 

 

祈るとき、心は

 

ものすごく遠くまで

 

ずっと先まで つながっている。

 

 

 

祈る。

委ねる。

広がる。

 

あるいは

大きな何かに 包まれる。

 

 

 

永いあいだ、自分の力で泳いできたけど

あるとき、水面にぷかりと浮かんでみたら

 

思いのほか、おだやかで、満たされて

 

ほんとはずっと、守られていた。

 

そんな感覚。

 

 

 

 

自分の望むことを

決めて、選んで、

できることを成していく日々も。

 

ただ無心に

大きな広がりに、身を委ねて

歩みを止めて包まれる日々も。

 

 

わたしたちの日々には

どちらもあっていい。

 

 

なんだかそんな気がしました。

 

 

 

* * * * * * * * 

 

瞑想も、祈りも

どちらも

ポジティブな効果が確認されているそうです。

 

脳波の変化とか、

多幸ホルモンの分泌とか。

 

瞑想を通して、

自分のことを

客観的に見られたりするのに対して

 

祈りの、瞑想との違いは

自分以外の存在との

つながりを感じられることかもしれない。

 

 

わからないけど、

どちらも自分のペースで

日常に取り入れられたらいいなと思っています。

 

 

 

 

お越しくださり

ありがとうございました。

 

明日もいい日でありますように。

 

 

山本 麻莉

 

 

自分が生き物だってことを

 

わたし達は簡単に忘れてしまう。

 

 

 

 

家でパソコンに向かって仕事をしている時

 

数時間、平気で座りっぱなしでいられる。

 

 

息が浅くなって

 

首や肩がガチガチに強張っているのも

 

気づかないで

 

 

頭の中にあるもののことだけで

いっぱいになってしまう。

 

 

頭、なんて

 

体の

 

ほんの一部、なのにね。

 

image

 

 

呼吸を、絶えず

 

繰り返していることも

 

 

 

体が、柔らかいことも

 

いろんな方向へ、動くことも。

 

 

わたしの体が、そうやって

 

動きたがっていることも。

 

 

その下では

 

脈を打ち、血が巡っていることも。

 

 

 

 

忘れてしまう。

 

 

忘れてしまう。

 

 

頭の中にあるもののことだけで

 

いっぱいになってしまう。

 

 

 

 

 

全身で、息を吸って、吐いて

 

取り戻す。

 

 

 

ほんとうは、

 

やわらかくて、あたたかくて

 

緩やかに、巡っている。

 

そんな、なにか。

 

 

 

 

わたしは ”生き物”だってこと。

 

 

何度でも忘れるから

 

何度でも、思い出す。

 

 

全身で、息を吸って、吐いて

 

取り戻す。

 

 

 

うん、そうだ。

 

 

生きてる。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * 

 

 

仕事中、Youtubeで

 

打ち寄せる波の音の動画とか

 https://youtu.be/r89PrCE7tMU

 

 

 

 

クラゲが漂うだけの動画とか を

 https://youtu.be/gdJjc6l6iII

 

 

 

ひたすら流し続けています。

 

 

どうやら、”一定のリズムで繰り返す” 

というのが大事みたいで

 

 

仕事の方に集中していたとしても、

 

深い呼吸をすることを

 

無意識に、体が覚えていてくれている。

 

 

 

川の流れる音や、焚き火の音も試してみたけど


これが一番、頭と体の両方に

 

やさしいみたい。

 

 

 

もっと自然に、息をするように

 

マインドフルネスとかが、できたらいいのですが

 

難しいので他力本願。

 

動画の力を借りています。

 

 

 

 

お越しくださり、

ありがとうございました。

 

明日もいい日でありますように。

 

 

山本 麻莉

 

昨日、今日と

偶然に

 

眠っている猫の画像を探していました。

 

暖かさ

柔らかさ

静けさ

 

安心しきって 眠る猫。

 

 

 

 

今日、交わした会話をきっかけに

 

「ふたりの相反する自分」

 

「陰と陽」

 

そんなことを考えていた折。

 

 

ふと、丸くなって眠る猫の姿が

 

陰と陽を表す

太極図に

 

なんだか似て見えました。

 

 

 

陰と陽

 

白と黒
 

表と裏

 

 

相反するもの。
 

 

静と動


善と悪

 

強さと弱さ

 

 

外へ向かう力と

内へ向かう力

 

変化を望む自分と

変化を拒む自分

 

 

 

それは それとして

 

 

相反するものをまるごと

受け容れて

併せ持って

 

そのままゆく。

 

 

 

円の中で調和している

 

ひとつの完成された存在

 

ひとつの完成された、生きもの。

 

 

 

相反するものをまるごと

受け容れて

併せ持って

 

 

丸くなって眠る猫のように

 

円の中で、ひとつに

調和したならいいと思う。

 

 

ひとつの完成された存在

 

ひとつの完成された、生きもの。

 

 

もしかしたら、たぶん、誰でも。

 

 

 

* * * * * * * * * *

 

 

「ふたりの相反する自分」は

 

 

何かしようとするたび

必ずと言っていいほど現れて

言い争いをしたり

綱引きをしたり。

 

けれど、もっと深い、心の奥底では

同じことを望んでいたりするから。

 

その「望み」を見つけてあげて

 

一見、真逆の存在でも

最終的には調和している。

そんなのがいいなぁと思います。

 

 

ふたりの自分に聴いてみる。

 

 

 

 

 

ものすごく眠くてたまらなくて、

いつも以上に

取り留めのない文章です。ごめんなさい。

 

 

お越しくださり、

ありがとうございました。

 

明日もあなたが笑顔でありますように。

 

山本 麻莉