外来診療において、もちろん、陽性のお話しばかりたくさんできれば一番いいのだが、妊娠率が100%でない以上、どうしても陰性のお話しもすることになる。その中で一番聞かれるというか、ほぼ必ず聞かれる質問は、「なぜ着床しなかったのでしょうか、何が悪かったのでしょうか」ということである。

 

過去記事「原因を知りたい」についても色々書いたが、原因を究明することは必ずしも容易ではない。もちろん、明らかに途中のホルモン値がよくなかった、融解後の胚の状態がよくなかった、移植後に高熱を出した、子宮内膜が薄かった等、明らかに原因がある場合もあるが、移植前にこういった事態となった場合はそもそも移植をキャンセルしていることもあり、移殖できている時点で、その周期には一応の及第点が与えられているわけで、その上で妊娠が成立しなかったのであれば、すぐには答えがでない。

 

不妊治療の第1の目的は妊娠成立・継続であって、原因究明はその手段・ツールに過ぎない。こう書くと、患者の気持ちを分かってないなどとご意見をいただくこともあるが、心情的にはどれほど気になったとしても(というか当然気にはなるが)、原因究明はあくまでも手段であり、少なくとも第1の目的ではない。原因は1つとは限らないし、複合的な要因が様々からみあっていることもあるし、真実としては何か原因があったとしても今の医学で究明できるとも限らない。そういった時に原因にこだわりすぎるのは得策ではない。いずれにせよ、出来得る限りの検査を尽くした上でも原因不明ならば、それ以上考えても仕方がない。しかし、何かプランは立てないと新しい展開に立てない。大切なのは、「じゃあどうすればよいのか」という部分を説得力を持って組み立てられることである。

 

前置きが長くなったが、どのように原因究明し、どのようにプランを立てていくのがよいのか、今日はこれについて解説する。

 

 

着床しない原因としては以下のような原因が考えられている。

 

【受精卵の問題】 

 受精卵の染色体異常があれば着床しない。卵子の問題、精子の問題、受精時の問題、その後の育ちの問題がある。胚の異常に対しては究極的には胚の染色体検査(着床前診断)を行う手もあるが、これは妊娠しない胚と流産確定の胚を除外しているだけなので、流産の予防と、卵子はたくさんとれるが受精卵の質が悪いという一部の方にとってはメリットがあるが、それ以外の方にとっては、検査しても胚がよくなるわけではない以上、採卵あたりの妊娠率は全く向上せず、それどころか生検による胚へのダメージは不可避であり下手をすると採卵あたりの妊娠率を下げかねないという問題点もあり、メリットがある方がそれほど多いわけではない。

 

 これに対して複数個移植は、胚のダメージを伴うことなく受精卵の質問題を解決できることがある。すなわち、複数個のうち、「その中でどれかは正常ではないか」ということに期待する考えができる。また胚発生の環境という意味では、胚盤胞移植にこだわりすぎず初期胚移植をする、あるいは、卵巣刺激(排卵誘発方法:アンタゴニスト法、ショート法、低刺激)を変更したり、排卵誘発に使う薬剤(内服ならクロミッドやレトロゾール、HMG/FSH製剤も多数ある)のバリエーションを変える、培養液が複数できる施設なら培養液を変える、など、一言で受精卵へのアプローチといってもできることは色々ある。

(複数個移植については、こちら→1個移植と2個移植と2段階移植はどれが一番妊娠するか複数個移植あれこれ)。

 

【合併症の改善】 

甲状腺疾患(甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症、バセドウ病、橋本病、亜急性甲状腺炎、無痛性甲状腺炎等)(甲状腺機能異常)、自己免疫疾患(シェーグレン症候群、全身性エリテマトーデス等)、糖尿病やその予備軍なども、着床や不育と大きく関連する。

 

【栄養バランス、生活習慣】

ビタミンDが低値、銅亜鉛バランスで銅が高値だと妊娠しにくく流産しやすくなると報告されている。検査をして異常ならば是正が可能。

その他、地中海式の食生活をするとよい、と言われている。カフェインやアルコール、イソフラボンなど妊娠を妨げる可能性があるものの過剰摂取は避けることが推奨される(妊活中にしていいこと、よくないこと地中海型食生活をしよう結局何を食べればよいのか)。

 

【卵管因子】

卵管水腫の存在が着床率を下げる可能性がある(子宮卵管造影)。全ての卵管水腫が着床に影響するかについては様々な意見がある。ただし、対策が必要な場合は腹腔鏡手術をするしかない(切除あるいはクリッピング)。

 

【着床の窓のずれ】

通常、胚盤胞を移植するにあたり黄体ホルモン開始(あるいは排卵)から5日後に移植するが、これを4日目あるいは6日目に移植する必要があるかどうかの検査(ERPeak検査、ERA検査)。当院では最新のERPeak検査を実施しており、良好な成果を上げている(解説はこちら→着床の窓)

 

【凝固線溶系異常】 

もともとは不育症検査として行われていた項目。抗リン脂質抗体と純粋な凝固線溶系に大別される。着床障害も、着床しかかるが判定の時には痕跡がなくなる広義の不育症もあるのではないかとの考え方から、なかなか着床しない方に対しても行われる。引っかかると血栓症傾向という判断になるので、アスピリンの内服やヘパリンの注射の適応となる。不育症治療に関する解説はこちら(流産・習慣流産・不育症ヘパリン治療について)。

 

【子宮因子】 

 子宮形態異常(子宮鏡検査:双角子宮、中隔子宮など、また粘膜下筋腫や子宮内膜ポリープなど)、慢性子宮内膜炎(CD138検査、当院ではBCE検査と呼ぶ)、子宮収縮検査(当院ではエコー動画と呼ぶ)なども大切である。

 子宮内フローラの検査については賛否両論であり、他の検査よりも優先度が落ちる。引っかかった場合は乳酸菌を飲みましょうとなるだけなので、当院では最初から腸活を兼ねて乳酸菌(ラクトフェリン、ラクトフローラ等)を内服することをお勧めしている。

 「慢性子宮内膜炎の原因になり得る菌がいるかどうか」なる検査も存在するが、なにも素直に慢性子宮内膜炎かどうかを調べればよいわけで、菌はいるが慢性子宮内膜炎ではない、あるいは菌は検出以下だが内膜炎だけ残った、ということもあり得るし、全ての菌を検出しているわけではないので、検査の意義は限定的である。当院のEMMA/ALICE検査に対する見解はこちら(初回移植前にALICE検査を勧められました)。

 

【免疫因子】 

NK活性、未知の免疫因子など。

クリニックによってはTh1/Th2比を調べる施設もあるが、一度かなり前にもてはやされて廃れた検査であることと、検査の低再現性が低いなどの理由で充分なコンセンサスはないため当院では行っていない。Th1/Th2検査についての当院の見解はこちら(Th1/Th2バランスについて)。

 

【治療周期の選択】

治療内容との相性で妊娠するしないに影響することがある。例えば永遠のテーマである「ホルモン補充周期、自然排卵周期、新鮮胚移植周期」についても、様々な意見はあるが最終的には治療との相性は無視できないほど大きく、どちらがよいということを喧々諤々で論ずることには、学術的には興味深いが、現場の治療決定の場ではあまり意味がない(牛丼チェーンの吉野家と松屋はどちらが美味しいか、といくら真剣に論じたところで、それぞれには、コアなファン、アンチ、どっちでもよい人がいるわけで、どちらが美味しいのかを論じることそのものは興味深くはあるが、結局本人にとってどちらが美味しいかは、本人が両方食べてみないと分からないのと同じ)。例えば、上記3つの中では新鮮胚移植は妊娠率は一番低いとされるが、なぜか新鮮胚でしか妊娠しない方もおられる。こういう方にとっては、データも確率も何の意味もなさない。

いずれにせよ、各クリニックには基本方針があり、基本はホルモン補充の施設、基本は自然の施設、「こういう人は自然、こういう人はホルモン補充」と最初から場合分けされている施設、最初から希望を聞いてくる施設など様々である。それぞれにメリットもデメリットもあるので、それを踏まえて決めることが大切である(ホルモン補充周期と自然周期の凍結胚移植はどちらが妊娠率が高いか結局、ホルモン補充周期と自然周期の凍結胚移植はどちらを選んだらよいのか)。

 

【様々な治療の選択】

SEET法、GCSF子宮内注入、スクラッチ、エンブリオグルー、自然周期移植で人工授精を併用、移植胚の選定(初期胚1個、2個、胚盤胞1個、2個、2段階移植[初期胚+胚盤胞])

 

 

書き出してみると結構色々ある。これら全てを一度に行えばそれなりの身体的経済的負担にもなるので、そのあたりも考慮してバランスのよい検査計画を立てる方針としている。もちろん、移植のたびに、移植時の超音波や採血の結果、あるいは妊娠判定も、うまくいかないと一言で言っても、全くの陰性、化学流産、妊娠はしたが流産等と色々あり、さまざまなデータも大切だが、何より大切なのは自分の治療歴であり、こういった累積した情報を考慮に入れながら、毎回しっかり考えて方針を考えていくことで、ゴールに近づいていくことができる。

 

 

・・・リプロダクションクリニックでは、1人1人に合った、少しでも質の高い医療を提供できるよう日々努めております。

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