ミュウは、何も言わない。
俺も、何も言わない。
ただ、見つめ合う。
アルコールのせいなのか、少し海んだ漆黒の瞳に、俺が居た。
「おっさんみたいな女興味ないんでしょ?」
「興味なんてねぇけど、すっげ~そそられる」
「何よそれ」
しばらく無言で睨みつけられて、彼女は微かに微笑んだ。まるでそうする事が自然なように、俺の唇に彼女の細い指が触れる。
ス~ッとなぞられて、口の中に差し込まれた人差し指は、ひんやりと冷たくて、静かに口内を侵していく。丁寧にそのしなやかな指を舐めながら、視線だけは絡み合ったまま。瞬きする事さえ躊躇われるような、濃密な時間。俺の唾液が、その指から肘を伝って、彼女の服を汚す。
―――やっべ、止まんねー…
左手で俺の口内を侵す彼女の右手首を掴み、乱暴にソファに押し付け。右手で彼女の顎を俺の方へと角度を上げ、ゆっくりと顔を近づける。半開きになった彼女の唇に、自分のそれが触れようとした、その瞬間。
――――――Prrr…Prrr…Prrr…Prrr…
場違いな携帯の着信音が、静かな部屋に鳴り響いた。緊張の糸は、いとも簡単に切れて。
「悪りぃ…」
「……大丈夫」
ミュウは、そそくさとソファから立ち上がると、携帯に出る。
「もしもし……」
顔が熱い。俺、何しようとしてた?ミュウの横顔が綺麗で。ミュウにあんな顔をさせられる男が居るって事実に、焦りにも似た感情が溢れ出して。過去を見つめるミュウに、目の前に居る俺を意識させたくて、気付いたら…
「えっ?……やだ、もうこんな時間?ゴメン……うん………」
少し慌てた様子で、テレビの上の置時計を確認したかと思うと、机の下を覗き込んだり、ローボードの引き出しを片っ端から開けてゴソゴソと何かを探し始めた。
「……もー、笑わないでよ。今必至に探してるんだから………」
引き出しを開けては閉めて。閉めては開けて。一体何探してんだ?
―――面白れぇ…
電話の相手に必死に言い訳してる姿が何だか可愛くって。ソファでくつろいだまま、クスクスと笑ってたら、ミュウが俺を睨む。
―――全然、怖くねぇし。
最後の引き出しを開けた彼女の表情がパッと明るくなる。何が出てくるのかと思えば、それはテレビのリモコンで。彼女は、慌てて右上の赤いボタンを押す。真っ暗なままのテレビ。
何度も何度もリモコンを振りながら赤いボタンを押し続ける姿に、半ば呆れて、ペシッと軽く後頭部を叩く。振り返って、ふくれっ面で俺を見上げるミュウに「ば~か」と声を出さずに俺は笑って。彼女に代って、主電源を入れてやる。途端に、ブォンと音がして騒々しい映像が映し出された。
「……えっと、何チャンネルだっけ?」
そして。切り替わった映像には、あまりにも見慣れた顔ぶれで。思わず噴き出しそうになる。ミュウは、茫然とテレビの中の俺達を見て、固まっていた。
この時の俺は、ミュウの友達が熱狂的な俺らルナのファンで。レギュラー番組の放送日に『ちゃんと見てる?』みたいな、ありがちな日常のヒトコマだって、勝手に思い込んでた。
電話の相手が誰か?なんて気にも留めてなかったし。むしろ、俺の仕事してる姿を知って欲しい…と、見ず知らずの電話相手に感謝さえしてたんだ。




