―――相当、弱ってんな私……
熱い熱いシャワーを浴びながら、昨日の夜の事を思い出す。久しぶりに会った学生時代のトモダチとヤっちゃうなんて、どうかしてる。胸元に残された紅い痕は、どんなにこすっても消えるハズもなくて。淋しさを紛らわす為に、男に抱かれる…なんて、なんだか惨め過ぎて笑ってしまう。大きなバスタオルで、濡れた身体を拭きながら鏡に映った27才の自分を見つめる。
『溝口サンは?』
もう吹っ切ったハズの男の名前を聞いただけで、動揺してしまう私は、これから1人で生きていけるのだろうか。
ふぅっ…と溜息が零れたところで、ピンポーンとチャイムが鳴った。ドアチェーンをかけたまま、ゆっくりと扉を開けると、そこには昨日知り合った男の子。確か、アイドルとか言ってたっけ?何か、昨日からアイドル君に縁があるなー…なんてどうでもいい事を考えてると、
「ドウモ」
「…どうも」
「……美味いコーヒー飲みに来たんだけど」
少し躊躇いがちに、けれどそれを悟られないような強気な物言いがなんだかかわいくて、私は、ドアチェーンを外して扉を開きなおした。
「いらっしゃい♪……ん?入らないの?」
「……その格好はマズイでしょ」
視線を逸らしたまま、中に入って来ようとしない彼の言葉に、自分が風呂上りだった事を思い出す。慌てて、脱衣所に逃げ込んだ私は、そっと顔だけ覗かせて「奥のリビングで待ってて」と声をかけた。ケラケラとお腹を抱えて笑いながら、スタスタと廊下を通り過ぎて行く足音。……笑いすぎだろ、とココロの中で、無遠慮な笑い声にツッコミを入れつつも、なんだかその明るい笑い声につられて、私は久々に笑った気がした。色気も何もない、部屋着姿で頭を拭きながらリビングに戻ると、彼は楽しそうにうちのダックスとじゃれ合っていた。
「ねぇ、コイツ何て名前?」
「ルナ」
「え?」
「満月の夜に、マンションの前に捨てられてたの」
「…ふうん」
何だか意味深に、ニヤリと口の端だけあげて笑った彼は、ソファの背もたれに腕を組んで、私を見つめる。大きな瞳。妖艶な唇。キレイに整った顔。色気のある表情。とても年下とは思えない落ち着いた雰囲気に、何だか飲み込まれてしまいそうだ。
「ねぇ、時間大丈夫なの?」
「何が?」
「今、10時よ。仕事は?」
「今まで仕事だったの。5時間後には、また仕事デス」
「へぇ~~アイドルって大変なんだ」
「そっ、アイドルはアイドルなりに大変だよな~~ソラ♪」
無邪気な笑顔で、ルナを抱き上げる。いつの間にこんなに懐いたんだ?という位、嬉しそうにシッポを振って、彼の顔をペロペロと舐めていて。くすぐったそうに笑う彼は、悪い子じゃないんだろうなぁ…なんて思う。
「お腹空いてる?」
「ん~~ちょっと」
「コーヒーの前に、ゴハン作ったげようか?」
「マジ?料理できんの?」
「いらないならいいけど」
「うそうそ。食べたい!作ってよ」
「嫌いなものとかある?」
「ありませーん」
「ふふ…ちょっと待ってて」
キッチンに向かう私についてくる彼。冷蔵庫を開けて、適当に材料と取り出し、料理を始めると。ルナを抱いたまま、楽しそうに私の行動を伺ってる。
「ねぇ、柚木美夕さん?」
「なぁに?結城海クン?」
「エライエライ。ちゃんと、俺の名前覚えてんじゃん」
「昨日の今日で忘れるわけないでしょ?」
「ミュウは、テレビとか観ない人?」
「もう呼び捨て?」
「いいじゃん、同じマンションに住んでんだし」
「どんな理由よ、それ」
「説得力あるだろ?」
まるで前からの知り合いのように、自然と会話が進んで行く。こんな風に日常の中で、素のままの状態で会話するのなんてどれくらいぶりだろう。昨日の朝の他人を寄せ付けない刺々しい雰囲気は、どこにもなくて。
―――なんかラクチン……
他愛もない言葉を重ねて、何も考えずにする会話って…
「なに笑ってんの?」
「へ?」
「なんか、ミュウ楽しそう」
「楽しそう…?」
言われて初めて気がついた。この部屋で、笑ったのなんてどれ位ぶりだろう?たいして気に留める様子もなく、相変わらず楽しそうにルナとじゃれ合ってる海の言葉は、静かに静かに心に響いた。
出逢うべきではなかったのかもしれない。
そんな風に、目の前の彼を想って涙を流すなんて、この時の私は思ってもみなかった。
