先週の3連休に、有休を2日足して北海道にいって参りました。
高校時代の修学旅行以来、約10年振りの北海道は、まだ残暑を感じる季節で東京から来た私にとってはとても過ごしやすい避暑地でした。札幌の中心地は、もの珍しくもなく東京の歓楽街と変わらず夜のアゲハ蝶が羽ばたいており、ススキノのおねいちゃんは白いもち肌をおしげもなく披露しておりました。
私がロンドン貧乏学生時代に一緒に人体実験をした戦友と呼べるY氏の家に3日間お世話になったのですが、今回のファンタは、彼の話を少々したいと思います。
イギリス:ロンドンで、日本人として初めて障害者乗馬の免許を取得し、現在、北海道の牧場で障害者を中心に乗馬を教えている方なのですが、16,7で放浪の旅にでて、18からフランス料理の道に入り、23の時に屋台のうどん屋としてデビュー、以後3年間で貯めたお金で、26のときに、フランス料理店をオープン。4年ぐらいは赤字経営が続いたが、現在までに3店舗を経営。(経営は家族が継続) 唯我独尊の彼がなぜ障害者乗馬に目が向いたかというと、出会いはパラリンピックで障害者と共に走ったことがきっかけだったという。
まだ誰もやっていないこと、そして、人の役にたつことを望んで齢50にして前人未到の旅にでた。
深夜特急(著:沢木耕太郎)の中のこんな一説がある。
【老いたら一つ場所に落ち着くよう心がけよ。老いて旅するは賢明ではない。】
特に資力ない者にはそうである。老齢は敵であり、貧困もまた敵である。そこで二人の敵と旅するは賢くなかろう。
同意見である。
資力はあるとしても老齢は敵である。海外に暮らした経験のない人が齢50を過ぎて新たな船出に出るのは、私が海外で生活するのとはわけが違う。別次元での生活は心身ともに疲弊するし、郷土愛、家族愛などもあるだろう。また言葉の壁だってある。彼はその全てを受け入れ6年の歳月を経て、日本人として初めて障害者乗馬の資格を取り、来年で還暦を迎えるという。そのバイタリティーは想像を絶する。そして、また障害者という人間を相手にするというのは普通のココロでは到底できない仕事。私は彼に憧れを抱きはるばる北海道、札幌の地まで赴いたのだった。
憧れというものを抱くとき人は敬服する。
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