1031日~115日の間【東京デザインウィーク】 http://tdw07.excite.co.jp/

と呼ばれる日本のデザインの祭典が東京を中心として、あちらこちらのショールームやギャラリーで行われた。とりわけ、神宮外苑にて行われた「100%Design」と国立競技場をメイン会場として行われた「Design Tide」と呼ばれる2大イベントがある。

【100% Design】 http://www.100percentdesign.jp/

もともとロンドンで開催されたコンテンポラリーデザインの国際見本市。2005年より日本でも開催。

企業展、学生展、大使館主催、デザインフォーラムなど多彩なデザインイベント。今年はマイケル・ヤングをクリエイティブディレクターに迎えて、去年と引き続きLOVEのテーマの下に開催。

Design Tide】 http://www.designtide.jp/07/jp/

2000年からスタートした元IDEE社長:黒崎輝男氏が主催の日本発のデザインイベント「東京デザイナーズブロック」が2004年に幕を閉じ、2005年から引き継がれたデザインイベント。今年のテーマは「PLAY」。

お気に入りは、

スパイラルにて展示が行われたパトリシア・ウルキオラの展示。

CIBONEにて不要のメガネのレンズを使った球体のシャンデリア。

表参道ヒルズのスペインのデザイナーによる靴のインスタレーション。

h-concept

hhstyleでの吉岡徳人のティッシュペーパーのインスタレーション

JAPAN BRAND EXHIBITIONの映像


僕は趣味程度に絵を描くのですが、 モチーフを描写することに関しては結構な腕前だと自負しています。

小学校や、中学校では賞も取ったり、取らなかったり、、、笑


最近は、被写体もなんにもないところから真っ白な紙に鉛筆を一本そっと乗せる。

そうすると、何かが見えてくるんですよね。紙の方から自己主張してくるみたいな感じですよ。

こんなん描いてよーみたいな感じで。

こいつ危ない奴って思われるかもしれないけど、ホンットにあるんですよ。

なにかが乗り移った感じで自分でもちょっと怖いくらいです。

多くの場合は僕の過去の経験、知識、その時々の感情から出て来ているんですけどね。ある種のマスタベーションみたいな感じです。紙との対話=自己との対話みたいな悦に入っていく感覚に陥るんですよ。 

たまにありませんか? 俺ってかっこええなぁって思う瞬間!?

まあ、ある種のマスタべーションですね。


絵を描くときに気にするのは、やっぱり筆と紙の相性。

すごくスムーズに筆が進むときもあれば、めっさ書きにくいときもある。特に、自分は元来左利きとして生まれたにも関わらず親の指導の下、書き方のみ右に矯正されているので通常の書き方よりも癖が多いし、筆圧強いし、人の倍疲れるんですよ。400字詰め原稿用紙を書くのにハーフマラソンしたぐらいのエネルギーを消費しますからね。

シャーペンの芯が弱すぎて高校生まで鉛筆でしたからね。

今でもシャーペンを使うときは、人の倍はシャー芯を折りますね。笑

洗練された上質な筆と紙は絵を描くだけでなく、胸に差すためのペン、メモ用の紙、字を書くための筆、と使い分けております。


やはり自分にとってはとても大事な仕事道具のひとつです。


【PORCHE DESIGN】

名車911を開発したフェルナント・アレクサンダーポルシェによって設立されたデザイン会社「PORCHE DESIGN」が手がけた一品。直径約1mmのステンレスワイヤー17本を斜めに配置することによりペン先の動き(ねじる)をサポートする人間工学的をカタチにした秀逸なデザイン。 まさにドイツの黄金時代:「FORM FOLLOWS FUNCTION」を極めた作品。


【DRESSCO】

ドレスのように優雅に身につける感覚でユーザーをより上品な振る舞いへ昇華させるノート。

玉ねぎのように薄くてやわらかい紙なのでオニオンスキンと名づけられた




『Whisper of the Heart=耳をすませば』


を久しぶりにご堪能いたしまして、改めて宮崎駿さんのすばらしさを実感いたしました。 この作品の監督:近藤善文氏が亡くなったことを知り合いのアニメーターに聞いて、もうこんなすばらしい作品は世に出てこないのかもと思うと寂しくもあります。


ジブリ作品の中でも、不動の出席番号①番は『ラピュタ』です。 自分がまだ若いころは冒険というのが第一前提にあって、「ラピュタ」、「ナウシカ」などの作品は子供の心を掴んではなさなかった。なぜ、ナウシカでは、なくラピュタというのは、女の子一人の悲劇のヒロインという設定はあまりにも耐えられなくて、素晴らしい作品は認めますがあまに悲しい記憶というか、迷惑拒否をしている状態。 といっても、本持ってます。笑


そして、肝心の『耳をすませば』ですが、

回顧的なノスタルジーな世界で、中学生の頃の記憶がどこかちらつき、少し背中がむずかゆくなりました。見直した作品にもかかわらず、昔の記憶よりも、驚きや感動が上回ることに宮崎駿のすばらしさを再確認しています。見るごとに新しい視点での切り口が見えてきて、一種の麻薬みたいにどっぷり依存しています。言葉ひとつひとつを探ってみてもとても興味深い。伏線があらゆるところに張られていて、これがこうなって、ああなって、こうなるみたいな。 「恐れるな!近くのものは小さく見え、遠くのものは大きく見える。ただそれだけのこと」 byバロンという名の猫。 最初はなにを言ってるんだ、こいつみたいな感じだけど、、、ふっとした瞬間にその言葉に重みがでてきて、当たり前の言葉をとても大事な意味として再確認する。


あの時期の子供達はみんないろんなものと戦っているんだなぁ。と思い、俺もがんばろうと再認識。


最後は、「中学生が結婚しよう」 あった、あった俺にもそんな時期が、、 !!?


無ぇなぁ。(恋の現実主義者より)


このCDを、耳をすまして聞いてください。