悟りへの道 -6ページ目

悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

■ある大きな買物をした。
調べて検討に検討をしての買い物だったが、
失敗したかなぁと感じた。

現実的対応として、
買い替えも視野に入れつつ気づいたことがある。

”私”はある程度調べて買えば、
「良いものが買える」と思いこんでいた。

その思い込みの「前提」が違っていたのだ。
これもいつも書いている
・モノサシ(価値観、常識、前提)
・欲(良い状態がほしい、比較、認められたい)
・無知(未経験、知らない)
そのものだったなぁと思う。



今回の経験で、
以下のように前提を変えていくと、
今後は覚悟ができると思えた。

物の味方、見え方、捉え方が
やはり大事だなぁと思った体験になった。





<<  前提を変える  >>

①選ぶ、前提を変える
・調べても、分からないことがあるを前提とする
・他人のレビューは、前提が違うと思っておく


②リスク、を考えておく
●購入への手間
調べる、購入する、搬入立会、
説明書読み、慣れるなど、手間がある

●想定外
壊れる、良くなかった、想定外の部分があった
(修理、交換、買いなおし)

●支出
購入時の支出、廃棄の支出、再度買い換えの支出

●心理的ストレス
良くても慣れるまでの手間
想定外だった時のストレス


③リスクが起きたとき、対応が必要を前提とする
 特に、最悪のことがおきたことを、想定しておく

・返品、修理、買いなおしがあったら、
 金銭的に損をするかもしれない
 〇円ぐらいを覚悟する
 想定内か想定外かで、購入に踏み切る

例)起業して失敗するかもしれない
→創業費数百万なら、許容範囲、やりなおせる
→仕事は、バイトすれば何とか食べられるetc.


④そもそも「失敗」に対する前提を変える

・準備、調査である程度の失敗は避けられる
・ある程度で、想定外、最悪は起こるものとする
・最悪の場合でも、道はあると道を考えておく
・失敗=損、避けるべき、ダメ、でなく
 失敗=得、学び、経験、成長、視点の広がり
 と「見方」を変える

 上手くいっても、失敗しても、得でしかない。
 最後は必ずうまくいく
 うまくいくか、もっと上手くいくかしかない

 大失敗=神から大いなる期待をされている
     選ばれし者だと自覚する
     最大級の得(徳)を得よ、そして
     その体験、過程を味わい学び、
     さらに成長し大きな人間になるよう
     その経験で世に貢献するよう
     大いなる期待と応援が入っている



ありがとうございます。
万人万物のさらなる幸と平安を祈ります。

奇跡記録: ありがたいこと

●いろいろ料理ができた
・こんにゃく 人参 ゴボウ ピリ辛煮
・ひじき 鶏むね肉 炒め(油不使用)
・オクラ
・子持ちシシャモ焼
・みそ汁(かぼちゃ ナス 舞茸)

●仕事の進め方を工夫できた
・気になったらミニ紙に全てかく
・紙とペンは常にポケット
・仕事を進める前も全て書き出す
・メインと準備を分けて考える
・大き目のことはノートに書き出し検討

●普通に歩けた、体が動いた、
食事し、布団で寝られた、ありがたい

ありがとうございます。😀

4毒ぬきのお話。

★4毒:小麦、植物性の油、乳製品、甘いもの

★日本人の病気に、大いに関係している食品

★昔から食べていた和食が日本人には合っている

 

四毒抜きのすすめ 小麦・植物油・乳製品・甘いものが体を壊す

 

 

 

 

最近の私の報告も少々♪

・夏バテぎみだった夏 4毒抜きに工夫が必要だった

・甘いものや油ものをとると、すぐに鼻が痛くなる

 4毒抜きをしてからはじまった正常反応

・シャインマスカットなど甘すぎる果物が
 砂糖漬けに感じ、一口以上とれなくなった

 

 

 

 

今日または、昨日だったかもしれないが、

吉野敏明先生(よしりん)の朝のYoutubeを聞いた。

 

 

4毒ぬきで色々な病気が改善してきたのだが、

 

4毒抜きで、

金属アレルギーも治ると言っていた。

 

 

何気なく、聞いていたのだが・・・、

 

 

 

 

 

あっ!と思った。

 

そうだ! 私の金属アレルギーも治っていたかも!」

 

 

 

そうなんです。

 

今年は、症状が出ていなかったのに

気付いたのです。

 

 

 

 

 

私、今まで金属アレルギーでした。

 

ただ、夏限定。

 

夏、腕時計など金属を付けていると、

汗に反応してか、かゆくなってきてしまう。

 

だから、

夏は、いつも腕時計をはずしていました。

 

 

 

 

 

それが、

 

今年の夏は、普通に腕時計をしていていたのです。

 

意識しなかったのですが、

はずしたことがありませんでした。

 

 

つまり、

 

かゆくならないから

そのまま1日中つけていられてのでした。

 

 

 

 

 

ちょと夏バテになってから、

 

4毒抜き意欲が少し減退し、

 

アイスも夏に7個は食べました(笑)。照れ

 

 

早い話、

4毒抜きをさぼりがちだったわけです

 

 

でも、夏バテも、

夏は色々消耗するので

 

ミネラルとタンパク質を多めにとる必要があったことに

最近気づき、

 

4毒抜きが悪いわけではありませんでした♪

 

 

おさぼりもしたのに、

 

金属アレルギーも治っていたなんて、

本当にありがたいことだなぁと。

 

 

 

 

 

少し話は変わりますが、

先日、仕事関係のセミナーに出席しました。

 

ある意味意欲的な方が参加する会だったのですが、

そういう方たちの飲まれているものを見ると、

 

・エナジードリンク

・甘いミルク入りコーヒー

・CCレモンのような甘いもの、etc.

 

 

甘いもが多い!

 

日本でさらに活躍される方たちなのに、

4毒抜きを知らないのか!もったいないな~

 

と思った私でした。

 

 

余計なことかもしれませんが、

ぜひ日本の皆々様がさらに健康になり、

 

大いに

活躍していただきたい気持ちをこめて🌸

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********************

4毒について知りたい方は、

毎日発信しているよしりん先生のYoutubeをご覧ください☆

 

★今日の動画の引用です↓

 

 
 
 
 

 

 

 

四毒抜きのすすめ 小麦・植物油・乳製品・甘いものが体を壊す

 

奇跡記録: ありがたいこと
 

●散歩、トイレ掃除、をできた

●ビーフン、豚肉キャベツ重ね煮を作れた
・久々に食べたくなりつくり、おいしかった
・ただ、4毒抜きしているので、
 あとで少し胃もたれあり

 甘いもの、油ものにすぐに体が反応するようになった

●庭の草取り30分できた
・夏に比べ草の生える力が弱まったような気がする

ありがとうございます🍀

 

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ひとりごと🌻

 

・自分に与えるが先

・義務でなく、自分への配慮ととる

・自分は

与えなくとも、価値がある

迷惑をかけても、愛される

受取り、希望とをつたえても、価値がある嫌われない

相手の評価は、自分の価値ではない

すでに、自分は存在だけで、周りを幸せにしている1つ

大きくても小さくても、周りを幸せにしている大事な存在の私

 

■また、大きな発見があったので書いておきたい。


■先日、仕事の相談を人にした。

忙しすぎてどうしたらいいか、という相談だったが、

ブログを書きすぎているのは内緒にしている(笑)。


「もっと人に頼っていいと思いますよ」
と言われた。

その時、”私”から出た思考は、
「頼れないから困っている」

だった。


■今までは、
人に頼る、人にお願いする、なんて

とてもできない、と思っていた。

今までは、ムリ無理、と感じるだけで
終わっていたが、

また最近の傾向で、
あれっ、という視点が入った。

「あれっ、どうして頼れないんだろう?
 どうして人にお願いできないんだろう?」
深堀りしていったら・・・

その原因が見えた。


■こんな思い込みがあるのに気が付いた。

そういう観念があるから頼れなかったと分かった。

●私は与えることで、価値がある(=愛される)
 ちゃんとしていて、価値がある(=愛される)

 という思い込みで生きていた

●与えて、価値が出る(愛される)ので、

 他人から与えてもらうなんてありえない
 頼れない、お願いできない、受け取れない

●人からもらったら、すぐに返さないと嫌われる
 なぜなら、与えてやっと価値がある人間だから
 与えてこそ愛される人間だから



■一方、こういう傾向もあることに気が付いた。

●何故か、人と付き合うのがつかれる
 相手に合わせ、かつ、与える一方だから
 相手の望みに合わせ、自分の望みは言わない

●与えても、他人から見返りをもらうことは極小

 疲弊してくる
 バランスが悪い
 他人:自分 = 95:5  ぐらい
 簡単に人にあげるのに、もらえない

 自分にあげられない

●相手の反応(評価)=自分の価値
 としていた

 相手の反応を、基準にしがちだった


■幼少期のどこかの段階で学んだのだと思う。

・親や大人から受容・共感・支持がなかった

・親や大人の意図通りにして支持された

・察して、ちゃんとして、喜ばせて、愛される
・もともとの性格(相手の気持ちを察する能力が高い)
・独自の環境や縁 など


■エピソードを2つ挙げておきたい。

 

①昔、ある心理テストで、こんな答えをしたことがある。

 「あなたは、どんなことで(どんな時)

 親から愛されていると感じましたか?」

 

兄弟の答え: 「風邪の時、看病してくれた時」

私の答え: 「私が何かしてあげて、親が喜んだ時」

 

兄弟の答えを聞いて驚いた。

兄弟の答えが、健全な答えなのだと思う。

 

 

学生時代に、授業をさぼり仲もよくない子から
「ノートを貸して」と言われたことがある。

 違和感がありながら貸した。
 

 結局、何のお礼もなくノートを返された。

 ”自分”的には、それしかありえなかった
 貸す(与える)という選択をした。

 でも、心の中で、当時にもすでに何か気付き、
 「一番軽く扱えると思われて、私だったんだ…」

 と感じた。



■②のような経験はいくつもある。

 

それなのに、その背景に

やっと気付いたのがなんと「今」!
 

ノートのことから何年たったことか。

(本当は何十年 (笑))

 

これも、絶妙な縁で、「今」でしか気づけないように
なっていたのだろう。


■いろいろな思考や感情、
自動反応に
気付くようにはなってこれたが、

このように深堀するアプローチでも


”私”をより楽しく平安にさせてあげられたらと思う。ニコニコ
それが、きっと世の中にも役にたつと思う。



<まとめ>

”私”は、与えなくても価値がある
”私”は、迷惑をかけても価値がある
”私”は、きちんとしていなくても価値がある
”私”は、受け取っても、お願いしても許される

与えるのは、他人:自分=95:5 でなく
自分:他人=60:40
自分にまず与える

人にお願いはまだハードルは高いが、
受け取ること、
希望を少し伝えること、
は出来ると思う

他人の反応=自分の価値、としない
また、他人はそうとしか起こりえない縁で
そのプログラムが発動している





ありがとうありがとうありがとう。
今日もすべての人・モノに感謝と、幸せを祈ります🍀


そして何よりも”自分”を大事にしながら。

■先日、『愛されるとは』と題して
ブログを書いた。
 

 

■その時に、
「愛されたい」とは、
子供の場合、下記を親にされることだと書いた。

・自分の気持ちを十分受容してほしい
 (嬉しい、悲しい)

・自分の行動を受容してほしい
 (経験不足や悪気がないなら怒らない、
   教育的アドバイスはOK)

・それらに伴い、見通しが明るくなる言葉を
 かけて見守り応援してほしい




■この考えはどうなのだろうと調べてみたら、

ある程度正しい認識だとわかった。

・英/小児科医・精神科医 ウィニコット
・米/臨床心理学者    ロジャーズ
らも、子供が必要とする愛情は、

「共感・受容・支持」

であると定義しているとのことだった。



「共感・受容・支持」

非常に適切な言葉だなぁと思った。

最適な言葉だと思ったので、
メモ的に今日は書いておきたい。



■悟り的考えというより、
最近、より”私”としての人生を
深く洞察した内容になっている。

長年悩んできたこと、
長年疑問に思ってきたこと、
への大きな気づきが多い。

 

また、書いていきたいと思う。



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ありがとうを数言う。
明るく楽しい方向に考える。
人を許し、幸せを祈る。

本業や生活第一。

そんな風に工夫しながら
またすすんでいけたらと思う。



ありがとうありがとうありがとう。
万人万物に感謝し、さらに幸せでありますように🍀

■先日、取引先よりメールの返事がなかなか来なかった。

※結局は、自分がメール自体送っていなかったミス(苦笑)。

仕事の一部減少の連絡だったので、
拒絶されたか?と思った。



■愛されていない、
自分は否定された、

という妄想がパッとでて
感情がでかかったのに気づいた。

昔は、巻き込まれた。
今は、妄想と気づき、現実的対応に切り替えることが増えた。



■今回は、
子供のころ思い込んだ、
自分は愛されていない、足りない、のうち、

「あれっ、愛されていないって…何だろう?」

という初めての問いが出てきた。



「愛される」とは何なのか?

思ったのは、
子供のころほしかった、
「愛される」とは下記だった気がする。

・自分の気持ちを十分受容してほしい
 (嬉しい、悲しい)


・自分の行動を受容してほしい
 (経験不足や悪気がないなら怒らない、
   教育的アドバイスはOK)


・それらに伴い、見通しが明るくなる言葉を
 かけて見守り応援してほしい


だった気がする。


■つまり、
自立できるまで、
自尊心が十分育つよう応援してほしかった。

それを「愛される」と定義していた気がする。


■ただ、以下には注意する。


・自分の思い通りにしたい、そうあるべきだ、

 という過度な心が子供にはある
・完全な勘違い(子供ゆえの狭い視点)
・場合によっては本人自身が踏ん張るしかないことを伝え

 未来に希望がもてるように応援する


■「愛されたい」とは
 なにか「愛」というものがあって、

 それが欲しいというよりも

自分の気持ちを
自分の行動を
自分の今を
受容してほしい

と「受け止め」が欲しいのだと思った。




■よく親に原因を求める心理学がある。

分析としてはよいが、
そこに責任を今から求めても
仕方がないと思っている。

「受容」すること、
「自立と自尊心」を育てること、
「応援すること」

が愛されると感じることで、
それで自分が満たされるならば、


今からでも
”自分”が”自分”にやればいいじゃないか。



そんな風に思った。






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ありがとうを数言う、
笑顔、
明るく考える、
環境もすっきり、
周囲に感謝し許し幸せを願う、

 

それでいて

思考を見張り、

静かなる場所にい続けながら、

やること起こることをしていく、


も継続していきたい、と思った”私”さん。ニコニコ




ありがとうありがとうありがとう。
今日も万人万物が心も体も快晴でありますよう🍀



 

 

 

 

 

 

 

■昨日、ある動画で
ADHDの人の頭のなかが解説されていた。

ずっと頭の中がしゃべりつづけている
色々なことが同時に気になる、という。


■自分はADHDでない(整理などもできるetc.)
 と思っていていたのだが、

「あれっ、これ、
 私の中の頭の中と同じじゃないのか?」
と思った。

今、その自動思考に

多くは気付けているのと、

自動思考自体が

出ずくなってきてはいるとは思う。

 

しかし、

十分うるさい方だったと思う。


■昔、
「あれがこう、これがこう、そうだあれも…」
と頭の中に次から次に思考が出てきて、

ある時、ふとそれに気づいて
「うるさーい!」

と心の中で叫んだ。


今まで、

みんなもそうだと思っていた。

みんなはそんな中、元気にしているのに、
私だけいつも悩んでいる、と思っていた。

私だけ、忍耐が足りないとか、悩みがちでダメだ、
ぐらいにまで思っていた。


■でも、その日は別のことを思った。
あれっ、この声って、やはりおかしいのでは?

身内にきいてみたら、そんな声(思考)は出ないという。

逆に「今日はどんな風にすごそうかな~♪」
とぐらいにしか思わないし、悩んでいないとか!

えっーーー!!!(・□・;)

今に至る、きっかけの1つだった気がする。


■そのADHDの方は、
投薬で頭の中がシーンとなり

「普通の人の頭の中は、こんなに静かなんだ」
とはじめて気づいたという。



■早く薬でも飲めば”私”さんは、

楽だったのかもしれないが、


薬には縁がなかった。


薬を飲まず悩むことが、
 ”私”さんの人生 で必要だったのだろう。
 

それでいい。

それしかない。

これが観察できる”私”さんのベスト人生。

 

 

 

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そうそう

 

・”自分”も大切に

・得るよりスッキリ断捨離

・楽しく考える

 

また実践していきたい”私”さん😀




ありがとうありがとうありがとう。
万人万物のさらなる幸せを祈ります🍀