悟りへの道 -5ページ目

悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

笑ってしまった話を書きたいと思う。

 

■「開運!なんでも鑑定団」(テレビ東京)

という番組がある。

 

あるおじさんが、

「霊芝(れいし)」

というキノコの鑑定で出演した。

 

「霊芝」の効果:

 

滋養強壮、病気予防、

免疫UP、不老不死etc.。

 

 

 

■なんでも、そのおじさんは、

毎日山に入り

「霊芝」を見つけているという。

 

それを聞いた司会の今田さんが、

おじさんを元気にしているのは、

 

「霊芝」のおかげでなく、

 

「毎日山のぼりしているから、

 おじさん元気なんちゃいます~?」

 

と(笑)。

 

 

 

■”私”も少し、心当たりがあった。

 

普通、悟り的な視点を持つためには、

俗世間と離れ、山や寺に入ったり、修行集団に入ったりする。

 

それが、”私”は通常の社会生活をしながら、

そういう視点を少し持ってきたようにしか

 

伝わっていない、

伝えていない、

 

かもしれなかった。

 

 

 

 

■”私は”実は、

 

山にいる修行僧のような

生活ができる状態だったかもしれない、と思った。

 

・自宅で仕事をして、仕事上他人と関わる時間が少ない。

・仕事の関係上、非常に限られた取引先、顧客

 とだけ接している。

・家族も減ってきて、自分中心の生活スタイル。

・場合によっては、毎日、人と接しなくてもよい。

 

 

 

少し悟り的視点が深められつつあるのは、

 

自分の心の動きに、非常に注視できる状態にいる、

が原因だったのかもしれない。

 

 

そして、

大きなショックも人生上あった。

ショックも、目が覚める原因になる。

 

 

 

■この”私”の話を、

 

TVの「霊芝」の話を教えてくれた

身内にいったら、

 

そうだね!と大笑いされた。

 

 

今まで「山で修行できている」自覚がなかったことも、

今気づいたことも、

 

そうとしか起きざる得ないようにして

起きた、

 

これしか起こりえないのだからいいのだが。

 

 

 

■「霊芝」のおじさんが、

山に登ることこそが、

健康に寄与していたかもしれない話。

 

”私”の話然り、

こういうことは世の中に多くあると思う。

 

人の話も話半分、

自分の話も話半分、

 

人と比較して焦ったり

優越を感じたりすることもなく

 

気楽に

このままの”自分”の起こりを

楽しんで眺めながら経験するのが

 

いいような気がした。

 

 

 

起こるまま、

 

おじさんに刺激され

散歩をした”私”でした。

 

 

 

すべてに感謝。

万人万物の幸を祈ります🍀

 

 

 

■悟り的な話をよく書いている。

悟りには、色々な段階があると思っている。

今の”私”は数合目をウロウロしている
感じかと思う。




”私”は
(=現象として感じている 私 )


入山届けを出し、山にいるので、

はいそれ!と

山を感じない生活には戻りにくくなっている。




■ただ、注意したいのが、、

山に登ること、
縁あれば頂上に登頂すること、

これが偉い、凄い、良い、わけではない。


ただ、山に登るが”私”に「起きた」
それだけ。

己の意志で「した」わけではないし、
他の人には起こるべくして他のことが「起きている」だけ。




■しかし、

つい”私”に入り込んで

自分がしている、
自分がすごい、
自分はだめだ、

「する」が起きているように思ってしまいがち。


なるべく、
それを見ている本来の己(意識、鑑賞者)の視点を

思い出すようにはしている。





「する」でなく「起きている」、

これを思い出すことが大事。


ただ、
思い出す、も”私”に起きるだけ。


それゆえに、

起こるがまま、あけわたし、サレンダー、
お任せ、御心のままに、恩ちょう etc.

言葉はいろいろあるが
おまかせするしかないし、

そうとしか起きない。



■昔、サレンダー、と聞いて
「なんだろう?」

っとさっぱり分からずにいた。

 

直接こういう感覚だよ、と

 

気付いている人に

目の前で直接言ってもらうなどしないと
気付くはずない感覚だったなぁ、と

今では思う。


最近、
・起こったんだから、仕方ないよね
・起こるべくして、これが起こっただけだなぁ
・意味づけは、あとでいしている


と、少し分かるようになってきた。
(少し分かることが、”私”に起きた)

もちろん、

そうは思えず、というか、巻き込まれ

あーだ、こーだ、となることもある。

分かっても
分からなくても
深めなくても
深めても

巻き込まれても

まココまれなくても

それらすべて、どちらでも本当はOK。

 

それが、起こっただけなのだから。




すべてに感謝。
万物万人のさらなる幸を祈ります🍀

今の”自分”から

 

さらに

平安や悟り的視点を深めるために

気を付けていきたいこと、

今後の課題。

 

 ↑ という自我、欲。

 

何かになろうとしている。

”自分”は本当はいないのに。

 

でも、あえて”自分”が思ったことなので

書いておきたい。

 

これを書き留めることも自我が働いてると、

関与しない方がいいのかもしれないが、

この段階の”自分”として書く。

 

 

①感情の巻き込まれがさらに減らす

 心が動揺しない

 ココにい続ける

 内側にいる

 内にいながら必要な対応はする

 

②自己を低く評価したり否定することを放下する

 自分が自分を認める

 他人の評価を手放していく 

 

③執着の解放

 理想、期待、べき論、から自由になる

 モノサシ、欲、無知、の視点に常に立ち戻るようにする

 

 

④現実的な対応の工夫

 ・細分化して行うことを書き出す

 ・対応に視点をもっていく

 ・目的を考える(リスク対応も考える)

 ・習慣をわずかでいいので変えていく

 

 

■先日、朝の3時半すぎに就寝。

だいたい”自分”をみられているので
怒らない人になっていたのだが、

その日、

怒りに巻き込まれはじめ、
怒りおさまらぬ状態になりかけた。

 

なんとか、以前より、極短で収束はした。


一方、この状態、以前しばしば感じていたな、

と久々の感覚を味わっていた。



■理由がある。
なんと取引先の 関係者3者 が全員間違いをしていたのだ。

①ある担当者の間違い
②それを伝える担当者がさらに別の間違い
③①②の話を別のその関係者がさらに間違えて伝える

問題を聞いて、
調べ、いかにしたら解決するか
対策を練り1日対応準備。

話をさらに調査していくと

なんと

3者全員の間違いに気づいてくる。


おまけに意見を聞いたAIが、

さらに間違えて回答してきた。

 


■俯瞰的にみる悟り的視点も大事だが、

1つ最近大事だと思うことがある。

”自分”が感じた感情を否定せず、
全面的に肯定し受け入れること。



そうならざるえないような縁で

「感情も大事にしよう!」
が”私”さんに起こっている最近の”私”さん。



■その夜、こんな風に対応した。

 

①気持ちを受け取る

3者にすべてミスがあったら、
怒りを感じてしまっても当然だ、いいんだ、
と気づき、少し気持ちが収まる。

②ヴィバッサナー瞑想的行動

 

深く呼吸し

”自分”の感情・体の動きを言葉にした。


「怒り怒り怒り、右手右手右手、上げる下げるつかむ離す…」
と口に出すと徐々に動けるようになった。
(= 今に集中。巻き込まれから離れる)

切り替えフレーズ

 

そして、”私”が気持を変えるときに使う
「〇〇さんを許し、幸せを祈ります」と言った。


また、気持が少し静まり、

まぁいいかと就寝することができた。



■ここで悟り的視点に一応戻ると、

3人連続のミスはありえない、
ちゃんと仕事をしてほしい、という

・モノサシ(思い込み、正しさ、常識)

・欲(思い通りにこうしてほしい、期待)

・無知(そういう経験がない、未経験)


があったのだとは思う。


■こういう大きな揺れがあったときこそ

学びも大きい。
やはり次への学びにすることも大事だと思う。

”自身”に反省点はある。

やはりその日、整えて内側に入っていなかった。

刺激をそのまま、受け入れてしまっていた。


今後は以下を気を付ける。

●準備しすぎない(状況が進むまで)
●待つ
●即答しない
●回答は最小
●まず先に、「整えて反応しない」を生活全般で厳守
●ありえないことが世の中にはある、と思う
※ 3者が全員そろいもそろって間違いをしていた


■一番のポイントは何かな、と考えたとき、


今回、すぐに戦闘態勢(即解決思考)に入って、
一気に対応に集中してしまった。

(間違った情報への対応なので、全部意味がなかったのだが)

なんでも頑張る性質が出ていた、ともいえると思った。

または、頑張らないといけない思い込みが、出ていた。

それを正すよう、天から促されたのかもしれない。

がんばってよくやっているね
でもそうしなくても、君ならうまくいくよ
ほどほどで、十分君ならうまくいく

ゆっくりいこうよ

         by 天





今日も元気に、明るく、良い日になります。
すべてに感謝。
万人万物の幸を祈ります。

 

うまくいくよ、ゆっくりいこうよ。

■アドラー心理学では、

人間関係がすべての問題の根本にある

と言われているようだ。

 

以前、私は少し違うかなぁと思っていた。

 

でも、根本に「人間関係」が関係している

ことに気づきだした。

 

ただ、その先の発見もあるが、

まず人間関係ということについて書いてみたい。

 

 

どういう時、問題だと感じていたか?

 

①つい最近、

あるAさんが金銭がらみの約束を守らず

大変ストレスになっていた。

 

②ある時期、友人や知人に依頼事をされ、

叶えていたが、利用された?と思われる

ことが重なった。

 

③ある会社を早々に転職したいと思ったのは、

上司のセクハラや発言が関係していたこと。

 

と、すべて人が関わっていたように思う。

 

 

■しかし、さらに考え、その先の発見があった。

 

「人間関係」が問題のようにみえるが、

やはり、いつも書いているように

根底には下記の3つが関係していると思った。

 

 ●モノサシ(価値観、常識、自分が正しい)

 ●(もっと欲しい、比較、現状維持、思い通りにしたい)

 ●無知(知らない、未経験、勘違い、思い込み、狭い視野、

     親や先生や社会からの教育状態でできた視点)

 

・約束は自分の都合より守るべき、と思っていた

・受け取ったら、お礼をするものだと思っていた

 もしくは、自分の実力以上でも与えるべきと思っていた

・会社でセクハラやこんな言葉は言っていけない、と思っていた

 

”自分”の正しさ、こうして欲しい、経験不足による無知、

と、自分の3状態が関係したように思う。

 

 

■なかなか、漠然と思考を見ずに過ごしていると

この3つを自覚するのは難しいとは思う。

 

でもすべてはここに帰結するのではないだろうか。

 

結局、思い込んだ自分のある”視点”が、今を苦しくしている。

 

 

■では、どうしたらいいのか?

 

最近の”私”は、下記が大切だと思うようになった。

 

何か問題がおきたら、

一度呼吸をととのえ、

 

・そう感じた”自分”のことは、一度、全面的に共感し受け入れる

・その後に、この3つの視点で見ていないかと考えてみる

・自分だけの思い込んだ視点を

 どう緩めるかに関し、方策を出し今後工夫する

 

 

■例えば、

 

晴れてほしい!晴れじゃないと嫌だ!、

と思ったとする。

 

・絶対晴れがいい、雨は嫌という自分、

 そう感じていることに共感、受容する

 

・雨が降ることもある、と知る、認識をもつ。

 

・雨が降っても快適に過ごせるよう、工夫をしておく。

 全日天気予報確認、雨具の準備、1時間前出勤

 

 

■つまり、今までの思い込みに対して、

 

①まずは、自分への共感・受容

②3つの視点をもち、あらたな認識(前提)

③対策、工夫(リスク管理)

 

とする。

 

 

■悟り的な視点からしたら、

起こることは起こるとは思う。

 

または、今回のブログのように考え

工夫したくなったことが起こったら

工夫が起きるのだとは思う。

 

どちらにしろ共通しているのは、

静かな心であまり巻き込まれないことなのかもしれない。

巻き込まれないも起こるだけだが。

 

今日の発見を

生活に応用したいと思うことが起こったので、

また楽しく工夫してみたいと思う(が”私”に起こった。)

 

また、書いてみたい。

 

 

 

 

すべてにありがとう。

万物万人の幸を祈ります。

 

 

 

●ある時から

自分の思考・感情を

第3者的にみられるようになった。

 

巻き込まれず、

出てくる思考や出来事まで眺め

その平安に浸れていた時期があった。

 

それが、

つい仕事等で忙しいと

現実モードになり

それを見つめるのも困難になるときがあった。

 

 

●最近、

仕事をしながらでも

思考を見続けられる方法が見つけられた。

 

古くから言われ

何度も見聞きもしたこともあることだが

 

それはまさに、

自分の呼吸や体の動きに注視すること。

 

 

●思考をみよう!と意識をすることが中心だったが、

下記のほうが、効果はずっとあると感じてきた。

 

”私”が最近しているやり方は、

まずは、瞑想している時のような意識にする、

 

そして、

・リラックス(体の無駄な力を抜く)

・呼吸を深くし、呼吸に意識をもっていく

・ここで必要ならでいいが、ありたい自分に一致させる

(真我の自分、痛みがない自分 など)

・それを維持しながら、ゆっくりした動きにする

・それでも思考がうるさくなりそうならば、

 その動きを解説する

(右手あげる、つかむ、右手下げる etc.)

 

 

●これをするだけで、頭がシーンとしてくる。

すぐに内側に戻れるようになった。

(だいぶ、感情的になっている時は別だが)

 

ヴィパッサナー瞑想のそれかもしれない。

ヴィパッサナー瞑想は悟りへの

唯一確立された実践的な方法と聞いていたので

その通りなのだと思う。

(スマナサーラ長老関連情報がおススメ)

 

また、これもしつつ、

日常の雑踏の中、

1-2分でいいから、目を閉じプチ瞑想することで

頭がだいぶすっきりクリアーになるので、

こちらも日常に取り入れ続けるといいと思う。

 

 

ありがとうございます。

”己”をまず優先しつつ、

万物万人の幸せも祈ります🍀

 

 

 

●最近、思考観察がおろそかになっていた。

「知識でなく、反復で人は変わる」
by. ジョー・ディスペンザ博士


それを思い出させてくれることがあった。



●ある目立つ良い建物から外に出た時のこと、

その建物に出入りしている人がいたら、
私も思わず見てしまうと思うのだが…、

知らない人に
「ここから出てきた人どんな人?」という感じで
あまりにも何度も振り返って、じろじろみられた。

見たい欲がでても

人をジロジロみちゃいけないんですよ~(笑)。


↑”私”の常識




イラっときて、思わず見返した”私”。

ふだんは意識されても反応しないのに、

「イラっとが出たなぁ~」と認識。
 

思考の反復もでた。

めずしく気にしているが起こったなぁと思い、
どうしてだろうと思った。

最近、
自分の内側にいて思考を見張ること、
おろそかにしてたなぁ
、と思い当たる。



●これ(①-③)をしていなかったなぁ。


常に、ましてや、外に出るときは、

①まず自分を整える
②反応せず、相手の土俵にのらず
③「自分の常識」を守るべき人は
 世の中に自分だけ。
 または、自分さえも守らなくてもいい





●反応しない、をテーマに

書いた自分のブログがいくつもあったのに、

忘れていたなぁ。

 

初期仏教も少しお預けだったなぁ。
やはり「反復」ですね。
 

「整えて、反応せず」





平安に。幸あれ。ありがとうございます。🍀

 

 

 

 

追加:スマホへの反応も気を付ける♪

   反応はしないが自分の感情は受容♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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