『発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子
第3章 日米欧における発達障害の増加
——疫学調査の困難さと総合的判断
79〜82頁
【第3章(8)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、『栄養素のチカラ』(William J. Walsh)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246 、療育の方法を知りたい方は『もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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3. 「増えていない」という主張の二つの背景や事情
日本で発達障害児の療育や教育支援にかかわる方々などにとっては、なんとかしなければならない子どもたちの数が目の前で増えているので、有病率の激増データだけで十分で、なぜ発生率にのみこだわるのか、意外に感じられるであろう。
(有病率と発生率の違いについては69ページ【このブログの第3章(1)のコラム3-1】をご覧ください:引用者)
Pub Med(NIHが無料で提供している医学関係の論文のデータベース)からの関連論文や米国でのマスコミ報道、自症研究国際会議(IMFAR)や関係の国際シンポジウムなどで得られた個人情報を総合すると、この発生率の “論争” には、それがおこる原理的背景や米国の研究費獲得競争などの事情があったと思われる。
(1) 病因遺伝子研究者の研究費獲得のための強弁
この “論争” には第一に、「発達障害の原因が遺伝(遺伝子の変異)なのか環境(発達中の脳内の化学物質環境や養育環境)なのか」(図3-5参照)の原因論が非常に深くかかわっている。「自閉症の原因が遺伝(遺伝子の変異)にある」という考えは自閉症研究者の間で長く信じられてきた。その根拠とされた「“遺伝率” が九二%」とされた初期の不十分な一卵性双生児法のデータとその批判は次の第4章で詳しく解説する。
一九九〇年頃から米国では「自閉症 “原因” 遺伝子」の発見競争がはじまった。この頃までに多くのよく知られた遺伝性の病気の原因遺伝子は、すでに発見されてしまっていた。一九九一年、最後まで残った社会的注目度の大きいアルッハイマー病も、ごく稀な家系で見られる遺伝性(家族性)アルツハイマー病の原因遺伝子がアミロイドの前駆体タンパク質(APP)と同定されてしまった。DNA塩基配列を研究する技術と設備をもった研究者の一部は、それまで比較的簡単にでき評価される病気の原因遺伝子の発見で研究費を得ていた。しかし彼らにとって肝心の、次テーマとなる 「遺伝病」 にめぼしいものがなくなってしまったのである。
研究費がとれないと「失業」する米国の研究者社会では、それを避けるために残された手つかずの病気(障害)のうちもっとも注目を浴びる自閉症をねらう人が続出した。遺伝性の自閉症家系など世界でも一例も報告されていないので、「ある遺伝子変異があれば必ず自閉症になる」という原因遺伝子など初めから存在するわけはない。
しかし審査が厳しい公的な研究費がたとえとれなくても、米国には自閉症児のためなら喜んで研究費を援助する「医学的知識があまりない運営者が援助先を決めることがしばしばの」多くの資金豊富な民間財団があった。彼らと共同研究を組んで自閉症児のDNAサンプルを提供する自閉症研究者にとっても、研究費をとるために「自閉症は遺伝が主な原因である。したがって原因遺伝子があるはずで、それを発見すれば治療法も分かるかもしれない」という謳い文句が申請理由として少なくとも必要であった。
“遺伝率” 九二パーセントが金科玉条のように引用された。自閉症児が増えているなら、遺伝学の基本からは、少なくとも数十年で増えた分は遺伝ではなく環境が原因である。もし遺伝子の変異が原因ならば、この変異がヒトの集団全体に広まるには数百年、数千年かかるはずだからである。「遺伝が原因である」と主張するためには、「自閉症は増えていない」と強弁せざるを得なかったのだ。
しかし「自閉症 “原因” 遺伝子発見!!」の報道は次々にマスコミに登場したが、当然のことながら科学的には次々に否定され、数百以上の「自閉症関連遺伝子」に落ちつくとともに(5章)、あまり報道されなくなった。米国自閉症協会も、「米国人の子どもの一六六人に一人が自閉症と診断され、しかも年々一〇〜一七%も増加している」と推定している。米国疫病予防管理センター(CDC)は、二〇〇八年の米国での自閉症児は全児童数の一・一三%(八八人に一人)と公表した。