時々、気になってしかたがなくなる楽曲にめぐり合うことがある。それはふとした時、例えばテレビを見ていて、そのバックで流されている音楽であったり、街を歩いているときにどこかの店から流れてくる音楽であったりする。
先日、散髪屋に行った時、店内で流れていたAMラジオの番組を聞いていた。沢田研二の還暦でのライブを昨年末にNHKで放送していた、その内容について話をしていた。太ってしまったけど、ステージの上の動きは往年のスタイルのままだったというようなことを女性アナウンサーが話していて、アンコールに歌った歌です、という紹介で続けて流れたのが「君をのせて」という曲だった。
いわゆる3連のバラードで、ラジオで流されたのは恐らくはレコードの音源と思われたが、メロディも美しいが歌詞も素敵な曲だった。ジュリーのソロデビューの曲だったらしい。歌詞はここで。 http://music.yahoo.co.jp/shop/p/53/233731/Y010369
もう一度聴いてみたいと思い、ネットを検索してみたのだが、この曲は現在デジタル音源では聴けないようであった。CDにも収録されていた時もあるのだが、今は廃盤となっているようだ。ダウンロードもできない。オークションだと、この曲のシングル盤、ベスト盤CDを入手することはできるのが、結構いい値段で取引されている。
アマゾンで検索してみると、「沢田研二A面コレクション 」というCDが近く再発されるらしい。3枚組みだが、沢田研二のヒット曲が網羅されている。このアルバムの1曲目に収録されているので、これが発売されるのを待とうかとも考えている。
沢田研二は、僕が小学生の頃から大学生になった時でもずっとスターだった。特に沢田研二に興味があったわけではなくても、大概のシングルになった曲は知っていた。でも、この曲だけは知らなかった。実は有名な曲のような気もするが、1971年発売の曲なので、まだ僕がほとんど歌番組を見ていなかった頃の曲である。
そう言えば、大学生の頃のアルバイト先が沢田研二の実家だと言われていた家の近所にあったのを思い出した。
「君をのせて」は、Youtubeでその映像をいくつか見ることができる。冒頭でアナウンサーが話していたアンコールのやつも、かなり太ったジュリーがマイクなしで観客と合唱するシーンで見られる。もっと古い映像もある。さらに見ていたら、チャゲアスの飛鳥がこの曲を歌っているのもあった。この人もきっとこの曲が好きだったんだろうな。
いい曲はやはり永遠なんだと、つくづく思う。
この年になってから、こんな昔の素敵な曲にめぐり合えるというのは、まさしくそういうことなんだろう。
僕が音楽に興味を持つようになったのは、小学校高学年の時で、それは安いトランジスタラジオを買ってもらって、AMラジオを聞くようになった時からだった。
当時住んでいた神戸の西の端っこにある舞子(明石海峡大橋が架かっているところ)で一番感度が良く聞こえたのは、ラジオ関西だった。その放送局は須磨の海岸近くにあって、「ここは海の見える放送局~」という局の歌が今も記憶にある。ビーチ・ボーイズの「スマハマ」という曲もその後流されていた。ラジオ関西では電話リクエスト(電リクと呼んでいた)という洋楽専門の番組を夜7時から9時頃までやっていて、これが僕の音楽ルーツになっていると思う。
この文章を書くために、Googleで検索してみたところ、http://www.tokyo-kurenaidan.com/haruki-kobe-eiga1.htm で、村上春樹もこの番組を聴いていたようなことが書かれてあった。
僕が聴いていた頃(1973~1975頃?)は、カーペンターズ、エルトン・ジョン、ビートルズやビートルズメンバーの曲が一番よく流れていた印象がある。当時はあまり他のアーティストを知らなかったというのもあるけど。
いまだに誰が歌っているのかわからないままなのだが、「タイム」というバラードの曲が一番好きだった。もう一度聴いてみたいと思うのだが、当時この曲をかける前に映画「イージーライダー」の話が出てきて、ナントカ・マッギーンと歌手の名前を紹介していたので、バーズにいたロジャー・マッギンの歌かと思ったのだが、ロジャー・マッギンの曲にそのタイトルを見つけることはできない。
その後、ずっと洋楽を聴くことが多かったのだが、中学3年生になって、同級生の炬口くんに聞かせてもらった「ライブ73」に収録されていた「望みを捨てろ」という曲を歌う吉田拓郎にはハマった。ライブアルバムなのに、この曲のフェードアウトでアルバムは終わる。今から思えば、延々と歌われていた「人間なんて」と同じパターンなんだろう。
あれから、既に30年以上がたっている。今はワールドミュージック、特にボサノバを聞くことが多い。当時聞いていた音楽も、今では簡単にダウンロードできるようになっているため、携帯オーディオプレイヤーには懐かしい曲とボサノバ、そして最近の音楽がごちゃごちゃに入っている。
当時住んでいた神戸の西の端っこにある舞子(明石海峡大橋が架かっているところ)で一番感度が良く聞こえたのは、ラジオ関西だった。その放送局は須磨の海岸近くにあって、「ここは海の見える放送局~」という局の歌が今も記憶にある。ビーチ・ボーイズの「スマハマ」という曲もその後流されていた。ラジオ関西では電話リクエスト(電リクと呼んでいた)という洋楽専門の番組を夜7時から9時頃までやっていて、これが僕の音楽ルーツになっていると思う。
この文章を書くために、Googleで検索してみたところ、http://www.tokyo-kurenaidan.com/haruki-kobe-eiga1.htm で、村上春樹もこの番組を聴いていたようなことが書かれてあった。
僕が聴いていた頃(1973~1975頃?)は、カーペンターズ、エルトン・ジョン、ビートルズやビートルズメンバーの曲が一番よく流れていた印象がある。当時はあまり他のアーティストを知らなかったというのもあるけど。
いまだに誰が歌っているのかわからないままなのだが、「タイム」というバラードの曲が一番好きだった。もう一度聴いてみたいと思うのだが、当時この曲をかける前に映画「イージーライダー」の話が出てきて、ナントカ・マッギーンと歌手の名前を紹介していたので、バーズにいたロジャー・マッギンの歌かと思ったのだが、ロジャー・マッギンの曲にそのタイトルを見つけることはできない。
その後、ずっと洋楽を聴くことが多かったのだが、中学3年生になって、同級生の炬口くんに聞かせてもらった「ライブ73」に収録されていた「望みを捨てろ」という曲を歌う吉田拓郎にはハマった。ライブアルバムなのに、この曲のフェードアウトでアルバムは終わる。今から思えば、延々と歌われていた「人間なんて」と同じパターンなんだろう。
あれから、既に30年以上がたっている。今はワールドミュージック、特にボサノバを聞くことが多い。当時聞いていた音楽も、今では簡単にダウンロードできるようになっているため、携帯オーディオプレイヤーには懐かしい曲とボサノバ、そして最近の音楽がごちゃごちゃに入っている。
先週1週間、出張で埼玉にある西川口駅前のホテルに宿泊していた。
本当に久しぶりの宿泊ありの出張であり、バッグから新調しての出張であった。出張に来るのがわかっていて、香港旅行に行っていた時に円高もありTUMIのバッグなど、バーゲン期間中でもあり安かったのに買わなかったことを少し後悔していた。結局は、楽天で40%になっていたVictorinoxのバッグを買って出張に望んだ。しっかりとランニングギア一式を詰めて、1週間分の着替えを入れるとかばんはパンパンになった。
事前に、Jognoteのサイトで宿泊地付近のランニングコースを確認してみると、荒川沿いのルートの掲載が多く、そちら方面へ行ってみることにしていた。
チェックインの翌朝、6時にホテルを出発して、京浜東北線の線路を越える。このあたりは、線路の向こう側に渡るには必ず陸橋を超えなければならない。荒川を目指すのだが、目印もなく道がよくわからないまま
ゆっくり走っていく。信号はそれなりにあるけど、早朝でもあり車は少ない。道沿いに走って行くのだが、道が途中で曲がってしまったり突き当りになっていたりしていて、さっぱり現在位置がわからず、すぐに迷子状態になってしまっていた。川らしきものは見えず、それでも適当に進んだのだが、時間の関係もあり、引き返すことにした。ところが引き返しているつもりで進むうちに、堤防らしきところにぶつかった。階段を上ると、やはり堤防で幅の大きな川である。川の名前がどこにも書いておらず、これが荒川なのか判断が付かなかったが、ホテル方面へ戻るつもりで少し川沿いを走った。ランナー、ウォーカー、サイクルに乗る人の数が多い。僕のホームの宇治川にはこんなに人はいないが、この間の香港プロムナードあたりと同等の人口密度である。さすがに平坦で走りやすいので、時間があれば延々と走ってみたくなるコースではある。たまたま、車止めのところでストップしたランナーのおじさんに西川口の場所を尋ねる。ようやく現在地が把握できて教えてもらった帰路につく。
僕の住んでいる宇治とは違い、どこまでも平坦な道ばかりで走りやすい地形の場所であった。
その翌々日は、京浜東北線の線路沿いに川口駅の先まで走り、荒川の堤防にあがって、荒川沿いを走った。今回は迷わず走れた。堤防沿いの学校からラジオ体操の音楽がなっている時間帯は、その学校の前の堤防の上でラジオ体操する人がたくさんいて少しおもしろかった。
堤防の上は舗装されていないこと、車止めが多くて邪魔だったことを除けば、川沿いで気持ちよく走れる、いい環境である。
今後、ここに出張で宿泊することはあまりなさそうだが、また走ってみたいと思う。
本当に久しぶりの宿泊ありの出張であり、バッグから新調しての出張であった。出張に来るのがわかっていて、香港旅行に行っていた時に円高もありTUMIのバッグなど、バーゲン期間中でもあり安かったのに買わなかったことを少し後悔していた。結局は、楽天で40%になっていたVictorinoxのバッグを買って出張に望んだ。しっかりとランニングギア一式を詰めて、1週間分の着替えを入れるとかばんはパンパンになった。
事前に、Jognoteのサイトで宿泊地付近のランニングコースを確認してみると、荒川沿いのルートの掲載が多く、そちら方面へ行ってみることにしていた。
チェックインの翌朝、6時にホテルを出発して、京浜東北線の線路を越える。このあたりは、線路の向こう側に渡るには必ず陸橋を超えなければならない。荒川を目指すのだが、目印もなく道がよくわからないまま
ゆっくり走っていく。信号はそれなりにあるけど、早朝でもあり車は少ない。道沿いに走って行くのだが、道が途中で曲がってしまったり突き当りになっていたりしていて、さっぱり現在位置がわからず、すぐに迷子状態になってしまっていた。川らしきものは見えず、それでも適当に進んだのだが、時間の関係もあり、引き返すことにした。ところが引き返しているつもりで進むうちに、堤防らしきところにぶつかった。階段を上ると、やはり堤防で幅の大きな川である。川の名前がどこにも書いておらず、これが荒川なのか判断が付かなかったが、ホテル方面へ戻るつもりで少し川沿いを走った。ランナー、ウォーカー、サイクルに乗る人の数が多い。僕のホームの宇治川にはこんなに人はいないが、この間の香港プロムナードあたりと同等の人口密度である。さすがに平坦で走りやすいので、時間があれば延々と走ってみたくなるコースではある。たまたま、車止めのところでストップしたランナーのおじさんに西川口の場所を尋ねる。ようやく現在地が把握できて教えてもらった帰路につく。
僕の住んでいる宇治とは違い、どこまでも平坦な道ばかりで走りやすい地形の場所であった。
その翌々日は、京浜東北線の線路沿いに川口駅の先まで走り、荒川の堤防にあがって、荒川沿いを走った。今回は迷わず走れた。堤防沿いの学校からラジオ体操の音楽がなっている時間帯は、その学校の前の堤防の上でラジオ体操する人がたくさんいて少しおもしろかった。
堤防の上は舗装されていないこと、車止めが多くて邪魔だったことを除けば、川沿いで気持ちよく走れる、いい環境である。
今後、ここに出張で宿泊することはあまりなさそうだが、また走ってみたいと思う。