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またりんブログ

息抜きスペース★
日常で感じたことやら、
大好きな赤西くんとカツンのことやら、
とにかく好きなようにつづっていきます。
「自由にきままにゆるく」
がモットー.:*:・'゜。.:*:・':*・*


嫌いな人がいる。
そんな自分を許せてなかったのは
自分だったのかもしれない。


***


昨日書きかけの記事が
あったんだけど、
なんか今朝なるほどって
納得したことがあったので
先に書いてしまおうと思う。



昨日、上司が休みをとっていて
なんだかほっとしている自分に
気づいてしまった。
ずっと私はお局が嫌いで、
だから居心地が悪いんだと
思っていたんだけど、
本当は上司のことが嫌いだった
のかもしれない。


というか、嫌いな部類ではあったけど
こんなに嫌いだとは思ってなかった。
ちゃんと嫌いって認識できて
いなかったんじゃないか?
って気づいてしまった。



そういえば前に上司が休んだときも
なんだか居心地が悪くない
(いいとは言いたくないひねくれもの笑)
って感じたんだった。


***



昨日ゆりんちゃんのblogを
読んでいて、
同僚が嫌いなことに気づいた方
のエピソードを読んだとき、
私は嫌いなのははっきりしとるねん
って他人事のように思ってたんだけど、
私も嫌いを自覚してなかったことに
気づいてしまった。



気づいたらなるほどなーって
だからいつも疲れてたんだ。
上司の反応を
いちいち気にしてるから。



この人に嫌われてはいけない
この人を嫌ってはいけない


役職者で年上で、
勤続年数も上で、
一応周りから信頼されていて、
そんな人を
こんな私が嫌ってはいけない。


↑一応とかつける時点で
だいぶ嫌いやん(笑)


この人を嫌いな
自分が間違っている。
私がおかしい。



好き嫌いに正解なんてないのに、
そう思ってると思ってたのに、
自分が一番"わたしの嫌い"に
バツをつけていた。



うえーーーーーゲローゲローゲロー
まじかよ、そうだったのかよ。


だから私は、その"嫌い"を
正解だと思いたくて、
私は間違ってないと思いたくて、
反抗やら軽蔑を必要以上に
繰り返していたみたいです…。


相手は嫌なやつだ、
間違っているんだ、
って思いたいから、
相手の粗探しを血眼になってして、
やっぱりあいつは悪い!
やっぱりあいつは間違っている!
やっぱりあいつは嫌いに値する!
って思いたかったんだ。


だって自分が間違ってると
思ってたから。
私なーーんも間違ってないのに(笑)
てか嫌いに正解を
求めなくてもいいんだよね照れ


***


そしてもうひとつの思い込み。



私は人を嫌ってはいけない。


どうして?
って自分に聞いたら
こんな答えが返ってきたよ。


私は人を嫌う資格がない。
私はダメな人間だから
人を嫌ってはいけない。



人を嫌う資格って?
それってなんか試験
でもいるんかって(笑)


なんか気づいたら笑えてきて、
あーーもうこの戦いを
終わらせようって思った。


私は人を嫌ってもいい。
嫌ってもいいんだ。
私は人を嫌っても許される人。
もちろん誰もが人を嫌う権利がある。


だからもう"嫌い"という感情に
正解なんて求めなくていいんだよ。
他人に納得してもらう理由なんて
なくてもいいんだよ。


朝からちょっと泣きそう。


私は人を嫌ってもいいんだよね?
ってわたしに聞いたら


もちろん、やっと気づいたね照れ


だって(笑)


嫌いな人に対して何をしてもいい
というわけではないと思う。
けど、愛想よく接したり、
気を遣ったり、
うまくやろうとしなくてもいいんだ。


だって嫌いなんだから。


答えはいたってシンプルだった。


***


だから、ちゃんと嫌おう。
嫌いって感情も
私の大切な一部だから。










水星逆行中だからなのか、
昔の嫌なことが
急にフラッシュバックする。
それは4年ほど前の話。


社会人になってから
一番仲良かったのが
学生時代からの地元の友人だった。
誕生日会や年1旅行もしたし、
毎月ご飯も食べに行っていた気がする。


今は全く会っていないし、
連絡もしていない。
年末に会うか、会わないか、
くらいの関係性になった。
他の子が誘ってくれて行くので、
本人とは連絡を取っていない。


4年前、私はこの関係性を
辞めたいと思った。
自分に正直に生きると決めて、
"心地のよくない関係"は
手放したいと思ったから。


***


きっかけは些細なこと。
でも私はすごく嫌だった。


その子達は毎年
海外旅行に行っていて、
私もずっと一緒に
行きたいなと思っていた。
何しろ1週間休んで行くので、
当時まだいいこちゃんだった私には
休みを取ることのハードルが高く、
いつも私の仕事の繁忙期に
行っているということもあり、
なかなか機会に恵まれなかった。

今思えば、
お土産話で盛り上がるのを聞くのは
正直うらやましすぎて辛かった。
旅行先で買ったお揃いのバックを
集まりのときにこぞって
持ってきたときは
なんだか仲間はずれみたいで、
悔しかったのを覚えてる。
それからそのブランドは嫌い(笑)


***


4年前のシルバーウィークは
2日休めば10連休で、
かなり前から休みを申請して、
今年こそは海外へ行こう!と
意気込んでいた。


彼女たちに今年は
私も一緒に行きたいと話をして、
時期や行き先はまた相談しよう
ってことになった。
これが年明けの話。


GWもあけて、職場でも夏休みの
モードが出てきた頃。
そのうちの一人と会うとになった。
そろそろ手配も進めないとと思って、
今年の夏休みはどうしようか?
って話を切り出した。


返ってきた答えに愕然として、
怒りで腹が煮えくり返ったのを
今でも鮮明に覚えている。
なにせ時期も行き先も、
すでに決まっていたのだから。


「シルバーウィーク以外は
行けないと思って言わなかった」


それが彼女の言い分だった。


まだそのときは半日残ってたので、
気分悪く過ごすのも嫌だと思い、
その場では怒りをぶつけられなかった。
今思えばショックが大きくて
状況を受け入れられなかった
のかもしれない。


そのとき彼女がとった行動は
おすすめの旅行予約サイトや
旅行先を進めてくることだった。
今思えばほんと余計なお世話。
空気を読まなくなった今の私なら
てめーに指図されたくねぇムキー
って顔に出してることでしょう。


彼女と別れた電車の中で、
涙が止まらなかった。
結局、仲間はずれ。
最初から仲間に入れる
つもりなんてなかったのだ。
そんなに行きたいなら、
もっと早く聞けばよかったのか?
って自分を責めた。


その日いっぱい泣いて、
次の日は旅行会社のカウンターで
ツアーの予約と申込金を
払ってたんだから
よっぽど怒れたんだと思う(笑)
変なところ負けず嫌いだから笑い泣き


この日から集まりにも
あまり顔を出さなくなった。
その程度の仲だったんだと、
失望したから。


その後も怒りを覚えることが続いて、
集まりには一切行かないことを決めた。



***



集まりに行かなくなって、
一人ひとりとも距離を
置くようになった。
そうすると、他の友達との集まりにも
必ず誰かしらいるので
そこにも行きたくなくなった。
顔も見たくなかった。



そうしているうちに、
誘われなくなった。
結局みんなそっちを
選ぶんだなって思った。


たまにこっちに出てくる友達がいて
その子のSNSで他のみんなで
集まっている写真を見る度、
辛くなるし、怒りが沸いてくる。
連絡くらいくれてもいいのに。
悲しそうにぼやく自分がいる。


定期的にやってくるこの状況に
解決策を見つけられずにいる。


***


あのとき正直に怒りを伝えていれば
何か変わったんだろうか。
無理に自分の感情を殺してまで
一緒にいる意味はあったんだろうか。


彼女たちとの縁が切れたことは
もういいかなと思っている。
大切にできない関係を
続ける気はないから。



でも、他の子達と会いづらくなったり
同窓会類いのものにいけないのは
しんどいし、つらい。
そして自分の方がこんな状況に
なったことにたいして、
負けたんだと感じてしまう。


ほんとは勝ち負けなんてないって
分かっているはずだし、
そういう自分でいたいのに。


***



でもね、じゃあその集まりに
誘われたところで行きたいか、
自分に聞いてみたら
答えはNoなんだよね。


会いたくない。
拗ねてるのかもしれないけど、
今はまだ会いたいと思えないんだ。
だから誘われたところで、
なんだけど。


声をかけてすらもらえない
というのは悲しいなー
つらかったなーとじんわり感じる。
そして、私の何がいけないんだろう
って自分の言動を振り返っては
間違い探しを始めてた。
けど、もうそれやめようかな。
一人で考えてても変わらないし、
相手は変えられないから。


考えるのに疲れた(笑)
それに嫌いなやつのこと考えて
気分悪くなるのも腹立つ(笑)


ただね、感情から少し距離をおいて
このことを考えてみたときに、
この旅行の話はきっかけでしか
なかったんだろうなと思う。


その前からたくさん
違和感は感じていたし、
もし一緒に旅行にいったとしても
現地で爆発してたかもしれないし。


いつかは離れることに
なっていたんじゃないかなって。
もう一緒にはいられないん
じゃないかなって。


まだここまで関係が悪化する前、
お互いを知る友人に
こんなことを言われたことがある。


彼女たちはみんなのみんなの人たち。
絶対合わないと思うのに
よく一緒にいられるね。
私だったら辛くなる。



ここでいうみんなのみんなは、
みんなで仲良くって感じ。
友達の友達は友達だし、
そういう関係で集まって
わいわいするのが気にならない人。
一対一の関係よりも、
多数対わたしの関係でいきる人のこと。



もう根本的なところから
違っていたのかなーと思う。
学生時代って同じ環境の中にいるから
価値観合わなくても
なんとかやってけちゃうんだよね。


社会人になって環境が変わると、
話が合わなっていた。
今思えば合わないことたくさんあった。


でね、彼女たちは友達が多くて、
みんなでワイワイしていて、
うらやましいとは思うんだ。
でも、それを正としてしまっていたから
苦しかったんじゃないかなって
そう思い始めた。



友達が少ない、
その中になじめない私は
(彼女たちに比べて)ダメな人間なんだ。
多くの人が楽しんでいるところに
入っていけない自分がダメなんだって。
みんなは楽しめるいい関係なのに、
それを受け入れられない私が
間違っていたんじゃないかって。



なんでやねんポーンポーンポーン



もうこれ出てきたとき、
ちょっと笑ってしまったよ。
なんで一部の集団に合わないだけで
私が間違っている、私が悪いって
思っちゃったのよ。


コーヒーがすきな人もいれば、
緑茶がすきな人もおる。
スタバが好きな人もいれば、
タリーズがすきな人もおる。


これってそれくらいシンプルな話で、
大人数でわいわい好きな人もいれば、
少人数で関係を築きたい人もいる。


それだけ。


そんなことですっきりしたら、
今朝見ていた番組で
哲学者アリストテレスの言葉が。



A friend to all is a friend to none.

多数の友人を持つものは
一人の友をも得ず。



分かりやすいメッセージきた。
私はいいや。
こっちでいいや。


このことで悩んでたのは
やっぱり私が大好きだったからで、
一緒にいたいと思っていたからで、
大切にしたかったんだと思う。


けどどこかで、
この関係性を失ったら
私には友達がいなくなる。
そしたらひとりぼっちになるって
恐怖心を持っていたから、
離れるという選択肢を
なかなか選べなかったんだと思う。



友人がいないなんて恥ずかしい。
友人がいない人は
人として欠如している。


そんな風に思ってた。



けど、もういいや。
正直な気持ちを伝えて壊れる関係なら
私には必要ないや。
腫れ物にさわるように
当たり障りのいい言葉を
かけてくる人より
多少けんかをしても
向き合ってくれる人がいい。



相手の気持ちが見えない
関係性の中では
生きられないから。



めっちゃ不器用だけど、
たまに間違うけど、
自分の気持ちを優先できた自分に
もういい加減丸をつけよう。
もううまくできなかった自分を
責めなくていいや。


ばいばい、かわいそうな私。


***





昨日はオンライン講座の
未来会議でした。
今回は質問するって決めていて
昨日も朝からなに聞こうって
考えてたんだけど
(悩みがたくさんありすぎててへぺろ)
まとまらず……。


具体的なことってより、
この講座を受けようと思った理由に
たち戻ろうと思った。
それは同じところをぐるぐるして
なかなか上昇気流にのれないこと。


宇宙理論を知ってから、
もう4年くらい経つのかな。
前よりは自分を責めることは
なくなったんだけど、
同じような悩みを繰り返していて。
宇宙理論を実戦している人たちは
明るく楽しく軽やかに
自分のやりたいことに
夢中になっているのに、
私はネガティブな感情や望みばかりが
沸いてきてしまう。


自己対話をしていても
望みを抽出するときに
〜〜したい、という
ポジティブな望みではなく
〜〜したくない、という
ネガティブな望みばかり。


自己対話をするようになって
自分が常にイライラしている
ということに気づいてから、
やりたくないことはやめてきた。
でも、まだ〜〜したくないが出てくる。


自己対話
〜〜〜〜したくない
〜〜〜やめる
罪悪感が沸いてくる
でも自分のために行動した!
それだけでもOK、以上まる!
回りの人からやめたことについて
何か指摘を受ける
やっぱりだめなんだ、
私が悪いんだ、
と罪悪感と自己嫌悪で
いっぱいになって気分悪い



この繰り返し、無限ループ(笑)
あーーもういつになったらね
これ逃れられるのかねって
出口の見えないトンネルに
いるみたいで、
いつまでもいい気分になれない
自分はダメだって、
早くこのループから解放されたいって、
今思えば不安と焦りで
ガチガチになっていた。






ゆりんちゃんが今の状況を聞いて
自己対話して、やめたいことやめるって
ちゃんと行動して、
めちゃくちゃ前向きやん?って
言ってくれて。


その瞬間、
目の前の霧がばーって
晴れた気がした。


ガチガチだった心が
ふっとゆるんで
ほかほかして暖かかった。


そうかこれが
ほっとする、なんだ。
初めて体感できた気がする。


この感覚頭の上から足先まで
思いっきり感じて、覚えてね
って言われて。
じわーんと暖かさに浸りました。


何年もやってきて同じ事を
繰り返してしまう自分は
間違っているんじゃないか?
だからずっと変われない。
だからだめなんだ。


って思ってたな。
いやーーでもよくやってきた。


ゆりんちゃんに言われて気づいたけど
こんだけ何回もネガティブな
感情に支配されても、
私であることを諦めなかった。


何回も壁にぶつかっても、
自分を好きでいたいと思ったし、
他人軸ではなく自分軸で
生きていける人になりたいと
いつも願ってた。


私はいつも望む方を見ていたんだ。
望む私と現実のギャップに苦しんでも
望みを捨てなかった。


それってめっちゃ
ポジティブじゃない?
って気づいちゃったよねニヤリ


そんでね、他の方の相談の中で
"行動"の概念が覆される話があって。
行動って身体を動かすことって
思いがちだけど、ゆりんちゃんは
"意識を変えること"
も行動だと思ってると教えてれた。


これは目から鱗びっくりびっくりびっくり
行動できてないって思ってたけど、
それなら結構頑張ってきたやんって照れ
もちろんすぐに変わりはしないけど、
コツコツやってきた。
そういえばHappyちゃんも
頭の中を帰るだけっていってたな…。


とにかく私は完璧主義すぎる(笑)
だからすべてにハードルが高い。


そんな私も"こうあるべき"を
やめようときてたくさん
やめてきたこともある。


でもやめたことが
"今後は絶対やっちゃだめ"
って禁止事項になってしまって
最近はそれに苦しんでいた
ことにも気づいた。


どっちでもいいんだな。
"やるべきことなんてなにもない"
という意識(前提)だったら。
やっても、やらなくても、
自分で決めればいいんだ。


例えばやりたくないって思うことが、
そのときの状況でやらざるを得なくても
しゃーない、貸し1ねニヤリ
くらいの軽い気持ちでいればいい。
やりたくないことやっちゃったショボーン
って責める必要がない。



べきねばをやめるはずが
その"やめる"という行為に
縛られていたことに
やーーっと気づいて 
やーーーっと腑に落ちた。



はーーーーすっきり。
なんて晴れやかな気分。



ほんとゆりんちゃんに感謝。
毎回全力で親身に答えてくれて、
熱量がすごくて、
自分の経験を惜しみなく話してくれて。
申し込むときは勇気がいったけど、
この講座安すぎるよね(笑)
あのとき勇気を出してくれた
自分にも感謝だ。



これからが楽しみだねって
ゆりんちゃんが最後に言ってくれて、
ほんとに楽しみになった。
この意識で生きたらどうなるか、
実験実験爆笑爆笑爆笑