水星逆行中だからなのか、
昔の嫌なことが
急にフラッシュバックする。
それは4年ほど前の話。
社会人になってから
一番仲良かったのが
学生時代からの地元の友人だった。
誕生日会や年1旅行もしたし、
毎月ご飯も食べに行っていた気がする。
今は全く会っていないし、
連絡もしていない。
年末に会うか、会わないか、
くらいの関係性になった。
他の子が誘ってくれて行くので、
本人とは連絡を取っていない。
4年前、私はこの関係性を
辞めたいと思った。
自分に正直に生きると決めて、
"心地のよくない関係"は
手放したいと思ったから。
***
きっかけは些細なこと。
でも私はすごく嫌だった。
その子達は毎年
海外旅行に行っていて、
私もずっと一緒に
行きたいなと思っていた。
何しろ1週間休んで行くので、
当時まだいいこちゃんだった私には
休みを取ることのハードルが高く、
いつも私の仕事の繁忙期に
行っているということもあり、
なかなか機会に恵まれなかった。
今思えば、
お土産話で盛り上がるのを聞くのは
正直うらやましすぎて辛かった。
旅行先で買ったお揃いのバックを
集まりのときにこぞって
持ってきたときは
なんだか仲間はずれみたいで、
悔しかったのを覚えてる。
それからそのブランドは嫌い(笑)
***
4年前のシルバーウィークは
2日休めば10連休で、
かなり前から休みを申請して、
今年こそは海外へ行こう!と
意気込んでいた。
彼女たちに今年は
私も一緒に行きたいと話をして、
時期や行き先はまた相談しよう
ってことになった。
これが年明けの話。
GWもあけて、職場でも夏休みの
モードが出てきた頃。
そのうちの一人と会うとになった。
そろそろ手配も進めないとと思って、
今年の夏休みはどうしようか?
って話を切り出した。
返ってきた答えに愕然として、
怒りで腹が煮えくり返ったのを
今でも鮮明に覚えている。
なにせ時期も行き先も、
すでに決まっていたのだから。
「シルバーウィーク以外は
行けないと思って言わなかった」
それが彼女の言い分だった。
まだそのときは半日残ってたので、
気分悪く過ごすのも嫌だと思い、
その場では怒りをぶつけられなかった。
今思えばショックが大きくて
状況を受け入れられなかった
のかもしれない。
そのとき彼女がとった行動は
おすすめの旅行予約サイトや
旅行先を進めてくることだった。
今思えばほんと余計なお世話。
空気を読まなくなった今の私なら
てめーに指図されたくねぇ
って顔に出してることでしょう。
彼女と別れた電車の中で、
涙が止まらなかった。
結局、仲間はずれ。
最初から仲間に入れる
つもりなんてなかったのだ。
そんなに行きたいなら、
もっと早く聞けばよかったのか?
って自分を責めた。
その日いっぱい泣いて、
次の日は旅行会社のカウンターで
ツアーの予約と申込金を
払ってたんだから
よっぽど怒れたんだと思う(笑)
変なところ負けず嫌いだから
この日から集まりにも
あまり顔を出さなくなった。
その程度の仲だったんだと、
失望したから。
その後も怒りを覚えることが続いて、
集まりには一切行かないことを決めた。
***
集まりに行かなくなって、
一人ひとりとも距離を
置くようになった。
そうすると、他の友達との集まりにも
必ず誰かしらいるので
そこにも行きたくなくなった。
顔も見たくなかった。
そうしているうちに、
誘われなくなった。
結局みんなそっちを
選ぶんだなって思った。
たまにこっちに出てくる友達がいて
その子のSNSで他のみんなで
集まっている写真を見る度、
辛くなるし、怒りが沸いてくる。
連絡くらいくれてもいいのに。
悲しそうにぼやく自分がいる。
定期的にやってくるこの状況に
解決策を見つけられずにいる。
***
あのとき正直に怒りを伝えていれば
何か変わったんだろうか。
無理に自分の感情を殺してまで
一緒にいる意味はあったんだろうか。
彼女たちとの縁が切れたことは
もういいかなと思っている。
大切にできない関係を
続ける気はないから。
でも、他の子達と会いづらくなったり
同窓会類いのものにいけないのは
しんどいし、つらい。
そして自分の方がこんな状況に
なったことにたいして、
負けたんだと感じてしまう。
ほんとは勝ち負けなんてないって
分かっているはずだし、
そういう自分でいたいのに。
***
でもね、じゃあその集まりに
誘われたところで行きたいか、
自分に聞いてみたら
答えはNoなんだよね。
会いたくない。
拗ねてるのかもしれないけど、
今はまだ会いたいと思えないんだ。
だから誘われたところで、
なんだけど。
声をかけてすらもらえない
というのは悲しいなー
つらかったなーとじんわり感じる。
そして、私の何がいけないんだろう
って自分の言動を振り返っては
間違い探しを始めてた。
けど、もうそれやめようかな。
一人で考えてても変わらないし、
相手は変えられないから。
考えるのに疲れた(笑)
それに嫌いなやつのこと考えて
気分悪くなるのも腹立つ(笑)
ただね、感情から少し距離をおいて
このことを考えてみたときに、
この旅行の話はきっかけでしか
なかったんだろうなと思う。
その前からたくさん
違和感は感じていたし、
もし一緒に旅行にいったとしても
現地で爆発してたかもしれないし。
いつかは離れることに
なっていたんじゃないかなって。
もう一緒にはいられないん
じゃないかなって。
まだここまで関係が悪化する前、
お互いを知る友人に
こんなことを言われたことがある。
彼女たちはみんなのみんなの人たち。
絶対合わないと思うのに
よく一緒にいられるね。
私だったら辛くなる。
ここでいうみんなのみんなは、
みんなで仲良くって感じ。
友達の友達は友達だし、
そういう関係で集まって
わいわいするのが気にならない人。
一対一の関係よりも、
多数対わたしの関係でいきる人のこと。
もう根本的なところから
違っていたのかなーと思う。
学生時代って同じ環境の中にいるから
価値観合わなくても
なんとかやってけちゃうんだよね。
社会人になって環境が変わると、
話が合わなっていた。
今思えば合わないことたくさんあった。
でね、彼女たちは友達が多くて、
みんなでワイワイしていて、
うらやましいとは思うんだ。
でも、それを正としてしまっていたから
苦しかったんじゃないかなって
そう思い始めた。
友達が少ない、
その中になじめない私は
(彼女たちに比べて)ダメな人間なんだ。
多くの人が楽しんでいるところに
入っていけない自分がダメなんだって。
みんなは楽しめるいい関係なのに、
それを受け入れられない私が
間違っていたんじゃないかって。
なんでやねん


もうこれ出てきたとき、
ちょっと笑ってしまったよ。
なんで一部の集団に合わないだけで
私が間違っている、私が悪いって
思っちゃったのよ。
コーヒーがすきな人もいれば、
緑茶がすきな人もおる。
スタバが好きな人もいれば、
タリーズがすきな人もおる。
これってそれくらいシンプルな話で、
大人数でわいわい好きな人もいれば、
少人数で関係を築きたい人もいる。
それだけ。
そんなことですっきりしたら、
今朝見ていた番組で
哲学者アリストテレスの言葉が。
A friend to all is a friend to none.
多数の友人を持つものは
一人の友をも得ず。
分かりやすいメッセージきた。
私はいいや。
こっちでいいや。
このことで悩んでたのは
やっぱり私が大好きだったからで、
一緒にいたいと思っていたからで、
大切にしたかったんだと思う。
けどどこかで、
この関係性を失ったら
私には友達がいなくなる。
そしたらひとりぼっちになるって
恐怖心を持っていたから、
離れるという選択肢を
なかなか選べなかったんだと思う。
友人がいないなんて恥ずかしい。
友人がいない人は
人として欠如している。
そんな風に思ってた。
けど、もういいや。
正直な気持ちを伝えて壊れる関係なら
私には必要ないや。
腫れ物にさわるように
当たり障りのいい言葉を
かけてくる人より
多少けんかをしても
向き合ってくれる人がいい。
相手の気持ちが見えない
関係性の中では
生きられないから。
めっちゃ不器用だけど、
たまに間違うけど、
自分の気持ちを優先できた自分に
もういい加減丸をつけよう。
もううまくできなかった自分を
責めなくていいや。
ばいばい、かわいそうな私。
***