幸せな顔をした人のいない競馬場 -26ページ目

幸せな顔をした人のいない競馬場

~でもあなたはしあわせでありますように~

左下の親知らずの抜歯は右下のそれほどスムーズに事が運ばなかったようで、37℃台ではあるが熱が出たので寝ていた。

中島みゆきの『真夜中の動物園』に収められている「雪傘」を聴きながら、

会いたいな、

と思った。

誰に?

自分の気持ちの中を探してわかったのは、会いたい相手は、祖母と過去の自分だった。

祖母は足が悪くずっとすわって生活していた。

神様みたいな人だったが、かわいそうな死に方をした。

祖母には、親切が足りなかったことを悔いている。



もしも過去の自分と会えたら面白いだろう。

どの時分の僕であっても、わくわくするような会話ができそうだ。

未来を歩いた者として、過去の自分に、こうしておけ、ああしておけなんて一言も口にするつもりはない。

言うとすれば、このレースではこの馬が勝つから、馬券を山ほど買っておけ、くらいだろ。

いくつもの分かれ道で、僕は必ずしもいい選択をしてきたわけではなかろうが、選んだ道は踏みしめて歩いてきたし、今後もそうするだろう。

過去の自分と会いたいのは、自己愛からだろう。

祖母と会いたいのだって、多分に自己愛の後押しがある。

たとえ昔大切だった女の人に会いたいと思っても、きっとそうだろう。

自己愛自体は悪いものではない。

それしかもてなければ問題だと思うが。



会いたい相手が父でなかったのは、よく考えれば当たり前のことで、父は、男どうしだからだろう、僕の本質を、一面、僕がすべてをさらけだした相手よりも鋭く見抜いていたから、そんな人とわざわざ会いたいとは思わんな。

父は、その死が僕に最も大きな影響を与えた存在だが、それと会いたいと思う相手であることは別の話だ。



祖母の実家は天理教の教会で、祖父もまた、自らに起きた奇跡から入信し、天理教の司祭となった。

このあたり、このブログに以前書いたのだが、1年以上前に削除した。

しばらくブログを書かないでいたら、アメブロで小説を連載しているブロガーさんから突然メールがあり、その中でそのブロガーさんは、僕の文章をほめた後、

このまま放置するのなら、いろんなネタを盗みますよ、

と書いていたので、なんともわずらわしく、今後一切関わりを避けるつもりで、僕自身に関する記事をたくさん消した。

そのときまでにコピーしていたとかしていないとかはどうでもいい。

世の中には、他人に下劣な働きかけをしてくる人が少なくない。

僕はそんな方々とは、精神面も含め、かかわらないようにしている。

いちいち関心をもってさしあげるほど僕は丁寧ではない。



中島みゆきが天理教の信者だと知ったのは、そんなに前のことではなく、このブログを書きはじめてからのことで、その記事はまだ残っているだろう。

彼女がなぜこんな作品をつくり歌い続けているのか、実に合点がいった。

中島みゆきの曲に自己を投影するのでなく、自分の人生に中島みゆきの歌をあてはめるのでもなく、中島みゆきを中島みゆきとして真に理解したいと思うのなら、天理教についての知識が不可欠だと断言しよう。

それはたとえば西洋の文化、なんでもいい、文学でも絵画でも、キリスト教とギリシア文化の理解がなければその研究などできないのとまったく同じです。

ただ、誤解を回避するためにことわっておくと、天理教の知識など、中島みゆき評論家や中島みゆき研究者になるのでなければ必要ないものです。

知識をもっているだけでは中島みゆきを理解することなどできないだろうし、知識をもっていなくても深く理解している人はたくさんいると思う。

ただ評論家や研究者となれば、中島みゆきの創作に深くかかわっているはずの天理教に入り込まざるをえない、ということです。

西洋の文学や絵画に感動することそれ自体に、キリスト教やギリシア文化の知識が不要であるのとこれまた等しい。



評論や研究は、たとえ嫌悪の形をとる愛であっても、対象への愛がなければできない、って、多分みんな知ってることだね。



天理に行きたい、

と思った。

僕は天理教の環境に触れながら、無宗教者として育った人間だから、たびたび天理に足を運んでいるわけではないが、行ったら10日くらいは滞在して、天理だけでなく、奈良のあちこちを見て歩く、そんなことが多かった。

でも今度行くときは天理だけでいい。

僕に血を与えてくれた人たちと、これまでとは違う会話ができるような気がする。

過去の自分とも。



熱で寝ながらこんなことを考えていました。

不適切だったり、挑発的に感じられたりする箇所もあるかとは思いますが、ぜーんぶ熱のせいですから。

堪忍してくださいね。

このブログを通じ、言葉を介してお付き合いしている方々が、僕は好きです。

それは間違いないですから。



Happy Birthday to You.

今日もあなたが、あなたの好きな方向へ更新されていますように。
福島の原発、大変なことになってますね。

心が痛みます。

僕は福島の原発の建設の経緯に係る詳細を知らないので断言はできませんが、おそらく大地震にも耐えられる、専門的な見地から安全性は保証できる、という、説明がなされていたのではないか、と想像します。

で、起きてみれば「想定外」。

これは事故ではなく事件だといわれても仕方がないと思います。

僕は原発の必要性を否定する者ではないので、ではどこに建設すればよかったのか、と問われれば、自らの矛盾にしどろもどろにならざるを得ない、情けない人間です。

そもそも原発は本当に必要だったのか?

必要性の幻想をマスコミ等で植えつけられただけではないのか?

そう問い詰められれば、確かに僕は、いろんな資料を自分の手で集めたわけではなく、書籍や報道で得た知識をもとに意見を形成しているだけなので、有効な反論は難しいかもしれない。

ただ多くの人には資料を一から集めることはできず、それを全員がしなければならないとすることは社会にとっても、社会を構成する個人にとっても、有益ではない、というか有害だ。

自分がこの世に生れ落ちた日を、本当は誰一人知らないのに、たとえば親から教えられ、それを誕生日として信じて生きているのと同様に、僕らは与えられる情報の確かさというものを、心のどこかで信じて生きている、正確には生きていかざるを得ない。

だけど、与えられる情報は間違いを含みうるものだ、と、僕らはいつも考えなければならいのだ。

日本国憲法第12条の「不断の努力」にはそういう努力も入っているはずなのだ。

マスコミの情報が必ずしも正しくないことは、多くの人が知っていると思う。

卑小な例ではあるけど、今度の地震でも、動いていないにもかかわらず「○○線は運転を再開しています。」と平気で報道していたし。

自分の努力不足を恥ずかしく思います。

原発の放射線による被曝が、可能な限り、早急におさまりますように。

ネット上で、たくさんの人が募金のことに触れているのには感動しました。

今回の地震の被災者の方々が、一日もはやくもとの生活に戻れますように。

心身の傷が癒えますように。
まいりました ( ̄_ ̄ i)

明後日、今度は左下の親知らずを抜く手術をするというのに、今夜はネットカフェで過ごすことになった (・・;)

しかもこんなときに限って携帯が電池切れで、いろんな人にろくろく連絡ができない。

でも並んででもネカフェに入れてよかった。

ホテルやサウナはいっぱいだし、一晩食べたり飲んだりする元気はもとよりない、てか体力を消耗するわけにはゆかない。

今夜、東京の寒い夜空の下には、多くの人が路頭に迷っています。

情報も少ない。

明日、明後日の中央競馬が全レース中止ということだけはわかったけど(笑)。

みなさんのご無事をお祈りしています。
前回の記事から1月ほど放置してしまいましたが、みなさま、おかわりなくお過ごしでしょうか?

ちかごろ尾崎豊の forget-me-not のカバーが流れているのを聴くことが多くて、そのたびに、じん、ときたりしている浮舟の弟です。

forget-me-not は僕が好きな尾崎豊の歌ベスト3に入ってる曲で、思うに、この曲を聴くと特定の女性を思い出すという男は、相当数いるんじゃないんでしょうか。

とくに孤独を感じる年ごろ、ビルの向こうの空をいつまでもさがしていた、そんな頃に出会った女性とリンクしやすいかもしれないですね。

僕は10代のひところ、孤独にさいなまれた時期があって、そこでさんざん苦しんだせいか、20代に入ってからはどんなに一人でいても孤独を感じることはなくなってしまったのですが、ただ、好きな女の人と暮らしていて、二人で孤独を感じることはありました。

変な話ですが、というか、思い当たる人も数多くいると思いますけど、一人でいても孤独ではないのに、二人でいると孤独なんですね。

それは相手とうまくいっていないからではなく、相手を大切に思うから、です。

forget-me-not は僕に、二人でいるときの孤独を、強く思い出させる曲なんです。

尾崎豊が歌うより、少しやわらかい声質のアーティストが歌うカバーの方が、今の僕にはいいかもしれないな、と、今日ドラッグストアで買い物しながら思っていました。
打ち合わせが予定よりはやく終わったので、久しぶりに渋谷に寄った。

$幸せな顔をした人のいない競馬場

六本木通りが青山通りにぶつかる角にあるクロスタワービル。

今日は最初から、夕陽の時刻に間に合えばここに来るつもりだったんだ。

ここには3階のデッキ(上の写真の「CROSS TOWER」のちょうど裏側)に、尾崎豊のレリーフがある。

$幸せな顔をした人のいない競馬場

「十七歳の地図」の歌詞の一部も刻まれている。

$幸せな顔をした人のいない競馬場

「十七歳の地図」にうたわれている歩道橋や夕陽は、このあたりから眺めたものなんだそうだ。

$幸せな顔をした人のいない競馬場

壁には、尾崎豊の歌や生き方に共感する人たちの文字があふれている。

読まないけどね。

時刻は4時半少し前。

厳密にどこからを夕陽というのか知らないが、太陽はかなり傾いていて、とりあえずおおざっぱにこの時期この時刻の東京での太陽を夕陽というとすれば、

$幸せな顔をした人のいない競馬場

これが今日の歩道橋と夕陽。
(と書いた後に確認したら、ビミョーに歩道橋うつってないんですけど(爆)。)

$幸せな顔をした人のいない競馬場

ちょっとした加減でこんな写真になったりもする。




先日おばさんの訃報を受け取った。

舌がんでのはやすぎる死でした。

僕とは血のつながりのないこのおばさんは、東京にやってきたばかりの18歳の僕を一番世話してくれた人だった。

当時僕は渋谷から私鉄で2駅の、風呂もないアパートで大学生活をスタートさせたばかりで、友だちと遊ぶのも合コンするのも渋谷がほとんどだった。

彼女にはいろんなところにつれていってもらったな。

尾崎豊のよさを教えてもらったのは、彼女の長女、ぼくのいとこからだったし。

ただちょっとしたことがあって、夏にはもう彼女の家には行かなくなった。

それからずっと顔をだしていなかった。



人の行きつく先は死以外にないんだなってあらためて思った。
さて今日で手術から1週間。

抜糸をしてきました。

術後の経過は良好で、何も問題はないとのことでした。

ただ手術中に、抜いた親知らずに隣接していた歯のインレーがとれてしまい(←虫歯になっていたのでとれやすい状態だったらしいです。)、その歯の痛みがかなりひどい。

痛み止めを飲んでしのいでます。

今週の土曜から治療をしてもらうつもりです。
僕には意識があるという状態というものの定義がよくわからないのだが、それが意識がある状態を記憶しているか否かということと無関係だとすると、人が生きているといえるためには意識と記憶の双方が必要だといえると思う。

中村うさぎさんのエッセイで読んだのだが、彼女は美容整形の手術の際、点滴で薬を導入したそうだ(今回の僕と同じ)。

そのとき、医者に、

「手術の途中で意識が戻りますよー。ただ、本人はその事を全然覚えてないですけどね」(エッセイ「素のままの女王様」)

と言われたそうだ。

うさぎさんは、ビデオを撮ってもらいそのことを確認した。

自分はまったく覚えていないらしいのだが、

彼女は手術の途中で、カッと目を見開いた。

「一番やりたいことは何ですか?」

と質問するカメラマン。

「おしっこ!」

と答える中村うさぎ。

なんでもこの状態は自白剤を打たれているのと同じ状態で、嘘や隠し事ができないとか。

「○○くんの○○○○、どうだったの?」

と医者。

「ヘタでした(きっぱり)!」

おぉー、なんと恐ろしい状態。

こんな会話を術後のうさぎさんは記憶していないわけですよ。

そこで僕は、手術中のうさぎさんの状態を意識のある状態というならば、人は意識があるというだけでは生きているとはいえなくて、それを記憶しているということが保障されてはじめて生きているといえるんではないか、と考えたのでした。

ところで浮舟の弟は、手術の後、意識が戻り、明日消毒のために何時に来てください、という女医さんに、

はい、わかりました、

と答えた後、僕の目の前にやってきた麻酔科の先生に、

すみません、へんなこと尋ねていいですか? 整形手術をした中村うさぎさんがエッセイで、点滴で薬を導入した状態は自白剤を打たれた状態と同じと書いていたんですけど、本当にそうなんですか?

とたいへん失礼な質問をしてしまったのである。

先生は、

今日の量の2倍くらい入れないとそうはならないですよ。

と平然と即答してくださり、僕は、

うーん、さすがだなー。

と思ったのでした。
さて制汗剤を多めにつけ(←施術中、汗かきそうじゃん。)、髪にはワックスをつけないで(←どうせ今日はシャワー浴びないで安静にしとくでしょ。後のことを考えたらワックスつけるとよろしくない。)浮舟の弟は、口の中で作業が開始されたけど、ちょいとはやくはありませんかね? だってまだ僕はうとうとなんかしてないですよ、先生。

と、先日手術治療計画説明書にそって、説得力のある素晴らしい説明をしてくださった女医さんに、心の中でつぶやきながら、

イテ、

とか、

あと何分我慢すればいいんだよ、(←麻酔などの前後を入れなければ30~40分と説明されていた。)

と思っているうち、

「もっと口を開けないと・・」

という男の人の声を最後に、意識を失った。

意識を失う、と書いたが、この点は、今後考えてみたい課題です。

実は僕は先週、麻酔科の先生に説明をされ同意書にサインをする前に、

「え? 意識をとばすんですか?」

「完全にとばすわけではないです。うとうとしている状態で意識はあるんですけど、記憶していることはほとんどありません」

という会話があり、意識の有無と記憶の有無の対応について混乱してしまった浮舟の弟です。

更に続く。
(まだいっぺんに書く気力が不足しているのです…。)
僕の親知らずは横向きに生えていて、しかもねっこが神経や血管に近接しているそうで、口腔外科の看板をだしている歯医者にいったところ、

「万が一のことを考えて大きい病院を紹介します」

といわれた、それが先々週の土曜。

先週、紹介された病院に行くと、

「入院する必要はないですが、大きな手術になります」

と告げられて、本日をむかえたのである。

一番お気に入りのジャケットとコートで、予約時間5分前に病院に到着。

インナーも新しいものをおろしました(←脱ぐわけではないけど)。

――昨夜はよく眠れましたか?

――はい。(←9時間ほど寝たのです。緊張してたようで、いろんな夢を見ました。)

――体調はどうですか?

――大丈夫です。

親知らずの抜歯について、僕は子供の頃からこわいものだという固定観念をもっている。

父は腎臓が悪かったのだが、それは親知らずを抜いた後の処置に問題があったからだったのだ。

なので初めての智歯抜歯の今日のために、僕は(かな~り大袈裟だが他の事情もあるし…)今週事務所を全休したのです。

笑うな。

いつもきちんと仕事をしているのは、休むと決めたときは誰がなんと言おうと休むためでもあるのだから。




静脈内鎮静法のための針を左手の甲にさして、薬を導入。

血圧計装着。

口内は、表面麻酔の後、針をさしての麻酔。


以下、続く。
『崖っぷちだよ、人生は! ショッピングの女王3』(文藝春秋社 2001年刊行)は、中村うさぎさんのエッセイ集。

この本に収められているエッセイを書いていたときの彼女は買い物依存症。

月に何百万円かの買い物をする一方で、港区から住民税の不払いで所得を差し押さえられたり、電話やガスを止められたりしています。

しかし、彼女はこう書きます。

「こうして借金と金策を繰り返しているおかげで、私はかろうじて堕落から逃れられてるのかもしれない。・・中村にとっての『堕落』とは、『生きる実感や現実世界のリアリティを喪失するコト』であって、じつは借金がなければ、私はそれらを喪失してしまうのではないか、と、勝手に脅えているのである。」(p.226-227)

また、こうも書いています。

「いいですね。泥沼にハマっちゃったからには、苦しみなさい。悪あがきしなさい。自分と死闘を繰り広げなさい。それが、あなたの人生だ。」(p.224)

中村うさぎさんについての評価はさまざまだろうけれど、僕はこんな人が好きなんだな。