左下の親知らずの抜歯は右下のそれほどスムーズに事が運ばなかったようで、37℃台ではあるが熱が出たので寝ていた。
中島みゆきの『真夜中の動物園』に収められている「雪傘」を聴きながら、
会いたいな、
と思った。
誰に?
自分の気持ちの中を探してわかったのは、会いたい相手は、祖母と過去の自分だった。
祖母は足が悪くずっとすわって生活していた。
神様みたいな人だったが、かわいそうな死に方をした。
祖母には、親切が足りなかったことを悔いている。
もしも過去の自分と会えたら面白いだろう。
どの時分の僕であっても、わくわくするような会話ができそうだ。
未来を歩いた者として、過去の自分に、こうしておけ、ああしておけなんて一言も口にするつもりはない。
言うとすれば、このレースではこの馬が勝つから、馬券を山ほど買っておけ、くらいだろ。
いくつもの分かれ道で、僕は必ずしもいい選択をしてきたわけではなかろうが、選んだ道は踏みしめて歩いてきたし、今後もそうするだろう。
過去の自分と会いたいのは、自己愛からだろう。
祖母と会いたいのだって、多分に自己愛の後押しがある。
たとえ昔大切だった女の人に会いたいと思っても、きっとそうだろう。
自己愛自体は悪いものではない。
それしかもてなければ問題だと思うが。
会いたい相手が父でなかったのは、よく考えれば当たり前のことで、父は、男どうしだからだろう、僕の本質を、一面、僕がすべてをさらけだした相手よりも鋭く見抜いていたから、そんな人とわざわざ会いたいとは思わんな。
父は、その死が僕に最も大きな影響を与えた存在だが、それと会いたいと思う相手であることは別の話だ。
祖母の実家は天理教の教会で、祖父もまた、自らに起きた奇跡から入信し、天理教の司祭となった。
このあたり、このブログに以前書いたのだが、1年以上前に削除した。
しばらくブログを書かないでいたら、アメブロで小説を連載しているブロガーさんから突然メールがあり、その中でそのブロガーさんは、僕の文章をほめた後、
このまま放置するのなら、いろんなネタを盗みますよ、
と書いていたので、なんともわずらわしく、今後一切関わりを避けるつもりで、僕自身に関する記事をたくさん消した。
そのときまでにコピーしていたとかしていないとかはどうでもいい。
世の中には、他人に下劣な働きかけをしてくる人が少なくない。
僕はそんな方々とは、精神面も含め、かかわらないようにしている。
いちいち関心をもってさしあげるほど僕は丁寧ではない。
中島みゆきが天理教の信者だと知ったのは、そんなに前のことではなく、このブログを書きはじめてからのことで、その記事はまだ残っているだろう。
彼女がなぜこんな作品をつくり歌い続けているのか、実に合点がいった。
中島みゆきの曲に自己を投影するのでなく、自分の人生に中島みゆきの歌をあてはめるのでもなく、中島みゆきを中島みゆきとして真に理解したいと思うのなら、天理教についての知識が不可欠だと断言しよう。
それはたとえば西洋の文化、なんでもいい、文学でも絵画でも、キリスト教とギリシア文化の理解がなければその研究などできないのとまったく同じです。
ただ、誤解を回避するためにことわっておくと、天理教の知識など、中島みゆき評論家や中島みゆき研究者になるのでなければ必要ないものです。
知識をもっているだけでは中島みゆきを理解することなどできないだろうし、知識をもっていなくても深く理解している人はたくさんいると思う。
ただ評論家や研究者となれば、中島みゆきの創作に深くかかわっているはずの天理教に入り込まざるをえない、ということです。
西洋の文学や絵画に感動することそれ自体に、キリスト教やギリシア文化の知識が不要であるのとこれまた等しい。
評論や研究は、たとえ嫌悪の形をとる愛であっても、対象への愛がなければできない、って、多分みんな知ってることだね。
天理に行きたい、
と思った。
僕は天理教の環境に触れながら、無宗教者として育った人間だから、たびたび天理に足を運んでいるわけではないが、行ったら10日くらいは滞在して、天理だけでなく、奈良のあちこちを見て歩く、そんなことが多かった。
でも今度行くときは天理だけでいい。
僕に血を与えてくれた人たちと、これまでとは違う会話ができるような気がする。
過去の自分とも。
熱で寝ながらこんなことを考えていました。
不適切だったり、挑発的に感じられたりする箇所もあるかとは思いますが、ぜーんぶ熱のせいですから。
堪忍してくださいね。
このブログを通じ、言葉を介してお付き合いしている方々が、僕は好きです。
それは間違いないですから。
Happy Birthday to You.
今日もあなたが、あなたの好きな方向へ更新されていますように。