ひっぴーな日記 -2ページ目

ひっぴーな日記

よくわからないことを書いてます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思っても思っても、命は所詮小さい。

 

 

 

 

 

 

 

 


 背後を振り返ったら目の前に『コテージの扉があった』。
 僕はまた慌てて後ろを振り返るが『太陽が眩しく照らすどこまでも広がる草原』があるだけだった。
 動悸が早まる。冷や汗が指先から手に伝わる。
 なんだ。なんだこれは。僕はさっきまで公園のそばで彩夏と話していたはず……。
 この感覚。どこかに放り出され、そこに閉じ込められるような感覚。
 あの駅であったのとまったく同じだ。
 つばを飲み込みと周囲を観察する。草原はどこまでも広がっていて、遥か彼方に雄大な山々が頂に雪を擁しているのが見てとれた。草花は風に流れ、その上を蝶が待っている。どこからか野鳥の鳴き声も聞こえてくる。
「ここは……」
 どこだ、なんて今更な疑問。今は夜の筈だし、トーラスの外延部頂上にこんな草原地帯があるわけがない。
 立体映像? 赤外線シールド? 可視光線偏光? それとも幻覚? でも手じかにあった扉に触ってみると直に触角が伝わってくるし、手を握り締めても痛みがある。
 僕は躊躇するように何度かその景色とコテージの間を視線を行き来させ、その扉の取っ手を取り、引いた。軋んだ音とともに扉が開き、薄暗い室内が見える。
 なんだか――このコテージの中に入らなければならないようなそんな気持ちに僕は押されていた。
 室内全体は一言でいえば乱雑だった。そして絵の具特有が発する油の匂いが鼻につく。
 二階はなく、一階のみ。土足専用らしく下駄箱もなし。僕はそのまま警戒しながら進む。
 廊下が目の前にあり、途中で左右に二つ。そして突き当たりを抜けると二十畳ぐらいのかなりの広い空間にでた。
 床には描き損じたスケッチブックに、クロッキー帳や美術に関する書籍に雑誌、新聞紙など雑多に飛びすぎたものが転がっている。室内にはカンバスを立てるイーゼルが乱立している。だいたい十はあるだろうか。
 右には流し台があり、もっと最奥には仮眠用のベッドも見え、中は一見アトリエのようにも見えた。
「おや」
 僕は室内の中央まで進んで、その声に足を止めた。澄んだ声で自分の意思を相手によく伝わせるような、だが、どこか幼さが残るような音域だった。どこまでも威圧的で、不器用に優しさがある年相応な彩夏の声とは明らかに違う。
「ここに来るのはもっと後だと思っていたんだけどね」
 左手に巨大なイーゼルとカルトンに挟まれた所に大きな窓があり、外からの陽光を緩やかに反射したレースの白いカーテンが儚げに揺れてる。
 その窓辺にカンバスに向かって筆を握り、木製の椅子に座っている少女がいた。
 白い学制服のような十字架がデザインされたブラウスに胸元をあけて赤いネクタイを緩めている。下はデザインに凝ったフリルのスカートだけど、雰囲気に合っていなくて、だけどでもなんだか似合っているような気がした。
 少女は彩夏と同じくらいか、でも二十歳以上かと言われればそうかもしれない。見た目は少女だが年齢が判別出来ない。薄い茶髪を彩夏とは違くポニーテイルにして白い肌の上にある薄墨の瞳を僕に向けていた。
「ようこそ時津彫。私は立花弥生。君の上司みたいなものだ」

 

 

                         *

 

 

 彼女、立花弥生は半袖のブラウスから伸びる細い腕をしならせて窓辺に立てたイーゼルに載っているカンバスに向かって色を重ねていた。僕は素人だからよくわからないが、彼女はエプロンなど一切していないのでやはり女学生に見える。窓から入る揺れる光が彼女に陰影を作り出していた。
 薄い茶髪が窓から入る風に揺れ、カルトンの上に筆を滑らせるそれも揺れる。
 少し言葉を交わしただけで立花さん―上司と聞いて呼び捨ては出来ない性格なので―は黙って絵を描いているだけだった。もちろん初めは僕から質問はするつもりだったけれど。
「あの、あなたは誰なんですか?」
 そう言うと彼女は薄っすら笑んだ。
「可笑しな事を聞くな。さっき言ったじゃないか。私は、」
「そうじゃなくて。あなたの素性です。あと、その……『これは』あなたの仕業なんでしょう?」
 この草原。そこに立つ絵を描くための小屋。異次元のようだ。
「短気だな。いや、疲れているのか。少し落ち着け。元々君がここに来て私と話すこと自体、私が望んでいたことではないんだから。だからまぁ私としては適当に話して君にはさっさと退場して頂きたい」
 そう穏やかに言うと、一度、僕をその薄い色素の目を僕に向ける。
「私は、この法化制圧部第五区の客員顧問だ。そしてここは『私が作った世界』だよ。もっと言うと彼らと限りなく同化し、それに成功したものだけが出来る世界。そこに君がインターフィア(干渉)してきた、というわけだ。言ってみれば、まぁ、人の家にまさに、土足で上がられたようなものだ」
 そして自分の言った冗談が面白かったのか少し含み笑いをする。
 なんなんだこの人。ていうかインターフィア?
「インターって、干渉のことですか? 干渉って……。俺はまだそんな武力を扱うことは出来ませんよ」
「君……可笑しなこと言うな。干渉は彼らとわかりあうために意識を繋ぐ現象であって決して武力ではないぞ」
 僕は嘆息して頭を振る。言っていることが理解できない。かみ合っていないわけじゃない。僕の理解が追いついていないだけだ。
「えっと……、その『彼ら』って誰ですか?」
 彩夏が教えてくれなかったことを僕はもう一度聞いた。返答してくれるかどうかを除いて。
 一瞬、立花さんは人形のような無表情で沈黙してしまった。
 立花さんは筆をとめ、僕を何も言わず見つめてきた。そこにはなんの感情も浮かんでいない。
 すると美麗な顔を皮肉を言うように歪め、
「彩夏には教えて貰っていないのか?」
 僕は少し返答に躊躇したが思ったことをそのままに言う。
「教えて貰ってないですよ。だから聞いているんです。まだ早いとか、俺が優しいから現状分かった上で使ってほしいだの言われて」
「ふーん…………」
 なにがふーん、なのか、立花は筆を一旦止め、少し思案するような様子をみせた。
「とすると。なるほどなるほど。そういうことか。この干渉は彩夏の仕業か。武力云々もそういう『勘違い』か。そうか。じゃあ、私は私の役割をしなければな。でも肝心の本人がいないな……。なんだ時津彫、彩夏と痴話喧嘩でもしたか?」
「してませんよ!」
 少し当たってるような気もするけど。ここの人って誰でもこうなのか? 説明もなにもしないで勝手に納得して、どんどん先に話を進めていく。僕はいつも置いてきっぱなしだ。
「そうなると……、私は何歳に見える?」
「何歳って……」
 薄茶色の綺麗な髪に、整った顔立ち。身長も彩夏ぐらいあるがどこと無くまだ幼さが残る雰囲気。
「二十代前半ぐらいには見えますね」
 そう言うと立花さんは物凄く驚いた顔をし、そしてすぐに意地の悪そうな笑顔に変わった。
「そうか、君には『そう見えているようになっている』か。確かにあの頃はまだ若かったな」
「あの、話が見えないんですけど」
 ふぅ、と立花さんが一つため息。
「私たちに干渉、まぁ魔技だったかなんだったか呼称は忘れたが、それをしてくるものは特定の人物と繋がる。しかし『それを終えた者』と繋がる時、その人物の人生の一編と出会うことになる」
「人生……」
 ああ、と立花さんが筆を揺らす。
「夢、といってもいいかもしれないな。その者がそうであってほしかった夢。まぁつまり君は私の夢の一部を垣間見ているということになる。途方もない話だがな」
「えっと、はい」
 終えた者。隠喩をもった言葉に戸惑うがその者の夢のようなものと繋がる、もしくは繋がっている状態といわれてもピンとこない。実際、空気も感じるし、陽光は温かく、この物質も確かに感じるのだから。
 もう一度ため息を立花さんはため息を漏らすと「ふむ、話が逸れた」と呟き、
「じゃあ」
 そう言って僕に筆を突き刺すように向けた。
「君に、少し話しと、頼みをしよう」
 僕は眉を顰め、思わずすぐにでも飛び出せるように両足に力を溜めた。彼女のその仕草だけでかなりの威圧感を感じたからだ。殺意でも敵意でもない。ただの――威嚇。
「そう構えるなよ。私は何もしないし、何も聞かない。さっきも言ったようにさっさと話を終わらせたい」
 そう言って立花さんは身体の向きを変え、ずっと加えている箸のような極細の筆をカルトンにかけた紙に滑らせる。青い色がそこに現れ、そしてまた別の色と混ざり合い消えていく。彼女はなにかガラスの細工でも扱うかのような手で真剣に筆を滑らし続ける。
「クリスや蓮杖、そして特に彩夏になにを聞かれたかわからないが、あいつらのいっていることは気にすることでもないさ。人にはそれぞれの個性があるっていうが、それは個性を本人が自覚しているかしていないかで決まる。あいつらはそれを自覚している」
 立花さんが首を動かすと、茶髪の長髪に彩光から飛び降りて来た焼けるような夏の日差しが映えた。
「何の話ですか」
「自分が自分を信じられるかってこと、さ」
 彼女は最後の一筆だったらしく、僕に顔を向けたままその筆を引いて横にあるパレットに放るように置いてしまった。
「もっとざっくり言って自分のやりたいことしっかり持ってる奴ってことかな。特に時津彫はそのへんが欠落しているっていうか、まぁそんな感じがしたんだよ。欠落しているからこそ、損得考えずに何かに打ち込める姿勢があるのだろう」
 僕は嘆息をして塗りこめられた陽光から影の位置へと移動した。それは言ってみれば自己犠牲だ。彩夏とまったく。そう。
「なんだか言ってることが彩夏たちと同じような感じなんですが……」
 それを聞くと彼女はようやく胸に畳んでいた細い右足を伸ばすと立ち上がり、どこが可笑しかったのか含み笑いをしながら伸びをする。ブラウスにフリルのスカートを着た彼女は、長身ということもありその容姿よりも数段若く見える。
 そして。薄墨の瞳を僕に向けて言う。
「彼女達と私は違うだろう。彩夏達は曲がりなりにも科学者だ。それが科学者じゃなくても超能力者でもいいだろ。一般人と専門家。言うことは違うに決まってるじゃないか。それが普通だ」
 さも当然のことのように言う。
 本当に超然とそんなことを言われるとそうなのかもしれないという気がしてくるが、あんな何もないところから物が出たり火が出たり、そんなものを目の当たりにさせられたらこのトーラスという巨大なコミュニティのどこに普通なんていう言葉があるのだろうかと疑問を持たざるをえない。
 でも。理論とその個人が持つ意見が違うのは当然じゃないのか。立花さんはまるで彩夏達が別の何かのように言っているような気がした。
「大体、立花さんは指揮官と聞きましたが、」
「客員、顧問、だよ。この第五地区のね」
 律儀に訂正してくるのは狙っているのか。彼女は腰に手を当てたりしながらなぜかストレッチをし始める。か細い腕が首に回った。
「肩書きとか階級なんてどうでもいいです。彩夏が言うには本当にないらしいですし、それで立花さんは何が聞きたいんですが」
 なにって、と彼女はアキレス腱を伸ばし始める。
「正確にはそうさせられている、だがな。――君がここで暮らすに当たって他の仲間と早く打ち解けれるように大よそ把握しておきたくてね。あ、いや、確認、かな」
 そこでなんとなく彼女の意図に気づいた。この部屋に立ち込める絵の具や油、乾いた木の匂いがいきなり現実味を帯びて嗅覚を支配する。
 なんとなく気づいてのは彼女の黒い瞳が肉食獣のようなざりざりとした雰囲気を持ったからだ。
「時津彫は、ここに来た理由は、『誰かを殺しに来た』そうだろう?」
 僕は答えられない。足が自然、一歩下がる。
「もっと言うと、『その誰か殺すために探している』そうだろう?」
 僕は循環していないこの部屋の空気に眩暈を覚えた気がした。積み上げられた画板に床に置きっぱなしのカルトン。
 この人は――この人は彩夏が分かっていること以上に僕のことを知っている。
 なぜ? なぜそんなに僕のことを知っている? それ以上に。なぜこんな質問をするんだ。
 僕がそれをしようとしても、きっと失敗すると分かっていても、だろうか。でもそんなことだったら、彩夏達も、いや彩夏もわかっているんじゃないのか。
 そんなことより、と、いつのまにか立花さんは腰に手を当てながら右手をイーゼルの端におき、悲しそうな、だが嬉しそうな顔を僕に向けていた。
「このトーラスというものは深い。中にあるものが光にしろ闇にしろ、約三百年という大戦後にできた巨大な闇は大きく、とても深い。むしろオセアニア大戦後に意図的に構築されたものだといってもいい。誰だって思う、なぜこうなったのか。どうしてこうなってしまったのか。そんなことばかり考えてだが、何もしない。だから、行動しようとしている君に一つ期待してるっていうのも、ある」
 僕は乾いた喉を動かし、黒のペンキに群青をまぜたかのような彼女に言う。
「あなたは……どこまで知っているんですか」
 彼女は答えなかった。今度は明らかに薄く笑い、両腕を胸の前で組んでいる。僕も元から答えなど期待していない。ただ聞かずに入られなかった。
「オセアニア連邦と日本国、いや、この世界のティーア系はいったいどんな戦争をしているんですか、人ではないものを使って。転写体、素体を『使用』して」
「連邦ねぇ…………」
 立花さんは長身を折り曲げ、木の色が映えるような影の中に立っている椅子に座り陽光を浴びる。
 そう言えば、というかそれならばこれは彩夏の仕業なのか? ということは彩夏は僕に立花さんを会わせたかった?
 ――時津彫さんが自ら火中の栗を拾うというなら止めませんし――余計なお節介を――
 そう、言っていた。成実は。あの時の成実は、『僕と立花さんが会わないように妨害しようとしていた』? 彩夏は成実を立ち去るように仕向けてまで僕を彼女に会わせたかった。
 なぜ彩夏は僕と立花さんを会わせようとした? それに成実はなぜそれを妨害しようとした?
 わからない。推測と思考が泥のように僕の胸で渦巻く。
 そんな様子を凪いだ表情で立花さんは静かに見ていた。
「それは聞かなかったことにしよう。あとここで口外するのもだめだ。あと色々思考しているようだが今は考えるな。そんなことよりも私はもっと期待していることがあるんだ。彩夏のことを頼みたい。あの子はああみて元気一杯だけど、無理をするところがある。それに君と彩夏は無関係ではないしね」
 僕の質問を断ち切って話題転換をする彼女の意図を測りかねて僕は眉を顰める。
「彩夏を? 無関係ではない、ってどういうことですか?」
「それはおいおいわかるよ。それよりも彼女は危うい」
 立花さんは少し気取った仕草で考えるように茶髪を掻き揚げると、
「蓮桐彩夏は、そう、可愛いんだよ」
「…………」
 僕が答えに詰まって一拍ほど間が空いてしまった。だけど彼女はそれが嘘ではなく本当にそう思っているからでた言葉らしく誇らしげに僕を見上げてくる。
「可愛い……、というかそれは容姿が、じゃないですよね? その中身がですか」
「ま、外もかなり可愛いのは認めるけど」
 なんだか僕が彩夏を可愛いと思っているようにされてしまった。
「中身が可愛い。そう脆いんだよ。強がってるとか、頑張ってるとか、そういうレヴェルじゃない、そこはもう超えて、あと一歩で崩れるのに一つの信念で踏みとどまっているその可愛さ。可愛いということは弱いということでもあるんだよ。そこが君と彩夏が似ている」
 きっと……立花さんはなぜ僕がここにきてなぜ僕がこんなことをしているのか全てわかっているのだろう。だからこんな回りくどいことをしているのだろうと思った。僕を「仲間」に入れるために。目的は違うが彩夏とは違う方法で。だが――そんなことしなくとも初めからそのつもりだった。そのつもりに彩夏にさせられた。
「今は兵法を言った孫子の時代から続いている物量と火力による戦争なんか行われない。一騎当千、まさにそれ。まだ実戦をみてないからわからないだろうが、それが実際に起こっている。その『戦争』というお祭りに集まったのが――ここの連中ってわけ。君も、そうだろう?」
 僕は肩を竦めるだけで蛍のように宙を舞うほこりに目を逸らす。集まったかどうかは僕にもわからなかった。
「彩夏は弱い。だが強い。自己臨界性にしてもどこまでもつかどうか。とにかく時津彫、彩夏のこと頼んだよ」
「あの、あなたは」
 僕は息を呑んで言う。何を言うか少し迷って。
「可愛いとか脆いとか強いとかそういうんじゃなくて――彩夏は優しすぎる、それに苦しんでいる。そう思わないのですか?」
 僕の問いに少し、立花さんは呆れたような表情をしてやはり口角を上げて苦笑しただけだった。
「そうかもしれないな。でも、それは本人に聞くべきことだ。そして、」
 そう言うと立花さんの姿の輪郭がぼんやりと発光したように思えた。薄く、青く。
 どこから出したのかタバコを一本、容姿に似合わないそれを口に銜えると、発光した手を僕のほうに示す。
「もうさようならの時間だ、時津彫。これ以上自分の家に他人を上がらせておくのは――あまりいい気分じゃないのでね」

 ――そして、周囲が発光する。視界が遠のく。

 僕だけが後ろに逆走しているかのように周囲の景色が立花さんを中心に圧縮し、薄くなり、様々なものが僕の周囲を駆け抜けて言ったような感覚に襲われた。
 何かがはじけた気がした。誰かに呼ばれた気がした。ほんの一瞬。
 そして徐々に晴れていく風景のそれは、ただの夜景だった。
 現れたのは並び立つマンションに車や人々の喧騒が混じる街の中の風景だった。
 まるで何かに化かされた、夢から――醒めたようだった。

 

 

 

 

Anyone can distinguish the reality from a dream, and there is not it.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数を寄せない嘘は優しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕も同じように外の風景へと目線を向けた。
「蓮桐とか法化制圧部とか聞いてた時から、てっきり全部知られていたと思っていたけど、そうでもないみたいだな」
「それ、買いかぶりすぎ。時津彫家のことはニュースで報道されてる情報以上のことはしらないよ。逆に蓮桐家のことはほとんどしらないでしょ?」
「ああ……。ま、そっか。そうだよなぁ」
「………………」
「………………」
 沈黙が流れる。視線の先では赤い航空警戒灯が無数の高層ビル上で明滅し始めた。
「妹さんって言ったけど、兄妹いたんだ?」
「……ああ、知られてないけど、いる」
「妹さんを解放しにきたって言ったけど。どうしてこのトーラスに捕らわれてるって思ったの?」
「――ごめん、それは今は言えない」
 別に彩夏の言葉尻を真似したわけじゃない。本当に今は言えない。
「解放が目的っていったけど……、事件の首謀者を見つけたら復讐するの?」
「妹が見つかればそれだけでいいかもしれないけど、俺個人としては首謀者を見つけたい。もちろん罰は与えたいけど俺はそいつに多分質問したいだけなんだ」
「なんて?」
「なぜ俺を殺そうとしたのか」
 そこで彩夏の言葉が途切れてしまった。
「そして、――一発分殴りたい……かな」
 僕がそう言ったけどまた沈黙がしばらく続いた、けど、急に彩夏が含み笑いをした。
 綺麗な顔を歪めて何か面白いことがあったように膝の上に置いていた手を腹に添えて、細い身体を折り曲げて笑いを堪えている。長い黒髪が背中に広がりそれが波打つように揺れている。
 何が可笑しいんだ? こいつ。
「おい……、人が真剣に話してるのに」
「いやー! ごめんごめん、すっごいこと言うんだなぁーって思ってさー」
 凄いこと? 家族を探したいっていうことがそんなに凄いことなのか。彩夏は髪を跳ね上げるように顔をあげると僕を見ながら笑顔を向けてくる。
「時津彫クンのいうことは大事だよ、とっても大事。妹さんを探して首謀者を探すのは。でも『それだけでこのトーラスに単身乗り込む』のは、それは凄いことだよ」
 ……それは凄いことなのだろうか。誰もが諦め、全部なかったことになったことを、暴こうとすることは――確かに凄いことなのかもしれない。でも僕にはあまりわからなかった。だってそれだけを考えてきたんだから。
「敵はどれだけいるかわからない。トーラスの内情はまったく知らない。法化制圧部の勢力はわからない。時津彫家の者に連れ戻されるかもしれない。首謀者に見つかって殺されるかもしれない。そもそも妹さんを見つけてそのあとどうトーラスを出るか。全部のイレギュラーを無視して、一つの目的だけに頑張れる、万進出来るっていうことは他人は真似出来ないよ。それはきっと、凄いこと」
 そう言うと首を傾けて夕焼けから夜景に変わろうとしている外へと目線を流した。
「……過大評価だよ。俺はそこまで考えちゃいない。ただ流れに乗ってここまで来たって感じだし」
「それが凄いんだよ。無自覚で行えるって所がさ」
 それだけ言うと彩夏はまた黙ってしまった。誰かのために何かを無自覚でやれること。それが凄いというのだろう。
 さっきからそうだけど、僕は彩夏との沈黙は嫌じゃなかった。むしろ何故か安心できた。彼女は僕の言うことをしっかりと聞き、僕の思っていることを先読みのように言う。まるで友人、いや、家族と話しているかのようだった。
 このトーラスに来てからずっと腹の奥で渦巻いていた黒い気持ちがなぜか和らぐような気がした。塊のようなこの気持ちは――きっと言葉にするなら『寂しさ』、なのだろうと思う。久世さんに信頼されていないかもしれない寂しさ。成実に全て知られているかもしれないが告げられない寂しさ。そして彩夏に家のことで気遣われて説明されるという寂しさ。
 僕は、ガキのような気持ちでそれから目を背けることがよくあった。でも自覚はしたくない。自分が強くなったと思っておきたかったから。でも、僕はまだ弱いのかもしれない。だから勝手に信頼してその相手に勝手に期待して、勝手に落ち込んでいるのかもしれない。
「――――俺って弱いのかな」
 つい、口から出てしまった。彩夏が目線を僕に固定して不思議そうに首を傾げる。
 僕が慌てて取り繕ろうとする前に彩夏が少し口元を綻ばせて言った。
「弱くはないよ。ただ優しいだけ」
 動かそうとした口が止まる。
 ――それは、会話の初めにも聞いた。
「言ったでしょ? あなたが私の思っていた人の通りだったって。優しいっていうのはこういう仕事じゃ邪魔になるって言う人が多いの。でも私はそういう風に考えない。きっと優しさも強さになるんじゃないかってそう思ってる。現に、時津彫クンがその証拠」
「俺が?」
「そう、他人のためだけに行動できるっていうことは、『凄い』ことだよ。それはだって、他人に優しくできるって言うことだから」
 ああ、そうか、と思った。彩夏はもしかしたら初めから僕のそういう「弱い」ところを「強さ」としてわかっていたんじゃないか、だから彩夏はこうやってまどろっこしいことをしたんじゃないだろうか。
「でも、優しさはもちろんデメリットがある。私が見せた干渉も時津彫クンの感じ方によっては嫌悪して使いたくなくなるかもしれない。でもそれじゃ誰かを守れない。優しさを捨てて優しさを人にあげる、それってとっても難しいことだけど、多分あなたなら大丈夫」
「…………どうしてそういい切れる?」
「だって私は時津彫クンと同じだから」
 同じだから。
 それは、同じように優しいから。
 非情になれない。
 干渉を使いたくない。
 だから。僕に説明をした、のか? こうやって、抵抗を感じないように。
 武力を使う罪悪感を。そのために贖罪を求めてしまうことを、伝えようとしたのか。
 それも「他人に出来る優しさ」じゃないのか。
「お前は――」
 昔は僕のようだったのか、と言おうとした。でもそれは言っちゃいけない気がして言葉は口の中で霧散してしまった。
 彩夏は穏やかな表情で肩に掛かった髪を弄りながら、夜景を見つめていた。じっと動かずにその青い目を暮れなずむ街のほうへと向けてる。彼女の横顔は暗色の光に照らされて余計悲しげに見えた。
 彩夏は、今、何を考えているんだろう。
 無性にそう思った。そう聞きたくなった。
「あ、そうだ、そのお前ってのやめてよねー」
 いつもの軽い口調で彩夏が言ってきたので僕は少し驚く。
「は? 何が?」
「何が? じゃないっての。私の名前は彩夏。だからちゃんとそう呼んで」
 勢い余ってまた眼前まで迫ってきた彩夏に僕は気圧される。頭の後ろで一つに束ねた長髪が僕の顔に一瞬ふれていい匂いがした。
「おう……、わかった、彩夏! わかったから離れろって!」
 肩を掴んで彩夏を押し戻すとなぜかにんまりと笑ってわざとらしく右手を顎に添えて難しそうな声を出す。
「うーん、そうすると時津彫クンもなにか呼び名考えないといけないよねぇ……。何がいいかな。トキ、トキトキ、ときちゃん、りゅう……、りゅうちゃん……」
「ちょ、おい、待てその、彩夏。考えるのはいいから膝の上から脚をどけろ! 何気に痛いっつーの! いい加減離れろ!」
「りゅんりゅんとかどう?」
 聞いちゃいねぇよ! この女。
 突飛な事を言い出しては熱中するのは癖なのかもしれない。とか考えながら自分から彩夏の脚から逃れた、っつーかスパッツ丸見えなんですけど。パンツだったらどうするんだこいつ。
「別になんでもいいよ、トキとかリュウとか言われてたけど、」
「じゃぁありきたりだけどリュウスケクンでいいかな」
 なんてことだ過去の某友人二人と発想が被った、とは言わなかった。
「なんでリュウスケなの……」
「龍之介なんて時代劇じゃあるまいし。真ん中の『之』とったら古臭いのからなんかそれっぽい現代人のような名前になるじゃん? だから」
 なにこれ何気に苛められてない? 全国の龍之介さんに謝れよ。
「でもあだ名に君づけってどうなの?」
「別にいいじゃん私の癖。時々ドラゴンとか呼ぶからそれでいいじゃん」
「そこまで被るのかよ……」
 言われた経験がないわけじゃない僕。ていうかよくねーよ。
 そうしてまた沈黙する彩夏。気に入ったらしく変な節をつけて「りゅう~りゅ~」と鼻歌交じりに街を眺めている。
「それでりゅうクンはこれからどうするのー?」
「名前変わってるし。どうするのっていわれてもな……。とりあえず宿舎ってとこにいって色々考えるよ。まだ考えはまとまらないし」
 そこまで言って僕は頭を掻きながら傍の彩夏を見た。こいつとはかなり近しい存在だということがよくわかった。もしかしたら僕のように迷いながらここに来たのかもしれない。
 そんな僕を助けたっていうのか? 優しさとはいったけどそれはつまり、お人よしってことじゃないか。
 でも、それも悪くないかもしれない。そう思えた。
 いざとなったら誰かを殺してまで妹を探そうと考えていたのは事実だけれど、彩夏と話をしたことで余計どうすれば分からなくなった。
「ちょっと私は干渉があんまり好きじゃない理由、きっとそのうちに言ってあげれると思う。でも今は駄目なの」
 潤んだ、それでいて綺麗と思わせられる瞳で僕をみてそう告げてきた。
「『彼ら』に干渉をすることを便宜的に干渉、そう言っている。でも私はそれが好きじゃないの。きっとただの我がまま」
 少し下を向いて目を伏せて、
「リュウスケクンにはとりあえずしっててほしいから言うけど『彼ら』は私たちと同等なんだよね。だから敬意も尊敬もある。それに私は干渉とは言わないで精霊って呼びたいんだ。理由があるけど今はいえない。精霊のように綺麗だから」
「精霊?」
「おかしいかな?」
 伏せていた目を悲しそうに歪めて微笑する彩夏。その表情の裏にきっと僕が想像できる以上の感情を隠しているのだろうとはわかった。
「おかしく、ない」
「……うん、ありがと」
 細く礼を言うと彩夏はすっきり晴れたような表情で夕暮れの空に顔を向ける。
「私は干渉なんて無機質なことであれを呼びたくない。精霊っていう綺麗なものと繋がってる、そう思えると頑張れる気がするんだ」
「そう、か」
 精霊。童話によく出てくる種族だが、その区分には彩夏にとってなにか特別な意味をもっているようで、真意を聞くのは憚れた。
 ――はぁ。
 空を見上げると航空機が連続して発着していく。そんなのをぼんやりと見ていると、ふと彩夏が言う。
「ねぇ」
「ん? なんだ?」
「私達、結婚しない?」
「……………………」
 僕は目だけで彩夏を見る。考えていた思考が急停止した。
「あー。はっ? え? なに? なんだって?」
 僕が答えになっていない自分でも変な返答を返すと、苛立ったように彩夏は勢いよく僕に顔を向け、乗り出してもう一度言った。
「だから、結婚しない?」

 

 

                         *

 

 

 どれだけ沈黙していただろうか。周囲には通行人もいなく、その公園の木々達は人口の風によって雑音を奏でていく。周囲はいよいよ青黒色に染め上げられて夜の陰影が浮き上がり始め僕たちの影を作り上げていく。
 そんな中。まだ街灯もつかないベンチの上で僕は息を潜めるように真直の彩夏を凝視していた。首は泥で塗り固められたように動かなく、間接も接着されたかのように不動。そのくせ心臓と体温だけが熱と鼓動を吐き出し続けていた。異常な動悸のせいで自分の身体が傍目揺れているんじゃないだろうかっていうぐらいだ。僕は揺れるような目線の中で彩夏だけを見つめる。
 濃密に立ち込めてきた夜のせいで一層彼女の目は色素が濃くなったように見えた。白い肌も黒髪もすべて闇に沈もうとしている。でも左腕一本で身体を支えて僕に向かって乗り出すようにベンチに座っている彩夏はそれだけで、それだから目立っていた。
 そして――彩夏は何もなにも言ってこなかった。僕はむしろ彩夏からの反応を期待していたからこうやって、じっと黙られてしまうとどう反応していいのか困る。
「えー…………。えっと、あの、それ、どういう、意味?」
 僕がからからの口の中で舌をようやく転がしながら意味不明なことをけど、やっぱり彩夏はなぜか僕を一心に見つめてきているだけだった。
 聞こえてないのだろうか?
 さすがにその様子に僕が疑問を持ち始めた時、ようやく彼女の表情に変化があった。
 まるで今まで何か――一心不乱に物事に集中していたような――そんなところから我に返ったような表情をした。徐々に目を開け、口を大きくし、真剣なものから驚きへと。むしろなんでそんな表情をするのかさえ僕にもわからなかった。
「――あっ」
 彩夏はようやくそれだけ言った。急に慌てふためいたように僕から顔を逸らし、身体を離す。この距離からでも彩夏は顔が真っ赤に染まっているのがわかった。さっきまでの凛とした、それでいて儚げな雰囲気とはまったく違う、そう、言ってみれば年相応な少女らしい反応だった。先ほどの会話をした今の僕でも純粋に彼女が可愛らしいとも思えた。そう思ったあとにその考えを消したけど。
「ち、違うのっ!」
 そう彩夏は言う。
 違う? 何が? どこが違うのだろうか? 結婚が? 俺が? 地球が? っていうかそもそもその話題はなに?
 僕が固まったままで頭の中で思考をわけもわからずぐるぐる回している内に、彩夏は赤く染まった顔を隠すように横目で僕に視線を送ってくる。
 まるでさっきとは違う瞳だった。動揺で揺れる蒼の瞳。心なしか涙で濡れているように見えた。
「そ、その結婚っていうのはそういう意味じゃなくて、いや、そう意味でもあるんだけど、でもそれってやっぱり違うかなぁーって思って。私としてはその、とりあえず、違うの!」
 そう最後に叫びながら僕をきっと睨む。勢い余って顔を僕に振り向いたためにアップにしていた長髪が顔に掛かった。睨まれることなんかしてませんよ僕。
 そこまでの狼狽となんだか話が繋がってないような彩夏の言葉でようやく思考が少しだけ冷めてきた。
 違うのって。つまり結婚しようってことが?
 じゃあ、何をしたいんだこいつ。そもそも僕に何をさせたいんだろう。急になんの意味もなくそんなことをいう奴じゃないってことはさっきの会話でよくわかったつもりだ。でもじゃあ、恋愛云々になにが意味あるんだ?
 彩夏に向けていた顔をようやく少しだけ引くと、かなり硬直していたらしく首がぼきぼきと音が鳴る。なんて言ったらいいのかわからずそのまま髪を掻き揚げる仕草を繰り返した。
 彩夏も俯いて自分の髪を指に巻きつけるようなことをして気まずそうな顔で俯いている。
 というか実際気まずい。この沈黙。静寂。
 もし僕に召還能力があれば今蓮杖を呼び出したいところだ。あいつなら僕の無茶振りに平気で何でもやってくれて彩夏を大変和ましてくれることこの上ない。あいつって何ポイントで呼びだせんだろ。とかなんとか現実逃避をしながら、嫌に女の子らしい彩夏にどう声を掛けるべきか迷っていた。するとまた彩夏から言ってきた。
「あ、じゃあ、さあ。つ、付き合わないっ?」
「へっ!?」
 僕がダチョウの首を引っつかんだような声を上げた。何言ってんのこいつはさっきから。どういう話題振りだよ。わけがわからない。
「付き合うって……、え? 恋人同士になれってこと、かよ」
「こっ!? こ、ここここ、」
 また勢いよく僕を振り返って鶏の早口みたいなことを言ってくる。顔は真っ赤のままで口をすぼめながら怒りと動揺を混在させた表情。こんな顔でも様になるんだなあ、と心落ち着かせる僕。
「恋人だなんてっ! あんた何言ってんの!」
「そりゃこっちの台詞だ! お前が何言ってんだよっ! つまりそういうことだろが!」
 なんかだんだん言ってきてまた僕のほうも顔が熱くなってきた気がする。ああ、こいつはなにがしてぇんだ。
「そういう意味だけど……。そういう感じじゃなくて」
「じゃ、じゃあどういう意味だよ」
「聞いたとおりの意味よ!」
「だからわかんねぇっての!」
「分かるでしょっ! フツーわかるでしょ!」
 あ、なんか不毛だなこの会話。ふとそう思った。どうして僕はこんなこと話してるんだろう。確か真剣で重要な話をしているんじゃなかったっけ。
 彩夏は少し憮然として口を尖らせ、髪を弄りながら、片目を瞑ってしぶしぶといった感じで言う。
「じゃあ、わかった。友達になりましょう」
「…………そこに結論が着地すんのはいいけど流れ的にどうなんだよ」
 結婚の次に付き合ってくださいの次に友達になりましょう? 最上級から最下級へ転がっといて友人? それは当然僕のこと好きなのか嫌いなのか考えちまうぞ。というかそういうふうに考えさせるのが目的なのかこいつっ!
「えーと、もはやどっから突っ込んでいいのかわからないけど、お前は、」
「彩夏」
「……彩夏は急になんでそんなこと言いだすわけ? 俺は互いに確かに秘密をかなり話したけどつまりそういう関係になっておけば後々なにかと楽とか、そういうことか?」
「違う」
 またそう言って彩夏が首を振る。違う、と。今度は悲しそうに。どうして僕がそれに分からないのかと言った風に。彼女は違うと言う。
 僕はそこで徹底的に取り返しがつかないことを言ってしまったような気がした。違う、と繰り返す彼女を、何気ない見えない刃物で切りつけてしまったのだろうか。自分が気づかないうちに。
 僕はまた無自覚に人を傷つけてしまったのか。
「そういうことじゃないの。でも、その、うんごめんね唐突に言っちゃって。でも友達になりたいって言うのはその、本当だから」
 まだ照れてるのか流し目に僕をみる彩夏の碧眼は濡れているように見えたけど、言葉は揺ぎ無かった。
 こいつはもしかしたらずっとこれを言いたかったんじゃないのか……?
 僕はそう思った。好きとか嫌いとかはわからないけど、僕は彩夏に似てるから。優しいから。だから――友達になりたい。そう思ったのかもしれない。そう考えると僕は少し、なんだから身体が浮くような、風に乗れるような気持ちになった。身体が今空に見える蒼穹の雲のように思えた。さっきまでの黒い岩のような気分はどこかへ行ってしまったかのようだった。
「うん……、ちょっとわかる気がする。俺もそういうふうに考えたことはないからさ。でもそれならそうと最初から友達にならないって言えばいいのに。結婚とかさ。もしかして彩夏って俺のこと好きな、ぶっ!」
 喋ってる途中で思いっきり視界がぶれた。俊速の平手打ちが僕の右頬に綺麗に決まった。衝撃で脳が揺さ振られる。
 早すぎて僕は顔を逸らすことすら出来ない。つーかこの野郎!
「いってえーっ! てめぇ何しやがるっ! 急に照れたり悲しそうになったり怒ったり、お前は情緒不安定すぎだろっ! 一体なんなんだよ!」
 散々叫びながら右頬に手を当てて振り向くとすでにベンチには彩夏はいなかった。そのもっと延長上、三十メートルは離れた公園沿いの歩道の上で、顔を真っ赤にしてキャミソールの上に腕を組んで立っていた。なぜか僕のほうを向いて仁王立ち。
 いつものように片目だけをあけてそしてさすがに暗がりのために動作はわからなかったが、髪を解いたように見えた。
「ぜっ――んぜんわかってない! リュウスケクン全然駄目駄目!」
「なにが全然わかってねぇだ人のこと引っぱたいといて! さっきから言ってることが、」
 痛みからくる怒りの勢いで思いっきり互いに大声で叫んでいたが僕は段々と尻すぼみになる。
「――彩夏のしたいことがその、さっぱり、」
 わからないのか? いや違う。僕が気づいていないだけじゃないか?
 でも僕はさっきのやりとりを思い出しても全然やっぱりわからなかった。だから、
「……わからないの?」
 すこし元気がなさそうなかろうじて聞こえた彩夏の声に自分の気持ちがぐちゃぐちゃとかき混ぜられる。分からないわけじゃない。
 ただ僕は、分かりたくないだけだ。だから、分かろうとしてもきっとわからない。
 でもそんなこと彩夏に言えない。きっと言ったら悲しむ。それぐらい『分かる』。
 止まったままの僕に構わず少し興奮したように彩夏は言う。
「そんなんじゃこの先思いやられるよ! まったく。これからリュウスケクンも仲間なんだからねっ。これから一緒に行動するんだからっ」
 そう言って僕にこれから喧嘩を売るように右手の人差し指を突きつけ、左手を細い腰にあてて。
「友達だからねっ!」
 彩夏は大声で、僕に言った。
 そこにはなんの迷いもなく、怒気は孕んでいたけど、僕の耳に静かに鋭利に入り込んだ。
 やっぱり、彩夏は僕に似ている、そう思った。
「友達、で、いいからねっ! もう、その、じゃあ、帰るっ! 帰るよもう。じゃあね! また明日っ。指揮官の立花さんとかは明日でいいよ」
 なんか変な言い方で言葉を残していくと、綺麗な長髪が薄明かりの元で翻り、彩夏は走り去って行ってしまった。まるで逃げていくような彩夏の姿を、その後姿が消えていくまでずっと見つめていた。
 しかし変なこといってたな。指揮官? 立花って確か成実も言ってなかったか……。
 僕は叩かれた頬を摩りながら少しそれを見ていたが無駄だと悟ってベンチに深く腰掛けた。
 僕の耳にはまだ彩夏が叫んだ「友達」という言葉と「結婚」と言う言葉がわんわんと戦慄いていた。
 ガラスの外の街はすでに夜を迎えてたくさんの光を湛えている。一つ一つに生活と人生が宿った光。僕もあの一つのどれかなのだろうか。
「台風、ていうかハリケーンみたいな女だったな……」
 なにもかも僕を見透かしたようで、それでも嫌らしくなくて、僕のことをなぜかよく分かっていてそれで最後にぐちゃぐちゃにかき乱していった彼女。
 違う。違う、ね。
「分からないっていうか、分かっちゃったらそれ、まずいだろ……僕はそれがわからねぇんだよ」
 彼女が意図することはわかった、様な気がした。でも間違ってるかもしれない。所詮は僕程度が考えたことだ。彩夏のことはまだわからない。
 彩夏は僕を優しいと言った。でももう逃げられない僕に全て、親切に説明した彼女は――優しくないのだろうか。そもそも、その動機が「僕と関係を持ちたいということであっても」、それは……。
「あー、わかんね」
 僕は頬をもう一回頬を摩ってみる。意外なことに痛みも腫れもすでに引いていた。なんだろうこれ。異常、とまではいかないけど凄い回復力。例の生体型ナノのおかげなんだろうな。
 ナノに彩夏の話、敵に……。
「……素体か」
 腕を曲げて、屈伸をして首を回す。
 とにかく。とにかくだ。彩夏のことは今は置こう。素体の情報。一番の収穫といったらそれに尽きる。
 僕が探し回っていたものがこんなにもあっさりみつかるなんて思っても見なかった。いつかは出会うだろうと思っていたけどこんなに簡単に。
 人のクローンにして言葉通り、『人をそのままコピーして人を作り出す』、その技術の結果の産物。転写体。
 きっと。妹はこのトーラスの中央に捕らわれているはずだ。
 そう、信じて、ようやく街灯がつき始めた公園を振り返ろうとした時。

 視界が――突然開けた。

 

 

 

 

 

 

 

I want to surely only come to like her.

 

 

 

 

 

 

希望をもつということはだね、可能性を作り出すことなのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                         *

 

 

 まず彩夏は今日会ってきた人たちに対してどう思ったのかと聞いてきた。なんだかさっきとは打って変わって前のような軽い態度に戻った彩夏に対して、また、あんなことを言ってしまった引け目もあってかどう接すればわからなかった僕は素直に思ったことを言ってしまった。
 初めにあった彩夏の印象。ミスズとかいう少女。しきりに探ってきた金髪少女、久世さん。やけに親しげで解説役兼友人第一号の蓮杖。そして聞かされた話の諸々の推測と大まかな理解。
「――つまり、早朝から日本刀を少女に突きつけてていたいかにも怪しいお前と出合って、やる気があるんだかないんだかわからない、戦争だの可笑しな妄想を言いやがる純血と話して、やけにやかましい何でも話せて何でも教えてくれた同じ小さな友人と会って、それで異様に俺のことを気にかけてくる瞬間移動の眼鏡の少女にあって、罰ゲームで逆立ち数時間してた朝に会ったお前とまた会ったんだが、総じていえば全部イカれてる」
「あははははっ!」
 爆笑しながらスニーカーを履いた足をばたばたと揺らす。
 笑い事かよ。お前もはいってんのに。どの辺に笑い所があったよ?
「結構的を得てるよね、時津彫クン。色々ちゃんと見てるっていうか、特徴を捉えているって言うか」
「それは過大評価だよ。俺はそんなに他人に深く関わっちゃいない。その前に敵かもしれない奴に、」
「しっかり、出会った人、みんなに感情移入してるよね」
 やはりなんの脈略もなく会話に入ってくる彩夏の言葉はその通りだと思わされてしまい、僕はさっきと同じように横の彼女を呆然と見る。キャミソールの紐を直しながらベンチに座りなおしている彩夏は面白そうに顔を笑顔にして目を伏せている。
 何が嬉しいのか鼻歌まで歌ってやがる。
 感情移入、と言われてしまえば――その通りだと僕は思う。
 ミスズには『あいつ』の面影が見えてしまったようで愛おしく感じられた。
 久世にはその突き放した態度があの人とダブってしまったかのようで厳しさを思い出された。
 蓮杖にはまごうことなく、友人としてみれた。
 成実にはあの気遣いから本部のあいつと同じようで親しみを持てた。
 そしてこいつ――彩夏には――。
 感情移入どころじゃなく、ほとんど友人のようなレベルで接していたのは、今更意固地になって否定するのが馬鹿らしくなるほどの事実だった。探るために潜入したくせに戦争だのに出鼻をくじかれ、その彼女たちに『共感』していた。彼女だけじゃなく、住民たちにまでも。
 それは誰もがなるものじゃないだろう。元々の僕の性格が原因だということは僕は蓮杖じゃないが、骨身に染みて知っている。父親のことを潜入のために逆に利用したように思っていたくせに。

 僕はここで生活するのも悪くないと――思ってしまっていたんだ。

 全て忘れてここで彩夏達と、知らない人たちと全てなしにして。それはどれだけ楽だろう。でも、僕はどうしてもやらなくちゃならないことがある。そんな僕の欠点と言えば、
「――それは優しさ、かな? 非情になれないなんて、人としては最良だけれど、人を守るものとしては最低かもね」
 そんなふうに、やっぱり彩夏は僕の心を先読みしたように唐突に言う。
 よくよく考えたが、こいつは見透かしたことを言うがそれはよく人を観察した結果なのだろうと、僕はなんとなく思った。
「優しさ、ね。なぜそう思う?」
 少しの反撃のために僕は足掻いてみるが、
「優しさというよりも相手を思いやる気持ち? っていうかまぁ色々言葉は当てはまるだろうけれど、あなたはなにか非情になって事を成すには向いてなのよ。多分」
 そう彩夏に的確に打ち落とされる。
「優しさっていうのはね、相手に押し付けるものじゃないと思うの。相手が差し出してくるものを私たちはありがたく頂戴しているんだよね。つい忘れがちだけど相手が求めているような素振りでも、それは相手がそこにはいる隙間を空けてくれているっていうこと。だから自分から無理やりそこに入り込もうだなんてことは押し付けがましいことこの上ないんだよね」
 …………言っていることはわかるがつまり遠まわしに見境なく人助けすんなということだろうか。
 優しさからくるものが感情移入だとして、その結果僕が誰かを助けているというならば、それはまったく持って正解だった。ミスズにしろリニアトレインであった少女にしろ、とにかく善意で行動してしいたことは間違いない……。
「……素晴らしいほどの的確な指摘だな。まあ、否定はしないけどさ。それで何が言いたいわけ?」
 彩夏は腕組みをして笑顔をはりつかせ、目を伏せたまま僕に言う。
「特別なことじゃない。ただあなたが私の思っていた人の通りだったって事」
 ……え? 意味がわからん。なにが?
「報告にはないけど多分祀ちゃんあたりにも同じようなこと言われたと思うんだよね。あなたが私たちのしていることをちゃんとわかってくれるか。これから話すけどそこが大事だから。だから色々聞いてたんだけど多分、あなたなら大丈夫」
 そう言って紅色に染まった夕日の照り返しを浴びた彩夏は僕にしっかりと笑顔を向ける。
 蓮杖にも……。奪うよりは、奪われたほうがいい、か。諦めるのが早いだったか。
「よくわからないんだけどさ……、これは説得か勧誘かなにかなの? どこから来たかもわからない奴を勧誘って、それってどうなの?」
「勧誘でもないし、説得でもないよ。どうこうするつもりもないし。でも時津彫クンにはこのまま、ここで私たちと一緒にお仕事してもらわなくちゃならないのは、純然たる事実だから。クリスちゃんがこうやってメンバーにわざわざ話を聞かせたのも、まぁ、そのために私がうまく情報を聞きだすように仕向けたんでしょうねー」
 なんの悪びれもなく言う彩夏に僕は少し呆れてしまった。なんの嘘もなくぽんぽんと身内の秘めていたことを口に出す。それは信頼しているのか、僕が絶対に裏切れないという核心からなのか。
「俺が脱走を図ったり、要人暗殺しようとしたらどうすんだ」
「それの答えは、」
 そういって彩夏は自分の頭を指差す。
「さっき話したとおり、だけど」
 そんな彼女をしばらく呆けてみて思わず頭を抱えてしまう。
 ――生体型ナノマシンか。
 有機チップを数兆個脳幹に作って感情を制御するための、本来は医療に使われるものだったやつだ。それをどこかの製薬会社が軍向けになにか開発してるっていうのは聞いていたけどまさか。
「それはクリスちゃんというサーバを介して情報をやり取りするだけじゃなくて、位置や個人情報、または危険だと判断したらそのチップは脳の新皮質だけを焼いて植物状態にするようになってんの」
「あー……なんていうか、つまりくそったれだ」
 ベンチに背を預けて大きなため息と一緒に瞼を閉じて目を指で押す。
 なにがプレゼントだあの鬼畜少女。つまりは脱走防止用とかそういうものじゃねーか。
 彩夏のほうをみると、そうでもないよ、とスカートのポケットからガムを出して噛み始めた。
「それは悪い方向に考えた場合だよ。戦闘のときどこにいるか、怪我はないか、またこのトーラスにいる限りこれのおかげで最低限以上の生活保障はされる。あんまり深く考えないほうがいいよ」
「そういうのを楽天的って言わないのかよ」
 さぁね、と彩夏はガムを膨らましては噛むのを繰り返した。なぜかずっと楽しそうな雰囲気なのはなぜだろう?
「うん、ま、話題ずれたけど時津彫クンばっかり話しさせちゃ悪いから次は私ね」
 そういってガムを紙に包むと向かいのゴミ箱に向かってバスケのシュートのフォームをとって投げると見事に入れた。
「ナイッシュー!」
「そういうの自分でいわねーぞ」
 なんだか彼女のそんな仕草に笑ってしまう。彩夏もニッカリと笑顔を見せてきたが、今度は表情を引き締め、先の濃淡な蒼の瞳で僕を見てきた。
「そういうわけで時津彫クンにはもう後戻りできない。でも私はそういうのは間違ってるって思うの。だから私の話を聞いてからどうするか判断していい。私たちのしていることを理解してくれないときっと――大変なことになるから」
 もう夏の夕日は遠くにみえる海に沈もうとしていて、下から焼かれた雲の群れが黄紅色から上に向かって灰褐色に彩られ、すでに陸がわからはその雲たちを夜が覆うとしている。
 彩夏はなぜこんなにも僕に説明するのだろう。もっと言い換えれば。なぜ僕のためにここまでしてくれるのだろうか。同情とかそういうものじゃない、どうしても僕に話をきかせて納得してほしいという感じだった。
 強制的にすればいいんじゃないのか。なぜ同意の上で、なんて面倒なことをするんだろう。でも、一つ思い当たることがある。それは自分の家のことだ。時津彫家といえばこのトーラスの軍事をほぼ全て担っている家だ。そこの長男をどうこうするということなら、こういうふうにやんわりしたほうがいいってことか?
 少しまた僕の腹の下で黒く重い、塊が沈んでいくのを感じた。
「何怖い顔してんの?」
 また暫く顔を下げていたのか、顔を上げると近距離に彩夏の顔があった。っていうかびっくりして思わず顔を引いたらベンチの縁に思いっきり後頭部をぶつけて頭を抱える。
「…………さっきから何してんの」
 呆れたような声が聞こえてくるが、会った時から言いたかった。
「お、お前さぁ、少しは自分が女子ってことを理解しろよ。色々」
「え? めっちゃ理解してるけど? なにどういうこと?」
 ふーん。無自覚なのね。僕は手のひらをふってもういい、と告げるとしきりに首を捻る彩夏。
「よくわかんないけど、とりあえず、話すわよ?」
「はい、どうぞ」
 僕は頭を擦りながら肩を竦めて促す。黒色とした気持ちは依然として僕の心に渦巻いていたが無視を決め込んだ。
「簡潔に言うわね、概要は聞いてるだろうから。私たち、法化制圧部はこの中央方面の治安維持をある敵から守っているの。このトーラスは八つに区分され、区ごとに約数人から数十人の法化の部員が配置され迎撃にあたっている。特に激しいのはこの五区と六区、三区。そしてそれぞれの区を担当している法化の部員は顔を合わすことをしてはいけない決まり」
「なんで?」
「そのへんは難しい話になっちゃうんだけど昔から続いていることだから各区ごとに縄張り意識が強いのね。でもそうじゃない所もあるから一応交流はあるんだけど」
「ふーん……」
 全員仲間、っていうわけにはいかないのか。色々と大変なんだなぁ。組織には組織の暗黙のルールってやつがあるわけか。
「それでその敵ってのが連邦のやつなわけ?」
 未だにここまできてわかっていない肝心な敵、というもの。久世さんはよく教えてくれなかったし、蓮杖は彩夏にとめられていると言って話さなかった。僕を警戒してのことだと思っていたけど。
 彩夏はやはり癖なのか腕組みをして目を伏せながら話す。
「連邦から送り込まれてくるって多分聞いたはずだと思うけど、もっぱら先も言ったように迎撃、つまり私たちは侵入してくるあいつらを迎え撃つのが主なの。専守防衛ってわけじゃないけど、こっちから喧嘩ふっかけてるわけじゃないから。で、そいつら、敵っていうのが、」
 彩夏は片目を開けて僕を見る。
「連邦の素体」
「――――っ!」
 僕は思わず目を見開いて身を乗り出す。でも彩夏の紺碧の瞳は一切揺るがない。それに焦燥された僕は思わず口を開いた。
「素体って…………、連邦が作ったっていう戦闘用無人機とか、じゃなくて、人の転写体のこと?」
「どうしてそこまで知ってるの?」
 自分で言って固まる。
 自分で言ってしまって僕はようやくそこで思考が冴えた。どうして? それは自分でそこまで調べたからなんていうことは言えない。そもそも素体の情報自体ブラックボックスでもし知りえたら国家反逆罪に問われるものほどだと言うことも知っている。ただ逆に言えばその存在自体が隠されているということでも、ある。
 彩夏はじっと僕の顔を両憧で見つめ、少し首を傾げて肩にかかった髪を指で弄り始める。
 不思議なことに彼女は何も言ってこなかった。疑問、疑惑、猜疑。何も言ってこなかった。そんな彼女とまともに目を合わせると少し、なぜだか不思議と安心したような気分になった。
 そう、彩夏との沈黙は全然苦じゃなかった。
「……なんだか知ってるようだけれど。まぁどこまで知ってるかどうかなんていいんだけどね。とりあえず話続けるね。『ご存知の通り』、素体、正式には素数情報蓄積体。先の大戦でオセアニア連邦が大量に作り出した戦闘用アンドロイドと擬似生態型機械群、また無人機の総称。でも末期になってからはISP細胞を使った人間の転写体、ま、ざっくり言えばクローン体が出回ったわけね。今はそっちのほうを指して呼ぶけど私達の敵は、それよ」
 やっぱり。あった。そう心が躍った。いや、揺さぶられたのかもしれない。素体は本当に『市場として成立し出回ってる』。僕としては不幸なことに。でも幸いかもしれない。
 僕はどんな顔をしているのだろうか、彩夏は珍しく少し眉を顰めながら続けて言う。
「大体の概要がその転写体、クローン体が敵であるとするんだけど、厄介なことに最近はティーア系の素体も出始めて手を焼いているの。もちろん力は拮抗するから、そこで生み出されたのが干渉という武力のシステム」
 彩夏はそこまで言って何気ない動作のように片手を前方の空間に向けた。そう、蓮杖のように。
「『フォトルゾ』」
 反響するような声がしたかと思うと、彼女の指先から腕にかけて光が走った。青白い円状の光。光は粒子状にちると花火の火の粉のように散った。
 だけどそれだけだった。何も起こらない。何かがでてくるということもなく、何かが消えるということもない。ただ彩夏の細い指先が空間をさしていた。
「ま、こんな感じ。法化はただこの武力を独占しているわけじゃない。対抗するために、ティーアがティーアより抜き出るために自衛手段として持っているわけ」
 説明してくる彩夏はなぜかどことなく悲しそうな顔をしていた。感情の緩急が激しいんじゃなくて常に明るく振舞っているだけなのかもしれない。
「……それはわかったけどさっきのフォトルゾってアディスタ教三詞神の一つか? それがなぜ干渉の?」
 言葉足らずの僕の言葉に彩夏は口角をあげてにんまりしながら言う。
「干渉を行うには『彼ら』と同調するためアクセスしなければならない。それを補うために祀ちゃんみたく補助装置をつけたり、きまった動作をインプットしている場合もある。私の場合は始動キーとして音声認証に三つを指定しているの。さっき言ったフォトルゾ神、アレガルゾ神、ディアルクイス神の三詞神の名前をそれに指定してるって感じ。これらは容易に干渉っていうでっかい力を本人以外使えないようにするっていう目的もあるんだけどねん」
「お前、アディスタ教徒なの?」
「そゆわけじゃないけどねー」
 なんだか言葉を濁す彩夏。ま、別にどっちでもいいけど。
「……、概ねわかったけど、『彼ら』って? インプット? 少しわからないところがあるんだけど」
「それは今は教えられない」
 ばっさり拒否られた。
「でも祀ちゃんも言ってたでしょ。わからないけど出来る科学現象みたいなものだって。そのぐらいの理解でいいの。特に時津彫クンはあんまり知っちゃうと自分で自分が困ることになると思うから」
 やはり彩夏は話の中心を話さない、というか話したがらなかった。ふと、彩夏は本当に悲しそうに目を伏せ、泣いているんじゃないかというぐらい濡れた瞳で夕焼けの陸と海へ目をむける。
「私達もあまり乱用したくないし、戦わせたくないの。彼らだってきっとそうだから」
「…………お前、何言って、」
 僕がそういいかけて言葉を詰まらせる。彩夏がこちらに向けた瞳は本当に綺麗だった。息を呑むどころか、息が止まったかと思った。それぐらい流麗な輝きが、そこにはあった。
 ついっと彩夏が顔を背け、またいつものように笑顔を張り付かせて表情を戻すのをみると、もしかしてさっきのは泣いていたんじゃないのかと思えてくる。
「干渉は自己と世界が繋がっていることを認識しなくちゃならない。その自己と世界は彼らに繋がっている。つまり彼らが世界、全てを感じているの。それを私達が使わせてもらってるだけにすぎないわけ」
「彼らね。というかそこまで俺に話す理由は?」
 彩夏は少し黙考した後に、
「これからあなたにちゃんとそれらをわかった上で、使ってもらわないと困るから、かな。ああ、あと今話したことは私と一部の人しかしらないから。ぜーったい喋っちゃだめねー」
 すんごいことを仰りやがる。機密をじゃぁそんなぺらぺら喋るなと言いたい。
「そのために成実っちが立ち去るように仕向けたわけだし」
「うわぁ……」
 そのへんは聞きたくなかった。あんまり人の打算的なところとか聞きたくもない。それに引っかかる成実はそんなイメージじゃないし。あれ演技だったの? でも本当っぽかったし。わかんねぇ。
「じゃ、とりあえず、」
 そう言って彩夏はベンチから立ち上がると、右手を拳銃の形にして右斜め前方、つまりガラスの向こうに広がる海に向ける。
「第一次領域開放」
 鋭い目線で短く言う。
「座標、任意。視界優先。――ドン」
 そう撃つ仕草をした。なんだかチラッと得意げにこちらを見たような気もする。
 なんだかかっこよく言っているように聞こえるが傍目では何やってんだアホかこいつという風景だった。
 その直後に遥か遠方、沖合い何十キロだろうか、目測じゃ全然わからなかったけれど突如巨大な水柱が飛沫を上げて噴出した。
 巨大な爆弾か水雷かなにかが水中で爆発したかと思わせられるほどのデカイ水柱が轟然とその存在をゆっくり僕に示す。外地街の向こうに広がる振興街が擁する高層ビルと比較しても百メートルはあるだろう。
 と、そこで巨大な爆発音が来て思わず両手で耳を塞いでその現象に驚愕する。多分あの水柱から発せられたものだろう。音速は光速超えられないのねぇとかなんとか常識で現在の異常さを分析する。
 耳を轟かす滝が目の前で破裂したような音が伝わったけど、周囲をみてもさほど騒ぎにはなっていなくて不思議に思った。あと、気づく。
「……衝撃波が、来ない?」
 あれだけのでかい爆発でこんな近くにいるのに衝撃波が来なかった。あれだけのエネルギー、家が吹っ飛ばされても可笑しくないほどのもののはずなのに。
「ドン!」
 彩夏が楽しそうに人差し指を動かすごとに百メートル級の水柱が上がっていく。まるで彩夏がどこかに爆弾のスイッチを持っていて、バン、バンという声と一緒にそのスイッチを押しているかのようだった。
 水柱は上空へ吹き上がるような水流の流れのそれで、沈んだ夕日の光をきらきらと乱反射して呆然としている僕からしてみるとまるで大きな噴水のようだった。四つのそれは濁流の音を伴って数分でゆっくりと海へ帰っていく。
 そんな様子に満足したのか、しばらくそれを見ていた彩夏は右手人差し指にむかってふーっと息をかけて拳銃をしまう真似をする。
「ま、こんなことが出来るのさー干渉は。私の場合始動キーを解除した後の一定時間は有効なの。感想は?」
「……バカじゃねーの」
 本当にバカかよ。指先一つで尋常じゃない爆発力を海中に生み出した。そういうことだ。遠隔爆撃。そんなものをなんの装置や武器もなしで。僕は耳から両手を離して疲れたかのように目を揉む。
 あの眼鏡の少女のようにいまなら魔法っていうのもすげぇ納得できる。
「確かにねー!」
 そう言ってなにがツボだったのかあはは、と彩夏は笑い出してまたベンチに戻ってくる。僕は海の様子を見るが何事も起きなかったかのように静寂が漂っていた。
「確かに。こういうふうに自分が持ってるチカラを見せびらかすような行為ほどバカなことはない」
 彩夏は真剣な顔でそういう。嫌悪が滲み出ているような気がしたのは気のせいだろうか。
「…………干渉が凄いことはわかった。素体を敵にこれを使うのも納得は出来た。だが、ほかに被害はでないのか? 俺が会った市民は、法化の人が頑張ってくれるから平和だとかなんとかって言われたんだけど」
 あんな爆発がこの外延部頂上で起きたら市内外にもいくらなんでも被害は及ぶだろう。さっきもなぜか衝撃波はこなかったし。
「ああ、そのあたりはうちらの管轄じゃないんだけどさぁ。障壁張ってんの障壁。このトーラス全体と周辺の都市、あと外延周囲に。そのおかげで私達は存分に戦えるってわけねー」
「障壁? なんだそれ。それも干渉かなにか?」
「質問クンだねー、時津彫クン。残念ながらそれも今は教えられない」
「…………」
 障壁、ね。障壁……。不可視の防音壁の対物バージョンかなにかだろうか。まぁ、考えてもわからんけど。
「さってと。ま、だいたいこういうわけデス。ほかにも質問あったらあとでヨロシク。さて次はまた時津彫クンの番だよー」
「へ? 俺の番?」
 そっ、と言って彩夏は僕を見る。相変わらずの陽気な笑み。
「さっきのことで大体わかったけれど、素体のこと事前に知っていたみたいだし、それにこのトーラスとか干渉についても少なからず基礎知識はあったような感じがする。さすがにそれは話してもらわないとなぁってね。申し訳ないけど。ちゃんと聞くから。大丈夫」
 そう言われて僕は逡巡した。口が言葉を飲み込んで固まる。
 でもその葛藤はすでに前にやり過ごしたことで、いまさら迷うことじゃないということも――さすがに僕もわかっている。
 だから僕は今度は、彩夏の碧眼を真っ直ぐ見て話す。
「俺も……、あまり話せないけど、俺の家は知ってると思うけど時津彫家だ。今、世界の軍事シェアの第一位にいるまた政界でも通じるという事を知らない人はいない家系だよ。お前も『蓮桐』なら、色々知ってるんだろ?」
 そう僕は言ってみたが彩夏は微動だにしなかった。ちゃんと聞く、それには嘘偽りはないのだろう。彩夏の長い髪が人口風でふわりと浮いた。
 現在日本の政界、財界、経済は、三世紀前の大戦によって恐慌に陥りその後日本を救った三つの家系が掌握している。政界は蓮桐家、財界は蓮杖家、経済は時津彫家が支配している状態だ。財閥という初期の段階を最初の一世紀で超え、いまではこの三家が企業の枠組みを越えて日本国、トーラスを動かしている。
 さらにもっと特異的だと言えば、全てティーア系人種の家系であるということだろう。どういう過程があったかしらないけれどティーアが日本国を救ったことは公然で、その分日本国もティーアには友好的以上だ。
 だから僕もここが国であると聞いた時はあまり驚かなかった。そういうことなら納得がいくから。
 もちろん、このことは一般人は知らない。日本国は日本政府が統治していてトーラスは難民保護地だと思い込んでいる。
「だからよろしくないと思う輩も、当然いる。六年前起こったうちを襲撃した事件がそれも発端だと言われてる。その結果、祖父と妹が死んだ。でも妹は生きていることがわかった。だから俺に親父のするだろうことを先読みしてここへ来た。だから潜入というよりまさにそうだな、送り込まれたみたいなもんだ」
 簡潔に。事実だけを言う。どれだけ彩夏に伝わっているのだろうか。でも僕はそのまま続ける。
「俺の目的は妹の解放。解放しにきたんだ」
 久世さんに言ったように、そう同じく言う。
「襲撃事件に関わっていたのは『素体を中心にした特殊部隊』。素体運用ができるのは日本のごく一部の企業と、トーラスの法化制圧部、だけだ」
 ここの真実――というか事実にたどり着くまでいったいどれだけ苦労しただろう。軍に入ったり、大学で色々やったり。そんな苦労もあるけれど、そこまで彼女に話すことじゃない。
 僕は一回息を吸って吐くと、
「だから俺は確かめに来た。ここの法化制圧部が関わっているならば、潰す、そう覚悟に決めて来た。潰して妹を助ける。でもそうじゃないかもしれない。あの事件は謎が多すぎて確定じゃない。だからこそ――俺は迷ったんだと思う。関わっているっていうのはあくまで可能性だ。だから直に彩夏達にあってそれがわからなくなった。街の様子も、人の思想も、想像していたのとは全然違っていたんだ。だから俺は、お前たちとならこのままでもいいかなって。そう思ってしまったんだと思う。妹を見つけてそれで――」
 後半はほとんど僕の独白だったけれど彩夏はじっと動かずに僕の話を聞いてくれた。俯いたり、余所見なんかもせずに僕の目に見入っているかのように、僕の挙動の一つ一つを見逃さないとするように彼女は両手を足の上において身体を僕に向けて話を聞いていた。
「俺は別に優しいわけじゃない。ただ街の人たちと、彩夏達に触れて共感したんだと思う。誰かを思いやる気持ちっていうのが、そのなんつーか全員が全員考えていて、それがよく伝わってきて。だから俺は心許したんだろうと思う。彩夏だって俺が時津彫の長男だから、さっきの説明だって了承を得ようと、」
「それは違う」
 静かに、だが彩夏の刃物のような言葉に遮られた。僕は跳ね上げられるように彼女を見る。彼女は相変わらず無表情で僕を見つめていた。
「それは違うよ。時津彫クンちょっと勘違いしてる。別にあなたがそこの家出身だからっていうことでここまで機密を話して、あなたの判断に任せるようなことをしたんじゃない」
 そしてまた、沈黙した。
 外地街の端からぽつぽつと夜が迫ってくる闇に対して明かりがともり始めた。湿った空気が僕たちの髪を揺らす。
「私達が使う干渉というのは凄い尊いものなんだ。今はやっぱり話せないけど、さっきのように軽々しく使っていいものじゃない。だから時津彫クン個人が全てを見て判断して、どうするか。使うに値するかまたは自分で使うと決断出来るか、それを決めてほしかった。ただ、それだけだよ」
 彩夏の言葉はいやに優しく感じられた。事実、彼女の表情は柔らかく崩れていた。それだけ言うと彩夏は身体を背け、背筋を伸ばして眼前のガラス越しにもうすでに夕闇に飲み込まれようとする外地街へ目を向けた。
 何か言ってくれることを期待していたわけじゃない。むしろその無言が嬉しかった。
 話の途中で遮られたけどこれ以上いうことがあった気がしたがそんな彩夏の様子に見惚れて忘れてしまった。

 

 

 

 

It is not only what I do not understand.

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、自分が入院して今度はお前かよっていうこの状態。

 

 

しかし、介護って本当に大変なんだなwwwwwwwニュースとかでみててえーw別に大丈夫しょとかおもってたおれがいましたよ。

 

まぁ介護というかローン方面の支払いのもろもろ引継ぎなんだけどねぇ・・・・。

 

と、ああ、なんか蕁麻疹でた ぇ と、まぁそろそろ小説でも書いて現実逃避しないとな!とおもえてきた心の余裕。

 

しかし3日連続夏日とかもう夏だな。梅雨ねーなもう日本(九州のぞく でも微妙にアップダウン(zip感)するんで毛布かタオルケットか迷うとこな。ちな目の前のデジタルは29.5度。

海いきてえええええええええ

 

はいストレスマッハなのでずっと書いてるかも。

暑いのきらいだ亜寒帯になれー

 

というわけで。父親が腸閉塞で入院しました今度はwwはぁ、なんだろうね?俺が退院してから一ヵ月半でばったばたきてるよこれ。

 

それでローンだの引き継ぎ大変で。まぁ今日までかなり疲れた。小説とか上げてるひまないっす・・・。

 

んー。とりあえず薬疹なおらないかなー

 

 

 

 

 

ずっと遠くへ。高みを目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リニアトレインは大よそ数十秒で外延部頂上部に到着した。概ね乗客は研究者のような人や軍人、また学生のような人が多くで、頂上部にある軍施設に用事があり、だれもこれもSクラスのパスを持ち合わせている要人レヴェルの人たちばかりなのだろう。
 件の彼女も頂上部中層で降りた僕とは違って上層へ行くらしくそこで別れてしまったが。というかよくよく考えるとこんなところにいるんだからそもそも女子高生なんていう学生じゃないかもしれない。別れて中層に到着してようやく思い当たったが、名前聞くの忘れてたと気付いた。でもまぁ、彼女もこの五区頂上部に出入りしているならいつかまた会えるだろう。
 外延部は膨大な数の採光、遮光パネルに偏光鏡と赤外線映像パネルが配備してあり、こんな巨大なものが横に直立していても太陽光や風はまるで遮られていないように感じられ、さらに内側からは向こうの陸上の風景画がリアルタイムで映し出され、陸上からはトーラス内部がパネルによって写されているので外延部という壁の圧迫感がほとんど無いといっていい。もっとも、「写しているだけであって本当のものを写しているかどうかは疑わしい」というのが外地街の共通認識だった。
 さらに外延頂上部は外見通りの「砦の縁」のようになっておらず、下の壁の内部のように上中下層の三層に分かれており、どこもこれも研究施設やら軍関連の施設となっている。が、実質まだ見たことが無いが軍事関連の基地などは上層のみで、以下は公園だったり広大な図書施設だったり本当にここは軍施設なのかと首を傾げたくなるような様相だった。
 僕が降りた中層は主にスポーツ施設や訓練施設、それに大学やその関連施設に公園がいくつかある感じ。
 実を言うと、僕も全容は良くわかっていない。トーラスを解りやすく表現するとありていになってしまうが、八等分したピザのような感じだ。そのビザの中心に円状の型を置いた、その内側が中央とするとわかりやすいだろうか。そのため中央も八つに分かれており、蓮杖が「中央の一区」とはそのことだろうと思う。
 それでこの中層、PDAで確認した限りでは駅からでて研究施設街を抜けた大きな公園内に蓮桐はいるようだった。昼前に確認した時とまったく移動していないので「朝に会ったとき」と同じように何か業務でもしているのかと思ったけど。公園、でねぇ? 何やってるんだろ。
 ガラスと鉄骨、コンクリートがふんだんに使われた近代的な印象がする施設を歩いていくと、程なくして公園の入り口が見えてきた。委細の無駄を省いて効率性と建築美を求めたらこうなった、といえばいいのだろうか、無骨な様子に見えても違和感が無いから不思議だ。これも近代建築なのだろうか。
 ちなみに天井は数百メートルぐらい離れており外の公園となんら雰囲気はかわらない。手元のPDAの情報によると大きさは横に一キロ、外延の輪に沿って二百メートルとかなりでかい。だがこれでも小さいほうでお隣の四区は八割が公園らしかった。
 しゃれた歩道から手入れが行き届いた芝生、なぜかある大きな人工池(鯉とブラックバスがいた)やらをとおりこしてアスレチックゾーンにまできた。やはりここまできても誰にも遭遇しないのはこの公園自体立ち入り禁止にでもしているのかもしれない。
 周囲に遊べそうな遊具が配置しており、その中心には赤い陸上のトラックが取り巻いているガラス張りの洒落た体育館が鎮座している。はたして、その体育館に蓮桐はいるようで。
 しかしこのアスレチック、幼児むけというか、そうじゃないというか……。なんだか十メートルはありそうな壁上りもあるし……。これまさか訓練施設じゃないのかなぁ、と益体もないことを考えつつ陸上トラックをわたり、体育館の入り口まで差し掛かったところで。
『だー! やばいやばいやばい! そろそろ無理! ホント無理!』
「………………」
 入り口すぐ横。ガラス張りなので中の様子がわかるが、そのすぐ横。体育館内から、朝振りの声が聞こえてきた。
『ふぁいとですよー。彩夏ちゃんならきっと出来ます! もう少し両足を上げてバランスを後方に寄せるんですよ』
『――お、オッケー! よ、よーし、私はやれば出来る子、やれば出来――なーい! 無理だって無理無理! もう無理! 腕ぷるぷるいってる! ぷるぷる!』
『それは武者震いですよー』
『ぐあー! 状況だけに突っ込みも出来ない! ていうかもう腕の筋肉ぷちぷちいってる! やばいっていマジやばいって!』
『でもここまでくるとむしろ海老反りというか小鹿を逆にしてみましたという感じですよねー』
『じょ、ジョーダン――、楽しんでない? 楽しんでるよね成美っち! なるみー!』
『あーらら、いろんな呼び名がでてきますねー。ここの可愛いお腹を押したら別の呼び名が出てくるんでしょうか?』
『ぐぬぬっ……、ぬぬぬっ。こ、これが罰じゃなかったら! 罰じゃなかったらガチンコで……、ガチでくすぐるのに! 超くすぐるのに!』
『いよいよ何言ってるかわかなくなってきてますねー。脳みそが血だけになってきましたかー? ほーらほら』
 と、本当にガラス越しではあるが声を掛けるのが躊躇するぐらい(とはいっても防音仕様かもしれないが)わけのわからない会話を蓮桐彩夏と少女、おそらく朝、久世さんに聞いた橋本成美がしていた。
 蓮桐のほうは、逆立ち、である。まごうごとなき立派な逆立ちで、下はスパッツに上は身体に密着したアンダーシャツというものだろうか、だがサイズが大きいらしく、まぁはだけちゃってはだけちゃって。スパッツから上(この場合下と表現するべきだろうか)からは重力に従いウェアが下がり、へそから腹部までちょうどこちらを正面に向けているために丸見えである。だが、その逆立ちのフォームは見事で、会話から読み取れるような辛さは微塵も感じることは出来ない。
 その腹部正面にちょん、と座って不気味な台詞を吐いているのが成美。服装は朝と変わらず上下ライトダークな制服で、上が羽織っていた上着のブレザー姿ではないということだろうか。半そでのブラウスだった。黒いソックスのまま蓮杖の逆立ちの前に座りこちら側からでは彼女の背中しか見えないが、何がしか呟いているのがわかる。
 なぜか逆立ちしている少女に、その目の前で会話する身分詐称少女。
 …………うわぁ、関わりたくねぇ。
 そんな風に呆然と体育館の扉の前から観察していると、顔を前に向けていた蓮桐が気配に気付いたかのように逆さまのまま顔を僕に向けてきた。長い黒髪が床についていて心なしか顔が赤い。
『おっ』
 と、初めて気付いたかのような声を上げ、
『あら』
 と、初めから気付いていたかのような声を成美が振り返りながら上げた。そこから蓮桐は俊敏な動作を見せた。ブレイクダンスのように両手に力をいれて肘を曲げ、両足も横に盛大に開くと身体を逆交差するように数メートル跳ね上げ全く同じ位置に着地した。得意そうな顔に長い黒髪が遅れて被さる。そのまま立ち上がると後ろでに手を組み微笑む。
 なんつー身体能力だ、蛙か、と俯瞰していると、
『やー! 時津彫おにいちゃん!』
 と手を振る蓮桐。
『あーら、時津彫おにいちゃん!』
 と眼鏡を直す成美。
「え―!」
 と大声を上げた僕だった。


 体育館を出てすぐ横にあるアスレチック傍のベンチ。外延部端の巨大なガラスの目の前にあるから見晴らしとしては最高ではある。遠くにうっすらと見える新副都心のブロックのような高層ビル群に、離れて見える外地街。そしてどこまでも広がる海。
「いえ、時津彫さんのことは祀ちゃんから聞いていましてねー」
 ベンチには僕と蓮桐が並んで座り、なぜか座るのを辞した成美は僕の正面に立ってそう言った。
 しかし朝に僕に自分は蓮杖祀だとか言っといてその嘘を隠そうともしない。とは言っても、あの後蓮杖に僕が会うとわかっていたらそれも意味ないか。そもそも久世さんに速攻バラされてたし。というか。
「あのえーと…………」
 聞こうとした出鼻から迷う僕である。本当に優柔不断だ。質問の選択肢を選ぶにあたっては。
「あー……、時津彫クンは確か私と同い年だったよね? だったら私は彩夏でいいよー。あと成美っちは一個下だから呼び捨てタメ口で、おっけだよね?」
 どうやら呼び名を迷ったと勘違いしたらしい親切な蓮桐は横からそんなことを言い出した。ちなみに今彼女は着替えてスパッツの上にタータンチェックのマイクロミニスカート、上はピンクのチェックが入った首に提げるようなキャミソール一枚。そんな格好だから年相応にみえるし、そんな格好だからスパッツの曲線はいちいち煽情的だしキャミの間からもろにみえるブラの線はそれはいいのかと思う。というか思わされてんのだろうか僕は。
 蓮桐は以前そんなこと気にした風でもなく、腰までかかる髪を髪留めで高い位置で括ったその健康的な表情のまま微笑んでくる。
 ……朝とは大違いだな。
「別に問題ないですねー。それよりも時津彫さん、ここに用が?」
 質問する前に質問されてしまった。どうにもこの成美という子、資質が久世さんと似ているような気がする。
「あーそうそう、なんか渡すものあるっていってたじゃんクリスっち。それ?」
 また、か。蓮杖にしても蓮桐にして……、紛らわしいな、彩夏にしてもそうだ。
「うん……。更新した法化のIDパス。蓮杖にも渡したけど、それで? これ渡せばなんか伝説の武器でもくれるわけ?」
 パスを刀のバックパックから出しながら言うと、彩夏ただ不思議そうな顔をして背伸びをした。だから肌が肌が。
 数人に話を聞いて特定のものを渡していくと何がしかのイベントがあるという意味でいったのだが伝わらなかったらしく、
「なにそれ。なんかのローカルジョーク? 飲みかけのコーラならあげるけど」
 はい、と本当にぬるくなったコーラのペットボトルを渡してくる彩夏。そして反応に困ってる僕に笑いかけると何事もなかったかのように僕の手から二枚のパスを取る。
「あ、それ高杉の、」
 彩夏は一緒に渡されたパスの残り、高杉謙一のも一緒に持っていった。僕はここで彩夏から話を聞いてから依然外地街にいる高杉のところへ行こうとしたのだが。
「ああー、いいのいいの。私が渡しとくからさ。あいつとは良く会うし今日か明日辺り渡しとくよ、アリガトね」
 そう言って朗らかに笑う。第一印象と違って本当はこちら側のほうが彼女の本性なのかもしれなかった。まだわからないが。
「あのそれで最初に聞きたいことあるんだけど……、いいかな?」
「いいよ? 何でも聞いて! むしろスリーサイズとかも聞いてもいいぜ!」
 無駄にテンションたけぇなぁこの女。
 成美は眼鏡を抑えてただ微笑んでるだけ。何考えてるか本当にわからない。僕は一つ溜息を吐いて言う。
「さっきお兄ちゃんって二人とも俺に言ったけど『なぜその呼び方を知っていたの』?」
 そう。ぶっちゃけ蓮杖のところで気付かなければならない単純なことだった。
 蓮杖は久世さんからこれから行くということやすでに前日に知っていたこともある。さらにはその詳細も。僕はある程度ここにくれば情報は通達されるだろうと思っていたが、久世、蓮杖間の連携は綿密すぎる。携帯か電話での通話での連絡でもしてるにしても、それはない。
 蓮杖は携帯型のPDAや一般の携帯電話類を持っていなかったから。さらにトーラスには公衆電話は一切ない。
 あいつのいうバイトで電話を借りるということも出来るだろう、だけど久世さんはそこまでして蓮杖に僕の子を伝える意味がない。
 それにこの二人。蓮杖から聞いてるにしても「言わなくてもいいことまで知っている」ということはどういうことなのだろう。蓮杖にしてもこれから会いに行く彩夏達に連絡を入れる必要はない。ただ話したかったから話した、ならいいが、「僕というイレギュラーの存在をどうしてそこまで知っているか」ということだった。僕がここに来ることは知っていても、風貌までは解らないし詳細のパーソナルデータまではわからない。
 でも彩夏たちは「僕を一目みただけで時津彫と判断した」んだ。
 ありていに言えば、実際に話してきたかのような錯覚といえば良いのか。そしてそれは、
「ああ、うん。それはね、クリスちゃんを中心に情報共有してるからだよん」
 そんなことかとでも言いたげな口調で、そう言って自分の頭をつつく彩夏の言葉であっさりと返された。
「時津彫さん、クリスからなにか貰いませんでした? プレゼント、とか」
 そういって成美が自分の腕を細い指でつつく。
「…………」
 あのナノマシンか。久世さんを中心に情報共有……。共有、だと?
「もしかしてあのナノマシン、生体型か?」
「あー……、ナノマシン刺されたんですか。随分好かれてますね時津彫さん」
 成美のそんな返答に何が好かれているのか良くわからなかった。
「確かに従来のある行動を終えてもずっと体内に残る機械型じゃあなくて、ある特定物質を体内に作り出した後、勝手に溶けてしまう電解質の生体型ナノマシンです。今回の場合、時津彫さんの脳幹、つまり脳に通信に関る装置が作られたことに、」
「ちょ! ちょっと待って! 脳だって? 今俺の頭になんかあるってことか!?」
 そんな僕の取り乱しように成美は肩をすくめ、彩夏は苦笑した。
「まぁ、難しいことは省いちゃうけどさぁ、つまりクリスちゃんは音に干渉することは聞いてるよね? 私達五区の法化は全員、クリスちゃん特製のその装置を植えつけてて、クリスちゃんが発する音、情報をキャッチしてやり取りをしているの。無線とかに限りなく近いものなんだけど、その使用者の脳波と心音からランダムに秒刻みで周波数はかわるから秘匿性はずば抜けてるんだけどね」
 ――ここでバックというか監視員みたいなことをやっている
 ――それはお守りだ。僕が君にあげるプレゼントだよ
 それはつまり、そういう――ことなのか。一見疑わしことこの上ないこの状況はそうすれば説明がつく、か。
 ま、疑っても意味ないけど。
「じゃぁ、その情報共有は久世さんを介して五区の法化全員に伝わるってことか?」
「共有というか、ほとんど電話に近いんですけど、共有というほどじゃないんですね」
 そういって成美は眼鏡を外す。良く見ると眼鏡がないほうが年相応にみえる。
「一方的なワンウェイ通信じゃなく、クリスは音、とはいっても電波、音波方面に干渉していまして、独自の通信規格から装置を介して通信が出来るようになっているんです。インターカムなどの機器を使うと安定しますので基本それですが、無くても出来ます。あと色々制限がありますが」
「制限?」
 ええ、と成美はスカートの中から別の藍色の蔓の眼鏡を取り出してかける。何個もってんだよ眼鏡。
「まずこれは基本ですが法化の業務以外のこと、また他人のプライベートや機密事項は第三者に伝えてはなりませし、本人の許可なくそれをしてもいけません。また任務外の使用も禁じられていますし――あとは色々です」
「へぇ……便利だとは思ったけど結構いろいろ不便なんだな」
 最後の部分がなんだか煮え切らないものだったが納得しておこう。だがもっとも、当人はそれを不便だと思ってなさそうだったけど。
「じゃぁ、こっちから久世さんに電話みたく話しかけるとかそういうことは出来ないのか」
 そう僕がいうとことさら成美は難しそうに腕を組んで唸る。
「そこが『色々』なところなのですが、通常任務中、つまりこの法化で活動中は原則可能です。ですがクリスはいわゆる全ての情報が集中する一つのサーバーなのです。彼女に五区の情報が集まるわけですね。ですからクリスと話すということは結構危険なことなんですよ。彼女は常時演算していて話す暇がない、ということもありますが、つまり何でも知っているということですから。『話す相手が誰であろうとも』」
「……それは、危険だな」
 横の彩夏に目をやると相変わらずにこにこと微笑んで鼻から僕の会話に入ってくる気はなさそうだった。
 つまり制限っていうのは話す側のクリスだけじゃなく、その性質上話しかける側にも制限がおのずとできてしまう、ということなのだろう。先ほど他人の情報を当人の許可なく流してはいけない、とはいったが、それは逆に言えば「話している相手についての情報はなんでも話せる」ということだ。つまりこっちの秘密がもろバレの可能性があるわけだ。自分にとっても危険だし、その枷がなければ誰にでもなんでも話せてしまうということなのだから。自分の精神的に危険であるという意味か。久世さん自体が文字通り機密の塊――あれ?
「そういうことなので、クリスを介して一斉に情報をやり取りしたり、通話することが可能です。例えばお兄ちゃんの件も蓮杖がクリスに報告したのを、私達が聞いた、又聞きといえばわかりやすいでしょうかそういうわけです」
「え、ああ、そういうことか……」
 成美の説明にまぁ一応は納得いったがさっきの違和感は何だろう。一旦でたもののすぐに霧散してしまった。とても重要で看過できないものを見過ごしてしまった、そんな感じが、あったようななかったような。
 どこに?
「そゆことね。だからクリスちゃんは優秀なの。何でも知ってるし、何でも聞けるってことさーオッケー?」
 微笑しながら傍観者を決め込んでいた彩夏が僕の肩に手を置きなぜか念押ししてくる。ちょっと気おされながらも僕は頷いてしまうので、まぁこの後聞けばいいかという気になってしまった。
「それでどうやって通信するの?」
「んー、大体このインカムを耳への出力装置として使うかな。話す言葉は全部クリスちゃんに転送されるから必要ないんだよねん」
 そういってスカートのポケットからフラッシュメモリのような黒い棒状のものを出して耳にかけて僕に見せてくる。どうやら広く展開できるらしく、棒状のものは透明状の膜で耳から首まで広く覆って密着していた。運動性などを考えるとこの形のほうが自然なのかもしれない。見た目、耳だけにイヤホンみたいなものがかかっているようにしか見えない。
「会話時間をこちらから指定するか、この耳に掛かってるイヤホンを三回押す。そうしてID言えば話せるって感じ。ま、さっき成美っちが言った制限は規律だの守るための方便みたいなものだからさー、そんなに硬くならずに毎日掛けてもいいんだよ? 私なんかお昼のお喋りに、」
「だーかーら、部を治めるあなたがそんなことだから今日みたいなことが起こるんですよ彩夏。……ちゃんと反省してます?」
「ぐぬー…………」
 急に割り込んできた成美にしょんぼりとする彩夏。
「ちゃんと……反省しておりますぅ……。でもそんなに怒らなくたってさぁー」
 なんだろうこの会話。論旨がいきなり僕の知らないところにシフトして置き去りにされてる感じだった。つまりながら彩夏はなにかをやって、成美に怒られていると。
 なにか? ――って朝のもしかしてあれか?
「あの、何の話?」
 それとなく片手を挙げて聞くと、はぁ、と嘆息して成美が両手を広げて大仰に肩をすくめる。会ったときから思っていたがこの子、なんだか学校の先生のような雰囲気がある。面倒ごと請負係り的な。そして彼女は言いたくないけど仕方なく言うよ? みたいな話し方で言い始めた。
「それがですねぇ。今日の朝、例の事件でこの子、ポカやらかしましてね。二人取り逃したんですよ。まぁ、この子が事態収拾したので大事には至ってないですがね」
「…………えーと、よくわからないんだけど、朝のあれすかね? ミスズとかいう」
 すると物凄く首を縦に振りつつ僕に顔を寄せてくる彼女、っていうか近い近い。
「そうなんですよ! またこれが、指示通りに動かないで子供ばかり相手にするから今朝のようなことが起こりまして、ああ、さっきのアレはその罰なんです。ええ」
 話の九割以上理解が出来ないんだが、つまりなにか法化のことで任務だか仕事があり、それで彩夏はミスしちゃって怒られたと。……それがなんで逆立ちなんだ?
 僕は成美を宥めながら自分から引き剥がし、
「わかんないけど、それでその罰がさっきの逆立ちか。なんで逆立ちしてたの?」
 そう横にいつの間にかベンチの上に体育座りになってる彩夏に振ると、また不思議そうにか細い首を傾げて、夏の陽光を反射するかのような眩しい笑顔で、
「逆立ちが出来るようになりたかったからかなー!」
 と言った。
 それはすげぇ自虐だなとも思ったしこいつ実は馬鹿なんじゃねぇのかなとも思った。
「……んでどれだけやってたの逆立ち」
「朝に時津彫クンに会った後だからー、まぁ五時間少々?」
 前言撤回、こいつ馬鹿だ。
「まぁあんまり長くはないですよね。外延部十周よりは楽でしたし」
「えっと…………長くないんですかね?」
「ええ、前は一日やってましたしね。別の方がですが」
 あれ? 僕の感性がおかしいのか? なんだよつまり付和雷同か? 長いものに巻かれればいいのか? そういえば蓮杖の時もこんな感じだった気がするぞ。
「ていうか罰を自分で選べるって、そこんとこどうなの?」
「まぁ罰とは言いましたが……それほど罰というものじゃないんですよね。私達ほどになると『この程度』のことは罰にはならないんです。そうですねぇ、外の方からすれば次元が違うというかなんというか。ばっさり言えばそれだけで強いってことです。だからこれも罰も兼ねての自分の苦手克服みたいなものですよ」
 それだけで、強いね。どこかできいたような文言がいっぱい出てくることだ。
 確かにティーア系はそれだけで強いだろうが、それも限界はある。逆立ち五時間だろうがここの外延部十周だろうがそれは「同じ僕としても異常なレヴェル」だ。
 ……どれだけ鍛えてるんだっつー話だ。
 まぁ、もっとも。コンクリとか素手で割ったりするやつはいたり、車持ち上げたりするのもいたし、今更って感じか。
 彩夏はなんだか仏頂面のまま口を尖らし、恨み言を言うかのように成美に向けて言い出す。
「でも罰っていっても成美っちそれにかまけて自分の仕事してないじゃーん。別に一緒にいることなかったのにずっと色んな理由つけているしさー。結局仕事サボりたかっただけなんじゃん?」
「またまた……そんな浅い考えで一緒にいたわけじゃないですよ? 明日に持ち越しになりそうな時津彫さんとの顔合わせとかあなたの監督とか、」
「このこと、立花さんに言っちゃおっかなー」
 そこで割って入った彩夏が物凄く嫌らしい笑顔を浮かべ、口角を上げながら彼女に言った。こういった嗜虐的な顔がなんとまぁ似合うことだろうと傍目から観察する。見目良い風貌ではあるからしてなんの表情でも似合うのだろうけれど。
 一方、彩夏の言葉に動作を急停止させた成美は油の切れた人形のように眼鏡の蔓を押さえていた手を下ろし、なぜか直立不動の格好になった。
「中央のほうにもいったら結構大変だよねー」
「…………」
「クリスちゃんとかにもー」
「…………」
 なに? なんなのこれ。パワーバランスは成美のほうが上だと思っていたのだが、違ったか? それとも彩夏のほうが偉い位置にいる、とか。そもそも女の子の人間関係なんざほとほとわからないのは経験側からわかってはいるつもりだが。
「クリスちゃんにこう、ふべぇほばぁへっ!」
 いきなり奇声を発した彼女を僕は驚いてみると、眼が据わった成美がいきなり彩夏に歩み寄り速やかに両手で彼女の頬をつまみこねくり回すように引っ張っていた。両肩をいからせ、横に引っ張るようなこの仕草。
 少女らしい少女っぽい怒り方だがこれはどうなんだろう? 他にも平手打ちとかあるじゃん。
「うー! ふぐぅー! ふぶぐうぅー」
「…………」
 唸る彩夏に無言で頬を引っ張る成美。
 なに、これ。なんで彩夏抵抗しないの。体育座りのままやられっぱなしだし。それに成美はなんで何も言わないの。こわ。こわっ!
「おい、ちょっとやめろよ。彩夏痛がってるだろ」
 さすがにこのままは端から見ているわけにはいないだろうと思った僕は恐る恐る声を掛けたが、目を閉じたまま成すがままにされてる彩夏にも無言のまま未だに頬を引っ張ってる成美にもさっぱり聞こえてないらしい。
 しかし凄くシュールな光景だ。
「……あっ、あふぅ、あ、ああっ、」
「ちょっ! おい! おいって! やめろって! お前ら馬鹿じゃねぇの!? マジで!」
 可笑しな声を出し始めた彩夏(なぜそんなに目が潤んで顔が赤くなってるんだ!)から成美の両腕を無理やり引き剥がして彼女と近距離で合間見える。
 眼鏡の奥の碧眼は超据わっていた。ていうかなぜとめた僕がそんな目で見られるわけ?
 ていうかこぇよっ! しかもここまでの展開、意味不明だ!
「おい、ちょっと成美、おま、」
「…………はぁ、やれやれ。時津彫さんはお邪魔虫ですねー」
 何言ってんだ。アレ以上進んだら色々ヤバイことになってただろうが。
 まるで目の前に危険人物がいるかのように僕に掴まれていた両腕を振り払うと、自分の身体を抱きしめるように腕を組む。
「まぁ、いいですよ。時津彫さんが自ら火中の栗を拾うというなら止めませんし、というかまぁ、これは時津彫さんのためでもないですしね、お節介です」
「……お前、さっきから何言って、」
「いえいえー、なんでもありませんよー。ただ私の堪忍袋は破裂しやすい、ということです。というかそういうことにしといて下さい」
 その例はどうかと思ったが成美に近距離での睨みに射竦められる僕だった。
 なんなんだこの子。普通に怖いとかそういう部類じゃないのかもしれない。
 全てを知られてしまっているような――そんな感覚。
 もしかしたら意味がないように見えるものもだったものも実は、意味があったのかもしれない。だからこそ感じる。
 ――危険だ。
 もし僕のことや――ほかのことも知っているとするなら、彼女の言動全てが意味があることになる。それは僕の存在すら脅かすことになる。でもなんでか彼女はそれらを誰かに言いふらすことはない、そういう直感めいたものが僕にはあった。
 ふっと。成美はセミロングの茶味掛かった髪を流して顔を横に逸らし、至極つまらなさそうにここから見える外地街へと目を向けた。
「フォールダウトから来るような輩がどんなものか知っておきたかったのですが……まぁ、やはりこんなものなのでしょうね」
 そう言って先ほどの剣呑な目ではなく、冷めた、金属質な眼差しを僕に向けてくる。
「まだ、なにかありそうですが――おかしな真似をしたら、強制退場していただきますからね」
 言葉もただただ平坦で、怒気も覇気もなにもない。ただ事実を伝えているだけのようだった。僕は何の反応も取れずただそれを呆然ときいているだけ。
「……よくわからないけど、というかさっきかたまったくわからないけど、何も隠してないし、何もするつもりはないよ、成美」
「…………」
 最後に信頼の証に名前をつけてみたが逆に睨まれただけであった。あー。わかんない女の子の心って。
 そんな彼女は身体をそのまま反転させると綺麗な茶髪を靡かせ、立ち去り始めた。後ろからもこめかみ手をやり、やれやれと頭を振っているのがわかる。
「あー、柄にもないことをするもんじゃないですね。やはりあの子達を見ていたほうがいいです。下らないことに首を突っ込むとこういうことになる」
 そんな独白をしながらどんどんと遠ざかって行く。やはり何を言っているのかあまりわからなかったが、僕らから数十メートル離れたところで何故か振り向いた。
「ああ、あと、その……」
「え? なに?」
 先ほどまでの毅然とした態度はどこへやら、何かを言うためにそこに立ち止まったはずなのに、何故かそれを言うべきか躊躇っている。僕が催促するものでもないし、ただ、彼女が言っても言わなくても僕には関係がないことであろうからその場に任せた。
 そしてようやく決心がいったのか、その愛らしい顔を無表情に変え、言う。
「あなたにはこれを言うのは早いと思いましたが、どうせ今日にでも知ることになると思いますし伝えておきます。そこの彩夏が言うかどうかもわかりませんし、知っておかなくては困ることです」
 そんな前振りをしたかと思うと、
「クリスは音波、音に干渉して全般的に補助だけしかできませんが、それを利用して攻撃にも転じることができるんです。もし例えあなたがどれが腕が立つものであっても、体を瞬時に移動させ、その余力で敵を圧殺する、一瞬で細切れにされるぐらいの実力の持ち主なんです」
「………………」
「但し、それも制限がつきます。威力がありすぎてやってはいけないことになっているんです。もしその瞬間移動にも似た戦闘様子がみれることがあったら――あなた、かなりの幸運ですよ」
 そう、成美は言うと、それでは、と。折り目正しくお辞儀をしていよいよ歩き出した。
 まさか。ここで。その一瞬で細切れにされるような技と切り結んだ、とは言えなかった。
 ここで知らないということは、久世さんが彼女らに言っていないということだからだ。
 彼女には義理も恩もなにもないが、考えなしに伝えていないわけじゃないだろう。だから僕もここではなにもいわないのがベストだと判断しただけ。そう、ただそれだけだ。
 でも、なんだか胸の奥で何か重いものが落ちてきた気がした。とっても錆びていて重くて暗いものが。
 そう、僕がずっと昔から知っているものだ。でも、今はそれからは目を背けるしかない。
 そんな瞬時の思考のあと、外延部端のガラスと公園にはさまれた歩道を歩いていく成実をふと目をやると、すでに百メートルは離れていただろうか、制服姿の彼女の姿が段々を薄れ――そして「向こう側」が彼女の体越しに見えるようにまでなるとさすがに僕はベンチを立った。
 だけど彼女はまだそこにいるかのように歩道を歩き続け、そしてついに、見えなくなった。いや、最後に蓮杖がやった干渉時に見えたなにか結晶のような欠片が弾け飛び、トーラスの中央方面へと飛んでいってしまった。
 成実がいたはずのその場所には何も存在はしていなく、ただ石畳の歩道と街頭、公園の木々がぬるい風によって夕刻の夏をしらせているだけだった。
「……いや、さすがに、これは、ないでしょ」
 僕は欠片が飛び去った方角の中央の摩天楼を眺めながら思わず呟く。
 消えた。文字にしてもたった三文字だがそんな簡単なことじゃない。まったくもって文字通り「消えた」のだから。ものすごい高速移動でも、映像でもない。確かに、さっきまでそこに成実という女性はいたのに。
 これも干渉なのか。干渉というものは人をああいうふうに移動させたり消したりもできるのか……。
 「まったくもって適わないじゃないか」。率直にそう思ってしまった。
 とにかく横にいる彩夏に聞こうとして視線を下に下げると、
「ほぉー」
 まだなんか気もよさそうな顔で呆けていた。両手を頬に当ててなぜか少しにやけてる。ポニーテイルのように後ろでくくった長い黒髪を左右に振りながら、
「やっぱり成実っちのマッサージは超気持ちいい…………」
「いやいやいや」
 いやいやいや。そんなわけじゃねーだろ、いやいやいや。ていうか今まで随分大人しかったと思ったら余韻に浸っていたのか。あれはどう考えてもマッサージじゃないだろ。傍目からは女子高生のキャットファイトにしかみえなかったし。
 そんなに気持ちのいいものなら僕も是非やって頂きたいものだ。
「おい、彩夏、まぁそういう突っ込みどころはあえてつっこまねぇけど、さっきの成実の消え方。あれも干渉なのか?」
 僕は嘆息しながらベンチにどっかりと腰を下ろすと彩夏に目をやった。彼女はなぜか低く唸りながら両手で頬をマッサージするかのように摩っている。
「時津彫クンってさー、本当に質問多いよね」
「は?」
 質問――が多い。
 ……いや確かにほとんど僕はここに来てからの会話はほとんどが質問で占められているだろう。それに気づかないはずがない。
「なにを探ってるの?」
 的確。直球。
 僕はその場で硬直した。
 なんの駆け引きもなく、なんの策もなく、彼女はただただ純粋な疑問として僕に質問してきたんだ。
 彩夏は綺麗な黒髪を、両腕を後ろに回して手櫛をしながら束ねその白い整った顔を僕のほうに向けていた。表面にはなにも感情は浮かんでいない。僕はその彼女の湖のような色の碧眼に一瞬見惚れた。
 普通の碧眼よりも濃度が濃く、ただ見ているだけでその顔に当たる光によって作られるハイライトがまるで湖面に漂う陽光のように移ろいでいる。何通りも重ね合わせられる光のせいで別の色が目に見えるようだった。
 でもそれはただ僕が彼女の威圧感を感じていただけかもしれないし、彼女の指摘にただ――返答に躊躇しただけだ。
 そう、きっと……そうだ。動悸が激しいのもそのせいだ。
 僕は彼女から視線を剥がしてトーラスの外に広がる外地街へ視線を移す。まだ時刻は夕方の五時くらいで日没までには時間があった。
「別に私は時津彫クンがここに何しに来たのか知りたいわけじゃないんだよね。あんまり興味ないし」
 その言葉に驚いてまた彼女を見やる。彩夏は欠伸をかましながら細い両手両足を伸ばしてそのままだらんとベンチにあずけ、視線を上に向けていた。
 僕はその彼女の暢気な、掴みどころがない雰囲気に躊躇し心が定まらない気分にさせられる。落ち着いていたのに突然地震とか災害がやってきたような、そんな感情。
 探ってるというならもうそれは僕がこのトーラスに探るために入っているということを、核心しているから言える事だ。それなのに――。
「あれれ? なんで興味ないのかって聞きたそうな顔だね。なんで拘束しないのかって顔。理由を言うとそこは私のお仕事の範囲じゃないし、それに今の『あなた』に興味はないってー意味で、別に時津彫クン自体に興味がないって言うことじゃないから。あームクドリー」
 そんなことを言って上を通り過ぎていく小さな鳥を追って顔を仰け反らせる。
 話も半分。言うことも半分と言う感じ。
 僕はどう自分の出方を見極めたらいいわからず、ベンチで脱力している彼女に言う。
「じゃあ……俺が本当はトーラスを探るために侵入したなにかだと言ったら?」
「さあ? 私の管轄じゃないしー、別に入られても困ることないんじゃない? それとも、そんなこといって逆に焦ってほしいわけ?」
 そういう意味じゃない。
 それでそんな解釈がでるわけがない。
 それぐらいわかっているはずなのに――彩夏は全部はぐらかす。受け流し、決して相対しない。いや……本当に興味がないの、か。
「…………俺が、今ここで、お前を人質にとるか、この刀で殺そうとするかすれば、納得してくれるのか?」
 ベンチから動かず、目を彼女に固定して言う。だが、彩夏は、本当につまらなさそうに脱力していた両手両腕を戻し腕は組んで、両足はあわせた。
 一旦嘆息して見せ、伏せた形のいい瞳で僕をまっすぐ見てくる。
「――四十点ってとこかな」
「は?」
 僕が険のある口調にしても彼女は飄々と気にもせずに言葉を紡ぐ。
「私がここにいるっていうことは少なからずトーラスの軍に属してるってことぐらいわかるはず。それを人質になんて、時津彫クン、この都市と単独で戦争でもする気? それに、」
 何かの癖なのか、一旦言葉を切って片目を閉じてみせる彩夏。
「例え――そこの刀で私に向かってきたとしても、私は『抜く前に倒すことが出来る』。まぁ、例え私じゃなくても、そんなチンピラみたいな安っぽい脅し文句、あんまり言うもんじゃないわ、自分の品格を下げるから」
 滑らかにそんなことを言うと彩夏は僕に依然として視線を固定してくる。
 彼女の瞳の中はまだ薔薇色の光たちが踊っていた。さっきよりも揺らいでいるように長い睫が瞳に掛かり、その揺らいでいる表面に僕が写っているのが、わかった。
「それに、あなたは何がしたいの? 『私にそんなに自分を侵入者ってことを認めさせたい』らしい、それで?」
「――――っ!」
 体中が一気に火照るのを感じた。体の中心部にある何か黒く重いものとは別に、まるで黒い霧のようなものを口から吐き出しそうな気分になる。どの感情が今僕のもので、どの感情が今出すべきものなのか、僕は戸惑っていた。彼女を見ると本来とは違う言葉が出てきそうで思わず目を反らしてしまう。
「ちっ、違う。俺はその……」
 いや。
 ここで取り繕うのか?
 こんな少女のために?
 そんなことでここまできたはずじゃない。
 僕の様子を彩夏は万華鏡のような瞳で何も言わずじっと観察していた。
 頭を振り、息を吐く。そして長髪の黒髪少女に僕は言う。

「僕が来た目的のために法化制圧部全員を殺さなければならないかもしれないと言ったら?」

 また、疑問系で問う。
 しかし今度は彩夏は何も言ってこなかった。
 彼女は僕の言葉を受けてもまるで何もなかったかのように、凪いだ碧眼で僕の脳髄を見透かすかのように見つめてくる。
 彼女を改めてみると軍だの部隊だのと言う単語とは程遠いと思える。細く、白い四肢は年相応以上に肌が綺麗でむき出しの肩が眩しく夏の夕暮れの日差しを照り返している。長い黒髪はアップで後ろでに纏めており、艶のある髪はまるで水晶のように透き通っている。細い首筋に平均以上ではある身長、胸も平均以上で運動が出来るようにも思えない。化粧っけのない顔はそれだけで綺麗といえるほどキズ一つないものだった。
 こんな少女に、部隊以前に武器なんていうものが扱えるのだろうか。ただの女子高生にしか見えない、こんな少女に。
 僕は全てを話してもいいんだろうか。
 僕の思考はどれくらいだったのだろうか、いつの間にか目を離していたらしく、彩夏は腕を組んだままで何かを黙考していた。
 そしてただそれだけの動作だというのに、見とれるかのような仕草で少し首を傾けると、目を細め少し口を歪めて言う。
「――少し、話しましょうか」
 そう言って腕組みを解くと足も戻し、ベンチを立って僕を見下ろす。
「時津彫クン自体に興味がないって言うことじゃない、そう言ったのは本当よ」
 夕日を背中に受けて僕に体を向ける彼女はまるで火を背負ったかのように輪郭がおぼろげだった。
「私は、あなた個人に興味がある」
 そんな彼女の言葉を僕は少し呆けた表情で聞いていたのかもしれない。いや、驚いて聞いていたのかもしれない。
 そしてようやく彼女の表情は出会ってから僕に見せた、本当に優しさを湛えた笑顔だということに気づいた。

 

 

 

 

 

Do you want to know her true figure?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソラを背に。陰を前に。

 

 

 

 

 

 


 外延部は主に下層、中層、上層と区分けされており、下層は主にセキュリティ関連の施設が詰まっていて、中層は主に観光客や向けの展望台施設、レストランなどの商業地として開放されている。但し上層以上は現在Sクラスのパスでももっていないと上がれず、外延部頂上にでるとなると軍関係者ではないと無理になってしまう。
 理由は明白。上層以頂上までは全て軍の管轄だからだ。トーラスが国であると蓮杖から聞いた以上、この外延部は外部からの攻撃や侵入を防ぐ重要拠点であり、国防に大いに関わるのは当然だからだろう。
 なので、このクソ高い壁は頂上まで、千二百メートルもの高さを上るのには壁に張り付いているような紡錘状のリニアトレインか高速エレベーターで上までいくことになる。別にゆっくり階段か、自動昇降機でもいけるのだが興味が無いのでパス。しかしチューブのように何本も外延側壁上を走るリニアトレインやエレベータをみていると、最初に持った「閉じ込める」といった印象よりも「近代的な都市機能」といった開放的な印象に変わるから不思議だ。百聞は一見にしかず、というわけじゃないけど実際のところそんな国民などを拘束しているわけじゃないのだから当然といえば当然のことである。ただこういった区画ごとにパスのセキュリティがあったり、成り立ちの背景を聞いたあとではそういった先入観ができても……まぁ不思議じゃないだろ?
 そういうわけで早々に専用のリニアトレインで頂上に上がろうとしたときのこと。
 まぁ、その後も蓮杖の言っていたことについて終始考えていた。戦争だのは後回しにして「即席で自分の武器になりそうだ」と思ったからだ。
 自己臨界性限界、といった。魔技だとか魔希ともいった。全てのものは崩れるぎりぎりの状態で、一定の形を形成している。そして崩れても形成している物体は動いているから見た目には壊れた、崩れたようには見えない。そこに限界性という崩壊させる決定的な理論を持ち込むことでそれらのおかしな現象、つまり干渉とやらを可能にしている、というわけだった。
「うーん、やっぱちょっとわかりずらいな」
 肝心の限界性というのがなんだかあやふやだ。蓮杖曰く、自身を一つの生命体だの世界と繋がってるだの言っていたが、概念に飛びすぎてだいたいでしかわからなかった。音や光などに干渉するというからにはそういう区分けや分類があるのだろうが、もしそういうある特定のものに干渉したい、となればどうすれば出来るようになるのだろう?
 まぁそれは蓮杖の言う『研究』とやらで頭に叩き込んで知ることが重要らしいが。
 頭に知識いれてどうして使えるようになんの? っていうのが正直な感想。車じゃないんだから。
 ……つまり突き詰めてこのトーラス内で知れば、干渉とやらが使えるわけなんだよな。うん、つまり、たぶんだけど、限界性というものは、モノが崩壊しようとすることをわざと促進させてやることであり、それを使用して壊すのが――干渉、かな。
 あの蓮杖とも話したがIEディファインはインターフィア・エフェクト・ディファインの略称らしく直訳「干渉効果の定義」らしい。
 効果、ねぇ。何がしかが働いて「効果」を生むのならば、その仕組みは実は単純なんじゃないだろうかと直感した。効果がでるとわかっていてなぜそんなわけわからん説を知らんといかんのか。
「ふーん……」
 僕は嘆息してから自身の右手に眼を落とし、握ったり開いたりしてみる。この目の前の手は実は今でも空気中に拡散して、さらに空気中から手の構成成分を取り込んで、見かけ状、ただの手になっている、ということなのだけど。
 物質と空間に干渉して『持っている限界性を壊す』とあいつは言った。自分が臨界の状態であればその限界にたどり着けるとも言った。
「んー……」
 そもそも人体の構成物質が拡散なんかしやしねぇだろとは思うのだが、とりあえずイメージしてみることにした。方法なんぞわかったもんじゃないが、想像するのが一番だろう。眼を閉じて、刀を振るう前の禅道へ入ったような、気持ちに落ち着ける。順番待ちの人の列の中、自分だけ上に見える空へ向かって顔を上げて。
 骨や筋肉、皮膚が拡散していくのを、崩壊していくのを創造し、それらがあらゆるものに還元されてまた戻ってくる。そんな夢想を広げてみる。
 そう考えると、自分自身が、他人へと「入っていく」という感覚はわからないでも――
 唐突に。
 急激な変化。
 急転直下。

 ――誰かに声を掛けられた気がした。

 僕は、『驚愕』して、思わず後ろを振り返る。眼を世話しなく動かし、周りの風景から空の様子まで「眼に入れないと駄目であるような」そんな強迫症状に似た行動に出ていた。
 奇異な行動であるとはわかる。理屈では了解できる、だが。そうせざるを得なかったとしか言いようがない。
 後から考えれば羞恥この上ない行動だったがこの時の僕は体の奥から湧き上がる、何か、なんというか不安感を払拭するためにそんな行動に出ていた。
 当然周囲の乗車待ちの客は不審げに僕を見つめ、その目線でようやく自分は何をやっているんだと認識できた。
 リニアトレインの乗車場所は落下防止の自動開閉ガードレールがついた普通の電車のホームのような場所だ。特性上、壁に向かって外に設置されているところを除けば。
 先ほどいきなり来た不思議な感覚に焦燥を覚えながらも僕は曖昧に周囲へ笑みながら頭を振って前を――

 また、来た。

 今度は明らかに、露骨に――身体に来た。何かに呼ばれるような、引っ張られるような感覚の後に、立ちくらみ、耳鳴り、動悸の激しさ、冷や汗、嘔吐感、悪寒、両手の振るえ、それが一気に来た。
 言ってみれば一気にいきなりインフルエンザと熱中症になったような感覚だ。平衡覚、感覚、回転覚があやふやに、自分が立ってるのか浮いているのかさえの境界すら判らなくなってきた。
「――ぐっ!」
 今後はさすがに思わず呻き声が口から漏れる、立っていられず、片膝をついて右手を地面につける。
 この手に触れている感覚すら熱いのか冷たいのか、ここにいる自分は自分なのか他人なのか、そもそもこの思考自体一体なんなのか、もはやそれすらもわからなくなってきた。
 曖昧亡羊。
 感覚が、境界が、輪郭が限界――だった。
 その時。
 手が、なんの前触れもなく重力を失った。いや失ったわけじゃない。支えを失ったというのが正しいのだろうが、もろもろの身体症状のせいでそれすら判別出来なかった僕にはそう思えた。
 だがそうじゃない。

 地面についた右手が――地面にめり込んでいたのだ。

 まるでそれが当然のかのように、最初から僕の右手が地面とセットだったかのようにただその様子がそこにあった。右手首から先から、下が。めり込んでいるというより地面がその部分だけ液状化して僕の手首がただ入っている、沈んでいるという体だ。
 だがその時の僕はぐらぐらする頭と身体を維持するのだけでいっぱいいっぱいでその現象をただ驚きながら注視することしか出来なかった。身体の変調のせいで周囲の音が遠ざかっているように感じられ、自分だけが狭い空間に閉じ込められたような錯覚にすら感じられ、場所はどこだ? という疑問すら湧く。
 ふいに。
『大丈夫ですか?』
 そんな声が聞こえてきた。背後から。むしろ前後左右すら確認しようがないのになぜか背後からと判別出来た。
 ああ――後ろの人が心配して声を掛けてくれたのだろう、そう僕はうっすら思った。そしてその『声』を契機にのろのろとした動作で地面にめり込んでいた手首をゆっくりと引き抜いた。感じた感覚は皆無。そこは何もない空間で、地面じゃないんじゃないかと思ったほどのあっさりしたものだった。
『あの、本当に大丈夫ですか?』
 その声でどうやら声の主は十代後半の女性とわかった。異常に頭に響いて聞こえるのは僕の身体の異常のせいだろう、その優しげな声も一音一音脳髄と頭蓋に響く。
『大丈夫。しっかり気を持って』
 その声の主はそう言って、僕の肩に触れた。いや、触れたような感触を受けたといったほうがいい。依然僕は身動きできず感覚麻痺に陥っていたのだから。
 なのに。その主が『肩に手を置いただろうという圧力』はなぜか判った。

 瞬間に。目の前が開けた。

 呼吸が正常に戻る。色彩が戻る。重力が身体に圧し掛かってきた。地面がわかる。周囲の喧騒や視線、雰囲気も感じ取れる。
「――!」
 思わずその場で顔を上げた。身体は正常。何も悪くない。さらに場所は……電車のホーム、だ。
 今更ながら冷や汗がどっとでてきた。震える手で額の汗を拭きながら、両手で顔や身体がちゃんとあるかどうか確認するかのように、異常がないかせわしなく弄る。
 な、なんだったんださっきの。まるで別の空間に飛んだような、夢に落ちたような。言葉に出来ないものをまさに身体中で体験した。一気に窮屈な、逆になにもないとても広大な場所に放り出され、そして一気に箱のようなその場所から開放された気分だ。
 名状しがたいこの嫌な気分。呼吸法で気分を整え、震える手を両手で包みながらゆっくりとその場で立ち上がった。
 まだ動悸は乱れ、振るえと汗は止まらないが先ほどまでの身体の異常は不思議なまでに何もなかった。幻覚、いやあそこまで『リアル』なものは体験したことがない。久世さんの比ではないだろう。そこから自分だけが移動したような、逆に僕に向かって何かが来たような。そうすると誰かが僕に攻撃を? いやそんなメリットは「今のところ」なにもないはず、なのに。そもそもこんな精神だけを攻撃なんて聞いたことがない。
 そこまで考えてようやく先ほど肩に手をやってくれた後ろの女性のことを思い出した。
 この体調の回復。異常を回避してくれたのが彼女のような気がしたからだ。
「――あの、」
 振り返ると、女性が、いた。だが。「肩に触れられるような位置にいなかった」。
「あ、」
 僕は少し絶句して、ようやく冷静に思考する。電車待ちの時にいきなり前の人が苦しみ出したらそれは慄いて引くだろう。まして女性なら。周囲を見渡せば僕を中心に二メートルぐらいの輪でき、乗客だろう彼らが奇異の目を僕に向けて見ていた。
 真後ろにいた彼女も同じように僕に恐怖と、好奇心の目を向けてきていて自分にその当人から視線を送られているためかかなり怯えた表情になっている。
 ブラウンの膝上チェックスカートに同じデザインのブラウス、胸元には赤いリボン。それにローファーに学生鞄を持った見ただけでわかるどこかの女子高生だった。変わっているといえばその制服のうえから白衣を着ているというところだろう。
 ティーア系ではないらしく、茶色の瞳、艶のある黒髪をセミロングでたらし童顔の顔は嫌らしくなく薄く化粧をしていた。全体的に大人しそうな可愛らしい普通の女子高生という印象。
 当然彼女は約二メートルも僕と距離が開いているため、「僕の肩に手をおきようが無い」。だが僕は確かに、後ろから――
「あ、あの」
 ふいに、その女子高生から声を掛けてきた。この外延部から頂上へ上がる待ち乗り場は大変広いホールになっており、飛行場のロビーのようになっている。遠く離れている外との扉の上は広い採光窓が何十にもあり、そこから外延周辺の高いビルや高速道路が垣間見えた。
 出発アナウンスや先そぐ喧騒のその一角。どうやら僕は彼女を監視するかのように見ていたようで思わずあちらから話しかけてきたという具合だろう。
「た、体調、どこか悪いんですか?」
 たどたどしい、高音のソプラノで僕に問うて来る。その間も周囲を世話しなく気にしているところを見るとかなり人見知りするようだ。「なんでこんなことを私がしなくちゃいけないの」、というのがありありとわかる。
 そしてその声で、先ほどの女性とは違うということがよくわかった。僕に声を掛けてきた女性はもっと大人の女性のような落ち着いた声音色だったからだ。目の前の女の子とは全然違う。
 それに……若干なんか涙目だし。僕そんなに異常者に見え――るよな。一旦深呼吸して息を整えてから声を出す。
「あ、いや……たいしたことないよ。ごめん、なんか驚かせちゃったみたいで。ちょっと、気分が悪くなって」
 そこで僕が苦笑に近い空笑いをするが、彼女の表情は依然凍りついたままで笑おうとしているのか頬がひくひくしている。なんだか物凄く罪悪感が生まれるのだが……どうしようもないだろこの状況。下手に説明でもしたらさらに誤解を招きそうだし、彼女だけにするっていうのも変だ。
 未だに先ほどの事態とこの状況をどうすべきかと迷っていたところ――おかしな様子の人が目に付いた。
 遠くロビー入り口付近にいた黒尽くめの人物が二人、今にもこちらに飛び出そうとせんばかりの物腰で僕を注視しているのがよくわかったからだ。
 彼らがコンコース付近で、改札を挟み、群衆を挟んだ上で、さらに百メートルは離れているのに僕にわかったのは彼らのその雰囲気と格好からだ。
 二人連れで一方は背が高く、もう一方は一般女性ぐらいに低い。高いほうが僕ぐらいあるだろうか。二人ともしたには服をつけているだろうが上に黒いフードつき外套を羽織っていた。外套の表面は白い幾何学模様でそういうデザインなのか余計際立って見える。
 おそらくもう一方の女性らしい人物は薄手のフードつきパーカーに、下も黒いロングスカートのようにも見えるものを穿いていて隣の男性らしき外套と同じような模様が刺繍されている、見間違いようが無い格好だった。
 男はまるで外套の中に隠し持っていた何かを僕に向けようとしているかのような低い腰の体制でこちらを見て、女性はまるでパーカーの腰あたりにある何かを両腕で僕に向けて何かしようとした瞬前で止まった、という事情にように読み取れなくも無い。
 しかしそんなふうに観察できるのはそこまでだった。僕に気づかれた、というか僕に見られたという感じでゆっくりと二人とも直立不動になり、そのまま扉をくぐって外に出て行ってしまったからだ。
 だけど、もっとおかしなことに。誰もそんな奇異な格好の二人組みには目もくれず、まるでそこにいて当たり間のかのように人々は通り過ぎていくことだ。
 すでにいなくなった黒尽くめの彼らを遠く見つめながら僕は、今更ながら呆然とそこを見つめていた。
 なんだったんだあいつらは。明らかに「僕だけに敵意を向けていた」のはわかったが、なぜ僕なのだろうかということだ。
 情報が漏れたかばれたか。それとも別の事情か? 両人ともにフードに顔が隠れて相貌は確認できなかったが、あのまま行かして良いものではなかったような気がした、が後の祭りはこのこと。
 その事情についても、思い当たることはある、つまり僕が今さっき会った変な「現象」のことしか思いつかない。どうやってか知らないがあの二人は何かの事情であそこにいて、それで変調をきたした僕に反応した、ということだろう。尾行の類は僕は早急に気づくのでこの場合無いと考えていい。
 ではなぜあの二人は「どうみても攻撃を仕掛けるような姿勢をみせたのか」。それが問題だ。
「…………」
 やはり情報が足りない。自分で推測するにしてもまだトーラスにきて数時間の僕にはわからないことだらけだ。それこそ蓮桐にしこたま聞くしかないだろう。蓮杖とは……やばい、よく考えたらトーラスの成り立ちと臨界の話以外全部雑談じゃねぇか。仲いいよなぁーあいつと僕。はははー。
 とか、そんなあたりまでぼんやりとした風で遠くを見つめていた僕は先のソプラノの声で現実に引き戻された。
「えっと、本当に体調が悪いようでしたら医務室までご案内しましょうか?」
 そして僕がようやく目線を戻すと、先の女子高生が僕の目の前にまで位置していた。どうやら例の黒尽くめの二人を観察しているうちに周りの乗客達はすぐに興味を失ったらしく、先ほどの僕を取り巻いていた輪が無いにしろ列に並びながらチラチラと好奇の目を向けてくる程度だった。目の前の彼女にしても恐怖などすでに通り越して本当に心配してくれてるらしく綺麗な相貌を悲しげに歪ませていた。
 随分と順応性のある住民だなぁ、と率直に思う。偏見かもしれないがまぁそれもこれもここが軍関係施設ならば、この程度のことは日常茶飯事で驚くにも値しないからかもしれない。
 僕は自分の体調を俯瞰してみたけど、少し動悸が早いだけであとはどこも異常なし。いたって正常。
 そこで差し障りない、人当たりがよさそうな顔を作って彼女に言う。
「心配ありがとう。でももう大丈夫だから。俺、ちょっと貧血持ちで時々酷い時があるんだ。でも今増血剤飲んだから問題ないよ」
 スラスラと嘘がいるっていうのもなんか考え物だ、と思う。だって後からのフォロー面倒だし。とはいってもこの彼女とはもう会うことはないだろうし。
「そ、そうですか? あ、あの物凄い変、だったので。いやおかしいというか、奇妙? 奇抜? というか。本当に、大丈夫ですか?」
「…………」
 いや、確かに「変」だったのは認めるけどさ。
 そこまで言われるといろいろ僕のアイデンティティが傷つくというかなんというか。彼女なりに普通じゃなかったことを察しているのは凄いと思うけどなんか言葉攻めにあってるみたいだ。
「ですから医務室行きませんか?」
「……えーと」
 心遣いは大変痛み入るがその流れだと「あなた変ですから病院行きましょう?」ってしか聞こえない。そんなことを意図して言っているわけじゃないんだろうなこの子。見るからに人良さそうだもん。
 彼女は仕切りに耳にかかる髪を掻き揚げて僕の反応を待っている。さてと……。
「いや本当に大丈夫だよありがとう。それより君しっかりしてるね、学生さんなのに」
「はい?」
 僕の言葉に凄く不思議そうに彼女は首を傾げた。
 おっと。無難な会話に持っていって終わらせようとしたのにハズレ踏んだか。
 彼女は周りの乗客と同じように首からパスを提げていて、僕はそれをそれとなく見た。「行政庁第四区自然管理――」まで読み取れたが後は別の理由で観察するのが無理だった。答えは単純。首から提げているなら当然、胸にぶら下がっているということで、つまりそれは彼女の胸にあるということで。
 うん、そういうことだ、そういうことなんだよ。あんまり思考するとおかしな方向にいきそうなのでそろそろ自重したい。彼女は百五十センチ後半の平均以下の身長なのに胸は平均以上なのでこれ以上おかしな行動をしていると本当に変態になりかねない。
「そういうお兄さんは法化の方ですよね? 制服が随分と新しいようですが……。パスは本当に首に提げないんですね」
 ふーん……。 法化ってそんなに有名なのか?
「よくわかるね。まぁ、制服が新しいのはまだ新米……だからだけど」
 そもそもこのスラックスにデザインに凝ったワイシャツが制服であるなんてさっぱり忘れていたけど。ていうかパスそういえば提げないで今まで全部セキュリティ通ってきたな。この子に言われて初めて気付いたけどなんでだろ。まぁいっか。
「ああ、いえいえ、えっとその、法化の方たちが頑張っていらっしゃるのでここは平和でして、えーと……で、ですからその頑張ってくださいと、その、ちょっと声を掛けた感じでして」
 そして今度は困惑気味に微笑む彼女。物凄い口下手だが、まぁつまり法化に対して何らかの恩義があって御礼とかいいたいとかそんな感じだろう。なるほど。ならこの状況で声を掛けた理由もわからないでもない。まぁ事情は突っ込まないけど。
 ――この子も、本当のこのトーラスの事情は知らないのだろうな。
 私たちは被害者であり、他人に守られ、また守っている存在だと。そう卑屈に考えなければならない。それは……知らないほうが幸せなのか、それとも不幸であるのか僕でも解らなかった。
「頑張ってるって言うか、俺はまだなにもしてないんだけどね。頑張れるように努めるよ」
「へぇ! やっぱり新参は違いますね!」
「やっぱ狙って言ってる? それ狙ってんの? 本当に、ねぇ?」
「は、はい? ふぐっ、ええ?」
 両手を合わせながら嬉々として話していた彼女はすぐに涙目になってしどろもどろになる。
 ナチュラルに毒舌言うのかこの子。しかも人見知りに口下手。すげぇやりにくいな。蓮杖の比じゃない。とりあえずこの機会だから試しに聞いてみることにした。
「あー、えっと。その俺たちが使える干渉ってのあるじゃん。それ知ってる?」
「知ってますよー! あの魔法みたいなのですよね!」
 言っちゃった。
 俺でも思ったけど言っちゃだめだと思ってたこと言っちゃったこの子。
 魔法って言っちゃった!
 確かにそうだけどさぁ、臨界性を魔法とかファンタジーでファンタスティックなこと言っちゃったら、それを科学だと信じて使ってるあの子達が馬鹿みたいじゃん。でも信じる事柄ごとに違うからそうでもないかもしれない。魔法と信じて使っても、自己臨界性限界現象と信じて使っても、それは――どちらも同じだ。
 ただ、信じる基準が違うだけ。
 言葉の相違なんてどうでもいい。そういうことだと思う。
「こう、いろんなことを何の機械も使わないで凄いこと出来ちゃうんですよね! いいですよねぇ、私も使ってみたいです魔法」
「魔法じゃなくて干渉ね?」
 魔法みたいなもの、が魔法になってるぞ。残念ながら自分にマジックポイントがあるかどうか僕も知らない。
「ああ、あう、ふぐぅ、す、すいません。よく言動が迷子とか言われてるんで。良く間違えちゃうんです。すいません」
「……いや、そんなに謝らなくていいよ」
 ちょっと引いた僕。言動が迷子とかひどい言われようだな。
 依然として彼女は指摘されることによる間違いを異常に恐れてるようにも見えた。ただの馬鹿な子にもみえなくもないけど、理知的な可愛らしい顔(今は泣き顔で潤んでいるが)からしてそれは無いだろうと思う。愛玩動物みたいな子だという印象は僕の中で依然変わってない。ていうか相変わらず無駄に人と接触するなぁ。
 ふと、僕は少し疑問に思ったことを口にする。
「あのさ、『私も使ってみたい』とかさっき言ってたけど、このトーラス内で干渉使えるのって法化の人だけなの?」
 そう自分で言っていてそこでようやく気付いた。そう言えば久世さんが「法化制圧部のみ全員使える」的なこと言っていたな。あの時「持っている」だのなんだの言っていたが、この干渉の理論を知ってるかどうかの問答だったのだろう。
「え? そうですよ。私たち一般人が干渉に関して理解しても使用できないのは当たり前じゃないですか」
 そう言って冬の晴れ間にあるような暖かい笑顔で見てくるものだから、少し言葉を繋ぐのに躊躇した。
「あー……、そうなんだ。俺さっき言った通りここ着たばっかりでさ。一般人っていうのは、法化以外のティーア系も含んでのこと?」
 目の前のこの子はどうみえも日本人だから、ティーアはどうなのかということなのだが。
「ええ、一般のティーアの方々も使えませんよ。そもそも理解できませんし、理解できても使えないんです」
「へぇ――」
 それは、どういうことなのだろうか。同じティーア系であるのに法化に属する者だけが使えてしまうというギミックにはなにか意味が、あるのだろうか。そうすると蓮杖が言っていた「エリート」という言葉もわからないでもない。ティーアがティーアより抜きん出る方法、といったか。それがこれなら納得がいく。干渉という、言ってみれば巨大な武力を法化制圧部という組織は独占しているわけだ。そこに配属されるということはそれなりに厳しい審査と基準をクリアしなければならないはずだろう。それを持って蓮杖は「エリート」といったに違いない。他の人が使えない物を、使えるようになる。
 だがそうするとさらにおかしい。
 なぜ法化制圧部しか使えないように意図的にしているか、ということだ。
 意図的なのか偶発的なのかはまだわからないが今の現状を見てそう考えて差し支えないだろう。いや、そもそもどうして使えるのかは法化の連中もわかっていないのかもしれないが、制限する方法を知っていると見ていいだろうからある程度は知っていて、あとは手に持て余している、ということか……?
 そんな黙考している僕に目の前の少女はことさら不思議そうに首を傾げてその僕の様子を見守っていた。きっと僕が考えをやめるのを律儀に待つつもりだったのだろう、だけど、少女は「あ、」と声を上げた。
「もう電車来ちゃいますよ。はい、前ちゃんと向いて並んでください」
 意外にはきはきとした言い方で僕を嗜めると、強引に僕の身体を引っ張り前を向かせる。先ほどまでのものじいしていた態度がおかしな程積極的な行動だなぁ、と思っていると電車の到着アナウンスがホームに鳴り響き聞こえてきた。
 そして。僕は自分の右手をもう一度見て。もう一度握って。
「……この感覚も六年ぶりだよな」

 

 

 

 

 

 

Do you not take a short break?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガソリンめっさ高い・・・。もうトランプさんが中東と喧嘩するから・・・・。

 

最近ようやく4月1日から治療していた右手中・薬指のバネ指がなおりましたが、なぜか左手薬指腱鞘炎がながびいているwまぁそんなにひどいってもんじゃないけどなんでだろう・・・。こっそり仕事してるかしら?

最近十数年やってたガーデニングがそうじて?ハーブの集りを通じてハーブの栽培・販売を始めましたっていうことでここでそういうステマはしねーけどねwwあくまで趣味でね趣味。なんつーか、趣味仲間に合う口実みたいなもんで利益は5の次。

 

しかしハーブ。雑草のごとくはえるこれとは飛翔昆虫キンイとかからはじまったなぁ・・・コンパニオンプランツとか自分で植えてみたりね。

あ、そうそうこういうのも結構小説でつかえたりするわけですよ薬草とかね?名前かえてね?www

 

最近は近所の農家の方とお知り合いになって、害虫(主にカメムシ)のために山ごとハーブにしねぇ?とかはなしてて実現しそうでこわいwまぁそれもたのしそうだけど。ミント系いいよね。

 

さてー5月ですが、ようやく薬の薬疹が?なおりかけ・・・なのかなぁ・・・あと関節の炎症で明日慢性疼痛外来でリハビリしてきます。はよまた剣道したい。

と、まだ小説のお仕事は制限かかってるるる~w

 

 

 

 

僕と君が一緒にずっとずっと、いつまでも一緒にいられるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                         *

 

 

 夏の西日は結構暑いと新副都心では記憶していたけどここはそんなほどでもない。陽に当たると確かに暑いが涼しい風が午後になると終始吹いているし湿度が高くないからだろう。海風かそれとも単純に海に接しているからか、まぁ僕にとってはどっちでもいいのだが今日はかなり濃すぎる体験を朝からずっとしてたので早く宿舎とやらに帰りたい気分。だけどIDカードを渡す人物はまだ二人残っている。
 あっさりとまぁ、受け取ってさっさと去っては見たものの、なんだか名残惜しいといえばそうである。蓮杖、久世さん風に言えばマツとはずっと話していたい気分だった。そんな気分になるのもきっと僕が彼女に懐かしさを感じているに違いない。


「自己臨界性限界っていうのはそのまま、自分の臨界性が限界まで達している状態のことを言うんですよ。さらにこれは自己組織化臨界という基礎理論に基づいているですねー」
 そう蓮杖は言った。
 なんだか人を殺せそうな厚さの物理学書か医学書の適当に開いたページの文章を棒読みにしたような台詞を言われてもさっぱりなんだが。
 そんな呆れと疲れの半々が入り混じった僕の顔を知ってかしらずか蓮杖は昼食の客が少なくなった店のへと入っていくと数十本のスティックシュガーと小皿を持ってきて僕の前に座った。
「見たほうが簡単だと思いますのでこれで説明しますねー。ザザーっと」
 蓮杖はスティックシュガーを小皿に何本も開け、小皿の端一杯になるまでのちょっとした小山になるぐらいであけるのをやめた。
「はいはい、これが自己組織化です」
「…………」
 ふーん、さっぱりわかんねぇ、よ。
 砂糖の山がどうしてその、自己組織? 化? とやらになるのやら。
 僕の疑問を鼻から誘う演出だったらしく、蓮杖はこれ以上ない得意げな顔で説明を続ける。
「この砂糖の山は、この状態で完成されているんです。逆に言えば『なぜ砂糖を落としたら山となったのか』と考えるとわかりやすいです。重力やこの小皿の面積にもよるわけですが、この砂糖にさらに砂糖をたらしていくと当然、皿の端の山肌から砂糖は崩れていきますが『形は変わりません』。このことから、この砂糖の山は自己の組織化、つまり形状を一定に保つことが出来ているわけですね」
「…………ふ、ふむ、なるほど」
 そう言う考え方か。
 見方が違うというか、視点が違う。
 自分が作ったわけじゃなくて、その砂糖は最初からそうなるように成っただけ、とでも言い換えればいいのか。いくら砂糖をたしたところで小皿があるせいで大きくはなれず、端からこぼれるが、形状は一定。
「そしてこの砂糖をたらし続けていくけれども大きさはかわらない。だけどこれは止まっているわけじゃないんです。砂糖が山からこぼれていくことによって成り立っている、連鎖的、動的な『静止状態』なんです。もっと簡単にいうと砂糖さんの粒粒が次々と、入れ替わり山の構成をバトンタッチしてるって感じです」
「じゃあ……こぼし続けていっても見かけ状、静止しているその状態が、自己組織化臨界?」
「そうですねー」
 そういってまた砂糖を山に加え続ける蓮杖。小皿の端から砂糖はこぼれるが山の形は変わらない。しかし所々で雪崩がおき、崩れたりする。
「こんな感じにいつ崩れるかもわからないのに山が形状を一定に保ってるというのが、自己組織化といい、でもその形を保っているのは加わる砂の動的な流れ、動いている砂糖の粒のおかげで辛うじて安定していて、『いつ崩れてしまう』ということが可笑しくない、というのを臨界状態にあるって言います。あわせて自己組織化臨界っていうんですねー」
 はぁー。
 まぁ、なんとか理解は追いついた。つまり物が動き永遠ループしてなんとかそういう現象とか形を保っている状態のことをいうんだろう。
 例えばこのトーラスの外にある海の波。高い波は水で構成されているがいつか崩れる。水は動き波を形成しようとするが必ずは崩れる。そのとき、臨界状態は終わる、とでも言えばいいのだろうか。
 動きのある物体がなんかの形を形成して、それを危うい一本の綱の上でぎりぎりの状態で保ってる、そんな感じだろう。それこそ皿回しながら綱渡りするサーカスの雑技のような。(合ってるかどうか解からないが雰囲気はこんなもんだろ)
「これはいわゆる核分裂とか、また人の動き、株式、その空間の歪みや構成、さらには人間の脳波とかの内部の活動にさえ当てはめられるものなんです」
「そりゃ……。ああ、まぁ確かにそうか。株も動いてそれを形成しているし、人の神経とかもそうだな」
「この自己組織化臨界現象はただの理論にすぎないですけど、それを実戦応用できるようにしたのが、自己臨界性限界です。大体通称、臨界とか自己臨界性とかいってますよー」
 まったくもってぶっ飛んだ理論だと率直に思うけど、それが実際にできているならそれは本当なんだろう。
「んで? その自己臨界性ってのも結構複雑なわけなの?」
「いいえ。もっと簡単でシンプルです」
 そういう蓮杖は、さっきまでの屈託のない笑顔ではなかった。何か、そう、何か確信的なことを伝えようとしているかのような表情だった。
「人や、物、時間、空間、概念、主義、主張などなどこの世における全てのものは『組織化』されていて、すでに臨界状態にあり、限界性をもうとしているという考えです」
 持つ、ではなく、持とうとしている――
「その方向に向かっているなら、ちょっと後押ししてあげるだけで限界性を持つことが出来ます。そうすれば様々なものを分解し、様々なものに干渉し、様々なものを構成したりと、不可能事象を可能事象へと変換できるんですね」
 そういう蓮杖はまだ僕を見る視線はきつい。
「ですから自己とは世界。または自分。またはこの時間、空間のことです。『そこの限界性を後押しできればその事象が可能になる』。突き詰めて言えばそういうことになります」
 蓮杖は言う。その――確信したような目で僕を見ながら。何かを信仰したような、何かを振興するかのようなその幼い口調で僕に言う。
 さすがに、だけど声には出さないけど僕は何かがおかしいと、今更のように思った。何かが、ではなくて蓮杖がというか……なんというか言語に出来ない違和感がある。
「『人は死というものへと限界に向かっている』ということいえば解かりやすいかと思いますけど、つまり――これは限界性、臨界性を出すまでもなく、殺人事件を引き合いに出せば、殺された人、それは『限界性を早押しされた』、殺した人は『その人の限界性を早押しした』ということなんです」
「ん……、まぁ理屈だとそうなる、かな」
 ていうかそのリアル十二歳の容姿でそういうこというかなぁ……。別に咎めはしないけど奨励はしない。話の例え話に殺人とかなぁ。それ、普通なのかなぁ、うーん。
 だから――、と蓮杖は言葉を繋ぎ、その場で細い手を出して何か、そこの空間にあるような、ただ手を振っているだけにしか見えないがそんな仕草をすると――
「…………っ!」
 さっきは聞こえなかったが耳障りな音がしたような気がした。なんというか鼓膜、いや、脳に届くような音。ほんの一瞬だが。
 そしてその『何もなかった空間に』先ほど霧散した雪の結晶のようなものが見え始め、蓮杖の手のひらにそれを形作っていった。まるで手品の域を超えた武器の自動生成を見ているみたいだ。周囲の空間から見えなかった極小の物体がどんどん大きくなり、その「形」へと昇華していく。
 そうして、数秒にも満たない間。蓮杖の小さな掌に現れたのは柄も鍔も何の遜色ない、ただの果物ナイフ、だった。
「……」
 そしてただ僕は二回目だけど驚きで声も出ない状態。いや、慣れろとかそういう問題じゃなく、なんにもないところから何かを出して見せられるって言う行為自体がおかしくて常識がついていかないんだ。
「こんな風にここにあるだろう物質と空間に干渉して『持っている限界性を壊す』、というか溢れさす……、というか破綻させて誘導してあげるとこのように物が出来上がるわけですー」
「――んんん?」
 ちょっと、まてよー、ちょっとまてよ……。なんかすげぇもっともらしいこといわれたけどなんかやっぱおかしい。つまりあらゆる、全てのものに強制的に干渉して分解だの構築だのして現象起こすってことだろうけどそれはおかしい。
「いやいや、なぜそうなるの? 先の理屈はいいとしてそのナイフはどうやってできたの?」
「んー? ですからぁ、私は粒子線に干渉してるんです。窒素や水素などの空気へ当たる様々な電子、陽子、中性子線に干渉してそれを壊し、固定してるわけです。足りない物質は見えない埃とか下の石畳とか色々ありますからそこからー」
 いや、待て待て待て。なにそれ。おかしいじゃん。
「じゃなくてさ、どうやったらそうなるの!? 簡単に粒子とか言ってるけどそれってえーと、目にみえないんだぜ? どうやって操作してるの?」
 なんだかオウム返しのようになってしまった僕の質問にことさら不思議そうに、当たり前だと言わんばかりに蓮杖は答える。
「いえ、ですからそれはまずここ」
 そういって金髪である彼女の頭部を指差す。
「自身が見出した理論とか研究結果とかを持っていさえすれば可能なんです。私の場合、この手袋と腕輪が干渉体になって補助してくれてますけど、ベテランさんになると何のモーションもなくできちゃうんですよー」
「えーっと、あの……」
 答えに窮する。いやもう言葉もないよ。わからん。
 理解、すればできる、だと? 粒子だぞ? なにもないところから物体を作るんだぞ? それをただ理屈をわかただけでゲームの技みたくできるのは、いやもうなんつーか考えるのが馬鹿らしくなってきた。
 だが現実に出来てるんだ。それはわかるでもその理論が……。
「だから理解している粒子線を、どうやってその干渉体を使って事象を起こしてるのかってこと」
 蓮杖はくしゃみがでそうな小難しいそうな形の良い顔を歪ませながら言う。
「いえ、ですからそういうことが出来るのが干渉であり、魔技であり、魔希であり、ティアグルレンスなのですよ」
「うーん、と」
 まいった話が通じない。
 蓮杖は困ったように少し唸ると、
「んー、そうですねですから簡単にいっちゃえば、光とか熱とか、そういう理屈、仕組みをわかっちゃえば、使えるようになるんですよ。自己臨界性限界は自分が臨界の状態であればその限界にたどり着けるっていう意味でもあるのです」
「自分が臨界?」
「この世界で自分が一個の生命体であること、そして世界の入り口としてただ存在しているということを理解しなくちゃならないんですけどね」
「この世界……っつーか、え?」
 ますますわけが……。
「じゃぁその自分と世界とはどことつながってんの?」
「さぁー? それはわかりません」
 ………。おいちょっと。
「でも、出来ないことを、出来るように出来る。それでいいじゃないですか。私たちは――法化をそれをもって治安してるんです」
 出来ないことを。
 それは傲岸不遜な彼女にも言われたことだ。あの時はただの持論だと思っていたがどうやら共有の認識らしかった。蓮杖は、本当にゆるぎなく、先ほどからそれを信じており、逆に理解できない僕のほうがおかしいような困った態度をとるばかりだった。
 いや、それ以上に――
「エネルギーは干渉時に発せられるものを使用して、干渉した事象をもってありえないことを起こす、んです」
 その蓮杖は会ったときとなんらかわりない。本当に、なにもかわらないその表情と態度で僕に言う。
 確固たるその信条を。
「理解できなくてもできる科学みたいなものです。信じるものは救われるんですよー」
 そういってあどけない笑顔をもって僕へ微笑みかける少女。
「やっぱり時津彫さんて面白いですねー」
 そう、この違和感――。なにかが食い違っているような、なにかが嵌っていないような感覚。
 彼女は、僕とは違く、普通のこととして――信条や信念などではなくて絶対のものとして信じている。絶対を普通のことと認識できるぐらいの日常で過ごしてきている。
 そんなものを理解できるはずもないし、論破できるはずもない。
 そう、彼女と僕は、違うのだから。
 信じているものが違うのだから。

 閑話休題。
 別に僕がそんな蓮杖がおっかねぇみたいなことを思っているように見ている限りじゃなってしまっているが、別にそういうわけじゃない。ただああ、こんな子もいるんだなぁーと思っただけの話だ。他にいえば二時間ほどアホでどうでもいい雑談を鑑みるに、その干渉の講釈の時間以外はいたって普通だった。
 例えば。
「蓮杖、お前さ、友達いないっていってたけど本当かよ」
「え? なんですか急スピードに」
 うーん、それはなにかのボケかそれとも比喩か? 表現的にはあってはいるが。ほんの数時間だが話しているうちにこの蓮杖とはそんな気心しれた旧知の仲みたいなやりとりが出来るようになってしまった。
 旧知というか僕的に窮地なんだが。いいのかなぁこんな子と和気藹々やっちゃってさ。ま、いいけど。
 蓮杖は得意げに黒い長手袋の腕を組むと、髪のさきっちょが紅になっている金髪を揺らしながら僕を見た。
「こんな言葉知ってますか? 『にくきもの、急ぐこともある折りに来て長言する客人』」
「………」
 なんだよ。こっちが質問してるっていうのに。なんかの古文か枕かだとは思うけど。最後の「まろうびと」って何だよまろうって。字じゃないから余計わからない。
「さぁ? 寡聞にしてしらないけど雰囲気からして急ぐのを止められるのは腹が立つ的なことか?」
「いいえ、意味は『急ぎの用事があるときにやってきて長居する客は憎い』」
「ちょ! 俺、そんな不快にさせることやった!? あれ? ていうかお前急いでたの!?」
 というか僕は客だったっけ……。ん、それこそ比喩か。
「いえ全然急いでいませんよー。ただ乙女にそんな質問するのはタブーだということを骨身に染みて教えてあげようとしただけですー」
「色々親切でありがとうだけど乙女だろうが男だろうが関係ないからな」
 それにお前が骨身に染みてどうする。なんか逆に厭らしい言葉になっちゃったじゃん。骨身。
「当然いますよ! 失礼ですね! 中央から出られなくてこういう商業街で警備にかこつけてバイトの子とお話するしかないこの私にお友達がいないわけないじゃないですか! 絶無の時津彫さんとは一緒にされたくないぐらいのものです!」
「いきなりなんの脈絡もなく逆切れ気味に話戻してんじゃねぇよ! ていうかそれっていねぇのと同じだろうが! あと俺にも友達いるよ! 絶無ってなんだよお前! いよいよ文脈がわからなくなってきたわ!」
 自虐で切れるって言うのもある意味新鮮。しかし僕と蓮杖を対等にしていただきたくないな。
 ……いるよ? 友達。
「ふーん、確かにほとんどいないですけど中央の大人のみなさんとか、第六区の高校の同級生とか結構いるんですよ」
「へぇ」
 そういえば。
 中央ってさすがに入ったことがないんだが、中身はこのトーラスの中枢が集中した未来都市みたくなっているそうだが。
「二年前のことですが、中央一区で当時の理事長にお会いしたとき、『祀ちゃんの名前ってなんだか賑やかな感じだよねぇ。祭りみたいな。そうだ、これから祭りちゃんって呼んでもいいかな?』って言われてお友達になったんですよ。それから議員の方たちからしばらく『祭りちゃん』で通ってましたからね。でも今ぶっちゃけると嫌いな呼び名だったので真似しないで下さいね」
「…………うん、いろんな意味で凄すぎてさすがに突っ込めねぇわそれは」
 理事長、十歳の少女になしてんだよ。確か中央会、だったか。
「それで、なんで友達がいないなんて話題振ってきたんですか?」
 振り出しに戻る、っていうか蓮杖はこうやってしきりに変な方向にかき混ぜて遊ぶのが好きなようだった。
 超迷惑な性格だ。
「んー、いや。もしいないのだったらほら……俺ら友達になれねぇかなぁってさ」
「……十二歳の子供を公然の場で口説くんですか」
 ドン引きしていた蓮杖。
 いや違うよ?
 本当に違うよ!? それ! やましいことじゃねぇからさ!
 まぁ、正直にいうと話していてわかることだが蓮杖はどこか寂しげだった。そう見えたのは僕の間違いじゃないだろう。
 本当に寄る辺とする人がいるなら――そんな目はしたりしない。
「でも、お友達というのは別に口で成ろうとして成るものじゃないですよ?」
「まぁ、そうだな、その通りだけど自然と成れるようなもんでもないだろ?」
 蓮杖はそれでも片手を口にそえてふふ、っと笑った。
「あんまり私に惚れちゃうと火傷じゃすみませんよ? 鉄砲玉が飛びます」
「それ本当にただじゃ済まねぇじゃん」
 ドタマに風穴あけますよ? とか? どんなヤンデレだよこえぇな。
「そうですね――私はずっと小さいころからここに住んでいて、本当にこの中央以外のところすら出たことはないんです。それこそこのトーラスを出たことすらほとんど」
 それは先ほども聞いた気がした。中央に住んでるからからと。
 そこまで閉鎖的な風潮があるのかどうかしらないが。
「でも私はここの場所が好きですから、ここにいるんです。具体的なことはなんとなくしかいえないですけど私は多分、ここの皆さんの役に立ちたいだけなんだと思います」
 そう、蓮杖は言う。
 そんな寂しげな目で。そんな目をされると――
 僕が何か口にする前にすぐに笑顔に変わって蓮杖は言う。
「だから時津彫お兄ちゃん」
「……なんだい祭りちゃん」
 そう言って蓮杖は僕にすっと、右手を差し出してくる。
 律儀にも手袋はずしての白く細い腕をさらしてのその行為。
「友達になってあげます」
 そう言って朗らかに笑った。


 概ね大体こんな感じだった。トーラスにての初めての友達。蓮杖祀。まぁ悪くない。彼女と話していると郷愁の念つーか、懐かしさが思い出されていつまでも話していたくなる。なお久世さんはカウントしていない。だって取り付く島もなかったし。
 あのあとのさっきの調子でとりとめもない、ちぐはぐでまとまらない騒がしいなんでもない話をしこたました後、IDカードの手帳を渡してその場で解散して今に至る。
 去り際、蓮杖はこう言った。
「時津彫さんに三詞神の息吹とご加護があらんことを」
 そう、深々と頭を下げた。
 三詞神。息吹、加護。
 そこでそれまでの異様な蓮杖の「絶対的な何か」に気づいた。
 あれは信仰心だ。信仰の元に全てを信じている。
 だから僕に自己臨界性を説明しても当然のことだと思って言っていただけだ。彼女が信仰しているのは、先の話のティーアがもっとも優れた人種であるとする、人種至上主義の上に成り立つ「アディスタ教」というものだ。まぁ、なんにしろ、信仰を持ったものは厄介であると知ってはいる。
 やっぱり僕はどうやら流されやすいらしい。例の自己臨界性のこともそうだが、そんなよくわからん危ない少女でも困っているなら首を突っ込む。むしろもう体半分突っ込んでいそうだが、今朝のミスズの件でもなく、ぼくはやっぱりどうしようもなく困っているならば助けてしまう、らしい。
 自分に問題を押し付けられるのはいやだけれど、自分から問題を背負い込むのは好きという……。
 奪うより、奪われるほうがいい。
「いつだったか赤羽の阿呆にもいわれたっけなぁ」
 そう考えると僕はいろんな人にお節介をしてその評価を下されているということになる。別にあっちこっち世話しまわってるわけじゃないけどそんな印象を持たれてるとも限らない。
 ふーむ。少し自重したほうがいいのだろうか? だけどこればっかりは、ね。
 そんな益体もないことを考えながら僕は次に会う蓮桐彩夏のいる外延頂上部へと足を運んでいた。
 徒歩、である。
 他にもバスやタクシー、地下鉄など考えられたが久世さんの濃い話の後にさらに濃すぎる話を蓮杖から聞かされたものでなんだか歩きたくなったからだ。とはいったものの、このトーラスは馬鹿でかく、第五区商業街から外延部までは軽く二、三キロはある。ここから中央にいくとなると約十二キロの道程。
 よくもまぁこんなでかい施設を造ったものだと今更ながら感嘆するしかない。他の区はどうなってるかしらないが、商業街の西欧風な雰囲気を外延付近へ抜けると近代的な、一般の都市のような様相へと変わった。主に日本国の企業のオフィスや研究室で密集形成しており、横に面積を取れないので自然と上へと高いビルばかりが目立つ。舗装されたアスファルトに綺麗な歩道を歩いていると外の町を歩いているかのように思えてくる。中心部分は随分脱日本的な雰囲気があったがこの辺りは勝手にやってください、といわんばかりの放置っぷりの様子だった。
 すれ違うのは主に大人ばかりで学生らしい子供などは見かけない。スーツや白衣姿の研究者然とした人達ばかりとすれ違う。
 そんな車ばかり通って寒々しい中を僕は外延部とのろのろと足を運んでいた。
 考えるために。どうにもこうにも遺憾千万、都合よくいっていない感がある。なんの都合かというと、僕のほうの都合だ。
 僕だって「何の目的もなくここにきたわけじゃない」――と思いたい。色々やることがあったし予定もあった。だけど戦争だの特殊部隊だの不思議現象起こす原理だのと、連続して教えられる、というか吹き込まれると相手方に流されてる感じは否めないだろうさ。
 ……もしかして、だが。と僕は思う。あの金髪の成長途絶者。始めから僕が何らかの目的でここに来ているのを感づいていたんじゃないだろうか? それをある程度の期間、長くなくてもいい、一日でも一週間でも遅れさせるのを目的に――見極めるためにこのトーラスの現状をありのままに伝えた、ともとれなくも無い。
 でもそうすると蓮杖がネックになる。あいつは本当に自分からただ真実を伝えただけのようだったし、誰かに強制された風でもなかった。
 とすると。あの久世さんはその蓮杖の行動もそうするだろうと、見越してこのIDカードを渡してくれ、といったということになる。
 ……それが本当ならあの女、とんでもない策士だ。厄介なことに。まぁ考えすぎだとは思うけど警戒する分には問題ないだろう。久世さんのあの会話直後から感じていたように、僕を探るためにあそこに呼び出したというのは大よそもう間違いないだろう。だが。
 もっとも――一番厄介なのはこれから会う蓮桐彩夏、彼女だろうから。
 蓮桐。名前だけなら外にも内にも時津彫より有名ではないだろうか。実質的な政治と経済の分野で突出した家系の、その一人娘である。このトーラスの蓮杖曰く、中央会、統括府理事会の理事を歴任しているのが蓮桐家であるからだ。つまりこの都市の支配者の娘、と考えていい。
「……実を言うと朝以来なんだよな会うの」
 高すぎるビルと外から来ている商店街を歩きぬけ、頭をかなり反らさないと天辺を見ることが適わない外延部下まで先が到底見えない気持ちで歩いていった。

 

 

 

 

 

The truth does not emerge for words all the time.

 

 

雨音がしとしとと響き渡るこの丘、

 

うーん丸ごとばななうめー(ry

 

えとよくわからないけど鼻炎形の薬で薬疹しました軽めのえええwwww最初はダニかなーなにかなーっておもってなんか悪化して皮膚科にいたらそいわれた薬のめませんww

 

んー本当はこういうことはあんまないんだけどねぇ。ああ、そうそう両肩、アキレス腱の痛みは消えた。なにか消えるとでるっていうかなんだろうねぇ。

 

バネ指は微妙。右手中薬指はもういいかかなぁ~って感じだけど、左手の薬指が微妙。

んーとりあえず湿疹がのるまでこれですかね。