僕と君が一緒にずっとずっと、いつまでも一緒にいられるように。
*
夏の西日は結構暑いと新副都心では記憶していたけどここはそんなほどでもない。陽に当たると確かに暑いが涼しい風が午後になると終始吹いているし湿度が高くないからだろう。海風かそれとも単純に海に接しているからか、まぁ僕にとってはどっちでもいいのだが今日はかなり濃すぎる体験を朝からずっとしてたので早く宿舎とやらに帰りたい気分。だけどIDカードを渡す人物はまだ二人残っている。
あっさりとまぁ、受け取ってさっさと去っては見たものの、なんだか名残惜しいといえばそうである。蓮杖、久世さん風に言えばマツとはずっと話していたい気分だった。そんな気分になるのもきっと僕が彼女に懐かしさを感じているに違いない。
「自己臨界性限界っていうのはそのまま、自分の臨界性が限界まで達している状態のことを言うんですよ。さらにこれは自己組織化臨界という基礎理論に基づいているですねー」
そう蓮杖は言った。
なんだか人を殺せそうな厚さの物理学書か医学書の適当に開いたページの文章を棒読みにしたような台詞を言われてもさっぱりなんだが。
そんな呆れと疲れの半々が入り混じった僕の顔を知ってかしらずか蓮杖は昼食の客が少なくなった店のへと入っていくと数十本のスティックシュガーと小皿を持ってきて僕の前に座った。
「見たほうが簡単だと思いますのでこれで説明しますねー。ザザーっと」
蓮杖はスティックシュガーを小皿に何本も開け、小皿の端一杯になるまでのちょっとした小山になるぐらいであけるのをやめた。
「はいはい、これが自己組織化です」
「…………」
ふーん、さっぱりわかんねぇ、よ。
砂糖の山がどうしてその、自己組織? 化? とやらになるのやら。
僕の疑問を鼻から誘う演出だったらしく、蓮杖はこれ以上ない得意げな顔で説明を続ける。
「この砂糖の山は、この状態で完成されているんです。逆に言えば『なぜ砂糖を落としたら山となったのか』と考えるとわかりやすいです。重力やこの小皿の面積にもよるわけですが、この砂糖にさらに砂糖をたらしていくと当然、皿の端の山肌から砂糖は崩れていきますが『形は変わりません』。このことから、この砂糖の山は自己の組織化、つまり形状を一定に保つことが出来ているわけですね」
「…………ふ、ふむ、なるほど」
そう言う考え方か。
見方が違うというか、視点が違う。
自分が作ったわけじゃなくて、その砂糖は最初からそうなるように成っただけ、とでも言い換えればいいのか。いくら砂糖をたしたところで小皿があるせいで大きくはなれず、端からこぼれるが、形状は一定。
「そしてこの砂糖をたらし続けていくけれども大きさはかわらない。だけどこれは止まっているわけじゃないんです。砂糖が山からこぼれていくことによって成り立っている、連鎖的、動的な『静止状態』なんです。もっと簡単にいうと砂糖さんの粒粒が次々と、入れ替わり山の構成をバトンタッチしてるって感じです」
「じゃあ……こぼし続けていっても見かけ状、静止しているその状態が、自己組織化臨界?」
「そうですねー」
そういってまた砂糖を山に加え続ける蓮杖。小皿の端から砂糖はこぼれるが山の形は変わらない。しかし所々で雪崩がおき、崩れたりする。
「こんな感じにいつ崩れるかもわからないのに山が形状を一定に保ってるというのが、自己組織化といい、でもその形を保っているのは加わる砂の動的な流れ、動いている砂糖の粒のおかげで辛うじて安定していて、『いつ崩れてしまう』ということが可笑しくない、というのを臨界状態にあるって言います。あわせて自己組織化臨界っていうんですねー」
はぁー。
まぁ、なんとか理解は追いついた。つまり物が動き永遠ループしてなんとかそういう現象とか形を保っている状態のことをいうんだろう。
例えばこのトーラスの外にある海の波。高い波は水で構成されているがいつか崩れる。水は動き波を形成しようとするが必ずは崩れる。そのとき、臨界状態は終わる、とでも言えばいいのだろうか。
動きのある物体がなんかの形を形成して、それを危うい一本の綱の上でぎりぎりの状態で保ってる、そんな感じだろう。それこそ皿回しながら綱渡りするサーカスの雑技のような。(合ってるかどうか解からないが雰囲気はこんなもんだろ)
「これはいわゆる核分裂とか、また人の動き、株式、その空間の歪みや構成、さらには人間の脳波とかの内部の活動にさえ当てはめられるものなんです」
「そりゃ……。ああ、まぁ確かにそうか。株も動いてそれを形成しているし、人の神経とかもそうだな」
「この自己組織化臨界現象はただの理論にすぎないですけど、それを実戦応用できるようにしたのが、自己臨界性限界です。大体通称、臨界とか自己臨界性とかいってますよー」
まったくもってぶっ飛んだ理論だと率直に思うけど、それが実際にできているならそれは本当なんだろう。
「んで? その自己臨界性ってのも結構複雑なわけなの?」
「いいえ。もっと簡単でシンプルです」
そういう蓮杖は、さっきまでの屈託のない笑顔ではなかった。何か、そう、何か確信的なことを伝えようとしているかのような表情だった。
「人や、物、時間、空間、概念、主義、主張などなどこの世における全てのものは『組織化』されていて、すでに臨界状態にあり、限界性をもうとしているという考えです」
持つ、ではなく、持とうとしている――
「その方向に向かっているなら、ちょっと後押ししてあげるだけで限界性を持つことが出来ます。そうすれば様々なものを分解し、様々なものに干渉し、様々なものを構成したりと、不可能事象を可能事象へと変換できるんですね」
そういう蓮杖はまだ僕を見る視線はきつい。
「ですから自己とは世界。または自分。またはこの時間、空間のことです。『そこの限界性を後押しできればその事象が可能になる』。突き詰めて言えばそういうことになります」
蓮杖は言う。その――確信したような目で僕を見ながら。何かを信仰したような、何かを振興するかのようなその幼い口調で僕に言う。
さすがに、だけど声には出さないけど僕は何かがおかしいと、今更のように思った。何かが、ではなくて蓮杖がというか……なんというか言語に出来ない違和感がある。
「『人は死というものへと限界に向かっている』ということいえば解かりやすいかと思いますけど、つまり――これは限界性、臨界性を出すまでもなく、殺人事件を引き合いに出せば、殺された人、それは『限界性を早押しされた』、殺した人は『その人の限界性を早押しした』ということなんです」
「ん……、まぁ理屈だとそうなる、かな」
ていうかそのリアル十二歳の容姿でそういうこというかなぁ……。別に咎めはしないけど奨励はしない。話の例え話に殺人とかなぁ。それ、普通なのかなぁ、うーん。
だから――、と蓮杖は言葉を繋ぎ、その場で細い手を出して何か、そこの空間にあるような、ただ手を振っているだけにしか見えないがそんな仕草をすると――
「…………っ!」
さっきは聞こえなかったが耳障りな音がしたような気がした。なんというか鼓膜、いや、脳に届くような音。ほんの一瞬だが。
そしてその『何もなかった空間に』先ほど霧散した雪の結晶のようなものが見え始め、蓮杖の手のひらにそれを形作っていった。まるで手品の域を超えた武器の自動生成を見ているみたいだ。周囲の空間から見えなかった極小の物体がどんどん大きくなり、その「形」へと昇華していく。
そうして、数秒にも満たない間。蓮杖の小さな掌に現れたのは柄も鍔も何の遜色ない、ただの果物ナイフ、だった。
「……」
そしてただ僕は二回目だけど驚きで声も出ない状態。いや、慣れろとかそういう問題じゃなく、なんにもないところから何かを出して見せられるって言う行為自体がおかしくて常識がついていかないんだ。
「こんな風にここにあるだろう物質と空間に干渉して『持っている限界性を壊す』、というか溢れさす……、というか破綻させて誘導してあげるとこのように物が出来上がるわけですー」
「――んんん?」
ちょっと、まてよー、ちょっとまてよ……。なんかすげぇもっともらしいこといわれたけどなんかやっぱおかしい。つまりあらゆる、全てのものに強制的に干渉して分解だの構築だのして現象起こすってことだろうけどそれはおかしい。
「いやいや、なぜそうなるの? 先の理屈はいいとしてそのナイフはどうやってできたの?」
「んー? ですからぁ、私は粒子線に干渉してるんです。窒素や水素などの空気へ当たる様々な電子、陽子、中性子線に干渉してそれを壊し、固定してるわけです。足りない物質は見えない埃とか下の石畳とか色々ありますからそこからー」
いや、待て待て待て。なにそれ。おかしいじゃん。
「じゃなくてさ、どうやったらそうなるの!? 簡単に粒子とか言ってるけどそれってえーと、目にみえないんだぜ? どうやって操作してるの?」
なんだかオウム返しのようになってしまった僕の質問にことさら不思議そうに、当たり前だと言わんばかりに蓮杖は答える。
「いえ、ですからそれはまずここ」
そういって金髪である彼女の頭部を指差す。
「自身が見出した理論とか研究結果とかを持っていさえすれば可能なんです。私の場合、この手袋と腕輪が干渉体になって補助してくれてますけど、ベテランさんになると何のモーションもなくできちゃうんですよー」
「えーっと、あの……」
答えに窮する。いやもう言葉もないよ。わからん。
理解、すればできる、だと? 粒子だぞ? なにもないところから物体を作るんだぞ? それをただ理屈をわかただけでゲームの技みたくできるのは、いやもうなんつーか考えるのが馬鹿らしくなってきた。
だが現実に出来てるんだ。それはわかるでもその理論が……。
「だから理解している粒子線を、どうやってその干渉体を使って事象を起こしてるのかってこと」
蓮杖はくしゃみがでそうな小難しいそうな形の良い顔を歪ませながら言う。
「いえ、ですからそういうことが出来るのが干渉であり、魔技であり、魔希であり、ティアグルレンスなのですよ」
「うーん、と」
まいった話が通じない。
蓮杖は困ったように少し唸ると、
「んー、そうですねですから簡単にいっちゃえば、光とか熱とか、そういう理屈、仕組みをわかっちゃえば、使えるようになるんですよ。自己臨界性限界は自分が臨界の状態であればその限界にたどり着けるっていう意味でもあるのです」
「自分が臨界?」
「この世界で自分が一個の生命体であること、そして世界の入り口としてただ存在しているということを理解しなくちゃならないんですけどね」
「この世界……っつーか、え?」
ますますわけが……。
「じゃぁその自分と世界とはどことつながってんの?」
「さぁー? それはわかりません」
………。おいちょっと。
「でも、出来ないことを、出来るように出来る。それでいいじゃないですか。私たちは――法化をそれをもって治安してるんです」
出来ないことを。
それは傲岸不遜な彼女にも言われたことだ。あの時はただの持論だと思っていたがどうやら共有の認識らしかった。蓮杖は、本当にゆるぎなく、先ほどからそれを信じており、逆に理解できない僕のほうがおかしいような困った態度をとるばかりだった。
いや、それ以上に――
「エネルギーは干渉時に発せられるものを使用して、干渉した事象をもってありえないことを起こす、んです」
その蓮杖は会ったときとなんらかわりない。本当に、なにもかわらないその表情と態度で僕に言う。
確固たるその信条を。
「理解できなくてもできる科学みたいなものです。信じるものは救われるんですよー」
そういってあどけない笑顔をもって僕へ微笑みかける少女。
「やっぱり時津彫さんて面白いですねー」
そう、この違和感――。なにかが食い違っているような、なにかが嵌っていないような感覚。
彼女は、僕とは違く、普通のこととして――信条や信念などではなくて絶対のものとして信じている。絶対を普通のことと認識できるぐらいの日常で過ごしてきている。
そんなものを理解できるはずもないし、論破できるはずもない。
そう、彼女と僕は、違うのだから。
信じているものが違うのだから。
閑話休題。
別に僕がそんな蓮杖がおっかねぇみたいなことを思っているように見ている限りじゃなってしまっているが、別にそういうわけじゃない。ただああ、こんな子もいるんだなぁーと思っただけの話だ。他にいえば二時間ほどアホでどうでもいい雑談を鑑みるに、その干渉の講釈の時間以外はいたって普通だった。
例えば。
「蓮杖、お前さ、友達いないっていってたけど本当かよ」
「え? なんですか急スピードに」
うーん、それはなにかのボケかそれとも比喩か? 表現的にはあってはいるが。ほんの数時間だが話しているうちにこの蓮杖とはそんな気心しれた旧知の仲みたいなやりとりが出来るようになってしまった。
旧知というか僕的に窮地なんだが。いいのかなぁこんな子と和気藹々やっちゃってさ。ま、いいけど。
蓮杖は得意げに黒い長手袋の腕を組むと、髪のさきっちょが紅になっている金髪を揺らしながら僕を見た。
「こんな言葉知ってますか? 『にくきもの、急ぐこともある折りに来て長言する客人』」
「………」
なんだよ。こっちが質問してるっていうのに。なんかの古文か枕かだとは思うけど。最後の「まろうびと」って何だよまろうって。字じゃないから余計わからない。
「さぁ? 寡聞にしてしらないけど雰囲気からして急ぐのを止められるのは腹が立つ的なことか?」
「いいえ、意味は『急ぎの用事があるときにやってきて長居する客は憎い』」
「ちょ! 俺、そんな不快にさせることやった!? あれ? ていうかお前急いでたの!?」
というか僕は客だったっけ……。ん、それこそ比喩か。
「いえ全然急いでいませんよー。ただ乙女にそんな質問するのはタブーだということを骨身に染みて教えてあげようとしただけですー」
「色々親切でありがとうだけど乙女だろうが男だろうが関係ないからな」
それにお前が骨身に染みてどうする。なんか逆に厭らしい言葉になっちゃったじゃん。骨身。
「当然いますよ! 失礼ですね! 中央から出られなくてこういう商業街で警備にかこつけてバイトの子とお話するしかないこの私にお友達がいないわけないじゃないですか! 絶無の時津彫さんとは一緒にされたくないぐらいのものです!」
「いきなりなんの脈絡もなく逆切れ気味に話戻してんじゃねぇよ! ていうかそれっていねぇのと同じだろうが! あと俺にも友達いるよ! 絶無ってなんだよお前! いよいよ文脈がわからなくなってきたわ!」
自虐で切れるって言うのもある意味新鮮。しかし僕と蓮杖を対等にしていただきたくないな。
……いるよ? 友達。
「ふーん、確かにほとんどいないですけど中央の大人のみなさんとか、第六区の高校の同級生とか結構いるんですよ」
「へぇ」
そういえば。
中央ってさすがに入ったことがないんだが、中身はこのトーラスの中枢が集中した未来都市みたくなっているそうだが。
「二年前のことですが、中央一区で当時の理事長にお会いしたとき、『祀ちゃんの名前ってなんだか賑やかな感じだよねぇ。祭りみたいな。そうだ、これから祭りちゃんって呼んでもいいかな?』って言われてお友達になったんですよ。それから議員の方たちからしばらく『祭りちゃん』で通ってましたからね。でも今ぶっちゃけると嫌いな呼び名だったので真似しないで下さいね」
「…………うん、いろんな意味で凄すぎてさすがに突っ込めねぇわそれは」
理事長、十歳の少女になしてんだよ。確か中央会、だったか。
「それで、なんで友達がいないなんて話題振ってきたんですか?」
振り出しに戻る、っていうか蓮杖はこうやってしきりに変な方向にかき混ぜて遊ぶのが好きなようだった。
超迷惑な性格だ。
「んー、いや。もしいないのだったらほら……俺ら友達になれねぇかなぁってさ」
「……十二歳の子供を公然の場で口説くんですか」
ドン引きしていた蓮杖。
いや違うよ?
本当に違うよ!? それ! やましいことじゃねぇからさ!
まぁ、正直にいうと話していてわかることだが蓮杖はどこか寂しげだった。そう見えたのは僕の間違いじゃないだろう。
本当に寄る辺とする人がいるなら――そんな目はしたりしない。
「でも、お友達というのは別に口で成ろうとして成るものじゃないですよ?」
「まぁ、そうだな、その通りだけど自然と成れるようなもんでもないだろ?」
蓮杖はそれでも片手を口にそえてふふ、っと笑った。
「あんまり私に惚れちゃうと火傷じゃすみませんよ? 鉄砲玉が飛びます」
「それ本当にただじゃ済まねぇじゃん」
ドタマに風穴あけますよ? とか? どんなヤンデレだよこえぇな。
「そうですね――私はずっと小さいころからここに住んでいて、本当にこの中央以外のところすら出たことはないんです。それこそこのトーラスを出たことすらほとんど」
それは先ほども聞いた気がした。中央に住んでるからからと。
そこまで閉鎖的な風潮があるのかどうかしらないが。
「でも私はここの場所が好きですから、ここにいるんです。具体的なことはなんとなくしかいえないですけど私は多分、ここの皆さんの役に立ちたいだけなんだと思います」
そう、蓮杖は言う。
そんな寂しげな目で。そんな目をされると――
僕が何か口にする前にすぐに笑顔に変わって蓮杖は言う。
「だから時津彫お兄ちゃん」
「……なんだい祭りちゃん」
そう言って蓮杖は僕にすっと、右手を差し出してくる。
律儀にも手袋はずしての白く細い腕をさらしてのその行為。
「友達になってあげます」
そう言って朗らかに笑った。
概ね大体こんな感じだった。トーラスにての初めての友達。蓮杖祀。まぁ悪くない。彼女と話していると郷愁の念つーか、懐かしさが思い出されていつまでも話していたくなる。なお久世さんはカウントしていない。だって取り付く島もなかったし。
あのあとのさっきの調子でとりとめもない、ちぐはぐでまとまらない騒がしいなんでもない話をしこたました後、IDカードの手帳を渡してその場で解散して今に至る。
去り際、蓮杖はこう言った。
「時津彫さんに三詞神の息吹とご加護があらんことを」
そう、深々と頭を下げた。
三詞神。息吹、加護。
そこでそれまでの異様な蓮杖の「絶対的な何か」に気づいた。
あれは信仰心だ。信仰の元に全てを信じている。
だから僕に自己臨界性を説明しても当然のことだと思って言っていただけだ。彼女が信仰しているのは、先の話のティーアがもっとも優れた人種であるとする、人種至上主義の上に成り立つ「アディスタ教」というものだ。まぁ、なんにしろ、信仰を持ったものは厄介であると知ってはいる。
やっぱり僕はどうやら流されやすいらしい。例の自己臨界性のこともそうだが、そんなよくわからん危ない少女でも困っているなら首を突っ込む。むしろもう体半分突っ込んでいそうだが、今朝のミスズの件でもなく、ぼくはやっぱりどうしようもなく困っているならば助けてしまう、らしい。
自分に問題を押し付けられるのはいやだけれど、自分から問題を背負い込むのは好きという……。
奪うより、奪われるほうがいい。
「いつだったか赤羽の阿呆にもいわれたっけなぁ」
そう考えると僕はいろんな人にお節介をしてその評価を下されているということになる。別にあっちこっち世話しまわってるわけじゃないけどそんな印象を持たれてるとも限らない。
ふーむ。少し自重したほうがいいのだろうか? だけどこればっかりは、ね。
そんな益体もないことを考えながら僕は次に会う蓮桐彩夏のいる外延頂上部へと足を運んでいた。
徒歩、である。
他にもバスやタクシー、地下鉄など考えられたが久世さんの濃い話の後にさらに濃すぎる話を蓮杖から聞かされたものでなんだか歩きたくなったからだ。とはいったものの、このトーラスは馬鹿でかく、第五区商業街から外延部までは軽く二、三キロはある。ここから中央にいくとなると約十二キロの道程。
よくもまぁこんなでかい施設を造ったものだと今更ながら感嘆するしかない。他の区はどうなってるかしらないが、商業街の西欧風な雰囲気を外延付近へ抜けると近代的な、一般の都市のような様相へと変わった。主に日本国の企業のオフィスや研究室で密集形成しており、横に面積を取れないので自然と上へと高いビルばかりが目立つ。舗装されたアスファルトに綺麗な歩道を歩いていると外の町を歩いているかのように思えてくる。中心部分は随分脱日本的な雰囲気があったがこの辺りは勝手にやってください、といわんばかりの放置っぷりの様子だった。
すれ違うのは主に大人ばかりで学生らしい子供などは見かけない。スーツや白衣姿の研究者然とした人達ばかりとすれ違う。
そんな車ばかり通って寒々しい中を僕は外延部とのろのろと足を運んでいた。
考えるために。どうにもこうにも遺憾千万、都合よくいっていない感がある。なんの都合かというと、僕のほうの都合だ。
僕だって「何の目的もなくここにきたわけじゃない」――と思いたい。色々やることがあったし予定もあった。だけど戦争だの特殊部隊だの不思議現象起こす原理だのと、連続して教えられる、というか吹き込まれると相手方に流されてる感じは否めないだろうさ。
……もしかして、だが。と僕は思う。あの金髪の成長途絶者。始めから僕が何らかの目的でここに来ているのを感づいていたんじゃないだろうか? それをある程度の期間、長くなくてもいい、一日でも一週間でも遅れさせるのを目的に――見極めるためにこのトーラスの現状をありのままに伝えた、ともとれなくも無い。
でもそうすると蓮杖がネックになる。あいつは本当に自分からただ真実を伝えただけのようだったし、誰かに強制された風でもなかった。
とすると。あの久世さんはその蓮杖の行動もそうするだろうと、見越してこのIDカードを渡してくれ、といったということになる。
……それが本当ならあの女、とんでもない策士だ。厄介なことに。まぁ考えすぎだとは思うけど警戒する分には問題ないだろう。久世さんのあの会話直後から感じていたように、僕を探るためにあそこに呼び出したというのは大よそもう間違いないだろう。だが。
もっとも――一番厄介なのはこれから会う蓮桐彩夏、彼女だろうから。
蓮桐。名前だけなら外にも内にも時津彫より有名ではないだろうか。実質的な政治と経済の分野で突出した家系の、その一人娘である。このトーラスの蓮杖曰く、中央会、統括府理事会の理事を歴任しているのが蓮桐家であるからだ。つまりこの都市の支配者の娘、と考えていい。
「……実を言うと朝以来なんだよな会うの」
高すぎるビルと外から来ている商店街を歩きぬけ、頭をかなり反らさないと天辺を見ることが適わない外延部下まで先が到底見えない気持ちで歩いていった。
The truth does not emerge for words all the time.