二つ分かれの恋の歌 心をオリカエス 0/7 | ひっぴーな日記

ひっぴーな日記

よくわからないことを書いてます

 

 

 

 

 

ずっと遠くへ。高みを目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リニアトレインは大よそ数十秒で外延部頂上部に到着した。概ね乗客は研究者のような人や軍人、また学生のような人が多くで、頂上部にある軍施設に用事があり、だれもこれもSクラスのパスを持ち合わせている要人レヴェルの人たちばかりなのだろう。
 件の彼女も頂上部中層で降りた僕とは違って上層へ行くらしくそこで別れてしまったが。というかよくよく考えるとこんなところにいるんだからそもそも女子高生なんていう学生じゃないかもしれない。別れて中層に到着してようやく思い当たったが、名前聞くの忘れてたと気付いた。でもまぁ、彼女もこの五区頂上部に出入りしているならいつかまた会えるだろう。
 外延部は膨大な数の採光、遮光パネルに偏光鏡と赤外線映像パネルが配備してあり、こんな巨大なものが横に直立していても太陽光や風はまるで遮られていないように感じられ、さらに内側からは向こうの陸上の風景画がリアルタイムで映し出され、陸上からはトーラス内部がパネルによって写されているので外延部という壁の圧迫感がほとんど無いといっていい。もっとも、「写しているだけであって本当のものを写しているかどうかは疑わしい」というのが外地街の共通認識だった。
 さらに外延頂上部は外見通りの「砦の縁」のようになっておらず、下の壁の内部のように上中下層の三層に分かれており、どこもこれも研究施設やら軍関連の施設となっている。が、実質まだ見たことが無いが軍事関連の基地などは上層のみで、以下は公園だったり広大な図書施設だったり本当にここは軍施設なのかと首を傾げたくなるような様相だった。
 僕が降りた中層は主にスポーツ施設や訓練施設、それに大学やその関連施設に公園がいくつかある感じ。
 実を言うと、僕も全容は良くわかっていない。トーラスを解りやすく表現するとありていになってしまうが、八等分したピザのような感じだ。そのビザの中心に円状の型を置いた、その内側が中央とするとわかりやすいだろうか。そのため中央も八つに分かれており、蓮杖が「中央の一区」とはそのことだろうと思う。
 それでこの中層、PDAで確認した限りでは駅からでて研究施設街を抜けた大きな公園内に蓮桐はいるようだった。昼前に確認した時とまったく移動していないので「朝に会ったとき」と同じように何か業務でもしているのかと思ったけど。公園、でねぇ? 何やってるんだろ。
 ガラスと鉄骨、コンクリートがふんだんに使われた近代的な印象がする施設を歩いていくと、程なくして公園の入り口が見えてきた。委細の無駄を省いて効率性と建築美を求めたらこうなった、といえばいいのだろうか、無骨な様子に見えても違和感が無いから不思議だ。これも近代建築なのだろうか。
 ちなみに天井は数百メートルぐらい離れており外の公園となんら雰囲気はかわらない。手元のPDAの情報によると大きさは横に一キロ、外延の輪に沿って二百メートルとかなりでかい。だがこれでも小さいほうでお隣の四区は八割が公園らしかった。
 しゃれた歩道から手入れが行き届いた芝生、なぜかある大きな人工池(鯉とブラックバスがいた)やらをとおりこしてアスレチックゾーンにまできた。やはりここまできても誰にも遭遇しないのはこの公園自体立ち入り禁止にでもしているのかもしれない。
 周囲に遊べそうな遊具が配置しており、その中心には赤い陸上のトラックが取り巻いているガラス張りの洒落た体育館が鎮座している。はたして、その体育館に蓮桐はいるようで。
 しかしこのアスレチック、幼児むけというか、そうじゃないというか……。なんだか十メートルはありそうな壁上りもあるし……。これまさか訓練施設じゃないのかなぁ、と益体もないことを考えつつ陸上トラックをわたり、体育館の入り口まで差し掛かったところで。
『だー! やばいやばいやばい! そろそろ無理! ホント無理!』
「………………」
 入り口すぐ横。ガラス張りなので中の様子がわかるが、そのすぐ横。体育館内から、朝振りの声が聞こえてきた。
『ふぁいとですよー。彩夏ちゃんならきっと出来ます! もう少し両足を上げてバランスを後方に寄せるんですよ』
『――お、オッケー! よ、よーし、私はやれば出来る子、やれば出来――なーい! 無理だって無理無理! もう無理! 腕ぷるぷるいってる! ぷるぷる!』
『それは武者震いですよー』
『ぐあー! 状況だけに突っ込みも出来ない! ていうかもう腕の筋肉ぷちぷちいってる! やばいっていマジやばいって!』
『でもここまでくるとむしろ海老反りというか小鹿を逆にしてみましたという感じですよねー』
『じょ、ジョーダン――、楽しんでない? 楽しんでるよね成美っち! なるみー!』
『あーらら、いろんな呼び名がでてきますねー。ここの可愛いお腹を押したら別の呼び名が出てくるんでしょうか?』
『ぐぬぬっ……、ぬぬぬっ。こ、これが罰じゃなかったら! 罰じゃなかったらガチンコで……、ガチでくすぐるのに! 超くすぐるのに!』
『いよいよ何言ってるかわかなくなってきてますねー。脳みそが血だけになってきましたかー? ほーらほら』
 と、本当にガラス越しではあるが声を掛けるのが躊躇するぐらい(とはいっても防音仕様かもしれないが)わけのわからない会話を蓮桐彩夏と少女、おそらく朝、久世さんに聞いた橋本成美がしていた。
 蓮桐のほうは、逆立ち、である。まごうごとなき立派な逆立ちで、下はスパッツに上は身体に密着したアンダーシャツというものだろうか、だがサイズが大きいらしく、まぁはだけちゃってはだけちゃって。スパッツから上(この場合下と表現するべきだろうか)からは重力に従いウェアが下がり、へそから腹部までちょうどこちらを正面に向けているために丸見えである。だが、その逆立ちのフォームは見事で、会話から読み取れるような辛さは微塵も感じることは出来ない。
 その腹部正面にちょん、と座って不気味な台詞を吐いているのが成美。服装は朝と変わらず上下ライトダークな制服で、上が羽織っていた上着のブレザー姿ではないということだろうか。半そでのブラウスだった。黒いソックスのまま蓮杖の逆立ちの前に座りこちら側からでは彼女の背中しか見えないが、何がしか呟いているのがわかる。
 なぜか逆立ちしている少女に、その目の前で会話する身分詐称少女。
 …………うわぁ、関わりたくねぇ。
 そんな風に呆然と体育館の扉の前から観察していると、顔を前に向けていた蓮桐が気配に気付いたかのように逆さまのまま顔を僕に向けてきた。長い黒髪が床についていて心なしか顔が赤い。
『おっ』
 と、初めて気付いたかのような声を上げ、
『あら』
 と、初めから気付いていたかのような声を成美が振り返りながら上げた。そこから蓮桐は俊敏な動作を見せた。ブレイクダンスのように両手に力をいれて肘を曲げ、両足も横に盛大に開くと身体を逆交差するように数メートル跳ね上げ全く同じ位置に着地した。得意そうな顔に長い黒髪が遅れて被さる。そのまま立ち上がると後ろでに手を組み微笑む。
 なんつー身体能力だ、蛙か、と俯瞰していると、
『やー! 時津彫おにいちゃん!』
 と手を振る蓮桐。
『あーら、時津彫おにいちゃん!』
 と眼鏡を直す成美。
「え―!」
 と大声を上げた僕だった。


 体育館を出てすぐ横にあるアスレチック傍のベンチ。外延部端の巨大なガラスの目の前にあるから見晴らしとしては最高ではある。遠くにうっすらと見える新副都心のブロックのような高層ビル群に、離れて見える外地街。そしてどこまでも広がる海。
「いえ、時津彫さんのことは祀ちゃんから聞いていましてねー」
 ベンチには僕と蓮桐が並んで座り、なぜか座るのを辞した成美は僕の正面に立ってそう言った。
 しかし朝に僕に自分は蓮杖祀だとか言っといてその嘘を隠そうともしない。とは言っても、あの後蓮杖に僕が会うとわかっていたらそれも意味ないか。そもそも久世さんに速攻バラされてたし。というか。
「あのえーと…………」
 聞こうとした出鼻から迷う僕である。本当に優柔不断だ。質問の選択肢を選ぶにあたっては。
「あー……、時津彫クンは確か私と同い年だったよね? だったら私は彩夏でいいよー。あと成美っちは一個下だから呼び捨てタメ口で、おっけだよね?」
 どうやら呼び名を迷ったと勘違いしたらしい親切な蓮桐は横からそんなことを言い出した。ちなみに今彼女は着替えてスパッツの上にタータンチェックのマイクロミニスカート、上はピンクのチェックが入った首に提げるようなキャミソール一枚。そんな格好だから年相応にみえるし、そんな格好だからスパッツの曲線はいちいち煽情的だしキャミの間からもろにみえるブラの線はそれはいいのかと思う。というか思わされてんのだろうか僕は。
 蓮桐は以前そんなこと気にした風でもなく、腰までかかる髪を髪留めで高い位置で括ったその健康的な表情のまま微笑んでくる。
 ……朝とは大違いだな。
「別に問題ないですねー。それよりも時津彫さん、ここに用が?」
 質問する前に質問されてしまった。どうにもこの成美という子、資質が久世さんと似ているような気がする。
「あーそうそう、なんか渡すものあるっていってたじゃんクリスっち。それ?」
 また、か。蓮杖にしても蓮桐にして……、紛らわしいな、彩夏にしてもそうだ。
「うん……。更新した法化のIDパス。蓮杖にも渡したけど、それで? これ渡せばなんか伝説の武器でもくれるわけ?」
 パスを刀のバックパックから出しながら言うと、彩夏ただ不思議そうな顔をして背伸びをした。だから肌が肌が。
 数人に話を聞いて特定のものを渡していくと何がしかのイベントがあるという意味でいったのだが伝わらなかったらしく、
「なにそれ。なんかのローカルジョーク? 飲みかけのコーラならあげるけど」
 はい、と本当にぬるくなったコーラのペットボトルを渡してくる彩夏。そして反応に困ってる僕に笑いかけると何事もなかったかのように僕の手から二枚のパスを取る。
「あ、それ高杉の、」
 彩夏は一緒に渡されたパスの残り、高杉謙一のも一緒に持っていった。僕はここで彩夏から話を聞いてから依然外地街にいる高杉のところへ行こうとしたのだが。
「ああー、いいのいいの。私が渡しとくからさ。あいつとは良く会うし今日か明日辺り渡しとくよ、アリガトね」
 そう言って朗らかに笑う。第一印象と違って本当はこちら側のほうが彼女の本性なのかもしれなかった。まだわからないが。
「あのそれで最初に聞きたいことあるんだけど……、いいかな?」
「いいよ? 何でも聞いて! むしろスリーサイズとかも聞いてもいいぜ!」
 無駄にテンションたけぇなぁこの女。
 成美は眼鏡を抑えてただ微笑んでるだけ。何考えてるか本当にわからない。僕は一つ溜息を吐いて言う。
「さっきお兄ちゃんって二人とも俺に言ったけど『なぜその呼び方を知っていたの』?」
 そう。ぶっちゃけ蓮杖のところで気付かなければならない単純なことだった。
 蓮杖は久世さんからこれから行くということやすでに前日に知っていたこともある。さらにはその詳細も。僕はある程度ここにくれば情報は通達されるだろうと思っていたが、久世、蓮杖間の連携は綿密すぎる。携帯か電話での通話での連絡でもしてるにしても、それはない。
 蓮杖は携帯型のPDAや一般の携帯電話類を持っていなかったから。さらにトーラスには公衆電話は一切ない。
 あいつのいうバイトで電話を借りるということも出来るだろう、だけど久世さんはそこまでして蓮杖に僕の子を伝える意味がない。
 それにこの二人。蓮杖から聞いてるにしても「言わなくてもいいことまで知っている」ということはどういうことなのだろう。蓮杖にしてもこれから会いに行く彩夏達に連絡を入れる必要はない。ただ話したかったから話した、ならいいが、「僕というイレギュラーの存在をどうしてそこまで知っているか」ということだった。僕がここに来ることは知っていても、風貌までは解らないし詳細のパーソナルデータまではわからない。
 でも彩夏たちは「僕を一目みただけで時津彫と判断した」んだ。
 ありていに言えば、実際に話してきたかのような錯覚といえば良いのか。そしてそれは、
「ああ、うん。それはね、クリスちゃんを中心に情報共有してるからだよん」
 そんなことかとでも言いたげな口調で、そう言って自分の頭をつつく彩夏の言葉であっさりと返された。
「時津彫さん、クリスからなにか貰いませんでした? プレゼント、とか」
 そういって成美が自分の腕を細い指でつつく。
「…………」
 あのナノマシンか。久世さんを中心に情報共有……。共有、だと?
「もしかしてあのナノマシン、生体型か?」
「あー……、ナノマシン刺されたんですか。随分好かれてますね時津彫さん」
 成美のそんな返答に何が好かれているのか良くわからなかった。
「確かに従来のある行動を終えてもずっと体内に残る機械型じゃあなくて、ある特定物質を体内に作り出した後、勝手に溶けてしまう電解質の生体型ナノマシンです。今回の場合、時津彫さんの脳幹、つまり脳に通信に関る装置が作られたことに、」
「ちょ! ちょっと待って! 脳だって? 今俺の頭になんかあるってことか!?」
 そんな僕の取り乱しように成美は肩をすくめ、彩夏は苦笑した。
「まぁ、難しいことは省いちゃうけどさぁ、つまりクリスちゃんは音に干渉することは聞いてるよね? 私達五区の法化は全員、クリスちゃん特製のその装置を植えつけてて、クリスちゃんが発する音、情報をキャッチしてやり取りをしているの。無線とかに限りなく近いものなんだけど、その使用者の脳波と心音からランダムに秒刻みで周波数はかわるから秘匿性はずば抜けてるんだけどね」
 ――ここでバックというか監視員みたいなことをやっている
 ――それはお守りだ。僕が君にあげるプレゼントだよ
 それはつまり、そういう――ことなのか。一見疑わしことこの上ないこの状況はそうすれば説明がつく、か。
 ま、疑っても意味ないけど。
「じゃぁ、その情報共有は久世さんを介して五区の法化全員に伝わるってことか?」
「共有というか、ほとんど電話に近いんですけど、共有というほどじゃないんですね」
 そういって成美は眼鏡を外す。良く見ると眼鏡がないほうが年相応にみえる。
「一方的なワンウェイ通信じゃなく、クリスは音、とはいっても電波、音波方面に干渉していまして、独自の通信規格から装置を介して通信が出来るようになっているんです。インターカムなどの機器を使うと安定しますので基本それですが、無くても出来ます。あと色々制限がありますが」
「制限?」
 ええ、と成美はスカートの中から別の藍色の蔓の眼鏡を取り出してかける。何個もってんだよ眼鏡。
「まずこれは基本ですが法化の業務以外のこと、また他人のプライベートや機密事項は第三者に伝えてはなりませし、本人の許可なくそれをしてもいけません。また任務外の使用も禁じられていますし――あとは色々です」
「へぇ……便利だとは思ったけど結構いろいろ不便なんだな」
 最後の部分がなんだか煮え切らないものだったが納得しておこう。だがもっとも、当人はそれを不便だと思ってなさそうだったけど。
「じゃぁ、こっちから久世さんに電話みたく話しかけるとかそういうことは出来ないのか」
 そう僕がいうとことさら成美は難しそうに腕を組んで唸る。
「そこが『色々』なところなのですが、通常任務中、つまりこの法化で活動中は原則可能です。ですがクリスはいわゆる全ての情報が集中する一つのサーバーなのです。彼女に五区の情報が集まるわけですね。ですからクリスと話すということは結構危険なことなんですよ。彼女は常時演算していて話す暇がない、ということもありますが、つまり何でも知っているということですから。『話す相手が誰であろうとも』」
「……それは、危険だな」
 横の彩夏に目をやると相変わらずにこにこと微笑んで鼻から僕の会話に入ってくる気はなさそうだった。
 つまり制限っていうのは話す側のクリスだけじゃなく、その性質上話しかける側にも制限がおのずとできてしまう、ということなのだろう。先ほど他人の情報を当人の許可なく流してはいけない、とはいったが、それは逆に言えば「話している相手についての情報はなんでも話せる」ということだ。つまりこっちの秘密がもろバレの可能性があるわけだ。自分にとっても危険だし、その枷がなければ誰にでもなんでも話せてしまうということなのだから。自分の精神的に危険であるという意味か。久世さん自体が文字通り機密の塊――あれ?
「そういうことなので、クリスを介して一斉に情報をやり取りしたり、通話することが可能です。例えばお兄ちゃんの件も蓮杖がクリスに報告したのを、私達が聞いた、又聞きといえばわかりやすいでしょうかそういうわけです」
「え、ああ、そういうことか……」
 成美の説明にまぁ一応は納得いったがさっきの違和感は何だろう。一旦でたもののすぐに霧散してしまった。とても重要で看過できないものを見過ごしてしまった、そんな感じが、あったようななかったような。
 どこに?
「そゆことね。だからクリスちゃんは優秀なの。何でも知ってるし、何でも聞けるってことさーオッケー?」
 微笑しながら傍観者を決め込んでいた彩夏が僕の肩に手を置きなぜか念押ししてくる。ちょっと気おされながらも僕は頷いてしまうので、まぁこの後聞けばいいかという気になってしまった。
「それでどうやって通信するの?」
「んー、大体このインカムを耳への出力装置として使うかな。話す言葉は全部クリスちゃんに転送されるから必要ないんだよねん」
 そういってスカートのポケットからフラッシュメモリのような黒い棒状のものを出して耳にかけて僕に見せてくる。どうやら広く展開できるらしく、棒状のものは透明状の膜で耳から首まで広く覆って密着していた。運動性などを考えるとこの形のほうが自然なのかもしれない。見た目、耳だけにイヤホンみたいなものがかかっているようにしか見えない。
「会話時間をこちらから指定するか、この耳に掛かってるイヤホンを三回押す。そうしてID言えば話せるって感じ。ま、さっき成美っちが言った制限は規律だの守るための方便みたいなものだからさー、そんなに硬くならずに毎日掛けてもいいんだよ? 私なんかお昼のお喋りに、」
「だーかーら、部を治めるあなたがそんなことだから今日みたいなことが起こるんですよ彩夏。……ちゃんと反省してます?」
「ぐぬー…………」
 急に割り込んできた成美にしょんぼりとする彩夏。
「ちゃんと……反省しておりますぅ……。でもそんなに怒らなくたってさぁー」
 なんだろうこの会話。論旨がいきなり僕の知らないところにシフトして置き去りにされてる感じだった。つまりながら彩夏はなにかをやって、成美に怒られていると。
 なにか? ――って朝のもしかしてあれか?
「あの、何の話?」
 それとなく片手を挙げて聞くと、はぁ、と嘆息して成美が両手を広げて大仰に肩をすくめる。会ったときから思っていたがこの子、なんだか学校の先生のような雰囲気がある。面倒ごと請負係り的な。そして彼女は言いたくないけど仕方なく言うよ? みたいな話し方で言い始めた。
「それがですねぇ。今日の朝、例の事件でこの子、ポカやらかしましてね。二人取り逃したんですよ。まぁ、この子が事態収拾したので大事には至ってないですがね」
「…………えーと、よくわからないんだけど、朝のあれすかね? ミスズとかいう」
 すると物凄く首を縦に振りつつ僕に顔を寄せてくる彼女、っていうか近い近い。
「そうなんですよ! またこれが、指示通りに動かないで子供ばかり相手にするから今朝のようなことが起こりまして、ああ、さっきのアレはその罰なんです。ええ」
 話の九割以上理解が出来ないんだが、つまりなにか法化のことで任務だか仕事があり、それで彩夏はミスしちゃって怒られたと。……それがなんで逆立ちなんだ?
 僕は成美を宥めながら自分から引き剥がし、
「わかんないけど、それでその罰がさっきの逆立ちか。なんで逆立ちしてたの?」
 そう横にいつの間にかベンチの上に体育座りになってる彩夏に振ると、また不思議そうにか細い首を傾げて、夏の陽光を反射するかのような眩しい笑顔で、
「逆立ちが出来るようになりたかったからかなー!」
 と言った。
 それはすげぇ自虐だなとも思ったしこいつ実は馬鹿なんじゃねぇのかなとも思った。
「……んでどれだけやってたの逆立ち」
「朝に時津彫クンに会った後だからー、まぁ五時間少々?」
 前言撤回、こいつ馬鹿だ。
「まぁあんまり長くはないですよね。外延部十周よりは楽でしたし」
「えっと…………長くないんですかね?」
「ええ、前は一日やってましたしね。別の方がですが」
 あれ? 僕の感性がおかしいのか? なんだよつまり付和雷同か? 長いものに巻かれればいいのか? そういえば蓮杖の時もこんな感じだった気がするぞ。
「ていうか罰を自分で選べるって、そこんとこどうなの?」
「まぁ罰とは言いましたが……それほど罰というものじゃないんですよね。私達ほどになると『この程度』のことは罰にはならないんです。そうですねぇ、外の方からすれば次元が違うというかなんというか。ばっさり言えばそれだけで強いってことです。だからこれも罰も兼ねての自分の苦手克服みたいなものですよ」
 それだけで、強いね。どこかできいたような文言がいっぱい出てくることだ。
 確かにティーア系はそれだけで強いだろうが、それも限界はある。逆立ち五時間だろうがここの外延部十周だろうがそれは「同じ僕としても異常なレヴェル」だ。
 ……どれだけ鍛えてるんだっつー話だ。
 まぁ、もっとも。コンクリとか素手で割ったりするやつはいたり、車持ち上げたりするのもいたし、今更って感じか。
 彩夏はなんだか仏頂面のまま口を尖らし、恨み言を言うかのように成美に向けて言い出す。
「でも罰っていっても成美っちそれにかまけて自分の仕事してないじゃーん。別に一緒にいることなかったのにずっと色んな理由つけているしさー。結局仕事サボりたかっただけなんじゃん?」
「またまた……そんな浅い考えで一緒にいたわけじゃないですよ? 明日に持ち越しになりそうな時津彫さんとの顔合わせとかあなたの監督とか、」
「このこと、立花さんに言っちゃおっかなー」
 そこで割って入った彩夏が物凄く嫌らしい笑顔を浮かべ、口角を上げながら彼女に言った。こういった嗜虐的な顔がなんとまぁ似合うことだろうと傍目から観察する。見目良い風貌ではあるからしてなんの表情でも似合うのだろうけれど。
 一方、彩夏の言葉に動作を急停止させた成美は油の切れた人形のように眼鏡の蔓を押さえていた手を下ろし、なぜか直立不動の格好になった。
「中央のほうにもいったら結構大変だよねー」
「…………」
「クリスちゃんとかにもー」
「…………」
 なに? なんなのこれ。パワーバランスは成美のほうが上だと思っていたのだが、違ったか? それとも彩夏のほうが偉い位置にいる、とか。そもそも女の子の人間関係なんざほとほとわからないのは経験側からわかってはいるつもりだが。
「クリスちゃんにこう、ふべぇほばぁへっ!」
 いきなり奇声を発した彼女を僕は驚いてみると、眼が据わった成美がいきなり彩夏に歩み寄り速やかに両手で彼女の頬をつまみこねくり回すように引っ張っていた。両肩をいからせ、横に引っ張るようなこの仕草。
 少女らしい少女っぽい怒り方だがこれはどうなんだろう? 他にも平手打ちとかあるじゃん。
「うー! ふぐぅー! ふぶぐうぅー」
「…………」
 唸る彩夏に無言で頬を引っ張る成美。
 なに、これ。なんで彩夏抵抗しないの。体育座りのままやられっぱなしだし。それに成美はなんで何も言わないの。こわ。こわっ!
「おい、ちょっとやめろよ。彩夏痛がってるだろ」
 さすがにこのままは端から見ているわけにはいないだろうと思った僕は恐る恐る声を掛けたが、目を閉じたまま成すがままにされてる彩夏にも無言のまま未だに頬を引っ張ってる成美にもさっぱり聞こえてないらしい。
 しかし凄くシュールな光景だ。
「……あっ、あふぅ、あ、ああっ、」
「ちょっ! おい! おいって! やめろって! お前ら馬鹿じゃねぇの!? マジで!」
 可笑しな声を出し始めた彩夏(なぜそんなに目が潤んで顔が赤くなってるんだ!)から成美の両腕を無理やり引き剥がして彼女と近距離で合間見える。
 眼鏡の奥の碧眼は超据わっていた。ていうかなぜとめた僕がそんな目で見られるわけ?
 ていうかこぇよっ! しかもここまでの展開、意味不明だ!
「おい、ちょっと成美、おま、」
「…………はぁ、やれやれ。時津彫さんはお邪魔虫ですねー」
 何言ってんだ。アレ以上進んだら色々ヤバイことになってただろうが。
 まるで目の前に危険人物がいるかのように僕に掴まれていた両腕を振り払うと、自分の身体を抱きしめるように腕を組む。
「まぁ、いいですよ。時津彫さんが自ら火中の栗を拾うというなら止めませんし、というかまぁ、これは時津彫さんのためでもないですしね、お節介です」
「……お前、さっきから何言って、」
「いえいえー、なんでもありませんよー。ただ私の堪忍袋は破裂しやすい、ということです。というかそういうことにしといて下さい」
 その例はどうかと思ったが成美に近距離での睨みに射竦められる僕だった。
 なんなんだこの子。普通に怖いとかそういう部類じゃないのかもしれない。
 全てを知られてしまっているような――そんな感覚。
 もしかしたら意味がないように見えるものもだったものも実は、意味があったのかもしれない。だからこそ感じる。
 ――危険だ。
 もし僕のことや――ほかのことも知っているとするなら、彼女の言動全てが意味があることになる。それは僕の存在すら脅かすことになる。でもなんでか彼女はそれらを誰かに言いふらすことはない、そういう直感めいたものが僕にはあった。
 ふっと。成美はセミロングの茶味掛かった髪を流して顔を横に逸らし、至極つまらなさそうにここから見える外地街へと目を向けた。
「フォールダウトから来るような輩がどんなものか知っておきたかったのですが……まぁ、やはりこんなものなのでしょうね」
 そう言って先ほどの剣呑な目ではなく、冷めた、金属質な眼差しを僕に向けてくる。
「まだ、なにかありそうですが――おかしな真似をしたら、強制退場していただきますからね」
 言葉もただただ平坦で、怒気も覇気もなにもない。ただ事実を伝えているだけのようだった。僕は何の反応も取れずただそれを呆然ときいているだけ。
「……よくわからないけど、というかさっきかたまったくわからないけど、何も隠してないし、何もするつもりはないよ、成美」
「…………」
 最後に信頼の証に名前をつけてみたが逆に睨まれただけであった。あー。わかんない女の子の心って。
 そんな彼女は身体をそのまま反転させると綺麗な茶髪を靡かせ、立ち去り始めた。後ろからもこめかみ手をやり、やれやれと頭を振っているのがわかる。
「あー、柄にもないことをするもんじゃないですね。やはりあの子達を見ていたほうがいいです。下らないことに首を突っ込むとこういうことになる」
 そんな独白をしながらどんどんと遠ざかって行く。やはり何を言っているのかあまりわからなかったが、僕らから数十メートル離れたところで何故か振り向いた。
「ああ、あと、その……」
「え? なに?」
 先ほどまでの毅然とした態度はどこへやら、何かを言うためにそこに立ち止まったはずなのに、何故かそれを言うべきか躊躇っている。僕が催促するものでもないし、ただ、彼女が言っても言わなくても僕には関係がないことであろうからその場に任せた。
 そしてようやく決心がいったのか、その愛らしい顔を無表情に変え、言う。
「あなたにはこれを言うのは早いと思いましたが、どうせ今日にでも知ることになると思いますし伝えておきます。そこの彩夏が言うかどうかもわかりませんし、知っておかなくては困ることです」
 そんな前振りをしたかと思うと、
「クリスは音波、音に干渉して全般的に補助だけしかできませんが、それを利用して攻撃にも転じることができるんです。もし例えあなたがどれが腕が立つものであっても、体を瞬時に移動させ、その余力で敵を圧殺する、一瞬で細切れにされるぐらいの実力の持ち主なんです」
「………………」
「但し、それも制限がつきます。威力がありすぎてやってはいけないことになっているんです。もしその瞬間移動にも似た戦闘様子がみれることがあったら――あなた、かなりの幸運ですよ」
 そう、成美は言うと、それでは、と。折り目正しくお辞儀をしていよいよ歩き出した。
 まさか。ここで。その一瞬で細切れにされるような技と切り結んだ、とは言えなかった。
 ここで知らないということは、久世さんが彼女らに言っていないということだからだ。
 彼女には義理も恩もなにもないが、考えなしに伝えていないわけじゃないだろう。だから僕もここではなにもいわないのがベストだと判断しただけ。そう、ただそれだけだ。
 でも、なんだか胸の奥で何か重いものが落ちてきた気がした。とっても錆びていて重くて暗いものが。
 そう、僕がずっと昔から知っているものだ。でも、今はそれからは目を背けるしかない。
 そんな瞬時の思考のあと、外延部端のガラスと公園にはさまれた歩道を歩いていく成実をふと目をやると、すでに百メートルは離れていただろうか、制服姿の彼女の姿が段々を薄れ――そして「向こう側」が彼女の体越しに見えるようにまでなるとさすがに僕はベンチを立った。
 だけど彼女はまだそこにいるかのように歩道を歩き続け、そしてついに、見えなくなった。いや、最後に蓮杖がやった干渉時に見えたなにか結晶のような欠片が弾け飛び、トーラスの中央方面へと飛んでいってしまった。
 成実がいたはずのその場所には何も存在はしていなく、ただ石畳の歩道と街頭、公園の木々がぬるい風によって夕刻の夏をしらせているだけだった。
「……いや、さすがに、これは、ないでしょ」
 僕は欠片が飛び去った方角の中央の摩天楼を眺めながら思わず呟く。
 消えた。文字にしてもたった三文字だがそんな簡単なことじゃない。まったくもって文字通り「消えた」のだから。ものすごい高速移動でも、映像でもない。確かに、さっきまでそこに成実という女性はいたのに。
 これも干渉なのか。干渉というものは人をああいうふうに移動させたり消したりもできるのか……。
 「まったくもって適わないじゃないか」。率直にそう思ってしまった。
 とにかく横にいる彩夏に聞こうとして視線を下に下げると、
「ほぉー」
 まだなんか気もよさそうな顔で呆けていた。両手を頬に当ててなぜか少しにやけてる。ポニーテイルのように後ろでくくった長い黒髪を左右に振りながら、
「やっぱり成実っちのマッサージは超気持ちいい…………」
「いやいやいや」
 いやいやいや。そんなわけじゃねーだろ、いやいやいや。ていうか今まで随分大人しかったと思ったら余韻に浸っていたのか。あれはどう考えてもマッサージじゃないだろ。傍目からは女子高生のキャットファイトにしかみえなかったし。
 そんなに気持ちのいいものなら僕も是非やって頂きたいものだ。
「おい、彩夏、まぁそういう突っ込みどころはあえてつっこまねぇけど、さっきの成実の消え方。あれも干渉なのか?」
 僕は嘆息しながらベンチにどっかりと腰を下ろすと彩夏に目をやった。彼女はなぜか低く唸りながら両手で頬をマッサージするかのように摩っている。
「時津彫クンってさー、本当に質問多いよね」
「は?」
 質問――が多い。
 ……いや確かにほとんど僕はここに来てからの会話はほとんどが質問で占められているだろう。それに気づかないはずがない。
「なにを探ってるの?」
 的確。直球。
 僕はその場で硬直した。
 なんの駆け引きもなく、なんの策もなく、彼女はただただ純粋な疑問として僕に質問してきたんだ。
 彩夏は綺麗な黒髪を、両腕を後ろに回して手櫛をしながら束ねその白い整った顔を僕のほうに向けていた。表面にはなにも感情は浮かんでいない。僕はその彼女の湖のような色の碧眼に一瞬見惚れた。
 普通の碧眼よりも濃度が濃く、ただ見ているだけでその顔に当たる光によって作られるハイライトがまるで湖面に漂う陽光のように移ろいでいる。何通りも重ね合わせられる光のせいで別の色が目に見えるようだった。
 でもそれはただ僕が彼女の威圧感を感じていただけかもしれないし、彼女の指摘にただ――返答に躊躇しただけだ。
 そう、きっと……そうだ。動悸が激しいのもそのせいだ。
 僕は彼女から視線を剥がしてトーラスの外に広がる外地街へ視線を移す。まだ時刻は夕方の五時くらいで日没までには時間があった。
「別に私は時津彫クンがここに何しに来たのか知りたいわけじゃないんだよね。あんまり興味ないし」
 その言葉に驚いてまた彼女を見やる。彩夏は欠伸をかましながら細い両手両足を伸ばしてそのままだらんとベンチにあずけ、視線を上に向けていた。
 僕はその彼女の暢気な、掴みどころがない雰囲気に躊躇し心が定まらない気分にさせられる。落ち着いていたのに突然地震とか災害がやってきたような、そんな感情。
 探ってるというならもうそれは僕がこのトーラスに探るために入っているということを、核心しているから言える事だ。それなのに――。
「あれれ? なんで興味ないのかって聞きたそうな顔だね。なんで拘束しないのかって顔。理由を言うとそこは私のお仕事の範囲じゃないし、それに今の『あなた』に興味はないってー意味で、別に時津彫クン自体に興味がないって言うことじゃないから。あームクドリー」
 そんなことを言って上を通り過ぎていく小さな鳥を追って顔を仰け反らせる。
 話も半分。言うことも半分と言う感じ。
 僕はどう自分の出方を見極めたらいいわからず、ベンチで脱力している彼女に言う。
「じゃあ……俺が本当はトーラスを探るために侵入したなにかだと言ったら?」
「さあ? 私の管轄じゃないしー、別に入られても困ることないんじゃない? それとも、そんなこといって逆に焦ってほしいわけ?」
 そういう意味じゃない。
 それでそんな解釈がでるわけがない。
 それぐらいわかっているはずなのに――彩夏は全部はぐらかす。受け流し、決して相対しない。いや……本当に興味がないの、か。
「…………俺が、今ここで、お前を人質にとるか、この刀で殺そうとするかすれば、納得してくれるのか?」
 ベンチから動かず、目を彼女に固定して言う。だが、彩夏は、本当につまらなさそうに脱力していた両手両腕を戻し腕は組んで、両足はあわせた。
 一旦嘆息して見せ、伏せた形のいい瞳で僕をまっすぐ見てくる。
「――四十点ってとこかな」
「は?」
 僕が険のある口調にしても彼女は飄々と気にもせずに言葉を紡ぐ。
「私がここにいるっていうことは少なからずトーラスの軍に属してるってことぐらいわかるはず。それを人質になんて、時津彫クン、この都市と単独で戦争でもする気? それに、」
 何かの癖なのか、一旦言葉を切って片目を閉じてみせる彩夏。
「例え――そこの刀で私に向かってきたとしても、私は『抜く前に倒すことが出来る』。まぁ、例え私じゃなくても、そんなチンピラみたいな安っぽい脅し文句、あんまり言うもんじゃないわ、自分の品格を下げるから」
 滑らかにそんなことを言うと彩夏は僕に依然として視線を固定してくる。
 彼女の瞳の中はまだ薔薇色の光たちが踊っていた。さっきよりも揺らいでいるように長い睫が瞳に掛かり、その揺らいでいる表面に僕が写っているのが、わかった。
「それに、あなたは何がしたいの? 『私にそんなに自分を侵入者ってことを認めさせたい』らしい、それで?」
「――――っ!」
 体中が一気に火照るのを感じた。体の中心部にある何か黒く重いものとは別に、まるで黒い霧のようなものを口から吐き出しそうな気分になる。どの感情が今僕のもので、どの感情が今出すべきものなのか、僕は戸惑っていた。彼女を見ると本来とは違う言葉が出てきそうで思わず目を反らしてしまう。
「ちっ、違う。俺はその……」
 いや。
 ここで取り繕うのか?
 こんな少女のために?
 そんなことでここまできたはずじゃない。
 僕の様子を彩夏は万華鏡のような瞳で何も言わずじっと観察していた。
 頭を振り、息を吐く。そして長髪の黒髪少女に僕は言う。

「僕が来た目的のために法化制圧部全員を殺さなければならないかもしれないと言ったら?」

 また、疑問系で問う。
 しかし今度は彩夏は何も言ってこなかった。
 彼女は僕の言葉を受けてもまるで何もなかったかのように、凪いだ碧眼で僕の脳髄を見透かすかのように見つめてくる。
 彼女を改めてみると軍だの部隊だのと言う単語とは程遠いと思える。細く、白い四肢は年相応以上に肌が綺麗でむき出しの肩が眩しく夏の夕暮れの日差しを照り返している。長い黒髪はアップで後ろでに纏めており、艶のある髪はまるで水晶のように透き通っている。細い首筋に平均以上ではある身長、胸も平均以上で運動が出来るようにも思えない。化粧っけのない顔はそれだけで綺麗といえるほどキズ一つないものだった。
 こんな少女に、部隊以前に武器なんていうものが扱えるのだろうか。ただの女子高生にしか見えない、こんな少女に。
 僕は全てを話してもいいんだろうか。
 僕の思考はどれくらいだったのだろうか、いつの間にか目を離していたらしく、彩夏は腕を組んだままで何かを黙考していた。
 そしてただそれだけの動作だというのに、見とれるかのような仕草で少し首を傾けると、目を細め少し口を歪めて言う。
「――少し、話しましょうか」
 そう言って腕組みを解くと足も戻し、ベンチを立って僕を見下ろす。
「時津彫クン自体に興味がないって言うことじゃない、そう言ったのは本当よ」
 夕日を背中に受けて僕に体を向ける彼女はまるで火を背負ったかのように輪郭がおぼろげだった。
「私は、あなた個人に興味がある」
 そんな彼女の言葉を僕は少し呆けた表情で聞いていたのかもしれない。いや、驚いて聞いていたのかもしれない。
 そしてようやく彼女の表情は出会ってから僕に見せた、本当に優しさを湛えた笑顔だということに気づいた。

 

 

 

 

 

Do you want to know her true figure?