FATHERHOOD -11ページ目

自分にも他人にも可愛そうなんて思うな

お久しぶりです。

金曜日の夜、土曜の午後、土曜の夜と、久しぶりにお会いする方と話す機会がありました。

今、自分に起こっていることに対して、みなさん、同じような見解というか、より広くい視野で、人生を形成するひとつのイベントとして、話をしてくれました。

気になった、キーワードだけ、ここに書いておきます。



『愛』 と 『愛情』 は違う

因果

自分に強くなる

欲で自分を汚さない

今、何を言われても、どう思われても、自分達はピュアでありつづける

結果は、数年後

今じゃなく、そのときにわかってもらえばよい

生き様

心配するのではなく、信じる

今を奇麗事で済ませるより、期待をさせて後で裏切るほうがよっぽど罪深い

だから、自分に強くなる

判断すべきときに判断する

すべて必然

だから、起こっていることを受け入れる

ここから何を学ぶ?




自分って卑怯だなって・・・、弱いな・・・って感じてました。

結局、いい格好をしていたいだけというか。今、このときに、自分の誠意を理解させたくて、わからせたくて、ちゃんとやってれば、今誤解されていても、後で絶対に伝わるということ。ちゃんと取り組んでいなかったかもしれないです。
 

ボランティア

ブログの記事一覧を見ていたら、公開していないのがいくつかありました。


その中のひとつだけ、遅ればせながら公開しときます。


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ボランティアとして活動している人って熱く生きてる人が多い。


CoolでSmartな人ばかりの組織に属していると、なかなか熱く生きてる自分が表現できなかったりする。



ちなみに、


ボランティアって「自発的であること」だったり、「志願してやること」であって、決して社会福祉なんていう意味ではない。たまに勘違いしてる人がいる。(結果として社会福祉に関わることもあるのだけどさ)





MRKもおれも学生時代はボランティアとして活動していたことがあった。しかも「子供」まわりで。


MRKは毎年どこかの島(鹿児島の方)の子供たちを集めて、子供キャンプをしてたらしい。


おれは、アメリカに渡った当時、Day Care Center(日本でいう託児所)に週に1、2回行って子供たちと遊んでた。そのDay Care Centerは「親に問題のある」子供たちの受け入れ場所だった。


親に問題があるとは、「Drug Addict(薬中毒)」、「Alcoholic(アル中)」で、場合によってはDomestic Violence(家庭内暴力)があること。


不思議と、親に問題はあっても子供は普通に見えたし、みんな無邪気でかわいかった。まじで。


あの環境ではアジア人ってこと自体めずらしかったし、ましてや当時は英語だって流暢であったわけではない自分。しかもいつも一人で訪問していたし。


そんなのにも、何の偏見もなく、自分らの友達と同じように接してくれる。


週に1回しか行かないのに覚えててくれて、「あっ、Reeoh(りお)が来たぁー」って感じで走りよってきて手をひぱってってくれる子もいた。



子供に罪はない。


ちいさいころからわるい子はいない。


そうさせてる、そうなってく環境があり、大人がいる。



今でも理解できないけれど、親に問題があっても子供たちは毎日親のもとへ帰る。


1度だけ送っていたことがあった。


そこには、映画でみるような腐敗したアメリカがあり、見るからに何かの中毒だろと思えるような父親、母親がいる。


家までの道のりもはしゃいでたけど、親を見た瞬間に子供の顔が変わる。


無邪気で子供らしかった顔が、真剣でしっかりものの顔に変わるような感じ。


何度か親と言い合って、家の中に入ってく。


いつの間にか握ってた手が離れてて、「送ってくれてありがとう」って、家の中に入ってく。




今あの子達どうしているだろう。今の今まで、あの子達のことを思い出すこともなかった。


平和ボケ。結局、外部の人間として関わってただけなのかもしれない。


自分の問題としては認識していなかったということかな。


忙しいとか、他にやることがあると言ってれば、真にやるべきことから逃げてられる世の中。



過去の体験を長々と書いてしまったけど、ボランティアは人のためではなく、自分のためにやってることなんだと思う。


聞こえを悪く言うと、自己満足。


何かしてあげてる感ではなくて、自分のためであることをちゃんと認識できていれば、ボランティアって本質的なものなんだと思う。


ジカン

最近、いろんな企業が子育て支援策を模索したり実施したりしてるみたいで。その流れ自体はすごく良いことなのだと思うのだけど、


「男も育児休暇をとりましょう」


とか言ったところで、なかなか率先して休暇をとる感じにはならないみたいですね。


そこには、


   周りに迷惑をかけてしまう


とか、


   戻ってきたときについていけなくなる


といった感情があるみたい。わかる気がする。



個人的に、こういう支援策を聞いて、自分の中にスーッと入ってきたものってないかな・・・



以前から「時間」ってどういうものだろうって考えることがあるんだけど、日本ってまだ


   「労働提供」 = 「時間提供」


なのかな・・・って思う。


もちろん、そういうお仕事もあって、特にラインで働く人って自分の能力に関わらず工場の流れの中で作業していかなきゃいけないから、時間提供みたいなことはうなずける。


でも、僕らみたいな Office 勤務の人たち、いわゆる White Color Exemption の対象になるかのような人たちって、「自分の裁量」で仕事をしてるわけで、ここに時間的縛りが強いとすごーいやりづらい。


どんだけ、頭をひねって物事考えてても、発想とかアイデアっていつでも同じように出てくるわけじゃないし、思考パターンや視点って状況によって変動してると思う。時には時間を無駄に使っていて、時にはめちゃ有効に使ってる。


こういう意味で、「時間」にではなくて、「成果」に対して給料をもらうのって Logical だなぁって個人的には感じてる。だから、『残業代』っていう考え方が前から大嫌い。


あっ、何が言いたかったっていうと、何も「何時から何時まで特定の場所で」作業することが仕事の定義じゃないのかなって。休暇をとらせるのもひとつの策だとは思うけど、Home Office的な環境や、勤務時間に対する縛りを緩めるだけで、かなり子育てってしやすくなると思う。


なんか、「仕事と家庭(子育て)の両立」って議論は好きじゃなくて、


「仕事と家庭の融合」みたいな発想ってしてみたら何か変わるかなぁと。



自分の会社では、そういう視点で物事考えて行きたいです。

 

意識の格差

今日は暖かです。花見日よりだなぁと思い、昼食後、ぷらっと出歩きました。


気持ちいい。


にも関わらず、

時折目に入る不愉快な光景。

タバコ吸いながら歩く人、平気でポイ捨てするひと。

お前らだよ、子供の希望を奪ってる奴は・・・

とても、模範にしたいとは思えないおっさんら。

年齢的には、子供だっているだろうに。どういう子育てしてるのか気になるけど、希望とか可能性を奪ってるんだろうな。

だいたいからして、ダサい。かっこいいと思えない。

かっこいいか、かっこ悪いかなんて、生まれ持ってのものじゃない。

ちょっとした意識で見え方、見栄えなんていくらでも変わるのに。

自分を通して、奥さんや彼女まで見られてることわかってんのかな。


スーツ着て、リュックはないだろう・・・

スーツ着て、マガジンはないだろう・・・

しわしわのスーツもないだろう・・・


何のために働いてるの?

何のために生きてるの?


地球資源は有限なんだよね。

自分が生きてるってことは、次の世代のための資源を奪ってるっていうことでもある。

だから、未来につながることを意識しながら、日々の生活を送って欲しいよな。

そういう人はいっぱい存在するはず。

でも、それ以上に、出来てない人もいっぱい存在するだろう。


いろんな『格差』が問題視されてるけど、

『意識の格差』も大きい。これって致命的じゃないかな。
 

登記書類を提出しました

日は変わってしまったけど、法人の登記書類を昨日(4月3日)提出しました。

手続きが完了するのは2週間程度先みたいですが、設立日はさかのぼってこの日になります。

1年近く、もんもんと考えてきたつもりだったけど、設立なんてやってみればあっさりしたものです。

ここまでは、誰でもできるってことなんですよね。

大切なのは今後。


BC

BCってうちの会社のCEO。



今朝は重要な顧客との重役Meetingがこのオフィスであるらしく、朝から人がぎっしり。



今までにない雰囲気・・・。





BCとFace to faceで話すのは今日がはじめて。数日前に、BCがここに来ることを知ってから内心すごく楽しみにしていた。全然ミーハーじゃない自分も、彼を前に、言葉を交わし、握手してもらって、なんとも言えない高揚感があった。





たかが5000人程度の規模の弊社。でも、この業界では確固たる地位を築いてる。



本国では(に限らずだけど)BCはかなりの有名人だと思う、経営者として。





そりゃ問題のない会社ってなかなかないだろうけど、みんなどこかに不平や不満は持ってるだろうけど、うちの会社では誰一人としてBCの悪口を言う人はいないらしい。



そのくらい人間として魅力がある。



彼が考えてることが、すごくビジョナリーだし、この会社がここまで成長したのも理解できる。





色々な経営者がいるけど、BCが他の経営者とちがうのは、なんでBCにだけは自分もここまでひかれているのか、一言で言うと





「ずばぬけた爽やかさ」かな・・・





人を見下ろさない、人を包み込む雰囲気を持つ、ビジョナリーである。



言葉の選び方(彼はきっと選んでるわけではないだろうけど)、話し方がすごく魅力的で、威圧感を全く感じない。





想像通り、まさにそれ以上の人だなぁと感じた。おれでは言葉足らずで表現しきれないな、BCの魅力は。





すっげー、かっこいい。



「あぁいう経営者になりたい」と思う前に、「あぁいう人間になりたい」と思わせてくれる。

  

会社設立に向けて

5am消灯、7am起床の今日。

10amから名古屋観光ホテルで行政書士のTさんと、税理士のIさんとお会いしました。

もちろん初対面です。


会社設立の手続きをお願いするに当たって、いろいろ話し合いが必要で。

税理士の方をお連れしてくれるなんて良心的な方だなと思いました。

思惑通り、僕らと同じ世代のTさんで、間違いのない行政書士を選んだなって思います。

多くの行政書士の方がホームページを持たれてる中で、感覚的にTさんが良いなって、KAZもおれも感じてたんです。

税理士のIさんは、おれと同じくアメリカ滞在経験があり、いろんな意味で好感触です。


ざっくばらんに色々と話すことで、今まで知らなかったことがわかったり、「あぁ、そんなことができるんだ」ってことや、「これはちゃんと考えなきゃ」っていうことが、いろいろと出てきました。

そうはいっても、それらは今後の運営面での話なので、会社設立に対して障壁になるものではなく、ターゲットとして、4月3日(火)の「大安」に会社を誕生させる方向で話を進めます。

鉄腕アトムの誕生日である4月7日が素敵だなと考えてたのですが、今年はこの日は週末なんですよね・・・


まだ何も始まってない今の時点で夢物語かなと思いはしたものの、直近でやりたい事業だけではなく、今後の展望も含め全部伝えました。(第3者に伝えてみると、自分の中にも落ちるものですね。)

意外にも、妙に関心されちゃって。いい発想ですねって。

あとはやるかやらないかだけですよって。

会社設立支援のようなお仕事をされてると、「今、これがやりたいから」ってことで会社を起こす方々にも結構お会いするそうです。その後の展望やプランもなしに。

僕らはそれができないから(やりたいことはスケールがでかすぎ)、それができるようになるために、順を追って事業を成長させること(時にはスクラップ、売却も考慮にいれつつ)に落ち着いただけではあるんですけど。

いずれにしろ、これで進んでいくんだなって感じが沸いてきました。

こういう感じが好きです。
 

Alternative

今年もすでに1/6が終わってるんですよね。

早い、早すぎる・・・。こうやって歳だけとってくのはイヤだな。


久しぶりのblog更新。

Frankly speaking, サボってるってことです。

あと、今、ちょっと整理できないことも起きていて、これらはいずれ順を追って・・・。



さて、明日は初めて行政書士の方と税理士の方にお会いします。


理由はというと、会社設立を進めるためなんですね。

「ようやくここまで来た」ってことではないんです。だってまだ何もしてないし、漠然としたことを決めたくらい。

自分の気持ちの中で、ようやく「やろう」ってところにきただけ。


友人のKAZ、自分が発起人になります。


約一年前くらいから起業を真剣に考え始めた。

その「きっかけ」や「目的」を大切にしたくて、具体的な事業を考える前に(やりたいことはあったけど)、

「なんで?」ってことを繰り返し自問自答してました。

ビジョンとか理念とかそういうところにずっとフォーカスしてきた。


で、いつもあるところまで行っ行き詰る。

これってコギツケ?、誰に何を説明してるの?って感じで・・・

どこか自分の思考の中にに Break through がなくて、明確な動機が説明しきれない気がしてたんですね。



そんな中で出会った人たちがいて、もっとシンプルに考えなきゃいけないってことに気づいて。
自分の中に感じてた違和感を、同じように気づいてくれた人がいた。


今までの振る舞いの中で意識した「reeohらしさ」に違和感を感じた瞬間だったのかな。



自分の中では動機やきっかけは明らかだった。

すくすくと育ってる我が子; 彼らが活躍できる未来を残してやらなきゃ。

残してやるのは「環境」、そして、大人になって自由に活躍しまくることへの「希望」。


"環境を残すための事業を興して、希望を与えるための生き方をする。"


これだけ。シンプルでしょ。



肝心の事業内容ですが、最終的にやりたいと思うことは、これからあたためはじめます。
まずは、身の丈にあったことからはじめようと考えていて、当初から打ち出していた
農業・食・エコ・の匂いは、直接的にはしないかな。


①まずは、あるものの輸出を1年やってみます。

②次のステージでは、去年末シアトルで素敵だなと思ったものを日本にも広めたく。

③平行して、もともと描いていた仕組みの実現のために土台作りをする。

④最終的に日本から輸出したいもの(正確に伝えたい日本というもの)があったり。


③と④はシンクロさせながらやる。そして、日本とアメリカでやってく。3年後にはここまで行きたいな。


おそらく、これから設立する会社だけですべてをやることにはならないと思います。

すでに2つの会社の名前を考えていて、本命は後に設立予定。

(今はその会社名を使いたくなくて、半ばコギツケで今回設立する会社名を考えました。)


すべてうまくいくというか、軌道に乗るという前提でいろいろ考えてるわけですね。

 

ACT UPON

New Year's Resolution:  ACT UPON


考えに考えて不安になったり心配になってなにもしないよりは、小さくても行動に起こす、ACTIONを起こす。


いろいろやってみて、軌道修正すればいい、合わなきゃ辞めればいいやくらいに。


とにかく、今年は色々やってみようと思う。



考えてるだけだと、先が見えなくて・・・

 

日常の愛情

今日で今年は仕事おさめ。


最後の3日間は東京で研修を受けてます。(来年のMissionが変わるかもしれないのです)


年末だというのに、この暖かさはなんだろう。


明らかにおかしい自然現象。


例年のようにおかしなことが起こってる。


おそらく、多くの人がそう感じてるはず。


でも、そのほとんどの人が他人事。



まちがいなく、今のままの日常の暮らしをしていたら、明らかに今よりも悪い形で次の世代に問題を押し付けることになる。



日常で子供に愛情注ぎながら、これらの問題を見てみぬ振りしてる。



日常に注ぐ愛情って、


 偽り?


 自己満足?


 逃げ?



20年後、30年後を考えたとき、今の愛情表現が本当に愛情の表れなのか疑問を持つときが来るのだろうか。


他人事だと、やっぱり変わらない・・・