北原白秋作詞の唱歌『城ヶ島の雨』では「利休鼠の雨がふる」と歌われますが、どんな色の雨だと思いますか?
私は子供の頃、どんより重たげな鼠色かと思っていましたが、でも利休ですから抹茶の色が感じられる鼠色でしょう。歌詞に「雨は真珠か、夜明けの霧か」「日はうす曇る」とあるので、透明感のある淡い緑色を含んだ鼠色かもしれません。
上の歌詞の背景色がその「利休鼠」です。
じっくり見るとかすかに抹茶系の鼠色に見えなくもない微妙な色ですが、これに「利休」と名付けたセンスが『粋』ですねえ。
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クマ「ご隠居、なぜこんな『利休鼠』なんていう色の名が出来たんですか」
隠「熊さんや、江戸時代は『灰色』というと火事を連想するので、『鼠色』と言ったそうだが、日本の伝統色の話は面白いぞ。当時は庶民が一番繁栄した時代だ。商人や町民は裕福になったので、衣装に金を掛け、贅を競うようになった」
クマ「税金が競って上がった」
隠「そうじゃない。贅沢の贅だ。しかし幕府は、庶民に贅沢をされては困る、身分相応の生活をさせようというので、『奢侈(しゃし)禁止令』を出した。着物の柄や生地、値段などに規制を掛けて、色は『鼠色』と『茶色』と、そして御納戸色という『藍色』だけを許可した」
クマ「だから時代劇の町民はみな地味な色の着物を着てるんだ」
隠「しかし江戸の町民は『粋』だった。お洒落を楽しむ気持ちと反骨心があって、くじけなかった。この規制された三色の中で、特に鼠色と茶色は、微妙な染め分けをして膨大な新色のバリエーションを考え出した。これを『四十八茶百鼠』と言って、これは沢山あるという意味だが、実際に百色以上あると言う人もいる。
下の色見本は『鼠色』のバリエーションの一部だが、みな地名や花や木々の名、歴史上の人物などをからませた風情と情緒がある名前ばかりだ」
最初の深川鼠は、薄い青緑がかった灰色のこと。江戸の深川には富岡八幡宮を中心とした庶民的な享楽街があり、意気と張りを看板にした辰巳芸者が評判だった。
深川は、諸商の問屋のある日本橋に入る隅田川の河口近くにあり、芸者の気風は吉原やその他の芸者と違って勇み肌であったため、威勢のいい商人や職人に気に入られ、その風俗も男装スタイルで、名もぽん太とか仇吉など男名を名乗っていた。江戸で最も粋な深川界隈で好まれたのが深川鼠。これが江戸中に流行っていった。
梅鼠は、赤みのある薄い鼠色のことだ。派手な紅梅色は禁止されていても、鼠色のバリエーションとして赤味のある薄い鼠色ならいいだろうと考えて創り出した。
次の桜鼠は、淡い紅色が灰色または薄墨がかって、わずかにくすんだ薄い桜色のことで、いわゆる墨染の桜。この桜鼠は元禄以降に用いられるようになったと考えられるな」
クマ「ご隠居、はっきり鼠色と分かるのは四枚くらいで、あとはどちらかといえば茶や赤や、青、緑系ですね」
隠「そうだな。強引に『なになに鼠』と名を付けて、幕府の取り締まりを逃れたのかもしれん」
クマ「『ねずみ』じゃなく、『ねず』と読むのが多いですね」
隠「そうだな、『ねず』のほうが語感がいいし、気が利いている。熊さんや、下の浮世絵の女性は着こなしが見事だぞ。着物の色は『銀鼠』か薄めの『利休鼠』みたいだが、襟のところを見ると内側は『錆鼠』と「茶鼠」と同じ系統の色を重ねているのに、コーディネイトはぴたり決まっている。こんな上品でシックな色遣いは、あたしは西洋画で見たことがないな。ちらりと見える袖口の紅も『粋』だと思わんか」
喜多川歌麿『歌撰恋之部 物思恋』大判錦絵/寛政5?6年(1793?1794年)頃
クマ「はい、そうですね。小紋の柄もエレーガントです」
隠「普通は柄物と柄物を組み合わせると柄が喧嘩するのだが、この小紋柄は控えめで、上品だからいいのだろう。柄といえば一番有名なのは『ルイ・ヴィトン』のモノグラムだ。あの柄は十九世紀のパリ万博でジャポニズムブームが起きて、島津家の丸に十字紋の家紋からインスピレーションを得たそうだよ。ヴィトンのバッグは柄と色がシンプルな紋様で、色も渋くて飽きないので、大抵の服装に合いやすい。これが世界的に大ヒットした原因じゃないかな」
クマ「ご隠居、こんな渋い色調の伝統色は、例の幽玄の『侘び・さび』と関係ありますか」
隠「うむ。室町時代、『墨に五彩あり』と言われて、禅宗の枯山水や水墨画などで墨の黒色や灰色が尊ばれた。『侘び・さび』の美学が定着したのもこの頃で、無彩色の中にも色を見る感性があったということだ」
クマ「なるほど。色を使わねえからセンスが古いというわけじゃねえんだ」
隠「スポーツの国際競技で選手や観客を見れば分かるが、アフリカ系やラテン系、南太平洋諸島の人は衣装が原色で派手だ。一方、西欧の先進国では原色はあまり使わない。ところが、日本人は千年以上も昔から淡い無彩色の美しさを認識し、その色違いも無数に創り出してきたわけだから、色の感性はたいしたものだよ」
クマ「そういえば、キューバとかメキシコの車は派手な赤とかオレンジ、黄色が多いですが、ドイツとかイギリスの車はシルバーや白、黒系が多いですね」
隠「しのぶれど、色に出でにけり、わがセンス。色は、国民の感性と民度を表すのだよ」
クマ「う~ん、黒人でも白人でもねえ中間色の日本人は、民族的に色のセンスが幅広いんですかね」
隠「うむ、どうかな。しかし熊さんも、日本の伝統色の奥深さと情緒、風情を少しは理解できただろう」
クマ「はい、謹んでご隠居にマウスあげます。俺はひと晩、寝ずみに考えても、こんないろいろな色の名は思いつきませんでげす」
隠「ん? サゲのつもりなら、点数は下の下くらいだ」
クマ「いえ、ここはどうしても、中の中くらいに負けてくださいませ」
隠「ほう、どうしてだい?」
クマ「はい、鼠色の話だけに、チュウチュウが適切であります」