史上最高の科学者にニュートンの名を挙げる人も多い。
だが、発想の飛び具合なら、アインシュタインも負けていない。
アインシュタインは数字や記号の暗記が非常に苦手で、
自分の電話番号すら覚えられなかった。
だが「頭の中の実験」から、宇宙の常識を書き換えた。

彼は人生についても面白いことを言っている。
そこで10の言葉を選び、私なりの駄感想を添えてみた。
①「どんな条件であれ、私には確信がある。
神は絶対にサイコロを振らない」
これは量子力学の「確率」に納得できなかった彼の有名な言葉である。
彼は、宇宙の背後には、偶然に支配されない、
完璧な因果関係と美しく統一された秩序(調和)が存在する、と考えた。
私はここに大いに共感する。
生命が現在の姿まで進化したとしても、その仕組みそのものの背後に、
何らかの高度な知性や意志がある、としか考えられないからだ。
アインシュタインは「非人格的な神」を考えている、と見ていい。
②「想像力は知識より重要である。知識には限界があるが、
想像力は世界を包み込む」
知識(すでに分かっていること)をしっかりつかんでいるからこそ、
想像力(まだ誰も見ていないことを見る力)を発揮できるのである。
日本人は勤勉で、技術は優秀、改良も得意だ。
だが、GoogleやMicrosoftのような企業が強いのは、
既存の正解を覚えるより、新しい「?」と「!」を作ったからだろう。
優等生だけでは世界は変わらない。
たまには答案用紙から、はみ出す人間も必要なのである。

③「偉大な精神は、平凡な精神から激しい反発を受けるものだ」
1940年、哲学者バートランド・ラッセルを擁護した手紙にある言葉である。
「前例がない」「みんなと違う」「そんな話は聞いたことがない」。
この三点セットは、新しい発想をつぶす必殺用語だ。
ただし、少数意見なら何でも正しいわけではない。
むろん、多数派だから正しいとも限らない。
結局、自分の頭で考えるしかないのである。
私は昔から、少数の独創的意見や異端思想に興味を引かれる。
本道より脇道のほうに、面白い花が咲いていることがあるからだ。
④「人間の知識と技術だけでは、暮らしを幸福で尊厳のあるものには出来ない。人類は、客観的真実を見出すことに、高い道徳基準と価値を置くものだから」
ブッダ、モーセ、イエスのように高い道徳的価値を示した人物を、
アインシュタインは科学者以上に高く評価した。
科学は「どうすればできるか」を教える。
しかし「それをしてよいか」までは教えてくれない。
これはAIも同じである。
頭脳が進歩しても、心まで自動更新されるわけではない。
人は何のために生きるのか。どう生き、どう愛するのか。
こちらの探求も、科学に劣らず重要だと思う。

⑤「大切なのは、疑問を持つのをやめないことである。
好奇心には、それ自体に存在理由がある」
信じる心は美徳である。
だが、「疑わない心」になると、少々危ない。
私はかつて聖書を学び、「素直に信じる」ことの大切さを学んだ。
しかし同時に、疑問を封じれば科学も宗教も進歩しない、と感じていた。
「なぜ?」は、知性のエンジンである。
子供が「なぜ? なぜ?」とうるさいのは、頭が正常に動いている証拠だ。
大人になると静かになる。こちらのほうが少し心配である。
⑥「宗教なき科学は足が不自由であり、
科学なき宗教は盲目である」
彼の言う「宗教」は、特定宗派の教義という意味ではない。
宇宙の合理性や厳格な秩序に対する深い畏敬に近い。
科学は100パーセントの正解にはまだだいぶ遠い。
見えない世界は無いのではない。
臨死体験や生まれ変わり、不思議な霊的体験など、物証は数多くある。
ただし、信仰だけなら迷信になりやすい。
科学だけなら、測定器に映らないものを見落とすかもしれない。
二つの目で見たほうが、世の中は立体的に見えるのだ。

⑦「成功者になろうとするな。価値ある人間になろうとせよ」
これはアインシュタイン晩年の言葉として確認されている。
金、名誉、肩書。世間はこういうものを「成功」と呼ぶ。
しかし、人を安心させたり、笑わせたり、助けたりする人もいる。
こちらは銀行残高には出ないが、立派な「価値」である。
柴又の寅さんを見よ。成功者とは言いにくい。
だが、いなくなると町が急に寂しくなる。
人間の価値は、履歴書には全部書けないのである。
⑧「天才には限界があるが、愚かさには限界がない」
これもアインシュタインの名言として広まったが、出典は確認できない。
むしろ似た言葉は、彼より前から存在していたらしい。
しかし皮肉としては秀逸である。
厄介なのは、知らないことではない。
知らないのに「知っている」と確信していることだ。
自分の愚かさに気づくには、少し賢さが要る。
ソクラテスの「無知の知」も、そこを突いている。
無知には底がある。
自信過剰には底がなく、見苦しい。

⑨「誰かのために生きる人生だけが、価値ある人生である」
これは1932年ごろのアインシュタインと確認できる言葉である。
立派だが、私は中ほどの「だけが」の部分に、少々引っ掛かる。
自分の好きなことをして生きる。
それが結果として誰かを楽しませることもあるはずだ。
なので人生まで「他人ファースト」にしなくてもよいのではないか。
自分を喜ばせることも、自分という一人の人間への奉仕ではないか。
人間は、あらゆる喜怒哀楽の体験をすべく存在している、と言われる。
何を体験するかは個人個人にまかされている。
それが根源の神(創造者)の意志であり、人が生きる目的でもあるのだ。
⑩「失敗したことのない人間というのは、
挑戦をしたことのない人間である」
これはアインシュタインの名言として非常に有名だが、
調べると、本人の言葉だという確かな証拠はないらしい。
しかし言っていることは悪くない。
失敗しない最良の方法は、何もしないことである。
無難に生きるか。失敗しても、やりたいことをするか。
これは「アリとキリギリス」の現代版でもある。
しかしながら、花も嵐も山も谷もあるからこそ、人生は物語になる。
何も起きない映画なら、観客のほうが先に寝てしまうだろう。

―――というわけで、
最後の名言はアインシュタインの言葉ではなかった。
だが、それもまた面白い。
名言は、誰が言ったかも重要である。
無名の人が言えば「ふーん」で終わる言葉も、
天才が言ったとなれば、急に額縁に入れたくなる。
これも一種の「権威の相対性理論」なのかもしれない。