リアルオプション -3ページ目

1DKを一望するのには、5分もかからなかった。
言うなれば、靴を脱いで最初のドアを開けたところで、メインの部屋を確認できてしまう。
有希は、クローゼットからキッチンまで念入りにチェックしているようだった。
気に入ったからなのか、今の部屋と比較しているのかは分からなかったが、そんなことはどうでも良かった。


まもなく、ハナから合図が届いた。
「すみませんが、会社から着信がありましたので、外で電話してきますね。」
「失礼いたします。」

「あ、はい。分かりました。少し内覧させていただきます。」


ハナが玄関へ向かうダイニングの扉を開ける動作と同時に、私はトイレのドアをゆっくりと開けた。
トイレの入口は、洗面所に面しているため、有希から見えることはない。


ハナは視線を右側にうつし、私の全身を足のつま先から舐めまわすように斜視した。

よっぽど私の変装がおかしかったのだろうか。

アイコンタクトでバトンタッチし、私は一時間ぶりに部屋へ足を向けた。


ハナには数分間の間、玄関前で待機してもらうように頼んだ。念のため。


私は、既にハナの家に着き、呼吸を整えていた。

ハナからの着信で、私の電話が震えた。


「山西ですけれど、お疲れ様です。」

山西と名乗る声色に、一瞬の動揺も見えなかった。


「ただいまから、別のお客さんと先ほどのマンションへ見学に行きます。」

「戻りは一時間後になると思いますので、よろしくお願いいたします。」


「では、あと10分くらいですね。」私は言った。


「はい、そうです。失礼いたします。」

私は、これから起こることを想像して、つい笑みがこぼた。


ハナと有希がマンションの前まで到着した。

一人暮らしとは思えないエントランスのデザインと鍵毎に暗証番号を入力するオートロックに

有希は気に入ったようだ。

ハナとしては、住人に会う前に早く連れて行きたいという気持ちでが優先したであろう。


エレベータに乗り、7Fの玄関前にて、

「こちらになります。まだ内装の清掃が入っていない状態なんですよ。」

「来月にはもっと綺麗になっていますので、ご了承ください。」

ハナはそういって、ドアノブに手をかけた。


「どうぞ入ってください。」

「はい、失礼いたします。」


私は、緊張と興奮で唾を飲み込んだ。

そして間もなくハナから送られる合図に注意を払っていた。

ハナがしゃべりだした瞬間、私はトイレのドアノブに手をかけた。



外からウィンドウ越しに彼女が座ることを確認した。

そして30分後、ショートサイズのカップを持ったハナが彼女の隣に座った。

「△△大学の有希さんですよね?」

「私はOGなんですけど、よくサークルに顔を出していて、学祭とかも行くんですよ」

「ミスコンみましたよ。おめでとうございます。前回は、すごい盛り上がりましたよね。」

「あれ以降、有希さんのブログとかも楽しみに見ています。もう一躍有名人ですよね!」

「こんなところで、お会いできるなんて光栄です。」


間を与えずにハナは話し続けた。

彼女は終始、顔を横に振りながら遠慮気味にお礼を言った。


「あっ、私はいま三商不動産(仮)でアドバイザーしています山西加奈子と申します。」

といって唯一の名刺を彼女に渡した。

「ホントは不動産販売の営業採用なんですけど、事情がありまして」と付け加えた。

「先ほどまでお客さんを賃貸マンションの見学に案内してて、今は休憩中です(笑)」


つられて有希も笑う。


そして次の会話から、ハナは試みる。

もう少し信頼させるべきではあったが、時間的に余裕がなかったためだ。


「そういえば、有希さん家を探されているとブログでかかれていましたよね?」


「ええ、そうなんですよ。でもまだ全然探せていないです。」


「ぜひよければ、弊社までお越しくださいよ。場所分かりますか?」

「3月までなら私もいますので、ぜひ手伝いせていただきます(笑)」

「すみませんね、宣伝してしまって。」


「ちょうど一軒なんですけど、今持ち合わせの資料があります。」


そういって、ハナはクリアファイルから一枚の1DK間取りを有希の前に差し出した。

有無を言わさず、ハナはペンを取り出し説明をはじめる。


「こちら、有希さんみたいな有名人にはぴったりですよ。」

「外観は今どきのデザイナーズマンションでいて、セキュリティ面が充実しています。特に・・・」

一通り、自分の借りているマンションの良さを有希に伝えた。これには自信があった。


「ちょうど今、そこのマンションを案内した帰りなのですが、よろしかったらご覧になります?」

「今日案内した2人のお客さんも気に入ったみたいで、入居するか悩まれているんですよ。」

「どうしても賃貸をお安くすることはできないのですが、有希さんがもし気に入られましたら、

私の力で5日間はキープできるかと思います。」

「その代わり、ブログで宣伝してください(笑)」


時折、二人に笑顔がこぼれた。

軽はずみのトークから、意外にも有希の方から、

「ぜひ見てみたいですね。」

と言葉がこぼれた。


判断を迷わせないため、ハナはすぐに席を立ち、カップを片付けた。

マフラーをまとい、二人は店を出て、ハナの家に向かった。