音楽しゃちょ『 K 』のブログ -4ページ目

30年前の死者についての手紙

「アンタ、土地の価格って調べられる?」

唐突に母が言い出した。

私は不動産屋ではない。

母は私に言えば何でも出来ると思っている。

「ドコの?」

まあ、一応聞いている。

売買が頻繁に行われている土地であれば、不動産価格を元にある程度は分かるであろう。

「秋田県の田舎の○○」

うん。

たぶん、ワカラナイ。

東京の渋谷駅周辺の宅地とかならば1坪価格はおよそ調べられるが。

そんな田舎の限定された地価など正確に判明する事は不可能だ。

地価公示でも抽出出来ないであろう。

ところで、何でそんな事を言っているのだろう。

「こんなのが送られてきてね」

母は私に司法書士からの手紙を見せた。

『遺産分割協議証明書』

ああ。

即座に理解した。

コレを見て、何の手紙がおよそ把握出来た方は一般法律レベルを勉強されている方ですね。

「誰か死んだの?」

聞いてみた。

秋田と言えば、私の祖父の故郷だ。

親戚の誰かが亡くなって、遺産の相続についての手紙が来たという事だろう。

行政書士からの手紙の内容は、

『私は上記の者の死亡によって開始された相続における共同相続人ですが、その相続財産について平成○年○月○日遺産分割の協議をした結果、後記不動産は相続人○○が相続する事に決定済みである事を証明します』

平たく言えば、

「○○が亡くなり、遺産の相続の手続きに入るケド、アンタにも相続の権利がある。でも、こちらで決めている1人に相続されるわよ、後で法的に文句言われると困るから、一筆頂戴」

こういう事である。


「いきなり手紙が送られてきてさ」

ああ、最近の事なのか。

「妹と弟にも同じのが同時に送られてるわよ」

ほう。

ところで、冒頭でも聞いたがまだ答えていないぞ、母上。

自分ばかり喋るな。

「誰が死んだの?」

「私のおじーちゃん、アンタのひいじーさんよ」

え?

私のひいじーさん?

そんなん、会った事もないぞ。

生きてるの?

「いや、とっくに死んでるわよ」

ダヨネ。

そのひいじーさんの相続について今から始めるの?

いつ亡くなったのだ?

「30年前よ」

ナンダソリャ。



私の祖父。

秋田で産まれ、上京して来た。

豪快な人物で、塗装の自営業を営み、毎日人を集めてガハハと酒を呑んでいた。

成人を迎える頃には、鹿児島に住むお嬢様な生活をしていた祖母と駆け落ち。

当時の世相で、県をまたげば現代で言う所の国が違うという感覚がある中。

秋田と鹿児島で駆け落ちし、大阪で生活をするという破天荒なヤツらである。

こんな行動力のある2人がジジババで、私の遺伝子は頼もしい。

私の母を大阪で産み、しばらくして関東に住みついた。

私が中学生の頃、仕事中に家の屋根から落ちて死にそうだったが、なんとか一命をとりとめ、後に数年生き延びた。

屋根から落ちる前の祖父は、ガハハと迫力のあるじいさんだったと記憶にある。

母が良く似ている。

私も子供の頃から気性がこのじーさんソックリだと言われていた。

駆け落ちの件もそうだが、このじーさんのエピソードは記事にするとオモシロイ。

機会があったら書こう。

そんな祖父のさらに父。

30年前に亡くなって、今さら相続の連絡がある。

何だろう?


「何でいまさら、そんな話になっているのだ?」

聞いてみた。

「知らないわよ、ガハハ!」

ヤパーリね。

この秋田の家は、若くして母を亡くしたらしい。

その後、後妻が入ったのだが、この人がイヂワルな人だったらしく、祖父は子供ながらに気に喰わなかったらしい。

「オレはアイツに何もしてもらっていない」が祖父の口癖だったらしい。

家を飛び出たのもそういう所に原因があったのだろう。

その後、後妻は子供を産み、その子供が今回の相続人となっている。

あとの他の人間は全てを放棄せよというのが今回の主眼だ。

母にとってみれば、そんな相続どっちでも良い。

ただ。

「いきなり電話連絡もなしに、司法書士から手紙を送りつけられてもね~」

うむ。

「別に相続に口を出す気なんてサラサラないのに、気持ちが良くないわよ」

たしかに、そのとーりだ。

「『相続系の残務があってね、処理してしまいたいのだけど、一筆書いて頂いてよい?』とか一本でも連絡があれば気持ちよく対応してあげるのにね~」

マターク。

人間コミュニケーションの問題だな。

きっと、その後妻さんの家風がよろしくないのでしょう。

もう生きていないでしょうが。

「だからさ、この土地がいくらくらいするのか、一応確認したかったのよ!書類はちゃんと書いてあげるわよ!ガハハ!」

なるほど。

書類を見てみた。

3箇所で合計8556平米ある。

公式なサッカーグラウンドが、7140平米なので、それより一回り大きなくらいか。

結構あるね。

こっちでそれだけあれば、富豪になれる。

ただ田舎では二束三文だろう。

「そんなんいらないわよ、ガハハ!」

まあ、母ならばそう言うだろうね。

しかし、何故、母の3兄弟が共同相続人になっているのだろう。

祖父の代で収束するのがふつーなのだが。

おそらく。

祖父が子供達のためにそのような手続きをしていたのだろう。

子供達に何か残してやりたい。

それは、実母が亡くなり後妻が入って、好きではなくなってしまった実家への子供としての抵抗もあるのだろう。

そんなじーさんの事を思うと。

久々に会いたくなってきたな。

でもさ。

30年前の相続の話を今片付けるなんてさ。

ズサンぢゃね?

今まで何やってんだ?

延納税額と利子税結構きちゃーうよ。

それとも、忘れていられた土地なのかな。

最近、権利書が出てきたよーな。

まあ、どっちにしても私には関係ないからいーや。

ちょとオモシロかった。

今回も思ったのだが、常々決めている事がある。

死後にも気を配れる人間になろう。

『遺言状はちゃんと書こう』

私はそう決めている。

その中の1つ。

『私の葬儀はワラ葬にするように』

わっふーい。






記憶に残る言葉:3

↓過去記事参照
『記憶に残る言葉:2』
http://ameblo.jp/real117/entry-11570363181.html



先日の上記過去記事。

マザーテレサの言葉を紹介したら、反響が良かった。

『人を大切にし信ある言動をする』

このような内容の言葉なので、感銘、共感をされたという事は、誠意ある魂をお持ちなのでしょう。

逆に何も感じない人は、あの言葉の対象となる人物で、人の誠意を踏みにじる可能性のある人間なのでしょう。

「良い言葉ですね」

そーだよね。

でも、私が言ったのではないよ。

マザーテレサだ。

人のために生き、人のために生涯を終えた方だ。

そんなマザーテレサの言葉でもう1つ良い言葉がある。

今日はそれを掲載。



【マザーテレサの言葉】
============================================

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

============================================


その通りですね。

人間を教育し指導するに大根本となる思想。

アッパレです。


『名言』てさ。

本当はその人が言った言葉なのかワカラナイ。

マザーテレサは1997年まで生きていたので、おそらく数々の言葉は自ら発したモノが多いでしょう。

だが、年代が古くなればなるほどその信憑性は怪しくなる。

かつ、有名人をかつぎあげる事で利を得る人間がねつ造をする。

歴史的文献というモノの真偽は難しいのだ。

西郷隆盛の自画像の件しかり、徳川家康の影武者しかり。

聖徳太子だって実在するしないで一悶着起こしているくらいだ。

言葉どころか、存在までも真偽が難しい。

でもね。

誰が発しようと。

その言葉の受け取り側が、感銘を受け実践していければ。

その行動は平和に繋がるのではないか。

言葉の力は偉大だ。

私はかく思ふ。


私も言葉を残そう。

『しゃちょブロで真面目な記事を書くとアクセスが下がる』

わっふーい。




私の中のNO.1:2(ライブハウス)

↓過去記事参照
『私の中のNO.1:探し続けたチャンジャ』
http://ameblo.jp/real117/entry-11139328403.html



現在、ライブハウスというモノは飽和状態なくらい出来ている。

私はキャパシティで以下のように分別している。

・400人以下キャパ:ライブハウス
・401~800人キャパ:小ホール
・801~2000人キャパ:中ホール
・2001人以上:大ホール

この分別はキャパだけでは計り知れないモノがあるのだが。

業界での実績制作において、役に立つモノである。

詳しくは割愛。

そのライブハウス規模の中で。

多くの時間を音楽業界で生きてきた私から見て、NO.1だと思えるライブハウス。

今はもうない。

無くなってなおも今。

ココを超えるライブハウスに未だ出逢った事がない。

それは。

『六本木Y2K』

ライブハウスという規模の範疇で欲しいスペック。

ありとあらゆる限界値まで到達していたライブハウスだった。

・駅から徒歩10秒
・綺麗な印象を一般客に与える空間
・キャパ最大450人
・スペース必要以上の音響設備(サブモニPA含む)
・スペース必要以上の照明設備
・自由な客席改造が可能な舞台装備
・多カメラのライブ録画システム
・関係者席設置可能
・2つに別れたトイレ付の楽屋
・楽屋から別出口のある搬入経路
・天井高とステージ高
・調理可能なドリンクカウンターと酒類の多さ

おおまかな点だけを抽出してもコレだけある。

細かい部分や人材を話せばさらに書ける。

メジャー系列で活動出来るアーティストも、スペックと使い勝手の良さで多く利用していた。

現存するライブハウスは多くあれど、どれもがY2Kの20%も満たせていないと判断している。

また逆もしかりで、アーティストレベルにもこのスペックを使いきれない活動帯域ばかりである。

アーティストにとって、ドコのライブハウスでやろうが正直変わりはない。

成長をして動員が伸びていく中、段階を経て進めば良い。

・10人→20人→30人→50人
・バンド企画
・ツーマン・スリーマン
・ワンマン
・ワンマンで400人では足りないね、ステップアップしようか(次段階)

実際はワンマンライブまで到達出来ないアーティストがほとんど。

つまりライブハウス規模で全て集約されてしまう。

ココ以上に伸びないのだ。

ただ。

ライブハウスにも上記のようにレベルがある。

最初から伸びた時にホームとして活用出来る土地柄とスペックがある場所でやるべきだと私は考える。

お客様が毎回移動するではなく、慣れた場所で応援出来るように。

「ココが一番良いよね」

と言って頂けるように。

気分や観念ではなく、スペックが揃ったホームがとても大切だ。

長く活用出来、お客様に格上感を味わって頂けるためにも。

六本木Y2Kには全て揃っていた。

『ココだ!』

私自らアーティスト活動をしていた時代。

多くのライブハウスを経験してきて、ようやく理想のライブハウスに出逢った。

Y2Kが出来たばかりの頃から出逢え、以来、ずっとホームとして活用していた。

アーティスト活動ダケでなく、内部、外部から様々な音楽業務を行っていた。

大元のエクスプロージョンワークスの会長にはとても可愛がって頂けたモノだった。

引退してからは、業務としてイベント制作としてずっと使用していた。

私は最初から最後の最後までY2Kに深く関わった人間の1人である。

今でも。

『自分がライブをやるのだったらドコでやりたい?』

こう聞かれれば。

「Y2Kしかないね」

即答で答える。

なお、CRUES NOVERも、Y2K以外でやらなかった。

オシャレでブランド欲旺盛なCRUES NOVERのお気に入りだ。

その感覚でもY2Kの価値が分かって頂けると思う。


「こーのくん、Y2Kは良いハコだろ? 僕が昔から理想としていた事を全てつぎ込んだハコなんだよ」

会長から食事の時に聞かせて頂いた言葉。

ニコニコととても楽しそうに話していた。

「私の知る限りでは1番ですよ」

即答した。

「えらい金かかったケドね、アハハ」

Y2Kの事を話す会長はとても嬉しそうだった。

Y2Kの事を書けばそれだけで100記事は書ける。

オモシロイ事も、良い事も、書けない事も、裏話も、そして思い出も。

私にとって、全てが大切なライブハウスだった。


そんなY2Kも数年前に閉店。

イベント制作を行っていたので、業務として素敵な会場を失う事は痛手であったが。

それ以上に、自らの想いからもショックであった。

また、日本のライブハウスといういちシーンになくてなならない存在と言えるスペックを持つ会場が無くなるという事にショックでもあった。

今の若いミュージシャンやお客様は『本物を知る機会が少ない』のだろうな。

そんな寂しさと危惧がある。


Y2K閉鎖の後。

私が六本木に行く事は激減した。

ある日。

「Y2Kのあった場所がもつ鍋屋さんになってるよっ!」

この電話を頂いた時。

全てに諦めがついたモノだった。

実は少しばかり、復帰する期待をしていたからだ。

そんな可能性もちょとだけあると思っていた。

以来。

旧Y2Kの前を通る度に。

「もったいないなあ~」

と個人的想いにふけるのだった。

そんな先日。

私の元へニュースが飛び込んで来た。



『FNNニュース転載』
====================================

『東京・六本木のビルで爆発か 消防が出動し爆発音の確認にあたる』

東京・六本木のビルで14日夜、「爆発音がした」との通報があり、消防などが出動して爆発音の原因を調べている。
午後9時すぎ、港区六本木の六本木アーバンビルで、「爆発音があった」との通報があり、消防車16台が出動して、爆発音の確認にあたっている。
このビルは8階建てで、現在、出火はしていないという。
現場は3連休の中日ということで、多くの人でにぎわっていて、消防などが出火原因の特定を急いでいる。

====================================


あら。

マジ?

Y2Kだけではなく今度はビルまでなくなっちゃうの?

あふう。

結果は現時点で知らないが、はしご車まで来るような大騒ぎだったらしい。

なんかさ。

多くの想いが破壊されるのて。

寂しいよね。

むーん。



Y2Kのようなライブハウス。

出来ないかな。

会長。

もう一度作りませんか?

リアルアーツ、制作で1番に手をあげますよ。

過去ずっとそうであったように。

ドコのライブハウスに行っても弊社はNO.1クライアントになります。

約束します。

私は約束は守ります。

復活しないかなあ。

「しゃちょはライブハウスを持たないのですか?」

うん。

私はライブハウスを持たない事を何年も宣言しています。

持たない事で。

多くの武器になる。

だからさ。

会長。

やりましょうよ。

わっふーい。




間違い電話ネタな記憶:2

↓過去記事参照
『間違い電話ネタな記憶』
http://ameblo.jp/real117/entry-11399287809.html



朝、目が覚めて携帯電話を手に取る。

たいがい、ピカピカしている。

何時に寝ようが、何時に目が覚めようが。

常になにかしらの着信やメールが届いている。

どうも多くの人が私は24時間稼働していると思っているらしい。



先日。

同じように朝起きて携帯を手にすると。

知らない番号から着信がある。

まあ、私の場合、企業関係様だと知らない番号などよくある事。

このような時代なので、多少の警戒はするが、全てちゃんと折り返す。

しかし、今回は気になる事がある。

着信時間である。

朝5時。

朝5時に知らない番号から着信があればさ。

何か緊急なトラブルかと思うよね。

『すみません、身元の分からない水死体がありまして、金髪の青年です、一番多くリダイヤル通話の記録があるのがこの番号でして、あ、申し遅れましたが私、神奈川県警の○○と申します、よろしければ折り返しお電話を・・・』

なんて留守電が入っていたら怖くね?

きゃあ。

しかし、この着信には留守電は残っていなかった。

ふう。

ひとまず、折り返しを入れてみよう。

「はい、もしもし」

出た。

相手は中年のおさーんを感じさせる声だ。

「私の携帯に着信がありましたので、折り返しました、何か御用でしょうか?」

するとおさーんは?な感じで答える。

「え?は?いや・・・」

この時点で間違え電話だという事が8割方予想出来る。

「もしかして、番号をお間違えではないでしょうか?私の番号は○○○です。」

「あ!いやっ!はっ! そうかあ~、いやあ~」

でしょ。

続けて。

「下4ケタ・・・」

おさーんはつぶやいた。

何だかちゃんと喋れないおさーんなのだが、狼狽ぶりとつぶやいた一言から分かる事がある。

下4ケタの番号が私と同じなのだろう。

間違え電話で慌てているのだろう。

朝5時の電話だったので、非常に気まずい感じだったのだろう。

まあ、おさーんに悪気はないようだ。

気の弱く、コミュニケーションが苦手そうな方だった。

なので。

「お間違えでしたら、もう大丈夫ですよ」

先に行ってあげた。

「あ~、いや~、変な時間で申し訳ありませんでした・・・」

おさーんはゴメンナサイをした。

そうそう。

間違えたらまず第一声はゴメンナサイだ。

それがあれば良いのだよ。

上記過去記事のように人間のクズのような方ではない事は分かった。

「いえいえ、では失礼致します」

ふつーの間違え電話だ。

よくある話。

ここまではね。



翌日。

またも同じ時間に電話がかかってくる。

この時は起きていたので、電話に出た。

知らない番号だったが、なんとなく昨日のおさーんのような気がした。

「あ~、おはようございますう~」

おさーんは眠たそうな声で挨拶をした。

ヤパーリ。

また間違えている。

おさーんの方もまだ起きて間もないという感じだ。

なので、起きたてであまり驚かせてはイケナイなと、落ち着いた口調で話してあげる事にした。

「はい、おはようございます」

その瞬間、おさーんが狼狽するのが分かった。

「あ・・・いや・・・は・・・」

今度はすぐに間違え電話だと気が付いたようだ。

おさーんは言葉が続かない。

ショーガナイな。

「またお間違えですよね」

おさーんはアウアウ何か言っている。

まあ、悪い人ではない感じだ。

「きっと下4ケタが私と同じなのではないでしょうか?ご確認されてみて下さいね」

優しい口調で言ってあげた。

ちょとワラいながらね。

「あう・・・あう・・・すみません、すみません、こんな朝早くから・・・どーも・・・」

おさーんは早口でゴメンナサイをした。

ははは。

まあ、いーよ。

「いえいえ、番号をご確認下さいね」

そう言って電話を切った。



さらに翌日。

また朝5時。

同じ時間に着信が鳴った。

無登録の番号だが、おそらくあのおさーんだろう。

「おはようございますう~」

ホラね。

コレで3日連続だ。

ちょとからかってイタズラしてやろうかと瞬時にオモタ。

「さあ、クイズです!」

「オハヨーゴーザーイーマアースー(ドラえもん風に)」

「最近どう?」

3つくらい瞬時にオモタのだが。

まあ、朝っぱらから驚かせてはイケナイよね。

私が声にしたのはふつーのヤツだった。

「はい、おはようございます」

おさーんはまたしても狼狽し。

「あ・・・あ・・・あ・・・」

声にならない。

このおさーん。

優しい中年という感じで、あまり友達もいなく、仕事をすればヘマばかりして怒られていそう、気が付いたら月日が立ち何も積み上げてないウチに人生の半ばを折り返した。

そんな印象を受けるおさーんである。

まあ、ショーガナイか。

「ははは、またお間違えですね、大丈夫ですよ」

そう言ってあげると。

「あ・・・すみません!すみません!本当にすみません!」

おさーんは平謝りである。

ワカータよ。

もういいから。

「良いですよ、気を付けて下さいね」

そういって電話を切った。

ふう。

電話を切り、タバコに火を入れた。

PCに向かいながら日報をまとめている中考えた。

『あのおさーん、何で毎日、朝早くから電話をかけてくるのだろう?』

名前も知らない。

本来、ドコに電話をしようとしているのか知らない。

おさーんは何も喋らないからだ。

何でだ?

まあ、大体は予想がつくケドね。

私は探偵しゃちょである。

おそらくコレは、『派遣の仕事の出発連絡』だろう。

肉体労働系の派遣の仕事では、現場直行が多い。

その際に、派遣元に、

「いま、家を出ました」と連絡をする事があるのだ。

派遣元の気苦労として。

肉体労働系の派遣の仕事をする方々は非常にルーズな人が多い。

・来るべき人が現場に来ていない
・朝寝坊した
・バックれた
・行方不明になった

こんなんばっかである。

この関係の仕事の従事者に聞いてみれば、みんな口をそろえて言う。

「ロクな人間がいない」と。

まあ、定職を過去に持てない方々が集まる世界でもあるので、そうなってしまうのだろう。

もちろん、とてもちゃんとした方もいらっしゃる。

割合的に圧倒的に困ったチャンが多いという事だ。

出発連絡は、派遣元がちゃんと早起きて、仕事に向かったかどうかをチェックする意味でも朝連絡を義務付けている所が多い。

そうしないと、現場に行くべき人間が行っていないなど企業間の問題が起きるからね。

人員が足りなければ補充しないとイケナイし。

大変な仕事なのだ。

余談だったが、話を戻すと。

このおさーんは派遣の肉体労働系の仕事をしているのだろう。

おそらく、3日前から始めたのではないか。

その出発連絡先の携帯番号を聞いたばかり。

下4ケタが私と同じ番号なのだろう。

でも、おさーん、ウッカリさんなので、連絡先のメモか何かを書き間違えたのではないだろうか。

その間違えたメモ電話が私。

そんなヘマをやりそうなおさーんである。

おそらく、大体会っているだろう。

こんなん、探偵でも何でもないケドね。

それにしてもだ。

疑問は残る。

・おさーんは私の後に、ちゃんと出発連絡しているのか?
・しているのだったら、何故連続して間違えるのだ?
・携帯の登録の仕方を知らないのか?
・アホなの?

おさーん、ちゃんとしよーぜ。

もう、中年なのだからさ。

実際は中年なのかワカラナイケドね。

私の中では。

『44才くらい、髪の毛ボサボサ、身長が低くやや小太り、見た目パッとせず、仕事は一生懸命やるがヘマばかり、気が弱く、友達も少なく、結婚も出来ない、リストラに合い仕事を失い、貯蓄も尽きてきた頃にようやく仕事が見つかった、まだ慣れない現場作業だが、とにかく必死でやるしかない、対人は苦手だが、ウソをつかない正直な人間性は持つ』

勝手にこんなおさーん像が出来上がっていた。

見た目のイメージは、『稲中のフルーツジルジルのオヤジ』である。

知らない人、すまんね。

「電話もまともにかけられないようで、大丈夫かな、あのおさーん・・・」

PC椅子にもたれかかり、天井の蛍光灯を見つめながらそんな事を考えていた。

いや、実際、そーなのかワカランて。

全部、私の勝手な想像だ。

でもね。

話したイメージから、気の弱そうで何か手を貸してやりたくなるようなおさーんなのだ。

悪い人ではない。

ちょと心配になる。

むう。



さらに翌日。

最初の電話から4日目。

今日も朝5時に電話がかかってくるかと思い。

5時前から携帯をPCの隣に置き作業していた。

私、何やってんだ?

ワラ。

かかってきたら。

「おじさんおはよう、今日も間違えだね、まあいいよ、でさ、コレは派遣の出発連絡なのかな?」

こう、明るい声で話かけようとしていた。

私の予想が合っているか確かめたかったのだ。

ついでにね。

おさーんがどういう人なのかちょと聞いてみたかった。

しゃちょ。

知らないおさーんに興味持ち始めたぞきゃほーい。

だが、その日は電話は鳴らなかった。

あれれ。

むーん。

さすがにもう間違えに気が付いたかな?

電話帳登録をちゃんとしたのかな?

いや、もしかしたら今日は休みなのかもしれないね。

3連チャンだったし。

ぢゃあ、明日はあるかな?

翌日は起きてはいなかったが、起床したら着信があるのではないかと起きてすぐに携帯を見た。

しかし、その日も着信はなかった。

そして翌日。

さらに翌日も着信はない。

そっか。

さすがにもう間違えないか。

そりゃそーだ。

何度も何度も朝っぱらからの間違え電話をしては社会人として失格である。

でも、そんな事をやりそうなおさーんなのだけどね。

何だかワカラナイが。

ちょと寂しい気分になった。

なんだそりゃ。


・・・・・


ちょと待てよ。

本当に間違え電話をしなくなったダケか?

ならば良いのだが。

もしかしてさ。

クビになってない?

あのおさーん、使えないからさ。

いや、もしくはたった3日で仕事がイヤんなっちゃってさ。

あの世界にいる多数のダメ組になっちゃってない?

マズいよ。

クビでもバックレでもどっちでもマズいよ。

だって、おさーん、リストラされてるのだよ?

あのおさーんでは、年齢的にも再就職なんて無理だよ?

今の派遣の仕事はようやく見つけた所なのだよ。

クビならしょうがないが、自分のせいだったら、なんとか踏ん張りなよ。

もう貯金もないのだよ?

ヤヴァくね?

うわ。

ちょと焦った。

て。

全部、勝手な私の想像だ。

でもさ。

むーん。



私の携帯にはおさーんの着信履歴は残っている。

3回のうち最初の一回は二度とかけないので、目視上邪魔なので消してしまったのだが。

まだ2つ残っている。

私からかけようと思えばかかるのだけどね。

そんなん、かける事もオカシイしね。

でも気になる。

気になるぞ・・・。

おさーん。

だいじょぶ?

あのさ。

しゃちょブロ見ていたらもう一回電話してクレよ。

私さ、同じような派遣の仕事持っている人知っているからさ。

紹介するよ。

て。

見てるハズないケドな。

おさーん。

仕事。

がんがれよ。

いや。

私何やってんだ?

はうあ。




ペットボトルキャップのボランティア

ガサガサ。

「ショショショんス!」

うん?

ガサガサ。

「ショショショんス! ショショショんス!」

何だか物音と声がする。

ショショショと何を言っているのかワカラナイ声のヌシはヤシ男だろう。



音楽しゃちょ『 K 』のブログ

「だいぶ、集まったんス!」

ナニガ?



音楽しゃちょ『 K 』のブログ

「ペットボトルのフタでス!」

へー。

ナニソレ?



音楽しゃちょ『 K 』のブログ

「コレが集まると車椅子がもらえるんスよね~」

そーなの?

詳しく話してミロ。

・8000個集めると車椅子が貰えるシステムらしい
・町田市がやっているのに協力しているらしい
・ベルマークのようなモノらしい

ほう。

そーなのか。

リサイクルの視点からも、人々への貢献へも。

とても良い事ダナ。

いつからやっているのだ?

「3年くらいス!」

あ、そーなの?

「町田ミュージックパークの際に、持って行っていまス!」

そーなのか。

良い事をやっているな。

知らなかったぞ。

ぢゃあ、会社のペットボトルゴミも今後そうしてまとめてやるべきダナ。

「あ、ゴミ分別の時に全部キャップを洗って分けています」

ほう。

それを3年間やっていたのか。



音楽しゃちょ『 K 』のブログ

「うがあ~なんスよね~」

日常のちょとした事で出来る社会貢献がある。

自らだけで8000個が集まる事はないが。

多くの皆様で協力すれば。

1つの車椅子で幸せになれる人がいるだろう。


ヤシ男。

コレは偉い事だ。

誉めてやろう。

そして、私も協力をしよう。

今後はペットボトルのキャップは洗ってストックだな。

8000個か。

毎日1つペットボトルを飲んで1年で365個。

22年で、365×22年=8030個。

毎日は出ないだろうが、もしかしたら今後の人生で1つ分くらいの車椅子はプレゼントしてあげられるかもしれない。

小さな貢献をコツコツと。

大切な事だ。

自らも。

ちゃんとやろう。

私は今日初めて知った。

この記事を読んで下さった方々が。

ちょとでもこの事を知っていてくれれば。

嬉しいです。