自分はとにかく【知る】事を大切している。
関わるなら、知らなきゃいけないと思っている。
今、自分はダンスを頑張っている。
アクションを始める前、ダンススクールに行き、これを職にしようとした。その後に舞台に出会いアクションに出会い、今はアクション野郎になっちゃったw
憧れていたものを今、自分なりの方法で学んでいる。
とんでもなく楽しくて幸せw
というのは、置いといて、自分はダンサーの方々にもアクション振り付けたら指導させてもらう機会が多々ある。
その時、体を動かす共通点があるのに、すごく苦戦するんだ。何故か?
自分がダンスを知らないからだと行き着いたんだ。
置き換えて解説してあげることができないんだ。
今、色々と触れてみて、やっぱり共通するところが多い。だから、その共通点を通してアクションを伝える事がとっても重要だなと。
りかいできるスピードが段違い。
なんでもそうだけど。
イベントでもそう。
知ってはじめて、合致する事が沢山ある。
知らないと、相手を傷つけてしまう事もある。
とくにここに関してはコスプレを楽しんでいる人達に触れて本当にそう思う。
誰だって嫌だろ?好きなキャラや作品を、適当に扱われるのは。
逆に、大切に扱ってもらえたら嬉しいじゃん?
そんなこんなで未だに【知る】という事が尽きない過程。
ほんと、大変だw
自分の中での【凄い】と思う事や物や人は、自分が全く知りもしない世界に存在はしていた。
その人達に出会って、見て、確かに自分は感動して胸震えた。心の底から驚いたし、もう感銘を受けた。
その出来事を3つ紹介させてもらいます。
一つずつ
ジャズダンサーの動画を見たんだ。
撃ち抜かれた。モーションキャプチャーの技術もそうだが、申し訳ないが、その元となるダンサーの空気に全て持って行かれた。
衣装も着てない。照明もない。もじもじくんだ。
なのに、目が離せない。その人全体が空気を纏っていて、何かを訴えかけてくるような。
こんな事ってあるんだな。そう思った。
こんなに力強くて儚くて、力強くて。
何度も何度も見てしまった。そして泣いた。何故か泣いた。わからないけど。
自分がアクションしかしてなかったら出会わなかったかもしれないと思うとゾッとする。
凄いの一言。
二つ目
もうこれは、出会ってすぐに、その表現に涙が止まらなかった。
歌ってない。でもメロディはあって、でも、メロディとかよりも、その感情が痛いほどぶつかってきて。
こんなの、ずるい!
そんなよくわからない感情になった。
とにかく泣いた。
うそだろ?と疑ってしなんでだ?と何度も何度も見た。
人の感情って、こんなに痛いほどに伝わってくるんだ。
三つ目
これは、動画はちょっと控える。
コスパフォの世界だ。サブカル。ポップカルチャー。
コスプレパフォーマンスステージ。
その中で、芝居の経験もなく演技って何だ?の領域で、演じきった姿を見たんだ。
僕は常々、学生とかに演技のことを殺陣の指導とともに、切々と説いている。
みんな恥ずかしがってやるんだ。
でも、そのコスパフォを外から見た時、そんなの飛び越えて、訴えかけてくるものがそこにはあった。
感情と心情だ。痛いほどの。
うそだろ。これが未経験者がぶつけてくるのか!?
てなった。
驚きが隠さなくて、正直、すげぇな。どうなってんだ。と、なんか知らんが涙出た。震えた。
何度見てもその写真に心が震える。
素晴らしいというか、そんな評論ぶったことの言葉じゃなくて。すごい。それしか出てこなかった。
どれもこれも、自分が全く知らない世界の人が僕に教えてくれた。
どれもこれも、自分が全く知らない世界から与えられた感情だ。
自分が好きなのは
派手なのも好きだが、それよりも【人の想い】みたいな感情や気持ちが露骨に見えるものが好きだ。
そんな好きなものが、こんなにも色々なところに存在する。
知らない事だらけで、出会えてない事だらけだ。
そういう出会いは本当に大切にしたい。
感動をありがとうございます😊
凄く今から勉強しなきゃなと思ったので書き殴ります。
舞台って、生で見るのが一番だと言うことと、配信が安価になるってのは別だね。
本を読んでそう思って即実行しようと思った!
【お金を払うときの心理的コスト】
ここについて凄く考えさせられたんだ。
5000円のチケットを買うのも、1000円のチケットを買うのも【お金を支払う決断】をするコストは同じ
だとしたら、値下げ競争や価格競争で顧客の増減考えるのではなくで別の視野が必要なんじゃないかと。
更に考えた時に
生で見られる観劇チケット
配信で見られるチケット
の価格差は、なんだろうか?と思えたんだね。
配信には配信の良さがあり、更には、交通費やアーカイブ保存、何度でも見れたり、表情見れたり、生とは違う作品として価値があるとして。
ここでも【お金を支払う決断】のコストはまぁ同じ。
考えるべきは、もちろん品質は当たり前なんだけど、システムであったり、わかりやすさであったり、
【購入するときの負担軽減】
【購入しやすさ】
とか、もっとお客さんの懐事情を自分の身に置き換えて考えなきゃいかんのかもしれんよ。
そこだけ考えればいいわけではないけどね。
一つのヒントになると思ったんだ!
だって
舞台やコンサート、ステージパフォーマンスは、生で観るのが一番だから!
そこを生かすためにどうするか。
それを考えなきゃ全て崩れちゃうじゃん!
資本はクオリティに直結するし、その資本をどうするかを考えないのは、自分的に悔しくもあるし、見に来てくれる人たちに対しての最大限の努力になってない気がするんだなー。
勉強!
今できることは勉強!
近々、配信系の企画が立ち上がります。お楽しみに!
ありがとうとか、優しさにめっぽう弱い😓
ドギマギする。
けど、振り払っちゃあかんという話です。
口に出さなきゃ、どーしてもダメなんだよね。
謝るときは謝る!
なぜ謝るか?
自分がそういう思考をしたから!
ありがとうとか感謝とか優しさとか、向けられた優しいモノを、受け取らない事をしたから!最悪ですね!これね。
なので、来月は滝に打たれてきます!
過去にそれで、自分で壊してしまった関係とか、環境とか。少なからず誰にでもあるかもだけどね?
人は変わる!という言葉は僕は信じてなくて、変わるんじゃなくて、補うことを覚えて成長する。
そんな風に考えているんだけど。
人の優しさを、自分勝手な思考でうるさい!という思考はよくねぇ!うまく言えないけどねw
ありがとうとか、感謝とか、優しさとか、そーいうのは、その人の本心だと思うんだ。嘘かどうかなんてわかんないから、素直に受け止めるんだ。てか受け止めちゃうんだよw
俺は素直に受け取れなくなったら、おしまいやと思うわ。本当に最悪だと思ったw
気持ち良くないと思った。
自分には徹底的に厳しく!
甘えを許すな!
それを他人に求めるな!
自分の尺度だけで人を判断するな!
振り払う力ではなく、受け止める力を!
人を大切に。
やっぱり、そこを見失うと、自分がブレる事がはっきりわかったw
あー。どんどん丸くなっていくなぁw
いい歳のとり方していきてぇわw
頭の中で思考めぐらせ。
少しだけ自分の立ち位置含めて、外から見る。
からあげクンが主食の毎日、どーもてしまです。
さぁ本題。
あのですね?
スポーツしてたりすると良く見ませんか?ライバルを応援する光景。これ、美しいと思いません?
思わない人このまま帰って下さいねw
多分カケラも理解できない納得できないので時間の無駄ですよ。
ライバルと勝負をして、負けた後、勝者を称え、応援する。これって、当然のように通る道だと思っています。
部活動やってたら。その他、競技などやってたら。
きっとわかってるんですよ。
ライバルに負けた後、負けてしまえ!と思う自分がいたら、めちゃくちゃみじめで、みっともない事。わかっているならしないと思う。
やってしまうと、とんでもなくみっともない事。
これ、日常生活でもたくさんあるよなー。
恋愛マンガとかで、友達と同じ人好きになって、友達がその人と付き合うことになった。
そんな展開めっちゃ多くない?w少女漫画は特に!
で、この時、友達が不利になることを仕掛けたり、付き合えないように根回ししたり。
その姿って、どんなふうに描かれても、おれは虫唾が走るほどに見たくない展開でね。
少女漫画好きでもその瞬間に読むことやめて、
本をぽーーーん!て投げ捨てるほどに嫌い。
見たくもないんですw
陰湿ってのが、ほんと嫌い。
嫌なことされたら嫌なことで返して、そんなんで楽しいか?
独占欲と嫉妬心とかが燃料になってたり?
少女漫画としては必要な要素だけどw
無理だなぁw
僕はできれば、友と同じ人を好きになったりしたら、正々堂々やり合ってその結末で、負けたならきっちり応援してあげたいと、綺麗事でもそうしたいなぁ。
(この流れは、少女漫画では王道w)
好きになった人の事、応援したくないんか?てなるしw
(少女漫画よみたくなってきたw)
勝負なら、正々堂々闘って負けたなら、受け止め、相手を送り出したい。
この気持ちと、応援するという気持ちがリンクするの伝わりませんか?
推しが、頑張るならどんな事でも応援してあげる感じ。
推しを応援する事で自分の立場が悪くなるとしたら?応援できますか?
んーーー。おれは、応援しちゃうかなーー。
最大の味方でいてあげたい。
上から目線の話ではなくて、そうありたい。
ちなみに、陰湿行動するやつはガチで嫌いです!!w
陰口悪口も大っ嫌い!!
まじ嫌い!!
今日、ばあちゃんが死んだ。
昼間に連絡来て、あぶねぇって事で、あーだこーだと先週からバタついていた事が決着ついた。
もう何年も顔を見ていない。なぜなら、老人ホームで余生を過ごしていたから。
認知症もそこそこで、じいちゃん亡くなって暫くして、そうする事にした。
明日明後日とお通夜と葬式。
俺は、ばあちゃんの顔がわかるのだろうか。
正直、祖父母との関係性は、俗に言う、二世帯の末期レベルに良くなかったからいい思い出が殆どない。
だから、なんか何のためにお通夜と葬儀に行くのかわからん。わからんけど。
絶対に行かなきゃいけない事だけはわかる。
何でだろう。沢山憎んだし、沢山怒鳴ったし、嫌いだったし。
マジで未だに許さないことの方が多いのに。
だけど、そうじゃない瞬間もあったわけで。多少。
その多少に。
感謝の気持ちがあるのが不思議だ。
比率は8対2くらいなのになぁ。
死ってのは、特殊な魔法か何かをかけてくるんだろうな。
『色々あったけどありがとう。お疲れ様』
という言葉をかけてこようと思います。


