<別居中ー⑫>カウンセリング⑴

 

今の、この状況は何なのか。

これからどうしていけば良いのか、途方に暮れている。

別居という名のモラトリアム、学生時代のモラトリアムと違う。

学生時代は友達やボランティア仲間と語り明かす中から、

自分はどうしたいのかを考え続けた。

しかし、今はタイムリーに話せる人がほぼいない。

本でも何かの会でも何でも良いから出会いたい。

 

数年来通うカウンセラーに相談した。

私が知りたい事は、

①今の私の状態、この状況は何なのか

②今後の見通し、別居後どの様な道筋を辿るのか、イメージを持ちたい

 

私はモラハラサバイバーだそうだ。

ジャーニー、難民とも言うという。

 

モラハラ下で理不尽な状況に耐えてきた。

夫のこだわりが強く、根負けして従わざるを得ない。

泣いても、逃げても、夫はわかる機能がないから追ってくる。

耐えるしかないとは、選択肢がないという事。

その耐えるしかない状況から逃げ出した。

あの状況で耐え続けたら、うつかアル中か。

 

夫の言葉の暴力はエネルギーを吸い取る。

私は自分を閉じることでエネルギーを使わず、閉じることでやり過ごした。

自己保存と言うそうだ。

自分を閉じすぎて職場で苦しい状況になり、

そこから閉じ過ぎていたことに気が付いた。

 

引っ越しや仕事の、嵐のような時期が過ぎ、

ちょっと周りが見れるようになってきたという事は、

エネルギーが出てきたという事らしい。

 

カサンドラという、選択肢の無い理不尽な状況に耐えてきた。

逃げ出し、選択肢を持った私は、カサンドラではないらしい。

選択肢を持つことと経済的自立は大きく結びつく。

選択肢を持った上で、パートナーと再構築する人、

選択肢を持ったからこそ、パートナーと関係を断つ人、捨てる人、

再婚する人、起業する人、人それぞれだと言う。

 

そして、カサンドラ状態から抜け出し、

自分の人生に焦点を当てる、次の段階になったらしい。

 

もう戻れないが、

耐え続けたら自分の人生と向き合わずに済んだのか?

学生時代も思ったが、昔は誰かが決めた役割の中で生きる人が多数派だった。

現代は欧米から入ってきた考え方が主流。集団主義ベースの個人主義。

51才で、また自分の人生と向き合わねばならない、

作り直さなければならない、正直シンドイ…。

 

<別居中ー⑪>仕方がない

 

平日の朝、仕事へ行きたくなくて、でも行かねばならず、

テレビがないのでYouTubeを見ている。

 

苦しい時に見ている精神科医益田先生のYouTubeで、

「治療のゴールは「仕方がない」と思える事」

 

ストンと自分の中に落ちた。

「自分を大事にしましょう」「やりたいことをやりましょう」

などは欧米的価値観から来ていて、混乱する人が多かった。

日本の文化や価値観に基づく仏教的用語を探してきたと。

 

「仕方がない」

似た言葉で、10年以上前の言葉だが忘れられない言葉がある。

 

息子のアレルギーが重く、数か所の幼稚園から入園を断られ、

息子が拒絶されたかのような絶望感。

当時、食物アレルギーでの死亡が大々的に取り上げられ、対策がなかった時代。

仏教系お寺の幼稚園で、僧侶である園長先生の奥さんであり年長組担任の先生に、

アレルギーっ子の大変さや、入園を断られてきたことを話した。

 

「しょうがないことって、ありますよね」

 

受け止めてもらって嬉しかった。

先生の経験や価値観、諦念を感じ、

「しょうがないことがある」ことを受け入れた。

 

その仏教系幼稚園で入園できると言ってくれて本当に嬉しかったが、

保育時間の長さ、おやつなど息子には難しく申し込みできなかった。

だが、プロテスタント系の保育時間の短い幼稚園で受け入れると言って頂き、

本当に有難かった。

 

現在、私は仏教信者でもキリスト教信者でもない。

誰かの考え方を100%受け入れられない。

 

夫はある意味、若い頃の私にとって教祖だった。

私は不安定だが、夫は揺るがず凄いと思った。

でも今、夫のワールドを100%受け入れられない。

夫は黒か白か、灰色がない。

話してお互いの妥協点を見つける事はない。

宗教に入るか入らないか、夫の考えを受け入れるか受け入れないか。

宗教は白黒、夫も白黒。しかし人間関係は灰色だ。

私は柔軟に、穏やかに過ごしたい。

 

<別居中ー⑩>精神科受診

 

息子の高校受験で夫のモラハラが最高期の頃、精神科へ通っていた。

それから期間が開いての再受診。

常勤で働き始め、遠くて通えず、近医で睡眠導入剤や安定剤を貰っていた。

 

カウンセラーからPTSD、解離と言われ受診したことを伝えた。

また、現在職場で人間関係的にターゲットになっている、

これまで耐え過ぎて人間関係に支障をきたしている、

仕事へ行くのが毎朝苦しい事を伝えたら、

「1-2か月休みますか?診断書書きますよ。その間傷病手当をとったら」

 

その瞬間、苦しさからすがりそうになった。

でも、1-2か月休んだ後、私はどうしたら良いの?

見通しがが立たないと休めない。

そんな、簡単に(?)休職なんて言わないでよ…。

 

今回初めて向精神薬を出すと言い、飲酒をやめろと言う。

考えるとして、いつもの睡眠導入剤も処方してもらい再診予約をした。

 

出された向精神薬は次の日が休みの日に飲んでみた。

朝のいつもなら起きる時間になっても不可抗力的に起きれない。

平日は飲めない。

3回飲んでみたが、ぐっすり眠れる時とそうでない時と。

私にこの薬は必要なのだろうか…。

 

<別居中ー⑨>自分を閉じすぎてきたー⑷

 

これまで自分を閉じてきた。

夫に何か反応したら、何百倍にもなって言葉の暴力が返ってくる。

自我を殺し続け無感動になった。心を閉ざし耐えた。

 

カウンセラーは解離と言う。

単なる無感動なのか、自分の感情に振り回されなくなった。

その弊害だと思うが、他人とのコミュニケーションがギクシャクする。

昔の私なら感情的な所で人と繋がっていたが、繋がれない。

心を閉じすぎて、他人とのコミュニケーションに支障をきたしている。

 

このままではいけない。自分を閉じたら駄目だ。

あの底なしな暗闇の感覚、こうやって発狂するのかという恐怖、

あの恐怖に比べたら、酔って麻痺した方がマシだ。

あの恐怖を見てしまった。もう、戻りたくない。

では、どうしたら良いか。

それは、自分から話しかける事、心を開く事。

 

カウンセリングの予約を取った。

友達にLINEして、会うことにした。

離婚で検索し、LINEのオープンチャットに参加した。

そして、夫にメールを書かねば。

 

6月の引っ越し時、夫より車の処分について言い渡されていた。

夫の名義だが私が乗っていた為、やらねばと思っていた。

車買取サイトへ登録したら、電話が凄くて怖くなった。

どこも査定で車を見に来ると言う。

別件だがディーラーから電話があり、売却の相談をした。

 

今は9月。ずっと心の重荷だった。

連絡したらまた責められる。でも、このままではいけない。

日本酒の勢いで恐怖を紛らわせ、調べたことを書き、

あとは夫が処分してくれとメールを送信した。

返事はないが、履歴は残る。

 

何となく、私って今、ピンチだよね、と思う。

 

これまでの私は、悲観して自分で自分を追い詰めてきた。

でも今は、他の考え方もできるのではないかと思う。

ピンチをチャンスに変えるって、今の状況で何をすること?

悲観は感情だが、楽観は意思だ。

頭では理解できても、毎朝仕事へ行くのが辛い。

言うは易し、行うは難し…。

 

<別居中ー⑧>自分を閉じすぎてきたー⑶

 

仕事を休んだ月曜日、とりあえずカフェへ行った。

カフェで日記を書きながら、この状況を誰かに話したいと強く思った。

でも、ひとり暮らしで誰にも言えない。

これまではプライベートでも仕事でも自分を閉ざし、

最低限以外は自分から話しかけなかった。

 

すでに、病んでいるのだろうか…。

自分を閉じすぎて、私が限界だ。

プライベートでは発狂する恐怖を感じ、

仕事ではメンタル厳しくなっている。

 

とにかく誰かと話したくて、占いへ行くことにした。

同僚で手相や四柱推命に詳しい人がいて、

私も子どもの頃からいろいろ占いが好きで興味がある。

ネットで調べ、デパート9階の占いコーナーへ。

 

まずは四柱推命で私の資質を言い、何となく警戒心が解かれた。

仕事の事を話し、実はメンタル的に今日休んだことを話した。

次のタロットで、

「今は苦しいだろうから、無理をしてはいけない。

(カードが)正位置だったら辛いだろうから辞めたほうが良いけど、

逆位置だからそこまでではないだろう」と。

 

とても上手く話を聞いてくれて、

今すぐ辞めるつもりはない事を汲んでくれた。

タロットの絵は何だかわからず、

私にカスタマイズした即興ストーリーに聞こえなくもないが、

発作的にメンタル休みをした事を話せて、ちょっと気が楽になった。

 

こうして書きながら、何故占い?と思うが、

あの時は本当に切羽詰まっていた。

明日は仕事へ行かねばならない。

自分を立て直さなければならない。

プライベートもどん底だが、仕事も重なった。

引っ越しをした6月は医療制度改革とともに業務も一新され疲弊。

転職して半年、毎朝、仕事へ行きたくない。本当に、心が重い。

仕事は常に目まぐるしく、こんなことを続けていったら、どこかで破綻する。

行きたくない、でも、もう7時34分。タイムリミットまであと16分…。

 

何とか業務をこなさねば。

通常業務の他に突発的な案件が次々と起こる。

常に頭の中で優先順位、次にやるべき事を考え、黙々とこなす。

気が付くともう16時、あと1時間ちょっとだ。

何とか残業終了まで持ちこたえ、疾走感。

 

とにかく黙々と仕事をし続けたが、

仕事を教えてくれる人の私への言い方がキツく、同僚から心配された。

以前そのキツく言う人のせいで休職した人がいて、

その人の休職前の状況と、今の私の状況が似ていると言う。

 

そんな月曜日の朝、原付バイクのエンジンがかからない。

気が付くと8時7分。

何回やってもエンジンがかからない。

遅刻していくか、午前中休みを取るか、1日休むか。

 

メンタル的に、無理していくより休もうと思った。

ここで頑張って行ったら、もっとメンタルやられる。

 

でも家にいたらビールを飲んでしまうと危機感を感じた。

 

私は今、ピンチ、だよね…。

 

51才のおばさんが、別居中で一人暮らし。

仕事も転職したばかりなのに、メンタルやられそうでもう次を考えている。

友達は仕事も家庭も落ち着いている。

比較してもしょうがないと思うが、それにしても、我ながら、何なのだろう…。

6月、7月は引っ越しと仕事で忙し過ぎた。

仕事から帰ってきたらまずビールを飲み、電子レンジで調理。

平日はその繰り返しで過ぎていく。

土日はネットでドラマや動画を見るか、

早い時間からビールを飲み、身体が辛くて寝続けた。

土日に何も予定がないとビールを飲んでしまう。

シンドイ時期はしょうがないけど、これを続けたらマズイ、よね…。

 

20年振りのひとり暮らし。

突然できてしまった、暇な時間。

<別居中ー⑤>で書いた、娘に会えないとなった時に、

虚無の入口を見てしまったかのような、

不安に駆られて発狂するかのような恐怖を感じる瞬間があり、

日本酒で紛らせた。

ひとりで突き詰めて考えてはいけない。

 

夫に耐え続けた10年は、何だったのだろうか…。

カウンセラーに言ったら、

PTSDではないかと、精神科受診を勧められた。

<5別居中ー⑤>正義という名の鉄槌

 

7/29娘と夏のバーゲンで洋服を買いに行く約束をしていたが電話があり、

高校受験が終わるまで会えないという。

また、夫の嫌がらせだ。

 

娘には学習障害含め色々あり、学習系放課後デイへ通っていたが辞め、

夫が娘の勉強を見ており、塾へ行っていない。

研究者の夫は在宅勤務でほとんど家にいるが、

土日の休みに一日中勉強をするという。

娘は行きたい高校があり、その過去問5教科を解くのに1日かかるという。

夏休みだし、気分転換に2‐3時間外出もできないのか?

 

娘は電話口で夫に

娘「週1日は休みって言っていたじゃん」

と抗議したが、

娘「お父さんが駄目だと言う」

私「洗脳されているね」

娘「だって、しょうがないじゃん…。」

私「そうだね…。ごめんね。」

 

また、正義という名の鉄槌だ。

 

娘と話しながら涙が出たし、

夜中に起きて不安に襲われる。

娘に会えない、刑務所の受刑者がフッと浮かんでくる。

 

弁護士に相談するか。

しかし、夫が言わせているにしても、

娘の受験勉強の為、と言われたら何も言えない。

娘も高校受験までは会えないと言っている。

諦めるしかない…。

 

<5別居中ー④>マンスリーマンションからワンルームへ

 

家を出るまでの10年、ずっとではないが、耐えた。

家庭という小さい世界に籠り続け、何とか現状維持でやり過ごしてきた。

しかし我慢を超え、家を出た。

 

夫に責められることが日常だったので、責められることがなくなり、ホッとしながら、

これまでの10年は何だったのだろうか、という何とも不可思議な感覚に陥る。

子ども達とも離れ、このまま会えないのか、不安に苛まされる。

スマホを持たない中学生の娘は電話をくれて月1回ペースで会えている。

しかし高校生の息子にラインやディスコードを送っても既読なし。返信なし。

 

元々子ども達は夫の家系に似ており、夫は私の悪口を吹き込み、3対1だった。

娘とは女同士でよく出かけたり話したりしていたが、

理系な息子とは息子の誕生日に2人で出かけるくらいで、

息子は理系の夫と話が合い、私はパソコン購入時など時々話すくらい。

息子とも良い関係を作っていきたいが、どうしたら良いのかわからない。

 

仕事は、常に小走りに走り続けているかのように忙しい。

こんなに常に目まぐるしく緊張を強いられる職場は初めてで、

能力的、体力的に続くのか心配。

その様な中での引っ越し。(引っ越しは3日間に分けて行った)

 

(1日目)6/22荷物搬出

昼頃家へ行って荷造りし、15時くらいにヤマトの単身引っ越し便が来て搬出。

その後夫から話したいと言われ、リビングの椅子についた。

 

(夫より)

①自分(夫)に何かあったら私が母親であり関係は変わらない。

②車と電動自転車の処分依頼

→車は夫の名義だがほとんど私が乗っていた為、使わないなら処分するしかない

 

(私から)

ここ(家)に来ること、夫と会うのが恐怖だった。

できるなら、良い関係を作っていきたいと思っている。

 

(2日目)6/23新居で引っ越し荷物の搬入

 

(3日目)6/29マンスリーマンションからワンルームへ引っ越し

家を出てから3か月、ホテル、実家、ホテル、マンスリーマンション、

今思えば、危機的状況。

やっと、次の寝場所を考えなくても良い状況になったが緊張感に襲われる。

平日は目まぐるしい仕事に追われ、土日は寝続けた。

<5別居中ー③>実家からマンスリーマンションへ 

 

 (実家生活)

必要最小限な物しか持たずに家を出た。

娘と会った時に必要なものを持ってきてもらい、

誰もいない時に荷物を運び出す算段をしてもらった。

しかし、「お父さんがブツブツ言ってたよ」と言い、

これ以上娘を頼るわけにはいかない。

 

実家生活、長くは続かないだろうな…と思いながら、

しかし、戻れる場所があるのは本当に有難い。

疲れ果てていて、仕事へ行く以外は寝ていることが多かったが、

実家へ残してきた荷物を片付け、ほとんど捨てることができた。

 

実家は戸建てで2階に寝ていて、1階で父が母を怒鳴っている声が聞こえてくる。

母は認知症ですぐ忘れる。言ってもしょうがないのに、父は怒鳴る。

何度か止めに入ったが、繰り返される。

 

5/16夕食時に酔った父の声が大きく、もう少し抑えてくれと言ったら、

「一生懸命に話しているのに、その口の利き方は何だ、謝れ」と。

やっぱり、駄目だ。

父の機嫌を損ねたら怒鳴られる、これは言葉の暴力だ。

 

(マンスリーマンションへ)

5/17からまたホテルを予約し、実家を出た。

5/21からマンスリーマンションを予約し、一応6/29までとした。

マンスリーマンションの宿泊を延長できるが、1か月半で約15万円。高い。

どうしよう…。

 

夫に連絡したくない。また責められる、恐怖。

実家もマンスリーマンションも、生活家財が揃っているので夫へ連絡せずに済む。

これもモラトリアム状態。

でもワンルームとなると、机やベッド、布団を運ぶ為に夫へ連絡しなければならない。

そこで考えたのが、シェアハウス。

さすがにこの年齢でトイレ・バス共有はキツイ。

ユニットバス付シェアハウスを見学することにした。

 

見学申込書を書き、まず言われたのは、

「40代までだが、50代の方も相談できる」

年齢制限か…。

また、ベッドや机は備え付けだが、布団や家電はない。

結局、引っ越しが必要。それならワンルームを借りた方が良い。

6/1カウンセリングで、夫への恐怖を口にしたら何だか恐怖心が薄らいだ。

話すことで自分を縛る気持ちの正体がわかってきたのか、

夫に責められる恐怖よりも、

次の住居に必要なものを取りに行くことに意識が向いた。

本当に、心の底から、人に話すことの重要性を実感する。

 

 

以下は以前書いたブログの引用である。 

<3> カサンドラ脱出① 「マインドコントロール」(岡田尊司著)

 

 「マインドコントロール」(岡田尊司著)

P254「暴力を振るわれても離れられない女性は、

囁いてくれた愛の言葉に縋りつき、他にはいないと思ってしまう。

こうした事を心に秘めている限り、支配力は衰えない。

しかし不思議なことに口にして語り、自分を縛る気持ちの正体がわかってくると、

支配する力は次第に制御できるものになっていく。」

「カルト宗教にしろ、パートナーとの依存的関係にしろ、

そこから脱出して自立を成し遂げるには、本来あるべきつながりや、

自己価値を健全な形で取り戻す必要がある」

「元気を取り戻す過程で重要なのは、経済的に自立できる自信を持つこと。」