9月7日はTHE WHOのドラマー、キース・ムーンの命日。

1978年に亡くなってからもう47年。

毎年、彼を偲びながらTHE WHOを聴いております。

今年はTHE WHOがデビューして60年と行くことで

THE WHOの魅力と破壊力を私に導いてくれた映画

「キッズ・アー・オールライト」が映画館での

上映が決まったようで、心が落ち着きません。

 

 

 

 

ビデオやDVDで家のモニターでしか見たことが無いので

大画面で彼らのパフォーマンスを観られることは

若き日にロック三昧だった日々も蘇ら出てくれるかも?と

最近、変に年寄りじみた感情にまいっていたので、

ロックの凄さ、楽しさ、面白さ、可能性を

確認してこようと思います。

 

今日の1曲目は

THE KIDS ARE ALIRIGHTで行きます!

 

 

 

 

 

 

 

CHAINS : チェインズ

 

WRITTEN BY GOFFIN - KING

 


 

A面4曲目に収録。ジョージが初々しすぎる。

 

皆様が選ぶ 好きな楽曲 1-213   159

 

 

ジョージがリード・ヴォーカルをとる(アルバムで)最初の曲。

 

 

 

オリジナルは1962年に全米でスマッシュヒットした、黒人ガールズ・グループ

 

クッキーズの曲でキャロル・キングとジェリー・ゴフィンの作品。

 

ジョンとポールが曲作りのパートナーとしてダッグを組んだのも

 

キャロル・キングとジェリー・ゴフィンのコンビに倣ってやったものだとも云われている。

 

 

1963年に発表したカバー・ソングは実にガールズ・コーラス・グループの曲が多い。

 

それをビートルズは見事に消化して自分達のものにしている。

 

ジョン、ポール、ジョージの声が当時としては中性的に聴こえるのか

 

果たして、ブライアン・エプスタインの好みなのか?戦略なのか?

 

なぞだけど、リスナーとしてはとても新鮮で斬新。

 

 

 

「プリーズ・ミスター・ポストマン」ほどでもないけど

 

オリジナルを超えているところはかなりあると思う。

 

 

 

ハーモニカで入るイントロ、冴えるジョンとポールのコーラス、

 

初々しいジョージのヴォーカル。

 

リンゴのお得意のシャッフル風のリズムパターンも聴けて

 

当時のビートルズ・サウンドを堪能できる。

 

 

 

ビートルズのお陰で世に知らしめた佳曲。

 

今みたいに情報が少ない時代に、マニアな曲をリスナーに紹介し

 

自分達の選曲のセンスを何気に見せ付ける小技がにくい。

 

 

 

 

 

ANNA (GO TO HIM ) : アンナ

 

 WRITTEN BY ALEXANDER


 

日本で最後の編集盤となった「ビートルズ NO.5」

このアルバムもA面3曲目 1965年5月発売。


 

ファースト・アルバム「PLEASE PLEASE ME」

A面3曲目に収録のロッカ・バラード。

作者は黒人アーティストのアーサー・アレキサンダー。

 

THE ROLLING STONESも彼の「YOU BETTER MOVE ON」をカバーしている。

どちらも、似たリズムパターンでストーンズはライブでも良く取り上げたが

ビートルズは初期のBBCでのライブで披露しただけかもしれない。

 

前回の「BABY IT'S YOU」のところでも書いたが、

ジョン・レノンのヴォーカルの魅力が堪能できる名曲だ。

 

この曲の録音というか空気は、乾いたような、濡れたような

当時のロンドンの空気をパッケージしたように思える。

これから、ロンドンから文化が発していくエネルギーがグッとたまっていくような・・・。

 

当時22歳のジョンが、ティーンエイジャーををノックアウトするのは

充分すぎるほどのヴォーカル力で何度聴いても魅力の虜になってしまう。

 

ポールとジョージのコーラスも出すぎず、抑えすぎずのバランスがいい。

リンゴのドラムは3年後の「IN MY LIFE」に発展していくリズムパターン。

 

ファースト・アルバム最長の2分59秒に魅力がたっぷりだ。

 

ジョン・レノンが1980年に亡くなった直後

渋谷陽一のラジオ番組で、60分ビートルズとソロの曲をかけた時の

セレクトされた1曲で、ラジオから流れてきた時

泣けて泣けてしょうがなかった。

 

個人的には心の中に刷り込まれた曲のひとつになった。


 

 

 

PLEASE PLEASE ME : プリーズ・プリーズ・ミー

 

WRITTEN BY LENNON-McCARTNEY


英国 1963年1月11日 発売

日本 1964年3月5日  発売


英国での4曲入りEP盤  B面1曲目に収録

1963年9月6日発売、日本では解散後1970年6月25日

 

ビートルズのセカンドシングルだ。

デビュー曲「LOVE ME DO」と比べて、ドライブ感が断然違う。

デビュー曲が悪いというより、この曲のすごさが際立っているのだ。

 

ジョンが主に作った曲で、彼らしく言葉の意味を意識したもので

それはタイトルのPLEASEという単語を重ねているのでも理解できる。

同じ単語で違う意味を持つものを選び、そこから膨らませていった。

 

イントロのハーモニカ、ジョンのエネルギッシュなリード・ヴォーカル、

ポールのぶつかり合うようなハーモニー、ジョージのシンプルなリードギター

そして、肝となるリンゴの魅力的なドライブ感溢れるドラミング。

 

「これがビートルズ・サウンドだ!」としてある意味パターンを確立した重要な曲。

 

ジョージ・マーティンも

「おめでとう、ナンバーワンヒットの誕生だ」とレコーディングを終え

4人に言ったそうだが、そのとおり英国では初のナンバー・ワンヒットになった。


 

この曲はステレオ・ミックスとモノラル・ミックスではテイクが違い、

ステレオ・ミックスではサビのあとのもう一度一番の歌詞を歌うところで

ジョンが歌詞を間違え、笑っているように聴こえる。

 

アナログ盤でビートルズを聴きまくった人には

CD化されたモノラルミックスに違和感を覚えたはず。

 

1963年のシングル盤は、今、続けて聴いても

本当にひとつの流れで繋がっているように思える。

音一つ一つにビートルズの魅力が詰まっている。

その当時、リアルに聴いたらそれはそれは衝撃的だったのを想像できる。

脳みそがひっくり返る!という表現がぴったり!!

 

21世紀に発売された超ビッグベスト盤「1」には収録されなかった。

アメリカで1位になっていなかったそうだからそうだが、

こんな重要な曲を収録しないなんて、納得いかない!と思ったものだ。

 

映像的に言えば、白黒からカラーになったような華やかさを感じる。

この曲から英国ではビートルズ文化がトップギアに入り、

その後、あっという間に音楽の世界を変えていくようになる。

 

 

 

現在、解散の要因で一番大きい出来事は、

ジョンがヨーコに首っ丈になった。とか

ポールがあまりにも仕切り始めたとか?色々とあると思うのですが、

 

 

なんか、よく歴史を読んでいると、

ジョージ・ハリソンの行動が解散の道筋に

「ヒカリ」を当てていったような気がします。

 


 

ジョージの自我が成長すればするほど、

自分に対するジョンとポールの評価が

昔から変わらないこと、

自分の曲を取り上げてくれないことで不満がたまったと

いわれています。

 

でも結構、ジョンとポールはジョージが

「そんなことやりたくない」的なことをきちんと聞いて、

「ジョージがやりたくないのならやらないよ。」みたいな事が

あったように思えるんですよね。

 

ジョンも生前、ジョージの著作「I ME MINE」で

ジョンの事をあまり取り上げなかった事について

不満を持って「結構、ジョージの事大事にしていたのに・・」と

言っていたようだし、

ある意味、末っ子のわがままも後半あったのではないか?

 

解散は偶然じゃなく、必然だと思うし、

ジョージの日本公演は自分の人生で最高のライブだと思うくらい

ジョージを評価しているけど、ジョージの発言、行動が

解散の加速を早めたのは、ヨーコ解散説と同じくらいあるような気がする。


 

あくまでも私家版解散論ですが・・・・。

 

 

 

FROM ME TO YOU : フローム・ミー・トゥ・ユー

 

WRITTEN BY JOHN LENNON &PAUL McCARTNEY

 

UK : 1963年4月12日発売

日本: 1963年5月27日発売  


 

ビートルズ3枚目のシングル・レコード。

 

1963年2月のヘレン・シャピロとの国内ツアー中に

ジョンとポールが移動中のバスで書いたナンバー。

 

この頃のビートルズは本当に仲がいい。

写真や記録を見ても本当に4人がどこでも一緒!という感じだ。

ポールは後に

「本当の共作。サビは完璧、自分達の作曲能力が一歩前進した重要な曲だ。」と

話しているが、後追いのビートルズ・ファンにとっては

この曲はどの位置にいるんだろう。

 

自分の周りにもこの曲で、ご飯が何杯も食えるような話は聞いたときがない。

ナンバーワンヒットになった曲でも、3本の指に入るくらいの地味な曲に思える。

 

初期のライブでは重要なナンバーでマイク一本で歌う彼らの様子がかっこいい。

ビートルズの冠番組でも「FROM US TO YOU」とタイトルを変えて歌っている。

 

この曲のあとのシングル「SHE LOVES YOU」

「I WANT TO HOLD YOUR HAND」に比べると

確かに華やかさに欠けるけど、きちんと聴くと

ファースト・アルバムに収録されているオリジナルソングより

垢抜けている感じがする。

シングル曲の中で、一番短いタイムかもしれない、1分58秒。

 

モノ・ミックスはイントロにハーモニカが入っているけど、

ステレオ・ミックスにはハーモニカなし。

そんなところがマニア心をくすぐるけど

一般的には目立たない。

 

私は好きです。

大好きではないけど、彼らの「行くぞ!!」というような

勢いを感じることの出来るナンバーだからです。

ちょっとジョンとポールに自信が出てきたような力強さを感じる。

 

 

 

 

 

 

オール・マイ・ラビング : ALL MY LOVING

 

WRITTEN BY JOHN LENNON &PAUL McCARTNEY

1964年5月5日 日本発売

 


 

イントロ無しで始まる、甘いメロデイ

どうして、こんなに美しいメロディが作れるんだろう。

 

歌詞もわかりやすいし、歌うのも楽しい、超名曲。

 

ジョン・レノンが生前

「ポールの曲だ、悔しいくらいいい曲だ」と発言していたけど

その気持ちわかるよ。

 

だからなのか、三連譜のジョンのリズム・ギターは

ビートルズの演奏史上屈指の名演のひとつに数えられている。

ジョン自身も自画自賛している。

 

ジョージもカール・パーキンス風の弾けるリード・ギターは

ギター小僧の晴れのソロとしても最初の登竜門となるものです。

リンゴ・スターのシャッフル気味のドラムスも演奏してみると結構難しい。

 

イギリスではシングルカットされず、日本では「LOVE ME DO」との

カップリングで発売。しかし、4曲入りEP盤で1964年2月7日発売。

(写真のレコード)

 

まあ、なんだポールのヴォーカルはキャパが広いね。

甘く切ないメロディとロックンロールの間の感じのビートルズ・サウンド。

メロディは甘いのに、演奏はテクニックを使い、

ただのポップ・ロックに終わっていない。

そこがバラのように棘があるように思える。

 

ポール曰く

「髭剃りしていたら、メロデイが浮かんできたんだ」と・・・。

無邪気な天才がなにげに云う一言に敬意と嫉妬をを感じる複雑な曲でもある。

 

 

 

 

のっぽのサリー:LONG TALL SALLY

 

WRITTEN BY JOHNSON-PENNIMAN-BLACKWELL

 

1964年6月19日発売 EP盤

 

イギリスで4曲入りEP盤(コンパクト盤)として収録されたナンバー。

 


 

オリジナルはご存知ロックンロールのスーパースター

リトル・リチャードの名曲。

ポールの大好きなロックンローラーだ!

 

手癖で演奏できたようなことをジョンが語っていたけど、

この演奏のパワーは凄すぎる。

 

 

1964年3月1日に1テイクのみで録音を決めた

このナンバーを聴くと、ストーンズより演奏が下手だ!という人達の根拠は

いったいなんなんだ!小1時間問い詰めたくなる凄さだ。

隙の無い演奏というのをひとつあげろ。と言われたら

このナンバーを挙げると思う。

 

リンゴ・スターのドラムのドライブ感はこの頃のベストプレーじゃないかと

思ったりしています。ドラムスが歌っているモンね!

 

ギターもジョンもジョージもメチャメチャテンション高い演奏。

リード・ギターもジョージ・マジックです。

 

とにかく、ポールのヴォーカルが素晴らしい。

リトル・リチャードと同格の歌唱力といっても過言じゃないし、

演奏とのバランスを考えたら、こちらの方が個人的にはかなり上です。

 

コンサートではエンディング・ナンバーとして長い間君臨していた。

ベースで1音出して、歌うキーの出だしを確認して

いきなり山の頂上から直滑降で降りてくるような

ハイ・トーンのボーカルはロック小僧には

「もう無理・・・」と絶望させる凄まじさを感じたものだ。

 

「イエスタディ」「ヘイ・ジュード」のバックボーンには

こんな素晴らしいロックの素晴らしさを聴かせてくれる

ポール・マッカートニーのキャパの広さがあることをもっと知ってほしい。

 

 

 

 

 

プリーズ・ミスター・ポストマン 

 PLEASE MISTER POSTMAN

WRITTEN BY DOBBIN-GARRETT-GARMAN-BRIANBERT

 

1964年6月5日 日本発売

 


 

英国でのセカンドアルバム『WITH THE BEATLES』のA面ラスト(7曲目)を飾る、

当時のビートルズのパワー全開のポップソング。

 

日本だけでシングルカットされたナンバー。

 

オリジナルはモータウン・レーベルのガールズグループ、

マーヴェレッツが1961年に発表,

全米ナンバーワンにか輝いた名曲で、

カーペンターズも1975年にカバーしこれも全米ナンバーワンに輝いた。

 

初めて、このナンバーに遭遇したのはもちろんビートルズ・バージョンだが、

最初聞いたときはあまりにも熱いサウンドとジョン・レノンのリードヴォーカル、

ポールとジョージのコーラスのバランスに

ぶっ飛んでしまった。

ビートルズのオリジナルと思い込んでいた。

 

今となっては、このナンバーにどうやってめぐり合えたのは覚えていないけど、

幕張のD電気で中学生の自分が500円でこのシングルレコードを買ったのは確かだ。

 

そのときのジャケットは上のジャケットではなく、下のジャケットになっていた。

 


 

そう、確か親友のT君の家で聴いたアルバムが

日本オリジナル企画の「ビートルズ!」だったのでこのナンバーが

お金の無い中学生には一番インパクトのあったので

このシングル・レコードを選んだろうと思う。

 

以前、カーペンターズの特番を見たとき、このナンバーを演奏した

バックミュージシャンが「循環コードが退屈で、

どこを弾いているのかわからなかった」みたいなことを

言っていたけど、聴く方にとっては「永遠の名循環コード」のように思える。

 

ビートルズの影響でバンドを初めて、曲作りも下手ながらしていた時

A⇒F#m⇒D⇒E というコードでどんなメロディが作れるかなんてやっていた。

 

だから、この曲は単に好きというより、創作する楽しさを教えてくれた曲でもあった。

 

それにしてもかっこいい!!

その後聴いたマーヴェレッツもカーペンターズもときめかなかった。

ビートルズの演奏能力とボーカルのすごさをこれでもか!!と

リスナーをひきつけるマジックがこの名曲を超名曲にしているように思える。

 

それにしても、どうして東芝さんは初期のカバー曲シングル(B面はMONEY)の

カバーフォトに67年(US盤HELLO GOODBYEのジャケット)の写真を使ったのだろうか?

写真自体はかっこよくて好きなんですけどね。

 

なんか、とてつもなく聴きたくなるビートルズがカバーしたナンバーの中でも

5本の指に入ると思っている。

 

 

 

 

 


 

ビートルズを語る上で、

プロデューサーのジョージ・マーティンの功績は語りつくせません.

 

ジョージ・マーティンと出会って良かったことのひとつには

録音の素晴らしさじゃないかと思うんです。

 

もちろん、当時のEMIのチーム・マーティンのスタッフの

技術の良さもあったと思いますが、当時のポップ・グループ、シンガーの

レコードの音を聞き比べても、ビートルズの音には何ともいえない

奥深さを感じることが出来ます。

 

『ブリティッシュ・サウンド』というものの基本が

ビートルズの録音された音には入っていると思います。

 

不思議に思うのは、

デビュー曲の「LOVE ME DO」からはじまって

最後の録音「I ME MINE」まで一貫した音の背骨見たいのを感じます。

 

ファースト・アルバムの

「PLEASE PLEASE ME」を聴いて、ストーンズのファーストを聴くと

あまりにも録音の差に愕然とします。

 

ごわごわした音。

 

KINKSもTHE WHOもそうです。

だからといって彼らの魅力が落ちるわけではないのですが

むしろ、混沌としたサウンドが今となっては結果オーライなところもあるのですが、

 

ビートルズは最初から音がいいんです。

 

だから、音の良さを聴き出したいために、英国オリジナル盤を

高いお金を出して買ってしまうような気がします。

 

コレクターを作り出させる土壌が最初から作られているんです。

 

そこが、地球上で最も成功した

音楽グループの称号が与えられたような気がします。

 


 

そんな「神の見えざる手」のようなエピソードがビートルズには山ほどあるのです。

 

録音ひとつとってもそんなことを感じさせる不思議で偉大なバンド。

THE BEATLESの凄さです。