2ndEP「TRAP」レコーディング
1985年12月発行 RAP通信Vol5より
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12月25日。1stの時と同じ、四谷にあるSTUDIO GIGで行われた。
前回に比べて、みんなは落ち着いている。
が、KAORIとMISAは相変わらずお腹の調子が悪いそうだ。
私は数日前から体調を崩し、それに昨夜いろいろ考えすぎて眠れなかったせいか気分がすぐれない。
今回の3曲は”ハードパンクバンドRAP”とは、かなり異なるもので
私にとっては一番思いいれのある曲ばかりである。
それに”PUNKは音楽のジャンルではない”という信念の様なものがあり
前回以上に緊張した。
NISHIKIも緊張してか、音を出す以前、チューニングの段階で、すでに弦を切ってしまった。
NISHIKI談によると間違って1オクターヴ上げてチューニングしてしまったそうで
大体RAPはもとより1音上げてチューニングしているわけで、
それじゃ切れるのも当たり前だ!
しかし、前回の様に大きな失敗もなくレコーディングは進んで行く。
そしてVOCAL。
私ときたら、それ以前の仮ヴォーカルの時は、みんなを「平気!平気!」と
軽く元気つけていたのにも関わらず、
実は一番あがっていたのは自分だって事に気が付かなかったのだ。
「直情径行」が何度やっても合わない。
何故かが解からない。
つい不機嫌になる。モモヨに怒られる。
その繰り返し。
後で考えてみれば、私は思いいれのあまり、自分の実力以上のものを出そうと思い
結局は、それ以下しか出せなかったのだ。
それは「意識がよどんでいた」のだと、モモヨが言った。
もともと私達のレコードは刹那 刹那の音、そして姿を
記録しておきたかったから作ろうと思ったのであって誤魔化すためではないのだ。
その点を忘れていた。
”初心忘れるべからず”
そう少なくとも1stはもっと素直だったはずだ。
その時の私の我儘に付き合ってくれたエンジニアの方々と
教え悟らせてくれたモモヨに心から感謝とお詫びをしたいと思う。
日常における自分の在るべき姿
・・・・日常の中で自分を見失い追い込まれていく少女が、この3曲中の主人公であるが
モモヨが私に言った言葉で、とても印象的なものがあるので、ここに記しておく。
「(時代etc)の流れに流されるのではなく流れる事。
執着(ある意味の拘り)を持つと、その流れはよどんでしまう」
それは、あるがまま、本当の自分を保つことでもあると思う。
GIGでは理解されない、もう一つのRAPが今回のEPの中にある。
それも本当の私達の姿である。
1曲1曲の解説はのちほどに、として、とにかく!
どうぞお楽しみに! ROUGE
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確かにこのEPだけを聴いた人はRAPを「ライブバンド」だとは思わなかったと思います。
RAPにとっても冒険だったのかも知れません。
しかしメンバーの危惧をよそに、「TRAP」も大HITを記録します。
一時期は「WRAP」と「TRAP」が同時にチャートインする快挙も遂げました。
「TRAP」より
「直情径行」
出口をさがせ!
振りかえらずに
見通しきかず行先不明
「直情径行」わたしの中で
その言葉が渦まくわ
瀬戸際に立たされて―
決断の時すべてをすてて
しるしを、つけた過去の
迷路には 迷わない
永過ぎる闘いは
人びとを変えてゆく
時間の彼方に
忘れた「言葉」取り戻せ!
「直情径行」わたしの中で
その言葉が渦まくわ
瀬戸際に立たされて―
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「迷宮」
夢の中で問いかける
過ぎた矛盾の裏側を
電車の鼓動を聞きながら
毎日 朝に問いかける
ひっつめ髪に心を隠して
無気力な人の群れに
身を任せ たった束の間の
自由まで (人形は)唱えない
鏡よ鏡 髪をほどき
本当の わたし 映し出して
迷い込んだら出られやしない
意識の奥の迷宮の中
逃げ路の無い叫びと憂鬱
問いかけに応え無し
鏡よ鏡 髪をほどき
本当の わたし 映し出して
日常が真実の顔なら
真実など ありはしない
鏡は逆さに世界を映し
何もかもが隠される
鏡よ鏡 髪をほどき
本当の わたし 映し出して
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「空間のあなた」
空間のあなたが言った
『そこじゃ生きてるのも無意味だぜ
お前も それに気付いているんだろう?
そこから逃げ出さない限り
生きる術は無い』
空間のあなたが言った
『お前の憎むべきものに火をつけろ!
お前の周りは火のうみになるぜ
そこを破壊しない限り
助かる術は無い』
空間のあなたはいつも
現実を否定し続ける
音の空間の中で
あなたは自分の王国を築く
『ここなら全てに安全 僕等の世界さ』
『高度さを誇る教育制度
お前は そこで日常性をならう
COPYで溢れた都市がわらう
お前を どんどん隅の方へ 追い詰めていく』
―わたしたちの夢の中に夜毎現れる
『空間のあなた』は
音の世界への亡命を呼びかける
けれども わたしは
逃げ路をさがす術さえ知らず
眼に見えない何者かに追われ
日常の迷宮に迷い込んでいく―
陽の目をみなかった3曲
シティロッカー(ドグマ)からリリース予定の
オムニバスアルバムに参加する為にテープを送った事が
RAPのレコードリリースのきっかけだった事は前にお話しましたが、
この「SUPER PUNK MARKET」というアルバムは
結局発売されませんでした。
この曲を聞けるのはライブだけ、今となったら
ファンクラブ限定のビデオでしか聞けません。
1985年11月発行 RAP通信Vol4では、
(まだ発売中止は決まって無かった)
この3曲について書かれています。
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「LOVE SONG」
私をとりまく全てに捧ぐ・・・
私は無関心を装っているけれど本当は不安でいっぱい。
現実(あなた)のことが気になって仕方が無いの。
私は現実(あなた)を どうすることも出来ないけれど・・・
たとえこの声がかれるまで叫んだとしても。
せめて死んだあとでも、大気を化して、あなたを見守り続けるわ。
「DA・TA・I」
中絶については、一概に否定は出来ないとは思う。
色々な問題があるし・・・
しかし親の無責任のために、虫ケラのように堕胎され
思い出されもしない子供達がいるのも現実。
この歌は、そういう胎児の立場に立って歌ってみた。
もっと生命について考えるべきだとは思わない?
(RAPのメンバーは堕胎経験はありません。念のため)
「MACHINE」
社会の中で自分というものの存在を問いてみる。
ある日、ふと今までの生活をやめてみても
社会は何の変化も起こらない。
ただの歯車。それが昨日までの彼の姿。
いくらでも替えのある大量生産の歯車。自ら・・・・。
私達は歯車なんかじゃない!
それぞれ個別の独立した生命体なのだ!
(ルージュ)
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散文詩のような解説ですよね。
どちらかというとテンポの速いハードコアっぽい曲調の3曲でした。
この号からRAP専属のカメラマンさんが
写真の販売をしてくれるようになりました。
キャビネサイズ一枚¥100!
この日記やブログで使用している写真は、
それで購入したものが、ほとんどです。
RAPARMY
RAP通信Vol3より 1985年10月発行
この号には「EP三部作」について語られています。
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ー3部作EPについてー
RAPを知ってくれた、みなさんもご存知の通り、
RAPって多面的なバンドだから、とても一言じゃ表せないと思う。
「WRAP」のレコーディングが終った時、モモヨが
「3部作にしたら?」って。
LPにするより、タイプ別に曲々を全く違った感じに仕上げられるし
それぞれの曲の個性を明確にすることが出来るから・・・。
なるほど!私達は録り終ったTAPEを繰り返し繰り返し聴きながら
ふと3面鏡をイメージした。
1stは、誰でもすぐ目につく正面の鏡。
1nd、3rdは、少し違った横顔の写る鏡。
そして、それらが合わさると、とてつもなく無限の世界が広がる・・・・
今、私は2ndのレコーディングのために歌詞をチェック
・・・・と、そこで、ふと、もう一つの意味が明白となった。
「WRAP」は7月(レコーディング)の時点では
確かに”現在”であったのだ。
素直なRAPをモモヨは充分に引き出してくれた。
そして2nd。
これは割りと私の私小説めいた”過去”ではあるのだが
本質的には”自分のあるべき日常”
・・・隠された本当の自分等がテーマである。
毎日に流された日常の迷宮から抜けられない・・・
But、B面の「直情径行」で、わずかな出口を見つけ3rdに続く。
迷宮からの脱出・・・そして、それからのRAPのあり方、
”未来”へ向ける警告。
音は3枚とも違います(曲の感じとか・・・)
どれが好きかは君の好みだけど、1枚しか聴かずに
「これがRAPだ!」なんて思わないでね。
音のかけらの1つ1つがRAPであり私達4人の細胞なのだから・・・
出来たら3枚とも聴いてみてね。 (ルージュ)
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この頃よりRAPのファンクラブ「RAPARMY」が発足しました。
「リザードアーミー」をもじって命名されたと推測されます。
”ちぇるしー”さん(佐藤加奈子さん)という高校生の方が中心となり、
RAP通信とは別の機関紙「FRAPER(ファン+RAP+人という意味だそうです。 )]も発行。
残念ながら「FRAPER」は手元に残っていませんが、
ファンからメンバーへのファンレターや、ファンから多く寄せられる質問に対してメンバーへのアンケートなどが主な内容でした。
この号で告知されているライブは
(RAP通信発行時に間に合わなかったライブ日程掲載は省略されています)
11月22日 新宿ロフト 共演はCOMES
美神誕生記念GIG!
1985年9月8日 新宿ロフトにて。
(この月のライブは他に9月29日目黒鹿鳴館?「SEX GIG」
共演は、ガーゼ、リップクリーム)
RAPの1stEP「WRAP」の発売記念として行われました。
DOLLの広告などの前評判と、
この日のライブでは発売より1ヶ月早くEPが買えるとあって
動員数はかなりのものでした。
共演はリザード、そして同じく、
モモヨプロデュースでデビューしたバルバラ。
バルバラとRAP、静と動のように対照的なバンドでした。
荒削りでハードパンク色の強いRAPに対し、
バルバラは計算尽くされたアバンギャルドさ。
2つのバンドを対比させる事で、よりお互いの魅力を際立たせたように思えます。
この日のステージは色んな雑誌で絶賛されました。
この日を境にリザードと共演する
ロフトでのステージが多くなっていきました。
翌月10月19日は、リザードのシリーズGIG「兆」に出演。
今までの「ハードパンクバンド」というイメージから
モモヨの愛弟子バンド=東京ロッカーズの流れをくむバンドとして
幅広いファン層を獲得していきました。
RAP初の関西ツアー
レコーディングが終ったRAPは、初の地方遠征に出かけました。
名古屋ハックフィン、京都大学西部講堂、姫路(野外)
同行したのは、リップクリームとW・P・Cインディアン。
(残念ながら私は、夏休みにも関わらず、
中学生だったのでバイトも出来ず金欠で、
受験の為の夏期講習などもあり行く事が出来ませんでしたので、
RAP通信を元に書いていこうと思います)
何方か行かれた方、コメント頂けると嬉しいです。
RAP通信はこの頃から発行され始めました。
Vol1はメンバー紹介。(1985、8月発行)
Vol2はツアーレポートが書かれています。(同9月発行)
RAP通信というのはRAPのメンバーの手書きで書かれた
ファン宛ての機関紙のようなもので
ライブ告知やスタッフ募集、その他、日常生活や
曲について、ライブレポートなどが詳細に書かれています。
RAPというBANDを理解するのに重要な役割を占めていました。
雑誌などの意図に囚われないありのままの彼女達の
真の姿が描かれていました。
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■RAP通信Vol2より
「リップクリーム&WPCインディアンの襲撃!?」
名古屋の夜の話。
RAPはハックフィンの上のホテルに泊まったのだけど
打ち上げが終わりRAPはホテルに戻り眠りについた頃
突如!
ナオキさん、山崎くん、SHIN、ミノル、フニャラ君たちが
おそってきたのです!
MISAとルージュはすでに、寝入ってしまったのだけど
おきていたみんなは大変!
男連中は「こげよこげよ もっとこげよ川下り~♪」とか
「マイムマイム」とか歌い続け、
みんなは静めようとPILさんを連れてきたのだけどムダでした。
朝まで騒ぎ続け、この騒ぎの中でも図太く眠り続けたルージュは、朝、歯磨き粉だらけにされた自分の顔を見て初めて、
この夜のすさまじさを悟ったのでした。
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ライブレポートじゃありませんでしたね(爆)
他にもこんなエピソードも載ってます。
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ニシキの使っている白いテレキャスターは
モモヨのお下がりだと知ってます?
レコーディングの時、かつてからボロかったニシキのギターを
本人がいじっている時、いきなり中の配線が切れてしまったのです。
その時
「ついに切れてしまった~~~!」と2回も繰り返した
モモヨの叫びはRAPの間で一時大流行!
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という感じで時にはほのぼの、
時には社会批判などもありました。
丁度この頃、RAPにスタッフが増えました。
機材車の運転手(それまではニシキが運転していたそうです)
ライブ時のスタッフ、事務スタッフ、そしてマネージャー。
私も応募したのですが見事に落ちました(涙)
「私が一番のRAPファンよ」という自負があり納得出来ませんでしたし、いつもメンバーの傍にいるスタッフの方々を恨めしく思いました。
でも今思えば、中三=受験という呪われた(?)年齢と
金銭的負担を考えてくれたのだと思います。
これからはRAP通信の記事を抜粋しながら書いていくつもりです。
(画像は名古屋ハックフィンでのライブとRAP通信1、2)
「WRAP」より
「Rock Magazin」
Rock Magazin すごいね!
Rock Magazin 素敵ね!
並の哲学ふりかざしても
Rock Magazin にかなわない
状況の認識 現状からの突破
自分だけの 精神世界
プログレスした 観念
Rock Magazin すごいね!
Rock Magazin 素敵ね!
並の哲学ふりかざしても
Rock Magazin にかなわない
マスターベーションの固り
本という名の○○
それを なめて喜ぶ子供
そこから 生まれる 赤ん坊!
Rock Magazin すごいね!
Rock Magazin 素敵ね!
並の哲学ふりかざしても
Rock Magazin にかなわない
反逆の教育
規格外品 造り出す
規格外の規格品
反逆という名の服従
Rock Magazin 終わりね!
Rock Magazin 先が無い!
いかに もがき続けても
Rock Magazin は かなわない!
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「アクシデント」
戦線孤児の行先不明
闇夜に光るナイフの様に
オマエの声は叫びにならず
もがき続ける敗戦敗国
戦災 火災 水害 雪害
毒殺 自殺 撲殺 刺殺
戦災 火災 水害 雪害
毒殺 自殺 撲殺 刺殺
救済防国 観念主義者
集団自殺の強制劇に
オマエの体は もろくくずれ
悲痛な声をさけびつづける
戦災 火災 水害 雪害
毒殺 自殺 撲殺 刺殺
戦災 火災 水害 雪害
毒殺 自殺 撲殺 刺殺
競争国を 裏切るよりも
自分の地位を 自分で きずけ
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「飾り窓」
言葉うばわれ
あたし立ちつくす
高速道路の車から見えた
砕けちり 割れたガラスのかけら
核それぞれが 世界を写し…
窓を飾る人形達よ
閉じ込めた心
いま解き放て ガレキの都市に
存在は う・ら・は・ら
生と死の はざまで
あなたを さそうわ…
窓を飾る人形達よ
閉じ込めた心
いま解き放て ガレキの都市に
RAP「WRAP」レコーディング
DOLL1985年10月号を参考に。
7月5日新宿にあるスタジオ・ディグにて。
BAND経験は豊富な彼女達ですがレコーディングは初体験。
「とにかく緊張した」そうです。
途中はしゃぎすぎてモモヨに怒られたとか(笑)
レコーディング方法はライブ感を出すために
あえて8トラック(EP全てがそうだそうです。HYSTERIAのライナーでモモヨが書いてました)
ほぼライブと同じ「一発録り」で、それにSEなどを加えた
簡単な手法だそうです(メンバー談)
ライブとレコードの差はないものの、本番勝負だったので
余計緊張したとか。
それでも「ライブとレコードの差がない」というのは
ライブバンドとしてのRAPには必要不可欠で
今思えばモモヨのプロデューサーとしての腕を感じます。
EP用に「RockMagazine」「アクシデンツ」「飾り窓」
それとオムニバス用に「DA・TA・I」「MACHINE」「LOVESONG」
「RockMagazine」「アクシデンツ」は
元々ライブで人気の高かった2曲。
「RockMagazine」はルージュがRAPの前のバンド
(後にリザードのメンバーとなる人達とやっていたバンド)の曲をRAP用に作り直したそうです。
「アクシデンツ」はニシキ作。やはり前のバンドの為に作った曲だそうで、ダムドの曲のリフを効果的に使っています。
その為、この曲だけを聞くと「ダムドのコピーバンド?」と思われたりしたそうです。
「飾り窓」はEPの為にルージュが書き下ろしたそうです。
歌詞にあるように、高速道路で事故を目撃した時に突然、詩とメロディが浮かんだそうです。
オムニバス用の3曲はレコーディングされたものの、
オムニバスは発売中止になったそうで、
後にファンクラブである「RAPARMY」会員限定に発売された
ビデオの中でのみ聞く事が出来ます。
(ちなみに私は持ってません。涙)
「RockMagazine」はROCK雑誌を否定している曲なのですが、
皮肉にも、RAPは、DOLLの森脇氏に見初められた事からもわかるように
業界ウケのバンドでした。
ライブの模様はPUNK系のROCK雑誌だけでなく、
「ぴあ」や「シティーロード」などの情報誌でも絶賛され、
派手でセクシーな衣装もあって男性誌からのインタビューも多数受けました。
「フォーカス」系の雑誌の表紙を飾ったりしました。
(男性誌の写真やインタビューに関してはルージュは「嘘吐きばかりだ。事実と違うことしか書いてくれない」と、立腹してました。その後は取材の全てを断ったそうです。)
後期には、RAPのメッセージ性、演奏力の高さを評価され、
当時、インディーズを全く取り上げていなかった
「プレイヤー」などの雑誌にもよく取り上げられていました。
RAPがインディーズBNADのメジャー誌への進出の突破口を作ったのかも知れません。
そして、「WRAP」はみごと発売同時にチャートの2位を飾り、
後の3部作~アルバムへ続きます。
レコードリリースまでのRAP 2
スミマセン。手元に残っている「RAP通信」を見たら
最初の思い出にすでに間違いが(^^;
私がRAPのメンバーを知ったのは「RAP通信」ではなく
ライブのチラシでした。
RAP通信が発行されたのは、もっと後でした。
ここからは「HYSTERIA」のライナーノートを参考にしつつ(^^;
私が初めて体験したエクスプロージョンでのライブ、
同じ日に運命的な出会いがあったようでした。
リザードのモモヨも見に来ていたのです。
(ルージュがチケットとテープを送ったそうです)
そしてDOLL編集長の森脇美貴夫さんに
「良いバンドを見つけた」と話をしたら
「丁度オムニバスのデモテープが届いている」という話になり
オムニバスではなく単独でレコードリリースする話が持ち上がったそうです。
(この話はリリースを申し込まれたとき、森脇美貴夫からメンバーが経緯を聞かされたそうです)
オムニバス用に用意したのは
ハードパンク色の強い3曲、ライブで人気の高かった
「DATAI」「マシーン」「LOVEソング」でしたが、
シングルとなるとメンバーは困ったそうです。
各メンバーの好みが全く違い、EP1枚にまとめられないと。
それで売れ行きを見ながら(1stが売れたら?)
「3部作として違う色の曲もリリースする」という条件で
シティーロッカー(ドグマ)と契約したそうです。
そして、1st「WRAP」は、発売同時にインディーズチャートの2位を飾るHITになったのですが
これは、また後にお話します(^^;
モモヨ&ワカとルージュ、ミサ
ガスタンクのメンバーとRAP
レコードリリースまでのRAP
僭越ながら当時を知っているファンの1人として
私の目からみたRAPの足跡を
その頃の日記などを元にお伝えして行こうと思います。
なにぶん昔の話なので記憶が間違っていたらすみません。
RAPとの衝撃の出会いのあと
その後は憑かれたようにPUNKにのめりこんで行きました。
放課後、週末、時間があればJPDOLLに通い
ルージュとミサから色んなことを教えてもらいました。
ルージュからは東京ロッカーズやNEWWAVE
ミサからは日本のインディーズバンド。
その頃のRAPと仲の良かったバンドには
ガスタンク、リップクリーム、ゾルゲ、ゴメス、X(後のXジャパン)、ムルバス(後のイエローモンキー)などなど
当時インディズシーンで人気のあるバンドばかりでした。
RAPはそれらのバンドと一緒に演奏する機会が増え
渋谷屋根裏を中心にハードコアバンドとのGIGが多く
私も自然とRAP以外のバンドにも詳しくなっていきました。
特にガスタンクとリップクリームのメンバーは
仲がよく、よくJPDOLLにも遊びにきていて会いました。
ライブの動員も多くなり大きなイベントにも参加するようになって行きました。
ファンも増え、毎日のようにJPDOLLはファンで賑わうようになり
私は少しだけメンバーが遠くに行ってしまったような
寂しさを感じたりしました。
そして、ある日、ルージュが言ったのです。
「もしかしたらオムニバスアルバムに入れるかも知れない」
「DOLL」という雑誌が主催するレーベル
「シティロッカー」でオムニバスに入るバンドを募集していて
デモテープを送った所、好感触だったそうです。
飛び上がるような気持ちでした。
しかし、もっと大きな追い風がRAPに吹いてきたのです。
つづく













