FRAPER~「RAP」という名のGIRLS PUNKバンド -8ページ目

大阪GIGレポート

1986年6月発行 RAP通信Vol 11より

5月29日 大阪エッグプラント
 共演 OXZ、XOYO

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最近割りとヘヴィな話題が多かったので、
今回は軽めにステージ以外の大阪ツアーレポート。
5月29日、RAP初の大阪エッグプラントでのGIGの話。
出発は前日28日の深夜。東京駅から出ているハイウェイバス。
前回の夜行鈍行列車にこりごりしてた私達は
「眠れるだろう」という甘い目論みでバスにしたんだけど
結局同じ。リクライニングシートだったものの、
年中ドライブインするし寒い!
やはり眠ろうというのが間違いなのかしら?
今回Dsを手伝ってくれたのは
リザードの若きドラマー「しのぶ君」
睡魔に襲われつつも
ルージュと二人でリザード談に花を咲かせたのだった。
大阪に着いたのが早朝7:00.
まだ何処も開いてなくて、とりあえず南に向かう私達。
「雨女RAP」の異名通り外は雨・・・・
結局12時位まで喫茶店をはしごして時間を潰し、
次なる所はアメリカ村へ!
言い忘れたけど7月にアメリカ村のレコード店、
「キングコング」主催のGIGがあって、
それに出演するのだけど
その挨拶がてらキングコングへ。
2月の京都の時、同店のインディーズの新聞のインタビューで
神波氏と知り合いになり、キングコングの姉妹店である
民族音楽専門店「ラングーン」もやっていることから
インドネシアなどのTAPEを頂き、
ルージュはもう完全に民族音楽にとりつかれてしまっている!といっても、まだまだ表面的であるけれど。
「ラングーン」っていうお店は
キングコングの5Fにあるんだけど、これがなかなか!
世界各地のレコードが所狭しと置いてあって、
店のディスプレイもすごくエスニック!
ソファーが置いてあって、ゆっくりと視聴出来るし、
珍しいお茶も飲ませてくれる(¥250位)
初めての人も充分、その世界に入れそう。
私達は1日で大好きになってしまった!
他にアクセサリーや民芸品、絵葉書なども置いてあって
見ているだけで楽しい!
時の経つのも忘れて遊んでいるうちに、もう3時。
エッグプラントに電話すると、
もうすでにリハーサルが始まっているとの事。
「まずい!」急いでタクシーに飛び乗り花園町へ!
丁度キングコングにエッグプラントの店員である、
ルーズハロウィンの方が来ていらしたので道案内を頼み、
「東京のリハーサル時間は4時頃だけど、大阪は早いんですね~」と
誤魔化しましたが言い訳になりませんね。
本当にゴメンなさい。
エッグプラントはスタッフがしっかりしていて
音も割りと良くて久々(ロフト以来)に
気持ちよくGIGが出来たという感じ。
私達の内側も吹っ切れたっていうこともあるし。
見る側の人達はミサがいなくて戸惑っているみたいだったけど
私達自身はすごく気分良かったのね。(ミスは多かったけど)
GIGが終わり打ち上げは近くの飲み屋へ。
お酒が飲めない私達は、いつになく?大人しく話しをしていたのだけど、
大阪の人は皆、いい人ばっかりで、とても楽しかった。
A-TO(ミニコミ)の方やXOYO、エッグプラントの方々etc・・・
ルージュはOXZの方々と話をしていたんだけど
OXZはギャラが少なくても新幹線でツアー行くそうで、
RAPはギャラが少ないと、やっぱりバスだなぁ・・・。
それから元VeniVeniのマナミの家に泊まるため打ち上げ途中で帰り、宝塚へ!
あ~!やっと眠れる、と思ったのも束の間、
シノブ君が盛り上がって怪談やバカ話を始め、
結局その夜もろくろく眠らずに明けてしまったのだった。
だって本当にどうしようもなく面白いんだもの。
翌日、不眠もなんのそので、
私達4人+マナミで宝塚ファミリーランドに出かけたのだった。
ニシキは宝塚歌劇の大ファンということで大感激!
ニシキの名前は「甲にしき」から取ったそうで、
私達一同、意外な一面に唖然。
乗り物は東京ディズニーランドのコピーっぽいかしら?
動物園が面白かった。
で、何はともあれRAP初の大阪ミニツアーは終ったのでした。
帰りはもう疲れ果ててバスで帰る気力もなく新幹線で帰ってしまった。
GIGの1週間前に無理にお願いしちゃったシノブ君、神波さん、キングコングの方々、エッグプラントの皆さん、マナミ、そして差し入れくれた山根木君、来てくれた皆、本当にありがと!

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この号のライブ告知は

7月26日 大阪アメリカ村 サンホール
共演  リザード、オフマスク00、ボアダムス
(この時のライブは「1PLUS1 CONCERT」という名前でビデオ化され発売されました)


ミサ脱退~ドラムス募集

鹿鳴館でのGIGを最後にミサが脱退したことは
ファンにとってもショックでしたが
「RAPは誰が欠けてもRAPではない」と常日頃言っていたメンバーが
一番ショックだったのだろうと思います。
脱退理由は「方向性の違い」だそうです。突然の脱退でした。
すぐに募集を始めましたが中々気に入るドラマーに巡り合えず
すでに決まっている、大阪エッグプラントでの
GIGをこなすため、当時のリザードのドラム、
シノブさん(現 犬神サーカス団、犬神明)をゲストドラマーとして迎えこなしました。

RAP通信VOL10より

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この所、少しばかりメランコリックになり過ぎていたようだ。
まるで癌が蝕むようにRAPという1つの生命体に虚無がはびこった。
危ない所だった。ヤツはとうとうステージにも顔を出したのだ。
5月17日。鹿鳴館にて。
全く我ながらひどいGIGだった。共演者にも申し訳ないし
何よりも来てくれた方々に本当に恥ずかしくて顔向け出来ない。
とりたててテクニックがあるわけでもない私達のとりえと言えば
全く「気合」しかないはずなのに、この日は無気力そのものだった。
そして警告!そう私が歌うのは自分自身に警告する為じゃないか。
リザードのアルバムに「バビロンロッカー」というのがある。
それはキングから81年に発売された彼らの2ndだが、レコーディング寸前にGとKeyが抜けている。
にも関わらず、出来はストラングラーズのJJバーネルがプロデュースし絶賛された1st以上のものだった。
「実用的なアルバム」モモヨ氏は言う。
確かに不思議と様々な事を考えさせられる。
そして何よりタイトル。
ー邪都戦士ー邪の都=バビロン、戦士=ROCKER
邪の都で戦う者・・・それはPUNKSの本来の姿ではないか?
私達が生きるこの世界は、もはやバビロンと化しつつあるのだから。
私達は守らねばならぬものが沢山あるばずだ。
私達は何故、楽器を手にし歌うのか。
そして何故PUNKというジャンルを選んだのか。
何故それがPUNKでなければいけないのか。
ノリとか格好とか、ワーっと発散させるのだったら別にPUNKに拘る必要はないのではないか?
しかしながらRAPはまだバビロンロッカーの十分の一も成し得ていない。
初めてのメンバー脱退に落胆し、おろおろしているだけだった。
今の私たちに、こんな偉そうな事を言う資格は無い。

3rdのA-2に「Legend」を入れた。
あれは滅びと同時に甦りの歌。
私達自身、凝り固まった古い殻を崩し、生まれ変わる必要がある。
人魚姫は言葉を取り戻す。
そう私達は負けたわけじゃない!
1stのレコーディングから約1年。結成からは1年半。
何を成したわけでもなく、ただがむしゃらにやってきた。
今思えば、それはRAPの、本当のRAPの為の準備期間に思う。
いわばRAPの幼虫~蛹といった所だろうか?

新生RAP、期待してて!

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この号に告知されているライブは

6月7日  渋谷LA MAMA(オールナイト)
共演  リップクリーム、グレイトリッチーズ、ETC

RAP アメリカ進出!

TRAPのレコーディングの終った辺りにRAP宛てに

アメリカの「BITCH」という音楽新聞から1通の手紙が舞い込んだそうです。

RAPはアメリカでも評判で是非

特集を組ませてもらいたいとの申し入れだったそうです。

取材はなく、RAPからの手紙と写真、

プロフィール、バイオグラフィーを載せたもので

新聞の中央、見開きで2ページに渡って大きく取り上げられました。


そして4月22日~5月7日にかけて

3rdEP「RAPOUT」がレコーディングされました。



(紙面が大きすぎて全部スキャンできなくてすみません)



1986年発行、RAP通信Vol9で告知されているライブは

5月17日  目黒鹿鳴館      共演はビアズリー

5月29日  大阪エッグプラント  共演はXOYO



なんと!この5月17日のライブを最後にミサが脱退。。。。。!

前途洋洋に見えたRAPにとって大きな転機になりました。


関西・四国ツアー


1986年3月発行RAP通信より。
2月のツアーレポートが書かれています

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2月21日の深夜、
私達は大垣行きの鈍行列車で京都へと旅立った。
とにかくラッシュさながらの、すごい混みようと
荷物の重さで、ろくに眠れぬまま
翌朝7:00頃 京都に着いた。
今回のプロモーター、NOIZVOXの人のお迎えで”ウノハウス”へ。
2時間ばかりの仮眠、そしてKSKホールへ。
ここは普段クラシック主体という事だけれど
とにかく趣味が悪い!
成金が作ったダンスホールさながら・・・。
シャンデリアなんてあるし、
極めつけはPAの機材の悪さで、今時高校の文化祭だって
ここまで酷くないだろう。
タクが映写室みたいに上にあって全体のバランスも見ずにいじくるから

当然音は、ぐちゃぐちゃ! こちらの注文は全く無視。
案の定リザードの時アクシデントが起こり中断。
モモヨは怒ってステージを降りてしまった。
会場は大パニック。

次の朝早く姫路へ。
RAPにとって思い出深い姫路。
今回はジョージアダムスという小さなライブハウス。
楽屋が無かったので珍しく普段着のままステージへ。
定員以上の客の入りで嬉しいんだけど
ステージが低いのもあって後ろの人が全然見えない!
仕方なしにルージュは頭をぶつけつつ
スピーカーの上に乗って歌った。
RAPがまだ全然無名だった頃でも姫路の人達は暖かく迎えてくれたから
1人1人に歌いかけたかった。

次の日もハードスケジュール!
朝10時に姫路を発ち徳島へ。
ミサ以外の3人は高速フェリーも初めてだけど四国も初めて!
興奮は高まるばかり。(といってもフェリーに乗ってる間中ずっと眠っていたのだけど)
結局リハーサルの時間ぎりぎりにグラスホッパーに着いたのだけど
私達はやっとマトモな音でのGIGに嬉し涙を流したのだった。
しかし、徳島のGIGの主役は、やはりミサでしょう。
結成当時、「いつか絶対、徳島でGIGをやりたい!」なんて言ったのが、

こんな早く実現するなんて!
「地元の宮田・・・・」なんて徳島の一番メジャーな新聞にも載ってしまうし、

ラジオでレコードはかかるし・・・
文字通り「錦を飾った」
PAはリザードが過去何度も徳島へ行った時担当した「うさぎや」さん。
さすがに上手いし良心的だしRAPのレコードもよく聴いて勉強してくれているみたいだった。
思った以上の動員と、とにかくノリがすごくて
前のほうの女の子なんか踊り狂いながら「WRAP」の曲を全部口ずさんでくれていた!
とにかく「楽しもう!」っていう意識が嬉しかった。
主催は水野さんという女性の方だったんだけど、
3日間のGIGで一番しっかりやってくれたように思う。
女性の可能性みたいなものも見えてたのもしく思え、
「RAPも頑張るぞっ!」って気分になった。
本当はもっと色んな所にツアー行きたいんだけどルートが無い。

きちんとした体制があれば行くんだけど・・・
他の地方の方、ごめんなさい。待っててね!

※ウノハウス・・・寺町京極のはずれにあるゲストハウス。
プロのバンドも使っています。一泊¥1400の安さ!
Butボロさも値段通りです。

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他にもこんなエピソードが書いてあります。


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徳島で”ときわ”というホテルに泊まったのだけど
泊客はRAPとリザードと他1名
・・・・・のはずなのに・・・・
確かに靴箱には2人分の靴。
寝ている筈の、その1名の他に夜更けに廊下を走りまわる音
・・・・・何?

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この号のライブ告知は

4月20日 新宿ロフト  共演はリザード


「TRAP」発売記念GIG

告知は1986年1月発行RAP通信Vol6にて。

2月19日 新宿ロフト。
共演はバルバラ、VeniVeniMonotone

この月は他に関西・四国ツアーに出かけた忙しいスケジュールでした。
(私は見てないので聞いた話&RAP通信より)
2月22日 京都KSKホール
2月23日 姫路ジョージアダムス
2月24日 徳島グラスホッパー

特に姫路ではミサの故郷だけあり大盛況だったそうです。
このツアーでは「RAPOUT」の曲なども披露したそうですが
発売されておらず、ましてや初めて行く土地。
観客は歌詞がわからないままノリノリで
「NOT FOR SALE!」のコーラス部分を
何故か「よっこらせ!」と一緒に歌ってくれたそうです。

次の号、3月発行のVol7では「TRAP」の解説が書かれています。

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ー回想ー

本当の私とは何だろう?
髪をひっつめて無気力に与えられた仕事、
あるいは学校へ通う。
日常の”私”は何者なのか・・・
何故、自分が「こうありたい」と思う姿で居る事が出来ないのか?
BANDをやっている自分、好きな人と居る時の自分。
・・・どうしてそれが”日常”ではないのだろう?
どうして無気力な人形と化した姿が日常で当たり前なのだろう?
幼き日より私は誰に向けるでもない問いかけに自分を縛られていた。
日常に対して不感症になればなるほど自分を見失っていくのだ。
生きる為に働く事。だけど・・・・
そんな時、夜毎夢の中に「空間のあなた」
(と、夢の中で私は呼んだ)が現れて語るのだった。
「しかし夢を失くしてはいけないのだ。
心は自由なはずだから」
私達は夢の中で様々な事を語り合った。
学校の事、BANDを許してくれないパパのこと。友達の事。
そして自分が自分でいられるのは多分BANDをやっている時だろう
という事。
空間のあなたが言った。
「心を音の世界に亡命させるのだ」
ー鏡ー鏡の中にいる、空間のあなた。
だけど私はどうすれば良いかわからない。
「鏡よ鏡、お願いだから本当の私、映し出して」
鏡は無言で相変わらず、逆さの私の影を映すだけ。
誰も応えない。誰もいない。
意識の奥の迷宮の中・・・・
私は彷徨い、また周りの人も1人2人と夢をすてていった。
私はせめて同じ道を通らないように
来た道に印をつけること位しか出来なかった。
絶望のふちに立たされた時、
ふと1つの言葉を思い出した。
ー直情径行ー
私は日常の中で自分を偽ってばかりいたのだった。
憎むべき自分。破壊すべき自分の殻・・・
「空間のあなた」の言う「そこ」とは私の中にあるのだ。
何かがはじけた。
出口も私の中にある。
3、2、1、0・・・・!

ーこのようにして”罠ーTRAPー”は生まれたのだが
この連なる3曲を必ずしもこの通りにとってくれなくて構わない。
聴く人それぞれ、その人なりに感じ、
そして出来れば機能する事が私の願うところだから・・・
かつて私がリザードの「亡命者」を聴き迷宮からの出口を見つけたように。
最後にタイトル及びジャケットのコンセプト。
タイトル「TRAP」は1st同様RAPにちなみ引っ掛けてTRAP。
しかし日本語に直すと「罠」となり四つの民となる。
ジャケットは4人の民。
鏡に映し出された私達・・・それが迷宮の答えだろう。
1stとの違いに多少戸惑った人もあると思う。
2ndは詩と音を重視したものであるから・・・
3rdは未来へあてたRAPからの警告/LOVESONG・・・!
期待してて!        (ルージュ)


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この月を最後にRAPの事務所は
ルージュとミサの勤務先のJP DOLLから
リザードの事務所である「ティーセレモニー」に移ります。
ルージュがJPDOLLから居なくなって悲しかったです


天女の羽衣/破邪の剣

年は明けて1986年1月4日。
「天女の羽衣/破邪の剣」というリザード主催のGIGに出演。
場所は新宿ロフト。
共演はリザード、バルバラ、S-BATS。

お正月のGIGという事もあり
メンバー全員、着物でのステージ。
ファンサービスたっぷりのGIGでした。
ルージュやミサの舞妓さんみたいに可愛い衣装もいいけれど
ニシキの渋い着物が印象的でした。

カオリの袴姿も素敵でした。



この頃からRAPARMYは200名を超え、
バッヂ、TシャツなどのGOODSも販売されるように。
(製作・「SEX」社)


2ndEP「TRAP」レコーディング



1985年12月発行 RAP通信Vol5より


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12月25日。1stの時と同じ、四谷にあるSTUDIO GIGで行われた。

前回に比べて、みんなは落ち着いている。

が、KAORIとMISAは相変わらずお腹の調子が悪いそうだ。

私は数日前から体調を崩し、それに昨夜いろいろ考えすぎて眠れなかったせいか気分がすぐれない。

今回の3曲は”ハードパンクバンドRAP”とは、かなり異なるもので

私にとっては一番思いいれのある曲ばかりである。

それに”PUNKは音楽のジャンルではない”という信念の様なものがあり

前回以上に緊張した。

NISHIKIも緊張してか、音を出す以前、チューニングの段階で、すでに弦を切ってしまった。

NISHIKI談によると間違って1オクターヴ上げてチューニングしてしまったそうで

大体RAPはもとより1音上げてチューニングしているわけで、

それじゃ切れるのも当たり前だ!

しかし、前回の様に大きな失敗もなくレコーディングは進んで行く。

そしてVOCAL。

私ときたら、それ以前の仮ヴォーカルの時は、みんなを「平気!平気!」と

軽く元気つけていたのにも関わらず、

実は一番あがっていたのは自分だって事に気が付かなかったのだ。

「直情径行」が何度やっても合わない。

何故かが解からない。

つい不機嫌になる。モモヨに怒られる。

その繰り返し。

後で考えてみれば、私は思いいれのあまり、自分の実力以上のものを出そうと思い

結局は、それ以下しか出せなかったのだ。

それは「意識がよどんでいた」のだと、モモヨが言った。

もともと私達のレコードは刹那 刹那の音、そして姿を

記録しておきたかったから作ろうと思ったのであって誤魔化すためではないのだ。

その点を忘れていた。

”初心忘れるべからず”

そう少なくとも1stはもっと素直だったはずだ。

その時の私の我儘に付き合ってくれたエンジニアの方々と

教え悟らせてくれたモモヨに心から感謝とお詫びをしたいと思う。

日常における自分の在るべき姿

・・・・日常の中で自分を見失い追い込まれていく少女が、この3曲中の主人公であるが

モモヨが私に言った言葉で、とても印象的なものがあるので、ここに記しておく。

「(時代etc)の流れに流されるのではなく流れる事。

執着(ある意味の拘り)を持つと、その流れはよどんでしまう」

それは、あるがまま、本当の自分を保つことでもあると思う。

GIGでは理解されない、もう一つのRAPが今回のEPの中にある。

それも本当の私達の姿である。

1曲1曲の解説はのちほどに、として、とにかく!

出来は最高!2月10日の発売予定である。

どうぞお楽しみに!          ROUGE


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確かにこのEPだけを聴いた人はRAPを「ライブバンド」だとは思わなかったと思います。

RAPにとっても冒険だったのかも知れません。

しかしメンバーの危惧をよそに、「TRAP」も大HITを記録します。

一時期は「WRAP」と「TRAP」が同時にチャートインする快挙も遂げました。


「TRAP」より

「直情径行」

出口をさがせ!
振りかえらずに
見通しきかず行先不明
「直情径行」わたしの中で
その言葉が渦まくわ
瀬戸際に立たされて―

決断の時すべてをすてて
しるしを、つけた過去の
迷路には 迷わない

永過ぎる闘いは
人びとを変えてゆく
時間の彼方に
忘れた「言葉」取り戻せ!
「直情径行」わたしの中で
その言葉が渦まくわ
瀬戸際に立たされて―



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「迷宮」

夢の中で問いかける
過ぎた矛盾の裏側を
電車の鼓動を聞きながら
毎日 朝に問いかける

ひっつめ髪に心を隠して
無気力な人の群れに
身を任せ たった束の間の
自由まで (人形は)唱えない

鏡よ鏡 髪をほどき
本当の わたし 映し出して

迷い込んだら出られやしない
意識の奥の迷宮の中
逃げ路の無い叫びと憂鬱
問いかけに応え無し

鏡よ鏡 髪をほどき
本当の わたし 映し出して

日常が真実の顔なら
真実など ありはしない
鏡は逆さに世界を映し
何もかもが隠される

鏡よ鏡 髪をほどき
本当の わたし 映し出して


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「空間のあなた」

空間のあなたが言った
『そこじゃ生きてるのも無意味だぜ
 お前も それに気付いているんだろう?
 そこから逃げ出さない限り
 生きる術は無い』

空間のあなたが言った
『お前の憎むべきものに火をつけろ!
 お前の周りは火のうみになるぜ
 そこを破壊しない限り
 助かる術は無い』

空間のあなたはいつも
現実を否定し続ける
音の空間の中で
あなたは自分の王国を築く
『ここなら全てに安全 僕等の世界さ』

『高度さを誇る教育制度
 お前は そこで日常性をならう
 COPYで溢れた都市がわらう
 お前を どんどん隅の方へ 追い詰めていく』

―わたしたちの夢の中に夜毎現れる
 『空間のあなた』は
 音の世界への亡命を呼びかける
 けれども わたしは
 逃げ路をさがす術さえ知らず
 眼に見えない何者かに追われ
 日常の迷宮に迷い込んでいく―

陽の目をみなかった3曲

シティロッカー(ドグマ)からリリース予定の
オムニバスアルバムに参加する為にテープを送った事が
RAPのレコードリリースのきっかけだった事は前にお話しましたが、
この「SUPER PUNK MARKET」というアルバムは
結局発売されませんでした。

この曲を聞けるのはライブだけ、今となったら
ファンクラブ限定のビデオでしか聞けません。

1985年11月発行 RAP通信Vol4では、
(まだ発売中止は決まって無かった)
この3曲について書かれています。

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「LOVE SONG」
私をとりまく全てに捧ぐ・・・
私は無関心を装っているけれど本当は不安でいっぱい。
現実(あなた)のことが気になって仕方が無いの。
私は現実(あなた)を どうすることも出来ないけれど・・・
たとえこの声がかれるまで叫んだとしても。
せめて死んだあとでも、大気を化して、あなたを見守り続けるわ。

「DA・TA・I」
中絶については、一概に否定は出来ないとは思う。
色々な問題があるし・・・
しかし親の無責任のために、虫ケラのように堕胎され
思い出されもしない子供達がいるのも現実。
この歌は、そういう胎児の立場に立って歌ってみた。
もっと生命について考えるべきだとは思わない?
(RAPのメンバーは堕胎経験はありません。念のため)

「MACHINE」
社会の中で自分というものの存在を問いてみる。
ある日、ふと今までの生活をやめてみても
社会は何の変化も起こらない。
ただの歯車。それが昨日までの彼の姿。
いくらでも替えのある大量生産の歯車。自ら・・・・。

私達は歯車なんかじゃない!
それぞれ個別の独立した生命体なのだ! 
               (ルージュ)

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散文詩のような解説ですよね。
どちらかというとテンポの速いハードコアっぽい曲調の3曲でした。

この号からRAP専属のカメラマンさんが
写真の販売をしてくれるようになりました。
キャビネサイズ一枚¥100!
この日記やブログで使用している写真は、
それで購入したものが、ほとんどです。

RAPARMY


RAP通信Vol3より  1985年10月発行

この号には「EP三部作」について語られています。

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ー3部作EPについてー

RAPを知ってくれた、みなさんもご存知の通り、
RAPって多面的なバンドだから、とても一言じゃ表せないと思う。
「WRAP」のレコーディングが終った時、モモヨが
「3部作にしたら?」って。
LPにするより、タイプ別に曲々を全く違った感じに仕上げられるし
それぞれの曲の個性を明確にすることが出来るから・・・。
なるほど!私達は録り終ったTAPEを繰り返し繰り返し聴きながら
ふと3面鏡をイメージした。
1stは、誰でもすぐ目につく正面の鏡。
1nd、3rdは、少し違った横顔の写る鏡。
そして、それらが合わさると、とてつもなく無限の世界が広がる・・・・
今、私は2ndのレコーディングのために歌詞をチェック
・・・・と、そこで、ふと、もう一つの意味が明白となった。
「WRAP」は7月(レコーディング)の時点では
確かに”現在”であったのだ。
素直なRAPをモモヨは充分に引き出してくれた。
そして2nd。
これは割りと私の私小説めいた”過去”ではあるのだが
本質的には”自分のあるべき日常”
・・・隠された本当の自分等がテーマである。
毎日に流された日常の迷宮から抜けられない・・・
But、B面の「直情径行」で、わずかな出口を見つけ3rdに続く。
迷宮からの脱出・・・そして、それからのRAPのあり方、
”未来”へ向ける警告。
音は3枚とも違います(曲の感じとか・・・)
どれが好きかは君の好みだけど、1枚しか聴かずに
「これがRAPだ!」なんて思わないでね。
音のかけらの1つ1つがRAPであり私達4人の細胞なのだから・・・
出来たら3枚とも聴いてみてね。  (ルージュ)



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この頃よりRAPのファンクラブ「RAPARMY」が発足しました。
「リザードアーミー」をもじって命名されたと推測されます。
”ちぇるしー”さん(佐藤加奈子さん)という高校生の方が中心となり、
RAP通信とは別の機関紙「FRAPER(ファン+RAP+人という意味だそうです。 )]も発行。
残念ながら「FRAPER」は手元に残っていませんが、
ファンからメンバーへのファンレターや、ファンから多く寄せられる質問に対してメンバーへのアンケートなどが主な内容でした。

この号で告知されているライブは
(RAP通信発行時に間に合わなかったライブ日程掲載は省略されています)
11月22日 新宿ロフト 共演はCOMES