FRAPER~「RAP」という名のGIRLS PUNKバンド -8ページ目

活動休止~キンタ加入

ミサが抜けたあと、ルージュ、ニシキ、カオリはドラムスのオーディションの傍ら

アルバムの為の曲作りを進めていたそうです。

そして当時、森脇美貴夫氏がパーソナリティを務めていたラジオ番組

「パンクサーカス」などにも出演。

メジャー誌などの取材も多く受けました。


そして結局、新ドラマーに選ばれたのは、

7月26日 大阪アメリカ村 サンホール でヘルプでドラムを叩いた、

マネキンノイローゼのキンタでした。
(この時のライブは「1PLUS1 CONCERT」という名前でビデオ化され発売されました)



1986年9月発行RAP通信Vol13より


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5月末からビラ、張り紙、雑誌、口コミと思いつく限りの方法で

Ds募集をしてきたのだけれど、

結局、大阪のGIGの時、手伝ってくれた

マネキンノイローゼKINTAに加入してもらった。

女の子のドラムスは少ないと思いきや、思った以上の応募があって

みんなで嬉しい悲鳴をあげていたんだけど

スタジオに入ってみると、どうも上手く行かない。

「あ、いいもの持っているな」っていう人は沢山いたんだけど

すぐに活動!ってワケには行きそうもなくって。

半年位、活動休止して練習ってワケには行かないし。

そんな時、何気にKINTAと電話で話していて加入してくれる事になったワケ。

マネキンノイローゼの時のドラムを私はすごく気に入っていたし

何より大阪の時、KINTAのパワフルでタイトなDsは

一緒にやっていて、とてもHighな気分にさせてくれる。

性格も”頼もしい姉貴”って感じだし。


ただ1つ残念な事に、KINTAは来年結婚!

BAND活動は無理そう。

そうなったら、またDsを募らないといけないけれど、

その時はその時!

何はともあれ、RAPにとびきりのDsが入ったのは事実。

期間が長かろうが短かろうがメンバーには変わりは無い!

12月にはKINTAのDsで初のLP制作に入る予定!

全曲新曲で自信作になりそうよ!


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KAORIインタビュー

ミニコミ誌「A-TO」より


~内側から見えるRAPの世界~

極端でもないんだけど音楽性を変えようかなっていうかね。

今だと一応、起承転結みたいな感じでやっているんですけど

全体的に曲色が違いすぎる何かがあると思うんですよ。

だから、そういうのを統一して、そういう部分をなくそうっていう考えがあるんですけど。

RAPってのは見ててもわかると思うんですが

メンバーそれぞれの個性が全然違うんですよね。

その全然違うところが色々混じって調和されて出てくる「何か」

っていうのが私達じゃないかな。


~KAORIが振り返るRAPの3部作~

1st:私自身、一番好きなんですね。何か1stには一番苦労が集結されてて。

もうあん時は本当に下手だったからね。

すごく思い出深い一枚なんです。

レコーディングの方法とか全くわからないんで

モモヨさんにどれだけ忠実に従うかって、ほんとそれだけでね。

2nd:割と軽い気持ちでやったんですよ。

中間だからかもしれないけど、

中だるみみたいになっちゃった部分があった気がするんで

もうちょっと一生懸命やれば良かったと思う一枚です。

3rd:スタジオワークに凝っちゃったりとかいっぱいしてあるんですよ。

もうちょっとスピード感があった方が良かったんじゃないかと

思ったりしますけど結構楽しくやれたからいいと思います。

この次の作品は、それに値する曲が出来てないんですけど

今度は物語を1つ作っておいて、

それでどんどん曲を入れてアルバムにするっていうかね。

物語みたいなアルバムにしたい。

それは音じゃなくて詩。ルージュが考えてます。


~RAP~

自分たちより周囲がどんどん押していっちゃったみたいで

私達はそれについていくので精一杯だって所もあるんですよ。

だから流されている所があったんで、

周囲に囚われずにやっていきたいってのはありますね。

あと、とにかく余裕がないんですよ。やってて。

いつも「こうすれば良かった」みたいな感じが多すぎるんで

これからの課題はそういう所をどれだけ残さないようにするかです。


今のRAPは蝶で例えれば、まだまだ毛虫ですね。

これからどうなっていくかはわかりませんが、

お客さんに訴えるっていうか、RAP独自のステージをやれるようになりたいです。

「RAPOUT」発売


もっと早くに発売されていたにも関わらず、ドラマー不在のまま

RAPは3rdEP「RAPOUT」発売記念GIGなどのプロモーションも出来ない日々を送っていました。

しかし、やはり「RAPOUT」も前3作同様、快調なセールスを記録しました。



1986年8月発行RAP通信Vol12より


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「私の内側のRAPOUT」


知らない間に3rdが発売されていて、Ds募集中の私達は、

結局発売記念GIGも出来ぬまま現在に至ってしまった。

可哀相な3rd。

ある意味で第1期の私の遺書。

少なくとも、あれを書いた時点ではそうしたかった。

ROCKシーンにおける幻想の崩壊、

それと戦うべき自分の弱さを知ったと言うか・・・・

大切なのは勝つ事ではなくって、負けないって意識を持つ事だけど・・・

終わりの見えない戦い。そして戦火は広がっていく。

その挙句、私は幾人かの友人を失ってしまった。

彼らの1人は、まるで

「同じ殺人で死刑になるなら何人殺したっていいじゃないか」

とも、とれる意味の言葉を吐き捨てた。

勿論、人殺しなどした訳ではないが・・・・

他人を裏切る事が当たり前の日常になってしまっている。

私の言葉は彼らに届かずに地面に落ちた。

彼らにとっては重量オーバーなのだ。

音楽で人を変えるとか、そんな大それた事は考えていないけれど

BANSHEEという精霊は死人が出る家の窓の外で泣いて知らせるという。

そんな存在に私は魅かれる。


3rdは、いわば「飾り窓」その後。

1stでガラスの割れる音を聞いたでしょう?

私が巧く飾り窓から抜け出せたら、あなたの窓ガラスを叩いて知らせるわ。

皆、目の前のガラスに気付かず、あるいは知らないふりをして生きている。

そして、それは、とてつもなく歪んだガラス・・・・


「NOT FOR SALL」では、私は過去に戻る。

学校時代、私は先生の言う「できそこない」だった。

高三になると進学や就職の為に、皆、同じ仮面を被せられた。

けれど、それが一体何になるの?

人間の価値なんて何ではかるの?

いつか見たピンクフロイドの「WALL」みたい!

私は例え「出来損ない」でも”加工されていない私”でいたかっただけ。

それは卒業し随分経った今でも変わらない。

誰もが信じられなくなっても、誰も信じてくれなくても私は私。

自分の良心に忠実でありたい。


最後に「LEGEND」

私はいつも、ありったけの思いを込めて、これを歌う。

人魚姫の悲劇は声を失くしたことから始まった。

そして私達の過ちも「見て見ぬフリ」の沈黙の結果。

友情をはき違えてなるべくカドが立たないように・・・・

もう繰り返さない。

言葉って本当に大切だと思う。3部作を終えて身に沁みて思う。

例え今は伝わらなくても私は私なりに精一杯アプローチするつもり。

その勇気をくれたのは、ライブに来てくれたり、

曲を聴いてくれている皆。

ありがとう!


我儘を言わせてもらえば、3部作続けて聴いていて欲しい。

2nd, 1st 3rdで曲順も変えたら、ある1つの物語。

どういうプロットかは聴く人の受け取り方で違うけれど。

もう一つ。

より身近に感じたい人はヘッドフォンでどうぞ。

特に「LEGEND」はね・・・・

                  (ルージュ)


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「RAPOUT」より


「NOT FOR SALE」

大人達の手に委ねられた
Show Windowの子供達
同一の仮面をかぶせられて
支配下に売られてくわ

Not For Sale! Not For Sale!
Not For Sale! Not For Sale!

あたしは隅に転がった
できそこないのセルロイド
誰もが信じられなくても
いつまででも 非売品よ!

Not For Sale! Not For Sale!
Not For Sale! Not For Sale!

モノクロームに彩られて
塗りつぶされた子供達よ
取り上げられたオマエの色彩を
捜し出し 塗り変えろ!
windowは単色パッケージ
忌まわしい“Jis-Mark”を剥がして


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「LEGEND」

砂の中に紛れてる“わたし”を
さがし出すのは あなた
日常の魔法にかけられ
崩れ去った“わたし”は
永い年月あなたを待ち続け…

蜃気楼にうつし出される
未来と過去のクロスした風景
それは遠い昔 おとぎ話のイマージュ
海の泡と果した人魚姫
そして 風にさらわれた“わたし”

甦れ!砂漠の人魚姫
金のうろこの魚達
その時すべて生まれ変わる
甦れ!邪都戦士よ!!
廻りめぐる…Legend…

Billed me up…Billed me up!
Billed me up…Billed me up!


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「RAPOUT!」

ほんの少し我慢をすれば
“見知らぬ夜の不安”に買われ
人形になりきる身体に さよなら
人形ニナリキル身体ニ サヨナラ

ランジェリーBoxの中に
閉じ込めた“叫び”が
レースのコルセットをしめて
夜の街に立つ(Rap Out!)

Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
それが あなたへのLove Call

飾り窓から飛び出した心
みちにちらばるガラスの破片
鏡の中の わたしの鼓動
未来をすべてBeatに変えて

ランジェリーBoxの中に
閉じ込めた“叫び”が
レースのコルセットをしめて
夜の街に立つ(Rap Out!)

Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
それが あなたへのLove Call

千夜一夜 想い宙を越え
百里千里のあなたのもとへ
偽りの心 亡骸に残し
知らぬ素振りの あなたに警告

Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
それが あなたへのLove Call

Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき
Rap Out! あなたの窓ガラスをたたき

Rap Out!

大阪GIGレポート

1986年6月発行 RAP通信Vol 11より

5月29日 大阪エッグプラント
 共演 OXZ、XOYO

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最近割りとヘヴィな話題が多かったので、
今回は軽めにステージ以外の大阪ツアーレポート。
5月29日、RAP初の大阪エッグプラントでのGIGの話。
出発は前日28日の深夜。東京駅から出ているハイウェイバス。
前回の夜行鈍行列車にこりごりしてた私達は
「眠れるだろう」という甘い目論みでバスにしたんだけど
結局同じ。リクライニングシートだったものの、
年中ドライブインするし寒い!
やはり眠ろうというのが間違いなのかしら?
今回Dsを手伝ってくれたのは
リザードの若きドラマー「しのぶ君」
睡魔に襲われつつも
ルージュと二人でリザード談に花を咲かせたのだった。
大阪に着いたのが早朝7:00.
まだ何処も開いてなくて、とりあえず南に向かう私達。
「雨女RAP」の異名通り外は雨・・・・
結局12時位まで喫茶店をはしごして時間を潰し、
次なる所はアメリカ村へ!
言い忘れたけど7月にアメリカ村のレコード店、
「キングコング」主催のGIGがあって、
それに出演するのだけど
その挨拶がてらキングコングへ。
2月の京都の時、同店のインディーズの新聞のインタビューで
神波氏と知り合いになり、キングコングの姉妹店である
民族音楽専門店「ラングーン」もやっていることから
インドネシアなどのTAPEを頂き、
ルージュはもう完全に民族音楽にとりつかれてしまっている!といっても、まだまだ表面的であるけれど。
「ラングーン」っていうお店は
キングコングの5Fにあるんだけど、これがなかなか!
世界各地のレコードが所狭しと置いてあって、
店のディスプレイもすごくエスニック!
ソファーが置いてあって、ゆっくりと視聴出来るし、
珍しいお茶も飲ませてくれる(¥250位)
初めての人も充分、その世界に入れそう。
私達は1日で大好きになってしまった!
他にアクセサリーや民芸品、絵葉書なども置いてあって
見ているだけで楽しい!
時の経つのも忘れて遊んでいるうちに、もう3時。
エッグプラントに電話すると、
もうすでにリハーサルが始まっているとの事。
「まずい!」急いでタクシーに飛び乗り花園町へ!
丁度キングコングにエッグプラントの店員である、
ルーズハロウィンの方が来ていらしたので道案内を頼み、
「東京のリハーサル時間は4時頃だけど、大阪は早いんですね~」と
誤魔化しましたが言い訳になりませんね。
本当にゴメンなさい。
エッグプラントはスタッフがしっかりしていて
音も割りと良くて久々(ロフト以来)に
気持ちよくGIGが出来たという感じ。
私達の内側も吹っ切れたっていうこともあるし。
見る側の人達はミサがいなくて戸惑っているみたいだったけど
私達自身はすごく気分良かったのね。(ミスは多かったけど)
GIGが終わり打ち上げは近くの飲み屋へ。
お酒が飲めない私達は、いつになく?大人しく話しをしていたのだけど、
大阪の人は皆、いい人ばっかりで、とても楽しかった。
A-TO(ミニコミ)の方やXOYO、エッグプラントの方々etc・・・
ルージュはOXZの方々と話をしていたんだけど
OXZはギャラが少なくても新幹線でツアー行くそうで、
RAPはギャラが少ないと、やっぱりバスだなぁ・・・。
それから元VeniVeniのマナミの家に泊まるため打ち上げ途中で帰り、宝塚へ!
あ~!やっと眠れる、と思ったのも束の間、
シノブ君が盛り上がって怪談やバカ話を始め、
結局その夜もろくろく眠らずに明けてしまったのだった。
だって本当にどうしようもなく面白いんだもの。
翌日、不眠もなんのそので、
私達4人+マナミで宝塚ファミリーランドに出かけたのだった。
ニシキは宝塚歌劇の大ファンということで大感激!
ニシキの名前は「甲にしき」から取ったそうで、
私達一同、意外な一面に唖然。
乗り物は東京ディズニーランドのコピーっぽいかしら?
動物園が面白かった。
で、何はともあれRAP初の大阪ミニツアーは終ったのでした。
帰りはもう疲れ果ててバスで帰る気力もなく新幹線で帰ってしまった。
GIGの1週間前に無理にお願いしちゃったシノブ君、神波さん、キングコングの方々、エッグプラントの皆さん、マナミ、そして差し入れくれた山根木君、来てくれた皆、本当にありがと!

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この号のライブ告知は

7月26日 大阪アメリカ村 サンホール
共演  リザード、オフマスク00、ボアダムス
(この時のライブは「1PLUS1 CONCERT」という名前でビデオ化され発売されました)


ミサ脱退~ドラムス募集

鹿鳴館でのGIGを最後にミサが脱退したことは
ファンにとってもショックでしたが
「RAPは誰が欠けてもRAPではない」と常日頃言っていたメンバーが
一番ショックだったのだろうと思います。
脱退理由は「方向性の違い」だそうです。突然の脱退でした。
すぐに募集を始めましたが中々気に入るドラマーに巡り合えず
すでに決まっている、大阪エッグプラントでの
GIGをこなすため、当時のリザードのドラム、
シノブさん(現 犬神サーカス団、犬神明)をゲストドラマーとして迎えこなしました。

RAP通信VOL10より

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この所、少しばかりメランコリックになり過ぎていたようだ。
まるで癌が蝕むようにRAPという1つの生命体に虚無がはびこった。
危ない所だった。ヤツはとうとうステージにも顔を出したのだ。
5月17日。鹿鳴館にて。
全く我ながらひどいGIGだった。共演者にも申し訳ないし
何よりも来てくれた方々に本当に恥ずかしくて顔向け出来ない。
とりたててテクニックがあるわけでもない私達のとりえと言えば
全く「気合」しかないはずなのに、この日は無気力そのものだった。
そして警告!そう私が歌うのは自分自身に警告する為じゃないか。
リザードのアルバムに「バビロンロッカー」というのがある。
それはキングから81年に発売された彼らの2ndだが、レコーディング寸前にGとKeyが抜けている。
にも関わらず、出来はストラングラーズのJJバーネルがプロデュースし絶賛された1st以上のものだった。
「実用的なアルバム」モモヨ氏は言う。
確かに不思議と様々な事を考えさせられる。
そして何よりタイトル。
ー邪都戦士ー邪の都=バビロン、戦士=ROCKER
邪の都で戦う者・・・それはPUNKSの本来の姿ではないか?
私達が生きるこの世界は、もはやバビロンと化しつつあるのだから。
私達は守らねばならぬものが沢山あるばずだ。
私達は何故、楽器を手にし歌うのか。
そして何故PUNKというジャンルを選んだのか。
何故それがPUNKでなければいけないのか。
ノリとか格好とか、ワーっと発散させるのだったら別にPUNKに拘る必要はないのではないか?
しかしながらRAPはまだバビロンロッカーの十分の一も成し得ていない。
初めてのメンバー脱退に落胆し、おろおろしているだけだった。
今の私たちに、こんな偉そうな事を言う資格は無い。

3rdのA-2に「Legend」を入れた。
あれは滅びと同時に甦りの歌。
私達自身、凝り固まった古い殻を崩し、生まれ変わる必要がある。
人魚姫は言葉を取り戻す。
そう私達は負けたわけじゃない!
1stのレコーディングから約1年。結成からは1年半。
何を成したわけでもなく、ただがむしゃらにやってきた。
今思えば、それはRAPの、本当のRAPの為の準備期間に思う。
いわばRAPの幼虫~蛹といった所だろうか?

新生RAP、期待してて!

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この号に告知されているライブは

6月7日  渋谷LA MAMA(オールナイト)
共演  リップクリーム、グレイトリッチーズ、ETC

RAP アメリカ進出!

TRAPのレコーディングの終った辺りにRAP宛てに

アメリカの「BITCH」という音楽新聞から1通の手紙が舞い込んだそうです。

RAPはアメリカでも評判で是非

特集を組ませてもらいたいとの申し入れだったそうです。

取材はなく、RAPからの手紙と写真、

プロフィール、バイオグラフィーを載せたもので

新聞の中央、見開きで2ページに渡って大きく取り上げられました。


そして4月22日~5月7日にかけて

3rdEP「RAPOUT」がレコーディングされました。



(紙面が大きすぎて全部スキャンできなくてすみません)



1986年発行、RAP通信Vol9で告知されているライブは

5月17日  目黒鹿鳴館      共演はビアズリー

5月29日  大阪エッグプラント  共演はXOYO



なんと!この5月17日のライブを最後にミサが脱退。。。。。!

前途洋洋に見えたRAPにとって大きな転機になりました。


関西・四国ツアー


1986年3月発行RAP通信より。
2月のツアーレポートが書かれています

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2月21日の深夜、
私達は大垣行きの鈍行列車で京都へと旅立った。
とにかくラッシュさながらの、すごい混みようと
荷物の重さで、ろくに眠れぬまま
翌朝7:00頃 京都に着いた。
今回のプロモーター、NOIZVOXの人のお迎えで”ウノハウス”へ。
2時間ばかりの仮眠、そしてKSKホールへ。
ここは普段クラシック主体という事だけれど
とにかく趣味が悪い!
成金が作ったダンスホールさながら・・・。
シャンデリアなんてあるし、
極めつけはPAの機材の悪さで、今時高校の文化祭だって
ここまで酷くないだろう。
タクが映写室みたいに上にあって全体のバランスも見ずにいじくるから

当然音は、ぐちゃぐちゃ! こちらの注文は全く無視。
案の定リザードの時アクシデントが起こり中断。
モモヨは怒ってステージを降りてしまった。
会場は大パニック。

次の朝早く姫路へ。
RAPにとって思い出深い姫路。
今回はジョージアダムスという小さなライブハウス。
楽屋が無かったので珍しく普段着のままステージへ。
定員以上の客の入りで嬉しいんだけど
ステージが低いのもあって後ろの人が全然見えない!
仕方なしにルージュは頭をぶつけつつ
スピーカーの上に乗って歌った。
RAPがまだ全然無名だった頃でも姫路の人達は暖かく迎えてくれたから
1人1人に歌いかけたかった。

次の日もハードスケジュール!
朝10時に姫路を発ち徳島へ。
ミサ以外の3人は高速フェリーも初めてだけど四国も初めて!
興奮は高まるばかり。(といってもフェリーに乗ってる間中ずっと眠っていたのだけど)
結局リハーサルの時間ぎりぎりにグラスホッパーに着いたのだけど
私達はやっとマトモな音でのGIGに嬉し涙を流したのだった。
しかし、徳島のGIGの主役は、やはりミサでしょう。
結成当時、「いつか絶対、徳島でGIGをやりたい!」なんて言ったのが、

こんな早く実現するなんて!
「地元の宮田・・・・」なんて徳島の一番メジャーな新聞にも載ってしまうし、

ラジオでレコードはかかるし・・・
文字通り「錦を飾った」
PAはリザードが過去何度も徳島へ行った時担当した「うさぎや」さん。
さすがに上手いし良心的だしRAPのレコードもよく聴いて勉強してくれているみたいだった。
思った以上の動員と、とにかくノリがすごくて
前のほうの女の子なんか踊り狂いながら「WRAP」の曲を全部口ずさんでくれていた!
とにかく「楽しもう!」っていう意識が嬉しかった。
主催は水野さんという女性の方だったんだけど、
3日間のGIGで一番しっかりやってくれたように思う。
女性の可能性みたいなものも見えてたのもしく思え、
「RAPも頑張るぞっ!」って気分になった。
本当はもっと色んな所にツアー行きたいんだけどルートが無い。

きちんとした体制があれば行くんだけど・・・
他の地方の方、ごめんなさい。待っててね!

※ウノハウス・・・寺町京極のはずれにあるゲストハウス。
プロのバンドも使っています。一泊¥1400の安さ!
Butボロさも値段通りです。

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他にもこんなエピソードが書いてあります。


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徳島で”ときわ”というホテルに泊まったのだけど
泊客はRAPとリザードと他1名
・・・・・のはずなのに・・・・
確かに靴箱には2人分の靴。
寝ている筈の、その1名の他に夜更けに廊下を走りまわる音
・・・・・何?

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この号のライブ告知は

4月20日 新宿ロフト  共演はリザード


「TRAP」発売記念GIG

告知は1986年1月発行RAP通信Vol6にて。

2月19日 新宿ロフト。
共演はバルバラ、VeniVeniMonotone

この月は他に関西・四国ツアーに出かけた忙しいスケジュールでした。
(私は見てないので聞いた話&RAP通信より)
2月22日 京都KSKホール
2月23日 姫路ジョージアダムス
2月24日 徳島グラスホッパー

特に姫路ではミサの故郷だけあり大盛況だったそうです。
このツアーでは「RAPOUT」の曲なども披露したそうですが
発売されておらず、ましてや初めて行く土地。
観客は歌詞がわからないままノリノリで
「NOT FOR SALE!」のコーラス部分を
何故か「よっこらせ!」と一緒に歌ってくれたそうです。

次の号、3月発行のVol7では「TRAP」の解説が書かれています。

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ー回想ー

本当の私とは何だろう?
髪をひっつめて無気力に与えられた仕事、
あるいは学校へ通う。
日常の”私”は何者なのか・・・
何故、自分が「こうありたい」と思う姿で居る事が出来ないのか?
BANDをやっている自分、好きな人と居る時の自分。
・・・どうしてそれが”日常”ではないのだろう?
どうして無気力な人形と化した姿が日常で当たり前なのだろう?
幼き日より私は誰に向けるでもない問いかけに自分を縛られていた。
日常に対して不感症になればなるほど自分を見失っていくのだ。
生きる為に働く事。だけど・・・・
そんな時、夜毎夢の中に「空間のあなた」
(と、夢の中で私は呼んだ)が現れて語るのだった。
「しかし夢を失くしてはいけないのだ。
心は自由なはずだから」
私達は夢の中で様々な事を語り合った。
学校の事、BANDを許してくれないパパのこと。友達の事。
そして自分が自分でいられるのは多分BANDをやっている時だろう
という事。
空間のあなたが言った。
「心を音の世界に亡命させるのだ」
ー鏡ー鏡の中にいる、空間のあなた。
だけど私はどうすれば良いかわからない。
「鏡よ鏡、お願いだから本当の私、映し出して」
鏡は無言で相変わらず、逆さの私の影を映すだけ。
誰も応えない。誰もいない。
意識の奥の迷宮の中・・・・
私は彷徨い、また周りの人も1人2人と夢をすてていった。
私はせめて同じ道を通らないように
来た道に印をつけること位しか出来なかった。
絶望のふちに立たされた時、
ふと1つの言葉を思い出した。
ー直情径行ー
私は日常の中で自分を偽ってばかりいたのだった。
憎むべき自分。破壊すべき自分の殻・・・
「空間のあなた」の言う「そこ」とは私の中にあるのだ。
何かがはじけた。
出口も私の中にある。
3、2、1、0・・・・!

ーこのようにして”罠ーTRAPー”は生まれたのだが
この連なる3曲を必ずしもこの通りにとってくれなくて構わない。
聴く人それぞれ、その人なりに感じ、
そして出来れば機能する事が私の願うところだから・・・
かつて私がリザードの「亡命者」を聴き迷宮からの出口を見つけたように。
最後にタイトル及びジャケットのコンセプト。
タイトル「TRAP」は1st同様RAPにちなみ引っ掛けてTRAP。
しかし日本語に直すと「罠」となり四つの民となる。
ジャケットは4人の民。
鏡に映し出された私達・・・それが迷宮の答えだろう。
1stとの違いに多少戸惑った人もあると思う。
2ndは詩と音を重視したものであるから・・・
3rdは未来へあてたRAPからの警告/LOVESONG・・・!
期待してて!        (ルージュ)


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この月を最後にRAPの事務所は
ルージュとミサの勤務先のJP DOLLから
リザードの事務所である「ティーセレモニー」に移ります。
ルージュがJPDOLLから居なくなって悲しかったです


天女の羽衣/破邪の剣

年は明けて1986年1月4日。
「天女の羽衣/破邪の剣」というリザード主催のGIGに出演。
場所は新宿ロフト。
共演はリザード、バルバラ、S-BATS。

お正月のGIGという事もあり
メンバー全員、着物でのステージ。
ファンサービスたっぷりのGIGでした。
ルージュやミサの舞妓さんみたいに可愛い衣装もいいけれど
ニシキの渋い着物が印象的でした。

カオリの袴姿も素敵でした。



この頃からRAPARMYは200名を超え、
バッヂ、TシャツなどのGOODSも販売されるように。
(製作・「SEX」社)