レコードリリースまでのRAP
僭越ながら当時を知っているファンの1人として
私の目からみたRAPの足跡を
その頃の日記などを元にお伝えして行こうと思います。
なにぶん昔の話なので記憶が間違っていたらすみません。
RAPとの衝撃の出会いのあと
その後は憑かれたようにPUNKにのめりこんで行きました。
放課後、週末、時間があればJPDOLLに通い
ルージュとミサから色んなことを教えてもらいました。
ルージュからは東京ロッカーズやNEWWAVE
ミサからは日本のインディーズバンド。
その頃のRAPと仲の良かったバンドには
ガスタンク、リップクリーム、ゾルゲ、ゴメス、X(後のXジャパン)、ムルバス(後のイエローモンキー)などなど
当時インディズシーンで人気のあるバンドばかりでした。
RAPはそれらのバンドと一緒に演奏する機会が増え
渋谷屋根裏を中心にハードコアバンドとのGIGが多く
私も自然とRAP以外のバンドにも詳しくなっていきました。
特にガスタンクとリップクリームのメンバーは
仲がよく、よくJPDOLLにも遊びにきていて会いました。
ライブの動員も多くなり大きなイベントにも参加するようになって行きました。
ファンも増え、毎日のようにJPDOLLはファンで賑わうようになり
私は少しだけメンバーが遠くに行ってしまったような
寂しさを感じたりしました。
そして、ある日、ルージュが言ったのです。
「もしかしたらオムニバスアルバムに入れるかも知れない」
「DOLL」という雑誌が主催するレーベル
「シティロッカー」でオムニバスに入るバンドを募集していて
デモテープを送った所、好感触だったそうです。
飛び上がるような気持ちでした。
しかし、もっと大きな追い風がRAPに吹いてきたのです。
つづく
