こんにちは。
無事にG7広島サミットが閉幕して、警察官も続々と帰っていき、旦那も火曜から久々に帰ってきました。
本当に長い間、おつかれさまでした。
今夜は県北の山菜と山芋とイザナミ古代米を使った、イザナミ炊き込みご飯を作ってみましたよ😆
※今夜のご飯
さて、今日は魂の源流についてです。
タイトルはわかりやすく「魂の故郷」になっております。
わたしたちはセーブポイントのような場所があり、それが小さい頃の懐かしい遊び場所、というだけではなく、「一度も行ったことがないのだけど、なんだか不思議な感覚を覚えたところ」のような、元気をもらえるような場所があります。
それは、そこにいる目に見えないなにかに、自分の魂が反応したのかもしれません。
いわゆるヒーリングポイントや、そういった、「誰しもが癒される」場所と違い、なぜか辿り着く場所、という感じでしょうか。
※「うふふ…」
それが、海外だというかたもけっこう多いです😅
そういう人は、「なぜか日本になじまない」のかもしれないですね。
もしくは、「いつも人からそこを勧められる」ということもあるかもしれないですね。
そして、気が付くと、そこに何度も足を運ぶ。
自然のなかとは限らず、それは誰かが作り出した作品を見ているとき、かもしれません。
魂が戻る場所。
わたしたちの魂には源流地があるのです。
そこは前世に住んでいた場所、かもしれないですが、もしかすると、そこにいるスピリットと、何かしらご縁があるのかもしれないですね。
神性というのは、自然が作り出したご神体のみに宿るとは限らず、人間が魂を込めて作り出した作品にも宿ります。
伊勢神宮が20年おきによみがえるのは、聖なるものを一心に作り上げようとする誠実な心に神が宿るから、だと思っております。
わたしたちには、そういった「何かは個人によって違う」けれど、魂の源流となるような場所が存在するのですね。
運良くたどり着けたかたは、もしかすると、うるうると「なぜかわからないけれど、涙がこぼれる」ような心の琴線に触れるような体験をされるかもしれません。
そこに辿り着くとどうなるか?
というと、パワーチャージできるのです😆
そのパワーチャージが、磁気ネックレスのような一過性とは違い、リセット性が強いもので、だからこそ「節目」に訪れる場所でもあります。
あと、魔除けの効果があります✨
やはり魂の源流地はけっこう強いみたいですね。
「懐かしい」という感覚は、違和感と呼ばれる歪みが入っていないから、感じ取れるんですよね。
自然の摂理に即している、というのでしょうか。
まさに自然の意思が入っている。
そこを訪れるのは必然だった、という証でしょうか。
あと、なぜかそういった場所に辿り着くと、なにかアイテムをいただけます😅
それは身に着けていたほうがいいのです。
それを手に持つと、いつでもその場所からエネルギーをいただけるからです。
昨日買った「イザナミ比婆山に眠る」という絵本では古事記の話が書かれていますが、
「この世界はものの形と質が分離していなくて、名前も行為も存在していない」状態から、つぎつぎと神が生まれ、ふたつに分離をして、天と地が生まれていく。
役目を終えた神は、いつのまにか隠れていなくなっていく。
わたしたちも、過去生ではいつのまにか「隠れて」いなくなった存在なのかもしれません。
その、「よみがえり」が起こる場所こそ、魂の故郷なのかもしれないなあと思いました✨
そこから生まれたものはそこへ還っていく。
原初というのは、過去ではなく、未来に到達する場所、なのかもしれないですね♪
ということで、とても不思議な魂の故郷、源流地についてでした✨