チーズとも良く合う
「全国下駄の日」
全国木製はきもの業組合連合会が制定。
7は下駄の寸法を表わすのに「七寸七分」というように7がよく使われることから。22は下駄の跡が「二二」に見えることから。
伝統的な履物である下駄の素晴らしさを見直す日。
「著作権制度の日」
1899(明治32)年、日本の著作権制度が創設された。
著作権制度は、著作者や演奏者の権利を定め、著作物等の公正な利用を図ることでその権利を保護し、文化の発展につくすことを目的としている。
「ナッツの日」
日本ナッツ協会が1996(平成8)年12月に制定し、1997(平成9)年から実施。
「ナ(7)ッ(2)ツ(2)」の語呂合せ。
ナッツにもいろいろあるけど、最古のナッツと呼ばれているのがくるみ。
紀元前7000年から人類が食べていたといわれている。
日本でも縄文時代からくるみは食べられていたらしい。
そもそも「ナッツ」とはなんじゃ?というと、ごく簡単にいうと「木の実」
だから「木の実ナナ」は「ナッツナナ」(意味不明…)
なんだかわからないけど、最近になってやたらとくるみが好きになってきた。
でも、くるみだけ売ってるのはあんまり見たことないし、サラダとかお菓子とかパンに入ってるのしか食べたことはないんだけどね。
子供の時は食わず嫌いだったけど、食べてみたら好きだったんだなぁ…
くるみは脂質が全体の7割くらいあって、栄養価が高くて身体に良いものらしいけど、微妙に太りそうな雰囲気もあるよね。
まぁ、くるみを大量に食べるってことはまずないから、それでも良いのかもしれないけど…
木魚も叩く?
「神前結婚記念日」
1900(明治33)年、東京・日比谷大神宮(現在の東京大神宮)が神前結婚式のPRを始めた。
それまでは結婚式は家庭で行うのが普通だった。この年の5月10日に「皇室御婚令」が発布され、皇太子(後の大正天皇)の御婚儀が初めて宮中賢所大前で行われた。このことにより、国民の間に神前での結婚式をそれを受けて日比谷大神宮は、神前結婚式を世に広める為に、新聞記者や大臣等を招いて模擬結婚式を行うなどPR活動を行った。現在の神前結婚式の原型は日比谷大神宮の宮司が、宮中婚礼を参考にして作ったものであると言われている。
「破防法公布記念日,公安調査庁設置記念日」
1952(昭和27)年、「破壊活動防止法(破防法)」が公布・施行され、同時に公安調査庁が設置された。
「破防法」は、暴力主義的破壊活動を行う恐れのある団体に対する規制措置を定めた法律である。
「自然公園の日」
1957(昭和32)年、「自然公園法」が制定された。
自然公園は、自然公園法の規定に基づいて指定された国立公園、国定公園および都道府県立の自然公園を総称したものである。優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用によって国民の保健、休養、教化に資することを目的として指定されている。
一時期に比べると安くなってきた感はあるものの、最近の結婚式にかかる費用の平均は約250万円らしい。
もちろん、場所や内容、規模によって、予算はかなり変わる。
式の形態はキリスト教式、神前、人前、仏前式の順で、その中でも7割がキリスト教式だという。
それらにはそれほど大きな値段の違いはないのだろうけど、要するに高いのは披露宴の方よね…
で、現在、全体の1%にも満たない仏前結婚式が、最近ひそかなブームになっているらしい。
やっぱり「お寺」というとお祝い事よりも不祝儀のイメージの方が強いから仕方ないのかもしれないけど、最近、京都の清水寺や南禅寺、延暦寺などのメジャーなお寺が仏前結婚式のキャンペーンを始めた。
ふだんでは一般の人が入れないような場所で厳かな式が挙げられる。
多少年配の再婚カップルや、日本に憧れる外国人のカップルから火がついて若いカップルにもじわじわと人気が出てきているらしい。
式次第は、宗派や寺院等によって異なるものの、如来様の前で誓い、お焼香し、念珠が授与される部分はどこでも共通らしい。
お焼香や念数授与っていうのがいかにもお寺っぽいよね~!
当然、参列者も仏教徒なら念珠を持参なんだって。
あと面白いのは三三九度の杯が、神前結婚式と順序が逆なのだそうで、一の杯は新婦から飲み、二の杯は新郎から、三の杯は新婦から、そしてその後に、参列者一同で親族固めの杯を行うらしい。
私は神前が良いかなぁと思うけど、でも、着物はしんどい…
だから、やっぱりキリスト教式が一番楽かも知れないなぁ…
ま、今年も予定はないけどね…
百均でも売ってる
「月面着陸の日」
1969(昭和44)年、アメリカが打ち上げたアポロ11号が月面の「静かの海」に着陸し、人類が初めて月面に降り立った(日本時間では7月21日早朝)。
アームストロング船長は、月に初めて一歩を踏み出したことについて「この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である」とのメッセージを地球に送った。
「ハンバーガーの日」
日本マクドナルドが1996(平成8)年に制定。
1971(昭和46)年、東京・銀座の三越内に日本マクドナルドの1号店が開店した。
この日、1万人以上の客がつめかけ、1日で100万円以上の売り上げを記録した。
「Tシャツの日」
愛知県のファッションメーカー・ファッションミシマヤが制定。
「T」がアルファベットの20番目の文字であり、また、「海の記念日」がTシャツのイメージにふさわしいことから。
夏の定番ファッションであるTシャツをPRする日。
「修学旅行の日」
1899(明治32)年、初めての修学旅行が行われた。
山梨女子師範学校の教師と生徒22人が、「体力養成実地修学」と称して京都・奈良・伊勢への修学旅行に出発した。
「ファクシミリの日」
1981(昭和56)年、郵政省が東京・名古屋・大阪の三都市間でファクシミリ電送を開始した。
「海の記念日」
1876(明治9)年、明治天皇が東北地方巡幸の際、それまでの軍艦ではなく、灯台巡視の汽船「明治丸」によって航海をされ、この日に横浜港に帰着された。
1941(昭和16)年、当時の村田省蔵逓信大臣の提唱により制定された。
1996(平成8)年に国民の祝日「海の日」になった。
「海の日」
祝日法の改正により、2003(平成15)年から7月の第3月曜日に変更された。
夏は本当にTシャツばっかり!
Tシャツが好きではない私が最も困る季節だったりする。
なんていうか~Tシャツのあの素材感も好きじゃないし、なで肩だから着てもなんとなくきまらないし、好きじゃないんよねぇ~
レースがついたようなのを数枚は持ってるけど、やっぱりほとんど着ない…
Tシャツの語源は広げた形が「T」に似てるからなんだって。
ベタなネーミングだなぁ…(^^;
Tシャツの原型はアメリカ軍がヨーロッパの兵士のアンダーウェアを真似して作った綿シャツだったらしい。
ウールとは比較にならない程涼しく快適で、兵士たちはこのシャツを制服のひとつに採用してほしいと上層部へ提案。
上層部はそれを承諾し、軍服として正式に認められ、第二次世界大戦からはアメリカ軍の標準アンダーウェアとして取り入れられたとのこと。
つまり、最初はアンダーウェアだったTシャツが1970年代頃からそのまま外出に着られるようになってきた。
肌着のまま外に出るようなみっともないことをすることが反体制的で良いということで、若者達の間に広がっていったということらしい。
というわけで、Tシャツの歴史はまだそんなに長い歴史ではないわけだけど、それにしてはものすごい普及率よね…
皆、Tシャツは楽だっていうけど、ブラウスだって楽だけどねぇ…
夏は本当にTシャツやキャミばっかりで、ブラウスなんてめったに売ってない。
毎年、困ってるんだから~!
今は持ってない。
「女性大臣の日」
1960(昭和35)年、日本初の女性大臣が誕生した。
岸内閣の後を受けて池田勇人内閣が発足し、中山マサ衆議院議員が厚生大臣として入閣した。
「戦後民主主義到来の日」
1949(昭和24)年、新しい民主主義の到来を謳った青春映画『青い山脈』が封切られた。
「北壁の日」
1967(昭和42)年、東京女子医大山岳部の今井通子さんと若山美子さんの2人がマッターホルンの北壁からの登頂に成功した。女性だけのパーティーでの北壁登攀は世界初だった。
今日はなんとなく山関係の日?
山は好きだけど、私には登山なんて出来る体力はなく…ハイキングが関の山!(山関係のダジャレではない)
出、今日の出来事なにかないかなぁ?と思って探してみたら
「2000年 二千円札発行。42年ぶりの新額面紙幣」
っていうのがあった。
発行されてどのくらいたってからだったか、お店でおつりとしてもらったことがあった。
でも、それからもうずいぶんたってると思うんだけど、全く出会わない!
スーパーなんかで前の人が出してるのを見たとかそういう記憶もない。
皆は今2000円札持ってるのかな?
さっき、ヤ●オクで2000円札のエラー紙幣って言うのを見たけど、縦横ともに1.0~1.5ミリ一周り大きなサイズの紙幣で両替機に入らないんだって。
その新券が10枚セット。
つまり20000円のものに480000円の入札が入ってた!
マニアってすごい!!
コマネチッ!
「光化学スモッグの日」
1970(昭和45)年、東京都杉並区で日本初の光化学スモッグが発生した。
立正高校で体育授業中の生徒が突然目の痛みや頭痛等を訴えて倒れ、四十数人が病院へ運ばれた。東京都公害研究所は、車の排気ガスに含まれる窒素酸化物(NOx)が紫外線によって有毒な物質に変化して起こる「光化学スモッグ」であると断定した。
光化学スモッグ…
う~ん、多分昨年書いてるだろうし~…ということでいつものように今日の出来事を探してみたりすると…
「1976年
モントリオールオリンピック体操でルーマニアのコマネチが史上初の10点満点」
っていうのがあった。
ニックネームは「白い妖精」だったかな?
白いレオタードを着てたのかな?
彼女は6歳の時にスカウトされ、それ以来厳しい管理体制と練習の後、1976年モントリオールオリンピックの時、コマネチが14歳の時に10点満点を獲得することになる。
段違い平行棒の演技の後、電光掲示板に表示された点数はなんと1.00。
その得点を見て、完璧に演技出来たはずなのになぜ?と彼女はとまどったらしいのだけど、実はそれは当時の電光掲示板が9.95までしか表示することができなかったためだった。
この大会で彼女は10点満点を計7回も出し、個人総合で金メダル、その他の種目で金メダル3個、銀メダル1個、銅メダル1個を獲得した。
今までありえないと思われていた10点満点を7回!
素晴らしい才能にも恵まれ幸せな人かと思いきやそうでもなく、波乱に満ちた人生を送った人らしい。
体操に熱を入れたのも政治的背景のため。
その後は、自殺未遂や命がけの亡命ということもあったらしい。
だいたい、「ルーマニア」と聞くと吸血鬼しか思い出せないという情けない私なんだけど、当時はチャウシェスク大統領が率いる共産主義独裁政権(1947~)の真っ最中。
自由なんてない時代だったのだそうだ。
体操でメダルを取るのも国のため…たった14歳ながらそんな大きな使命を背負わされていたわけだ。
大変な話だな…
結局、コマネチ亡命から約1ヶ月後、24年間続いた独裁政治は幕を閉じ、チャウシェスク夫妻は処刑された。
そうなることがわかっていれば、大きな危険をおかしてまで亡命しなくて良かったのにね。
でも、先のことなんて誰にもわからない。
だから、その時にベストだと思うことをやるしかないんだろうなぁ…
山口君や長瀬君とは関係ありません。
「漫画の日」
1841年、イギリスの絵入り諷刺週刊誌『パンチ・ロンドン・シャリヴァリ』(通称「パンチ」)が発刊された。
1992年4月8日に財政難の為に終刊になるまで151年間発行されていた。
日本では、1862(文久2)年に日本語版の『ジャパン・パンチ』が刊行され、「ポンチ絵」という言葉が生まれた。
この日とは別に、手塚治虫の命日である2月9日も「漫画の日」になっている。
「東京の日」
1868(慶応4)年、明治天皇の詔勅により「江戸」が「東亰」に改称された。
いつだったか、割と最近、ザ・ベストテンみたいな番組をやってて、終わり間際に見たんだけど、ジュリーこと沢田研二の「ダーリング」が1位で、当時のジュリーの映像が流れてた。
う~ん、めちゃめちゃカッコいい!!
昨年だったかもっと前だったかにテレビでちらっと見たジュリーは、ものすごく太ってて別人みたいになってたけどね…
あぁ、歳月の流れって残酷…
昔のかっこいいジュリーのDVDとかあるのかな?
見てみたいわぁ…
…で、そのカッコいいジュリー時代の曲に「TOKIO」っていうのがあって、確か赤とゴールドっぽい昔の近衛兵風(?)の衣裳を着て、背中にはピカピカのパラシュートを背負って…歌ってた。(はず…)
なんと1979年の曲らしいので、もう30年近く昔の曲なんですなぁ…
その後、1990年に「TOKIO」のカヴァーで「OEDO」ってのもあったよねぇ…
カブキロックスってバンド知ってるかなぁ?
青木さん、えらくでかかったよねぇ…
何回かライブも行ったわ…古い話じゃのぅ~…
今でももみあげ?
「国土交通Day」
国土交通省が2000(平成12)年に制定。
1999(平成11)年、国土交通省設置法が公布された。
国土交通行政に関する意義、目的、重要性を理解する日。
「駅弁記念日」
1885(明治18)年、この日開業した日本鉄道東北本線の宇都宮駅で、日本初の駅弁が発売された。
宇都宮市で旅館業を営んでいた白木屋嘉平が、たまたまその旅館に宿泊していた日本鉄道の重役の薦めで販売した。握り飯2個とたくあんを竹の皮に包んだもので、値段は5銭だった。
「外国人力士の日」
1972(昭和47)年、大相撲名古屋場所で、ハワイ出身の力士・高見山大五郎が外国人力士として初めて幕内優勝した。
日本初の外国人力士も高見山なのかな??
現在日本には10数ヶ国約60人の外国人力士がいて、一番多いのはやはりモンゴルの力士。
国名を見ていると、意外とマイナー(?)な国の人がいたりするんだけど、そういう人達はどこかで相撲のことを知ってわざわざ日本に来るのか、それともスカウトなのかなぁ?
髙見山の名前の由来は、三重県と奈良県の県境にある高見山からだそうだけど、長年関西にいながらそんな山があるとは知らなかった…(^^;
相撲はたまには見たりするけど、高見山が闘ってる姿はほとんど記憶がない。
知ってるのは「2倍、2倍」のCMあたりから?
そういえば、2倍はなにが2倍だったんだろう??
羽毛の量?
そんなことすらわからないまま、「2倍、2倍」はギャグとしてごくたまに使う…
なにかが2倍になってるシチュエーションなんてめったにないから、ごくごくたま~…なんだけど…
ピコピコ
「ファミコンの日」
1983(昭和58)年、任天堂が家庭用ビデオゲーム機「ファミリーコンピュータ」を発売した。
「大阪港開港記念日」
1868(明治元)年、安治川の河口に大阪港が開港した。
我が家にはもうファミコンはない。
確か、スーファミが発売されてしばらくしてから、もういらないと思って友人にあげてしまった。
その後、1993年12月に発売されたニューファミコンにちょっとだけ心をひかれたものの。もうファミコンソフトはすることないだろうなと思って、結局は買わなかった。
そんなわけでもうファミコン本体はないのでファミコンソフトも使えないのだけど、なんとなくまだ捨てずにとってあったりする。
ニューファミコンもファミコン20周年の年の2003年9月末にて生産終了となってしまったらしいので、もう新品で購入っていうのはもはやほとんど不可能ってこと。
でも、中古ならゲーム屋さんでもたまに売ってたりするよね。
見る度懐かしく感じるものの、いるかいらないかって考えると、やっぱりいらないように思う。
ちなみに発売当初のファミコン本体は14800円で、ニューファミコンは6800円だったらしい。
23年前の14800円って、けっこう高価だったのかもしれないけど、かなり売れた。
私はファミコン買ったのは発売からかなりたってからだったから、確かそれよりは安くなってたように思う。
いくらだったかは覚えてないけど…
ファミコン発売と同時に発売されたソフトは「ドンキーコング」「ドンキーコングJr.」
「ポパイ」の3本だったらしい。
私はアクションは苦手だから、どれもやったことないけど…
逆にファミコン最後のソフトは1994年6月24日に発売された「高橋名人の冒険島4」なんだって。
このシリーズも確かやったことないと思う。
出来ないんだもん…
サスケとは関係ありません…
「検疫記念日」
厚生省(現在の厚生労働省)と日本検疫衛生協会が1961(昭和36)年に制定。
1879(明治12)年、日本初の伝染病予防の法令「海港虎列刺病伝染予防規則」が公布された。
「パリ祭,フランス革命記念日」
1789年、パリ市民がバスティーユ監獄を襲撃・占領し、多くの政治犯を解放した。これがフランス革命の始りとなった。
この日が日本で「パリ祭」と呼ばれているのは、ルネ・クレール監督の1932(昭和7)年の映画"Le Quatorze Juillet"(7月14日)の邦訳名が『巴里祭』だったことに因む。
「ひまわりの日」
1977(昭和52)年、日本初の静止気象衛星「ひまわり1号」がアメリカのケネディ宇宙センターから打ち上げられた。
「ペリー上陸記念日」
1853(嘉永6)年、アメリカの4隻の黒船艦隊が江戸湾の浦賀沖に現れ、ペリー提督が久里浜に上陸して将軍への親書を渡した。
蒸気船をお茶の銘柄・上喜撰にかけて太平のねむりをさます上喜撰たった四はいで夜もねられずと狂歌に詠まれるほど、江戸の街は大混乱となった。幕府は、翌年のペリー再来に備えて品川沖に6基の砲台(台場)を作った。
翌年来航したペリーとの間で「日米和親条約」が結ばれ、日本の鎖国が終った。
「廃藩置県の日」
1871(明治4)年、藩を廃止して県を設置する詔書が出された。
1869(明治2)年の版籍奉還で江戸時代の藩はなくなっていたが、旧藩主がそのまま藩知事となっていた。明治政府は中央集権国家を確立するため廃藩置県を断行し、各県に中央政府から県知事を派遣した。
当初は3府302県で、後に3府72県に改廃した。
「求人広告の日」
1872(明治5)年、『東京日日新聞』に日本初の求人広告が掲載された。
黒という色は人に強烈なインパクトを与える。
見たこともないような船、ましてやそれが真っ黒だったのだからペリー艦隊の印象は当時の人にとっては強烈なものだったことだろう。
ペリーの黒舟が黒いのは、何もインパクトを与えるためではなく、長い航海のため、塩水で木造船が腐食していくのを防ぐためにコールタールを塗りまくっていただけのことだそうだ。
ペリー提督が乗船していた旗艦はサスケハナ号(USS Susquehanna)
ペンシルヴァニア州を流れるサスケハナ川にちなんだ名前だそうだ。
ペリーが来航した下田港には、この艦を模した遊覧船「黒船サスケハナ」が今も就航しており、下田港めぐり、下田ー石廊崎航路、石廊崎めぐり等のコースがあるらしい。
ペリー気分で黒船に揺られるのも、ちょっと楽しいかも…
死語の世界…
「優生保護法の日」
1948(昭和23)年、「優生保護法」(現在の「母体保護法」)が公布された。
戦前にナチスの「断種法」を元にして制定された「国民優生法」が、戦後の日本の状況にあわせて1948(昭和23)年7月13日に「優生保護法」に改正された。この法律により経済的な理由を含めた母性保護のための人工妊娠中絶等が可能となった。
「生命尊重の日」
医師・法律家・教育者・主婦等で構成される実行委員会が1984(昭和59)年から実施。
1948(昭和23)年、「優生保護法」(現在の「母体保護法」)が公布された。
「お腹の中から生命が尊重されること」を願って、講演等のイベントが行われる。
「日本標準時刻記念日」
1886(明治19)年、勅令第51号(本初子午線経度計算方及標準時ノ件)が公布され、1889(明治21)年1月1日から東経135度の時刻を日本の標準時とすることが定められた。
「オカルト記念日」
1974(昭和49)年、映画『エクソシスト』が日本で初公開され、オカルトブームの火附け役となった。
「ナイスの日」
「ナ(7)イ(1)ス(3)」の語呂合せ。
ナイスなこと、素敵なことを見附ける日。
最近、ナイスなものに出会ってないような気がする。
ナイスなもの…
たとえば、おぉーーっ!これはうまい!とか、これは優れてる!とか面白い!とかいろいろあるけど、それはきっと「ちょっと意外」ということがあるものたちなんだと思う。
最初から「これは絶対おいしいぞ!」じゃなくて、特に大きな期待もないままにたまたま買ったものが良かったりすると「ナイス!」って思うよね。
あ、そういえば、最近そう思ったのがあった、あった。
チーズカレーヌードル!
前に食べたことがあったし、そんなにおいしいってイメージはなくて、しかも「まろやか」って書いてあるからますます期待がなくなったんだけど、これが意外においしくてしばらく毎日食べ続けてしまった…
毎日食べたから、さすがに今はちょっと飽きてるけど、これは最近のナイスで賞だったかもしれないな。
他に…ってなると思い浮かばず、さらに「ナイスなこと」ってなるとますます思いつかない。
まぁ、そんなにしょっちゅうはないからこそ、出会った時に「ナイス!」と思えるのかもしれないけど…
でも、正直言って「ナイス」ってもはや死語よねぇ…