ファンもさまざま!
「横浜港開港記念日,長崎港記念日」
1859(安政6)年、日米修好通商条約の締結により、それまでの下田・箱館(現在の函館)のほか、神奈川(現在の横浜)・長崎の港が開港した。
「裏切りの日」
1582(天正10)年、本能寺の変で、織田信長が明智光秀に裏切られて攻められ、本能寺で自害した。
中国の毛利攻めに難儀している羽柴秀吉の応援を命じられた明知光秀は、進軍の途中で道を変更し、本能寺の織田信長を襲った。襲撃を知った信長は近侍の森蘭丸に誰の襲撃か尋ね、光秀と聴くと「是非もなし」と応えて自害したと、『信長公記』に伝えられている。
「路地の日」
長野県下諏訪町の「路地を歩く会」が、路地の良さを見直そうと制定。
「ろ(6)じ(2)」の語呂合せ。
「共和国記念日 (イタリア)」
イタリアのナショナルデー。
1946年、国民投票により、それまでの王制に代って共和制を政体とすることが決められた。
「裏切り」と聞くと思い出すと歌がある。
それはクリスタルキングの「大都会」って曲だったりする。(ふっるー!)
ツインヴォーカルのバンド(?グループ?)で、田中さんのハイトーンヴォイスが素晴らしかった…
っていうか、メンバーで「田中さん」以外名前を知らなかったりする…
(「田中さん」はあってるよね??)
で、この曲ではその田中さんが「あ~あ~~、果てしない~…」と歌い出し、その後でグラサンのヴォーカルさんが「裏切りの言葉にぃ~」と入るんだけど、声質の違いというかなんというか、この「裏切りの言葉にぃ~」はかなりインパクトがあって、私の脳は「裏切り」と聞くとその曲にリンクするようにまでなってたりする。
で、多分、もうこのグループは解散してるんだけど、以前何かのテレビで田中さんが解散の理由について語っていて、それは音楽的な方向性の違いなどではなく…
田中さんはものすごい長島茂男ファンで、ある時、パーティか何か忘れたけどメンバー全員と長島さんが会える機会があって、その時、田中さんは生長島に会えて天にも昇る気持ちだったというのに、他のメンバーがサインをもらいにいったので「もうこいつらとはやっていけない…」と思ったって言う話だった…
つまり、自分にとっては「神」のような存在なのにそのお方にサインをねだるとは何事か!ということらしい。
私も好きな芸能人とか見かけたら、きっとサインとか写真とか握手とかしてもらうなぁ…
好きでなくてももらいにいくかも…
俗だなぁ…(^^;
いっぱい!
「電波の日」
郵政省(現在の総務省)が1951(昭和26)年に制定。
1950(昭和25)年、電波三法(電波法・放送法・電波監理委員会設置法)が施行され、電波が一般に開放された。
「気象記念日」
東京気象台(現在の気象庁)が1884(明治17)年に制定。
1875(明治8)年、東京・赤坂葵町に、日本初の気象台「東京気象台」が設置され、東京で気象と地震の観測が開始された。
1887(明治20)年には「中央気象台」と名前を変え、1956(昭和31)年、「気象庁」として運輸省(現在の国土交通省)の外局に昇格した。
また、1884(明治17)年のこの日に、日本で最初の天気予報が出された。その予報は全国一般風の向きは定まりなし、天気は変り易し、但し雨天勝ちという非常に曖昧なものだった。
「バッジの日」
徽章工学協会が1993(平成5)年に制定。
「気象記念日」の「気象」を「徽章」にひっかけて。
「写真の日」
写真の日制定委員会が1951(昭和26)年に制定。日本写真協会が主催。
1841(天保12)年、日本初の写真が撮影された。
写されたのは薩摩藩主の島津斉彬で、撮影したのは長崎の御用商人・上野俊之丞だった。
「東洋日の出新聞」に掲載された上野俊之丞の息子・彦馬の口述による記事「日本写真の起源」の記述をもとに、この日が日本で初めて写真が撮影された日とされたが、後の研究で、それ以前にも写真撮影が行われていたことがわかっている。
「チーズの日」
「写真の日」であることから、写真を撮る時の掛け声「はいチーズ」に引掛けて。
「麦茶の日」
日本麦茶工業協同組合(全麦茶)が1986(昭和61)年に制定。
6月は麦茶の原料である大麦の収穫始めであり、麦茶の季節の始りでもあるため、6月の始めのきりの良い日を記念日とした。
「氷の日」
日本冷凍倉庫協会が制定。
江戸時代、加賀藩が将軍家に旧暦の6月1日に氷を献上し「氷室の日」として祝ったことから。
「チューインガムの日」
日本チューインガム協会が1994(平成6)年に制定。
平安時代、元日と6月1日に、餅等の固いものを食べて健康と長寿を祈る「歯固め」の風習があったことから。「歯」は「齢」に通じることから、齢を固めて長寿を願うという意味があった。
「梅の日」
大阪府摂津市の梅研究会が1987(昭和62)年に制定。
梅の実が熟す最初の日と言われていることから。
「ねじの日」
東京鋲螺協同組合が提唱し、ねじ商工連盟が1976(昭和51)年に制定。
1949(昭和24)年、日本工業規格(JIS)の基本法である「工業化基本法」が公布された。
「真珠の日」
日本真珠振興会が制定。
6月の誕生石が真珠であることから。
「NHK国際放送記念日」
1935(昭和10)年、NHKが短波による海外向けラジオ放送「ラジオ日本」の本放送を開始した。
「人権擁護委員の日」
全国人権擁護委員連合会が1982(昭和57)年に制定。
1981(昭和56)年、「人権擁護委員法」が施行された。
毎年この日を中心に、全国の人権擁護委員が人権思想を広めるため、シンポジウムや講演会を開催する等多彩な啓発活動を行っている。
「人権啓発活動ネットワーク協議会」
万国郵便連合再加盟記念日
1948(昭和23)年、日本が戦前に一度脱退した万国郵便連合(UPU)に再加盟した。
最初に加盟したのは1877(明治10)年2月19日だった。
「国税庁創立記念日」
1949(昭和24)年、国税庁が開庁した。
「マリリン・モンローの日」
ロサンゼルス市とハリウッド商工会議所が1992(平成4)年に制定。
1926(大正15)年のこの日、マリリン・モンローがロサンゼルスで生まれた。
「スーパーマンの日」
1938(昭和13)年、この日創刊した雑誌『アクション・コミックス』で、アメリカの人気ヒーロー・スーパーマンがデビューした。
「TUBEの日」
アメリカ合衆国・ハワイ州が2000(平成12)年に制定。
TUBEがデビュー15周年を迎えるこの日に、オアフ島のアロハスタジアムで日本人初のコンサートを行うことを記念して。
「防災用品点検の日」
防災アドバイザーの山村武彦氏が提唱。
関東大震災の起きた9月1日のほか、3月1日・6月1日・12月1日の年4回。
私が小さい頃は、夏といえばほとんどどこでも麦茶だった。
だから当時はそういうもんだと思って飲んでたけど、大人になると実は私は麦茶があまり好きではないということに気がついた。
最近は麦茶はほとんど飲まない。
多分、私は「香ばしいもの」が好きじゃないんだなぁ…
でも、夏に麦茶っていうのは実はたまたまというわけではなく、昔の人は知ってか知らずしてか身体に良いものを飲んでいたようだ。
麦茶には血液をさらさらにする効果があるのだとか…
汗で水分を奪われ、どろどろになりがちな血液の流れを助けてくれるわけだ。
さらに身体を冷やす効果もあるのだとか…
その上、ノンカフェインで、胃粘膜を保護する成分もあるのだとか…
食物繊維が豊富らしいので、もしかしたらダイエット効果もあるかも…?
そういえば、ホ●エモンも麦飯ダイエット(違うって!!)で、8kg痩せたとか実は15kg痩せたとか言ってたよねぇ…
食物繊維のおかげなのかなぁ?
でも、私は麦飯は苦手…においが~~…
玄米ごはんは大好きなんだけど麦系はやっぱりどうもあんまり好きじゃないみたい。
(多分、においのせい)
ちなみに私は夏はダイエット系のお茶を飲んでる。
特にどれがおいしいとかまずいとかいうのもない。
いくつ入りか忘れたけど、1箱2~300円のお茶だから効果は当然ない。
夏はとりあえず冷たければなんでも良いって感があるよね…
これから暑い夏がやってくると思うと…あぁ、本当に気が重い!
けむけむ…
「世界禁煙デー(World No-Tabacco Day)」
世界保健機関(WHO)が1989(平成元)年に制定。国際デーの一つ。
1995年現在で、世界の喫煙者は10億1000万人で約5人に1人の割合となっている。毎年世界で300万人が喫煙が原因とみられるがんや心臓病で亡くなっており、このままでは2030年代初頭には喫煙による死亡者が年間1000万人に達するとWHOは警告している。
「郵政省設置記念日」
1949(昭和24)年、逓信省が分離して、郵政省と電気通信省(後に電電公社、現在のNTT)が設置された。
郵便・郵便貯金・郵便為替・郵便振替・簡易生命保険の事業と電気通信の事務を行っていたが、2001(平成13)年の中央省庁再編により、電気通信事務は総務省に、その他の事業は郵政事業庁(現在の日本郵政公社)に引き継がれた。
「総理府設置記念日」
1949(昭和24)年、総理府が設置された。
各行政機関の施策・事務の総合調整等を行っていた。
2001(平成13)年に経済企画庁等とともに内閣府に統合された。
私はたばこは吸わない。
法律上吸ってはいけないと言われる年代にはカッコ付けのために吸ってたこともあるんだけど、大人になると自分にはいらないとわかり、それ以来は吸ってない。
たばこは古くは宗教的な儀式に用いられていたらしい。
ヨーロッパへの伝来は、コロンブスがアメリカ大陸の原住民からたばこをもらったことから。
コロンブスが持ち帰ったたばこがスペインからヨーロッパ全土に広まり、たばこの栽培もその当時から始まったらしい。
日本に伝わったのは1543年にポルトガルから鉄砲が伝来した時だと言われている。
その後、日本でもタバコの栽培が行われるようになり、日本全土にたばこが広まっていった。
当時は法律での年齢制限はなかったが、江戸時代にはたばこによる火事の恐れがあるため、喫煙禁止令というものも出されたことがあったらしい。
年齢制限が最初に出来たのは、明治27年の「小学校での喫煙を禁ずる」との訓令。
その後、明治33年に「未成年者喫煙禁止法」が施行され現在に至っている。
ってことらしいけど、20歳になるまで絶対にたばこは吸わないって決めてる人って多分少ないよねぇ~
20歳まで吸わない人は多分、その後も吸わないんじゃないかと思う。
やめられない人には本当にやめられないものだけど、必要ない人には本当に必要ないもんだもんね。
肺がん以外にの他のガンや心臓病になる可能性が高いというのはもうほとんどの人が知ってることだけど、それでも吸いたいならそれはその本人の勝手だと思うんだけど、その人が吐いた煙が他の人に悪影響を与えるっていうのは納得出来ないよねぇ…
そういう意味では、自分の勝手!とはいえないような気がする。
そうでなくても体調の悪い人も気管支の弱い人もいろいろいるんだからから、公共の場に喫煙スペースが少ないのは仕方がないよね~…
掃除しなくっちゃ…!
「消費者の日
政府が1978(昭和53)年に制定。経済企画庁(現在の内閣府)が主催。
1968(昭和43)年、「消費者保護基本法」が公布・施行された。
「ゴミゼロの日,環境美化の日」
各都道府県の環境美化推進協議会が実施。
「ゴ(5)ミ(3)ゼロ(0)」の語呂合せ。
「掃除機の日」
日本電機工業会が1986(昭和61)年に制定。
ダニや黴が多く発生する梅雨どきに向けて、掃除の大切さを呼びかける日。
「文化財保護法公布記念日」
1950(昭和25)年、「文化財保護法」が公布された。
現在ではほどどこの家庭にもある電気掃除機。
世界初の掃除機は1899年に米国ゼネラル・コンプレストエア・アンド・バキューム社により発明された。
アメリカでは靴を履いたままカーペットの敷かれた家の中に入る習慣がある。
その靴についた汚れを取るために考案されたらしいのだが、箒よりも吸引式掃除機の方が格段にゴミが取れやすいため、大ヒット商品となったらしい。
原理としては電動送風機を高速で回転させ、内部の空気を負圧にして、ゴミを吸引するというもので、それは今もさほど変わっていないらしい。
そういえば、大きさや材質は違っても掃除機の形というものもあんまり変わっていないような気がする。
吸い込み口があって、ノズルがあってゴミがたまる本体がある。
発明された当時もそういう形だったらしい。
吸引式掃除機はやがて日本にも輸入されたが、日本ではほとんど売れなかったらしい。
それから数十年経ち、やっと日本にも掃除機が普及していった。
1950年代になると日本のメーカーが掃除機の生産を始めた。
今では当たり前のようになっているコードリール式の掃除機が登場したのは1960年のことらしい。
さらに、掃除機は進化を重ね、1982年紙パック式が初登場した。
でも、ここ数年は紙パックのいらないサイクロン掃除機が主流になりつつある。
私も紙パックはいらないと思う。
なぜなら捨てるものにしてはけっこう高い。
しかも、たまたま紙パックがなかったら掃除をしたくても出来ない…
これは意外と不便なこと。
20年くらいたって、やっと「やっぱり紙パックはいらない」って結論に達したんだろうな…
私の掃除機は、サイクロンのと普通のスタンド式。
スタンド式のは通販で買ったのはいいけど、紙パックがあんまり売ってなくて、かといってわざわざ注文するのは面倒だししかも高いと来てるので壊れてないのに放置状態となっている…
で、サイクロンのは安かったせいかかなり重いのとゴミのカップがいっぱいになってないのに、ちょっと吸い込むとすぐに吸い込みが悪くなる…
だ~か~ら~
あんまり掃除しないのだ!
そう!すべては掃除機のせい…!!
…なんちって…
三角
「呉服の日」
全国呉服小売組合総連合会が制定。
「ご(5)ふ(2)く(9)」の語呂合せ。
「こんにゃくの日」
全国こんにゃく協同組合連合会が1989(平成元)年に制定。
種芋の植えつけが5月に行われることと、「こん(5)にゃ(2)く(9)」の語呂合せから。
「エベレスト登頂記念日」
1953(昭和28)年、ニュージーランドのエドモンド・ヒラリーとシェルパ族のテンジン・ノルゲイが、世界で初めて世界最高峰のエベレストの登頂に成功した。
確か「鉄腕DA●H!」だったかと思うけど(違ったかな?)こんにゃくの作り方を知って、なかなか大変なのだなぁと思ったことがある。
こんにゃくがこんにゃく芋から作られていることくらいは知っていたけど、本物のこんにゃく芋は見たことがない。
こんにゃくはサトイモ科の植物で、この地下茎がこんにゃく芋とよばれるもの。
こんにゃくは仏教の伝来と共に中国からという説や縄文時代にインドシナからサトイモと一緒に伝わってきたという説や、韓国から医療品として伝わってきたという説等があるそうだが、実際のところはよくわかってないらしい。
日本では室町時代頃から食用として食べられていたが、当時のこんにゃくは高級品で庶民の口に入るものではなかったらしい。
口といえば、こんにゃくの花は東南アジアでは「Devil’s tongue 悪魔の舌」と呼ばれているらしい。
丈は2m近くにもなり、生臭いにおいがするらしい…
…こんにゃくもなんか生臭いもんねぇ…
そんなわけで、私はこんにゃくも実はあんまり好きではない。
味も食感もあんまり楽しくないもんなぁ…
おでんでも買ったことがない。
カロリーが低いからダイエット食品にも多いけど、こんにゃくってかいてあるのを見ただけで「きっとおいしくないんだろうなぁ…」ってイメージしてしまう…
実際はどうなのかわからないけど、イメージがね…
あ…!でもこんにゃくゼリーはけっこう好きだった…
た~まや~、にゃ~ご!
「花火の日」
1733(亨保18)年、隅田川で水神祭りの川開きが行われ、慰霊を兼ねた花火が打ち上げられた。
「ゴルフ記念日」
スポーツ用品メーカー・ミズノの直営店・エスポートミズノが1994(平成6)年に制定。
1927(昭和2)年、第1回全日本オープンゴルフ選手権大会が横浜の保土ヶ谷ゴルフ場で開催された。
「国際アムネスティ記念日」
1961(昭和36)年、政治的権力による人権侵害を守るための国際民間機関アムネスティ・インターナショナルが発足した。
1733年の花火は何の慰霊かというと、前年1732年の大飢饉とコレラの大流行による死者のためのものだったらしい。
亡くなった多くの人々の霊をなぐさめ、悪霊退散の意味での花火だったわけだ。
花火にはそもそも悪いものをその大きな音で祓うという意味合いや、火の神を鎮めるという神聖な意味合いを持つらしい。
花火の起源には諸説があるようだけど、最初は狼煙として利用され軍事的な利用と共に発展していったようだ。
日本に初めての花火が持ち込まれたのは1543年、種子島にポルトガル人が来航し、鉄砲を伝えた事からとされている。
その鉄砲を分解し、火薬の製法等の研究がされ、最初は武器として戦争に用いられ、やがて江戸時代になってやっと花火という形で登場する。
現在では色彩も鮮やかで、形も様々な花火も、当時出せた色は1色のみ。
その1色に濃淡を付けて表現していたらしい。
花火というと、花火大会よりも小さな花火の記憶の方が多い。
小さい頃からこわがりだから、大きな花火はあんまりしなかった。
ロケット花火なんてものは絶対に近寄らなかったなぁ…
大人になると、さすがに花火で遊ばなくなった。
花火大会は人が多いので行く気にならない。
そんなに近くじゃなくて、ちょっと離れたあたりで見れるならいいんだけどねぇ…
っていうか、年々体力がなくなって、夏は外へ出ること自体がいやだから、それで行きたくないっていうのもあるんよねぇ…
夏はエアコンから離れるってことがまず出来ない…
まさに青菜に塩状態…
だから、冬の花火の方がいいんだけど、冬の花火みたいにロマンチックなものはそれなりの相手と一緒じゃないと返って寂しくなってくるよね…
バシッッ!!
「百人一首の日」
1235(文暦2)年、藤原定家によって小倉百人一首が完成された。
藤原定家の「明月記」の文暦2年5月27日の項に、定家が親友の宇都宮入道蓮生(頼綱)の求めに応じて書写した和歌百首が嵯峨の小倉山荘(嵯峨中院山荘)の障子に貼られたとの記述があり、この記事が小倉百人一首の初出ではないかと考えられている。
「海軍記念日」
1905(明治38)年、日本海で東郷平八郎が率いる日本艦隊が、ロシアのバルチック艦隊に対して大勝利を収めた日本海海戦に因んで、戦前は記念日になっていた。
後に「東郷ターン」と呼ばれる丁字型陣形をとり、敵艦に対して一斉射撃をして大勝利を収めた。
百人一首といえば、ついかるたのようなゲームと考えてしまいがちだが、元々は百人の歌人の和歌を各一首づつ集めた和歌集。
かるた的に使われる最近の百人一首は、百枚の読み札と百枚の取り札の計2百枚から作られており、
読み札には大和絵風の歌人の肖像と作者名、和歌が記されており、取り札にはひらがなで下の句が書かれている。
単純なかるたは「犬も歩けば棒に当たる」だったら「い」を探せばいいわけだけど、百人一首の場合は和歌を覚えていなければ、下の句が読まれるまでわからない。
そんなことでは負けてしまうからやっぱり和歌を覚えないといけないということになる。
私はなぜだか古文系がだーーーい嫌いで、そのせいで百人一首で遊んだことはほとんどない。
もしかしたら、やってみたけど全くしらなくてボロ負けしたからだーーーい嫌いになったということも考えられるかな?
普通のかるたは早かったから、たいてい勝ててたんだけどなぁ…
そういえば、百人一首の札の取り方はなんだかすごい!
札をはるか彼方に弾き飛ばすような取り方だ。
周りの札もぐちゃぐちゃになってしまうようだし、よ~く見てても本当に正しい札を触ったかどうかわからないんじゃないか?なんてばかなことを考えたりもする。
私も今から和歌を覚えてみようかなぁ…
覚えて取れるようになったら、もしかしたら好きになるかもしれないなぁ…
狭い日本、そんなに急いでどこへいく
「東名高速全線開通記念日」
1969(昭和44)年、大井松田IC~御殿場ICが開通し、東京から愛知県小牧市まで346kmにおよぶ東名高速道路が全線開通した。
小牧ICで、4年前に完成していた名神自動車道と接続し、関東・中京・関西を結ぶ日本の大動脈となった。
「ラッキーゾーンの日」
1947(昭和22)年、甲子園球場にラッキーゾーンが設置された。
広すぎてホームランが出にくいとの理由で設置されたが、1992(平成4)年に撤去された。
「ル・マンの日」
1923(大正12)年、自動車耐久レースの最高峰、ル・マン24時間耐久レースの第1回大会が、フランス北西部の町ル・マンで開催された。
車というものにも残念ながら興味がない。
基本的に怖がりなので、スピードの速いもの自体があんまり好きではない。
ル・マンはフランス西部の都市だということだけど、レース場がどんな風になってるのかはわからないけど、一般道をものすごいスピードで走るってことだから、間違えて犬や猫が飛び出してひかれやしないかとかそんなことがかなり気になる。
走り去るあの音だけで、どれだけものすごいスピードを出しているのかわかるし、いつ事故が起こって乗ってる人が亡くなるかもしれないんだし、とてもじゃないけどそんなものを見る気にはなれない。
1885年に世界初のガソリン自動車が登場する。
ベンツの創始者、カール・ベンツとゴットリーブ・ダイムラーによって製作されたものだった。
そのガソリン自動車を1890年のパリ博で見たフランス政府はとても関心を示し、その自動車の性能を試すために1894年7月世界初の自動車レースを開催した。
ルートはパリからルーセンまで78マイル(約125km)で、21台のガソリン自動車が競ったのだそうだ。
レースと普通の交通事故は違うけど、毎日たくさんの人や動物が犠牲になってることを考えると、私は車なんていらないなぁ…と思う。(極論)
とりあえず私は一生免許は取らない。
ママチャリだけで満足だぁ!
ねむねむ…
今日はとにかく睡眠時間が短かったので、ねむねむ…
頭もがんがん…
「食堂車の日」
1899(明治32)年、山陽鉄道・京都~三田尻(現在の防府)で日本初の食堂車が走った。
一等・二等の乗客専用で、メニューは洋食のみだった。
「有無の日」
第62代天皇・村上天皇の967(康保4)年の忌日。
村上天皇は、急な事件のほかは政治を行わなかったことから。
「広辞苑記念日」
1955(昭和30)年、岩波書店の国語辞典『広辞苑』の初版が発行された。
1970年代っていうのはなんとなく昔って感じはするけど、1980年代となるとそんなに昔とは感じない。
1990年代となるとつい最近みたいな感じがするのに、実はもうけっこう昔だったりする。
今日の記念日はいまいち、書きにくいから今日の出来事を探してみたら、
1977年
アメリカで『スターウォーズ』が封切り
1985年
映画『ターミネーター』が封切り
1998年
歌手の松田聖子が2度目の結婚。2000年12月に離婚
…っていうのがあった。
やっぱりスターウォーズはもうずいぶん前からあるって感じがあうるけど、たー峰ーたーはスターウォーズほどではなくて、そして松田聖子の再婚はけっこう最近だった気がした。
でも、最近相手って、歯医者さんだった人だったかな?
ビビビ婚の人?
たった2年だったんですね~…
ターミネーターも気が付くともう20年もたっている。
ターミネーター2の少年ももうずいぶん大きく(っていうか、大人)になってるんだろうね~
タイムパラドックスありまくりのストーリーとサスペンス感、CGどれもすごい映画だけど、私は意外と地味な最初のターミネーターが好きかな。
面白いのは2だと思うけど、3は実はなにかしながら見てて、ストーリーがちっともわからなかったのでもう一度見たいと思ってはいるのだけど…
なんか評判はよくなかったよね、確か。
…っていうか、もうかなり長い間、映画を映画館で見ることがなくなってしまった。
最後に見に行ったのは一体何年前のことだろう?
で、レンタルにも行かないし、テレビでばっかり見てるから新作を見るのはいつもかなり遅かったり…
正しくはすでに「新作」じゃなくなってから見てるわけですな。
こういう映画ファンもありです、きっと。
こら、おっさん~!!
「ゴルフ場記念日」
1903(明治36)年、日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」がオープンした。
スポーツはほとんど興味はないけど、特に興味がないのがゴルフ。
日曜日なんて、かなりの長時間ゴルフ番組が放送されてるから、人気があるのかもしれないけど、とりあえず私は興味ナッシング。
ゴルフにはどうも危険なイメージがある。
その要因の1つが近所のおっさん。
外でゴルフクラブを振ってたりするんだけど、たまたま近くを通ったりした時にゴルフクラブが手からすっぽ抜けたらどうするんだ!とか振りかぶった時に近所の犬が通ったら…とか、たまたま地面にあった小石を打ってしまうかもしれないし、見てるだけでも危険極まりないし、庭の中かゴルフ場でやるならともかく、なんでそんなとこでやるんだ!と、実はかなりムカムカしている。
駅で傘をクラブに見立ててるおっさんも線路に落としたろかと思う位ムカつくし、公共の場でそういうことをする人には罰金刑にでも課してほしいものだ。
ところで、ゴルフの起源については諸説あるらしいのだけど、原型ということでは古代ローマ時代のピラ・パガニカ(Pila Paganica)という球技があったらしい。
そういうことでいうと、奈良時代(710-794)に日本にあった打毬(ダキュウ)や中国(907~979)にあった「スイガン」と呼ばれる競技もその仲間かもしれない。
ゴルフ起源については、ヨーロッパを中心に様々な説があるらしい。
たとえば、羊飼いの少年が杖で小石を打って穴に入れて遊んでいたのがゴルフの起源という説なんだそうだけど、他にもオランダのコルベンという競技(陸上や水上で球を打つ)がスコットランドに渡ってゴルフに変化したという説、ローマ軍が持ち込んだバガニカという革製の球を木杖で打つ遊びがスコットランドで独自の発展を遂げたという説等など。
世界各地にゴルフが普及し始めたのは1800年代後期からで、最初のゴルフクラブは St. Andrew's Golf Club of Yonkers というもので、1888年に設立。
日本ではというと、1901年に神戸の六甲に4ホールのコースがオープン、やがて1903年には9ホールのコースとなり、同時に 日本初のゴルフクラブ「神戸ゴルフ倶楽部」が結成された。
とりあえず、ゴルフについてはほとんど何も知らないから4ホールや9ホールがどのくらいの広さかなんてこともわからないのだけど、冬の早朝のゴルフというのは実はけっこう危険らしい。
特に中高年男性の心筋梗塞や脳梗塞というのが起こりやすいのだとか。
寒い屋外での長時間の競技だからだろうけど…気を付けましょう~!