鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。


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演目に「三」が付く噺は「三軒長屋」(#22参照)「三人無筆(別題「向うづけ」)」(#69参照)「おせつ徳三郎」「三年目」「三味線栗毛」「三井の大黒」「三人兄弟」「穴づり三次」「安中宗三」「梅若礼三郎」「お富与三郎」「お婆さん三代姿」「髪結新三」「三人旅」「三枚起請」「紋三郎稲荷」と実に多い。ここでは講談でも有名なお裁きもの「三方一両損(さんぽういちりょうぞん)」を聴くことにしよう。

 

白壁町の左官職の金太郎が路上で財布を拾う。中を改めると金子3両と書付それに印形(ハンコ)が入っている。書付を見ると、神田堅大工町・大工吉五郎と書いてある。金太郎は早速財布を届けに行く。しかし、吉五郎は「書付と印形は貰っておくが金は一旦俺の懐から離れたものだから受け取るわけにはいかない。金を持ってとっとと帰りな」と追い返そうとする。これに対して金太郎は「俺も江戸っ子だ。落とし主の分かっている金を受け取るわけにはいかねえ」と言い返し、「受け取れ」、「受け取れねえ」のやりとりが繰り返された後に取っ組み合いの喧嘩となる。

 

騒ぎを聞きつけた堅大工町の大家が仲裁に入り、「お奉行さまに裁いてもらおう」と金を預って金太郎を帰らせる。この話を聞いた金太郎の大家も「分らんことを言う連中だ。向うが訴え出る前にこちらから訴え出よう」と息巻く。

 

 双方の大家から訴状が出されて南町奉行・大岡越前守のお白州が開かれる。「双方の言い分は相分かった。この金子3両は奉行が預りおくことと致す。ところで、双方の正直さと気風(きっぷ)の良さに奉行はいたく感銘致したので、この3両に奉行が1両出して4両とし、2両ずつを両名に褒美として与える。吉五郎は3両落して2両しか戻らなかったので1両の損、金太郎は3両拾ったが2両しか貰えなかったので1両の損、それに奉行も1両拠出したので1両の損、即ち、三人が1両ずつの損をした“三方一両損”という裁きである。これにて裁きは終わった。両名に膳を取らせる」。

 

 鯛などが盛られた豪勢なお膳が出され、二人はがつがつと食べ始める。「これこれ、いくら奉行の奢りだとて両名ともあんまりたんと食すなよ」と奉行がたしなめると、「へ、へえい、“多かあ”食わねえ、たった“いちぜん(一膳)”」。

 

 サゲは、“多かあ”と“大岡”、“いちぜん”と“越前”を掛けたものである。

“江戸っ子の生まれ損い金を貯め”と言われたくらい金に無頓着であった江戸っ子職人気質をテーマにした噺である。講談として有名で何度も聞いたことがあるが、落語にもあったのは意外であった。八代目三笑亭可楽が得意ネタとした。

 

【雑学】大岡越前守は実在の人で、八代将軍吉宗の時代に主に町奉行として活躍した人物である。この“三方一両損”の他に“子争い”、“縛られ地蔵”という頓知の利いた大岡裁きが伝えられているが、いずれも実話ではないようである。しかし、町火消しの組織や小石川療養所を創設したのは事実で、庶民のために働いた名奉行であったことは間違いなさそうである。南町奉行所はJR有楽町駅前(有楽町2丁目)、有楽町マリオン(写真後方)の辺りにあったそうである。

 

(新数寄屋橋・東京 2009年)

 

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演目に「二」が付く噺としては「二番煎じ」(#104参照)「二階ぞめき」「二人癖(一般題は「のめる」)」、「真っ二つ」、「二人酒」、「二つの分かれ道」、「二つ面」が挙げられる。ここでは「二人旅(ににんたび 別題「煮売屋」)」を採り上げる。

「二人旅」は、上方落語の“東の旅シリーズ”(#26参照)の一部分である「煮売屋」が東京へ移入されて改題されたものである。

 

 伊勢参りの旅に出た大阪に住む喜六と清八がある村に差し掛かった。「兄貴、腹が空いたな」「あほ、ええ大阪もんがストレートに言うもんじゃない。そこは粋に“らはが北山”と言わんかい」「どういうことです?」「“腹”をひっくり返して“らは”、北の方の山は大抵空いて見えるだろう、これで腹が空いたという意味だ」「成程!何でもひっくり返すと粋に聞こえますか?」「胸なら“ねむ”、足なら“しあ”、口なら“ちく”という具合に何でもひっくり返せるな」「では“目”は?」「目?、…目はひっくり返すと物が逆さまに見えるからひっくり返せないなあ」「じゃあ“歯”は?“手”は?」「…、お前さん、一文字のものばかり選っているな。二文字以上のものでないとひっくり返せないよ」「では“耳”は? 耳はひっくり返すと逆さまに聞こえますか? “乳”は?“(ほほ)”は?“(もも)”は?」「もういい、止めだ。おッ!あそこに茶店がある。看板が出ているから飯があるかどうか見てこい」。

 

「行って来ました。駄目です、休みのようです」「なんと書いてあった?」「“ひとつ(一)、せんめし、ありやなきや”と書いてありました。“せんめし”というから飯はやってないようですよ」。念の為兄貴分の喜六が見に行くと、“いちぜんめしあり やなぎや(一膳飯あり 柳屋)”と書いてある。「やってるじゃないか。変な所で区切って読むな」と二人は茶店へ入る。

 

「亭主、何が出来る?」「壁の貼り紙を見て下さい」「二番目と三番目の“とせうけ”、“くしらけ”って何だい?」「“け”ではなく、“汁”という字を崩して書いてあるんです。“どぜう汁”に“くじら汁”でございます。仮名はにごりを打つと読み方が変ります」。馬鹿にされた清八、「そうかい、何でもにごりを打つと読み方が変るかい?では“い”は?」「…」「“ろ”は?“に”は?」と亭主をへこます。

「じゃあ、どじょう汁を貰おうか」「はいはい、では裏の池で泥鰌を捕って参りますのでしばらくお待ちを」「どの位掛る?」「はい、先日の大雨で裏に出来た水溜りにぼちぼち泥鰌が住み出したのではないかと…」「おい、おい、もういいよ。くじら汁にするよ」「(かか)、おにぎりを10個ばかり握っておくれ。今から和歌山へ行って鯨を買ってくるから」。

 

なんとか料理に在り付くことができ、「酒はあるかい?」と訊く。「はい、“むらさめ”、

“にわさめ”、“じきさめ”と3種類ございますが」「どう違うの?」「“むらさめ”は村を出ると酔いが醒め、“にわさめ”は店の庭を出ると醒め、“じきさめ”は飲む尻から(じき)に酔いが醒めます」「水で割った酒みたいだね?」「いえ、酒で割った水です」。

 

「二人旅」は東京の噺であるから登場人物は変えられているが、上記筋書きは上方落語の「煮売屋」に依った。大阪を発って奈良見物をした後、名張(三重県)辺りの一膳飯屋での出来事であろう。この後、「七度狐」へと噺はつながって行く。

 

(三重県護国神社・三重 2003年)

 

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シャーロッキアン(熱烈なシャーロック・ホームズの愛好者)度合の検定問題に「数字が付いてる事件名を8つ挙げよ」というものを見たことがある。落語でも「演目に一~十の数字が入っている噺を一つずつ挙げよ」という検定問題が考えられる。あなたはいくつ答えられるでしょうか? 順次拾い出してみることにしよう。これも落語の楽しみ方の一つであろう。

先ずは「一」が付く噺から始めよう。「一眼国」(#74参照)「看板のピン(一)」(#27参照)「一目あがり」「一升酒」、「塩原多助一代記」、「一つ穴」がある。ここでは「一人酒盛(ひとりさかもり)」を聴いてみよう。

 

「熊さん、こんにちは。仕事に出掛けようとしていた所をおさきさんに呼ばれて来たんだが、何か用かい?」「おー、留さんか、よう来てくれた。かかあのおさきが用事で出掛けると言うんでちょっと寄らせたんだ、まあまあお上がり。いえ、親戚から酒を5合貰ったんであんたと一緒に飲もうと思ってね」「そいつはたまらないね。なあに仕事なんてどっちでもいいんだ、付き合うよ」「嬉しいね、友達は何人もいるが一緒に酒を飲むのは留さんしかいないので声を掛けたんだ。ところで、肴が何もないのでひとっ走りしてくれるかい?」「おやすい御用だ、何か買ってくるよ」と留さんは出掛けた。

 

留さんが刺身を買って帰って来た。「美味そうな刺身だね。もう一品、台所の樽にたくあんのぬか漬けが入っているから一本出してくれ。それに、燗で飲みたいからすまないが火を起こして、一合徳利で燗をつけてくれるかい?」「いいとも」と、酒をご馳走になる楽しみが待っていることで留さんのフットワークは軽い。

 

やがて徳利から湯気が出始めた。熊さんは「待ってられないね」と茶碗に注いで一気に飲む。「美味いかい?」と留さんが訊く。「そんな野暮なことを訊くもんじゃないよ。美味いに決まってらァ。頃合いを見計らって次々に燗をつけてくれよ」と熊さんは言う。2本目の徳利を取り出して、「酒は仕事を終えてから飲めと人は言うが、飲みたい時に飲むのが一番美味いんだ、なあ、留さん。一人で飲むのは勿体ないのであんたを誘ったんだ」と言いつつ2本目を空ける。

 

「酒が自由に好きなだけ飲めるいい世の中になったもんだ」と熊さん、B29や国民酒場などの戦争の思い出話をしながら3本目の徳利を取り出した。「熱い!気を付けてくれよ、燗は人肌に限るんだ」と文句をつけ、フーフー冷ましながら飲む。留さんは燗の番をさせられるだけで中々お相伴に(あずか)らせてもらえないので、少々憮然とした表情になっている。

 

「わさびが効いていて美味いね」と刺身をつまみ、熊さん、小唄を唄い出す。「〽今朝の別れに 主の羽織が かくれんぼ 乙だね小唄は。留公、お前さん小唄が得意なんだろう?唄えよ!」と酔いが回って言葉が乱れ出す。「素面で唄えるか」とさすがに留さんもムッとして言い返す。熊さん、4本目を空けた。

 

熊さん、最後の徳利に手をつける。「あー、バカウマだ、初午だ(はつうま 2月に伏見稲荷大社で行われる祭り)。おしまい、美味かった」と駄洒落を言いつつ、遂に5合を一人で呑んでしまった。頭に来た留さん、「何だい、わざわざ呼びに来て燗番をさせるだけかい?

たとえ一杯でも飲ませるのが礼儀だろう。もうてめえとは生涯付き合わねえ、このバカヤロー!」と大いに気分を害して帰って行く。入れ違いにおさきさんが出先から帰って来て、「お前さん、留さんが憤慨しながら帰って行ったが、喧嘩でもしたのかい?」と亭主に訊く。「放っておきな、あいつ、酒癖が悪いんだ」。

 

この「一人酒盛(ひとりさかもり)」という噺を聴いて、「酒呑みの風上にも置けない性質(たち)の悪い奴だ」と熊さんの態度に憤慨した人は少なくないであろう。また、逆に聴き手をそういう気持ちにさせるのも噺家の技量次第で、代表格として東の六代目三遊亭円生、西の六代目笑福亭松鶴を挙げたい。円生は「素面で高座に上がって下りる時には酔っ払っている。この変化をするのに3040分は欲しい」と言っていたそうだ。徐々に酔っ払って行く過程が名人にしか出来ない、何よりの聴き所である。いやな噺ではあるが落語通向けの味わいのある噺と言えよう。

 

(伏見稲荷大社・京都 2008年)

 

【雑学】因みに冒頭のシャーロッキアン検定問題の答えは次の通りである。全60編のホームズ譚の中で数字の付いた事件は、「第二の汚点」、「犯人は二人」、「三人の学生」、「三人ガリデブ」、「三破風館」、「四つの署名」、「オレンジの種五つ」、「六つのナポレオン」の8つである。参考までに記しておく。

 

 

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吝嗇(りんしょく)」、「火事」、「味噌」という三つのお題から作ったような「味噌蔵(みそぐら)」という滑稽噺を聴くことにしょう。

 

味噌屋をやっている吝嗇屋(しわいや)(けち)兵衛(べえ)さん、けちの国からけちを広めに来たような吝嗇家である。大勢の奉公人を使って手広く商売をやっているが女房を持とうとしない。「女房には食費を始めとして何かと金が掛かるし、子供でも出来ると出費はさらに(かさ)む。そんな危険物は扱わないことにしているのだ」というのが彼の人生観であった。

親戚筋が「大店の主として世間体が悪いからいい加減に嫁を貰ってくれ。結婚しないなら今後の付き合いを止めさせてもらう」と最後通牒を突き付けた。これには吝兵衛も逆らえず、とうとう嫁をもらった。ただ、それも形だけで、吝兵衛は1階で女房は2階で寝るという別々の生活で、金の掛かる子供が出来るのを避けていたのであった。

 

吝兵衛は布団が痛むのを恐れて冬も安物の煎餅(せんべい)布団(ぶとん)を常用している。寒波が襲来し、さすがの吝兵衛も震え上がったある冬の夜、女房が嫁入り道具として綿入れのふかふかの布団を持ってきたことを思い出し、女房に借りる交渉をしようと2階へ上がった。どんな話し合いになったのか、その夜は吝兵衛は1階へは降りて来ずに暖かい一夜を過ごすことが出来た。次の夜も、その次の夜もそんな夜が続いた。やがて女房のお腹の中に暖かさの塊が出来た。「お前さん、酸っぱいものが食べたい」と女房が言う。遂に、出費の嵩む恐るべき事態が到来した。

 

番頭に相談すると、「奥様を里へ帰しなさい」と言う。「私はいくらけちん坊でも、妊娠したから離縁するという不人情な人間ではありませんよ」「そういうことではございません。奥様の里の方では、身二つになるまで里の方で面倒を見たいと願っており、今か今かと連絡をお待ちでございます」「一切の費用を里の方で持つというのか?世の中にはご奇特な方もいるもんだ」と女房を里へ帰すことにし、里の方は喜んで受け容れた。

 

女房は無事出産し、「祝い事をするからお越し願いたい」という連絡が里から来た。けちん坊でも我が子は可愛いもので、すぐに行くことにした。「小僧、重箱を用意しなさい」「手土産にお店の味噌を詰めますか?」「いや、空のまま持って行きなさい。向こうではご馳走が沢山出されるから、残り物を拾い集めて重箱に詰めて持ち帰りなさい。晩御飯代が節約できますからね」。

「番頭さん、子供の顔を見にちょっと女房の里へ行って来ます。くれぐれも火の用心を頼みますよ。もし近所で火が出たら、大事な蔵に商品の味噌で目塗り(火が入るのを防ぐため隙間に詰めること、通常は土を使う)をして下さい。万一、焼けたらお前さん方のおかずにしますから」と言い置いて、小僧を伴にして初対面に出掛けた。

 

主人が出掛けるのを待っていましたと言わんばかりに手代が番頭に頼む。「ご主人は今日はお泊りと思います。滅多にない機会ですので、我々奉公人に思い切り飲み食いさせていただけませんか? 普段のお店の食事といえばご飯と薄い味噌汁だけで長らくおかずが付いたことがありません。お店の帳面をドガチャガしていただいて散財しませんか?」「何という不謹慎なことを… …、元より私もその積りです。皆、好きなものを食べて思い切り飲みなさい」。番頭から許可が出て、刺身、焼き物、酢の物、てんぷら、寿司、味噌田楽などのリクエストが出される。「小僧たちや、手分けして全部買っておいで。ただ、田楽は冷めると美味しくないので、『焼けた物から順次、2、3丁ずつ届けるように』と豆腐屋に言いなさい」と番頭が指示を出す。やがて田楽以外の肴と酒が揃って飲めや唄えのドンチャン騒ぎとなる。

 

「早く歩きなさい。折角残り物を一杯詰めた重箱を忘れて来るなんて、お前さんのドジぶりには呆れかえるね」と小僧に小言を言いつつ吝兵衛が帰って来た。やはり火事が気になって泊まる気になれなかったのであった。家の近くまで帰って来ると、ドンチャン騒ぎが聞こえる。騒ぎの源は我が家と知った。「番頭さんが帳面をドガチャガしてくれたお蔭で久し振りに羽目を外して楽しめました。てやてや」と酔っ払った手代が感謝しているところへ「只今、帰りました」と吝兵衛が家の中へ入り、玄関をピシャリと閉めた。

 

あわてふためく番頭を始めとする奉公人に向かって「番頭さん、えらいことをやってくれましたね。今晩は遅いから皆、もう寝なさい。明朝、話し合いをしましょう。決してドガチャガはさせませんぞ」と吝兵衛が不機嫌に言っていると、表戸を「今晩は、今晩は、焼けて参りました」と誰かが叩く。「どちらさんで? お買い物は明朝に願います」と吝兵衛が応じる。「豆腐屋です。焼けて参りました」「どこから焼けて来ました?」「横丁の豆腐屋から焼けて参りました」「よほど焼けて来ましたか?」「2,3丁です。後からどんどん焼けて参ります」という吝兵衛と豆腐屋のやりとりがあって、吝兵衛がガラッと表戸を開けると、プーンと味噌の焼けた匂い。「いけねえ、味噌蔵へ火が入った」。

 

サゲは考えオチで、吝兵衛は火事を、豆腐屋は味噌田楽を念頭に置いての会話であることは言うまでもない。落語で常用されるパターンの一つである。

 

(唐招提寺・奈良 2010年)

 

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狸は落語に実に多く登場する。「落語と狸」という小論文も書けそうである(既に多く書かれているのであろうが)。ここでは劇作家・宇野信夫作の「霜夜狸(しもよだぬき)」という文芸ものを聴いてみよう。

 

これはある山奥の山番小屋でのお話でございます。外は木枯らしが吹き荒れ、何もかもが凍え死にしそうな晩、番人の年老いた太兵衛が囲炉裏に当たりながら庄屋が差し入れてくれた酒を「()()え、美味え」と飲んでいる。と、「今晩は」と誰かが戸を叩く。「こんな夜に誰だ?」「この山に古くから住んでる狸です」「何?狸?、俺を化かしに来たのか?」「いえ、余りにも寒いので火に当らせてもらおうと思いまして」「駄目だ、駄目だ。狸汁にして食っちまうぞ。帰れ、帰れ!」「駄目ですか。諦めて帰りますが今晩凍え死ぬかもしれません」「おい、おい、そんな事を聞くと帰すわけにもいかないな。入っておいで。但し、狸の格好では気持ちが悪いから人間に化けてくれないか」「わかりました。では貴方と同年輩の狸親父にでも」「それよりも、一昔前に死んだ倅に化けてくれないか」「顔を知らないのですが」「俺にそっくりだったから俺を若くしたらいいよ」「では、ちょっと顔を見させてもらいます」。狸は戸の隙間から太兵衛の顔を見、「はい、化けました。お邪魔します」と言いながら入ってくる。「おお!、倅そっくりだ。上手いもんだ。さあさあ、火に当たりな。倅を失った時は俺も自棄になって酒に溺れ、家を捨てて、村人のお世話でここで番人として一人暮らしをするようになったんだ」と話す。

 

「話が湿っぽくなったなあ。どうだ狸公、お前さんも一杯やるか?」「頂きます」「中々、飲みっぷりがいいな」「はい、猿酒で酒の味を覚えましたので」「そうかい、そうかい、どんどんやってくれ」と酒を酌み交わす。「どうだ狸公、毎晩来てくれないか?」「そうさせてもらいます。これから貴方のことを“お()っつあん”と呼びますから、私のことを“倅”と呼んで下さい」と親密度が急速に増す。「お父っつあん、得意の義太夫を聞かせてくれませんか?」と倅が言い、太兵衛が上機嫌で十八番(おはこ)を語り始める。やがて倅の鼾が聞こえてくる。「おい、おい、倅、寝るなよ」「寝てはいません。狸寝入りです」。

それから毎晩のように狸は遊びに来て、お互いに年の所為で苦手にしていた冬の間を楽しく暮らすことができた。

 

蛙が鳴き、暖かい風が吹き始めて山里にも春が訪れた。「今晩は」「おお、倅か、上がれ、上がれ」「冬の間お世話になりました。もう春ですね。しばらくのお別れになりますのでご挨拶に参りました」「そうか、淋しくなるな、また早く冬が来るとええな」「お父っつあんは気が早過ぎますよ。で、何かお礼をしたいんですが」「そんな物は要らねえよ。遊びに来てくれるだけで充分だよ」「そうですか。ところで、お父っつあんが今一番欲しい物は何ですか?」「そうだな、強いて言えば小判の一枚かな。俺も何時お迎えが来るかもしれねえ年齢(とし)になった。村の者に迷惑を掛けないように葬式代くらい用意しておきたいからな。まあ、聞き流してくれ。今晩はしばらくの別れになるから泊っていけよ」「はい、そうさせていただきます」。

二人がしばらくの別れを惜しんでいるうちに「私は春になると眠気を催す癖がありまして」と言っていた狸が(うた)()を始めた。太兵衛は「風邪を引くよ」とそっと甚平さんを掛けてやる。その寝顔は(いと)おしく、本当の倅のように太兵衛には思われて仕方がなかった。

 

また、冬が来て、木枯らしが吹き、雪が降る時候となった。ところが狸は姿を見せない。太兵衛が首を長くして待っていたが、とうとう、狸はその冬、一度も訪れては来なかった。そして、その次の冬も狸は来なかった。

 

狸が姿を見せなくなって丁度2年が過ぎた春のある日、「あいつは一体どうしたんだろうな?古狸だと言っていたからもうあの世に行ったのかもしれないな。南無阿弥陀仏、…」と狸を偲んでいると、「今晩は」と表で声がする。「誰だい?」「お父っつあん、倅です」「おお、倅か、よく来てくれた。まあまあ上ってくれ。変りなかったのかい?」「お久しゅうございます。お父っつあんもお変わりなくて何よりです」「一体、どうしていたんだい?」「はい、2年前の最後にお会いした時に、お父っつあんは小判が一枚欲しいと言われてましたね。盗んでくるのは訳ないことですが、それではお父っつあんが受け取ってはくれないだろうと思い、あれから直ぐに佐渡へ渡りました」「それは大変だったね」「佐渡の金山で川の砂を(ふる)って砂金を拾い集め、2年掛ってやっと一枚の小判を鋳造することができました。私が働いて作ったお金です。お(れい)の印に受け取って下さい」「私が詰まらぬことを言ったば

っかりに大変な苦労を掛けたな、済まなかったなあ」「僅かですが“気は心”と言います。納めて下さい」「あいよ、あいよ、有難く頂戴するよ。これで私も何の心配もなくなったよ、有難うよ。今日は久し振りに泊っていけよ」「今日は帰ります。2年も留守にしていたので(ねぐら)の掃除やら何やらとありまして、狸も忙しいんです。寒くなったら又遊びに来ます。体に気を付けて下さい」「そうか、今日は帰るか、気をつけてな」。

 

二人が外へ出ると昼間かと思うほど月が煌々としている。狸は駆け出して行く。「そんなに駆けると転ぶぞ。また来いよー」。村の集落の方から祭り囃子が聞こえてくる。つられて狸が腹鼓を打つ。「おーい、お前ももう年だ。そんなに強く打つと皮が破けるぞー」。

 

落語というより老人と礼を(わきま)えた古狸の心温まる交流を描いた詩情豊かな文芸作品と言うべき好編である。五代目古今亭今輔の口演が秀逸で、上記の筋書きはそれに依った。この音源は観客のいないスタジオで録音されたもので、フルートの澄んだ音色が随所に流されて山村の雰囲気を醸し出しており、森繁久彌と加藤道子が情緒豊かに演じたNHKラジオの「日曜名作座」を連想させるものがある。

 

(信楽・滋賀 2002年)

 

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