鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

 

「おい、金坊、もう遅いから布団を敷いて早く寝ろ」「いやだ、眠くないもん」「布団に入れば眠くなる。遅くまで起きているとお化けが出るぞ」「いやだ、怖い」「だったら早く寝ろ」「うん」。金坊は父親の命令に従って布団に入る。「よしよし、いい子だ。ご褒美に父さんが面白い話をしてやろう」

(ここで父さんは添い寝をしてお伽話の「桃太郎」を話して聞かせる)

「どうだ、面白いだろう?金坊、おい、金坊、なんだ寝ちまったのかい? 母さん、もう寝たよ、子供は罪がねえなァ」といったのは昔の話。今の子はそうはいきません。

 

「おい、ロッキー、もう遅いから布団を敷いて早く寝ろ」「いやだ、眠くないもん」「布団に入れば眠くなる。遅くまで起きているとお化けが出るぞ」「そんなもん怖くない。今どきお化けなんていないよ」「子供は眠たくなくても早く寝るもんだ」「僕が早く寝ないと何か都合の悪いことでもあるの?」「…余計なことを言わずに早く寝ろ。父さんを何だと思っているんだ?」「別に」。ロッキーは嫌々布団に入る。

 

「よしよし、いい子だ。ご褒美に父さんが面白い話をしてやろう。昔々」「年号は?」「年号なんてないずっと昔だ。ある所に」「何県?住所は?郵便番号は?」「そんなもんはねえ頃だ。おじいさんとおばあさんがいました」「名前は?」「名前はねえんだ」「そんなことはないよ。日本は大化の改新以来戸籍がしっかりしてるんだよ」「…、一々うるせえな。黙って聞け! 名前はあったけど貧乏で売っちまったんだよ」「へー、貧乏になると名前を売るの、じゃあ、何でうちはまだ名前があるの?」「…、子供は一々質問せず“ふーん”と言って聞けばいいんだ」「ふーん」。

 

「おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました」「ふーん」「川上から大きな桃がドンブリコ、ドンブリコと流れて来たのでおばあさんはそれを拾って持ち帰りました」「ふーーん」「桃に包丁を入れると中から男の子が出て来たので“桃太郎”と名付けました」「ふーーん」「うるせえなァ、黙って聞け!」。

「“桃太郎”は大きくなって鬼ヶ島へ鬼退治に行きたいと言うのでおじいさんとおばあさんは美味しい黍団子を持たせて旅立たせました。道中で犬と猿と雉が黍団子をくれたらお供をしますと言って寄って来たので黍団子をやって家来にし、一緒に鬼ヶ島へ乗り込みました。全員力を合せて鬼を退治し、金銀財宝を持ち帰っておじいさんとおばあさんを喜ばせました。めでたし、めでたし。どうだ、ロッキー、面白いだろう。ロッキー、あれ?まだ起きてるのかい?」「あまりにも中身のない話でお父さんの教養のなさが気になって返って目が覚めたよ」「ど、どういうことだ?」。

 

「これ、“桃太郎”という有名な昔話でしょう? 実はこの話には深い意味が隠されているの」「へえー、どういうことだ?」「時代や場所はわざと特定してないの。聞く者の誰もが身近に感じてもらう為だよ。両親でなく爺婆にしているのは年寄りはいつまでも大事にして付き合いなさいという意味が含まれているの。で、山と川が出て来るでしょう。“父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深い”と言うでしょう。ここに父母を登場させているの。海では洗濯が出来ないので川にしているの」「へえー、そんな意味があるのかい?それで?」。

 

「桃から子供が産まれるわけはないでしょう。あれは実は捨て子だったの。でも捨て子というと聞いてる子供が自分も捨てられるのではないかと恐怖を感じるので桃から産まれたということにしてるの。現実は厳しくて捨て子も多いんだよ、お父さん、大丈夫? 家族、養って行ける?」「そう、それが心配で、お前に相談しようと思っていたんだ」。

 

「それから鬼ヶ島という島なんて何処にもないの。あれは苦労することの多い世間のことなの。“渡る世間に鬼はない”というのは嘘で世間には鬼が一杯いるんだよ。つまり桃太郎は荒波に向かって修行に出たいと言ったわけだよ」「おい、母さん、テレビのサスペンス・ドラマばっかり観ていないでロッキーの話を聞け! 為になるぞ。で、それから?」。

 

「犬は仁義、猿は智恵、雉は勇気を表しているの。つまり桃太郎はこの仁・智・勇の3つを身に付けたということなの。そして黍団子は決して美味しいもんじゃあないの、贅沢はよくないということが言いたいわけなの。それから金銀財宝だけど、略奪してきたように聞こえるけどそうではなく、世間の荒波に打ち勝って一人前になったご褒美として世間様からもらったので爺婆も喜んだということなの」。

「まとめるとね、お父さん、こうなるの。人間として生まれて来たからには、質素・倹約に努め、祖父母や両親に孝行を尽くし、仁・智・勇を身に付けて世間の荒波を克服して世の中に役立つ人になりなさいということなの。分かる?お父さん、お父さん、あれ、寝てる。大人って罪がねえなァ」。

 

お伽話に隠された人生訓と言える「桃太郎(ももたろう)」という滑稽噺である。隠された人生訓については演者によって少しバリエーションがあるが、上記は六代目三遊亭円窓の高座を中心に書き写したものである。桃太郎伝説は各地に残っていて本家争いをしている感があるが、人生訓が隠されているというのは落語界の創作であろう。

 

 

 

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道具屋の吉兵衛が贔屓にしてくれている殿様を訪ねて来た。側用人の三太夫が応対に出る。「ご無沙汰致しております」「おお、吉兵衛か、お前はご無沙汰している方がよい」「それはまた、どういうことで?」「お前は殿にがらくた物ばかり売りつけておる。清正が虎退治の折に持って行った弁当箱、小野小町が使った尿瓶、水戸黄門が予備に使っていた印籠、裏に予備と書いているなどなど、あるはずのない物ばかり持ち込んでいるではないか。殿は何故かお前を気に入っていて全部お買い上げになるので、虫干しなどの管理をさせられている拙者はえらい迷惑を蒙っている。今日は何を持って来たのだ?」「“初音の鼓”で」「あの、静御前が義経から賜って宝物にしていたというあれか?」「左様で」「本物か?」「はい、正真正銘の偽物です」「なんと、あつかましい。殿をたぶらかすのはもういい加減にせい。一体、いくらで売るんだ?」「百両で。今日は三太夫さんにも一儲けさせて上げますのでお取次ぎを願います」「どういうことだ?」「偽物ですから折り紙は付いておりません。そこで三太夫さんに協力してもらって一芝居打ちたいのです」「ほう、どんな芝居だ?」。

 

「本物の“初音の鼓”はポンと調べる(打つ)と傍に居る者に狐が乗り移って“コン”と鳴きますと殿に申し上げます。その上で、殿に鼓を調べてもらいますのでそれに呼応して三太夫さんに狐が乗り移った風を装っていただきたいんです」「どのように?」「私が鳴いたのでは証明になりませんので、殿が“ポン”と一つ打ちますと三太夫さんが胸元に手をやって甲高く“コン”と一つ鳴いて下さい。“ポンポンポン”と三つ打ちますと“コンコンコン”と三つ鳴くという具合です」「成程、理屈じゃのう。だが、そのような悪企みに拙者が協力致すと思うか?」「タダでとは申しません。一鳴きに一両差し上げます」「何? 一鳴き一両と申すか」「お嫌で?」「たわけ者、そのようなことは…大好きじゃ」。かくして相談がまとまり、殿に目通りすることになった。

 

鼓を見せて、「本物である証拠に調べると狐が乗り移ります」と話すと、興味を持った殿が早速試してみることになった。「いよ~」と殿が“ポン”と一つ打つと三太夫が「コン」と鳴いた。「いよ~」“ポンポンポン”と3つ打つと「コンコンコン」と甲高く3つ鳴く。驚いた殿が「おお、三太夫! その方に狐が乗り移って余が調べた数と同じだけ鳴いたぞ」「前後忘却にござりまする」「左様か、では今一度」と“ポンポンポンスコポンポンポン”と打つと「コンコンコンスココンコンコン」と鳴く。興が乗った殿は何度も試し、三太夫は打ち合わせ通りに鳴く。繰り返す内に遂に三太夫は喉をやられて咳き込む。「もうよい、よく判った。次の間に下がって休息するがよいぞ」と殿が言い、二人は退出する。

 

息遣いを荒くした三太夫が言う。「金儲けは疲れるのう。殿がしつこく試されるのでいくつ鳴いたか判らなくなったぞ」「ご心配なく、ちゃんと算盤を弾いておりますから。後ほど、鳴き賃を差し上げます」。殿の手が鳴り、疲れ果てた三太夫を休ませておいて吉兵衛が御前に出る。

 

「三太夫は大事ないか?」「大丈夫でございます」「左様か、では、今少し試してみたい。今度はそちが調べてみよ」「えッ!」。断るわけにもいかず、吉兵衛が“ポン”と打つと何と殿が「コン」と鳴いたではないか。驚いた吉兵衛が“ポンポンポン”と打つと殿が「コンコンコン」と鳴く。「殿、今、コンコンコンと3度鳴かれましたが」「前後忘却して何も覚えておらん」。今一度と“ポンポンポンスコポンポンポン”と打つと「コンコンコンスココンコンコン」と鳴いた。「殿、ご気分は大丈夫ですか?」「前後忘却して何も覚えておらん」。何と鼓は本物であったのかと吉兵衛は驚く。

「気に入ったぞ、買い求めて遣わす。して、代は如何ほどじゃ?」「百両にございます」「左様か、ではここに置くぞ」「有難うございます。…殿、1両しかございませんが?」「それでよいのじゃ、余と三太夫が鳴いた分は差し引いてある」。

 

殿様を扱った「初音の鼓(はつねのつづみ)」という滑稽噺で、いつもは世間知らずとして扱われる殿様だがこの噺では商売人より一枚上手の存在として描かれている。恐らく吉兵衛と三太夫の相談を立ち聞きしたので面目躍如となったのであろうが、騙されやすい存在であったことに間違いはない。

落語は庶民階層から生まれたものであるから体制批判とまではいかないが武士を揶揄して鬱憤晴らしをした噺が多いのが一つの特徴である。特に、武士が多く暮らしていた東京落語でその傾向が強い。武士のトップである殿様は世の中が平穏になるに連れて苦労や世間知らずに世襲で殿に就いた者も多く、笑い話に事欠かなかったようである。

なお、“初音の鼓”は狐の革が張られていて雨乞いに使たと言われている伝説上の代物だそうだ。

 

上記の筋書きは立川志の輔の高座に依った。志の輔は、落語協会に叛旗を翻して脱退し、立川流を立ち上げた七代目立川談志の十番弟子に当たる。脱退に伴って立川一門は寄席から閉め出され、テレビやラジオ等を中心にしてのタレント活動を余儀なくされている。しかし反面、マスコミの威力で寄席中心の活動よりも全国的な知名度が上がりやすいと言え、志の輔もその一人で、テレビで名司会ぶりを見せている。そして、噺家としても実力の持ち主である。

 

 

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“節分に恵方巻”という慣習が定着というか過剰反応した為、売れ残りによる巻き寿司の大量廃棄が生じ、社会問題化している。これを解消しようという動きが今年やっと具体化し、農水省、スーパー、コンビニなどが一体となって取り組むという。歓迎するところである。また、規格外の野菜は廃棄するとも聞く。勿体ない話だ。

食品ロスは資源の無駄遣いであり、ゴミの増大化にもつながる。戦後のひもじさを体験している私から見れば日本人は贅沢になり過ぎていると思う。ゴミの減量化の観点からも食べ物を大切にしたいものである。

 さて、ごみに因んでリサイクルをテーマにした「紙屑屋(かみくずや)」という音曲噺を鑑賞しよう。「浮かれの屑撰り」という別題でもよく高座に掛けられる。

 

例によって道楽が過ぎて勘当となり、出入りの職人の2階に居候している若旦那が主人公である。

 若旦那の居候期間が長くなって職人の女房が「息が詰まる」と亭主に苦情を言い出す。亭主も女房に申し訳ないと思い始めていたので若旦那をできるだけ外へ出させようと考えた。「若旦那!いつまでもぶらぶらしているのは体に良くないので紙屑の撰り分け仕事でもやりませんか?」「儲かりますか?」「手間賃はたいしたことはありませんが、時には屑の中からお札(さつ)や宝石が出てくることもあり、それはあなたの物になります」「じゃあ、その余禄を楽しみにやってみますか」。

 

世話人に連れられて長屋の、稽古所の隣の空家へ行くと俵がうずたかく積まれている。「この俵の中に屑が入っていますから取り出して撰り分けるのが仕事です。白紙、レッテル、便せん、みかんの皮、髪の毛、銀紙など種類別に分けてください。但し、隣に病人が臥せっていますので静かにやって下さい」と手順を教え、世話人は帰って行く。

 初めのうちは教えられた通りに撰り分けをし、「あッ!ダイヤモンドだ、なんだドアの取っ手か」などと余禄探しを楽しんでいたが、やがて屑の中から踊り、義太夫や長唄の本などが出てくると、好きな道だけに仕事はそっちのけにしてそれらの本に夢中になる。しかもタイミングよく隣の稽古所からは三味線の音が聞こえてくるので、若旦那は唄ったり踊ったりの大騒ぎをする。

 

病人の母を看護している隣の息子から世話人のところへ苦情がくる。世話人が様子を見に行くと、若旦那は浮かれて外まで出て唄ったり踊ったりしている。「若旦那!静かに仕事をしてくれと言ったでしょう。本当にお前さんは人間の屑やな」「へえ、先ほどから撰り分けております」。

この噺は噺家の多芸ぶりを披露するものであるから決まった筋はなく、上記はこの噺を得意とした桂小文治の一席に拠った。小文治は踊りを得意としただけに随所に踊りを披露する演出としており、観る落語の傑作の一つである。ただ、サゲが冴えないのが難点である。

 現役では上方の四代目林家染丸、東京の春風亭小朝が出色で、染丸は舞台狭しと踊りを披露し、「お前さんは人間の屑やなあ」「へえ、俵があったら入りたい」とサゲており、こちらの方が気が利いている。

 小朝の多才ぶりは感心するところで、落語は名人級であり、歌舞伎やクラシック音楽にも造詣が深いようである。この噺では都々逸や歌舞伎役者の声色を披露していて実に上手い。小朝の一席から印象に残った箇所を記録しておこう。

 都々逸:“一生懸命走ちゃみたが やっぱり電車にゃ叶やせぬ”、“わたしゃお前に火事場の纏い 振られながらも熱くなる”。

 野菜尽くしの手紙:「一筆示し上げ参らせ候 おん前様のお姿を一目三つ葉より どうした隠元ささげやら 西瓜お方と思い染め 湯島なる人参様に冬瓜掛け かなう月日の長芋松茸辛きものはなし 私やお前にほうれん草 寝ても覚めてもお姿が目に付く蓮根の 何の糸瓜(へちま)と思わずに どうか椎茸まで 独活(うど)独活上げ参らせ候 豌豆豆太郎さまへ 恋する竹の子より」

私が聴いた一席では、この恋文を読むところで高座を降りていてサゲは付けられていない。稽古所や病人は登場せず、独り芝居を演じる演出となっており上方版とは筋書きが異なっている。

 

私の散歩コースに、“来た時よりも美しく”という素晴らしい標語が書かれた看板が立てられている。これが順次実践されて行ったらどんな状況が待ち受けているのか? お花畑が出現するのか?それとも? いささか哲学的だが町が綺麗になるのは間違いなかろう。

 

 

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麻布古川に住む幸兵衛さん、何かにつけて一言(ひとこと)文句を言わなければ気が済まない性分で、「小言幸兵衛」と綽名されている。長屋の家主(いえぬし)で、朝飯前に長屋を一回りしては文句を独り言(ご)つのを日課としている。ゴミの出し方が気に入らない、飯が焦げてるぞ、朝早くから赤ん坊を泣かすな、厠で大きな声で唄うな等々、時には、道端で交尾するなと犬にまで文句を付ける。家に帰れば古女房に「朝から居眠りをするな。近々、いやでもずっと眠れるようになるんだから」と文句を付ける有様である。

 

今日も小言を言って一回りし、朝飯を終えたところへ男が訪ねて来た。「貸し家札の貼っているあの家を借りるよ、家賃は幾らだい?」と横柄な口の利きようで幸兵衛は頭から気に入らない。「誰が貸すと言った?」「札が貼ってあるから貸すんだろう?だから家賃を訊いているんだ」「貸すとは未だ言っていませんよ。貸すと言われてから“家賃は?”と訊くのが筋だ」と優位性を確保しておいて身上調査を始める。

「職業は?」「豆腐屋で」「それはいい、歓迎だ、この町内にはいないからね。で、家族は?」「嬶(かかあ)が1人…」「妻女は1人と決まっている、変な言い方をするもんじゃない。で、子供さんは?」「所帯を持って10年になるが、まだひり出さねえ」「下品な言い方だね。そんな女房は離縁してしまえ、私が新しいのを世話してやる」「何だとこの野郎、手前(てめえ)に家庭のことに口出しされる覚えはねえ。こんな家、誰が借りてやるもんか!」。男はかんかんに怒って帰って行った。大体、家は使っている方が傷みは少ないと言われているが、幸兵衛は借り手の品定め優先で、商売は二の次である。

 

「おばあさん、塩を撒いておくれ」と言っているところへ、物腰の軟らかい男が訪ねて来た。「貸し家札を見て来た者ですが、手前(てまえ)のような者にでもお貸し願えるものでしょうや、それとも先約がおありでしょうか?この段お伺いいたします」「おばあさん、羊羹を出しておくれ。さあさあ、お座り下さい」。男の口ぶりが気に入って幸兵衛、もう貸す気になっている。

「お仕事は?」「仕立て職を営んでおります」「仕立てだから糸なむか、いいね。で、ご家族は?」「手前に妻(さい)それに倅が1人、以上3名」「言葉に無駄がないね。倅さんのお仕事は?」「今年二十歳になる独り者で、同じく仕立て職人をやっております。手前以上の腕前だとお得意様から言われております」「それは結構。で、お顔は?」「手前が言うのも何なんですが、今業平と綽名されている男前です」。貸す気満々でとんとんとここまで話を進めてきた幸兵衛の顔が突然曇った。「おばあさん、羊羹はいらないよ」。

「倅さんが二十歳の独身で腕が良くて男前。お前さん、何の因果があってここへ波風を立てに来たんだい?」「何のことでしょうか?」「向いに古着屋があり、そこにお花という十八歳になる一人娘がいる。こちらは小町娘と評判の器量良しだ」「へえ、…」「今業平と小町娘、たちまち二人は恋仲になるよ」「なりますか」「女は受け身、やがて身重になるね。こうなると結婚を認めざるを得ない。古着屋は一人娘だから婿養子でないと駄目だと言うよ。お前さん、養子にやるかい?」「まだ越して来たわけではありませんが、もう結婚ですか。手前も一人息子ですからお断りします」「そうだろう、そうなると双方の親が結婚を認めないというわけで心中ということになるね」「えっ!心中? えらいことになりますね」「なるね、心中の本場の向島への道行きと事態は進むよ」。ここからは芝居調に幸兵衛は語り出す。

 

この世で成らぬ恋ならあの世で添い遂げよう、覚悟はいいな、お花。はい、うれしゅうござんす…、ところでお前の倅の名前は何というんだい?」「与太八郎と申します」「何とも傍若無人な名前だな、はい、うれしゅうござんす、与太さん、…これじゃあ芝居にならないよ。お帰り、お帰り」。

 

3人目の男が威勢よく入って来た。「やい、家主、貸すの貸さねえのとか、家賃も高けえことをぬかしゃあがるとただじゃあすまさねえぞ」。幸兵衛の癖を知っていて機先を制した格好でまくしたてる。さすがに幸兵衛も気圧(けお)されていささか低姿勢に「ご家族は?」と訊く。「道陸神(どうろくじん 母親のこと)、山の神(女房)それに河童野郎(倅)だ」「お仕事は?」「花火師だ」「道理でポンポン言い通し」。

 

“処世術を学び、人間関係を磨くのに役立つ落語”として識者らによってベストテンに選ばれた演目(拙ブログ#259参照)の一つである「小言幸兵衛(こごとこうべえ)」という滑稽噺である。この噺が人気となって、文句をよく言う男性老人を“幸兵衛さん”と呼ぶようになった。

 

年寄りが世間から一目置かれていた時代に成立した噺である。私が子供の頃の夏場では、おじいさんが、子供たちが遊んでいる道路の玄関先に椅子を持ち出して褌一丁で座り、遊ぶ姿を見守っており、不正を働く子には厳しく注意をしたものだ。年寄りは子供の躾役であり、町内のご意見番であり相談役であった。

 

 

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江戸日本橋の両替商・金田屋の若旦那の金次郎、放蕩が過ぎて勘当となった。だが、母親は父親に内緒で伊勢の知人に預け、手紙での交信を続けていた。しばらくして、若旦那がその知人の商用に同行して長崎へ行った。若旦那はその地で回船問屋・長者屋の娘のお園に見初められて婿養子に入り、お園は身重となった。母親はこうした動きを息子からの手紙で知っていたが、ついに父親もこの事を知ることになった。

居場所を知った父親は番頭と相談して一芝居打つことにした。それは父親が大病に罹って余命いくばくと偽って若旦那を呼び戻す作戦であった。これに乗せられて若旦那は置手紙を残してお園に告げずに江戸へ帰った。

 

金田屋の店先に身重の乞食女が立った。応対に出た番頭に、「私は金次郎さまの家内のお園と申します。長崎から金次郎さまを追って参りました」とその女が言う。番頭は若旦那のゲテモノ食いに呆れるが、これは女一人旅の道中の安全を確保するために変装していたもので、顔を洗い身形を改めると品の良い、実に美しい女性がそこに現れた。

父親はたちまち気に入った。ところが、金次郎にはお市という婚約者がいた。お市は町方役人・渡辺の娘で、若旦那が再度長崎へ行くのを防ぐ為に父親と番頭が相談してまとめた縁談であった。

 

渡辺は祝言を早くと急いてくるが、お園と会った父親は心変わりをして、お園と倅との結婚を追認しようと思うようになっていたので先延ばしを図る。不審に思った渡辺はお園の存在を知り、「女一人旅は関所破りの違法行為であるから召し捕る」と言って、お園をしょっ引いて行った。父親は金を積んでお園の釈放とお市との婚約の破棄を申し入れるが、渡辺は聞く耳を持たず、「今晩、祝言を行う」と強硬手段に出た。

 

金田屋は拒否することができず、お市の乗った駕籠が金田屋に着き、座敷で祝言が始まった。父親らも仕方なく式に列席している。渡辺が「不束な娘でござるが、末永く可愛がって戴きたい」と言い、角隠しをはねのけるとそれはお園であった。

「取り調べたところ、お園どのの貞女ぶりにいたく感服致し、掟破りは一切不問に処すことといたした。金次郎殿との婚儀にも何らの異存はござらぬ。娘・市は当人のかねての願い通り尼になると申しておるから心配はご無用。産まれ来る稚児(ややこ)は性別を問わず長者屋の跡取りと致し、当家は金次郎夫婦が相続致しては如何でござろうか?」と、大いに侮辱されたことに拘らない、渡辺の粋な計らいであった。

 

 

金田屋一同は感謝すると共に大喜びで提案を受け容れた。

 

月満ちて産まれた男の子は金太郎と名付けられ、長者屋へ送り届けられた。今年は金太郎の初節句というので武者人形を長崎へ贈った。その返礼に赤飯が届いたであろう。

 

私は六代目三遊亭円生でしか聞いたことのない珍しい噺で、全編1時間にも及ぶ長い人情噺である。

演目名の“長崎の赤飯”は慣用句で、「空想的な、突拍子もない話をすると“長崎から赤飯が来る”という風に使われた」そうである。よくは分からないが、この噺が通常あり得ない内容だからということで、この演目名が付けられたのであろうと推測している。

 

 

 

 

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