鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。


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大工5,6人が仕事をしている場所(丁場)の脇に一人の旅装束をした男が立って仕事ぶりを眺めている。「江戸の大工は(なり)は勇ましいがどいつもこいつも仕事が下手だ。体格の良い奴(××)はまるで使いもんにならん。その隣(△△)も似たようなもんだ。(かんな)をかけている奴(○○)はいじりゃあどうにかなるかも知れない」と独り言を言う。これを聞き咎めた大工の一人が「皆、仕事を止めてあの生意気な野郎を撲れ」と命じる。旅人が袋叩きにされているところへ棟梁の政五郎が姿を見せてこれを止める。

棟梁が若いもんに事情を訊く。××、△△、○○3人についての旅人の腕前評価は実に的確で只者ではないと感じた。若いもんを叱りつけておいて旅人に謝る。旅人は西の方の番匠(大工)だと言う。「そうでしたか。でもそれなら同職を(けな)したあんたも悪い。これから何処へ行かれます?」と棟梁が言うと「わしも悪いと思ったので黙って撲られていた。行く当てはない」と飄々と答える。見所を感じた棟梁は「猫の手を借りたい位忙しいのでしばらく我が家に逗留して仕事を手伝ってもらえないか?」と誘い、旅人はこれを受けた。

棟梁宅で一同は仲直りする。名前を訊くと、「飛騨の高山から出て来たが箱根山を越えた時に汗と一緒に忘れた」と惚けた返事をする。若いもんが「ポンと上がった花火がシューと水の中に落ちたような感じがするので“ポン衆”でどうですか?」と言い、旅人は「それでいいよ」と答える。「高山と言えば左甚五郎利勝という日本一の名工がいらっしゃるが、会ったことはあるかい?」「ある」「どんな人で?」「つまらん退屈な人物だ」と棟梁とポン衆のやりとりの後、腹を空かしていたポン衆は鮭をおかずにして何杯も飯のお代わりをする。

 

翌日、ポン衆は棟梁の道具箱を借りて若いもんと昨日の丁場へ行く。最年少者を丁稚扱いにして道具箱を持たせる横柄ぶりを見せる。○○が鉋掛けを命じる。ポン衆は鉋を研ぐばかりで午前中一杯を費やす。やがて板を削ると鉋屑が踊るように飛び出して宙に舞う。削った2枚の板をピタッと合わせて「剥がしてみろ」と言うが誰もはがせない。見事な腕前に吃驚した若いもんが「あの人は大工でなくて手品使いですよ」と板の件を棟梁に報告する。棟梁は「そんな腕を持つのはただ一人しかいないが…」と独り言を言う。

 

次の日も次の日もポン衆は丁場へ行かず、食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活をする。「今日も鮭かい、鰤はないか? 富山の鰤は美味いぞ」と内儀に文句を付け、内儀は棟梁に苦情を言う。棟梁は、丁場仕事はレベルが低過ぎるのであろうと察し、彫り物を勧める。もう年の暮れだ。歳の市で恵比寿や大黒の安物の木彫りがよく売れる。そういうものでも彫ってはどうかと棟梁は考えたのだった。ポン衆は越後屋つまり大金持ちの三井家から大黒さまの彫刻を依頼されて30両の前金をもらっていたことを思い出した。仕事場を宛がってもらって閉じ篭った。

 

やがて、ポン衆は書状を越後屋へ届けて欲しいと若いもんに託けて、自分は久し振りに湯屋へ行った。その隙に棟梁が仕事場を覗くと、思惑に反して一つだけの大黒像が置かれてある。よく見ると、こちらを見ているように感じられる実に見事な彫刻であった(「いい仕事してますね」とは言わなかっただろうが)。そこへ越後屋の使いが来て、「甚五郎先生から大黒像が出来上がったので取りに来いとのお手紙を頂きましたので参りました」と言う。只者ではないと思っていたが、ポン衆が甚五郎先生と知って棟梁は驚き、感激した。使いの者が「阿波の運慶先生に彫ってもらった恵比寿像と一対にして家宝にしたいと主人が申しておりました。これは残りのお金です」と言って70両を差し出した。甚五郎は「こんなに沢山は要らない。これから松島へ行こうと思う。これはこれまでお世話になったお礼です。鮭のお代も入っているとお内儀さんに伝えて下さい」と言って50両を棟梁に渡した。

「ところで、恵比寿には上の句が付いていたと聞きましたが」とポン衆、「はい、“商いは濡れ手で粟の一掴み”とありました」と使いの者、「では私が下の句を付けよう。“守らせたまえ二つ神たち”」と甚五郎。三井家に残る大黒の一席。

 

 

左甚五郎の逸話は虚実取り混ぜて実に多い。と言うか、実在すら疑う説もある。私は、実在の人であるがその後の名工の代名詞的にも使われたという説に賛成である。

落語では、甚五郎は飛騨高山の出身で京都へ出て名工として名を残したということになっている。そして、名を成したある時、松島(宮城県)見物を思い立って旅に出た。その途中の藤沢(神奈川県)の旅籠で宿賃代わりに竹で作った水仙に水をやると花を咲かせたという「竹の水仙」、江戸の逗留先で三井家に頼まれて大黒像を彫った「三井の大黒(みついのだいこく 本稿)」、そして松島では動き回る木の鼠を彫って、落ちぶれた旅籠を立て直してやったという「ねずみ」の人情噺3演目が有名である。この旅は、京都→松島を10年掛けての旅であったという研究者もいる。その他に「叩き蟹」「四つ目屋」が現代に伝わっているようである。

 

 

 

  

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寒くなると銭湯の大きな湯船にゆったりと浸かりたくなる。温泉なら尚更結構なことである。肩まで浸かって「あー」と発して日本人を感じる人は少なくないであろう。「極楽は

湯船の中に 在りと聞く(拙句)」。「俺、この前、ニューヨークへ行って来たよ」「へえー、JALでかい、それともANAでかい?」「いえ、戦闘機で」。

下らん前置きはこれ位にして、「湯屋番(ゆやばん)」という銭湯(湯屋、風呂屋)を題材にした古典落語の代表作の一つを聴いてみよう。道楽が過ぎて勘当になって居候をしている若旦那を主人公にした滑稽噺である。

 

 道楽が過ぎて勘当された若旦那、出入りの棟梁の2階に居候させてもらう。だが、毎日食べてはぶらぶらしているばかりなので内儀との折り合いが悪くなった。さすがの若旦那も居辛らくなって棟梁のつて(・・)で湯屋へ奉公に行くことになった。

 その道中、湯屋の亭主を勝手に亡き者にして後釜に入ることを空想した後、女湯から入る。亡き者にされた亭主が「もしもし、そちらからはダメですよ」と咎める。「こっちが好きなもんで」と若旦那は言い、棟梁からの紹介状を差し出す。「あなたが噂の若旦那ですか、棟梁から話は聞いています。では、普請場からの廃材つまり燃料集めをやってもらいましょか」「汚い仕事はいや、番台に座らせて」「番台は楽なように見えますが、着物や履き物に間違いのないように目配りしたり、料金を頂いたり、糠袋や石けんの販売やお客さんの苦情を聞いたりなど大変な仕事ですよ。女湯を眺めている余裕などありませんよ」「分かってます。是非、やらせて下さい」。亭主は店の信用に傷をつけないか?と苦慮するが棟梁の頼みということもあって番台に座らせることにした。

念願の番台に上げてもらった若旦那、嬉々として女湯を眺めるが空っぽ。男湯は見苦しい奴らが大勢入っているというのに。「まあそのうちに、女中を連れた粋なお妾さんが来るよ。すぐに俺を見初めるよ」と早速、空想を始める。「俺が彼女の家の前を通ると、泳ぐように内から出てきて“まあ、お兄さん、旦那は留守だから上がってよ、お願い、上がってよ”と腕を引っ張るよ」。「おい、見ろよ。変な奴が番台に上がって自分で自分の手を引っ張っているよ。見物しようぜ」と男客たちは番台に注目する。

「やがて盃のやりとりが始まるよ。そこへ遣らずの雨、雷も鳴るよ。にわかの落雷、“兄さん、怖い!”と俺に抱きついてくるね。…」と若旦那の白昼夢は続き、番台の上で派手な所作も交えて一人芝居を演じる。男客は皆、呆れ顔で若旦那に見とれ、軽石で顔をこすって血を流したりする奴も出てくる。この噺のメインとなる聴かせ所である。

 やがて、帰り客の一人に「俺の下駄が無くなった」と苦情を言われた若旦那、「好きなやつを履いて帰って下さい」と言う。客が「その持ち主が困るだろう」と切り返すと、「なあに、順繰りに好きな物を履いて帰ってもらい、最後の人は裸足で帰ってもらいます」。

 

 あまり冴えないサゲである所為か、客が血を流すところで高座を降りる演者も多い。一般的には四代目三遊亭円遊三代目三遊亭金馬の高座が代表的なものと言えよう。

 六代目三遊亭円生は若い頃、義太夫語りをしていたことがある。その時に鍛えたノドはプロ級で、音曲噺では他の追随を許さないものがある。この「湯屋番」でも湯船の中で都々逸や端唄を唄う場面を入れるなどして膨らませ、40分を越す一席に仕上げていて聴き応えがある。

 

江戸時代では、蒸気の部屋(蒸し風呂 今で言うサウナ)を“風呂屋”と呼び、お湯に浸かる銭湯を“湯屋”と呼んで区別していたそうである。

銭湯を題材にした噺は他に「浮世風呂」という音曲噺がある。この噺には江戸から明治に掛けての湯屋の構造が盛り込まれていて参考になる。湯船の中で義太夫を語る件がメインで六代目円生の独壇場である。

 

この稿を書くに当って銭湯について調べたら、2016年時点で全国で4,000軒近くの銭湯が営業を続けているそうだ。ピーク時(1968年頃)の1/5に減ったとはいうが、銭湯は昭和の遺物だと思っていた私にとっては予想外の多さであった。

内湯が普及し始めたのは戦後の高度経済成長期であったという。恐らく団地という生活様式の進展と関わりがあったのであろう。従って、昭和40年代頃までは多くの日本人にとって銭湯は生活の一部であり、床屋と並んで町内の触れ合いの場であった。

また、1946(昭和21)年に公布された物価統制令の適用を今でも受けているということを知って驚いた。戦後、国民の衛生状態を向上させるために入浴を奨励し、そのために料金の上限を法律で規制したものであった。私が通っていた1940年代では水が貴重な資源であった為洗髪料金が別途徴収されていたが、さすがにこれは消滅しているようである。

1952(昭和27)年に放送が開始されたNHKのラジオドラマ「君の名は」が女性の間で空前の人気となり、放送時間帯は女湯が空っぽになったという伝説も思い出される。

銭湯についての想い出は尽きない。内湯もいいが、たまには銭湯の大きな湯船で想い出に浸りつつ、ゆったりとした気分になるのも悪くないなあと思っている。私は小学校低学年の頃まで銭湯に通った。家から3分の所にあり、「みなと湯」と言った。そこの番台に座っていたソバカス美人の女将さんの顔を今でも覚えている。私にとって銭湯は郷愁をかきたてる一つの場所である。

  

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月日の経つのは早いもので、充電のためにブログを休載して早、8カ月が過ぎました。このままでは忘れ去られそうなので充電を続けながら少しずつ放電することにしました。時折、気に掛けていただければ幸いです。

 

冬になると「熱燗で一杯」と言う人も多いことであろう。先ずは短い「上燗屋(じょうかんや)」を採り上げよう。この噺はお酒の燗の付け具合を自慢にしている屋台の亭主を酔客がからかうという滑稽噺である。

 

かなり出来上がっている帰宅途上の酔客が「上燗屋」という提灯がぶら下がっている屋台へ立ち寄った。「提灯は燗の温度を自慢しているものですね?」「その通りで」「一杯いくらですか?」「10銭で」「じゃあ、一杯付けてください、スミマセンネ」。亭主が燗を付け、差し出す。

出された燗を一口飲むがぬるい。付け直してもらう。ところが今度は熱過ぎる。「熱ゥー!、どこが上燗屋ですか、甘酒飲んでるのとは違いますよ。親切が過ぎましたね。待っとられんのでそこの一升瓶から少し注ぎ足して下さい。スミマセンネ」「そんなことをすると勘定がややこしくなります」「ウーン? なんぼ飲んでも10銭しか払わん。…冗談でしょ、後で勘定すればいいんですよ、スミマセンネ」。

「やっといい燗になりましたね。そこにこぼれている豆はいくらですか?」「こちらに新しいのがありますが」「どうしてもこぼれているやつを食べたいのです」「これは落ちたものですからお代を貰うわけにはいきません」「タダですか?タダなら食たろ。美味い!もっとこぼしたろ」

「これは何ですか?」「鰯のから(・・)まぶし(・・・)です」「下に敷いてある黄色いものはなんですか?」「おから(・・・)です」「それ、なんぼですか?」「…鰯にまぶした、言わば付き物ですからお代は頂けません」「タダですか?タダなら食たろ。ウーン、あっさりと美味いね」「そんなことされたら鰯が裸になってしまいます」「上に乗っている赤い物は何ですか?」「紅ショウガです」「それ、なんぼ?」「それも付き物ですから…」「タダですか?なんや、お前とこタダのもんばっかり置いてるな」「あんたがタダのもんばっかり選っているんです」「そうなりますか」

「この黒い物は何ですか?」「鰊の付け焼きです」「これも鰯の付き物ですか?」「阿、阿、阿、阿呆なこと言いなさんな。どこぞの世界にそんな付きもんがありますかいな。5銭です」「もらおう」。客はしばらくかじっていたが、「堅すぎて口に合わんわ、返すわ」と亭主を困らせる。

「こっちの赤い物は?」「鷹の爪です」「空を飛んでる?」「唐辛子ですがな」「食うてみたろ。辛~! 酒飲まんと口の中が火事になる」と一杯の燗酒を飲み干した。「ああ美味かった。ごちそうさん。なんぼですか?」「だから最初から勘定がややこしくなると言うてましたやろ。酒を注ぎ足したし、豆はいかれているし、鰊はかじりさしにされとるし、そうでんな、25銭も貰ろうときましょうか」「25銭? 25銭とは安い、こんな安い店は生まれて初めてや、…なんぼか負からんか?」。

 

お気付きの方もおられると思いますが、上記の筋書きは二代目桂枝雀の高座から書き写したものである。「スミマセンネ」と「ど、どういうことですか?」それにオーバーアクションの動作を多用するのが枝雀落語の特色である。この噺は12分ほどの短いものであるが「スミマセンネ」を10回ほど連発している。また、「親切が過ぎましたね」というギャグも枝雀の知性が感じられるもので、我々夫婦も何か度が過ぎた時にこのフレーズを使わさせてもらっている。

 

筋書きの最初の部分で酔客の性別には触れなかったが、断らなくても男性と決まっているのが落語の特徴である。

 

1990年頃、落語に限界を感じて遠ざかっていた私を再び引き戻してくれたのが枝雀のこの一席であった。その意味で、私にとっては忘れられない演目である(拙ブログ#13参照)。

 

もう大分昔のことであるが、香川県の高松地方で、客をもてなす時に「あつかんで」という常用句が使われたそうである。“扱わんで”が訛ったもので、「何もおもてなしは出来ませんが、ゆっくりしていって下さい」という意であったようだ。これを知らない客が、“熱燗”が出されるのを期待して待ち続けたという笑い話もある。

 

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いつも拙ブログをご愛顧下さりありがとうございます。

これまで書き溜めていた150余演目をご紹介し、次なる御紹介演目を執筆中でございます。
 
しばしの休載をお許し下さい。
またお目にかかれる日まで。
 
rakugogakushi 拝
 
 
 

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今頃は近畿、東海、関東辺りの桜が見ごろであろうか。「昨日(きのう)、上野へ花見に行って来たよ」「そうかい、どうだった?」「ものすごい人出だったよ」「で、花は?」「花? さあ、どうだったかな?」とならないように今年も顔を見せた桜花をしっかりと観て上げたい。

シーズンに当り、古典落語の代表作の一つで、貧乏長屋の大家(おおや)店子(たなこ)の連帯感をテーマにした「長屋の花見(上方では「貧乏花見」)」という滑稽噺を聴いてみよう。

 

大家(おおや)さんが長屋の連中全員を招集する。「大家さん、全員揃いましたが何事です?店賃(たなちん)の催促ならもうちょっと待って下さい」「いやいや、そうじゃあないよ」「そうでしょう。まだ催促されるほど溜めていませんから」「おいおい、雨露をしのぐ店賃だ、しっかりと納めておくれ。ところで、うちの長屋が“戸なし長屋”と言われているようだが?」「その通りで。戸は全部焚きつけにしてしまいました」「そんなことをして泥棒にでも入られたらどうする」「こんな貧乏長屋に泥棒なんか入りませんよ、出ることはあっても」「おいおい、よせよ」

 「いや、実は今日は皆を花見に招待しようと思って呼んだのだ。私の方で酒と蒲鉾、卵焼きを用意しているから一つ景気よく繰り出そうじゃあないか。と言っても蒲鉾は本物ではなく大根だがね」「じゃあ大家さん、ひょっとすると卵焼きは沢庵?」「当った!」「こんなことは当らない方がいい。じゃあ酒は?」「お茶だ」「香々で茶を飲むんですね?」「贅沢を言いなさんな。それから月番さん、そこに立て掛けている()せん(・・)を持って行っておくれ」「大家さん、あれは(むしろ)じゃあありませんか?」「そうだよ、“筵毛せん”だ。無いよりむしろいいだろう」。月番の二人が料理を入れた桶を天秤棒で担いで「さあ、出掛けましょう、親戚は皆さん揃いましたか?」「弔いじゃあないよ」。

 

一行は向島へ着く。「大家さん、毛せんは土手の上へ敷きましょう。貰いが多いから」「乞食をするんじゃあないよ。土手下へお敷き」。飲み食いが始まるが店子連中は積極的ではないので大家が勧める。「源さん、蒲鉾をお上がり」「歯が悪いんで…、そうですか、それでは一つ、尻尾じゃない方を。良い蒲鉾ですね、本場の練馬産ですか?」「熊さん、灘の生一本だ、一杯おやり」「いただきます。おっとっと、少なめに」「美味いかい?」「へえ、結構な渋口で。灘ですか?私ゃ静岡か宇治かと思いました。大家さん、近々、長屋に良いことがありますよ」「どうしてだい?」「酒柱が立っています」

「八っあん、通行人が吃驚するような景気のいい話をしておくれ」「分かりました。源ちゃん、このところ久しく千円札で鼻をかまないね」「おいおい、もっともらしい事を言いな!月番、酔いなさい」「ではお先に酔います。ういーッ、酔っ払いました、やい!大家!」「酒癖が悪いね。もう醒めな」「はい、醒めました。この酒なら自由自在です」。一人が唄い出し、一人は「長屋中 歯を食いしばる 花見かな」と即興の俳句を詠む。

「おいおい、病人が出たよ。大丈夫かい?」「へえ、遅れて来たので駆け付け三杯やったら悪酔いしまして」「どんな気分だい?」「へえ、この前井戸へ落ちた時のような気分で」

 

上記は東京落語の筋書きで、上方では「貧乏花見」という演目で演じられており、筋書きが少し異なっている。

 

長屋の連中だけで花見に行こうということになる。酒や料理を誂える金はないから各自の家にあるお茶と食い物を持寄る。少しでも格好のいい服装にしようと新聞紙で上衣を作ったり裸に墨で洋服を書いたりして女房・子供も連れて出掛ける。お茶と料理で飲み食いを演じるが欲求不満に陥った二人が、豪勢に花見の宴を張っている旦那衆の前へ押し掛けて馴合いの喧嘩を始める。吃驚した旦那衆が逃げ出した隙に御馳走を奪う。

 

 という悪質なストーリーとなっている。「貧乏花見」は笑福亭一門のお家芸とされており、他の一門は高座に掛けるのを遠慮しているそうである。

 

落語に出てくる花見の名所は、東京では向島、上野、飛鳥山、上方では桜の宮となっている。

 

(上野恩賜公園・東京 2007年)

 

(毛馬桜の宮公園・大阪 2005年)

 

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