民の声新聞 -23ページ目

【19カ月目の福島はいま】いまだ福島市を取り巻く高線量と〝安全安心シンポジウム〟

福島原発事故から間もなく19カ月。福島市には依然として1.0μSVを超す高い放射線量地域が点在しているが、除染が行われたのはごく一部。市民は日々の被曝を意識しながらも、市内にとどまって日常生活を続けている。低線量被曝や甲状腺ガンへの不安を訴える声もあるが、市側はシンポジウムで大々的に安全安心を説くのに躍起だ。秋色に染まり始めた福島市内を歩いた。


【他に場所が無い、と高線量下で草野球】

 福島駅の北方、阿武隈川の支流・松川沿いの野球場では、草野球チームの歓声と打球の音が心地よく響いていた。松川運動公園。季節外れの厳しい陽光の下、しかし、手元の線量計は軽く1.0μSVを超える。少し移動すると1.5μSV超。隣接するコートでは、お年寄りがグランドゴルフを楽しんでいる。

 バッティング練習を終えた男性に声をかける。

 「放射線量が高い?はい、この辺りの線量が高いことはみんな知っていますよ。でも、いちいち気にしていられないです。それに、ここ以外に練習ができるグラウンドがありませんから」

 イオン福島店。駐車場では0.4μSVに達しない放射線量だったが、黄色い花がきれいに咲いている植え込みでは、0.9μSVを超えた。店舗のある矢野目地区の一角に、真新しい住宅が並んでいる。庭で雑草を刈っている若い男性は「除染?さあ、この辺りはまだやっていませんね。放射線量が高い?0.6μSV?ああそうですか…」と素っ気なく答えて再び、作業を続けた。別の住宅では、50代の女性が駐車場の溝を掃除していた。

 「全然、除染をしてもらえません。やらないわけにはいかないから自分で除去をしないとと思い、溝に生えたコケを取っているんです。こういう所に溜まると言いますからね。でもね、放射線の影響なんでしょうか、すごく疲れるんですよ」

 隣接する川寒地区の集会所。中では、女性たちがチューリップの球根を袋詰めしているが、雨どい直下で4.0μSVほどに達する高線量。松川に架かる川寒橋の下にある川寒運動公園では、1.3μSVを超えた。近くの清水学習センターのモニタリングポストも、1.3μSV前後を推移している。敷地内の遊具前でも0.9μSV超。歩くほど高線量の街。同学習センターに飾られた住民の色紙が心情を如実に表している。

 「安全のレッテル、空気にもほしい」
民の声新聞-松川運動公園
民の声新聞-イオン福島店
1.15μSVもの放射線量の中で野球をする人たち。

ナインの1人は「気にしても仕方ないし、他に練習

できる場所がないんですよ」と話した(上)

=松川運動公園

イオン福島店の植え込みは0.9μSV超(下)



【「急いで除染をするような放射線量ではない」】

 「将来に不安を持つ人の予測は外れる」「今の福島市は急いで除染をする放射線量ではない」「子どもからお年寄りまで、安心して福島産を食べて欲しい」─。5日午後、福島市内で開かれた市主催のシンポジウムでは、原発事故直後の政府の記者会見を見ているかのような言葉が並んだ。

 わたり病院の齋藤紀医師は、講演で「低線量被曝をどうとらえるか、に関する質問が多いが、線量が低くなるほど外部被曝も内部被曝も人体へのリスクも低くなる」としたうえで「チェルノブイリ周辺の子どもたちは汚染されたミルクを飲み続けた結果であり食品が管理されている福島とは異なる」「甲状腺医学の長い歴史で、小さなしこり(結節)は大きくならないことが分かっている。落ち着いて対応を」「内部被曝は漸減する。絶対的危険ではない。どんな物質も必ず排出される」「放射線量が下がれば、DNA障害との関連性はなくなる。DNAは仮に切断されても修復する」などと話した。

 瀬戸孝則福島市長も加わったパネルディスカッションでは、昨年7月から市の放射能対策アドバイザーを務めている東北大学の石井慶造教授が「福島市の食品はまったくもって安全。仮に基準値超でも絶対に食べてはいけないというわけではない」「放射線量が高いと言っても、8時間もずっとその場所にいるわけではない」「降雨には除染効果があり、泥水と一緒になって川に流れてしまう。駅前の線量が下がったのは雨の力もある。流れた放射性物質は阿武隈川から宮城県に行ってしまう。じゃんじゃん雨が降れば良い」「福島市は急いで除染をするような放射線量ではない。じっくりやるべき」などと発言。コープふくしまの小澤和枝理事は「店に並んでいるものであれば子どもからお年寄りまで安心して食べてほしい」。果樹農家の安斎さと子さん(飯坂町)は「50ベクレル超の野菜や果物は出荷していない。安心して食べて」と呼びかけた。

 福島市の冨田光危機管理監は「2年間で市内全域を1.0μSV以下にすることを目標に除染を進めていきたい。市内を線量で区切るため、大半の地域は再来年に着手することになる。除染が来ないとお叱りを受けているが、理解してほしい」。瀬戸市長は、除染で生じた汚染度の仮置き場について「4-5カ所あてはあるが、誰だって自分の地域には持ってきたくない。近隣の方から『はんたーい』と声があがるので慎重に確実に進めていきたい」と話した。
民の声新聞-シンポジウム
福島市が主催したシンポジウム「これからも福島

市で暮らしていくということ」。わたり病院の齋藤紀

医師は「世界には自然放射線量が高地域があるが

奇妙なことに発ガンの増加には全く結びついてい

ない。原爆投下当時10歳未満だった人の88%は今

も存命している。落ち着いて対応してほしい」と呼

びかけた=福島テルサ


【福島駅前でも金曜日の抗議行動】

 総理官邸前デモに呼応して始まった福島駅前抗議行動。

 3連休を控えた人々が行き交う5日夜も、原発再稼働だけでなく福島市民に現在進行形の被曝に対する関心を高めてもらおうと、母親らが危機的な現状をアピールした。

 道行く人の多くは、迷惑そうな表情で足早に通り過ぎる。参加した女性は「もっと多くの市民にこの危機的状況を理解してほしいのに…」と残念がった。

女性は原発事故直後に小学5年生と中学3年生の子どもをいち早く山形県米沢市の学校に転校させた。自身も、同市から福島市内の勤務先まで毎日、往復約2時間かけて通勤している。夫も避難には理解を示しているが、仕事の都合などがあるため福島市内に親と共にとどまった。

 「子どもたちは自分の責任で逃げることはできません。大人が逃がしてあげないといけないんです。地元メディアが危機的状況を報じないから、危機意識が高まらないんです」と怒りの声をあげた。高校生や保護者の突然死、職場の同僚にも発ガンの疑いがあるなど、周囲では体調不良が少なくないという。だが、いずれも原発事故との因果関係を証明することはできないため一笑に付されて終わることがほとんどだ。

 福島市では、「地産地消」の名の下に、学校給食に福島産の食材を積極的に使おうという動きが進んでいる。抗議行動に参加した別の女性は「市会議員も、きちんと勉強しないで『地産地消を進めよう』などと言っている。分かっていない。FAXや手紙などをどんどん出して福島産食材の使用をやめさせたい」と話した。
民の声新聞-金曜夜の福島駅前抗議行動
福島駅東口で毎週金曜日に行われている抗議行動。

「子どもたちは自分の責任で逃げることができない」

と大人たちに呼びかけている=福島駅東口


(了)

仙台高裁は現在進行形の被曝から目をそらすな~ふくしま集団疎開裁判控訴審始まる

福島原発により健康が脅かされているとして、郡山市内の子どもたち14人が市を相手取り安全な場所での学習を求めた「ふくしま集団疎開裁判」の控訴審が1日、仙台高裁で開かれた。同市内の放射線量が依然として高いことや甲状腺異常が既に確認されていることなど被曝被害を正面から主張する弁護団に対し、裁判所側は被曝問題は避け、自主避難の可否や緊急性の有無を論点にする構え。審理前には裁判所の英断を求めるデモ行進も行われたが、司法の腰は重い。福島県の健康調査で確認される甲状腺異常は増える傾向にあり、弁護団は「被曝は現在進行形。民を切り捨てるな」と怒りと危機感を募らせている


【線量の高さには触れたがらない裁判所】

 弁護団によると、仙台高裁で午後2時半すぎから行われた第1回審理には裁判官3人、書記官1人、申し立てをした子どもの代理として母親2人、弁護士4人、郡山市側弁護士2人の計12人が出席。約1時間にわたる審理の中で、弁護士ばかりでなく2人の母親も1人15分ずつ、申し立てをするに至った想いや自主避難に伴う苦労などを話した。裁判所側は裁判長のみが発言し、「なぜ、申し立てた子どもたちは県外に自主避難することができないのか」という主旨の質問に終始したという。

 別室では、一審から数度にわたり意見書を提出している琉球大学の矢ケ崎克馬名誉教授や北海道・深川市立総合病院内科部長の松崎道幸医師が待機。弁護側が2人の意見陳述を再三求めたが、裁判長は「今日は当初から予定していない」と拒否した。また、今後の審理で2人に加えて福島県立医大の山下俊一副学長や神戸大学の山内知也教授の計4人の証人尋問を行うことも求めたが、こちらも「現段階では考えていない」と前向きな回答は得られなかったという。

 審理後の記者会見で、井戸謙一弁護士は「低線量被曝について裁判所には正面から取り組んでほしいが、そのつもりは無さそうだ。『自主避難できるのならば緊急に仮処分をする必要性はないだろう』という理屈はおかしい。自主避難できるか否かでなく、子どもたちを安全な場所で学習させるのは行政の義務であるとさらに訴えたい」と高裁の姿勢を批判。「裁判官は職業上ポーカーフェイスなので表情からは分からないが、お母さんたちの話は心に響いたはずだ」とも話した。

 柳原敏夫弁護士も「緊急性があるから仮処分を申し立てているのに『なぜ自主避難できないですか』と裁判長は聞いてくる。思わず目が吊り上がった」と怒りを露わにした。「そもそも、子どもたちが原発を壊したわけではないのに、なぜ自主避難しなくてはならないのか。子どもたちは純粋に被害者。交通事故でも加害者側に救護義務があるように、国や行政に子どもたちを安全な場所で学ばせる義務がある」。

 「今日の様子だけでは評価は難しい」と話したのは光前幸一弁護士。しかし、放射能問題に対する司法の逃げ腰な姿勢は伝わってきたという。

 「放射線量の問題には一切、裁判長は触れなかった。アンタッチャブル。そこに入り込むと大変なことになっちゃうぞ、という思いがあるのだろう。住民にはそれぞれに逃げられない事情があるわけだし、そもそも逃げられるか否かではなく行政にはやるべき義務がある。そこを理解させるよう、一つ一つクリアしていきたい」。見通しは厳しいが、一方で「仮処分事件の控訴審で裁判所が当事者を呼んできちんと話を聴くのは異例」(柳原弁護士)として、集団疎開を勝ち取る余地はあるとの見方もある。

 第二回の審理は11月26日午後2時半から、仙台高裁で開かれる。
民の声新聞-記者会見
仙台高裁での1回目の審理後、記者会見する弁護団。

郡山市内の放射線量の高さには触れようとしない裁判

所側の姿勢に批判が相次いだ=仙台市青葉区春日町



【「国家権力が嘘を流している」と矢ケ崎名誉教授】

 矢ケ崎名誉教授が今回の裁判に人生を賭けるほどに力を入れているのには理由がある。妻の母親が広島で入市被曝、大量に吐血をした末に亡くなった経験があるのだ。

 「義母は原爆投下の翌日に広島市に入ったんです。そこで被曝をして、私たちが結婚してすぐに大量吐血をして亡くなった。これが被曝の実態です。あれから60年以上経って再び、国家権力によって嘘が流され、命が切り捨てられようとしている。これはどうしても許せません」

 〝ミスター100mSV〟と呼ばれる山下俊一氏については「彼は医師でも研究者でもない。医師免許を持っているとうだけの、単なる国家官僚だ」「子どもたちをモルモットにしているという声があるが、そんな甘いものではない。徹底的に犠牲にしようとしているのです」と批判した。

 福島県内に設置されたモニタリングポストの数値が低く表示されるよう設定されているとして、調査グループを発足。実際の計測値よりも50-60%ほどの数値が示されていることを突き止めた。その結果、昨年6月の時点で郡山市は市内の平均放射線量は年1mSVに達しないとの見解だったが、現段階で計算しても最低で1.7mSV、最高では7mSVに達するという。

 「国が汚染を低く示している。大問題です。それどころか、国は事故後に年間被曝限度量を30mSVに引き上げてしまった。原発事故が起きると人間の抵抗力は20倍になるなんてことがわけがない。非常に危機的な状況であると裁判官に伝えたかったが呼んでもらえなかった」

 松崎医師は、審理後の講演会で福島を取り巻く「医師」や「専門家」、「国」の欺瞞性を指摘した。

 「人間の身体はワンパターンで定義することはできない。場合によっては原発事故から2-3年後に癌が増えることもある。人類初めてのことなのだから、次々と確認されている健康被害が被曝と無関係と断定する方がおかしい。事細かく慎重に、3カ月後、6カ月後と子どもたちの身体を追跡調査していく必要がある」と山下俊一氏らの姿勢を批判。「チェルノブイリ原発事故後、周辺国では乳がんや流産が増えた。ダウン症も増加している。それもノルウェーなど離れた国でも確認されている。今、甲状腺で見つかった3-5㍉ののう胞が今後大きくならないか、注視する必要がある」と話した。

 2年前、全国の原発労働者のガン発症率が高いとの調査結果がまとまると、国は喫煙や飲酒を原因に挙げた。しかし、松崎医師の調べでは、定義を同じくすると原発労働者も一般国民も飲酒率も喫煙率も大差ないことが分かったという。

 「国は原発が原因と特定されたくないので様々な原因を持ち出す。他の原因でたまたまこうなっているのだろう、と。そもそも、飲酒はガンの発症率とほとんど関係が無い。福島も然り。現段階では被曝が無関係などと断定できるはずがないのです。うやむやにされてはたまらない」
民の声新聞-仙台高裁へデモ行進
民の声新聞-かんしょ踊り
仙台高裁での審理を前に、仙台市内で行われた

デモ行進。右から2人目が矢ヶ崎名誉教授。「国

家権力によって嘘が流され、命が切り捨てられて

いるなんて絶対に許せない」と声をあげた(上)

支援集会では「今、守るべきものがあるから原発

はいらない」と「かんしょ踊り」も披露された(下)



【「今も放射線が子どもの身体を貫いている」】

 審理に先立って行われた支援集会では、駒崎ゆき子郡山市議が「申し立てを起こした頃は、こんなに長くかかるとは思わなかった。夏休みに間に合わせたいと考えていたのに」と悔しさをにじませた。「子どもたちをこのまま福島に住まわせて良いのか本当に心配だが、市議会では復興や除染の話ばかり。子どもたちを逃がすという話題にならない」と批判。「動けずに悩んでいる親は多い。『どうしてあの時、避難させてくれなかったのかと恨まれる日がいずれ来る』という父親の話を聴いたばかりです」。

 福島原告告訴団の団長でもある三春町の武藤類子さんは「こうしている間にも、放射線が子どもたちの身体を貫いている。これは人権問題だ」。「ふくしま集団疎開裁判の会」代表の井上利男さんが生活する県営団地は、いまだに0.8μSVもの放射線量があるという。「毎日、子どもたちが遊具で遊んでいる」と危険な状況下で被曝を強いられている子どもたちの現状を話した。

 宮城県で子どもの被曝回避に取り組んでいる男性は「地続きなんだから、県境で放射性物質が入ってこないなんてことはない。福島の子どもたちを守るということは、宮城の子どもたちを守ることでもある。ぜひ裁判を支援したい」とエールを送った。

 会場には、早くから裁判を支援している俳優・山本太郎さんも駆け付けた。脚の肉離れで車いす姿だったが「なぜ、こんなに大切な裁判を多くのメディアは報じないのか。国が決めた〝子殺し政策〟を後押ししているのがマスコミだからです。狂っていませんか?子どもたちを救えるのは大人だけなんですよ」と力強く呼びかけた。

 集会の終わりには、会津地方に伝わる踊り「かんしょ踊り」も披露された。抑圧された民の踊り。

 「いま、守りたいものがあるから、原発はいらない」

 仙台駅前のアーケードを練り歩いたデモ行進でも、「子どもを守れ」とのシュプレヒコールが響き渡った。通行人は真剣に見入ったり、笑ったり、エールを送ったり、迷惑そうに通り過ぎたりと反応は様々。

 今、大人たちが守るべきものは何なのか。

 大人たちの愚策に巻き込まれた子どもたちの闘いは続く。


(了)



原発事故で時間が止まった街~警戒区域・浪江町ルポ(下)

片付けられることなく荒れ放題の男性宅。片付けたところで先の見えない放射能汚染。さらに西に向かうと、そこには高濃度に汚染された陶芸の杜と高瀬川があった。そして、3.11のスポーツ紙が色あせて並んでいるコンビニエンスストア。時間が止まった街・浪江町。その汚染の酷さを目の当たりにするほど、住民の悲しみが突き刺さる。ふるさとは本当に、元の浪江に戻ることができるのか



【原発事故さえなければ暮らせたのに…】

「カビ臭いですけど、どうぞ」

男性(58)は、30年以上住み慣れた家に裏の勝手口から招き入れてくれた。玄関前の庭は雑草が伸びて入れない。敷地内に入るだけで、手元の線量計は5μSV前後を示している。足元の雑草にかざすと8μSVを超した。男性は浪江町から貸与されている線量計を持参していたが、2.5μSVで設定されているアラーム(警報音)はマイカーを降りてから鳴りっぱなしだ。首から下げた線量計を見せてもらうと3.98μSV。私の線量計が高めに測定されるのか、行政が貸与している線量計が低めに出るのか…。

勝手口ではレジ袋を2枚渡された。「靴のまま室内に入っていただいて良いんですが、そうすると放射性物質を持ち込んでしまうのでお願いします」と男性。両足に袋をかぶせて、靴のまま失礼する。

たしかにカビ臭なのかほこりなのか、臭いがきつい。台所はぐちゃぐちゃ、居間も棚から落ちた物が散乱している。男性の部屋はオーディオスピーカーは倒れ、本などがバラまかれたような状態だ。1.0μSVに設定した私の線量計は、室内でもバイブレーションが動きっぱなし。2-3μSVを推移した。町の線量計も反応し続けている。

男性は、持参した工具を使い本棚を解体し始めた。避難先に持っていくという。

「私は何から何まで東電と縁がありましてね。この本棚も昔、東電社宅を解体した時に出た廃材を利用して自分で作ったんですよ。東電関係の仕事もした私が今や、東電のおかげで避難生活を強いられているんですからね。これが浪江町なんです。原発のおかげで雇用が生まれるだの地域が発展するだの言われて、結局は原発のおかげで住むことが出来なくなってしまった。なんという皮肉ですかね」

わずか数十分の滞在。別れを惜しむように、男性は持参したデジタルカメラで撮影し、施錠を確認してわが家を後にする。

「亡くなった方には申し訳ないけれど、いっそのこと津波で流されてしまった方が良かったと思う時もあるよ。放射性物質の拡散さえなければ、今ごろ室内を片付け、部分的に修繕をして、庭の雑草を刈って生活することができるんですから。つらいですよ。自宅は崩れていないのに住めないなんて」

そして、寂しそうに言った。

「もう、ここで暮らすことは無理でしょうね。世界でも珍しい、名前は残っていても人の住めない町。町がそっくり無くなってしまったんだ」

民の声新聞-庭③
民の声新聞-庭②
民の声新聞-庭①
浪江中学校からほど近い男性の自宅。手入れが

できないので荒れ放題(上)

自宅そばではコスモスがきれいな花を咲かせてい

るが、放射線量は4-5μSVに達する(中)

庭の雑草に線量計を置くと8μSVを超した(下)


【高濃度汚染の陶芸の杜や高瀬川】

男性にお願いして、少し車を走らせてもらった。

向かったのは陶芸で知られる大堀地区。「山麓道路」と呼ばれる県道35号線の両脇に「大堀相馬焼」と書かれた看板がいくつも立ち、陶芸品の店が並ぶ。手元の線量計は車内でも上昇を始めている。

大堀相馬焼協同組合が運営する「陶芸の杜おおもり」で車から降りる。広い駐車場に止まっている車はない。本来なら陶芸教室などでにぎわっているはずだが、当然ながら人の姿もない。国の設置したモニタリングポストが13μ超の数値を示しているのが見える。男性は「うわー」と叫んであわてて車の窓を閉め、思わずマスクに手をやった。手元の線量計は14-15μSVに達していた。

男性の表情が曇っている。こんな高線量の場所からは一秒でも早く離れたいのは当然だ。私は頭を下げ、さらに車を走らせてもらった。どうしても行きたい場所があった。国のモニタリングポストで町内で最も高い25μSVを計測している「小丸多目的集会所」だ。

しかし車は、高瀬川渓谷の入り口に設置された通行止めの看板によって行く手を遮られてしまった。何とも言えない安堵の表情を浮かべる男性を残し、車を降りる。アユ釣りが解禁されると多くの人が糸を垂れる美しい高瀬川。手元の線量計はここでも、軽く2ケタに達した放射線量を表示している。橋の上で12μSV超、山に続く道の脇では16μSVを超した。この先に25μSVもの高濃度汚染地帯がある。この目で確かめたいが仕方ない。後ろ髪を引かれる思いで男性の待つ車に戻る。高瀬川の流れる音が心地よい。原発事故さえなければ。

ふるさとに戻りたいと願う町民と、高濃度に汚染されたままの町。

これだけ汚染された町に、本当に人が戻ることなど可能なのだろうか。

図らずもふるさとの汚染具合を知ることになってしまった男性の口数が少ない。アクセルを踏む足に力がこもる。道端からイタチがひょっこりと顔を出し、また草の中に引っ込んだ。だが私は、その姿に気づくのがやっと。そのくらい心は乱れていた。浪江の自然は本当に原状回復できるのだろうか。
民の声新聞-おおぼり
民の声新聞-高瀬川
14-15μSVに達した「陶芸の杜おおぼり」(上)

下の写真は高瀬川。美しい清流も原発事故によ

って汚されてしまった


【坂上二郎さんの死を報じる3.11の新聞】

ファミリーマート浪江加倉前店は、クモの巣がいくつも張りめぐらされ、大きなクモが新たな主となっていた。真っ暗で商品が散乱した店内が辛うじて見える。店員も買い物客もいない、不気味な廃墟のような店舗。

コメリの反対側にあるローソン浪江加倉店では、茶色く色あせたスポーツ紙が置かれているのが見えた。目を凝らすと、欽ちゃんが鳴いている写真が見える。「飛びます飛びます」の見出し。そこで私は思わず唸った。コメディアン・坂上二郎さんの訃報を大きく扱った3月11日付の新聞なのだ。屋根にとまったカラスが大きな声で鳴いている。その声で我に返る。あの日、14時46分までは普段通りの日常風景があったはずのコンビニ。大地震、そして原発事故による避難で時間がそこで止まっている。

浪江駅近くのショッピングセンター・サンプラザでは、地震の大きな揺れによる傷跡が今も生々しく残されている。

マクドナルドは原型をとどめているものの、店舗前の雑草は伸び放題。反対側のレンタルビデオ店「ゲオ」は外壁の崩落が酷く、店内もCDなどが散乱している。男性が「かなりの数の商品が持ち出されたと聞いた」という電器店は真っ暗のままだが、入り口がベニヤ板で補強されている。これ以上、盗み出されないためだろうか。クリーニング店をのぞくと、店内の張り紙に「3月11日は工場が休みのため当日仕上がりは受け付けられません」と書かれている。

すべてが3.11で止まってしまっている街。

「いくら愛着があったってどうにもならない。どうしようもないだろ」

男性の言葉が哀しい。

「いつまで今のアパートで生活するのか。早く引っ越して落ち着きたい」

本当は、住み慣れた我が家で暮らすのが一番落ち着くのだが…。
民の声新聞-新聞スタンド
民の声新聞-ゲオ
コンビニには、茶色く色あせたスポーツ紙が並ん

でいた。昨年3月11日付の新聞だ(上)

ショッピングセンター・サンプラザ内の「ゲオ」は、

大地震による崩落の跡が生々しく残されている(下)

(了)

原発事故で時間が止まった街~警戒区域・浪江町ルポ(上)

静まり返った商店街にカラスの鳴き声が響く。駅にも商店にも昨年3月11日を示す張り紙が貼られたまま。コンビニエンスストアには、あの日のスポーツ紙が色あせて並んでいる。時間が止まった街・浪江町。地震で崩落したままの老舗商店、7μSVと高線量の中学校、カビ臭くなってしまった民家…。住民の一時立ち入りに同行し、放射性物質の直撃を受けた浪江町の現在の姿を目の当たりにした。


【住宅街に乱立する怒りの立て看板】

遠くで警察官が止まれと合図をしている。取材に協力してくれた男性(58)=中通りに避難中=が運転する車がゆっくりと止まる。窓を開ける。応対した真面目そうな若い警察官は、岡山県警から応援派遣されていた。浪江町の少し手前、南相馬市小高区に設けられた検問所。町から交付された立ち入り許可証とわれわれ2人の運転免許証に視線を往復させる。確認が済むと「お気をつけてください」と敬礼した。男性はゆっくりとアクセルを踏む。完成したばかりの高速道路のように静まり返った道路。高線量を理由に立ち入りを制限された浪江町に入った。

「飯舘村のように出入り自由になってしまったら、盗みが横行してしまう。実際、浪江町でも原発事故直後に商品を盗まれた商店があると聞いている。コンビニのATMも。だからああやって24時間警戒してくれることはありがたいんだよ」。男性は、遠ざかる警察官たちをバックミラー越しに見ながら言った。

ボウリング場・ナミエボウルの玄関には、従業員が置いて行ったのだろう「いつかきっと!2011.9」と書かれたTシャツが飾られていた。よく見ると、日本地図に各地の原発がデザインされている。「町も住民の生活も潤う」と言われて建設されたはずの原発によって、ふるさとを強制的に奪われた町民の怒り。

怒りは住宅街にもあふれていた。知念寺交差点から幾世橋地区に入ると、赤や黒のペンキで板に力強く書かれた文字に車を止めた。読み人知らずの句などに込められた怨念のようなものが胸に迫る。

「ミンシュトー/民を滅ぼす民死党/はやくなくなれ/セシウムとミンシュ」

「必殺仕事人様、原子力ムラの悪党をやっつけてください」

「原子力危険不安院/原子力寄生虫(庁)/名前を変えても中身は同じ」

住むことを禁じられた町に残された〝民の声〟。

野田総理大臣や原子力規制委員会の田中俊一委員長ら「原子力ムラの悪党」が目にすることはない。言葉を失う私に、同行させてくれた男性は言った。

「浪江町の現状をすべて伝えてください。ありのままを」
民の声新聞-ナミエボウル
民の声新聞-浪江町民の怒り
ボウリング場の従業員が1年前に残して行ったTシャツ。

願い通り町に戻ることはできるだろうか(上)

幾世橋地区に立てられていた抗議の看板。政府や原子力

ムラへの怒りが書かれた看板が、何枚もあった(下)


【津波と放射性物質のダブルパンチ】

浪江町に生まれ育った男性が現在の自宅に母親(85)とともに移り住んだのは35年前。8畳3間の平屋建てを自分で建てた。震災でも家が崩落することは免れたが、室内はめちゃめちゃになった。大きな余震が続き、自宅前の空き地に止めた自家用車の中で母親と一晩を明かした。そのまま翌12日の朝7時、町の防災無線で避難が呼びかけられたのを機に、着のみ着のまま逃げた。「まさか1年以上も帰れなくなるとは思わなかった。数日で帰れると思っていたから」。

その自宅に戻る前に請戸橋を通る。この辺りの川は鮭が遡上することで知られており、解禁になると多くの釣り客でにぎわったという。その橋から、遠くに福島第一原発の煙突が見える。原発に向かってきれいに整備された道路の先にそびえる悪魔の塔。

「この辺りは津波で多くの被害を受けた。今、原っぱのように見えるところには家がたくさんあったんだ。俺もビニールハウスを作ったよ。でもね、地震や津波だけならこうして人っ子一人いなくなることはなかった。今頃、みんなで協力して復興に向けて取り組むことができた。でも、あの原発のおかげで住むことができない町になってしまったんだ」

JR常磐線・浪江駅に向かう。十日市で毎年にぎわうという商店街も、今や誰もいない。道路拡張工事のために少し下げて新築したきれいな店舗や住宅に、人が住むことはもうない。工事中を知らせる看板の明かりだけが、いつまでも点灯している。

崩落した店舗の前で車を止める。老舗の印刷店はすっかり原型を失っていた。味噌店「こうじや」は、男性もよく利用したという。「自分の畑で育てた大豆を持ち込んで、よく味噌にしてもらったものだよ。震災前にも大豆を預けたんけど、それきりになってしまったね。ここの味噌は美味しいんだ」。

交差点の真ん中に立つ。360°ぐるっと見渡しても誰もいない。私と男性の声だけがカラスの鳴き声に混じって響くばかり。男性は言った。「真昼間から交差点の真ん中に立つなんてあり得ないだろ?車も走っていない、人も歩いていない。猫一匹、犬一匹いない。これが原発の恐ろしさなんだよ。まるで映画のセットじゃないか。俺はこの姿を保存してほしいと思っているよ。原発事故が起こるとこうなりますよ、ってね」
駅前に「高原の駅よさようなら誕生の駅」という記念碑がある。その横に立つと0.8μSV前後。線路をはさんだ東側は比較的、放射線量は高くないが決して安全に暮らせる数値でもない。

カラスがいつまでも鳴いている。
民の声新聞-流された漁船
民の声新聞-地震で崩落した店舗
民の声新聞-浪江駅
請戸橋付近の道路脇には、今も津波被害の痕跡

が生々しく残っている。請戸漁港にあったはずの

漁船までもが車道を越えて横たわっている(上)。

JR常磐線・浪江駅前の商店街の老舗印刷店は

地震で崩落したまま。町中が3.11で時間が止ま

っている(中)。浪江駅も、震災直後に書かれた

「終日運転見合わせ」の文字がそのまま残ってい

た(下)



【校庭で7μSV超の浪江中学校】

男性の自宅近くに浪江中学校がある。

校門の近くに、生徒が自転車に乗る際にかぶっていたものだろうか、白いヘルメットが転がっている。線路をはさんで西側に入ると車中でも上昇を始めていた手元の線量計が、降りて歩き始めた途端に一気に上昇する。校門をくぐる。当然ながら生徒の姿も声もない。まるで廃校。校庭に出てみる。雑草が伸び放題ですっかり荒れ地になってしまっている。サッカーのゴールポストにサッカーボール。未曽有の大地震が起きるまで、サッカーで遊んでいたのだろうか。線量計の数値は7μSVを超したところで上昇をやめた。毎時7μSVといえば、単純換算で年50mSVを上回る数値。町の行ったアンケートでは、多くの子どもたちが「早く学校に帰りたい」と書いていた。これだけ汚染された学校を今後除染したら、果たして再び子どもたちが学べる環境に戻せるというのだろうか。

校舎の周囲を歩く。側溝にたまったままの落ち葉。線量計をかざすと40μSVを超えた。もはやため息しか出ない。施錠された窓から教室をのぞくと、楽器が並べられていた。ブラスバンド部だろうか。階段で屋上に上がってみようとしたが、大きなクモが何匹も巣を張って、よそ者の侵入を拒んでいた。頭上では、相変わらずカラスが鳴いている。

車に戻り、男性宅へ向かう。庭にはユズなどの木々が生えているが、もはや口にすることはできない。雨どい直下に線量計をかざすと16μSV。庭の雑草真上で8μSV、玄関前高さ1mでも5-6μSVに達した。激しく汚染され人の住むことのできなくなったわが家。最初に一時帰宅した際は、庭に牛のものと思われる糞が残されていたという。近所の家では、室内に豚の糞があったと聞いた。雑草が伸びきってしまって玄関から室内に入ることができず、裏の勝手口から入る。掃除をすればいいじゃないか、と思うかも知れない。何回も一時帰宅しているんだから片付ければいいじゃないかと思うだろう。男性は悲しそうな表情で否定した。

「片付けたとして、じゃあ、その先に何があるんですか?来週、来月、来年、またここで生活できるようになりますか?片づけることに何の意味もないじゃないですか」
民の声新聞-浪江中①
民の声新聞-浪江中②
ゴールポストが置かれたままの浪江中学校校庭

では、地面から1mの高さで軒並み7μSVを超し

た(上)

校舎周辺の側溝では、40μSVを超す個所も。こ

の校舎に子どもたちの歓声が戻る日は来るのだ

ろうか(下)


(続)

翻弄され続ける住民たち~続・高線量の伊達市霊山町下小国地区

依然として高線量状態が続く伊達市霊山町下小国地区。小学校では200μSV前後の非常に高い放射線量が計測されたほか、市による「特定避難勧奨地点」の指定に伴い、住民同士のぎくしゃくした人間関係は修復できないままでいる。除染しても安心して生活できるほどまでには下がらないのが実情で、この夏、小学校の屋外プールが使われなかったのがせめてもの救いだ。2カ月ぶりに訪れた同地区で、あらためて放射能汚染の実態と原発事故の罪の重さを実感した


【保護者が動揺する、と高線量を伏せていた小学校】

息子を伊達市立小国小学校に通わせる母親(40)は、息子が持ち帰ったA4判一枚のお知らせに目を通しながら、こみ上げてくる怒りを懸命に抑えていた。

今月19日付で保護者に配られた「学校を取り巻く放射線等の状況について」。

まるで胸を張っているかのような文面。12日に市教委が行ったホットスポット調査で179μSVの個所が見つかったこと、除染をしたこと。そして、「3.9μSVまで下がりました」。

依然として3.9μSVもあるのに「下がりました」とはどういうことか?担任教諭との連絡ノートで)疑問をぶつけると、教頭から自宅に電話が入った。

母親「なぜ、唐突に市教委のホットスポット調査が行われたのですか」

教頭「その前日、ある住民の方から市に連絡があったのです。線量を測ったら高い数値が出たと」

母親は、教頭の口から次々とついて出る言葉に思わず耳を疑った。

「今回、高い値が計測された個所は学校敷地外ですから(学校とは関係ない)」、「ロープを張って立ち入り禁止の表示をし、子どもたちにも近づかぬよう伝えてありますから大丈夫ですよ」。挙げ句には「実は、200μSVほどもある個所があることは、以前から知っていました」と言う始末。

母親は、当時のやり取りを苦笑交じりに振り返る。「呆れるしかないですよね。体育館にフェンス一つで隣接している排水溝なのに、敷地内か敷地外かの問題ではないでしょう。では、あそこにサリンを撒かれたら関係ないのか。変質者がいたとしても敷地外なら対応しないのか。そんなことで、本当に子どもを守る気概があるのでしょうか。それに、『下がった』という言葉は、放射線量が0.9μSV以下になってから使って欲しいですよね。感覚を疑います」。

しかも、学校側は以前からホットスポットがあることを知りながら、これまで一切、保護者に伝えていなかった。市教委の調査が入らなければ、表面化しなかった可能性が高い。

「そういう情報こそ、きちんと保護者に知らせるべきなんです。そうして適切な対応をとることで子どもたちを被曝から守ることができる」と、母親は教頭に抗議をした。教頭は慌てる様子もなく、淡々とこう言ったという。

「皆さんが動揺するといけないのでお知らせしませんでした」

母親は確信した。この学校では子どもを守れない。

だがしかし。

仮に年度途中で転校した場合の子どもの心、購入してまだ5年しか経っていない自宅のローン…。息子にとって何が最善の選択なのか、夫婦の話し合いは続いている。
民の声新聞-②小国小学校
民の声新聞-小国小学校

校門では0.6μSV前後。しかし、屋外プールに隣

接した用水路に移動すると3.0μSVを軽く上回った

=伊達市立小国小学校


【地域のきずな修復のため集団訴訟も】

伊達市は地区全体ではなく、一軒一軒の放射線量を測ったうえで、数値に応じて「特定避難勧奨地点」の指定を決めた。そのため、隣接した住民同士で指定の可否を巡って軋轢が生じた。指定を受けられなかった住民は、やり場のない怒りを他の住民に向け、指定を受けられた住民もまた、なぜか肩身の狭い生活を強いられる。

「コミュニティは壊されたまま。誰一人、加害者ではないのに…」

ある男性(68)は、指定を受けた途端に指定から外された住民から「卑怯者」となじられた。玄関の施錠などせずとも大丈夫なほど平穏な集落に刻まれた亀裂。自ら手を挙げたわけでもないのに悪者になってしまう住民。そこで、小国地区の住民を平等に扱ってほしいと、全世帯への損害賠償金の支払いを求めて東電を相手取り400人規模の集団訴訟を起こす計画が浮上。既に弁護士を交えた話し合いが進められている。

話し合いに参加している住民は言う。「仮に10万円ずつでも賠償金をもらえれば、それを指定から外されてしまった住民に回すことができます。こうでもしないとコミュニティは修復できない」

だが、一度生じた不信感は容易に払しょくされない。指定を受けられなかった住民から「そんなに金が欲しいのか」と声があがったという。関係者は「誤解なんですよ」と話す。

「賠償金を獲得できたら、もちろん指定を受けた住民は金はもらいません。二重取りなんかしませんよ。その金を集めて指定を受けられなかった人たちに均分するのです」

原発事故前の平和な集落を取り戻したい。先の男性は言う。「被害者同士がいがみ合ったって仕方ないんです。壊れてしまった地域を直すには、指定を受けられた人間が率先して声をあげないと先に進みません」。

男性の自宅からほど近い砂防ダムの一角には、除染で生じた汚染土の仮置き場が設けられている。黒や青のシートで覆われた汚染土。宅地だけでなく牧草地の表土はがしも始まった。男性の自宅は10月下旬にも除染が行われる予定になっている。
「除染に向けた市の調査で、雨どい直下は129μSVもあった。これがこの地区の現実です。除染をしても孫を招くことはできないでしょうね。事故前まであんぽ柿とワサビで生計を立てていた同級生は嘆いていますよ。『もう、生きている間はどちらも駄目だろうな』って」

民の声新聞-牧草地の除染
下小国地区では牧草地の表土を削り取る除染

作業が始まっている。汚染土は砂防ダムの一角

に仮置きされる


【除染しても0.9μSVまでしか下がらない】

子どもの顔の高さで1.5μSV。手元の線量計の数値にため息をついていると、近所の女性が「1.5?ずいぶん下がったね。昨年はその何倍もあったからね。それでも高いのだろうけれど、つい、そう感じてしまうね」と話しかけてきた。

女性にとってはこの1年半、怒りと悲しみの連続だった。

栃木県宇都宮市に嫁いだ娘は妊娠したが、原発事故のため実家に戻ってくることができなかった。放射線量が軒並み10μSV近くに達していた。やむなく女性が宇都宮市内のアパートを借りて娘の世話をした。家電製品はリース品を借りた。後に、実費を東電に請求したが認められず、他の住民同様8万円だけが支払われた。「原発事故がなければ不要だったお金なのに、全額自己負担になりました。結構かかったんですよ…」。

今年4月、待望の赤ちゃんが産声をあげた。あげるはずだった。しかし、新しい命は呼吸をしていなかった。那須塩原市内の大学病院に緊急搬送された。脳に重い障害が残ると言われたが、それでも命だけは助かって欲しいと祈り続けた。赤ちゃんは翌日、天国に旅立った。あまりにも早すぎる別れだった。

「今の時代、新生児が亡くなるなんてほとんど聞かないのにね…。原発事故の影響なのか何だか分からないけれど。ここも早く安心して子どもが住めるようになって欲しい。でも、市は『除染目標は0.9μSV』と言っているしね。除染してようやく0.9μSVなんてどうなっちゃっているのか…」

女性の自宅も来月、除染作業が予定されている。市の線量調査では、1mの高さで1-2μSV、1cmの高さではいまだに10μSV近い数値が計測されている。放射線量は決して、下がってはいない。
民の声新聞-試験圃場
作付け再開に向けて試験栽培が始まった水田で

も、空間放射線量は軽く1.0μSVを超える


(了)

「福島の女性と結婚しない」は差別か?~福島の女性と考える被曝と結婚と差別

「福島の女性とは結婚しない方がいい」─。日本生態系協会会長の発言に対し、講演会に出席していた福島市議から反発の声があがった。発言主は釈明に奔走し「今後は発言に十分に注意する」ことで一応の決着を迎えたが、実際に福島県内では、破談の話題を多く耳にする。被曝の懸念が現実として存在する中で、果たして福島の女性との結婚をためらうことは差別なのか。福島にゆかりのある女性に意見を聴いた

【ガンになるかもしれないと人を愛してはいけないの?】

 事の発端は、公益財団法人・日本生態系協会の池谷奉文会長の発言だった。7月に都内で行った地方議員向けの講演会「第12回日本をリードする議員のための政策塾」で、「福島の女性とは結婚しない方がいい」などと発言したとして福島市議が問題視。発言の撤回を求めた。

 池谷会長は「差別する意図はなく発言は撤回しない」などとしていたが、9月4日、「福島の方々だけを特定して結婚しない方が良い、との差別的な発言を行った意図は、全くありません。しかしながら、この間の報道等の論調を見る限り、そうした差別的な部分が強調されさらに大きな誤解が生じ、県民感情を悪化させてしまった事実も十分承知しております。誤解を生じさせてしまった部分の表現につきましては誠に遺憾に思っています。今後、この様な誤解を生じさせることのないよう、発言に十分に注意いたします」とする声明を発表。市議らと和解したと公表し、発言は撤回せずに謝罪した形になった。

 これを受け、福島市出身の20代女性は「発言はもちろん差別だと思います。しかし、この問題発言を「差別だ」と発言することも差別だと思います。そして、この発言を「差別ではないか」と報道することもあまり芳しくないと私は思いました」と話す。

 「人とは違った個性を持って産まれてくる子どもたちは確実に存在しますし、結婚後ガンになる人も確実にいます。福島においてその可能性が高くなっているのも事実です。でも、彼らの存在は放射能の影響であろうがなかろうが、変わりなくこの社会にあります。では、その人たちが産まれてくることは果たして不幸なことなのでしょうか?ガンになるかも知れない人は人を愛してはいけないのでしょうか。産まれてくること、人を愛することを否定されてしまったら彼らは存在してはいけないことになってしまいます。それを口にすることもそうですが、その発言に真っ向から怒ることもナンセンスです」

 そして、こう締めくくった。「例えば、今四肢に不自由があって結婚を悩んでいる女性の目に触れたらどんな風に思うのか、想像してみてほしいな
民の声新聞-結婚差別?②
民の声新聞-結婚差別?①
今年2月、福島市内で開かれたイベントでは、若い

女性たちが将来の結婚・出産や被曝について本音

を語り合った


【原発事故で2人目の妊娠をあきらめた女性】

 「この方の発言だけ聞くとものすごく乱暴な表現だなぁと感じました。『結婚しないほうがいい』ではなくて、表現方法を変えるべきだったかと。このままの表現だと差別的発言というだけで終わってしまいます。しかし、発言の裏に何があるのかをしっかり冷静に見極めるべきです」と話すのは、須賀川市出身の30代女性。「遺伝子に影響が出るぐらいの環境が今の福島なんです。子どもの遺伝情報の解析調査を始めるというニュースも出てましたしね」。
 この女性は、原発事故がなかったら2人目の子どもを授かりたいと考えていたという。
 「友人や職場の同僚は事故後妊娠し、無事元気なベビーを出産しています。でも、私はその決断ができませんでした。事故後、私は水汲みやスーパーに並んだり、自転車で通勤したりしてたので、きっとかなり被曝してると思うのです。そんなカラダで果たして今の福島で元気な赤ちゃんを生んであけることができるんだろうか?と。たとえ生んだとしてもこの環境で元気に育ててあげる自信がありません。まだ迷いはありますが、2人目は諦めました」

 娘の身体を思うと県外避難した方が良いことは分かっている。だが、それができない現実。

 「娘には私のような思いはして欲しくないです。彼女が大人になった頃、どうなっているのか不安です。広島、長崎の時のような差別が起こったら?と考えてしまいます。被曝させないような学校生活を送らせて欲しいと切に願います」と話す。

 「福島での『もう大丈夫』モードが恐ろしくて仕方ありません。差別だ、と発言の撤回だけを求めるのではなく、差別されないように子ども達を守っていけばいい。それをしないで、経済優先、農業優先ばかりじゃないですか。言ってることとやってることが伴ってないように感じます。今の福島は安全なんじかじゃないってことをきちんを示すべきです。それを隠蔽し安全アピールばかりしてるからこういうことになるのかと思います」
民の声新聞
下校途中の小学生。「原発事故当時、福島にいた

ということで結婚してもらえなくなるのではないか」

と危ぐする親は少なくない=福島市内で


【被曝の事実から目をそらさないで】

 いわき市出身で都内に住む20代女性は「結論から言うと差別と考えます」と断言する。

 「法律上、差別とは不合理な区別です。福島の女性と結婚をためらうのは、障害児の出生を懸念するからと推測します。 障害児が生まれるのを懸念するから福島の女性を避けるとなると、障害児と健常児を区別していることになります。ここに合理性はありません」と厳しく批判する。

 一方で「差別とは何か云々の論理を排して感情論で言うと、ためらわれることもあるだろうなとは思います。 障害児を避けるのは差別としても、自分の子となれば健常児を望む人が世の大半でしょうから。差別と思うけれど、ためらうのも仕方ないだろうなという、哀しみとあきらめの混じった気持ちになりますね」と複雑な胸の内を明かした。

 福島県北地域から西日本に自主避難した女性は「高線量の地域では、これから遺伝子損傷と奇形児出産のリスクは高まるのではないかと、チェルノブイリやイラクの例から心配しています。あくまで『リスクが高まる』ですが」と福島原発事故による影響を懸念する。

 「福島はもちろんですが、福島だけでなく他の高線量の地域でも心配されることだと思います。この問題はとても話題に出しにくい、できれば否定したいと私も思いますが、チェルノブイリやイラク、広島の事実があります。皆、この事実から目をそらさずに、自分で考えることが大事だと思います。福島の人の反論、異論は当然あると思いますが、私はやはりもう一度避難について考えてほしいと思います」

  

 いわき市在住の女性は、友人の悲痛な姿を口にした。

 「彼女は5年間交際した県外の男性との結婚が破談になりました。双方の親にも会っていたのに、です。男性の親が反対したそうです。男性は間もなく別の女性と結婚。彼女は心に深い傷を負って家に閉じこもったままになってしまいました」

 福島市・飯坂温泉近くの一家は「将来、娘が結婚してもらえなくなったら困る」と近所の人に言い残して新潟県へ移住した。郡山市の女性は「馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、娘は東京の大学に行かせて、福島出身だということは内緒にさせようかと真剣に考える」と表情を曇らせる。

原発事故は収束などしていないのだ。

(了)

【原発県民投票静岡】請求代表者が県議会で意見陳述~条例が成立すれば実施は来夏か?

浜岡原発再稼働の是非に関する静岡県民投票条例案の審議が19日、静岡県議会で始まった。川勝平太知事は「ぜひとも実現させる方向で議論を」と賛成意見を付けて議会に提案。5人の請求代表者が意見陳述をし、県議らに県民投票の必要性を訴えた。福島原発事故後、大阪、東京では実現しなかった住民投票だが、原発立地県・静岡の民の声は「おらにも意見を言わせてくりょ!、おらの話を聴いてくりょ!」。議会の答えは約1カ月後に出る


【住民投票は重要な手段、と賛成した川勝知事】

「賛意を表します」

本会議の席上、川勝知事は明言した。

「法定数を大きく上回る17万8000もの署名が集まったことは、浜岡原発の再稼働に関し意思を表明したい、県民の意見を県政に直接反映させたいという思いの表れであり、重く受け止めている」と署名数を評価。「住民投票は、議会制民主主義を補完する重要な手段。ぜひ、適正に実施できる方向で議論していただきたい」と県議ら呼びかけた。

一方で、直接請求を行った市民団体「原発県民投票静岡」(鈴木望代表)が県に提出した条例案には「(条文で『条例施行日から6カ月以内に投票を実施する』と非現実的な規定をするなど)不備が多く、誠に遺憾」と指摘。「条例案を作った会の責任は非常に重い」と厳しく批判。それでも、それらの不備を盾に条例案に反対することのないよう、前向きな議論を県議たちに求めた。

浜岡原発の再稼働に関しては「中部電力の原発依存度は幸いにして全国一低く、こうして稼働が停止していても電力供給は余力を持って推移している。中部電力は様々な問題点に関して善処していると考えているが、あくまでも安全確保が再稼働の大前提だとこれまでも言い続けてきている」と述べた。

条例案は今後、総務常任委員会での審議を経て、10月11日に予定されている本会議の最終日に採決される。市民団体の関係者によると、議会第1党の「自民改革会議」、第2党の「民主党・ふじのくに県議団」ともに態度を決めかねている議員が多いが、住民投票に否定的な議員も少なくないという。「特に民主党は背後に原発推進派の連合があり、賛成しづらい。とはいえ知事が賛成に回ってしまった以上、表立って反対もできないので『時期尚早』として逃げるのではないか」との見方もある。

条例が成立した場合、費用負担を軽くする目的から来夏予定の県知事選と同時に実施される可能性もあるという。
民の声新聞-意見陳述
本会議の初日に行われた意見陳述。5人の請求

代表者が計20分間、原発県民投票の必要性を

訴えた=静岡県議会


【原発周辺でも「おらにも意見を言わせてくりょ」】

意見陳述では、傍聴席のあちらこちらからすすり泣きが聞かれる場面もあった。

中村英一さん(48)=牧之原市=が、浜岡原発周辺(御前崎市、掛川市など)での署名活動について苦労したことを話した時だった。

「原発周辺は利害が複雑に絡み合い、日頃から原発のことを口にするのもはばかれます。これは署名なんて難しいなと思ったが、いざスーパーマーケットで署名集めを始めたら、おじいさん、おばあさんが次々と署名をしてくれました」

浜岡原発から2km圏内の店舗で署名集めをしたときは、1時間で300筆を超す署名が集まった。周囲に配慮して口にこそ出さないが、原発事故への不安を抱えている人が少なくないことを肌で感じた。

「福島を見て、いざ事故が起きたら自分の家も捨てなければならないと多くの人が実感したんです」

中村さんは、土地の言葉で県議らに訴えた。

「おらにも意見を言わせてくりょ」

「おらの話も聴いてくりょ」

チェルノブイリ原発事故を機に、放射能市民測定室を立ち上げた馬場利子さん(58)=静岡市=は「もはや『安全だと言うから信じていたのに』という言葉は使えません。浜岡原発は世界一危ないと言われています。住民投票を実施すれば、きちんと子どもたちに説明ができるのです。思惑ではなく、ぜひ数字を検証して条例案を議論してください」と求めた。

浜松市の鈴木恵さん(50)は「署名は住所や生年月日も必要で、ここまで書かないといけないのかと途中でやめる人もいた」と振り返った。「初めは怪訝そうな顔でこちらを見る人が多かったが、大飯原発の再稼働があれよあれよと決められた後から、署名させてくださいと駆け寄ってくれる人が増えました」と、県民の関心の高さ、住民投票に寄せる期待の大きさを説いた。

傍聴席から意見陳述を見守った女性は「私には孫が6人います。その孫たちのことを考えたら涙が止まらなくなりました。孫のためにも原発のない、安全な社会をつくりたいですね」とハンカチで涙を拭った
民の声新聞-傍聴席
力のこもった意見陳述に、傍聴席のあちらこちら

からすすり泣く声が聞こえた。写真の女性は「6人

の孫のことを思うと、早く原発のない安全な社会

を作りたい」と涙を拭った


【知事の賛意は本物か、と怪しむ声も】

川勝知事が県議会に先立つ定例会見の場で住民投票に賛成する意思を表明していたため、この日の発言は想定内。とはいえ、知事が本会議で明確に条例案に賛意を示したことに傍聴席からは喜びの声が多く聞かれた。知事の言葉に大きくうなずく女性もいた。

一方で、関係者の一人は「来年には知事選もあるし、有権者の心をつかむためのパフォーマンスである可能性もある。知事の言葉を額面通りに信じて良いものか」と複雑な胸の内を明かした。「静岡空港建設問題が浮上した当時も、時の知事はずっと建設反対を口にしながら最後の最後で翻したことがある。その手法とどうしてもダブって映ってしまう」。

この点について、若手静岡市議は「川勝知事はもともと住民投票に否定的なわけではないし、ここで否定する理由もない。いつでも県民の側にいるというアピールにもなるわけですから。賛成意見の中で条例案の〝不備〟を持ち出したのは、自民党がそれをもって反対することのないようクギをさしたのでしょう。さすがに自民党もそれはできないと思いますが…。東京都知事は国が決めることだと反対したようですが、静岡は原発立地県ですからね。事故が起きれば県民が直接の被害を受けます。県民はただ、意見を表明する場が欲しいと言えば良いのです。細部はこれからの審議の中でもめば良いのですから」と解説した。

意見陳述のトリを務めた元県議の千石貞幸さん(64)=函南町=は、署名活動を振り返り「野田首相による大飯原発再稼働の決定を機に勢いを増した。黙っていると浜岡も同じことになりかねない、との危機感が募ったのだろう」と話した。

浜岡原発を動かすのか動かさないのか。

それを決めるのは首相なのか、県知事なのか、県民なのか。

さらに、原発政策に民の声を反映させることは議会制民主主義を否定することなのか。千石さんは壇上から県議たちに問いかけた。

「日本より民主主義が成熟していると言われるヨーロッパで、原発に関する国民投票が実施されているのはなぜでしょうか。それは、ひとたび事故が起きれば百年、千年、いや数万年先にまで責任が及ぶからではないでしょうか」
民の声新聞-色紙
原発住民投票では先輩にあたる都民投票のスタ

ッフから贈られた色紙。署名集めに奔走した静岡

のスタッフは「様々なアドバイスをもらい、本当に

感謝しています」

(了)




母子避難中の妻が直面する選択~避難を中止して戻るか、離婚して避難を続けるか

一番頼りになるはずの夫が敵になる─。自主避難を中止して郡山へ戻るか、離婚して子ども達とともに県外避難を続けるか、決断を迫られている女性がいる。夫や夫の両親の反対を振り切るように娘を連れて自宅を後にした女性はその後、夫の暴力に耐えながら、ほぼ休みなく働き続けて娘を育てている。「私のように、夫の理解を得られないで苦しんでいる女性は多いのではないか」。女性は涙を流しながら取材に応じた。原発事故さえなければ起きなかった夫婦の破たん。子を守るための避難がなぜ悪いことなのか。女性の夫は、3月末までに郡山に戻らなければ離婚すると提示している。あと半年。女性の気持ちは揺らいでいる。


【「避難の必要ない」と反対した夫】

 夫とは、初めから放射能に関する考え方が違っていた。

 原発事故後、郡山から会津地方の実家に避難しても、夫は「家は心配だ」と三日で帰宅。「マスクしている奴は馬鹿だ」「テレビでは安全だと言っているじゃないか」「避難する必要なんか無いんだ」と繰り返した。

 「私の実家には居づらかったのかもしれません」。だがA子さん(50)は、東電関係者から職場の上司のもとに、福島原発が非常に危険な状態であるという知らせが入っていることを知っていた。「3号機が爆発するぞ、早く逃げろ」。だから、愛犬も当面の荷物もとりあえずマイカーに積んで実家に逃げたのだ。

 夫の両親も、避難には否定的だった。

 小学6年生(当時)の娘の卒業式が公民館で行われるのを機に一度は郡山に戻ったが、日々、郡山で子どもたちを生活させるわけにはいかないという思いが募った。中学1年生(当時)の長男は部活動で部長に推薦されていたこともあり避難には消極的だったが、娘は学校給食の牛乳に口をつけないなど、被曝の警戒心が高まっていた。東京なら、かつて夫婦で暮らしたことがある。調べたら、子どもをホームステイさせてくれる団体があることを知った。知り合いのアパートに空きが出るまで、せめて子どもたちだけでも福島から離れさせたい─。家族会議での提案を、夫の両親は一蹴した。

 「よそ様に子どもを預けるなんてとんでもない。そんなに避難させたいのなら、あなたが仕事を辞めて一緒に行きなさい」

 A子さんに迷いは無かった。

 「分かりました。仕事は辞めます」

 夫は、月に2回は郡山に戻って家事をすることを条件に避難を渋々認めた。息子はやはり、郡山に残った。娘は東京都私学財団の編入試験を受け、9月1日から都内の私立中学に通うことが決まった。母子2人の避難生活が始まった。昨年8月のことだった。
民の声新聞-提供写真③
2011年4月20日付の福島民報。「この記事を読

み、県外避難しようと決意しました。郡山市で屋

外活動が制限されたのは、薫小学校1校だけで

した」とA子さん


【娘の水筒持参を禁じた学年主任】

 A子さん(50)は学生時代、故・高木仁三郎氏の著書を読んで初めて、放射性物質や被曝の危険性を知った。その衝撃は今でも鮮明に覚えている。

 「放射線への恐怖心」から3月末に一度郡山に戻った後も、子どもの被曝回避のために中学校や市教委に何度もかけあった。

 当然、被曝の話題が出るだろうと出席した入学式。しかし、校長の口から原発事故に関する言葉は最後まで出なかった。学校に電話をした。「市教委から何も指示がない以上、なにも言えません」。

 水筒持参を巡っても、学校は驚くべき対応をした。

 学校給食で出される牛乳を飲まなくなった娘を見て、担任が水筒持参を認めた。だがその夜、今度は学年主任から自宅に電話が入る。「水筒ではなく紙コップを持参させてほしい。それで学校の水道水を飲んでもらいます」。学年主任の説明では、かつて校内が荒れていた頃に校則で飲み物の持ち込みを禁じたという。有事の認識もかけらもない教師にどれだけ失望したことか。水筒持参は後に、窓を閉め切ることによる熱中症対策で、今度は学校側が奨励することになる。「被曝回避のためではいけないのに、熱中症対策なら水筒を持って行って良いなんて、考えられません」。

 放射線量の測定も信用できなかった。

 道路一本隔てた小学校では、校庭の地上50cmで郡山市内でも非常に高い数値が計測された。しかし、子どもの通う中学校では地上1mで計測したため「健康に影響はない」との判断。校庭で体育座りをする子どもたちの姿に胸が痛んだ。ここにいてはわが子を守れない。学校の対応は、県外避難を加速させる要因の一つであった。
民の声新聞-提供写真②
学校に張り出された臨時休校のお知らせ。結局、

郡山市内の小中学校は3月末まで休校すること

になる


【疲労困憊の身体に夫の暴力】

 原発事故後に5kg減った体重は、その後も戻っていない。

平日は朝から夕まで派遣の事務仕事。週末は高速バスで郡山に戻るのと、試験監督のアルバイトを隔週で続けている。高速バスは片道3000円ほどの狭い車内。フルタイムで働く身体が悲鳴を上げる。そこに最近、さらなる追い打ちをかける出来事が続いている。夫の暴力だ。

 先日は、拳で頭を殴られた。首や腰を痛め、DVに理解のある医師が書いてくれた診断書も持っている。脱サラして国家資格を取得した夫。原発事故でこれまでの努力を台無しにされてはたまらない、という夫の気持ちも分からないではない。だが、原発事故を境にすっかり変わってしまった夫と今後も人生を歩んで行かれるのか。自信は無い。

 本来なら一番身近で、最大の理解者であるはずの夫。しかし、今や完全に「敵」になってしまった。ねぎらいやいたわりの言葉など、一度もかけてもらったことはない。

 東電から支払われた100万円を超える自主避難者向けの賠償金がある。それを半分渡してくれれば生活費に充てられる。しかし、夫は高速バス料金として少しだけ渡すばかり。家族4人の携帯電話料金は、未だに自分のクレジットカードで支払っている。

 夫のいらだちは、愛犬のフレンチブルドッグにまで向けられるようになった。娘のために夫が買ってあげた犬にまで向けられる暴力。「目に見えないものの怖がり方がたまたま違ってしまったんですね。夫にとっては人生をかけて建てた家ですから、そう簡単には離れられないし、離れた私を許せないのでしょう」。

 友人とミュージカルを観に行ったことが夫の耳に入ると「東京が楽しいんだろう」となじられた。実際は、友人に招待券をもらっての観劇だった。最寄駅までの電車賃さえ惜しみながら行った、ささやかな息抜き。それさえ、理解してもらえない。

 夫や息子を置き去りにして逃げた酷い嫁、と自分を責めたこともあった。しかし、子どもを少しでも放射線量の低い土地へ逃がすことが非難されるような風潮はやはり、絶対におかしいと思う。

 「私のように、夫の理解を得られずに苦しんでいる女性は多いと思います。声を挙げられずに悩んでいることでしょう。母子避難をしている女性たちは、そろそろ戻るべきか悩み始めているのではないでしょうか。こうやって私がお話しすることで、苦しんでいる女性の何かの役に立てばうれしいです。あなただけが苦しんでいるんじゃない、と言ってあげたい」

 夫は最近、新たな条件を提示してきた。来年3月末までに避難を中止して郡山に戻らなければ離婚するという。帰るべきか、避難生活を続けるべきか。息子の高校受験が終わるまでは事を荒立てたくないという思いもある。

 A子さんは言う。

 「全てが何も決まっていません」
民の声新聞-提供写真①
郡山市内のA子さん宅。整理ダンスから本棚が

落ちるなど、被害は小さくなかった

(写真は全てA子さん提供)

(了)

被曝に障害の有無は関係ない~世界初の視覚障害者向け「しゃべる線量計」

福島で開発され商品化された視覚障害者のための「しゃべる線量計」が、世界に向けて売り出されることになった。開発に奔走したのは、福島県盲人協会専務理事で県点字図書館長や県視覚障がい者生活支援センター所長を務める中村雅彦さん(65)。11月に都内で催される視覚障害者のためのイベントで披露されるほか、タイ・バンコクで開かれる世界盲人大会でも紹介される。中村さんによれば、放射線量を音声で示す線量計は世界初。福島原発事故は、被曝の危険性が障害の有無に関係なく及ぶことを改めて浮き彫りにした。「しゃべる線量計」は、視覚障害者が身の回りの放射線量を把握し、自分の身を守ることの一助になっている。

【障害者自ら放射線量を確認し、身を守るのは当然】

 原発事故後、集まりがあるたびに視覚障害者から音声で放射線量を知らせる線量計への待望論が相次いだ。福島県によると、県内の視覚障害者は約6100人。声で知らせる体温計や体重計はある。だが、未曽有の緊急事態にもかかわらず、自分の力で身近な放射線量を確かめることができない。夏になると福島県内にも広く線量計を持つ人が増えたが、どれも画面に表示されるばかりで、耳で認識することができない。知りたい、確かめたい─。肝心の地元放送局は放射線量をテロップで流すばかり。新聞の細かい文字が認識できようもない。一方で、ラジオ局の放送からは、ただならぬ雰囲気が伝わってくる。

 「住まい周辺の放射線量を知り、高ければ避けるようにするのは障害者も同じです。でもね、人に尋ねているばかりではプライドが許さないのです。やはり人間ですからね。自分で確かめたいと思うのは当然です」

 付き合いのある視覚障害者からの要望の多さを受けて中村さんは世界中のメーカーを探したが、音声式の線量計はない。秋になり、福島生まれの線量計「ガイガーFUKUSHIMA」が開発されたことを知り、製作にあたった三和製作所(安達郡大玉村)に打診。「なんとかできるのではないか」との回答を得て、本格的に開発に乗り出した。

 「とにかく地元で作ろうと。さすがに多くのコストがかかりました。まず基盤を作るのに200万円かかる。私にはそんな大金は用意できない。でも熱意が伝わったのでしょうか、後の販売代金で賄うということでやってくれました」(中村さん)

 苦心したのは、既にある「ガイガーFUKUSHIMA」にどうやってスピーカーを取り付けるか。上部に音量を調節するつまみを付けているが、それを何ミリ出せば邪魔にならずスムーズに回せるか、合成音声の周波数は何ヘルツにするか…。試作は続いた。音声は実際に視覚障害者に聴いてもらい、1500ヘルツに決まった。取扱説明書はCDで用意した。こうして企画立案から2カ月で、世界初のしゃべる線量計は誕生した。

 放射線量は、左側面のオレンジ色のボタンを押すと「れい、てん、いち、はち」などと流れる仕組み。計測中は「チッチッチ」と細かい音が流れていて、線量の高い場所では音が小刻みになるようになっている。

 中村さんは、梱包用の箱も地元の菓子箱製造メーカーに発注するなど、細部まで「made in FUKUSHIMA」にこだわった。「価格が5万円と高くなってしまったのですが、地元行政を中心に200台は売れました。行政は無料貸し出しに活用してくれているようです」

 バンコクでの世界盲人大会で披露されるのは、英語版のしゃべる線量計。線量計が必要になるような事態は歓迎しないが、必要なのが現実。世界中の視覚障害者に届くよう、販売ルートの拡大に奔走することになる。
民の声新聞-しゃべる線量計①
民の声新聞-しゃべる線量計②
福島県盲人協会が開発した「しゃべる線量計」。

側面のボタンを押すと放射線量を声で知らせる。

英語版では「ワン・ポイント・ゼロ・エイト」


【知人からもらった線量計を読めない】

 二本松市から福島市内の点字図書館に通っている男性職員(30)が放射性物質の拡散を実感したのは3月20日頃のことだった。

 震災後、地元ラジオ局の放送ばかり聴いていた日々。

 「初めの頃は、そこまで深刻だという認識はなかったんです」

 ラジオでは、「レントゲン撮影数回分の線量です」という〝安全〟アナウンスが繰り返された。浜通りの原発が水素爆発を起こしたことは知っていた。しかし、漠然とした不安で心がもやもやとするばかりで、「恐れるべきかどうかさえ、良く分からなかった」。
 そこに飛び込んできたラジオニュースで、ようやく緊急事態の一端を知ることになる。

 「福島市で20μSVが計測されたというんです。ヤバいことになっているんだと、初めて実感しました」

 ちょうどその頃、インターネットで交流している趣味の鉄道愛好家仲間が線量計を送ってくれた。自宅の周辺を家族に測ってもらったら、1.5-2.0μSVもあった。危機は遠い街での話ではなかったのだ。

 しかし、線量計の数値を目で確認することは叶わない。男性は生まれつき全盲。インターネットも、読み上げソフトを活用している。線量計を職場に持参して計測してみたが、屋内にいる他の職員のもとに線量計を持って行くうちに表示された放射線量は下がってしまい、正確な数値を知ることができない。常に誰かが横にいて測れるとは限らない。そんな中で開発されたのがしゃべる線量計だった。

 「リアルタイムの放射線量を自分で確かめることができるのがこんなにも良いものかと思いました。携帯電話ほどの大きさだから持ち運びにも邪魔にならないし、地面すれすれにかざしても音が聴こえますからね」

 自宅のある二本松市は政府による避難指示対象地域ではないが、決して放射線量が低いわけではない。しかし、具体的に避難することを考えると、やはり不安が大きいという。

 「避難所に行くにしても、大勢の人で混雑している中で生活していくのは大変だろうと思います。ましてや県外避難なんて…。そもそも、そこの地域に視覚障害者すら就労の機会が少ないなかで、『他県から来ました』と言って果たして雇ってもらえるのでしょうか」
民の声新聞-福島県盲人協会
デイジー(デジタル録音図書)の編集をしている

ボランティアスタッフ。最近は、点字図書よりデジ

タル録音図書へのニーズが高まっているという

=福島県点字図書館

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【18カ月目の福島は今】依然として高線量地点が点在する福島市東浜町

福島競馬場の裏手、阿武隈川が流れる福島市東浜町は、原発事故から1年半が経過しても依然として放射線量が高い住宅街。売りに出された空き地の中心で1.0μSVを超すのは珍しくなく、側溝になると2μSVを上回る。河川敷では3μSVに達しそうな勢い。人口28万4000人のうち避難者は1万人にとどまっている福島市。東浜町の現状は、放射線量の低減・被曝回避が決して着実に進んでいるわけではない実態を浮かび上がらせる

【バス運転手の懸念と悔恨】

 半年ぶりに訪れた福島交通の本社(福島市東浜町7-8)。路線バスや高速バスがずらりと並ぶ広大な駐車場の一角にある側溝は、3月に訪れた際に10μSVに達した。今回、その一部から敷地外の側溝に水が染み出している個所があった。線量計が激しく反応する。近づけると数値は一気に上昇し、11μSVを超す。放射線量の低減は本当に進んでいるのか。モニタリングポストの数値からは浮かび上がらない汚染の実態がここにある。

 「ああ、あの辺りね。山が近いし下水処理場もあるから、除染をやってもやってもね…」

 バスの運転手が、タバコを吸いながらため息をつく。

 原発事故以降、東浜町はずっと空間放射線量の高い状態が続いている。同社から100mほど離れた歩道では、側溝のフタの上に立つだけで、線量計の数値が2μSVを超えた。高線量地域に出勤する運転手たち。同僚には女性運転手もいる。年下の若い男性もいる。健康への影響が気になるが、どうすることもできない。

 この運転手にも、小学生以下、3人の息子・娘がいる。

 「もちろん、気を付けていますよ。なるべく線量の低い所で遊ばせるとか、あまり長い時間屋外で遊ばせないとか。何がどうなるか分からないのですから。食べ物に関しては、全国の食べ物を測って欲しいですね。ただ福島産だけを測っても比較ができない。自然放射線もあるわけで。どの数値を信じたら良いのか分からなくなる時もあります」

 春、花見山が色とりどりの花で染まった。運転手はシャトルバスの運行に携わった。まるで、そのことを懺悔するかのようにつぶやいた。

 「線量の高いあぶくま親水公園から、線量の高い花見山までお客さんを運んでいたんですからね。何やってんだか…」

 同社は原発事故から4カ月後の昨年7月、社員総出で敷地内の除染作業を行った。その後、除染作業を実施したか否かについて同社総務部は「担当者が席を外しており分からない」と答えるにとどまった。
民の声新聞-福島交通②
民の声新聞-福島交通①
民の声新聞-側溝の真上
福島交通本社の側溝は、依然として11μSVを超す。

付近の側溝でも2μSV超。着実に下がっているのは

モニタリングポストの数値だけ


【立ち入り禁止にすべき阿武隈川の河川敷】

 コスモスの可憐な花が咲き始めている阿武隈川の河川敷では、市シルバー人材センターの男女が炎天下で大汗をかきながら草刈り作業をしていた。

 「何か調べものですか?」

 作業中の男性がこちらを見て声をかける。手元の線量計はずっと1.3-1.4μSVを表示したまま。それを伝えると「そうですか…。相変わらず高いですね」を苦笑した。その傍らでは、刈り取った草がごみ袋に詰め込まれ、トラックで運ばれている。荷台からあふれんばかりの量の汚染雑草。線量計を近づけると、当然ながら2μSV近くに達する。汚染された雑草は、通常の「可燃ごみ」として廃棄物焼却場で燃やされる。悪意はないのだろが、〝燃やして拡散〟が今日も続けられているのだ。

 ここには、福島競馬場を営む日本中央競馬会(JRA)が提供したテニスコートがある。コートに立つと、線量計は2.6μSVを上回った。ここでテニスに興じる人はさすがにいないが、河川敷は全面的に立ち入り禁止にするべきだ。高線量スポットが立ち入り自由になっているのが現実なのだ。

 土手の上の遊歩道では、高校生が部活でランニングをしている。「放射線による被曝が気にならないか」などという質問はもはや愚問でしかない。尋ねたところで「気にしていない」と答えるか「気にはなるが、ここで生活している以上、しかたがない」と答えるかのどちらかだ。だから、大人が線量の低い場所を選んでそちらに誘導してあげなければいけない。教師がそれを実践していないことがよく分かる。

 東浜町の一角に、しばらく前から売りに出されている更地がある。中央に立つと手元の線量計は1.0μSVを超す。この土地を購入する人に、不動産会社は放射線量を伝えるのだろうか。除染は誰の責任で行うのだろうか。

 行政は「放射線量は着実に下がっている」と懸命に喧伝する。しかし、これが福島市の現実。子どもたちの被曝は現在進行形だ。
民の声新聞-シルバー人材 民の声新聞-阿武隈川河川敷
民の声新聞-東浜町
阿武隈川の河川敷では、シルバー人材センターの

男女が草刈りをしていた。近くに日本中央競馬会が

提供したテニスコートがあるが、2.6μSVを超す。

一番下の写真は売りに出されている土地。1.0μSV超


(了)