【22カ月目の福島はいま】郡山の親たちが抱く被曝への不安
尋ねれば誰もが、放射線量など気にしていないと言う。しかし、ある父は息子に告げた。「もう、郡山には戻ってくるなよ」。ある母親は、高校生の娘の被曝が深刻でないことを祈る毎日。表向き平静を装っても、心のどこかでやはり、わが子の被曝を心配している。雪深い郡山市内を歩き、複雑に絡み合う親心を耳にした。除染が進んでいるから安心だと喧伝する行政の思惑とは裏腹に、郡山にとどまる人たちもまた、不安を抱えながら生活している。
【仙台の息子に「郡山には戻るな」と告げる父親】
「久しぶりですよ、こんなに積もったのは。子どもの頃は40㎝くらい積もったものだけどね。まあ、この雪のおかげで放射線量は下がっているんだろうけど」
自宅周辺に降り積もった分厚い氷のような雪と格闘していた50代の男性(本町)は、スコップを手に苦笑交じりに話した。近くを東北本線や磐越西線が走る。生まれも育ちも郡山。家を建て、息子も育て上げた。だが、大学を卒業後、仙台市内で働く息子には「もう、郡山には帰って来なくて良いよ」と話しているという。もちろん、被曝を考慮してのことだ。
「まだ20代ですしね。私たちには、何マイクロシーベルトで身体に影響が出るのか分かりません。自分はもうこの年だし、生まれ育ったふるさとは離れられない。せめて、子どもだけは守らないと。それに、福島で生活していると、嫁さんが嫁いで来てくれないでしょう。心配する親御さんの気持ちも分かります。逆の立場だったらきっと、私もそうだと思う。実際、阪神大震災だってわれわれにはどこかで他人事だったわけだから。そういうのは風評被害だと思うけれど、仕方ないよね。息子には肉体的にも精神的にも苦痛を味わわせたくないんです。だから戻ってくるな、と言っているんです」
男性の自宅周辺は、手元の線量計で0.4μSV前後。いまだ除染の予定はない。日々の生活に追われ、近くのモニタリングポストの数値を時折、確認する程度。「それだって、放射線量を知ったところで何をするわけではないよ。マスクをするわけでないし…」。
県外の人の反応を「風評だ」とする一方で、息子の被曝も心配。親としての想いとふるさとへの愛着が複雑に絡み合うまま、原発事故から間もなく2年になろうとしている。
「ここで生活していくしかない以上、マイナスのことばかり考えても仕方ないからね…」
(上)0.3μSVを超す松木稲荷神社
(下)JRの行合街道踏切では0.4μSVを超した。
低い数値に見えるが、単純換算で年3mSVを上回る
【積雪で進まない除染作業】
水面がうっすらと凍っている荒池公園。郡山市内でも放射線量の高い地域の一つ。池の周辺は一面の銀世界だが、手元の線量計もモニタリングポストも0.5μSVを上回った。積もった雪が溶けて地表が顔を出せば、さらに放射線量が上がる。
周辺住民が利用している駐車場では、15-16の二日間にわたって「郡山市除染支援事業協同組合」による除染作業が予定されていたが、雪のため延期された。
作業員の一人は「アスファルトを高圧洗浄する予定でしたが、雪があっては除染になりません。これじゃ、雪かきに来たようなものです」と弱り顔。洗浄した汚染水は回収し、汚泥と分離させ、汚染土は除染をした場所の近くに仮置きされることになるという。分離後の水は生活排水と一緒に下水処理場へ送られる。
郡山市によると、同組合は除染に携わる業者の集まり。「あくまで任意団体の一つだが、作業能力を考えると実際に発注できているのは大手ゼネコンと組合の二つ。零細業者が新規参入するのは現実的には難しいのが実情」と担当者は話す。
郡山市内では順次、地区ごとに住宅除染の進め方などについての住民説明会が開かれている。住民は敷地内に汚染土の仮置き場を用意する必要があるほか、同意書への署名が求められる。応じない場合は、高圧洗浄だけが施されるという。放射線との〝同居〟は結局、続く。
母親の一人は「除染に多額の金を使うのなら、子どもたちの避難や保養に予算を充てて欲しい。県外保養に参加できる子どもとできない子どもと間に格差が生じてはいけないと思う」と話す。
(上)足がすっぽりと埋まってしまうほどの雪が積も
っていても0.5μSVを超す荒池公園。市内でも依然
として放射線量の高い地域の一つ
(中)(下)荒池付近の駐車場では高圧洗浄による
除染が予定されていたが、雪のため延期された
【母親の不安は高2の娘の内部被曝と結婚差別】
「放射線量への慣れとあきらめじゃないですか」
池ノ台地区に住む40代の母親には、高校2年生の娘がいる。合格発表は、原発事故の直後。同級生の中には、合格したものの入学せず、そのまま県外の高校へ編入した子どももいた。郡山に残って生活をしている娘が被曝していないか、3月に受ける内部被曝検査(WBC)の結果が今から心配でならないという。一方で、原発事故がもたらした友人との軋轢にも心を痛める。
「様々な事情があって全員が県外に避難できるわけではありません。私もそう。県外に避難した友人と話をしていると、考え方の相違でけんかになってしまうのが残念です。議論をしても仕方ないから結局、距離を置くことになってしまう。避難をするもしないも、どちらの選択も尊重してほしいのですけどね…」
将来の娘の結婚に関しても、不安があるという。
「結婚差別は今から覚悟をしています。かわいそうですよね。世の中には放射線だけでなく化学物質など人体に悪影響を及ぼすものはたくさんあるのに…」。様々な考え方と避難できない事情と間で葛藤は続く。親としては当然のことだが、娘には健康で幸せになって欲しい。勢い、矛先は福島県外で飛び交う言葉に向けられる。
池ノ台地区は、市のモデル事業として昨年の2月以降、住宅の除染が行われた。しかし、母親は「除染なんて気休めでしかありませんよ」とため息をつく。
(上)積雪にもかかわらず0.7μSVを超す「麓山の杜」
(中)(下)郡山市役所があるバス通り「さくら通り」沿い
は、依然として0.5μSVを超す高線量
(了)
わが子を内部被曝から守りたい~行政は母親の叫びを聞け~福島市で「食」のワークショップ
「子どもの『食』を考えるワークショップ」が14日、福島市内で始まり、食べ物を通したわが子の内部被曝を避けようと考えている母親らが、日頃の不安や行政の対応に対する不満などを語り合った。市教委に一方的に決められた、学校給食への福島市産米の使用。内部被曝を口にすると孤立する風潮。弁当持参へのジレンマ…。被害者であるはずの母親たちが口にしたのは、時間の経過とともにわが子を守りにくくなっている福島の実態だった。
【1人だけ給食を食べないとクラスで孤立する】
「担任に相談しても解決できない。どうすれば良いのか」
「除染で生じた汚染土の仮置き場も給食への福島米使用についても、すべて決まってしまってから市民に知らされる。市民を守るのが行政ではないのか」
「福島市に暮らしているだけで外部被曝を強いられている。そのうえ内部被曝までさせられたくない」
地産地消の名の下に進められる学校給食への福島米使用。福島市でも今月から、会津産米から福島市産コシヒカリへの切り替えが決まっている。だが、保護者へのアンケート調査も行われず、「給食は安全との考え方と矛盾する」と、市教委は積極的に弁当持参を認めることもしない(本紙2012年12月18日号 を参照)。
ワークショップでは、「給食そのものが悪いのではない。プロセスの問題だ」と、市教委の対応への批判や学校給食を取り巻く苦悩が噴出した。
ある母親は「子どもに弁当を持参させるとストレスになります。6歳の娘にとっては、ものすごいストレスです」と、学校給食と自作弁当のはざまで悩む心情を吐露した。娘だけが母親の作った弁当を食べればクラスで孤立してしまう。内部被曝はあきらめて、学校給食の一食分だけ皆と同じように食べさせれば良いかとも考える。しかし、それでは、日頃の注意が無駄になってしまうのではないかとも思う。せっかく家では気を付けて安全な食べ物を与えているのに…。
「どこかで折り合いをつけなきゃいけないのは分かっているんです。でも…」。答えは見つからない。
別の母親は「私、内部被曝を気にしてますって言いづらくなっている。皆の前ではつい、食べ物のことなんか気にしていないと装ってしまいます。そういう風潮が広がっているなかで学校給食に福島米を使うことは時期尚早だと思う。アンケートで保護者の意見を聴いてからにしてほしい」と訴えた。
「内部被曝を気にしていますと言いにくくなっている。
つい無関心を装ってしまう」などと、本音が飛び交っ
たワークショップ=福島市曽根田町の「アオウゼ」
【声をあげ続けるのに疲れてしまった】
「本当は給食を子どもに食べさせたくないんだけれど、仕方なく我慢をしている母親がほとんどだと思う。でも、声をあげ続けて疲れてしまったり、『どうせ言っても』とあきらめてしまったりしている。どうしたら良いんだろう。分かりません」。ある母親の言葉は、原発事故からもうすぐ2年になる今、わが子を守りたいと闘い続けてきた母親たちの手詰まり感を如実に表している。実際、福島市議会に提出された学校給食に関する請願は、賛成少数で不採択とされた。「元気に意見を言えるような人は、福島県外に避難してしまっている」という意見もあった。
一方で、こんな本音もある。「私は働いているので、給食を廃止されてしまって弁当を作るようになったら、かなりの負担になります」「弁当を作るのは私にはできません。給食費が値上がりするとしても、安全な給食を提供してほしいです」
これには多くの母親がうなずいた。共働き夫婦が増えているいま、学校給食には栄養や食育以外の意味合いもある。だが、1人の母親の言葉に、さらに賛同は広がった。
「確かに大変です。でも、クラス全員が母親の作った弁当を持たせた方が、安心感は得られます。弁当を食べてる子どもが差別されることもありません」
わが子を守りたいという、ごく自然な考えや行動が孤立を生む不条理。子どもや母親に我慢を強いることが教育か。
「お母さんたちの間で内部被曝について話題にも上らないのが現状です。話題にしにくい。夫婦間でも意見の食い違いが起きています」
福島市教委の〝独断〟で決まった学校給食への
福島市産コシヒカリ使用。参加者の多くが「保護者
へのアンケート調査を」と求めた
【風評被害と言わず実害と向き合って欲しい】
ワークショップは、大内雄太福島市議が中心となって開催。「CRMS市民放射能測定所 福島」の丸森あやさんも出席した。福島市内だけでなく、東京や横浜、宮城県丸森町からの参加者も。15日も10時から開かれる。
フリートークでは学校給食だけでなく、「除染をして放射線量が下がった個所だけが公表されている。その数値を信用している市民も多い」「除染は一度限りではなく、定期的に行って欲しい。汚染土の仮置き場の放射線量も表示してほしい」など、除染も話題に上がった。
「汚染は風評被害ではない。なぜ実害と向き合わないのか」との声も。「原発事故を無かったことにする動き、震災前に戻そうとする動きが母親にとっては怖いんです」という母親もいた。「情報があまりに錯綜していて、本当に欲しい情報が得られない」という悩みも。
丸森さんはこんな言葉で会を締めくくった。
「私たちはテロリストではありません。何もとんでもない話し合いをしているわけではないんです。今日出された意見も、乱暴なものなど何一つありませんでした。常識的な意見ばかりでした。行政はどうやって住民の意見を聴いたら良いか分からないんです。このような会を今後も設けて、行政に皆さんの想いを届けましょう」
わが子を守りたいという母親は、変わり者でもモンスターでも無い。
(了)
ふるさとに帰りたい想いと帰れない現実~避難先で2度目の成人式を開いた浪江町
多くの町民が避難している二本松市で13日、浪江町主催の成人式が開かれ、202人の新成人が出席した。昨年に続き、避難先での成人式。国や行政が早期の帰還に向けて力を入れる中、新成人の誰しもが「帰れるものなら帰りたい、でも…」と苦しい胸の内を語った。未だ収束を迎えていない福島原発事故。激しく汚染されたふるさとや被曝について、新成人に会場で聴いた。
【被曝が心配だから町には帰らない】
浪江日本ブレーキで働き始めた矢先に原発事故に遭った男性(津島地区)は、羽織袴姿で式典に出席。無骨そうな外見とは対照的に「工場ごと茨城県内に移転しました。仕事をさせてもらっているだけでありがたいです」と、しみじみと語った。
「原発事故直後ほど放射線は意識しなくなったけれど、現実問題としては町に戻るのは難しいでしょうね。そりゃ、浪江町に生まれ育ったんだから、地元で働きたいですよ。でもね…」
東京都江東区から会社員女性は、浪江小学校時代のクラスメイトとの再会を喜んだ。タイムカプセルに入れた自分への手紙を読みながら「もう、町には戻りたくないです。将来、子どもを出産することを考えると怖いですから」と言い切った。福島市内でアルバイトをしている友人の女性も「今のように時々戻るのなら良いけれど、町でずっと生活するのはできないかな。被曝を考えると」と複雑な想いを口にした。
愛くるしい笑顔が人気を集めていた女児は、原発事故直後の2011年5月に誕生。シングルマザーの母親に抱かれて出席した。
母親は「千葉県内に避難していましたが、先月から二本松市内の仮設住宅に子どもと入居しています。今は仕事をしていないので母子家庭への公的手当てをもらいながら生活をしています。これからの生活を考えると不安でいっぱいです」と話した。いずれ町への帰還が本格化したとしても「娘への被曝が心配ですから帰らないと思います」と愛娘の手を握った。
二本松市内で開かれた、浪江町の成人式。津波で
亡くなった吉田壽和さんを含め202人が晴れの日を
祝った
【成人式は旧知の友との再会の場】
「今どこにいるの?」「元気だった?」「頑張ってね」─。会場では、新成人よりも保護者や祖父母など家族の姿が多く目立った。式典は、全町民避難でバラバラになってしまった町の仲間の再会の場でもあるのだ。
いわき市に避難している40代の女性は、息子はまだ高校生。しかし、静岡県に避難した友人が子どもと共に式典に参加するため、自家用車で駆け付けたのだった。
「友人と再会するのは震災以来です。ここまで2時間弱かかったけれど、静岡までは行かれませんからね。他の人と会うのも楽しみです。成人式が町で行われていた頃より、今日は保護者は多く集まっていると思います」
着のみ着のままで避難を始めてから22カ月。一時帰宅をするたびに、哀しみが募るという。
「家の中も外も荒れ放題のまま。大きな揺れで部屋中が酷い状態のままで避難してしまったので、余計に状態は悪いですよね。ネズミなども増えているようですし。あんな状態では、町に戻って再び生活をするというのは現実問題として難しいのではないでしょうか」
今も10μSVを超す高線量の大堀地区からいわき市に避難中の会社員男性は、ホールボディカウンター(WBC)による内部被曝検査を受けた。「問題ないと言われましたが、本当に被曝をしていないか心配です。戻りたいですよ、やっぱり。でも、実際には戻って生活をすることは無いと思います。身体が心配ですから」。何年経っても元のような町での生活には戻れないことを、町民自身が一番良く分かっている。
(上)原発事故直後の5月に誕生した女の子は1歳7カ月。
新成人のママと一緒に会場を訪れた。母親は「この子の
身体を考えると町には戻れない」と目を伏せた
(下)成人式会場となった二本松市役所安達支所に設置
されたモニタリングポストは0.3μSVを超えていた。町民
は避難先でも被曝を強いられているのだ
【原発を容認する新成人と担任教諭の想い】
一方、宮城県内の大学に通う男性(権現堂)は「福島原発事故があってもなお、日本に原発は必要だと思う」ときっぱりと話した。
エアコンなど機械の電子制御について学んでいるという男性は「全国で脱原発運動が盛んになているが、浪江町を利用しないで欲しい。原発を全て止めてしまったら電気料金がはね上がり、産業の空洞化がますます進んでしまう。僕の就職先も無くなってしまう」と語り「無くすのではなく、技術革新でリスクを減らす方向で考えた方が良いと思う。脱原発を訴える人達だって電気を浪費しているくせに。でも、こういう考え方はここにいる人の中では特異なんでしょうけどね」と苦笑した。
未曽有の原発事故から3月で丸2年。浪江町民の避難生活は先が見えないまま。浪江中学校で新成人の担任をしていた日野彰教諭は、教え子たちにこんな言葉でエールを送った。
「成人式を迎えるみなさんと家族の方々のことがとても心配です…周囲では復興という名のもとに、震災・原発事故を風化させようという動きが加速しています…新成人のみなさんには『がんばれ!』とは言いません。疲れたら休んでもいいのです。とにかく、心身ともに健康でいてほしいと思います。原発事故はまだまだ収束していません。長い目で見て、焦らずゆっくりと、浪江町そして双葉地方を復興させていきましょう」
政府の「収束宣言」が空虚さをますます強めたまま、202人の新成人たちは祝宴を終えて避難先へ戻って行った。
(上)成人式では、葛尾村の吉田裕紀さんの遺影も掲げ
られた。請戸地区の吉田壽和さんの車に同乗していて、
2人とも津波に命を奪われた。新成人の父親が「小学生
の頃から息子と仲良しだったから」と親の承諾を得て持参
した
(下)津波で壊滅した請戸漁港では、いまも漁船が横
たわったまま=2012年10月撮影=
(了)
母子避難でも都立高受験が可能に~県外避難へ一歩前進も、遅すぎた都教委の決定
「一家転住」の原則のため福島の中学生に都立高校への受験資格が与えられなかった問題で、都教委は災害救助法適用地域の中学生でも、両親のどちらかと入学までに都内に転居することを条件に受験資格を与えることを決定。7日付でホームページで発表した。今後は、津波などで両親を失い、都内に身元引受人がいない子どもに対しても受験資格を与えられるよう検討する方針。依然として放射線量の高い福島県から、被曝回避のために母子避難を続けている親子には朗報だが、これまで杓子定規な対応を続けてきた都教委への批判も少なくない
【「従来の規定では受け入れられなくなった」】
都教委高等学校教育課入学選抜係によると、2月8日に願書が締め切られる今年度の入学試験(2月23日実施)から、「平成23年3月11日現在、東日本大震災による災害救助法適用地域に住所を有し、被災により、引き続き当該地域に在住することが困難となった」中学生に対し、「父又は母、どちらか一方と入学日までに都内に住所を有する」または「都内に身元引受人がおり、身元引受人の元に転居し、身元引受人と同居する」ことを条件に都立高校の受験資格を与えることになった。
都教委はこれまで、東日本大震災の影響で住民票を移さないまま都内に避難し、都内の中学校に在籍する子どもに関しては、都立高校への受験資格を与えてきた。一方で、福島県など被災地域の中学校に在籍したまま受験し合格を機に都内に転居することは、大原則である「一家転住」ではないとして許されなかった。
9月の入試要項発表以降、被災地の中学校に在籍する子どもの保護者から「補償の関係上、住民票は移せないが、何とか受験できないか」などと問い合わせが多く寄せられたことから、特例を認めることにしたという。担当者は「放射線量が原発事故直後に比べて落ち着いてきていることや友達との関係などで、高校進学を機に都内に移りたいという声が増えてきたが、節目が受験になってしまうと都教委の規定に当てはまらなくなってしまい、はざまになってしまっていた。もはや従来の規定では受け入れられなくなったので検討した」と説明。発表が願書提出日の1カ月前に迫ったことについては「規定の変更手続きに時間がかかってしまった」と話している。
「一家転住」が大原則の都立高受験。今後は、
被災地の中学生も受験できる
【「都立高は都民のための学校」】
都教委が「一家転住」を大原則に掲げる背景には、大学進学を視野に入れた保護者の間で、有名都立高校の人気が高まっていることがある。
実際、都教委には「入学日までに両親と都内に住んでいれば良いのなら、受験の数カ月間だけ都内に暮らして再び都外に転居しても受験できるのか」との問い合わせが、都外の保護者から寄せられることがあるという。
住民票を移さないまま都立高校受験を認めてしまうと、現在生活している県の公立高校も受験できることになってしまい「都立高校しか受験できない子どもたちとの間に不公平が生じる」(都教委)。都立高校の募集人員は都内の中学校に在籍する3年生の人数を基に算出されることから、担当者は「都立高校はあくまで、都内の中学生が進学するためのもの。そのために都民の税金でまかなわれている」と話す。これまでも、単身赴任の父親と一緒に暮らす予定の中学生の受験資格について問い合わせも少なくなく、そのたびに受験資格は無い旨を説明してきたという。
しかし、あくまで「原則」であり、福島からの受験の背景には「被曝回避」がある。決して大学進学のための〝戦術〟ではない。福島の県立高校とダブル受験を画策するためではないのだ。被災地の子どもたちのために特例を設けるのに、こんなにも時間がかかるのか。〝お役所仕事だ〟と責められてもやむを得まい。
特例措置を発表する都教委のホームページ。原発
事故後、2回目の都立高入試でようやく、福島の中
学校に在籍したまま受験ができるようになった
【「今さら気持ちの切り替えはできない」】
郡山市から都内に娘と母子避難をしているA子さんは、郡山の中学校に通う息子の都立高受験について、これまで何度も都教委に問い合わせてきた。しかし、すべて答えは「ノー」。夫と離婚せずに母子避難をしている、つまり「一家転住」でないことが足かせとなってきた。(本紙12月26日号「【母子避難】都立高受験と離婚の決意と自責の念~私さえ放射能を気にしなければ家族は壊れなかった」 を参照)
都教委からの連絡で特例が設けられたことを知ったA子さんは、前向きな動きに感謝しつつも「息子は悩んで悩んで、卒業
「教育委員会に検討していただいたことには感謝しますが、
(了)
母たちの願いを根性論で一蹴した郡山市議会~エアコン設置はこうして見送られた
「賛成少数であります。よって、請願第24号につきましては、不採択とすべきものと決しました」─。今年6月、郡山市議会に市民から提出された「小学校そして中学校へのエアコン設置を求める請願書」は、反対多数で採択されなかった。「窓を開けても被曝しない」、果ては「我慢させるのも教育」…。屋外プールと並び、教室へのエアコン設置は子どもたちの被曝回避に大きな課題だった今年の夏。自ら扇風機を購入して学校に寄贈した母親もいる一方で、郡山市教委の幹部は言った。「まあ、放射能は心の問題ですからね」。被曝回避に最大限の努力をしない市議会のやり取りを、全文掲載する
【「窓を開けても放射線量に大差はない」と不採択意見】
佐藤徹哉委員
「3月定例会でも小中学校のエアコン設置を求める請願書が提出されまして、常任委員会では採択するべきではないという結果でした。
以前、採択されなかったにもかかわらず、今回同趣旨の請願が2件提出されてきているため、現場を確認しようと思い聞き取りを行ってきました。
中心市街地の4校、いずれも300人以上の大規模校で、先日行われましたプール除染のモデル校になった6校のうちの4校です。現在、いずれの学校も暑くなればすべての戸をあけて授業を行っております。このことに対して、保護者からの苦情や申し立ての件数はゼロです。
とある学校は、けさの校庭のモニタリングポストの数値は0.23マイクロシーベルト、それに対し、戸を開放した時の教室内の空間放射線量の数値は0.11マイクロシーベルト・パー・アワーであり、校庭の0.23マイクロシーベルトの半分の数値です。こちらの学校は去年の春先から戸を閉めた状態とあけた状態でそれぞれ測定することをずっとやっております。それで、戸を閉めているときとあけているときの数値の差も調べたんですが、ことしに入って、直近1カ月間、戸を閉めている状態と、戸をあけている状態との差が最大で0.02マイクロシーベルト・パー・アワーです。つまり、戸をあけても閉めても大差はないという状況です。これは、郡山市、PTA、地域の方々、学校の先生が行っている除染活動の結果であり、評価すべきと思います。
また、学校はこういった結果を教育委員会に報告しており、このデータはすべて学校のホームページ及びPTA会報などで保護者に周知されており、現在保護者からエアコン設置を求めるという話は1件も上がってきていないそうです。
また、各校のPTA会長、それから校長先生とお話をさせていただきました。とあるPTA会長は、夏は暑くて冬は寒いという当たり前のことを子どもに教えてあげたい。行き過ぎた暑さをしのぐために夏休みがあり、行き過ぎた寒さをしのぐために冬休みがある。温度に対する耐性というのを子どもが体で覚えるのもこの成長期である。教室で余り快適な空間を与えてしまうことは、体育の授業のときに熱中症で倒れる子どもがふえたり、大人でも問題になっている冷房病といった問題を少年期から植えつけることになってしまいかねない。こういったことになるのは好ましくないとおっしゃった会長がいらっしゃいました。また、エネルギー問題について触れた校長先生もいらっしゃいました。
エアコンを設置して欲しいという需要が私には感じられませんでしたので、この請願は採択すべきでないと思います」
石川義和委員
「学校では、今放射線量の面から見まして、震災前とほとんど変わっていません。窓を開放しながら授業をしているという状況でございます。それから、扇風機とよしずで暑さ対策を図っていまして、教室内の温度も二、三度下げることができています。
そのようなことから、私はエアコンを設置すべきではないと思います。あと、健康面の影響も含めて、不採択とすべきという意見です
子どもたちの被曝回避に取り組んでいる「安全・安心アクションin郡山」。参加している母親たちは屋外プールを使った水泳授業や教室の窓を開けることによる被曝の危険性など、今年も多くの場面で市に申し入れをしてきた。この請願書もその一つ
【「子どもたちに我慢をさせるな」と採択意見】
滝田春奈委員
「私は採択すべきとの立場で話をさせていただきます。まず、伊達市と二本松市は、去年の7月、普通教室全教室にエアコンを導入しています。伊達市は、放射能対策で設置していまして、ちりやほこりと一緒に放射能が入ってきてしまうという考えのもとで全普通教室に導入しました。学校関係者の意見ですとやっぱり喜びの声のほうが大きいというお話を聞いています。
それから、二本松市ですが、放射能対策に加えて、年々暑さが厳しくなってきており、学習する環境が厳しくなってきているという理由で設置しています。ことしは風が強い日だけ窓を閉め切って、風の強くない日は窓をあけて放射線量の推移を見るということを聞いています。二本松市はほかの自治体の方から、去年エアコンがないところは鼻血を出している子どもたちがたくさんいたということを聞いたそうでかなりうらやましがられたそうです。これは去年の話です。
私は、やっぱり福島県に残って頑張っている子どもたちや保護者の方々の安全・安心をしっかり守っていく責務があると考えています。放射能の対策に加えて、学校は東京電力福島第一原発事故がまだ落ちついていない状況なので、これからいつ防災拠点になるかもわかりません。それからやっぱり年々夏の暑さが厳しくなってきているし、あとは中核市の動向を見ても、41市中、小学校が22市、中学校が24市、現段階で設置しています。検討中である市が、小学校が3市、中学校が8市ということで、暑さ対策の面でも、子どもの学力向上の面でも、エアコンはこれから非常に必要になってくると思います。また、太陽光パネルを学校の屋上などに設置して、再生可能エネルギーのまちをPRするとか、そういう対策が必要なのかなと思います。
やっぱりこれから、子どもたちを育てやすい環境を郡山市がつくっていかないと、人口流出もふえていきますし、それから学力向上の面でも必要だと考えますので、私は採択すべきだと思います」
岩崎真理子委員
「子どもたちに対してどういう環境整備をしていくのかという請願ですが、3月定例会でも同趣旨の請願書が提出されましたが、結果は不採択でした。
今回は、前回とはまた別の団体からも提出されてきているわけです。委員から需要がないというお話がありました。需要をどのように把握するのかということですが、真意、胸の内をどう伝えるかというのは、いろいろな葛藤のもとで大変複雑なことがあると思うんですね。
しかし、こうした放射能汚染の中で、本当に苦しみながら、不安を抱えながら日々生活している。子どもたちが被害を受けやすい状況に対して、行政として、議会として、環境を整えていく努力をしていると思うんです。
県内でエアコンを設置した市町村のデータを持ってまいりましたけれども、福島県内では31の市町村で360台のエアコンを設置しています。郡山市を見てみますと、89台設置されているんですが、残念ながら教室ではないんですね、保健室に設置したんです。やはり子どもたちの健康管理をしっかりとしていくという意味で保健室に設置されたと思うんです。
しかし、健康管理という面では、放射能の問題ももちろんあるわけですけれども、地球温暖化が進む中で気候的には非常に暑い状況があるわけです。私が子どものときは30度まで気温が上がるようなことは考えられませんでした。ですから、教室の学習環境がどうなのかということなんですね。去年の夏ですけれども、郡山市も努力をしてよしずと扇風機を設置しました。何とか子どもたちによい環境をということで設置したんです。しかし、保健室に通う子どもたちが相次いだり、あせもやアトピーで苦しんだり、実際手だてが必要で病院に通った子どももいます。鼻血が出て、この鼻血の原因は暑さなのか、放射能の影響なのかという別の問題もまた抱えるわけですけれども、暑さ対策のため環境を整えるということと、放射能汚染対策ということでは、大人の社会を見てみても必需品同様に各施設にも設置されておりますし、議場をはじめ、庁内にも入っているわけです。各家庭を見た場合にも、クーラーを設置していると思います。ただそれをどう使うかだと思うんです。設置したから各教室が毎日稼働させるのかといったらそうではないと思うんです。必要なときに使えるように環境を整えていくというのは、郡山市の責任で果たしていくことだと思います。必要だから89台設置しましたけれども、これはあくまでも保健室です。大人の社会で設置しているものを子どもに我慢させる理由の第一はやはり台数が多くなるので、費用面について考えられていると思うんですけれども、費用がかかるという理由で子どもに我慢をさせるということがあっていいのだろうかと思います。二重三重の苦しみを負っている子どもにさらに我慢をさせるということがどういうことなのか。やはりきちっと対応すべきだと思うんですね。ですから私はこの請願は当然採択すべきということで意見を申し上げます」
郡山市役所に隣接する「ニコニコ子ども館」の屋
内遊び場はこの夏、多くの親子連れが利用した。
「屋外ではやはり、被曝が心配」「気にしていない。
屋外は暑いから来た」と、親たちの考えは様々だ
ったが「もう放射線量は下がったんでしょ?」と話
す母親が目立った
【「我慢させるのも教育だ」との意見も】
諸越裕委員
「今、岩崎真理子委員の話を聞いて、本当にすばらしい発言だと思います。私も賛成したいなという気持ちはあるんですが、しかしちょっと立ち止まって考えてみると、先ほど費用についての話もありましたけれども、今、原発反対、節電に努めていくという状況で、エアコンを全教室に設置した場合のイニシャルコスト、そしてランニングコストについては、どのように郡山市の財政で考えるのか。その辺もしっかり踏まえて、考えなければいけないのかなと思いました。
さらには、今日の新聞で、プールに入った子どもの笑顔を見ました。私はこれこそが復興の一歩なんだと思いました。今、当局においては、原子力災害対策直轄室を中心としてハード面では一生懸命除染活動をしています。さらには、学校の中でもしっかりとした放射能対策はやっております。1年と数カ月たった今、これからハード面からソフト面の対策へ切りかえていくべきではないでしょうか。
さらには、学校教育の中でもどんどん校庭で遊ばせよう、しっかりとした健康管理をしようとしています。先ほど佐藤徹哉委員も言いましたが、自然環境の中で思いっきり汗を流し、しっかりとした形で運動し、そして初めて子どもたちの健康が保たれるのです。ペップキッズこおりやまを企画された菊池信太郎先生もおっしゃっていました。今子どもたちに大切なのはそういうことなのです。外でしっかり遊ばなければ子どもが大きくなってから大変なことになるのです。今子どもたちに求められているのは、エアコンのきいた環境で勉強することではなく、多少暑くても、多少寒くてもそういった中で掛け算九九を一生懸命学ぶ姿です。要求だけに答えるのが愛情ではない、我慢をさせるのも教育の一環だと、私は思っております。
さらには、先ほど郡山市役所の冷房もとめたほうがいいのではないかという話も出ましたが、市役所はパブリックスペースです。年老いた方がつえをつきながら住民票を取りに来る。そういった中でほっと一息できるのが、この郡山市役所ではないでしょうか。それと対峙するような問題ではありませんが、やはり郡山の子どもたちの将来を考えた場合に、与えるだけ与えてはいけない。しっかりとした環境を整えれば、エアコンの設置はしなくてもいいのではないかと私は思います。ですから、私は、この請願は不採択とすべきだと思います」
(了)
【年の瀬の福島はいま2012】郡山市に広がる放射線量への慣れと、依然として点在するホットスポット
「除染元年」と銘打たれた2012年が、もうすぐ終わる。年の瀬の郡山市西部地区を歩いた。そこにあったのは、放射線量への慣れと除染への過信と行政の安全安心PR。しかし実態は、依然として放射線量の高い地点は存在し、この瞬間にも子どもたちの身体を放射線が貫いている。「福島では大変なことが今も起きているんだ」。公園で出会った男性の言葉が、被曝地・福島の実情を如実に表している
【実体無き〝収束宣言〟は撤回して欲しい】
口調は穏やかだが、男性の怒りは止まらなかった。
「何が〝収束宣言〟だ。福島原発から今も、毎日のように放射性物質が出ているんだろ?とにかくそれを、一刻も早く止めて欲しいよ。福島では今も、大変なことが起きているんだ」
一面、銀世界となった「浄土松公園」。澄んだ青空では、白鳥の群れが鳴き声を響かせている。近くに陸上自衛隊の演習場が広がる郡山市の西部地区は、原発事故から2年近くが経とうとしている今も、決して安全とは言えない放射線量が続く。一方で、住んでいる人々の危機感は薄れて行く。神社の境内で出会った女性は、側溝の放射線量が依然として高いことは知りつつも、「他の地区と比べると放射線量は高くないから、避難した人は少ないね。除染も進んでいるし。通学路はもう、大丈夫なんじゃないかな」と話した。
「『慣れ』なんだろうね」。毎朝の散歩が日課だと言う60代の男性は、公園の真ん中で松の木の剪定作業を見守りながら言った。男性の立つ広場には、除染で生じた汚染土が〝仮置き〟されている。1.5㍍の大きな穴を掘って埋める作業も、日々の散歩で見てきた。そして、それが〝仮〟ではないと考えている。
「だって、持って行く場所が無いじゃない。結局、5年、10年とここに保管されるわけでしょ?要は永久保管ということだわね」
先の政権交代で、郡山市出身の根本匠衆院議員が復興大臣に就任した。
「彼がどこまでやってくれるか」と男性。
男性が願うのは、実体の無い収束宣言の撤回。そして、日々の放射性物質放出を止めて、一日も早く子どもたちが健康不安なく暮らせる町を取り戻すことだ。
間もなく多くの初詣客を迎え入れる「多田野本神社」。
雪の遮蔽があっても0.4μSVを超える(上)
除染が行われた「浄土松公園」。雪に覆われた土の下
に、汚染土が眠っている(下)
【放射線量高い「新さくら通り」】
スポーツ広場やバーベキュー広場、土俵や体育館、スーパースライダーがある広大な「大槻公園」は、地元の人にはよく知られた高線量スポット。国のモニタリングポストでも0.5μSV超。0.6-0.7μSVを超す地点もある。隣接する西部サッカー場では、復興支援としてヤングなでしこジャパンの試合が行われ、多くの若者が集まった。厳しい寒さのため落ち葉と雪で覆われた公園を歩く人はほとんどいなかったが、被曝が現在進行形であることがよく分かる場所だ。子どもを近づけてはいけない。
「新さくら通り」沿いのゴルフ練習場では多くの男性がボールを打っていたが、ネット横で0.4μSV。「郡山ザベリオ学園」の校門前では0.42μSV。「あさか野バイパス」と立体交差する辺りでも0.42μSV。島1丁目の和菓子店前では0.48μSVと…。どれだけ歩いても0.1前後の低線量にはならない。むしろ、市役所に近づくにつれて線量は上がっていく。
ラーメン店の女性店員は言った。
「この辺りは風が強いんだから、放射性物質など全部吹き飛ばしてどこかへやっちゃえば良いのに…」
だが、放射性物質は今も郡山市内にとどまって放射線を放出している。
モニタリングポストでも0.5μSVを超す大槻公園。
駐車場の側溝では0.6μSV超(上)
開成山公園は、除染したものの依然として0.4μSV
を上回っている(下)
【市側は「除染で放射線量が低減している」】
9月に開かれた郡山市議会の文教福祉常任委員会で、市側は「8月24日現在で200人の子どもたちが避難をやめて郡山市に戻ってきている」と明らかにしたうえで、自主避難者の経済的困窮には一切触れずに「市内の放射線量の低減が進んでいることなどが理由として挙げられる」と答弁している。郡山はもう安全ですよ、ほら、子どもたちもこんなに帰ってきているじゃありませんか、という具合だ。6月の同委員会では、教室へのエアコン設置を求めた請願が採択されなかった。市議の多数も、窓を開け放っても子どもたちの健康に影響はないと考えている。
しかし、実態はどうだろう。
福島県内で毎年、初詣の参拝客数トップの開成山大神宮では、絵馬が奉納されている境内で0.8μSVを超した。隣接する郡山女子大の言葉を借りれば「被曝を気にする人は既に県外に避難している。だから、郡山に残っている人は放射線量など意識しない」のだそうだ。
大神宮の裏手にある100円ショップ「ダイソー郡山島店」の前で、手元の線量計が激しく反応した。「新さくら通り」は軒並み0.4μSV前後と放射線量は決して低くないが、広い駐車場の植え込みに線量計をかざすと1.8μSVを突破した。砂利の真上では、2.9μSVにも達するホットスポットだ。
しかし、利用する客らは測定する私の姿をチラリと見ることもなく、通り過ぎて行く。昨年の今ごろなら「線量のどくらいある?」と声をかけられたものだ。だが、今や線量計を手に歩いていると好奇の視線を浴びることが増えた。依然として子どもたちの身体を放射線が貫いているというのに。
初詣客数が福島県内一の開成山大神宮。被曝を
しながら1年の健康を祈願する?(上)
大神宮の裏手にあたる100円ショップでは、駐車場
の植え込みで1.8μSVを超す危険な高線量を計測
した(下)
(了)
【母子避難】都立高受験と離婚の決意と自責の念~私さえ放射能を気にしなければ家族は壊れなかった…
離婚するために郡山から東京に来たわけではなかった。夫には待っていて欲しかった。すべてはわが子を守るため。そしてついに、妻は離婚を決意する。その時、夫は離婚に応じないと言い出した─。中学2年生の娘とともに母子避難しているA子さんに、3カ月ぶりに話を聴いた。来年3月までに避難を中止しなければ離婚すると夫に迫られていたA子さん。離婚を決意した背景には、郡山に残った息子の高校受験があった。理不尽な受験制度を乗り越え、息子は都立高校の合格を目指す。独り郡山に残されることになる夫。A子さんは「私が被曝を気にしなければ、家族がバラバラにならずに済んだ」と自分を責める。しかし、全ての原因は原発事故だ。
【都立高受験に「一家転住」の壁】
都教委職員の言葉に、A子さんは一瞬、耳を疑った。
「受験資格が無いってどういうこと?」
郡山市内の中学校に通い続ける息子が、11月に行われた担任との三者面談で、都立高校の受験、母妹との同居を希望していると口にした。被曝に関しては常々「放射能はお化けみたいなもの。僕にはちっとも怖くない」と話しているが、やはり母や妹が心配な様子だったという。
所属する運動部には、部長は例年、特定の福島県立高校に進学する〝伝統〟があるが、そんなしがらみも捨てての決意。しかし、都教委は理不尽な原則論で応じた。
受験資格は当然あるだろうと都教委に電話をしたA子さんに突き付けられたのは「一家転住」の原則だった。受験をする段階で、息子の父親は郡山市に、母親は都内に分かれて暮らしていることがネックになるという。いくらA子さんが住民票を移しても、駄目。都教委の発行する「平成25年度東京都立高等学校に入学を希望する皆さんへ」の中で、このように記されている。
「全日制都立高校への応募は、都内に保護者(本人に対し親権を行う者であって、原則として父母)と同居し、入学後も引き続き都内から通学することが確実であることが条件になります。父母が共に保護者である場合は、家族全員で都内に転入しなければ、応募することはできません」
入学を希望する都立高校の校長など、何人かが都教委に照会したが、やはり回答は同じ。「一家転住」をせずに都立高校に入学するには①定時制への入学②いったん、福島の県立高校に入学し、夏休み前に都立高校への編入試験を受験し合格する③郡山市立中学校を卒業せずに都内の中学校に編入する─。現行制度では、この3通りの方法しかない。
「原則はあくまで原則のはず。年内にも住民票を移す予定だけれど、それでも駄目。夫と別居していることがこんな場面でネックになるなんて。好きで避難しているわけでは無いのに…」。A子さんは悔しそうな表情で語る。
願書の提出期限が迫り、息子は考えた末に③を選んだ。既に撮影や制作が済んでいる卒業アルバムや文集から削除されることはないが、卒業生名簿には載らない。郡山に生まれ育ち、運動部の部長としても活躍した中学校から自分の名前が消えてしまう。それでも「お母さんや妹と一緒に暮らしたい」と転校を決めた。そんな息子の気持ちを踏みにじるような都教委の対応にA子さんの怒りは募る。
都立高校の入学試験は2月23日。試験に備えて2月に入ったら都内の中学校へ転校する予定だ。
東京都教委が発行する手引きには「一家転住」が
大原則だと明記されている(上、中)
11月下旬、福島の地元紙には都教委の対応を批
判する読者の声が掲載された(下)
【離婚に応じると告げた時、夫は…】
中学2年生の娘との同居は正直、生活は楽ではない。仕事も派遣で不安定。何年先まで雇用が保障されるか分からない。現在の住まいは「応急仮設扱いの公営住宅」だが、1年間の延長が決まったとはいえ、2014年4月には退去しなければならない。家賃を自己負担する道もなく、民間アパートを探すしかない。当然、家賃も水道光熱費もすべて、自己負担になる。
夫から渡されるお金は、増えるどころか減るばかり。ようやく念願かなう息子との同居だが、生活費への不安は小さくない。そこで、A子さんは決意した。「子どもたちとの生活を成り立たせるために離婚をしよう」。法的に離婚をして母子家庭になれば、公的支援が受けられる。都営住宅へ入居できる可能性も広がる。苦渋の選択だった。
来年3月末までに避難を中止して郡山に戻らなければ離婚だ、と言い続けてきた夫。
医師も心配するほどの暴力をふるってきた夫。
しかし、郡山の自宅で離婚に応じることを告げると、夫の反応は意外なものだった。離婚しないと言うのだ。
「夫と離婚をしたくて東京に避難したわけではありません。何とかして子どもたちを守りたかった。でも、夫はそれを許さず、ずっと離婚を口にしてきた。それなのに…」。このまま離婚が成立しなければ、母子家庭の公的支援は受けられない。頼りになるはずの福島県は、期待に反して「福島に帰ろうキャンペーン」を精力的に展開している。県外避難者への住宅支援も、今月で新規受け付けを終了する有様。これまで月給の中から少しずつ貯金をしてきたが、それとて決して大きな金額ではない。
「兵糧攻めなんですよ」
家族3人での生活が安定するまでには、もう少し時間がかかりそうだ。
郡山市の〝ホットスポット〟開成山公園。除染に
よって放射線量が低減したと市はPRするが、そ
れでも0.5μSV前後。県外避難者が安心して帰れ
る状況ではない
【自分を責めるA子さん。「被曝に無関心だったら…」】
「夫が怒る気持ちも分かります。私が家族をバラバラにさせてしまったんです」
A子さんは自分を責めるように言う。
脱サラし、自営業を始めた夫。両親と同居するために家も建てた。2人の子どもたちの成長を楽しみにしていた。暴力をふるうこともなかった。地震の揺れだけだったら、こんなことにはならなかったはずだ。福島原発が爆発しなければ。放射性物質さえ飛来しなければ…。
福島原発事故から21カ月。人生は大きく変化した。娘を引き連れての母子避難。息子の転校と都立高受験。そして夫の離婚話…。「もしも、私が被曝に無関心だったら、私さえ放射能を気にしなかったら、震災前のように暮らせたかな」。
原因を作ったのは私、と責め続けるA子さん。
しかし、すべての原因を作ったのは原発の存在であり、爆発事故に伴う放射性物質の拡散だ。
中学生の娘をできるだけ遠くに逃がそうと考えるのは親として当然だし、息子を東京に呼びたいと思うのも、被曝回避の意味で自然なことだ。それを夫は最後まで理解してくれなかった。その夫との離婚を決意したのもやむを得ない。A子さん一人が責めを負う問題ではない。
まずは、都立高合格を祈願したい。そして、一日も早く、家族3人での生活が落ち着くことを。
(了)
【21カ月目の福島はいま】高線量続く福島市の神社には初詣するな~信夫山周辺を歩く
福島市内の神社や寺院には、依然として放射線量の高い所が少なくない。1.0μSV超の信夫山・羽黒神社をはじめ、曽根田天満宮や福島稲荷神社も、「放射線管理区域」となる0.6μSVを軽く超える。もうすぐ新年。多くの子どもたちが初詣に訪れるだろう。被曝をしながら1年の健康や受験合格を祈願するのは、あまりにも哀しく、危険だ
【1.0μSVを超す羽黒神社】
路線バスを「県立美術館入口」で降りる。東北新幹線高架下の「森合緑地公園」では、地元業者による除染作業が行われている。
お地蔵さんに見守られながら、前夜の雨でぬかるんだ階段を上る。冷たい風が痛い。この辺りは南向山と呼ばれており、落ち葉を踏みしめながら登ると、手元の線量計は0.7μSV前後。福島市内は除染が進んだ、安全性が高まっていると言われているが、実情は必ずしも行政の発表とは異なることが、これだけでも十分に分かる。
舗装された道路に出ると右へ。福島第四中学校の裏手を歩く。アスファルトの両脇には落ち葉が山積み状態。手元の線量計が激しく反応する。1.0μSVを超える頻度が高くなった。こんなに高線量地域で中学生たちが学んでいる。
福島市営御山墓地を横目にさらに坂道を上る。第二展望台では、シルバー人材センターの男性たちが、落ち葉をかき集めている。途中、民家で除染作業が行われていた。庭の一角に、真っ黒いフレコンバッグがいくつも並べられている。仮置き場が確保できない福島市では、除染で生じた汚染土などは、敷地内に仮置きするのがルール。だが将来、別の中間貯蔵施設に移動できるなど、誰も信じていない。
再びぬかるんだ山道を登ると、ようやく羽黒神社に着いた。大わらじが奉納されている境内で、線量計は再び1.0μSVを超した。途中の道も0.6-0.9μSVと高線量だったが、神社境内はさらに高い。わずかな時間とはいえ、こんな高線量の神社に子どもたちが参拝をしたら被曝をする。
「大わらじ」で知られる信夫山の羽黒神社。境内は
依然として1.0μSVを超す(上)
信夫山は、各所で1.0μSVを上回る高線量(中)
中腹の民家は除染作業中。汚染土は自分の庭に
仮置きされる(下)
【〝学業の神様〟も0.7μSV】
羽黒神社の参道を下り、薬王寺裏の峯の薬師展望デッキで一服。東北新幹線や飯坂温泉が一望できる。放射性物質さえ無ければ、本当に素晴らしい眺めだ。しかし、薬王寺周辺も、0.8-1.3μSVと高い放射線量を計測した。
再び市営墓地に戻り、黒沼神社(0.46μSV)を通り過ぎると護国神社。大きな鳥居の前で0.4μSV前後。隣接する信夫山天満宮も同程度で、他の地点と比べると低い放射線量だが、単純換算で年間3.2mSVに達する値。決して安全だと楽観できない。
駒山公園に設置されたモニタリングポストの値は1.3μSV超。さすがに真冬では子どもを遊ばせる親もいないが、あまりの高線量にため息が出る。何度か訪れている信夫山だが、春になれば福島原発事故から丸2年。しかし、高線量は何も変わっていないことが分かった。
混雑しているハローワークを横に見ながら、福島地方検察庁、浪江町の仮設住宅を過ぎると国道13号へ出る。ここから、受験生の参拝が多い曽根田天満宮へ向かう。
福島中央郵便局に隣接する福島市保健福祉センターには、「ここの公園は除染が終了しました」と誇らしげな看板が設置されているが、手元の線量計は0.39μSV。除染=即安全ではない。
センターの裏道を突き当たると、曽根田天満宮。さすがに、第一志望の学校に合格できるよう祈願した絵馬が数多く奉納されている。絵馬周辺で0.7μSV。単純換算で年間5mSVを超すほどの放射線量だ。
市内でも初詣客の多い福島稲荷神社(福島市宮町)でも、0.6μSVを上回る高い放射線量が計測された。境内では、業者がお守りや破魔矢などを販売する小屋を建設していた。正月準備が着々と進む稲荷神社。福島駅から近い中心部にあるだけに、子どもたちの参拝も多い。
信夫山の護国神社は0.4μSV前後。決して安心
してはいけない放射線量(上)
学業の神様・曽根田天満宮は0.7μSV(中)
初詣客の受け入れ準備が進む福島稲荷神社も
0.6μSVを超す(中)
【福島駅近くで売られる防護服】
福島駅東口のショッピングセンター「AXC(アックス)」1階で、防護服を販売している男性がいた。
ワゴンには「0.59μSV以上は放射線管理区域です」と書かれた紙も貼られている。
かつて医療関連の仕事に従事していたという男性は「ちっとも売れないよ。こんなに放射線量が高いのに、子どもたちはマスクもせず平然と歩いている。異常だよな」と嘆いた。
このビルでは、ゲームコーナーとして利用されていたフロアが閉鎖中だが、近く福島県立医大の甲状腺検査などの拠点として使われる計画があるという。
「東京理科大の封筒を持った人などを頻繁に見かけるよ」と男性。高線量の街と医大の研究拠点。安全安心キャンペーンの裏で進められる研究体制の充実化。現在の福島市の一つの現実だ。
1500円で販売されている防護服。マスクすら着用
されないなか、防護服など売れない
(了)
「安全なお米を学校給食に使わない理由が無い」~福島市が1月から、地元産コシヒカリの使用を再開へ
福島市は1月から、学校給食への市内産コシヒカリの使用を1年ぶりに再開する。わが子の内部被曝の危険性が払しょくされないことから使用の中止や保護者アンケートの実施、検査の厳格化を求める保護者に対し、市教委はあくまで「安全が確認された米を使わない理由が見当たらない」との構え。アンケートも行わず弁当持参の自由も公言しない。保護者の不安は無視されたまま、間もなく「地産地消」が復活する
【「福島市の給食は日本全国で1番安全」】
議長に促されて起立した議員はまばらだった。
請願の不採択が決まると、傍聴席で見守っていた母親の1人は思わず声を出して膝を叩いた。
17日に開かれた福島市議会の「東日本大震災復旧復興対策並びに原子力発電所事故対策調査特別委員会」。継続審査中の3件も含め、市民から提出された請願や陳情が次々と葬られていく。
「子どもたちへの線量計配布」も、「国に原発ゼロの政治決断を求めること」も、「政府の『原発事故収束宣言』の撤回を求めること」も不採択。「40歳未満の市民と妊婦の寝場所を0.23μSV未満にすること」も、「原子力規制委員を決め直すことを求めること」も、軒並み不採択。この中に、361人の署名が添えられた請願「福島市の学校給食に関することについて」と陳情「学校給食用米穀に福島市産を使わないことを求める」も含まれていた。
請願を仲介した若手市議が市教委を質した。
「『不検出』ではなく、具体的な数値を公表するべきだ」
保健体育課長
「測定器が20ベクレル未満だと『不検出』と表示される仕様になっており、できない」
市議
「保護者アンケートを実施するべきだ」
課長
「アンケートの結果によって判断されるものではない」
市議
「米が『安全だ』と言う根拠は何か」
課長
「県の全袋検査も含め、5回の検査を通過する。福島市の学校給食は日本全国で一番安全だ」
保守系会派からは「現在の検査体制で十分、安全は担保されている」「市当局の安全宣言を聞いて安心した」と市教委を後押しする意見が相次いだ。JAの密接な関係にあるとされる市議からは「安全な米を子どもたちに食べさせないことの弊害、地元の子どもたちに食べさせないで他県に売ることの道義的責任を考えると、賛成できない」との意見も出された。革新系会派は「保護者に慎重に説明するべきだった」と市教委を批判したが、古参市議の発した野次が、議会の雰囲気を如実に表していた。
「信じる者は救われるんだよっ」
学校給食に福島市産コシヒカリを使わないよう求
めた請願・陳情を採択しなかった福島市議会
【「福島市産を使わない理由が見当たらない」】
福島市教育委員会によると、福島市内で収穫されたコシヒカリは県の全袋検査で放射性物質が検出されていないため「安全だが保護者の安心のため」に郡山市内の精米工場「JAパールライン福島」でも玄米と白米で二度、抽出検査。さらに福島県学校給食会でも抽出検査をし、最終的に市内に4カ所ある給食センターでも抽出検査をするという。
市議会では、抽出検査ではなく全量検査を求める声も出たが、「市内の学校で消費される米は年間250㌧(25万kg)。検査は1kgごとに行うため、全量検査となると25万回やらなければならない。それだけの検査体制を敷くにはかなりの労力と費用がかかる」。市教委としては県が実施している米の全袋検査に全幅の信頼を置いており「本来は、それだけで十分安全」との考え。給食センターでは、その日使う食材はすべて検査をしているが、来年度も継続するという。
「元々、地産地消の観点から福島市産のコシヒカリを学校給食に使ってきたわけです。昨年12月から1年間は中止してきましたが、安全性が確認できたのだから元に戻すのが自然でしょう。安全な米を使わない理由が見当たらない」と市教委幹部。「請願・陳情も不採択となったわけですし、計画通り、実施していきます」
農水省が推進する「食べて応援しようキャンペーン」。
学校給食の現場でも、地産地消の名の下に地元産の
米が使われる
【「弁当持参の自由を公に認めて欲しい」】
小中学生の子どもがいる40代の母親は「できれば福島市産の米は使って欲しくない。それでも使うというなら、やはり全量検査と可能な限りのゼロベクレル。福島市では一週間のうち7割が米飯給食です。親として心配するのは当然です」と話した。
保護者の不安を無視するかのような市教委の進め方に怒りがおさまらない。
「二本松市でも地元産の米を使うことが決まりました。でも、教育長名の文書が配られたんです。給食費を返金することはできないが、どうしても不安な方は弁当を持参させてください。担任の許可も手続きも不要です、と。福島市も最低限、そのくらいはやってほしいですよ。説明会もなくプリント1枚だけ。心配するお母さんはどうしたら良いのでしょうか」
弁当持参について、市教委は「さまざまな問い合わせがあるが、給食を強制はしていない。個々に学校と相談してほしい」と話す。各学校長には「米の安全性を十分に説明したうえで、保護者の意向も尊重するように」と指導しているという。
しかし、実際には学校長の判断に委ねられており、これまでもミネラルウォーターの持参や屋外プール授業への参加など、様々な場面で多くの親たちが辛い思いを強いられてきた。学校側が弁当持参に難色を示せば、母親はわが子に気兼ねなく弁当を持たせることができない。本来は、給食か弁当か選択の自由があることを、市教委が公に示すべきなのだ。
「今回配ったプリントは、市教委として安全性を確信して出した文書です。市が責任をもって確実に安全であるという通知を出すのに、一方で保護者の不安に触れるのは矛盾が生じる。それはできません」(福島市教委)。
保護者の不安は置き去りのまま。不安を唱える者は異端という風潮だけが拡がるなか、学校給食の「地産地消」が進む。
(了)
地域を荒らすだけ荒らした「特定避難勧奨地点」制度~高線量は変わらぬ伊達市霊山町下小国地区
依然として放射線量の高い状態が続いている伊達市霊山町の下小国地区。昨年6月、突然舞い込んだ「特定避難勧奨地点」の指定は、地域を荒らしに荒らした挙げ句、14日にまたしても突然、1年半ぶりに解除された。住民説明会もなし。高線量は変わらないのに、指定を受けられる住宅と受けられない住宅が生まれる制度の不備。避難をしていた人には地区への帰還が促され、賠償金も打ち切られる。指定を受けられなかった人は被曝を強いられたまま、感情的なしこりも消えない。福島原発事故の招いた〝愚策〟を強行した国や市の責任は重い。
【解除されても破壊された地域は戻らない】
「勝手に指定して、解除はまた突然。われわれをモノ扱いしているのか」
土木建築業を営む男性(68)は、怒りとも苦笑ともつかない表情で話した。
ある日帰宅すると、自宅周辺の放射線量を測定した結果が残されていた。家主の立ち会いもなく、きちんと測定したのかとの疑問は、2日後、指定解除の報道で解消された。「解除ありきの測定だったのでしょう。シナリオは出来上がっていたんですよ」
下小国地区に「特定避難勧奨地点」という聞き慣れない言葉が舞い込んだのは昨年6月。地区の全世帯ではなく、年間積算放射線量が20mSVを上回ると判断された世帯ごとに指定され、「避難するかどうかは住民の判断によることとなりますが、特に妊産婦、乳児などに避難を勧めるもの」(だて市政だより、2011年6月23日号より)。
指定の判断基準は「雨樋の下や側溝など居住区域のごく一部の個所の放射線量が高いとの理由だけで指定するのではなく、除染や近づかないなどの対応では対処が容易ではない地点で、地区の生活やコミュニティの実態を考慮しながら、世帯ごとに指定する」とされ、さらに仁志田昇司伊達市長は当時「避難勧奨地点に指定された後において除染活動などにより放射線量が下がった場合には、国・県に対して速やかに解除の要請を行ってまいりますのでご安心ください」(同)と説明している。
市長は「すぐに解除要請するから大丈夫ですよ」と言うばかりで、避難への助成や賠償金の説明は無し。住民説明会も開かれなかった。そのため、下小国地区の人々は指定の意味が理解できず、拒否をする人もいたという。男性は指定を受けたが、「当初は気の毒がられるような言葉が多かった」。勧奨地点に指定されることで不利益を被ると考えた人は少なくなかったのだ。
だが、お金の話が浮上すると地区の雰囲気が一変する。
指定を受けた世帯は固定資産税が減免され、避難費用の助成に加えて1人あたり月10万円の賠償金が支払われた。祖父母、息子夫婦に子どもがいるような3世帯同居の場合には、結果として年間の賠償金が1000万円近くに達する家庭もあり、「原発長者」などとや揶揄されることも少なくなかった。男性も、マイカーの買い替えを予定していたが、周囲に気を遣って中止。知人に中古車を5万円で譲ってもらった経緯がある。わが子の被曝回避に役立てようとキャンピングカーを購入したところ、指定を受けられなかった人々から激しいバッシングを受けた人もいたという。
「解除されても、壊れたものは元に戻らないですよ」。並び立つ住宅の片方は指定され、片方は指定を受けられない「世帯ごとの指定」の理不尽さ。勧奨地点指定の先に待っていたものは、指定制度と賠償金に対する怒りや妬みから来る、地域の分断と対立。そして、被曝はいまも、日々続いているのだ。
国道115号沿いの農地では、市の測定でも
1.4μSVを超す(上)
小国小学校に接する用水路では、依然として
55μSVを上回る高線量が計測される(下)
【勧奨地点など初めから無ければ良かった】
勧奨地点への指定にかかわらず変わらぬ地域の高線量。解除が大きく報じられるなか、指定を受けられなかった人は怒りを抱えたまま、地区での生活を続けている。
小国小学校では、校庭の一角に設置されたモニタリングポストは約0.37μSV。しかし、総選挙のポスターが貼られた校門周辺は0.6-0.7μSV。敷地に接する用水路では、雑草の真上で55μSVを超す高濃度汚染が続いている。やはり、全市民を強制的にでも避難させるべきだったのだ。一部には、市の破壊を恐れた仁志田市長が全避難を回避したとの情報もある。JA再度からの圧力があったとの見方も。場所によっては飯舘村よりもひどい汚染のなか、子どもたちの命が優先して守られなかったのは確かだ。
両親と50頭の乳牛を育てている酪農家の男性(29)は「勧奨地点は何だったのか、こっちが聞きたいですよ。何も変わらない。勧奨地点など初めから無ければ良かった」と話した。
放射性物質の飛来は、酪農を直撃した。搾った乳は毎日、捨てた。自家製の牧草は汚染で使えず、北海道の牧草を買い付けている。月のコストは3割増しになった。エサを満足に与えられず、死んだ乳牛は5頭に上った。損害賠償は、昨年は請求額の9割が振り込まれたものの、今年は半分しか振り込まれなかった。「残りは年末に振り込んでもらえるのかな」。自嘲気味に笑う表情が哀しい。
この1年半で良かったことといえば「除染をしてもらって、家の周りが片付いたことくらいかな」と苦笑する男性。この日、実施された総選挙では、一票を投じることはなかった。「誰が政治家になっても一緒でしょ?」。年間20mSVに達しないと判断されただけで区別された怒りはそのまま、政治不信につながっている。
何も変わらない、まま迎える2度目の正月。午前6時から牛舎で働く生活サイクルも変わらない。春が来れば再び、アスパラガスの栽培も始まる。
試験的に稲作が行われた水田では、依然として
空間線量が1.1μSVに達する。小国小学校の校
門周辺では、0.7μSV超。子どもたちは通学する
たびに被曝を強いられている
【不平等解消へ東電に損害賠償請求】
下小国と上小国を合わせた小国地区では、住民らでつくる「復興委員会」が中心となって東電への直接請求が続いている。これまで、指定を受けられなかった家庭を救済しようと伊達市に固定資産税の減免措置の拡大適用を働きかけてきた。だが、出された結論は減免措置の打ち切り。「不平等なら全員から徴取しよう」との趣旨だった。委員の一人は「市長は宇宙人だ」と呆れる。そこで、勧奨地点の指定を受けた人を除く住民約900人で、精神的苦痛を受けたとして東電に損害賠償を請求している。弁護士の力を借り、書類が出来上がった人から順次、東電に書類を送付しているという。
「被曝の条件は同じなのに、片やお金がもらえて片やもらえない不平等。お金の問題は結局、お金でしか解決できないんです。それで、少しでも分断の修復に寄与できればいいのだけれど」と同委員は話す。
勧奨地点の指定解除を受け、帰還キャンペーンがますます盛んになる。「こんな年の瀬に戻って来いと言ったってできないだろうに。まだ線量の高いし」とは住民の一人。住民の被曝回避と破壊された地域の修復。国や行政の残した爪痕はあまりにも深い。
(了)