【母子避難】都立高受験と離婚の決意と自責の念~私さえ放射能を気にしなければ家族は壊れなかった… | 民の声新聞

【母子避難】都立高受験と離婚の決意と自責の念~私さえ放射能を気にしなければ家族は壊れなかった…

離婚するために郡山から東京に来たわけではなかった。夫には待っていて欲しかった。すべてはわが子を守るため。そしてついに、妻は離婚を決意する。その時、夫は離婚に応じないと言い出した─。中学2年生の娘とともに母子避難しているA子さんに、3カ月ぶりに話を聴いた。来年3月までに避難を中止しなければ離婚すると夫に迫られていたA子さん。離婚を決意した背景には、郡山に残った息子の高校受験があった。理不尽な受験制度を乗り越え、息子は都立高校の合格を目指す。独り郡山に残されることになる夫。A子さんは「私が被曝を気にしなければ、家族がバラバラにならずに済んだ」と自分を責める。しかし、全ての原因は原発事故だ。


【都立高受験に「一家転住」の壁】

 都教委職員の言葉に、A子さんは一瞬、耳を疑った。

 「受験資格が無いってどういうこと?」

 郡山市内の中学校に通い続ける息子が、11月に行われた担任との三者面談で、都立高校の受験、母妹との同居を希望していると口にした。被曝に関しては常々「放射能はお化けみたいなもの。僕にはちっとも怖くない」と話しているが、やはり母や妹が心配な様子だったという。

 所属する運動部には、部長は例年、特定の福島県立高校に進学する〝伝統〟があるが、そんなしがらみも捨てての決意。しかし、都教委は理不尽な原則論で応じた。

 受験資格は当然あるだろうと都教委に電話をしたA子さんに突き付けられたのは「一家転住」の原則だった。受験をする段階で、息子の父親は郡山市に、母親は都内に分かれて暮らしていることがネックになるという。いくらA子さんが住民票を移しても、駄目。都教委の発行する「平成25年度東京都立高等学校に入学を希望する皆さんへ」の中で、このように記されている。

 「全日制都立高校への応募は、都内に保護者(本人に対し親権を行う者であって、原則として父母)と同居し、入学後も引き続き都内から通学することが確実であることが条件になります。父母が共に保護者である場合は、家族全員で都内に転入しなければ、応募することはできません」

 入学を希望する都立高校の校長など、何人かが都教委に照会したが、やはり回答は同じ。「一家転住」をせずに都立高校に入学するには①定時制への入学②いったん、福島の県立高校に入学し、夏休み前に都立高校への編入試験を受験し合格する③郡山市立中学校を卒業せずに都内の中学校に編入する─。現行制度では、この3通りの方法しかない。

 「原則はあくまで原則のはず。年内にも住民票を移す予定だけれど、それでも駄目。夫と別居していることがこんな場面でネックになるなんて。好きで避難しているわけでは無いのに…」。A子さんは悔しそうな表情で語る。

 願書の提出期限が迫り、息子は考えた末に③を選んだ。既に撮影や制作が済んでいる卒業アルバムや文集から削除されることはないが、卒業生名簿には載らない。郡山に生まれ育ち、運動部の部長としても活躍した中学校から自分の名前が消えてしまう。それでも「お母さんや妹と一緒に暮らしたい」と転校を決めた。そんな息子の気持ちを踏みにじるような都教委の対応にA子さんの怒りは募る。

 都立高校の入学試験は2月23日。試験に備えて2月に入ったら都内の中学校へ転校する予定だ。
民の声新聞-都教委①
民の声新聞-都教委②
民の声新聞-都教委③
東京都教委が発行する手引きには「一家転住」が
大原則だと明記されている(上、中)

11月下旬、福島の地元紙には都教委の対応を批

判する読者の声が掲載された(下)


【離婚に応じると告げた時、夫は…】

 中学2年生の娘との同居は正直、生活は楽ではない。仕事も派遣で不安定。何年先まで雇用が保障されるか分からない。現在の住まいは「応急仮設扱いの公営住宅」だが、1年間の延長が決まったとはいえ、2014年4月には退去しなければならない。家賃を自己負担する道もなく、民間アパートを探すしかない。当然、家賃も水道光熱費もすべて、自己負担になる。

 夫から渡されるお金は、増えるどころか減るばかり。ようやく念願かなう息子との同居だが、生活費への不安は小さくない。そこで、A子さんは決意した。「子どもたちとの生活を成り立たせるために離婚をしよう」。法的に離婚をして母子家庭になれば、公的支援が受けられる。都営住宅へ入居できる可能性も広がる。苦渋の選択だった。

 来年3月末までに避難を中止して郡山に戻らなければ離婚だ、と言い続けてきた夫。

 医師も心配するほどの暴力をふるってきた夫。

 しかし、郡山の自宅で離婚に応じることを告げると、夫の反応は意外なものだった。離婚しないと言うのだ。

 「夫と離婚をしたくて東京に避難したわけではありません。何とかして子どもたちを守りたかった。でも、夫はそれを許さず、ずっと離婚を口にしてきた。それなのに…」。このまま離婚が成立しなければ、母子家庭の公的支援は受けられない。頼りになるはずの福島県は、期待に反して「福島に帰ろうキャンペーン」を精力的に展開している。県外避難者への住宅支援も、今月で新規受け付けを終了する有様。これまで月給の中から少しずつ貯金をしてきたが、それとて決して大きな金額ではない。

 「兵糧攻めなんですよ」

 家族3人での生活が安定するまでには、もう少し時間がかかりそうだ。
民の声新聞-開成山①
民の声新聞-開成山②
郡山市の〝ホットスポット〟開成山公園。除染に
よって放射線量が低減したと市はPRするが、そ

れでも0.5μSV前後。県外避難者が安心して帰れ

る状況ではない


【自分を責めるA子さん。「被曝に無関心だったら…」】

 「夫が怒る気持ちも分かります。私が家族をバラバラにさせてしまったんです」

 A子さんは自分を責めるように言う。

 脱サラし、自営業を始めた夫。両親と同居するために家も建てた。2人の子どもたちの成長を楽しみにしていた。暴力をふるうこともなかった。地震の揺れだけだったら、こんなことにはならなかったはずだ。福島原発が爆発しなければ。放射性物質さえ飛来しなければ…。

 福島原発事故から21カ月。人生は大きく変化した。娘を引き連れての母子避難。息子の転校と都立高受験。そして夫の離婚話…。「もしも、私が被曝に無関心だったら、私さえ放射能を気にしなかったら、震災前のように暮らせたかな」。

 原因を作ったのは私、と責め続けるA子さん。

 しかし、すべての原因を作ったのは原発の存在であり、爆発事故に伴う放射性物質の拡散だ。

 中学生の娘をできるだけ遠くに逃がそうと考えるのは親として当然だし、息子を東京に呼びたいと思うのも、被曝回避の意味で自然なことだ。それを夫は最後まで理解してくれなかった。その夫との離婚を決意したのもやむを得ない。A子さん一人が責めを負う問題ではない。

 まずは、都立高合格を祈願したい。そして、一日も早く、家族3人での生活が落ち着くことを。


(了)