県外避難者を区別するな~「自主避難」にも全額実費賠償を | 民の声新聞

県外避難者を区別するな~「自主避難」にも全額実費賠償を

ある者は幼い子の手を引き、またある者は身重の妻を支えながら必死に県外へ逃げた。福島原発事故から間もなく9カ月。被曝回避のためすがる思いで安住の地を求めた彼らを待っていたのはしかし、原発からの距離や机上の被曝想定による線引きと、いわれなき中傷だった─。18回目の原子力損害賠償紛争審査会が開かれた6日午後、福島県外への避難を強いられた人々が文部科学省前で「自主避難」の厳しい現実を報告。警戒区域外からの避難に対しても全額実費賠償するようアピールした。原発事故がなかったら家族は引き裂かれることもなく、「そんなに金が欲しいのか」と中傷されることもなかった。それでも立ち上がった被災者たち。彼らの要求はわがままではない。避難に要した実費の全額賠償。それだけだ。国の指示による避難でないというだけで避難民が差別されることは絶対に許されない。政治家、官僚、東電幹部は民の声に真摯に耳を傾けよ



【誰も望んで避難などしない】

郡山市から都内に避難している母親は静かに語り始めた。

「私たちは指示もないのに勝手に逃げているのでしょうか。強制的な避難と何が違うんですか」

話しながらあふれる涙をこらえきれない。

「原発から20km圏内は危なくて、どうして50kmの私たちは安全なのですか?風は日々どのように吹いていますか?安全だ安全だと言っておいて、なぜ今ごろ福島米からセシウムが検出されるのですか?なぜ安全なのに18歳未満の子どもの医療費が無料になるんですか? なぜなぜ…」

一緒に並んでいるわが子を思うと、望まない避難を強いられた悔しさがこみ上げる。

「佐藤知事、聞いていますか?私たちは福島に帰れますか?福島に帰りたい…」


福島市渡利地区から母子避難した女性は、福島市職員の夫との別居を強いられている。

住むことのできなくなった自宅の住宅ローンを払いながらの避難。「必要もないのに勝手に避難して補償を求めていると思われているのが悔しい。子どもたちの命を守るために、やむにやまれず避難していることを分かって欲しい」

休日に逢いに来る父親を、子どもたちがどれだけ楽しみにしていることか。

「一家団欒はあっという間に終わる。福島に戻る夫に子どもたちが泣きながらしがみつくんですよ。夫も泣いています。どうして、こんなにも苦しい思いをしなければならないのでしょうか。いつまでさまよい続けなければならないのでしょうか」

妻であり母であるこの女性はもはや、心身ともに限界に達している。これが「自主避難」という名で「県外避難を強いられた人々」の実体。

このメッセージを託された女性もまた、4歳の娘とともに福岡県へ避難している。

「私たちが失ったものの大きさを分かってください。ぜひ、関心を向けてください」
民の声新聞-文科省①

文科省前で行われたアピール。

女性は涙ながらに訴えた。

「全額実費賠償を求めることがわがままですか」

=東京都千代田区

【後々のためにも中傷に負けず闘う】

「これは名誉回復と権利主張なんです」

介護福祉士・長谷川克己さん(44)が住み慣れた郡山市から静岡県富士宮市に避難したのは、震災から5カ月が経過した8月11日のことだった。決断までに時間は要したが、妻は2人目の子どもを妊娠していた。5歳の子どもとともに動かないわけにはいかなかった。

妊娠が分かったのは原発事故の後。エコー診断で連結性双生児の疑いを指摘された。被曝の懸念が膨らむ。産んで良いかと聞く妻に「産もう」と答えた。妻は、仏壇の前でエコーの写真を握りしめて号泣した。自宅内の放射線量を測ると高い値が出る。「もうこんなところには住めない」。費用、転職、不安のなかで避難を決意した。

避難先で知り合った人の言葉が忘れられない。

「放射性物質が降っているのは学校や側溝だけではないだろう。森にも全部降り注いでいるではないか。それを除染で全部片づけるなんて無理じゃないか」

福島にいては被曝を回避できない。しかし、経済的な負担が重くのしかかる。「数値が基準値以下だから大丈夫なんだ」という空気感は郡山で嫌というほど味わった。県外避難を進めるためにも、全額実費賠償という「権利」は何としても勝ち取りたい。
一方で有形無形の中傷を受ける。ネット上での中傷は、途中で読む気をなくさせるものだった。

「そんなに金が欲しいのか、と。そんなことを言われるくらいなら静かに黙々と生きていこうかとくじけそうになる」

だからこそ、この闘いは名誉回復でもあるのだ。

幸い、お腹の赤ちゃんは順調に育っているという。連結性双生児の心配もなくなった。

「いま、福島の人間が騒がないと後が続かなくなる。後々必ず、関東でも同じような問題になりますよ。だからこそ、誹謗中傷を受けながらもやらなきゃならんのです」

新しい命の誕生は、来年2月の予定だ。
民の声新聞-文科省②
郡山市から富士宮市に避難した長谷川さん。

「誹謗中傷を受けると、こんなことやめて静か

に暮らして行こうかとも考えます。でも、これは

勝ち取らなければならない権利なんです」


【わがままではない、当然の権利】

「福島老朽原発を考える会」の阪上武さんらは5日、「計画的避難区域内からであろうと区域外からであろうと、賠償項目は同じく避難費用の実費賠償にするべき」「賠償を認める期間は最低でも二年間とするべき」などとする緊急要請書を、東電の西澤俊夫社長や原子力損害賠償紛争委員会にあてて提出した。

11月25日の同委員会で「自主避難者・残留者を問わず、すべて一律同額賠償」の方向性が打ち出されたことに対する抗議で、阪上さんは「母子避難の場合は二重家計で負担が大きい。一律同額にされてしまうと、避難にかかったすべての費用を参入することができなくなってしまう。どこに住んでいようとも、実際にかかっている費用を全額補償するべきだ」と訴えた。

実際、年間被曝限度量が1mSVから20mSVに引き上げられ、「計画的避難区域」も飯舘村や川俣町など5つの地域しか指定されていない。福島市や郡山市など東北新幹線沿いの町では依然として、高い放射線量が計測されているのは既に報じた通りだが、これらの住民が避難する場合にはすべて「自主避難」として扱われる。年間被曝量が「20mSVに達しないであろう」という机上の計算だけで福島のヒバクシャが区別される愚行が着々と進行しているのだ。

文科省前でマイクを握った女性は、寒さと緊張で手を震わせながら言った。

「私たちはわがままを言っているのではありません。実費を補償してほしいだけなのに、どうしてこんなにも難しいのでしょうか」

(了)