これ以上、市民や家畜の命を軽んじるな~桜井勝延南相馬市長の訴え
夜遅くまで聴衆と語り合った桜井南相馬市長
「これ以上、南相馬市民の心をずたずたにしないでほしい」
29日夜、東京・靖国神社近くのイタリア文化会館で行われた出版記念会に出席した南相馬市の桜井勝延市長は、3.11以降、そして現在も続いている市民や家畜たちの苦しみを静かに、しかし力強く訴えた。
「南相馬市がいまおかれている状況は、福島の震災被害の象徴です。市民の心、経済がずたずたにされました。今も日々、ずたずたにされつつあります。現在、5万人以上の市民がほぼ全都道府県に避難しています。情報の来ないなか、物資が来ないなか、判断に迷う時もありました。そういう時は『市民の安全を守る』という想いを判断材料にしました」
静かに話し始めた桜井市長に、会場のイタリア人たちも聴き入った。
津波で亡くなった市民が600人近くに上った同市。
いまでも日々のジョギングを欠かさないという桜井市長は、いまや声をあげることもできなくなってしまった死者たちの声を聞きながら、走っているという。
「日赤や東電などから義捐金が回ってくるようになりましたが、市民は金銭的に差別されています。原発より30kmを境に0円と100万円です。人の心があって、なぜこういうことができるのでしょうか。政治家は、日本の権威を示す絶好のチャンスなのに…」
28日に開かれた東京電力の株主総会には、株主として出席。原発事業からの撤退を求めた株主提案に毅然と賛意を示した。「首長としては珍しいのかもしれませんが、当然の事をしたまでです。福島原発は、廃炉に向かうしかないんです」
岩手大学農学部を卒業後、20年以上にわたって酪農家を続けてきた桜井市長。避難区域内にはまだ、2000頭の牛が放置されている。
「水より安いと言われる牛乳を、一生懸命出荷している農家の気持ちが私にもよく分かります。人間の命は、常に誰かの犠牲のもとで引き継がれているのです。家畜たちを餓死させるくらいなら札処分してほしいが、多くの農家が申し訳なく思っているのです。国は簡単に判断してほしくないのです。政治に思いやりがなければなりません。私は農家の想いを代弁したいのです」
公費を使った市長の〝露出〟に、市民の批判も少なくないという。
「でも、誰も助けに来てくれない、誰も取材に来てくれないという状況のなかで、ある意味メディアを利用するしか方法が無かったのです」と随行した秘書は話す。桜井市長も「市民は今も、情報という津波に襲われて日々不安が募っています。私は市長という職を獲りに行った人間です。こういう任務を課せられるのも運命なのでしょう」。
桜井市長の訴えは、大きな拍手で締めくくられた。
「亡くなった人々の気持ちをしっかりと受け継いで南相馬を復興させたい。ぜひ皆さん、南相馬に遊びに来てください」
「避難区域」の同心円で街を分断されてしまった南相馬市(同市ホームページより)
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出版記念会は、SKY TG24 の極東特派員であるイタリア人ジャーナリスト・ピオデミリア氏の新刊「放射能という〝津波〟」の発刊を機に開かれた。駐日イタリア大使のほか菅伸子首相婦人も列席。同書は、震災発生直後から30日間にわたって気仙沼市や南相馬市などで続けられた現地取材をまとめた。
会では、ピオ氏がイタリアに送ったビデオニュースの映像が披露されたほか、桜井市長、田口ランディ氏を交えたパネルディスカッションも行われ、ピオ氏は「日本が初めて、独自にリーダーシップを発揮するチャンスだ。原子力が無い世界に、各国を導いてほしい。安全性を担保できないのであれば、他のエネルギーにシフトするべきだ」と話した。福島県内の子供たちを夏の北海道に一時避難させる取り組みに参加している田口氏は、書くの平和利用の名の下に日本にアメリカから原子力政策が持ち込まれた経緯や東海村の事故を紹介し、「脱原発からが始まり」と呼びかけた。