ラッキーせぶん鳥
2010年のカレンダーは、1999年と同じ曜日だ。祝日がちょっと違うが、まっいっか。埃をはらって復活。11年前に作ったカレンダーを、今年また使う。
当時飼ってた桜文鳥。妹が家に連れてきた日は、1995年7月。命日は2001年2月17日。マフラーの目の前を、華やかにせわしなく駆け抜けていった。
妹には歌って踊って寄ってきた。ラフマ茶が近ずくと、壺巣の前で待ち構えて、指をだすと、トゥルトゥル怒ってつついた。笑っちゃうほど人を区別する。そこがまた、かわいい奴だった。
マフラーはトリ肉食べるし、カメもつつかれたら危険なので、2匹を同時に部屋に放すことはなかった。それでも、水槽越し鳥かご越しに、互いにペットという同業者として認識していたかもしれない。
文鳥は、自分のなきあと人間たちを頼むと、マフラーに遺言したのかどーだか。
ちょうど初7日から、マフラーがラフマ茶に頭突きするようになった。まるで文鳥がラフマ茶をつついていた時のように。
穏やかなカメに、文鳥の激しい性格がプラスされ、ますますかわいいカメになった。
今でも文鳥は、家族の話題にのぼる。
マフラーの水槽の淵や、洗濯物干しの上で、ぴょこぴょこしている気がするのだ。
と、いうわけで
カメが音楽鑑賞
マフラーは、ふとんにもぐると、手足も頭も伸ばしっぱなし。無防備な格好で寝てしまう。飼い主がカメを発掘して水槽にもどす。
それまでの間、うっかり踏んでしまわぬように、カメが入った位置に、この軽くて目立つぬいぐるみを置いて、か目印としている。
さて、いつものようにカメを発掘しにきたら、マフラーは自分でふとんから這い出して、テレビの音楽番組を真剣に見ていた。
テレビのなかではオーケストラが演奏している。ヨハンシュトラウス作曲『美しき青きドナウ』
ワルツのリズムで、るんたった。
カメは ノリノリ るんたった。
曲がおわりに近ずくと、ぐるりと向きを変え、

再び、ふとんの元の位置にもぐった。
拍手の音と共にしっぽの先まで完全に退場。
そして、何事もなかったかのように、か目印の下で、発掘されるのを待機した。
マフラーの越冬4
9回目~21回目(今年)
人間の部屋の暖房は、年々充実し、せまい家には、カメがゆっくり冬眠できる適温の場所がない。カメは冬眠していない。毎日の水替えのときは、お湯を足すと、足をのばしてリラッカメするが、すぐ冷める。人間が誰もいないときは、ストーブ消えてる部屋で留守番する。
カメのヒーターを使い始めたのは15回目ごろだった。
マフラーは大きくなったので、もはや土管に入れない。
そこで、空いた土管の中に水中ヒーターを入れてみた。
だが、マフラーは、それが気に入らない。
土管は入れなくなっても「おれのなわばりだー」と、
電源コードは引っ張るし、レイアウトくずしまくり、温度計は、おんどけられた。
ヒーターについては、試行錯誤の結果、去年から「だんとつ」を使用。人間がストーブを消して寝る夜中もあったかめ。
人間のいるときは、ストーブのそばに、水槽ごと移動。(6㎏・・・重い)
可能な時は、窓越しでも日光が射し込む場所に、水槽ごと移動。
今年も秋に一時食欲が落ちたが、11月24日から人間がストーブを使い始めると春モード。煮魚だけでなく、カメプロスも食べ始めた。真冬にカメのえさをたべるのは、今年が初めてだ。
こうして、
いいんだか、悪いんだか・・・
人間の生活に合わせて、年中無休のカメになったのであった。
マフラーの越冬3
8回目(平成8年秋~平成9年春)
冬眠せず。寝ている時間がすこし多めになったていど。ヒーターは使っていなかった。
秋になって食欲が落ちると、カメフード、いろいろ種類を試しても、一切受け付けない。
人間用のエビは食べるのに、カメ用のガマルスを食べない。
人間の食事のメニューをチェックして、魚があると、おねだり。
わが家では煮魚をよくたべる。マフラーには、味のしみてない部分をむしってやる。
生しゃけ、あじ、かれい、さば、さめ・・・
いろいろ食べる。
毎日魚というわけにはいかないし、塩分や油分の多いものはあげられない。
カメの方もなければないでいいらしく、かわりにカメフードをやっても、いらないと言って食べない。
贅沢になってしまったかと思った。
でも、飢えるカメにしておくわけにもいかない。
4月。 体重も減ってきたし、栄養の偏りが心配になってきた。
5月7日、水に漂って見上げているマフラーに、ふと思いついてカメフードをあげてみた。
食べた。春が来たのだった。



















