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緋紗奈のブログ

このブログではモンハンやデジモン
日常で起こったことを自由気ままに
マイペースで描いています

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

塗り潰していく。

 

その感情が生まれる度に黒く塗り潰す。

 

生まれては塗り潰して、生まれては塗り潰していく。

 

楽しかった記憶も。

 

あの人との日々も。

 

黒く塗りつぶして忘れる。

 

どうせもう二度と戻らない、二度と会えない。

 

なら何もかも忘れたほうがいい。

 

毎日毎日忘れて忘れて、そのうちその感情を感じなくなった。

 

これでいい。

 

感じないほうが楽。

 

もう苦しくない。

 

代わりに私には何もなくなった。

 

空っぽになった何か。

 

それは何だっただろうか。

 

それさえもう分からない。

 

何もない人形の私。

 

でもこれでいいんだ。

 

これで私は……。

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

                   ……もうきえたい。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

『うぅ……』

 

どのくらい意識を失っていたのか目を覚ましたら外はすっかり暗くなっていた。

 

「目を覚ましたか。具合どうだ?」

 

声がした方へ視線を向けると恵さんがいた。

ここにいるのは恵さんだけで他に誰もいないみたい。

 

『恵さん、私は……』

 

「話の途中でパニック状態になりかけたから七海さんが術式を使って気絶させたんだ。腹の他に痛むところあるか?」

 

確かにお腹がズキズキ痛む。でも他に痛むところはないから首を横に振る。

痛む箇所は丁度胴体の7:3のところだから、七海さんが急所に重い一撃を入れて気絶させたんだと分かる。

 

「起き上がれるか? 無理そうならそのままでいいんだが、聞いて欲しいことがある」

 

恵さんが私の頭に手を伸ばす。

いつものように撫でてくれようとしてくれた手を

 

私はガバッと起き上がって払いのけた。

 

「魔虚羅?」

 

『……で』

 

「何?」

 

『優しくしないで! 私にはそんなことされる資格ない!』

 

恵さんに頭を撫で撫でされるの好きなのに、もうそれを受け取れない。

何で私はこんなに駄目なの。

何でいらないことしか出来ないの。

 

「魔虚羅」

 

『近寄らないでよ! もう私のことなんかほっといて!』

 

恵さんが近付いて来たけど私は暴れて拒絶する。

言われることなんてどうせ前世と同じだ。

恵さんの口からその言葉聞きたくない。

聞くくらいなら自分から1人になるほうがマシだ。

 

「落ち着け。体力が無いのに暴れても苦しいだけだろ」

 

暴れる私の動きを止めようと恵さんが腕を掴む。

その手を振り解こうとするも体に力が入らなくて振り解けない。

 

『離して! 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!』

 

「落ち着けって言ってるだろ。興奮したら体に障る』

 

頭の中がグチャグチャで自分でも何を言っているのか分からない。

そのせいなのかかつての家族に見捨てられた時のことを思い出した。

殴られ、罵られ、見向きもされなくなったあの時の記憶。

……気持ち悪い。

何かがせり上がってくる感覚がして思わず口を押さえた。

 

「気持ち悪いか? 我慢しなくて良いから吐け。吐いたほうが楽だ」

 

吐きたくないと我慢するも、恵さんに背中を摩られたら耐えきれずに戻してしまった。

水しか口にしていないから吐いたのは水だけだけど申し訳ない気持ちで一杯になる。

勝手に暴れて勝手に気分を悪くして吐くとかなんて面倒なヤツなんだろう。

恵さんは一切気する素振りも見せず、手元にあったタオルを軽く口に当てて体が汚れないようにしてくれてるけど。

 

「まだ吐きそうか?」

 

『ゲホッ……。もう、い……』

 

「そうか。気持ち悪くなったらすぐ言えよ」

 

汚れたタオルをサッと片付けると恵さんはまた背中を摩ってくれた。

以前なら嬉しいと感じていたのに、今は逆に苦しい。

 

『……おね、がいだから放っておいて。もう嫌だ。もう……』

 

誰にも迷惑を掛けたくない。

あまりにも小さくしか呟けなかった言葉を恵さんはしっかり聞いていた。

 

「迷惑だなんて思ってないし、こんなに苦しんでいるヤツが目の前にいて放っておけるワケないだろ」

 

膝を抱えて縮こまる私を恵さんは優しく抱き締める。

前剣舞を披露した後に抱き締めてくれた時と同じように。

 

『本当に、放っておいてよ。私はしちゃいけないことをしたんだ』

 

「別にしてないだろ」

 

『したじゃん。壊相さんと血塗君を眷族にした上に、私が判断を間違えたから恵さん術式を使えなくなって……』

 

恵さんは今術式が使えない。

影を使う応用は出来るけど式神は一切呼び出せない。

間違いなく【十種影法術】の式神だった私が切り離された影響。

というか式神の一体だった私が切り離されて【十種影法術】はどうなるの?

もしかしたら術式そのものが壊れている可能性さえある。

壊れた術式って元に戻るの?

そもそも八握剣異戒神将魔虚羅がいないのに術式として成立するの?

考えても考えても分からない。

こんなことになるなら最初から何もしなければ良かったのに……。

 

「俺の術式はそのうち使えるようになるから問題ない。オマエがいなくなって術式がどう変化するかは俺も分からないけどな」

 

『だったら……』

 

「言っただろう。オマエは悪くない。オマエは自分が出来ることを精一杯やった。壊相と血塗を眷族にしたのもそうだ」

 

『え』

 

「オマエは自分の力を削って壊相と血塗の願いを叶えたんだ。2人を見捨てて自分の転生にのみ力を注ぐことだって出来たのにだ」

 

恵さんは私が気を失っている間に壊相さんから聞いたことを話してくれた。

無理矢理眷族にしたワケじゃなかった。

ちゃんと選択肢を提示して、壊相さんと血塗君は自らの意思で眷族になることを選んでいた。

壊相さんが私を様付けで呼ぶのは敬意を表してということらしい。

 

『でも何で……』

 

「これでオマエと血の繋がった家族になれると思ったからだそうだ。オマエは眷族を“従者”という意味でだけ捉えてしまったんだろ? でも眷族には“血の繋がったもの”、“一族”、“身内”という意味もある。むしろ辞書で調べるとそっちの意味合いのほうが強い」

 

『そうなの?』

 

あまり読む機会がなかったけど、漫画や小説で見ると“従者”という意味しかないと思ってた。

血の繋がったもの、一族、身内。

じゃあ壊相さん達が喜んでいたのは私と血の繋がった家族になれたからなんだ。

そういう繋がり大事にしてそうだもんね。

 

『けど私が死んだら壊相さんと血塗君を道連れにしちゃう』

 

「そんなのオマエが死ななければいいだけの話だ。何で道連れにすること前提なんだよ。オマエが死ななくても別の要因で死ぬことだってあるだろ」

 

『そ、れは……』

 

確かに別の要因で壊相さん達だけ死ぬ可能性だってある。

道連れにしてしまうことだって、そもそも私が死ななければ何の問題もない。

 

「魔虚羅はあの時やれるだけのことを全力でやった。だから誰も魔虚羅のことを責めていない。むしろよくやったと褒めるだろう。俺は聞いただけだけどあの場で羂索に一泡吹かせられたのはオマエしかいない」

 

『何を、したのか自分じゃ覚えてないよ。精霊の力も神の力も……使えるようになる自信なんかない』

 

「魔虚羅ならすぐ使えるようになるだろ。これまでだって俺や五条先生が教えなくても自分の力を使えるようになった。呪骸に組み込まれた妙な術式だってアドバイスしてないのに応用出来るようになってたし、異常に精度の高い呪力感知もまだ完全じゃないにせよ使えるようになってる。【刀剣錬成】なんて最たる例だ。術式があるなんて魔虚羅も知らなかった。でもちゃんと使って呪霊を祓ってみせた。それも初陣でな。だから新しい力もちゃんと使えるようになる」

 

俺達が教えたのは呪力のコントロールと体術、剣術くらいなのにな、と言った恵さんの顔は本当に私が力を使えるようになると信じているものだった。

かつての家族に言われたことをまた言われると思っていたのに、恵さんの口から発せられたのは真逆の言葉。

パキン、と何かが外れるような感覚がする。

 

『でも私は……もう皆の役に立てない』

 

「何故だ?」

 

『だってこの後どうなるか分からないんだもん。私が読めたのは皆が天元と会うところまでで、死滅回遊がどう進んで過去の術師にどんなヤツがいるのか知らない』

 

だからこそ渋谷事変で全てを終わらせたかった。

少なくとも真人を祓えていたら死滅回遊なんて始まらなかったのに。

せめて呪術廻戦が完結する生きていられたら良かった。

 

「それは当たり前だろ。これから何が起こるかなんて誰にも分からない。異世界の記憶があって分かるオマエがおかしかったんだ。だからこれで俺達と同じだな」

 

さも同然のように答える恵さん。

言われてみればそうだけど、それでも知っていたらという考えが拭いきれない。

 

「大体知っていたからって魔虚羅が思っているように事態が進んだことがあったか?」

 

そう問われてこれまでを振り返った。

……ない。

自分が力を失うなんて思ってもいなかったし、それで恵さんと五条先生から力の使い方を教えて貰うなんて想像さえしてなかった。

八十八橋の時だって呪霊の群れが襲ってくるなんて考えてなかったし、陀艮の時も想定したより早く祓えたのに漏斗がもういて驚いたんだ。

思っているように事態が進んだことなんか一度もない。

 

「でも何とかなっただろ。それはどうしてだと思う?」

 

『それは皆が助けてくれたからで……』

 

「そうだ。これからもそれでいい。困ったら、迷ったら、分からなくなったら助けを求めていい。オマエ1人で全てをこなそうとする必要はどこにもないんだ」

 

『……』

 

「これまではオマエがどんなに助けを求めても手を差し伸べてくれる人がいなかったから無意識のうちに“自分のことなんか誰も助けてくれない”と思っていただろ。けどそんなヤツはもうどこにもいない。俺でも釘崎でも虎杖でも五条先生でも七海さんでもいい。ちゃんと助けてって言えば助けてくれる」

 

『そ、んなこと言ったらもっと迷惑掛けちゃう』

 

「じゃあ魔虚羅は俺が昏睡状態になった時迷惑だと思ったか?」

 

『ううん。ただ助けたくて……』

 

本当にそれしか考えてなかった。

意識のない恵さんを助けたい。

自分の味方をすると、守ると唯一言ってくれた人を助けたかった。

 

「俺も同じ気持ちだ。苦しんでいる魔虚羅を助けたい。これは俺だけじゃなくて皆がだ。釘崎は友達を、壊相と血塗は家族を、七海さんは……多分魔虚羅を子供として見てるから大人としてな」

 

恵さんの口からこれまで自分には関係ないと思っていた言葉が出てくる。

いや、壊相さん達はさっき家族って言ってたけど野薔薇さんは私を友達だと思っていたから心配していたの?

七海さんはこの中でただ1人の大人で、子供を守る義務があるから私を心配して……。

またパキン、と何かが外れる感覚がする。

 

「皆オマエをしっかり見て、そして認めてくれているんだ。だから自分のことなんかどうでもいいなんて言わないでくれ。オマエだって俺が自分のことなんてどうでもいいって言ったら嫌だろ?」

 

『……うん』

 

恵さんがそんなこと言ったら悲しい。

無茶なんてして欲しくない。

……。

ああ、そっか。

これまでも皆こんな気持ちだったんだ。

友達が、家族が、守りたいと思っている人が無茶をしていたら悲しい。

もっと自分を大事にして欲しいと思う。

私は……とても愚かなこと言っていたんだ。していたんだ。

これまでの言動の愚かさに気付いた私は思わず自己嫌悪に陥ってしまった。

 

「気付いて苦しいか? でももう二度と言わなければいいだけだし、悪いと思っているなら謝ればいい」

 

『あや、まっても…許してくれない……』

 

「俺は許す」

 

その言葉を聞いて私はパッと顔を上げた。

許すと言われたことも一度も無い。

 

「釘崎達なら誠意を込めて謝ればきっと許してくれる。もしそうじゃなかったとしても俺は魔虚羅を許すよ」

 

パキン、と外れる感覚がする。

1人にでも許して貰えるってこんなに心が軽くなるんだ。

 

『……どうしてそこまで言ってくれるの? 私はもう恵さんの式神じゃないのに……』

 

不思議に思ってつい尋ねてしまった。

これまで色々してくれたのは私が恵さんの式神だったからだ。

けど今の私は精霊。恵さんが気に掛ける理由はない。

その問いに恵さんは返答に迷っているのか僅かに顔を歪ませる。

 

「そう……だな。呪いを全部外してから言おうと思っていたんだが、今言ってもいいか」

 

恵さんはベッドに座り直して私と向かい合う姿勢になった。

なんか……緊張してる?

あんまり見たことない表情してるけど。

 

「俺がここまで言う理由はな……

 

 

 

 

 

魔虚羅のことが好きだからだ。1人の女性として」

 

『え?』

 

恵さんが口から発せられた言葉に耳を疑った。

いくら鈍感な私でもここまでハッキリ言われれば分かる。

好……き? 恵さんが私を?

嘘や冗談では絶対ない。

恵さんはそんなこと言わないって知ってるし、何より恵さんの顔が若干だけど赤くなってる。

本当に私のことが好きだと、そう……。

 

『なん、で? 私は人じゃないし、恵さんに好かれるようなことしてないよ』

 

むしろ迷惑しか掛けたことないよね!?

好きになる要素何一つないよね!?

 

「確かに魔虚羅は人ではないけど、元々俺人間そんなに好きじゃないからある意味必然じゃないか?」

 

あー、そういえばプロフィールのところでストレスの原因が「人間」ってなってたような……。

て、いやいやいや。そういう問題じゃなくない!?

 

「最初は自分でも驚いたけどな。怖がりで寂しがり屋だけど、誰よりも頑張り屋で優しいオマエが好きだ」

 

『ぇ……あっ……』

 

「ちょっとした可愛い仕草も好きだし、俺のために怒ってくれるところも好きだ。流れる水のような美しい剣捌きも好きだ。後は」

 

『待って恵さん! マジでタンマ!!』

 

つらつらと好きなところを述べていく恵さんにあっという間にキャパオーバーした。

間違いなく茹で蛸みたいになってる顔を両手で覆い隠す。

恥ずかしすぎて逃げたい。

前ならこんなこと言われたら即気絶してたのに、多少なり耐性が付いてしまったので気絶出来ない。

 

「そうやって恥ずかしがっているところも好きだぞ」

 

『……モウ止メテ下サイ。コレ以上ソノ攻撃ヲ受ケタラ死ンデシマイマス』

 

チラッと指の隙間から恵さんの顔を見ると今まで見たことがないほど優しい表情をしていた。

イケメンのその表情はヤバいでしょ! 軽く兵器だわ!

 

「でも自分がどんなに辛くて苦しくても我慢してしまうところはあまり好きじゃない」


さっきまでの甘い感じの声から一転、真剣な声色で私に語りかけて来た。

それに感化されるように私もスッと冷静になる。

 

「今は精神が不安定だから表面に出ているけど、いつもなら我慢しているだろ。苦しい、しんどい、辛い、寂しいと感じても誰にも悟られないように。俺はそれが嫌だ」

 

『別に私はそんなこと思ったことない、よ?』

 

前世の記憶が蘇った時はしんどかったけど、それ以外で特段そう思ったことはない。

恵さんが気にしすぎているだけなんじゃないかな?

 

「感じたら余計しんどいから感じないように心を殺しているだけだ。でもそれだといつか必ず限界を迎えてパンクする。魔虚羅が式神だった時は魂の繋がりからそれを感じることが出来たからなんとか助けられたけど、もう俺はそれを感じることが出来ない。だから苦しい時は苦しいと、辛い時は辛いと言ってくれ。言ってくれないと俺はオマエを助けられない、守ってやれない」

 

私の手をそっと握って懇願する恵さん。

でも……。

 

『言、え…ない。言ったら、怒られる…』

 

それは自然と口から出てきた言葉。

苦しいなんて言ったらこれまでどんなことをされてきたのか。

頭では覚えていないのに自分でもよく分かる恐怖心で手まで震える。

 

「俺は怒ったりしない。というか怒るヤツのほうがおかしい。自分の苦しみを打ち明けるってことはそれだけその相手を信頼してるってことだろ。誰だって会ったばかりのヤツにそんなこと言ったりしない。なぁ魔虚羅。俺は苦しみを打ち明けられないほど信頼するに値しないヤツだろうか?」

 

『! ち、違う!』

 

恵さんのことは誰よりも信頼してる。

もし恵さんが何かで苦しんでいたら何で苦しんでいるか言って欲しいと思う。

そこまで考えてハッとなった。

……そうだよね。

私でさえそう思うのに、こんなに私を好きだって言ってくれている恵さんは尚更そう思うよね。

 

「俺は魔虚羅に誰よりも幸せになって欲しい。苦しんでいるところなんか見たくない。独りで苦しい思いをさせるくらいなら俺も同じ苦しみを背負う。決めたんだ、魔虚羅を守ると。だから言ってくれ」

 

『言ってもお、こらない? 突き放したりしない?』

 

「しない」

 

『くだらないことだって笑ったりしない?』

 

「そんなことを言うのは人の苦しみを理解出来ないクズだけだ。どれが痛くて苦しいかなんて人によって感じ方が違うからな」

 

『どんなに私が弱くて役立たずだって分かっても?』

 

「最初に会った時からそう思ったことは一度もない。むしろ戦闘とは無縁の生活をしていたのによく頑張っているなと思ってた。虎杖と違って怖がりだったのに、今ではあの両面宿儺とも渡り合えるくらい強くなった。渋谷事変の時も時間を稼ぐことに重点を置いてなかったら勝っていただろう」

 

恵さんの言葉が心に響く。

胸の奥からじわじわと何かが溢れ出てくる。

 

「だからなのか死滅回遊も津美紀のことも魔虚羅と一緒なら何とかなると思ってる。魔虚羅がいなかったらきっとここまで心に余裕はなかっただろう。魔虚羅の存在が俺のことも支えてくれている。俺には魔虚羅が必要なんだ。これからも俺は魔虚羅と一緒にいたい。共に戦う相棒として、心を寄せ合う恋人として」

 

 

 

――パキン!

 

 

 

これまでで一番大きくその音が響いた。

瞬間、何かが頬を濡らしてポタリと手に落ちた。

 

『……?』

 

手に落ちたのは水滴だ。

その水滴は次から次へと手に落ちてくる。

これは何?

 

「ああ、やっぱりそうか。記憶を見た時も一度も泣いてないから、泣けないんじゃなくて泣き方を忘れているんじゃないかと思ったんだけど、当たってたみたいだな」

 

泣いてる? 泣いてるって誰が?

そっと頬に手をやるとそれは自分のことだと分かった。

私目ないのに何処から涙出るの?

と一瞬思ったけど、そういえば怨霊だった時の里香ちゃんも目ないのに乙骨君に怒られて泣いてたっけ。

そんなこと見当違いなことを考えている間もボロボロと涙が出てくる。

 

「泣き慣れていないってすぐ分かる泣き方だな。物心ついた時からほとんど泣いてないから当たり前だけど」

 

『へ、あっ……ごめん、なさい。すぐ泣、き止むから……』

 

涙を止めようとするも全く止まる気配がない。

堰を切ったかのように溢れ出て来る。

 

「泣き止む必要ない。その涙と一緒に吐き出せ。今まで苦しかったことを全部」

 

恵さんはまた私をそっと抱き締める。

さっきとは違う系統の抱擁。

とても温かくて守られている感覚。

そしていつものように頭を撫でられると私は安心してそれを口にした。

 

『……しかっ…た。寂しかった。ずっとずっと……寂しかった』

 

一度声にしてしまえばもう止められない。

これまで殺し続けて来た感情が一気に押し寄せる。

 

『私が悪いって分かってたけど、それでも……1人にしないで欲しかった。家族だって認めてくれなくても良いからあの輪の中に入れて欲しかった』

 

家族の笑い声が、楽しそうな声が聞こえる度に心臓を抉られるように苦しかった。

私が落ちこぼれで出来損ないだから見放されたのだと分かっていても、私も皆と一緒にあの幸せそうな空間にいたかった。

私は跡継ぎだからずっと家族は厳しかった。

でも妹は違う。誰からも愛されていた。

姉じゃなくて妹として生まれていたら皆に愛されていたのかと思ったことが何度あったか分からない。

 

「オマエは悪くないって言っただろ。というか例えオマエが悪かったとしてもあんなに顔が腫れるまで殴るなんて躾じゃない。ただの暴力だ。男の力で殴られて痛かっただろう」

 

『い、たかった……。でも止めてって言っても止めてくれな……』

 

痛かったし怖かった。

でも私が悪いから殴られて当然だし、止めてと言っても止めてくれなかったから必死に耐えた。

早く終わってと願いながら……。

 

「子供達と楽しく青空教室していたのに、あんな風に奪われて悔しかっただろ。子供達だけじゃなくてオマエも嬉しそうだったのにな。本当に最低な親だ。魔虚羅は当主の座なんてもう関心さえなかったのに、魔虚羅の言い分を何も聞かずに一方的に怒鳴りつけて。ああいうの毒親って言うんだよな」

 

『うん。あの子達が私を見てくれているのが嬉しくて…ずっとこのままの日々が続いたらって思って……』

 

きっかけは些細なことだったけど、いつの間にか子供が沢山集まって青空教室になってた。

「お姉さんのお陰で満点が取れたよ!」「クラスの誰も解けなかった問題俺だけ解けて先生驚いてたぞ。お姉ちゃん次はここ教えて!」

そう言ってくれるのが嬉しかった。

なのに……あれからのことをほとんど覚えていない。

ああ、その日の記憶を全て忘れてしまうほど私は壊れていたんだ。

 

「映画観たかっただろ。あんなに大好きだったもんな。事故の時、続きを見たくて助けを求めたのに最後の最後まで見捨てられて辛かったよな」

 

『……観たかった。アニメも戦闘シーン凄かったから映画だともっと凄いんだろうなって…。乙骨君と里香ちゃんがどんな声なのか知りたかった。漫画もどうなるか楽しみで……。もう少し…せめて完結するまで生きたかった』

 

どうして読み始めたのか覚えていないけど本当に大好きだった。

自分でもこの伏線がこう繋がっているじゃないかとか考察してみたり、他の人の考察動画も見漁っていた。

あの日常を忘れるくらい熱中してた。

でもそれが突然消え去った。

……事故の時のことは記憶に残っていない。

けど“私は誰にも助けて貰えないんだ”という強い絶望が心に刻み込まれている。

 

『気が付いたら生まれ変わってて、それが何故か最強の式神だし……正直マジで嫌だった。戦うのもだけどいつか恵さんを殺すかもしれないと思うと恐くて……。生まれ変わったのが呪術廻戦の世界なのは嬉しかったけど』

 

「魔虚羅は争うの嫌いだからな。剣さえ持ちたくなかっただろ? でも良くやった。頑張ったな」

 

『だって皆がいなくなるの嫌だもん。恵さんも虎杖君も野薔薇さんも五条先生も……うぅん、高専にいる人達全員私の憧れの人だから……』

 

皆私にないものを持ってて、呪術廻戦を読んでいて本当に憧れた。

この人達と同じ所にいられるなら、原作改変でも何でもやってろうと。

それにここから頑張ればきっと認めてくれる。

力を身に付けて呪霊を祓い続ければ要らない存在だなんて言われない。

どんなキツい特訓も頑張ってこなそう。

もう二度と……見捨てられないように。

 

『でも……もう頑張りたくない。……もう、つかれた』

 

あれだけ頑張れていたのにする気力が湧いてこない。

何もしたくない。何も考えたくない。

けどそんなこと言ったら怒られる。また見捨てられる。

そう思ってしまって言えなかった。

 

「これまで常に全力疾走してる状態だったんだ。誰だって疲れるさ。どんなに強い意志を持ってる人でも走り続けるなんて不可能だ。特に今の魔虚羅は目標を失った上にこれまで張り詰めていた緊張が切れてる。無気力になってしまうのも無理ない。だからこそしっかり休め。十分休めば心も体も元気になる」

 

『皆に…嫌われたりしない、かな?』

 

「そんなことで嫌ったりしない。逆に皆オマエがあまりにも休んでないから心配していた。魔虚羅はこの数ヶ月ほとんど休んでない。特級術師の五条先生だって休みの日くらいあるぞ。これが数ヶ月分の休みだと思って気兼ねなく休め」

 

『……』

 

本当は言われなくても知ってる。

皆がそれくらいで私を嫌ったりしないことを。

なのにどうして私はそういうことを考えてしまうんだろう。

原作を読んで、実際に接して、ちゃんと知ってるのに……。

 

『……嫌い、嫌いだぁ。こんな醜い考え方しか出来ない自分なんか……大っ嫌い……』

 

真っ先に見捨てられることを考えてしまう自分も。

本当の意味で皆を信じられない自分も。

自分の全てが嫌い。

臆病で醜く歪んだ自分が大嫌い。

こんな自分なんか消えてしまえと思うほど……。

 

「そうだろうな。今までオマエを肯定してくれる人はいなかったんだ。それじゃあ誰だって自分を嫌いになる。けどもう大丈夫。時間はかかるだろうが、自信を持って自分を好きだと言えるようになる」

 

『なれないよ。恵さん達とは違う意味でイカれているのに……』

 

「なれるさ。俺だけじゃなく壊相も血塗も釘崎も魔虚羅が好きだ。魔虚羅を好きだと想う人達が近くにいれば自然と自分を好きになれるから」

 

――好き。

 

私には一番縁がないと思っていた言葉。

その言葉を恵さんは惜しげもなく言ってくれる。

 

『私も…皆が好き。最初は物語に登場するキャラクターとしてだったけど、今は人として…。けど何て表現したらいいのか分からなくて……』

 

下手なことを言えば嫌われるかもしれない。

またそんなことを考えてしまってどうしてもそれを口に、態度に出せなかった。

 

「難しく考えなくていいだろ。その言葉をそのまま言えばいい。そんなに怖がらなくても好意には好意で返ってくる。と言ってもその経験がないから分からないか。急がなくていい。これもそのうち理解出来るようになるから心配するな」

 

『……うん』

 

泣き続けているし、醜い部分をさらけ出しているに恵さんはずっと優しく抱き締めて声を掛けてくれている。

弱くて臆病な私を受け入れてくれている。

受け入れられるってこんなに安心するんだ。

なんだかホワホワする。

 

『恵さん。精霊なんてよく分からない存在になっちゃったけど、私は…まだここにいていい? 皆と一緒にいていい?』

 

「俺はいて欲しい。いなくなったら寂しい。ここにいてくれ魔虚羅」

 

『…私がいなくなったら寂しい?』

 

「ああ、寂しい。俺にとってはかけがえのない相棒だし、一等大事な人だからな」

 

『そっか…』

 

そんなこと言ってくれる人は誰もいなかった。

私がいなくなったら寂しい。ここにいて欲しいと。

 

 

誰でもいいから…そう言って欲しかった。

 

『う、うぅぅ……あぁ、あああ…あああああああああああああああ!!』

 

例え嘘でも、間違いでもいいから。

私が必要だって、いて欲しいって。

ここにいてもいいと言って欲しかった。

 

「ずっと辛かったよな。もう大丈夫だ。終わったからな。独りぼっちの時間は」

 

本格的に泣き出した私を慰めてくれる恵さんに更に安堵したのか、これまで泣けなかった分泣き続けた。

静かな病院にただひたすら悲痛な泣き声が響いた。

 

◇◆◇◆◇

 

いやはやどれくらいの時間泣き続けていたのか分からないんだけど、ようやく泣き止みました。

もう体中の水分全部出し切ったんじゃないと思うくらい泣いた。

流石に泣きすぎじゃない? と思ったんだけど人であった時の分も泣いたらこうなるか。

 

「喉が渇いただろう。何か飲むか?」

 

『……じゃあ麦茶で』

 

「分かった。少し待ってろ」

 

恵さんは慣れた様子で飲み物を用意してコップを私に手渡す。

ちなみに私は人間みたいに水を飲めないので少し顔を上に上げて鳥のように飲みます。

最初に人間の時と同じ感覚で飲んだら盛大にこぼしちゃったのよね。

食べられるそうだからご飯食べてみたいんだけどこれは慣れるのにちょっとかかりそう。

 

『あの……ごめんなさい。みっともなく泣いたりして……』

 

「気にするな。泣き止む必要ないと言ったのは俺だ」

 

そうなんだけどかなりの大泣きだったし、随分長い間泣いてたから恵さんの服濡らしちゃったよ。

まぁ恵さん全く気にしていないけど。

しかし泣いたせいなのか、それとも今まで苦しかったことを暴露したせいなのか……うん、これはどっちもだな。

凄くスッキリした。

これまで全てが霞んでいたんじゃないかと思うくらいクリアに感じる。

泣くのって大事だったんだ。

 

「大分落ち着いたみたいだな。じゃあ改めて言う」

 

『? 何を』

 

恵さんは座り直してまた私と向かい合う体勢になる。

そして私の顔をしっかりと見て…

 

「魔虚羅、オマエが好きだ。俺の恋人になってくれ」

 

また告白してくれた。

 

『あ、ぅえ……っと』

 

どうしよう。何て言って良いのか分からない。

私も恵さんのこと好きだけど……好き、だけど……。

いやさ、惚れるでしょ! こんなの!

惚れない人いる!? ここまでしてくれた人のこと!!

絶対この前から好きだったけど!!

もうね、野薔薇さんから言われたこと全部当てはまってるのよ。

めちゃくちゃドキドキするし、一緒にいたいと思うし、喜んでくれたらいいなーと思うし、否定できる要素が何一つない!!

 

『(けど……私なんかより恵さんには相応しい人がいる)』

 

恵さんイケメンだから隣に立つのなら誰もが目が眩むくらい綺麗な人がお似合いだろう。

私は精霊で人間じゃない。

姿も完全に人外で、一般人から見たら化け物の分類だ。

私じゃ釣り合わない。

恵さんが私の幸せを願ってくれたように、私も恵さんに幸せになって欲しい。

身を引いたほうがそれに繋がるんじゃないかと一瞬思った。

 

『(……でもそれは違うよね)』

 

だって恵さんは私と一緒にいたいと言ってくれたんだ。

なのに私が離れていったら恵さんきっと寂しい。

 

『め、ぐみさん』

 

まだ考えが纏まらないし、この返答で良いのかも分からない。

けどちゃんと伝えないといけないことだ。

頑張れ私!

 

『正直に言うと、私では恵さんの恋人には相応しくないと思う』

 

「……」

 

『見た目もこんなで人間じゃなくて精霊だし、だから……私なんかが恋人じゃ、恵さんすっごく苦労するんじゃないかなって考えてる』

 

「……」

 

『そ、れでも…私も恵さんのことが……好、き。恵さんと一緒にいたい』

 

よ、よし! 何とか言えた! ……のか?

告白ってこれでいいの?

かなり支離滅裂な言い方な気がする!

 

『ああ、っと……でも恵さんに他に好きな人が出来たら潔く身を引くからそこは安心し「それはない」え、わっ!?』

 

それ言い切る前に恵さんに遮られて抱き締められた。

何の前触れなく抱き締められたけど、あまりに突然で驚くことも出来ない。

 

「やっとオマエを心置きなく愛せる」

 

『え、ええぇ、えええええええ!? ちょっと恵さん!?』

 

結構強くハグされてるんだけど全く苦しくない。

むしろ私のことを想っていると凄く感じる。

待って。もしかしなくても思ってるより恵さん私のこと好きなの!?

 

「悪ぃな。あまりにも嬉しくて」

 

『う……うぅん。恵さん…嬉しい?』

 

「嬉しい。ずっと好きだったからな」

 

『ずっと? ずっとって……いつから?』

 

「ハッキリ自覚したのは姉妹校交流会の時だ。けど東堂に好きな女のタイプを聞かれた時真っ先にオマエの事が思い浮かんだから、その時から気はあったと思う」

 

想像よりも前だった!

ってかそれだと割と最初の頃から私のこと好きだったの!?

マジっすか!?

あんなへなちょこに弱い時だったのに。

 

「本当は抱き締めるだけじゃなくて色々としたいことがあるけど、魔虚羅が受け止めきれないだろうから止めておく。オマエが嫌がることは絶対にしないと約束するからな」

 

『お、お願いします。あの……恵さん』

 

「何だ?」

 

『私も、ギュッてして……いい?』

 

「いいぞ。遠慮するな」

 

恵さんからいいと返事が来たので恐る恐る手を恵さんの背へ回す。

こんな感じで良いのかな?

 

「もう少し力を入れても大丈夫だぞ」

 

『これくらい? ごめんなさい。加減がよく……』

 

「それは仕方ない。魔虚羅は家族ともまともにスキンシップしたことがないんだ。ゆっくりでいい。これもそのうち慣れる」

 

『ありがとう恵さん。……ん?』

 

ここでふと疑問に思った。

何で恵さん私自身が覚えていなかったことを知っているのかと。

大泣きしてた時に言っていたことがまさにそれ。

まるで私の過去を直接見ていたような言い方だった。

 

「それはそうだろう。本当に見たんだ」

 

『へ?』

 

そして私は恵さんから衝撃的な事実を聞かされた。

嘘でしょ!

まさか私の過去を夢で見ていたなんて誰が想像出来るのよ!

しかもその犯人は式神の意思。

回答が予想の斜め上すぎる!

 

「式神の意思に悪気はない。彼……いや彼女? もオマエに幸せになって欲しくてそうしたんだ。愛されているな魔虚羅は」

 

アイサレテイルノカナー?

 

「そういうことだから大丈夫だ。魂の傷が完全に塞がれば術式は使えるようになる」

 

『え。欠片とはいえ式神の魂と融合して恵さんなんか体に変化とかないの?』

 

「ないけど、式神の意思の気持ちが合わさってるから魔虚羅のことが好きで好きで仕方ない」

 

『え゛!?』

 

「もっと愛したい。身も心も欲しい。ドロドロに甘やかして俺が『恵さんストップぅ!!』」

 

明らかに弊害出てんじゃん!

本編の伏黒恵じゃ絶対に言わないであろうこと言ってる!

ああーもう。体が熱い!

また茹で蛸みたいになってる!

 

「今はしないから安心しろ」

 

『“今は”…じゃん。め、恵さんはそういうこと……し、したい?』

 

身も心も欲しいってことはつまりそういうことだよね!?

ボッチ高校生だったけど流石にその言葉がどういう意味か分かりますよ。

だから……あ、あれですよ。

女の子に言わせるな!

 

「したくないと言ったら嘘だな。けど心配するな。さっきも言ったが魔虚羅が嫌がることはしない。魔虚羅のペースに合わせる。なんなら“縛り”でも設けるか?」

 

『いや…そこまではしなくていい。でもそれだといつになるか分からないよ?』

 

その前に精霊と人間がそういうこと出来るのか分かんないけど。

出来る気はするけどね。何となく……。

だから女性の体になったんだろうし、って……あれ?

まさか私もそういう気持ちちょっとはある??

 

「俺は構わない。確かにその気持ちはあるけど、こうして抱き合っているだけでも俺は嬉しいし幸せなんだ。しかし柔らかくて温かい魔虚羅は。呪骸だった時とは大違いだ。生身だから当たり前だけど」

 

恵さんは感触を確かめるように私をもっと強く抱き締める。

前に抱き合った時は呪骸だったからね。

それは私も同じであの時よりも恵さんの匂いを強く感じるし、あの時は感じられなかった体温も伝わってくる。

温かくて気持ちいい。

やっぱり安心するなー恵さんの匂いは。

恋人になったんだからこの温もりに触れてていいんだよね。

 

「眠いか? いいぞ眠って。弱っているのにあんなに泣いたんだ。疲れただろう」

 

『ふ、ぇ?』

 

恵さんの言葉で自分がウトウトしていることに気が付いた。

ウトウトというかもう眠る一歩手前という感じ。

ヤバい。一瞬でも気を抜いたら即刻寝落ちする。

眠るならせめて横にならないと、と思ったんだけど体が言うことを聞かない。

これ体はもう寝てるね。

どうしよう。流石にこの体勢で寝落ちするのは……。

 

『めぐ、みしゃん…よこに、なりゅ……』

 

何とか声を出すも最早呂律は回っていなかった。

マジでどうしよう。恵さんに負担掛けたくないのに。

 

「このままでいいから眠れ。俺の体温や匂いを感じて安心してる証拠だろ。眠くなってしまうくらいオマエを安心させてあげられていると知って俺は嬉しい。それを堪能したい気分なんだ。だから眠って、魔虚羅」

 

このままでいいとの恵さんの声と駄目押しの頭撫で撫で。

レジストは不可能だった。

私は睡魔に誘われるがままゆっくりと視界を閉ざす。

 

「お休み」

 

『おや、す…みなしゃい……』

 

生まれて初めてなんじゃないかと思うほどの安心感に包まれながら私は眠りについた。

 

 

◇◆◇◆◇

≪伏黒恵視点≫

 

力なく俺の体に寄りかかり眠る魔虚羅。

すやすやと寝息を立てている。

触れても起きないことを確認するとホッと一息ついた。

 

「やっと眠れたな」

 

魔虚羅はあれからほとんど眠っていない。

高熱があった時は眠っていたけど、眠るというよりは意識を失うに近かった。

熱が下がってからは視界を閉ざしても眠ることはなかった。

不安だったんだろう。

目を覚ましたら誰もいないんじゃないか、また独りぼっちになるんじゃないかと。

誰よりも休息が必要な状態だったのに、強すぎる不安がそれを阻害してしまっていた。

ようやく心の奥底にあった不安を取り除いてやれた。

とはいえ一度傷付いた心はそう簡単に治らない。

傷付けられた以上に沢山愛してあげないとな。

そうすれば自然と良くなる。

時間はかかってしまうが、こればかりは仕方ない。

気長にいこう。

さて、名残惜しいけど横に寝かせてやるか。

流石に寝苦しいだろうからな。

そっとベッドに寝かせると、離れるのが嫌だと言わんばかりに俺の服を掴んできた。

可愛すぎか。

こんなに可愛いのに見捨てるクズ共の気が知れない。

知ろうとも思わないが。

 

「大丈夫だ。傍にいる」

 

そう呟くと服を掴んでいた手がスルリと離れた。

あぁ、本当に可愛い。

最初に魔虚羅への恋心に気付いた時は耐えられないかと思ったけど案外耐えられるものだな。

大事にしたいという気持ちのほうが強いんだろう。

何故こんなにも彼女を愛しているのか、やっぱり自分では分からない。

考えても分からないから悩むのは途中で止めた。

そのほうが気が楽だし、釘崎曰く「恋愛なんて理屈じゃないんだから好きなら好きでいいじゃない。その理由で悩む必要ないでしょ」と言われたらその通りだと思った。

 

「愛してる」

 

今の魔虚羅にこう言うと多分気絶する。

「好きだ」という度に真っ赤になってたからな。

それもまた可愛らしい。

べた惚れとはまさにこのことだろう。

 

「もう離れない。離さない。絶対に、二度と……」

 

今度こそ幸せにするんだ。

今度こそ苦しい思いをさせない。

今度こそ、今度こそ!!

……。

“今度こそ”?

何故“今度こそ”と思ったんだろう。

そう思う理由はないハズ……。

 

“『それはないよ。だって恵さんはあの子をもう一度愛するために生まれて来たんだから』”

 

“『人の思いは凄いね。時空さえ超えてしまう。これであの子の初恋は実ったも同然だ』”

 

その時、式神の意思が言っていたことを思い出した。

ま、さか……。

もし仮にそうだとしたら記憶はないが、彼女への思いだけが残っているという状態なのか?

……いや、例えそうだったとしてもどうでもいいことだ。

今は今。

前世は前世だ。

いずれにせよ俺は彼女が好きなんだ。

その事実だけ分かれば良い。

 

「愛してる魔虚羅。この命が続く限りずっと一緒にいよう」

 

まだ魔虚羅には言えない言葉。

高専を卒業したらプロポーズしよう。

魔虚羅はまともに祝われたことがないから結婚式してあげたい。

あんまり盛大過ぎると引いてしまいそうだからなるべく質素にするか。

そのためにも金を貯めて……身長五条先生並みに伸びねぇかな。

今のままだと結構身長差があるから出来れば180は超えたい。

まだ伸びるハズだからそれも頑張るか。

新しい目標を決めながら、安眠している魔虚羅を愛で続けた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

・光の精霊で元最強の式神

この度長年心に絡みついていた鎖が消えた成り主。

もうSAN値も限界だったけど、伏黒恵のお陰でなんとかなった。

両想いになったはいいが、これまで恋愛経験はおろか恋愛系の漫画も小説も読んだことがないのでどうしていいか分からない。

野薔薇や真希からアドバイスを貰いながらちょっとずつ進展していく模様。

多少耐性は出来ているので2人きりの時に手を繋いだり抱き合うくらいはなんとかなる。

 

・伏黒恵

念願叶って想いを伝えた元ご主人様。

魔虚羅が精霊になったのは驚いたがそのほうがずっと傍にいられるし、生身で触れ合えるから嬉しい誤算だと思ってる。

が、魂の繋がりを無理矢理切ったメロンパンには怒り心頭。

許すつもりは欠片もないが、今のままでは例え相対しても負けるのは目に見えているので五条悟並みに強くなろうと決意している。

魔虚羅への想いを自覚してから恋愛小説(ノンフィクション)も読んでおり、そこそこ知識はある。

とはいえ実際の恋愛経験はゼロなのでかなり慎重。

相談相手に五条悟は選びません。絶対です。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

≪(久々の)じゅじゅさんぽ的なおまけ≫

 

釘・壊「……┃ω・)チラッ」←覗き見中

 

釘「やっと両想いになったか。長かったわね」

 

壊「そうですね。恵さんはどれ程前から魔虚羅様に好意を抱いていたのですか?」

 

釘「どんなに少なく見積もっても3ヶ月ってとこ。全く……さっさと言えば魔虚羅あんなに苦しまなかったのに、以外と根性ないわね。まぁちゃんと伝えて魔虚羅のこと助けたんだしいいか」

 

壊「しかし魔虚羅様のあのご様子ですと、恵さんとの関係は中々進展しないのでは?」

 

釘「しないと思うわ。伏黒も魔虚羅が大事すぎて無理強いしないでしょうし、こりゃキスするのにも数ヶ月かかりそう」

 

壊「いえ、案外早いかもしれませんよ? 慣れるのに時間はかかってしまうでしょうが、慣れてしまえば一気にことが進むと思います」

 

釘「じゃあどれくらいで一線を超えられるか賭けない? 私は1年で。ん? その前に精霊って人間と出来るの?」

 

壊「私もまだ成り立てで自分の体のことはよく分かりませんが恐らく大丈夫かと。では私は半年にしておきます」

 

七「……2人共、そんなところで何をしているのですか?」

 

釘・壊「「あ」」

 

――ドズッ、ドズッ!

 

七「覗き見をするのも勿論のこと、彼らの関係で賭けごとをしようなど何を考えているのですか。ようやく落ち着いたのですからそっとしてあげるのが友であり家族というものでしょう?」

 

釘・壊「「その通りです」」

 

七「罰として1時間正座をしなさい。一言も発してはいけません。いいですね」

 

釘・壊「「……はい」」

 

血「七海かっけーなぁ。俺も七海みたいな大人になりてぇ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

成熟期に進化して5年が経ちました。

やはりというべきか黒閃を成功させることが出来なくて進化できません。

ぐぐぐ……他の皆どうやって成功させたんだ?

全く成功できる気がしないんだけど。

 

「マ、なんとかなんじゃね。俺は呪力ねぇから知らねぇけど」

 

「いっそのこと諦めて【月の妖精】に進化したらどうですか? もうこれに進化するって皆で決めてるんだし」

 

「そう言われたらそうなんだけどさー」

 

そんな話を15歳になった甚爾と11歳になった清松としております。

甚壱は今いない。呪術高専の京都校のほうにいる。

私が見聞を広めるためにも行った方が良いといったのだ。

私と甚爾のことが心配で行くのをかなり渋っていたが押し通した。

甚壱はこの腐って曲がりきった禪院家を変えるために当主になろうとしている。

理由は勿論私や甚爾、清松みたいな子を守るため。

そのためにも色んなものを見て体験したほうがいい。

高専はうってつけの場だ。

一応高専は寮生なんだけど、やっぱり私達が心配なのか割とちょくちょく帰ってくる。

私達のことより友達と遊びなさいよ。

そして皆と相談した結果【月の妖精】に進化することは決まっている。

でも今までは進化条件全部達成してから進化してたから、できれば完全体まではそれを貫きたい。

【究極体】は流石に無理だと思うけど。

絶対にえげつない進化条件あるから一点特化にしたほうがいいでしょ。

 

「なんや。相変わらず辛気くさいとこやな。お通夜かい」

 

「ほほう。その辛気くさいところに自ら進んで来てるのはどこの誰かな? 直哉君」

 

そんでもってこの物置部屋にしょっちゅう来るちびっ子ができました。

禪院直哉。

私が人間だった時の一応旦那の弟の末っ子。

何でか知らんが3ヶ月前にひょっこりやって来て開口一番に……

 

「落ちこぼれの集団がいるって聞いて来たんやけど、なんやこれ」

 

「あ゛?」

 

と言ったクソガキだ。

勿論それが私の逆鱗に触れないはずはなく。

 

「力は何のためにあると思う?」

 

――ギリギリギリ……。

 

「そ、そんなん知らん! ちょっ…苦し」

 

「知らんじゃないわよ。知らないままでいようとするんじゃない。まだ子供だろうけど考えなさい。ちなみに私は可愛い可愛い息子達を守るためよ」

 

――ギリギリギリ……。

 

「分かった! 考えるさかい、ホンマに離し」

 

「後女の子と卑下にしすぎよ。周りに何言われてるか大体予想が付くけど、その考えもここに来たからには叩き直してあげるわ」

 

と、私の触手で体をギリギリ締め上げながら数時間に渡りお説教しておりました。

それから強制的にここに連れて来ては本来幼い頃にするべき教育を叩き込んだ。

客間から盗んできたテレビ(誰も観ていないので気付かれていない)で教育番組見せたり、外で大いに遊ばせたり、私も甚爾達がちっちゃい頃と同じように接した。

最初は嫌々やってた直哉だけど最近は自分でここに来るようになっている。

まだ口は悪いけど、大分丸くなってきた。

 

「で? 今日は何しとんの?」

 

「見て分かるだろ。清松に体術教えてんだよ」

 

清松の術式は【木工術】という木を自由自在に加工するもの。

基本は裏方に徹する術式だろうけど、万が一呪霊や呪阻師に襲われた時1人でも戦える力があったほうがいい。

ということで今甚爾と清松が組み手をやってる。

何だけど甚爾が強すぎて始めて1時間も経ってないのに清松はすでにボロボロである。

 

「甚爾、本気出したら駄目だからね」

 

「分かってるって。ほら、さっさと立て清松」

 

「は、はい!」

 

スパルタだなー甚爾。

お陰で清松は受け身が異常すぎるくらい上手くなった。

 

「楽しそうやん。俺も混ぜたってー」

 

「直哉にはまだ早いでしょ。もうちょっと体が出来上がってからのほうがいいと思うけど」

 

「別に良いだろ。やりたいっつってんだ。おら、かかってこい」

 

「おおきに!」

 

直哉は【投射呪法】という禪院家の相伝術式を持ってる。

まだ幼いのに次期当主候補だ。

子供らしいこと何てさせて貰えていないでしょう。

ただひたすら呪術の勉強と戦闘訓練をする日々。

そりゃ性格ねじ曲がるわ。

まだ更正できる年齢でここに来たことは運としか言いようがないね。

 

「30分したら休憩しましょう。桑の実でジャム作ってあるから、パン焼いてあげるね」

 

「マジですか! やったー!!」

 

「なんや桑の実って」

 

「こんなやつだよ」

 

「……今甚爾君その辺の木から取ってきたやん。こんなん食えるん?」

 

「食べられるわよ。集団恐怖症の人涙目の見た目してるけど程よい酸味と甘みがあって美味しいんだから。騙されたと思って食べてみなさい」

 

その後、嫌々桑の実ジャムを口にした直哉だけど気に入ったみたいでバクバク食べていた。

自生する木の実だって美味しいのよ。

まともに甘味が食べられない甚爾達には最高のおやつなんだから。

はぁ、こんな生活してるせいで食べられる野草とか木の実の知識が増えたわ。

育ち盛りの子達を飢えさせないために野草の見分け方も調理法もバッチリ覚えた。

生きるために身に付けた知識だけど今じゃ趣味の一環になってる。

よし、秋になったらキノコの炊き込みご飯を直哉にも食べさせてやろう。

天然のキノコはめちゃくちゃ美味しいんだ。

度肝抜かせてやるぜ。

 

◇◆◇◆◇

 

 

それからしばらく。

実りの季節になったので私は山に栗を取りに少し出ていた。

無駄に広い禪院家の敷地。

敷地内の山には栗とか柿、後アケビも自生しているのでこの時期になるとよく山に出ている。

焼き栗と栗の甘露煮も作ろうっと。

しかし家路につくと、物置部屋が荒らされていることに気付いた。

甚爾と清松がいない。

出ていたのはほんの2時間くらいだ。

その2時間で何があった?

 

「あ! やっと見つけたでメイク―モン!」

 

「直哉!」

 

立ち尽くしていると直哉が走ってやって来た。

必死で私を探していたらしい。

息も絶え絶えでかなり焦っていることがすぐに分かった。

 

「何があったの!? 甚爾と清松はどこ!?」

 

「そ、それが俺がここに来てるの誰かに見られてもうてて……次期当主候補に戯れ言を吹き込んだのはお前らかって、メイク―モンが人間だった時の旦那が急に攻めて来たんよ。甚爾君何とか抵抗しとったんけど、清松を人質にされて何も出来んなって……そのまま修練場に連れて行かれてしもて」

 

「……はぁ?」

 

それを聞いて自分でも聞いたことがないほど殺気の籠もった声が出た。

修練場は大量の呪霊を飼ってる場所。

その名の通り修練に使われるけど、折檻に使われることもある場所だ。

2級呪霊もいるそんな場所に連れて行かれたら、呪具を持っていないと呪霊を祓えない甚爾とまだ11歳の清松は……。

何考えてんだあの野郎!!

 

一瞬で頭に血が上った私は即身を翻してその場所に向かう。

これまで隠れて暮らしていたから、人がいる場所へ行くことを避けていたけどそんなこともう気にならない。

ただひたすら甚爾と清松を助けるために駆けた。

 

「な、何だコイツ!」

 

「呪霊か!? いや、呪霊の気配じゃ……」

 

そんな声が聞こえるけど、無視だ無視。

目の前に木があったので自分が持てる大きさの枝を切って脇に抱える。

急げ! 1秒も無駄にするな!

 

「見えた!」

 

そして修練場に辿り着くと扉を思いっきり蹴破って中に入る。

可愛らしい見た目だけど成熟期。

これくらいの鉄の扉をぶっ壊すなんて簡単だ。

 

「甚爾! 清松!」

 

中に入ってすぐに甚爾と清松を見つけた。

でもその姿はあまりにも悲惨だった。

甚爾は至る所を怪我してる。

清松は更に酷い。

頭から血を流しているし、……何より左腕がない。

 

それを見て更に頭に血が上った私は甚爾と清松に食らい付こうとしている呪霊共に一瞬で近付く。

 

「『トリコベゾアール』」

 

口から毛玉を吐き出す。

その毛玉が触れた瞬間呪霊がボンッと凄まじい音を立てて消し飛んだ。

図鑑説明だと“データを破壊する毛玉を吐き出す”という技なんだけど、呪霊にぶつけると内部の呪力が破壊されるらしくてこうなる。

強力な技なんだけど速度ないので使いどころが限られているのよね。

 

「お袋!」

 

「来るのが遅くなってごめんね。二人とも怪我は……」

 

「俺は掠り傷だ。けど清松が……。悪ぃ守り切れなかった……」

 

苦虫を噛み潰したように悔しそうな顔をする甚爾。

そんなことない。甚爾は必死に守ってくれていたじゃんか。

全身の傷がその証拠だ。

甚爾だけなら例え呪霊の群れの中に投げ込まれても無傷で脱出出来る。

自分の身も顧みず弟分を守った凄い子だ。

そう言うとやっといつもの表情に戻った。

くっそ、今度こそ許さないわよクソ旦那。

今すぐに殴りに行きたいけど、まずはここの呪霊を全部祓わないと。

 

「す、みません。甚爾さんに教えて貰ってたのに……俺」

 

「今はそんなこといいの。それより意識があるのね。その状態で申し訳ないんだけど術式使える?」

 

「大丈夫、です」

 

「じゃあ木刀作って。ありったけの呪力込めて」

 

私は持ってきた木の枝を清松に渡す。

清松は【木工術】ですぐに木刀を作ってみせた。

相変わらず凄い術式だわ。

そして作った木刀を甚爾に渡す。

 

「ありがとよ清松。これで思いっきり暴れられるぜ」

 

「甚爾。清松は私が守るから全力でいきなさい」

 

「おう」

 

木刀を持った甚爾が呪霊の群れに飛び込んだ。

凄まじい勢いで呪霊がバサバサ斬られて祓われていく。

本気の甚爾はやっぱり凄い。

流石我が息子!

 

「グアアアアアアアアアア!」

 

私と出血多量で動けない清松に呪霊が向かってきた。

清松の怪我は反転術式でもう治してある。

でも腕を生やせるほどの反転術式は使えないから清松は生涯隻腕になってしまった。

もう少し早く帰れていたらと悔やまれる。

しかしクソだとは分かっていたけどここまでするとは想像力が足りなかった。

元旦那に対しても自分に対しても怒ってる。

その怒りで漲る呪力を呪霊にぶつける。

 

「『シャットクロー!』」

 

普段は隠している鋭い爪を出して呪霊を引き裂く。

修練場にいる呪霊を全て潰さんと動く甚爾同様私も向かってくる呪霊を次々と祓う。

頭にあるのは最愛の息子達を傷付けた呪霊を殲滅することのみ。

余計なことを一切考えていなかったからなのか、それは発生した。

 

――バチイィィン!!

 

「お?」

 

「あ」

 

弾ける黒い火花。

【黒閃】が成功した。

 

「出来たみてぇだなお袋」

 

「偶然だろうけどね。これ凄いわ」

 

【黒閃】が発生した攻撃を食らった2級呪霊は木っ端微塵になった。

威力が爆上がりするとは聞いていたけどここまでなんて。

この調子でガンガン行くわよ。

修練場をしばらく使えない状態にしてやるぜ!

 

 

◇◆◇◆◇

 

その日の夜。

事態を聞きつけて大慌てで帰ってきた甚壱にことの顛末を包み隠さず話した。

当然ブチ切れた甚壱は一応父親に報復しようとしたけど、もうしてあると伝えると一先ず怒りは収まった。

 

「はははは、傑作だったぜあれ。まさか自分が殺した妻に両脚使い物にされなくなるとは思ってなかっただろうな」

 

「殺すなんて生温いことするわけないでしょ。ああいうヤツには絶望を見せてやるのが一番なんだから」

 

あの後、一応旦那のところへ甚爾と一緒に突撃して報復した。

甚爾にボコボコにされて動けなくなったところに私が追い打ち。

『トリコベゾアール』で両脚の組織を破壊してやったのだ。

見た目はなんともないんだけど、内部の筋肉や神経が死んでいる。

反転術式では治せないレベルで破壊したので一生一人では歩けない。

ざまぁみやがれ。私の可愛い息子達に手を出すからこうなるのよ。

 

「……まぁやり返したのなら俺は何も言わない。だが母様が直に行ったということは母様のことが家にバレてしまったのだろう?」

 

「うんバレた。だから近々甚爾と清松連れて出て行くわ」

 

姿を見られているし、何なら私だとバレた。

これまで正体不明だった術式が人外……もといデジモンに転化するものだった。

ソレを知って目を見開いて驚いてたわね。

禪院家の連中に実験台にされないうちに出て行かないと皆に迷惑がかかる。

 

「皆で出て行くん? 寂しなるやん」

 

「甚壱と白井さんは残るよ。直哉の世話も白井さんが担当することになってるし(そうしろと当主を脅した)ちょくちょく遊びに連れて行ってあげるから」

 

「それでも寂しいもんは寂しいで」

 

おや、直哉私が思ってる以上に絆されていたみたいね。

本当に寂しいって顔してる。

遊びに連れて行く時は沢山愛してあげないと。

というワケで直哉も息子認定しました。

それはそうとして。

 

「じゃあお待ちかねの進化よ。毎回言ってるけど眩しいから見過ぎないでね」

 

「「「「「分かった/分かりました」」」」」

 

約5年振りの進化だ。いっきまーす!

直哉は初めて見るので興味津々で待ってる。

本当に眩しいから瞬き必須よ?

 

≪選択を確認≫

≪【月の妖精】への進化を開始します≫

 

まばゆい光が体を包むとふわりと浮き上がった。

大きさはそのままに姿が変化していく。

耳が伸びていき、その耳を囲うように光の輪が現れる。

手は伸びたけど、足が更に短くなって進化が完了した。

ん、これだけ?

体感そこまで変化はないけど、どうなった?

 

「これが進化なん? 猫やのうて天使みたいになったやん」

 

「天使じゃなくて妖精ですよ」

 

「けどこれ天使って言った方がしっくりくるぞ」

 

「頭上の輪が淡く光っているから余計にそう思うな」

 

「ですね。雰囲気までガラッと変わりました」

 

「いや、どんな見た目なのよ」

 

甚壱に鏡を持って貰って毎度恒例の姿チェックのお時間です。

……確かに妖精ってよりは天使に近いね。

目もまんまるでハッキリ言って完全体ではなく成長期みたいな見た目だ。

どんなデジモンなの?

 

【ルミナモン】

【完全体】

【妖精型】

【ワクチン種】

【人やデジモンに希望となる光を灯すとされるデジモン】
【清らかな心に寄っていき、タッチされるとその者の近い未来はどんな困難でも明るく照らす『ライトニングフィール』を持つという】
【しかしルミナモンは清き心を持つ者でなくては見ることが適わず、更に自らも姿を隠せる能力を持つため、デジタルワールドの不思議話として語られるまでである】
【攻撃する技は持っておらず、頭のリングに蓄積した光量を強烈に放つ『ルミナフラッシュ』で目をくらませ、その間にどこかへ逃げていく】
 
攻撃する技がないって……そんなデジモンいるんだ。
でも清き心を持たないと見ることが出来ないってことは、ここにいる全員清き心を持っているのね。
嬉しい限りだわ。
攻撃する技はないけど、これなら禪院家の連中に実験台にされる心配も無い。
さてと、次で最後の進化か。
どんな進化先が出ているのか半分楽しみ、半分怖いって感じだけどどうだ?
 
 

≪進化条件を提示します≫

【智天使への進化条件】

・1級以上の呪霊を40体祓う。

・雷の術式が付与された槍型の特級呪具を入手する。

・呪力と正エネルギーの切り替えを可能にする。

 

【叡智の座天使への進化条件】

・1級以上の呪霊を30体祓う。

・記録されている世界の歴史を全て記憶する。

・奇跡を使う術式を持つ術師を見つける。

 

【魂を送る神獣への進化条件】

・1級以上の呪霊を30体祓う。

・神性を得る。

・火・水・雷・風それぞれの術式が付与された1級以上の呪具を入手する。

 

【花の妖精騎士への進化条件】

・特級呪霊を1体祓う。

・1級呪霊を40体祓う。

・植物の術式を持つ1級以上の呪霊と主従契約を結ぶ。

 

 

……見なかったことにして良い?

これ見なかったことにして良い!?

ヤバすぎるでしょ!!

いや、絶対えげつない進化条件あるとは思ってたけど予想以上だわ!!

一旦落ち着いて一個一個しっかり確認しよう。

まず【智天使】だけど、これはケルビモンで間違いないでしょう。

アンティラモンからが正統進化だったと思うけど、この見た目ならケルビモンに進化しても違和感ないね。

しかし呪力と正エネルギーの切り替えを可能にするってどういうこと?

それを可能にしないといけない理由は分かるけどね。

ケルビモンって善の姿と悪の姿があるから。

続いて【叡智の座天使】。

オファニモンだー、と思ったけど多分オファニモンじゃないな。

ケルビモンの表記が【智天使】だからオファニモンなら【叡智の座天使】とは表記しないハズ。

にしても叡智だからだろうけど記録されている世界の歴史を全て記憶するって条件が……。

私は記憶力がいいほうだからいける……とは思うけど人によっては地獄だね。

でも奇跡? 何で奇跡がいるんだ?

うーん、よく分からん。

お次に【魂を送る神獣】。

神獣ってことは完全に獣系だね。

呪具に関しては1級以上の呪具を4つも入手しないといけないけど、これは問題ない。

後で甚爾と一緒に武器庫に行って呪具貰って(盗んで)こよう。

けど神性が必要ってことは結構ガチな神様ってことだよね。

神性ってどうすれば得られるの?

これも後で調べないと。

最後に【花の妖精騎士】。

騎士だからロイヤルナイツかな?

進化条件からこの中で一番攻撃特化なのだろうと分かる。

分かるんだけど、特級呪霊倒せるのだろうか?

甚爾と甚壱の協力して貰えばギリいける?

いや、それよりも“植物の術式を持つ1級以上の呪霊と主従契約を結ぶ”って条件のほうがヤベぇか。

植物の術式を持ってるって結構限定されてるし、契約を結ぶより見つけることのほうが難しそう……。

 

「どないしたん? めっちゃ難しい顔しとるで」

 

「ああ、次の進化条件を見ているんだろう。が、今まで見たことがない顔をしてるな」

 

おっと、いかん。思考の渦に入ってしまった。

とりあえず気持ちを切り替えて皆に説明しないと。

皆に今自分がどんな存在で次の進化が最後だと伝える。

そして進化条件を言うと全員があり得ないくらい驚いた顔をしていた。

うん、これ聞いたらそういう顔になるよね。

 

「最後だけあってヤバいですね。俺は【智天使】がいいと思います。どんなのか見て見たいです」

 

「俺は【花の妖精騎士】だな。特級呪霊倒すの協力するぞ」

 

「俺は【魂を送る神獣】だ。神性が必要な存在なら間違いなく強いだろう」

 

「私は【叡智の座天使】です。叡智の天使なんて素敵じゃないですか」

 

「皆決めるの早すぎん?!」

 

「いつもこんなんよ?」

 

意見がバラバラなのもいつも通りです。

しかし今回は一点特化にしないと進化出来なさそうな条件ばっかりだから、これまで以上に話し合わないといけないな。

最後の進化だから私もよく考えないと。

未来を変えるつもりはないけど、でも助けたい人が1人だけいる。

その人を助けられる究極体になりたい。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

お久しぶりのアンケート。

次のうち主人公に進化して欲しい進化先を

【智天使】

【叡智の座天使】

【魂を送る神獣】

【花の妖精騎士】

のうちいずれか一つから選んで下さい。

 

そして前回の進化先は

【猫の女神】→バステモン

【穏やかなる獣人】→メイクラックモン

【神使の寅】→ミヒラモン

でした。

ちなみにバステモンが選ばれていた場合、進化先にアヌビモンやエンシェントスフィンクモンとかが用意されてました。

 

究極体が確定したらとある人の救済方法が大幅に分岐します。

後主人公の名前も確定します。

さーて、どれになるかなー?

すでに未来を変えているけどそれに気付いていない主人公……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「パパ、何かあったの?」

 

「ああ。病気を持ったドブネズミが入って来たから外に放り出したんだ」

 

そう言って父親は私を家の外へ放り出した。

いつもは風邪を引いても隠せていたのに、今回の風邪は咳が酷くてバレてしまった。

放り出された時に地面に叩き付けられたから全身が痛い。

なんとか立ち上がったけど行く当てなんてあるワケもなく、私は夜の町中を1人歩いていた。

咳が止まらない。

家の近くにいたらうるさいと殴られるだけ。

少しでも家から遠い場所へ行こうとするも、風邪を引いたために体力のない体はすぐに限界を迎えた。

これ以上歩くことが出来なくなって、私はたまたま近くにあったバス停の待合室に横たわった。

もうバスは最後の便が終わった時間で辺りに誰もいない。

 

「ゲホッ、ゲホ……ひぃ、ひぃ」

 

咳が止まらないせいで胸が痛い。

喉もヒリヒリする。

熱も多分上がってる。

水が欲しい。でも近くに水が飲める場所なんかない。

あったとしても行く体力もない。

徐々に意識が遠ざかっていき、目を開けることが出来なくなった。

真冬の夜にコートも着ずに眠るのはどういうことになるか分かるけど、もう自分ではどうにもならない。

苦しい、痛い、熱い、寒い。

 

「た、すけ……」

 

助けて欲しくて必死に声を出したけど、乾ききって囁く程度の声しか出せないのに誰にも聞こえるハズがなかった。

そもそもこんな時間にこんな場所を出歩く人なんているワケがない。

 

「(死ぬのかな? ああ、せめて明後日発売だから呪術廻戦の続き読みたかった)」

 

しんどくてしんどくて、もうこのまま意識を閉ざそうとした時だった。

ふわりと体が持ち上がる。

 

「……?」

 

何が起こったの?

さっきまで熱くて寒かったのに、とてもホワホワする。

何かが体に掛けられているのは分かったけど、それが何か分からない。

目を開けて確かめたいけど目を開けられない。

しばらくすると何処かフカフカする場所に下ろされた。

熱でボーッとして上手く思考が働かない。

すると口の中に何かが流し込まれる。

それが水だと気が付くと本能のまま水を飲んだ。

カラカラだったから凄く美味しく感じる。

飲み終わるとまた何か口に入れられた。

甘いプルンとしたもの。

何これ? ゼリー?

思わず飲み込んだら今度はまた水を飲ませられた。

何されてるの私。

 

「―――――」

 

誰かが私に話し掛けてきたけど、何を言っているのか聞き取れない。

その誰かはずっと私の手を握っている。

忘れていた人の温もり……。

誰なの? 誰が私の手を握ってくれているの?

私はもう誰にも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔虚羅、気が付いたか」

 

『……え』

 

パッと視界が開けた瞬間、そこにいたのは紛れもなく恵さんだった。

 

『あ、れ……恵さん?』

 

「ああ。俺が分かるのか。良かった」

 

恵さんが私の手を握って喜んでいた。

何で喜んでるの? というか…あれ? 何がどうなったっけ?

駄目だ。記憶があやふやで……。

 

「覚えてないか? 無理ないな。41度近くまで熱が出てたんだ。今は39度台になったけど、まだ高いからかなりしんどいだろ」

 

はえ? 41度って体温がってことだよね。

今の自分の平熱がどれくらいか知らないけど、それでもヤバいくらい高いのは分かる。

実際恵さんの言う通りかなりしんどい。

体が重くて怠くて、思うように動かせない。

何とか動かせるのは手と顔くらいなもの。

くる、しい……。

 

「あっ! 魔虚羅が起きたぁ!」

 

「血塗君あまり大きな声を出してはいけませんよ。体に響いてしまいます」

 

そこへ血塗君と七海さんもやってきた。

全員がとても心配そうに私を見ている。

でもどうして心配されているのか分からない。

 

「具合はどうですか? 素直に言って下さい」

 

『えっ…と、体が重くて凄く怠い…です。頭もボーッとして……』

 

「下がったとは言え高熱であることに変わりはありませんからね。意識が戻りましたので水分を取らせましょう」

 

「分かりました。魔虚羅体を起こすぞ」

 

恵さんが体に負担が掛からないようにゆっくりと起こす。

それでも全身が鉛のように重たく感じて辛い。

思わず顔が歪む。

 

「苦しいか、ごめんな。飲み終わったらすぐに横にさせるから少し辛抱しろ」

 

『う、ん。いや、その前に…私水飲めないよね?』

 

魔虚羅に生まれ変わってから食べ物もそうだけど、水も飲めなくなった。

口にしてもすぐ吐き出してしまっていたのに飲めないんじゃない?

 

「“今”は大丈夫だぁ。食事で体を維持してるワケじゃねぇけど、ちゃんと飲食できるから安心して飲みなぁ」

 

「ああ。これまでも魔虚羅の意識が少しある時に飲ませていたけど吐き出していない」

 

飲まされていた記憶はないけど、恵さん達がそう言うなら大丈夫なのかな。

七海さんから恵さんに水が入った水差しが手渡されて、恵さんがそれを私の口元に持ってきた。

え、それで水飲むの?

 

『じ、ぶんで飲めるから…コップが、いい』

 

水差しで水を飲むのはちょっと抵抗が……。

完全に病人じゃんか。

あ、これだけ高熱出てれば病人か。

 

「無理に決まってるだろ、自力で起き上がることも出来ないくらい弱ってるんだ。恥ずかしいとは思うけど元気になるまで我慢な」

 

『…はい』

 

観念して口を開いて水差しで水を飲む。

確かに吐き出したりしないで飲むことが出来た。

出来たけどこれ水じゃないよね。

なんか甘いし、色もよく見たら薄い乳白色だ。

 

『恵さん、これ何? 味が……』

 

「これはスポーツ飲料だ。人だった時も飲んだことないと思うが、汗かいてる時はただの水よりこっちのほうがいい。味が苦手な人もいるけど、もう少し飲めそうか?」

 

『大丈、夫』

 

「じゃあ飲め。かなり汗をかいてるから飲めるだけ飲んだ方が良い」

 

結局水差しに入っていた分は全部飲んだ。

飲み終わると恵さんは私を横にさせてくれた。

水分を取ったからなのか少し意識が鮮明になる。

それで思い出したんだけど、恵さんそういえば昏睡状態だったよね。

恵さんは大丈夫なの?

 

『恵さん、体…平気? あれからずっと恵さん眠ってて……』

 

「俺はもう何ともない。心配掛けて悪かった」

 

そっと私の手を握って恵さんが申し訳なさそうに謝る。

けどあれは私が恵さんを守り切れなかったのが悪いんだ。

恵さんは何も悪くない。

そう言おうとしたんだけど。

 

「オマエは悪くない」

 

私が声を発する前に恵さんが口を開いた。

 

「あれは俺の判断ミスでああなったんだ。さっさとオマエを影の中に戻せば良かった。あの場から早く離れていれば、少なくとも魂の繋がりを切られることはなかっただろう。今こう言ってもただの結果論だけどな。後悔先に立たずってヤツだ」

 

そうなのかな?

でも恵さんはただの慰めでそう言っているんじゃないって何となく分かる。

 

「まだ熱が高いんだ、眠ってて良いぞ。今までの疲れも出たんだろう」

 

恵さんがいつものように私の頭を撫でた。

本当にいつものようになんだけど、私の体温が高いせいで恵さんの手が冷たく感じる。

冷たくて気持ちいい……。

 

「なんか魔虚羅気持ちよさそうじゃね?」

 

「俺の手が冷たく感じるんだろ。うとうとしてるみたいだし、眠るまで撫でてやるからな」

 

恵さんの言う通りうとうとしてる。

体力がないから少し動いただけなのにもう疲れて眠たくなってる。

駄目押しとばかりに頭を撫でてくれて、手を握ってくれてるから安心して……。

……。

眠りたくない。

“あの時”も目を覚ましたら誰もいなくて、誰かが手を握ってくれていたのは自分の夢幻だったのだと結論付けた。

苦しさのあまり誰かが傍にいるという幻覚を見たんだと。

そんな幻覚を見てショックを受けるなら最初から見なければ良いのに……。

 

「大丈夫だ。次に目を覚ました時も傍にいる。俺じゃなくても誰か傍にいると約束する。だから安心して眠れ」

 

まるで私が眠ることを拒んでいると知っているかのように恵さんは言った。

 

『……本当にいて、くれる?』

 

思わず漏れた言葉に恵さんも七海さんも血塗君も頷いた。

この人達は約束を違えたりしないと私も知ってる。

信じていい、よね。

 

『ありがとう……』

 

私は眠気に誘われるまま視界を閉じた。

眠りにつくその間ずっと恵さんは頭を撫でてくれてて凄く安心した。

そして約束通り次に目を覚ました時、今度は野薔薇さんと壊相さんが傍にいてくれていた。

恵さんはその時隣の部屋で休んでいた(というか七海さんに強制的に休まされていた)そうなんだけど、やっぱり信じて良かったとそう思った。

 

◇◆◇◆◇

 

「鳥の羽根なんて洗ったことないんだけど、人間の髪と同じ感覚で良いわよね」

 

『ど、どうぞご自由に……』

 

日時は渋谷事変閉幕の2日後の夕方。

ようやく熱が下がって体調が落ち着いたので私は野薔薇さんと一緒に病院の中にあるお風呂に入ってます。

熱がある間凄く汗をかいていたから体がベトベトなのよね。

野薔薇さんがちょくちょく拭いてくれていたけど、やっぱり体洗いたい。

最初1人で入ろうとしたんだけど全員に「そんな状態で1人でお風呂に入れるワケないだろ」って止められた。

理由はまだ体力が戻ってなくてフラフラだから。

体に上手く力が入らない。

支えがないと満足に歩けない。

そもそも長い間立っていらない。

熱は下がったのに何でこんな状態なの、って思ったけどあれだけ高熱が出てればこうなるか。

聞いたら4時間近く高熱で苦しんでいたそうだから当然の結果だよね。

ちなみにお風呂に入っているということはお察しの通り私も野薔薇さんも裸である。

野薔薇さんは気にするそぶりないけど、誰かとお風呂に入ったことがない私はまともに野薔薇さんを見られない。

死ぬほど恥ずかしい。早く上がりたい。

 

「しかし見れば見るほど綺麗な羽の色ね。シャンプーもこだわったほうが良さそう。お風呂上がったらトリートメントしてあげるわね。艶々になるわよ。折角こんなに綺麗なんだから更に磨かなきゃ」

 

『はあ……』

 

「何その反応。嫌なの?」

 

『嫌……というか体の手入れなんて考えたことなかったから、野薔薇さんが言っていることがイマイチ分からないの』

 

人であった時もそんなことに考えが及ぶことはなかった。

無頓着と言った方が正しいかな。

だから他の人から見たら髪はボサボサで肌もカサカサだっただろうけど気にしたことさえない。

光の加減で虹色に見える金色の羽が綺麗だと言われても『あ、そう』ていうのが正直な感想だ。

 

「駄目よ。女になったんだから美に貪欲でないと。こういう場合は戻ったって言った方が良いのかしらね」

 

『いや、この見た目で女の子の体ってどうなの』

 

視線を下に向けるとそこには今までなかった二つの膨らみ。

誰がどう見ても女性の胸。

ウエストもくびれて腰つきも丸い。

間違いなく女性の体に変化してる。

でも蛇の頭と筋肉質な体つきであることは変わっていない。

腹筋割れてるし、服を脱いで鎧外さないと女性の体になってるって誰も気付かなかったほどガチムチ。

体の大きさも前に比べると小さいけど、それでも2mはある。

何でこうなったのか自分では全く覚えていないんだけど、お風呂から上がったら壊相さんと血塗君が話してくれることになってる。

私自身が覚えていないことを何で壊相さん達が知ってるんだろ?

それについても話してくれるそうだけど。

 

「確かに女にしてはガチムチではあるわね。でも出てるところは出てるし柔らかいところは柔らかいから十分女で通るわよ。筋肉だって無駄に付いてるとこなくて全体のバランスがいいし、かなりの美人だと思うけど」

 

『……野薔薇さんめっちゃ褒めるね』

 

「アンタの自尊心がなさ過ぎるから褒め倒すことにしたのよ」

 

自尊心がないのは認めるけどそれと褒めることって関係あるの?

全然関係性が思い当たらない。

 

「でも魔虚羅の胸綺麗な形してるわね。良い形の見本見てる気分だわ」

 

『え、そうなの? 他の人の体見たことないから自分じゃよく分からなくて』

 

「そうよ。これがいつか伏黒にいいようにされるのか。アイツには勿体ないと思うけど、魔虚羅がいいならいっか」

 

『何の話なの野薔薇さん!?』

 

「しかも無駄毛もないし、肌もつるすべとか羨ましい体してるわね」

 

『無駄毛どころか体から生えてるの翼くらいなものですけど!?』

 

「だからじゃない。やっぱりボディケアは教えないと駄目ね。元気になったら徹底的に叩き込んであげるから覚悟しなさい」

 

『ひ、必要ない。必要ないからーーーー!!』

 

とは言ったけど逃れることは出来なかった。

しかも私が自分で出来なさそうなことは恵さんと壊相さんに教えるという徹底ぶり。

仕方なく私も野薔薇さんが教えを(後に真希さんも追加)守り、結局それが習慣になってしまうのであった。

 

◇◆◇◆◇

お風呂に入ってスッキリしたんだけどめっちゃ疲れた。

ほんの数十メートル歩いてお風呂入っただけなのにもうヘトヘト。

病み上がりってこんなしんどかったっけ?

 

「魔虚羅様大丈夫ですか? もしでしたら後日にしますが」

 

『大丈夫だよ。話してくれるかな壊相さん』

 

でも自分の身に何があったのか知りたい。

知るのは少し怖いけど、あまり先延ばしにしたらもっと怖くなってしまう。

ベッドに座りながらで申し訳ないけど壊相さんと血塗君を見る。

恵さん、野薔薇さん、七海さんも傍にいてくれているんだ。

気を引き締めて聞こう。

多分壊相さんが私を様付けで呼ぶのとも関係あると思う。

いくら普通に呼んで欲しいって言っても止めてくれないのよね。

 

「分かりました。どこから話そうか迷ったのですが、やはりここは最初から話そうと思います。では始めに、魔虚羅様はあの時死にました。これは魔虚羅様も分かっていらっしゃいますね」

 

うん。それは自分でも分かってる。

前世で死んだ時と同じ感覚だった。

でもそこからがさっぱり……。

 

「魔虚羅様は自身の死を感じ取った時、なんとかそれを回避しようとしました。しかし式神としての存在を維持するのに必要な繋がりを切られ死を避けることは不可能。それを悟った魔虚羅様は即刻決断なさいました。持てる全ての力を使いもう一度転生することを」

 

『へ?』

 

え、転生って……。

いやいやいや、混乱するのはまだ早い。

話始まったばっかりなんだから。

 

「初めに魔虚羅様が行ったのは“あらゆる事象への適応”を使い“魂を完全融合”させることです。これまで魔虚羅様は人間と式神の2つの魂が混ざりながら溶け合っていない不完全な魂をお持ちでした。その状態では転生など出来るハズがありません。残っていた3回分のうち1回をそのために使いました」

 

『……あの時私は式神の力を使えない状態だったんだけど』

 

「詳しくは私も存じ上げませんが恐らく死の間際だったから使えたのではないでしょうか。死の間際というのは非術師でも呪霊が見えるという特殊な状況が生まれます。なので本来であれば使えない力を使い、知覚出来ない魂を感じ取って完全融合させることが出来たのだと思います」

 

確かに死に際って特殊な状況だよね。

一生に一度しか経験しない。

前世の記憶を持っているから私は二度経験しているけど、普通はあり得ないことだ。

 

「そして魂を完全融合させることに成功した魔虚羅様に今まで眠っていたある力が発現しました。それがシンセイです」

 

『シンセイ?』

 

「神の性質、“神性”。それが発現し、魔虚羅様は今神の力を持っているのですよ」

 

え……えええええええええええ!!??

私が神の力を持ってる!?

な、何で!?

ただ魂を完全融合させただけなんだよね!?

 

「恵さんは八握剣異戒神将魔虚羅という式神をどのような存在だと認識していますか?」

 

「人が神の力を式神という枠に収めて操るために作り出した存在。禪院家の文献ではそうなっていると五条先生から聞いた」

 

それは私も五条先生から聞いた。

式神の力がその神の力の一部じゃないかって言ってたよね。

ん? じゃあ元々持っていたってこと?

 

「これは私の推測になりますが、魔虚羅様の魂が不完全な状態だったのは神性を封じるためだったのではないでしょうか。なので魔虚羅様は神の力の一端の更にその一部しかこれまで使うことが出来なかった。それが魂の完全融合により封印が解け、“あらゆる事象への適応”以外にも神の力を行使出来るようになった、と言ったところだと思います。魂の完全融合を果たし、神性を発芽させた魔虚羅様は自由に使えるようになった神の力を全て使いました。その力で魔虚羅様は本来なら転生の際に失われる記憶、力、姿を引き継がれたのです。あの状況で全く新しい存在に転生しては恵さんを助け出せませんからね。そして恵さんを助け出すためには生まれてすぐに戦える存在へ転生しなければなりません。その種族への選定にも神の力を使いました」

 

確かに新しい存在に生まれ変わっていたら力を使いこなせず恵さんを助けられないかもしれない。

なら使い慣れた力を引き継ぐのが最善。

けど生まれてすぐに戦える存在って……そんなのいたっけ?

呪霊くらいしか思い付かないんだけど、でも私は呪霊じゃないと皆から聞いている。

気配が呪霊とは全く異なるらしい。

今の私は何?

 

「魔虚羅様が生まれ変わった種族は“精霊”です」

 

『はい?』

 

え、精霊ってあの精霊?

自然のものに宿るっていう精霊?

呪術廻戦の世界に精霊っているの?

いや、いるわ。

五条先生が花御のこと限りなく精霊に近い呪霊だって言ってたんだ。

そう言うってことはいるのは間違いない。

 

「あー成る程。だから魔虚羅の気配がそこにあって当たり前みたいな感じ方するのね」

 

「そうですね。精霊とは自然の力そのものと言われていますから。しかし精霊がいることは知っていますが、精霊は人前に決して姿を現すことがありません。私達が気付かないのも頷けます」

 

『そうなんですか?』

 

「ええ、五条さんでさえ見たことはないと思います」

 

てことはマジで未知数の存在なのか。

何で姿を現さないんだろ?

五条先生なら知ってるかな。

 

「あれ? 姿を引き継いだって今言ったけど、その割には魔虚羅結構変わってるわよね。女の子になってるし、大きさも違うし、それは何でなの?」

 

「精霊には呪霊や式神と違い性別があるようです。魔虚羅様に式神としての性別はありませんでしたが、人としての意識はずっと女性のままでしたので、その意識に合わせて女性へと変化したのだと思います。続いて体の大きさが違う理由ですが、これは魔虚羅様が完全顕現時の大きさより呪骸の大きさに慣れておいででしたので、一番慣れている大きさに成ったのだと思います」

 

壊相さんの言う通り、私は完全顕現より呪骸の時のほうが動きやすいって感じるくらい慣れてた。

五条先生には呪骸の大きさに慣れちゃ駄目って散々言われてたくらい。

ていうか私意識が少しでも男よりになってたら完全に男になってたってこと?

それはちょっと……いや、かなり嫌だなぁ……。

 

「では魔虚羅君のあの剣は何なのですか? 正当な持ち主でなければ持てない剣など私は聞いたことがありません」

 

「それについては実を言うと私もよく分かっていません。ですがあの剣は本物の八握剣のようです」

 

姿が変わった……じゃなく転生してから持っている剣が本物の八握剣?

どういうことそれ。

 

「これまで魔虚羅様が持っていた剣は八握剣を模したもの、と言えばよろしいかと思います。転生の際に魔虚羅様が新しく創ったのか、それとも神の領域から持って来たのかは定かではありませんが、いずれにせよあれが神具であることに違いありません。完全な神具である八握剣は主である魔虚羅様以外のものが持つことを赦しません。私も魔虚羅様の許可なく触れればそれ相応の報いを受けるでしょうね」

 

こっわ! 私以外の人がこの剣持ったらどうなるの!?

今は壊相さんが布を巻いて私の傍に置いてくれてるけど、それを知らない人がうっかり触ったらヤバいでしょ!

とはいえずっと抜き身の剣を持っているのは流石に大変だな。

鞘が欲しい。鞘があれば腰に下げておける。

 

「まぁ剣のことは一旦置いといて、今の魔虚羅は精霊なのね。精霊ならRPGみたいに何かしら司る自然の属性があるわよね。なら魔虚羅は光でしょ」

 

「その通りです」

 

『え゛!?』

 

疑問系じゃなくて確信を持って野薔薇さんは私の精霊としての属性を言い当てた。

私自身が分かっていないのに何で!?

 

「アンタの生まれ方見たら誰だって光だと思うわよ。アンタが生まれる時、光の粒が無数に集まって形になったのよ」

 

「ええ。貴方が光の精霊であるなら説明が付きます。光の精霊なら光を操ることが出来るハズ。閃光を放つ。光を反射させて姿を隠す。光の速度で駆ける。今言ったものはあの時魔虚羅君が実際に行った光の性質を使ったであろう事象ですが、他にも出来ることがありそうです。それに該当しない獄門疆の破壊と数多の呪霊を一撃で祓った力は恐らく神の力を使ったのでしょう」

 

単純に光に関することが出来ると言われてもピンとこないけど、こう言われると結構出来ることありそう。

自分じゃ思い付かないけど光って後何が出来たっけ?

 

「残っていた神の力と2回分の“あらゆる事象への適応”は精霊として生まれるためのエネルギーの確保と新しい体の急速成長のために使いました。精霊が生まれるためにはかなりの量の自然エネルギーが必要のようです。あの時の魔虚羅様の力の総量から換算するに、恐らく世界中から光のエネルギーをかき集めたと思われます」

 

「じゃああのブラックアウトは魔虚羅が光のエネルギーを集めたことで起こったってこと?」

 

「でしょうね。しかも世界中からかき集めたとなるとブラックアウトも世界中で起こったと考えたほうが良さそうです」

 

いやエグ!

自分が精霊として生まれるために世界中をブラックアウトさせたの!?

いくらそれがほんの数十秒とはいえ、絶対全世界パニクってるじゃん!

 

「そして精霊にも呪霊で言う呪胎の期間があるようですので、その過程も神と式神の力で超えたのです。本当なら自己の保存にも力を使うべきところでしたが、残念ながらそれをするには力が足りなかった。結果、魔虚羅様は自身の急激な変化に耐えきれず一時的に自我を失い暴走してしまったというのがあの時の出来事の全容です」

 

『そ、そうなんだ』

 

「そうなんだって……アンタ自分の身に起こったことなのに何でそんな他人事みたいなのよ」

 

『そんなこと言われたって覚えてないから……』

 

ここまで聞いても本当に何も思い出せない。

光の精霊としての力を使ったことも、神の力を使ったことも覚えていない。

七海さんが言ったあの時私が使ったという力。

……使えようになる自信がない。

神性? 精霊?

そんなこと急に言われても実感が何もないのにどうすればいいか分からない。

 

「まぁ魔虚羅が何も覚えてねぇのは俺達のせいだから気にしないでくれ」

 

「そうです。私達のワガママで魔虚羅様はそれに関する記憶を失ってしまっているのです。本当に申し訳ありませんでした」

 

私が何も思い出せないのが壊相さん達せい?

どういうことなの?

 

「皆さん私達が何故ここまで魔虚羅様の変化ついて詳しいのが疑問に思っておいででしょう。それについてもお話しします。ことの前提として、私と血塗が魔虚羅様と呪力を通して繋がりを持っていたことはご存じですね?」

 

「俺と七海さんと五条先生しか知らないけどな」

 

そう。何故かは知らないけど私と壊相さん、血塗君は呪力を通して繋がっている。

私は2人が弱っていたから呪力を分け与えただけのつもりだったんだけど、本当に何をやったらそんな繋がりが出来るんだ?

 

「あの時言いそびれちゃったけど俺と兄者は魔虚羅と家族になりたくてそうしたんだぁ。だから魔虚羅は何もしてねぇぞ。本当に俺達に呪力を分けてくれただけだぁ」

 

『家族になりたくて?』

 

「はい。150年間ずっと一緒にいた兄さんとはぐれてしまい、寂しくて仕方なかった私と血塗に魔虚羅様は優しく声を掛けて下さった。それがとても嬉しかったのです。これまで私達兄弟に向けられ続けていたのは恐怖や嫌悪など人の暗い感情だけでした。でも魔虚羅様は……魔虚羅様だけは私達に優しさを向けてくれた」

 

そう言う壊相さんと血塗君の表情は本当に嬉しそうだった。

でもあれは私のせいで兄弟を引き離してしまったから寂しい思いをさせたくなくて、少しでも気が紛れればと思って声を掛けていたんだ。

ただの自己満足みたいなものなのに。

 

「魔虚羅様の意図がどうあれ私達には救いでした。呪胎では魔虚羅様の姿を見ることも返事をすることもは出来ませんでしたが、自然と魔虚羅様を母のような姉のようだと思うようになったのです。この方と本当の家族になれたらとずっと考えていました。そんな時に環境の違いからか私と血塗はとても弱ってしまった。今にも命を落としそうなほど弱った私達に魔虚羅様は元気になるようにと呪力を分けて下さった。その時に閃いたのです。魔虚羅様と同じ呪力になれば、擬似的でも家族になれるんじゃないかと」

 

『え、じゃあ……』

 

「その結果は魔虚羅様もご存じの通りです。呪力を通して繋がりが出来るとは私達も思いませんでしたが、嬉しい副産物です」

 

マジですか。

私が自分でも知らないうちに……と思っていたけど、真相は壊相さん達が私と同じ呪力になりたくて色々やったのが原因だったのか。

呪力の性質って個々で違いがある。

まさか自分と全く違う呪力を受け入れていたなんて……。

下手したら拒絶反応で死ぬかもしれないのにどうしてそんな無茶を。

 

「俺も兄者も魔虚羅のこと大好きなんだぁ。もう1人の兄者と遜色ないくらいなぁ」

 

「血塗の言う通りです。兄さんも魔虚羅様と話したいと言っていましたよ。きっと仲良くなれると思います」

 

わ、それは嬉しい。

絶対的お兄ちゃんの脹相さんとは私も話してみたい。

 

「ですがあの時……魔虚羅様の死を私達は他の誰よりも強く感じました。繋がりが途切れ、魔虚羅様の体が塵になって消えていくのを目の前にしました。私達に溢れんばかりの優しさをくれた方に何も出来なかった……」

 

今にも泣きそうなほど壊相さんの顔が歪む。

手を強く握って、本当に悔しそうだった。

 

「しかしブラックアウトが発生した直後に魔虚羅様との繋がりが復活したのです。魔虚羅様は死んだのに何故繋がりが復活したのか分かりませんでしたが、その繋がりから魔虚羅様のエネルギーが流れ込んできた。理由は分からないけど魔虚羅様が生きていると喜んだ私達でしたが、突然体内から溶かされるような激痛が襲ってきたのです。どうやら光の精霊となった魔虚羅様の体内に流れるエネルギーは人間の正エネルギーと酷似しているようです。半分とはいえ呪霊である私と血塗にそのエネルギーはまさに猛毒でした」

 

今の私のエネルギーが正エネルギーがほとんど一緒?

正エネルギーは特級呪霊でもワンパンできる。

そんなものが半人半呪霊の壊相さんと血塗君の体に直接流れ込んだらひとたまりもない。

 

「私達が死にかけていることに気付いた魔虚羅様は私達に繋がりを切るように言いました。自分からは繋がりを切れないから其方から切って欲しいと。ですが私達はそれを拒みました」

 

『そこは拒まないで繋がりを切ろうよ! 壊相さん達が危険な状態になるだけじゃん!』

 

「だって切りたくなかったんだもん。折角出来た繋がりなのにさぁ」

 

「私も同じく。だから魔虚羅様は私達を生かすために、自分の力の一部を分け与えて私と血塗を自分と同じ存在へと作り変えたのです。その結果、私と血塗は魔虚羅様と同じ精霊となり、魔虚羅様の力の一部を持つ“眷族”となったのです」

 

『……………………………………………は?』

 

今、壊相さん……何て言った?

けん、ぞく? 眷族?

嘘でしょ。眷族って……。

 

「じゃあアンタ達の気配が魔虚羅とほとんど一緒なのは魔虚羅の眷族だからなの?」

 

「そうだぞ。俺のこの力も眷族になる時に魔虚羅から貰った魔虚羅の力の一部だぁ。代わりに魔虚羅は治癒の力なくなっちまったけど」

 

「まあ、分け与えたんならそうなるだろうな。魔虚羅から力を貰ったってそういう意味か」

 

「はい。そしてこちらが魔虚羅様の眷族となった証です」

 

壊相さんは立ち上がると後ろを向いて着ている白のYシャツをなんの躊躇いもなく脱いだ。

それを見て、知っている私は焦った。

 

『わあああ! 待って壊相さん! 背中見せたら駄目だ、って……あれ?』

 

「どうしたのですか?」

 

『……ない』

 

「何がです?」

 

『壊相さんの背中にあった呪霊の顔みたいなのが……』

 

壊相さんの背中には腐った血をダクダク流す不気味な呪霊の顔があった。

壊相さんはそれを見られることを酷く嫌う。見られただけでブチ切れるくらいに。

だから今焦ったんだけど、それがなくなってる。

そういえば壊相さんから腐った血の臭いがしない。

代わりに別のものがその背中に刻まれていた。

剣と法陣。

見覚えがあるなんてものじゃない。

前世で十種影法術のモデルである十種神宝を調べた時に見た

 

八握剣を現す印。

 

「え、何これ格好いい」

 

「そうでしょう。これまで隠していましたが、見せたくて仕方ありませんでしたよ」

 

「俺にもあるぞ。ほら」

 

血塗君も立ち上がってお腹を見せる。

そのお腹の中心には壊相さんと同じ八握剣の印。

よく見たら血塗君も口とか目から絶え間なく流れていた血がなくなってるし、体の色も暗い感じの深緑色だったのにまるで広葉樹の葉のような緑色になってる。

これは私の眷族になったから……精霊になったから変化してるってこと?

私は八握剣の式神だったからこの印が2人に出てる?

 

「これまで背中にあったのは私が半呪霊であった証だったのですが、それを消し去ってこのような素晴らしい印を与えて下さった。本当に感謝しています」

 

「うん。兄者とは全然違う存在になっちまったけど、後悔はしてねぇぞ。印も格好いいし、皆を助ける力を貰ったし、嬉しいことばっかりだぁ」

 

『……』

 

壊相さんも血塗君は凄くニコニコしているんだけど、私は何故2人が嬉しそうにしているのか分からなかった。

“眷族”は従者や配下という意味の言葉。

だから壊相さん私を様付けで呼んでるんだよね?

何で私なんかの従者になってそんなに喜んでいるの?

何故? どうして?

もう頭が追いついていかない。

……何だろう。視界がグラグラする。

気持ち悪い……。

 

「でもアンタ達魔虚羅の一部って言ったわよね。もし仮に魔虚羅が死んだらどうなるの? 呪霊に戻るとか?」

 

「一度変化しているので呪霊に戻ることはありません。ですが魔虚羅様が亡くなれば魔虚羅様から力を頂いて精霊となった私達も死ぬことになります」

 

『!!!』

 

私が死んだら壊相さんと血塗君も死ぬって……。

ちょっと待って。本当に何やってるの私。

壊相さんと血塗君を改造しただけじゃなく、その生死まで決めつけるなんて。

 

……ああ、やっぱり落ちこぼれの私が何をやっても無駄なんだ。

 

いらない結果しか招かない。

精霊になんか転生しないでそのまま死ねば良かった。

そうすれば少なくとも2人は私の眷族にならずに済んだのに。

無駄なことしか出来ない、何も変えられない私はやっぱりいらない子だった。

この世界に生まれてきても結局……。

 

あ、れ……? 何か…苦しい……。

 

「――――! ―――――!」

 

誰か何か言ってる?

でも聞こえない。

何も感じない。

なのに冷たい、寒い。

 

――ドズッ!!

 

『っ!?』

 

突然腹部に強い衝撃に受けて私は意識を失った。

 

◇◆◇◆◇

≪釘崎野薔薇視点≫

特に何も考えずにその質問をした私はその答えを聞いた瞬間ヤバいと思った。

魔虚羅は自分のことなんかどうでもいいと思ってる。

それなのに自身の死が誰かの死に直結するなんて聞いたらどうなるのか。

一見大丈夫そうに見えてもまだ精神が不安定なのに……。

 

「魔虚羅。落ち着け、大丈夫だ」

 

真っ先に動いたのはやっぱり伏黒だ。

いつの間にか胸を押さえていた魔虚羅に声を掛ける。

 

「パニック状態になりかけています。体力のない状態では非常に危険です。早く落ち着かせないと」

 

「分かっています! 魔虚羅聞こえるか? オマエは悪くない。何も間違えてない、失敗してないから!」

 

伏黒が背中を摩りながら声を掛けるけど、魔虚羅は伏黒の声さえ聞こえていないらしく症状が悪化していく。

過呼吸になっているのか胸を大きく上下させて、冷や汗もかいて酷く苦しそう。

体もまるで極寒の地にいるかのように震え始めた。

 

「……やむを得ませんか」

 

――ドズッ!!

 

『っ!?』

 

七海さんがこれ以上症状が悪化することは危険だと判断し、魔虚羅の腹部に手刀を叩き込んで気絶させた。

くたりと魔虚羅の体から力が抜け、その体を伏黒が支えてゆっくりと横にさせる。

今の七海さんの術式使ったみたいだけど凄い繊細な力加減。

気絶させるけど決して怪我をさせない見事な技だった。

 

「……話すのが少し早かったでしょうか?」

 

しょんぼりとしている壊相。

その表情からここまで魔虚羅がショックを受けるとは思っていなかったみたい。

 

「いえ、妥当な時期でしょう。あまり先延ばしにしては逆に魔虚羅君の不安を煽ってしまいます。しかしパニック状態になってしまうとは思いませんでした。一体何故……」

 

「また間違えたから、失敗したから見捨てられると思ったんですよ。今までずっとそうだったから」

 

七海さんの疑問に答えたのは伏黒だ。

私は別に間違えてないと思うんだけど、魔虚羅はそう考えてしまった。

これはやっぱり虐待を受けていたことが関係してるか。

 

「魔虚羅様は間違えていません。言ったでしょう? 私達がワガママを言ったから、魔虚羅様は私達を眷族化させざるおえなかったのです」

 

「でも魔虚羅はそれを覚えていない」

 

「そう……なんですよね……」

 

すっかり落ち込んでしまった壊相だけど、精霊として眷族となった時のことを話してくれた。

聞いて驚いた。

壊相と血塗に話し掛けた時は、魔虚羅は自分がどんな存在に転生するのかちゃんと分かっていたらしい。

 

「本当はあの時、魔虚羅様は私と血塗を気に掛けている余裕などなかったんです。転生出来るか出来ないか、その瀬戸際だった。繋がりを切ることを拒んだ私達に選択肢を提示して、眷族となることがどれほど危険な選択なのかちゃんと話して下さった」

 

壊相と血塗に残されている道は繋がりを切るか、死か、魔虚羅の眷族になるしかない。

もし眷族になれば魔虚羅の命令に逆らえなくなるし、魔虚羅が死ねば自分達も死ぬことも話していた。

 

「その中で俺と兄者は眷族になることを選んだんだぁ。これで本当の家族になれるって思ったからさぁ。しかも魔虚羅は俺達が欲しいって言った力をくれた。俺達に力を分けたら自分では使えなくなるって知ってたのに……」

 

「私達を眷族化するのに残っていた力を使ったため魔虚羅様は自我を失って暴走し、その暴走が原因で記憶を無くしてしまわれた。魔虚羅様がこれほど弱っているのは私達のせいです。暴走時、本来ならまだ使うことが出来ない神の力の一部を使ってしまい体に異常なまでの負荷がかかってしまった。……まぁ、そのお陰で五条さんを助け出せたのですけど」

 

「あっ、やっぱあれって神の力なんだ」

 

獄門疆を破壊したのが神の力だと知って納得したわ。

八握剣に別の神剣の力を纏わせている感じだったわね。

あの時使ったのは【天羽々斬】と【天叢雲剣】だったけど、他の神剣の力を纏わせたり出来るのかしら?

 

「いや、壊相と血塗のせいだけじゃない。俺との繋がりが切られたことも関係してる。あの繋がりがあるから魔虚羅は見捨てられることはないって心の何処かで思っていた。それがないから、魔虚羅は少しでも失敗したら見捨てられるんじゃないかと思って怖くて仕方ないんだ」

 

「ここにいる誰も彼女を見捨てたりしませんよ」

 

「人であった時、見捨てられ続けたから些細なことでもそう思ってしまうんです。だから皆に必要な存在だと思って貰えるよう毎日毎日頑張っていたんです」

 

「そうなの……」

 

それはしんどいわね。

ビビりなのに異常なくらい鍛錬していた理由か。

この様子だと苦しい時に苦しいって言ったこともないんじゃないかしら。

 

「恵さん、きっと魔虚羅様は“眷族”という言葉を別の意味で捉えてしまったんだと思います。確かに私と血塗は魔虚羅様の命令に逆らえなくなり、魔虚羅様と命運を共にする身となりましたが、全て承知の上で眷族となりました。これで魔虚羅様と血の繋がった家族になれると思ったから。私が魔虚羅“様”と呼んでいるのは敬意を表してです。魔虚羅様が目を覚まされたらそう伝えて下さい」

 

「分かった。必ず」

 

深く頷いた伏黒は愛おしそうに魔虚羅の頭を撫でた。

後は伏黒に任せたほうが良さそうね。

 

「私達は部屋から出てるわね。もしなんかあったらすぐに呼んで」

 

「ああ」

 

気絶している魔虚羅と伏黒を残してそっと部屋を出ると2つ隣の部屋に移動する。

ここなら何かあってもすぐに気付ける。

もしかしたら今日で魔虚羅の心の枷が全部外れるかもね。

なんか伏黒の目に謎の使命感みたいなのを感じたし。

それにしても……。

 

「アンタ達特級呪物だったのよね。それを精霊にしちゃうなんて魔虚羅の力ヤバくない?」

 

「かなりヤバいと思いますよ。精霊のことはほとんど分かりませんが、それでも相当強い力を持っていることは容易に想像できます」

 

「もしや今の魔虚羅君は限りなく神に近いのでは?」

 

「どうかなぁ。でも俺達の体作り変えちゃうくらい強いからそうかもしれねぇなぁ」

 

「まさかマジモンの神になれるとかある?」

 

「それは……どうでしょうか。魔虚羅様は神性は持っていても神格はないようですし、そもそもどうすれば神になれるかも分かりませんから」

 

「そっか。まぁ神になれなくても、あれだけの力使いこなせるようになったら最強の精霊になれるんじゃないかしら。五条先生より強くなったりして」

 

「もしそうなったら呪術界がひっくり返りますね。すでに特級呪物を破壊する力を持っていることが証明されています。上層部も御三家も彼女の存在を無視することは出来なくなるでしょう」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

≪伏黒恵視点≫

 

魔虚羅の前世の記憶。

その光景を俺はジッと見る。

どうやらこの老婆は前世での魔虚羅の祖母のようだ。

楽しそうに笑う魔虚羅は4歳くらい。

今まで見た夢とは違い虐待されている様子はない。

祖母が幼い魔虚羅を守っている。

 

「母さん。■■は■■家の跡取りなんだぞ。甘やかしては立派な当主になれないじゃないか。厳しく躾けないと」

 

「次期当主である前に私の初孫なんだよ。甘やかして何が悪いの。それにちゃんと礼儀作法は教えているんだから何の問題もないでしょ」

 

「それは…そうだけど」

 

魔虚羅の生まれた家は古くからの地主の家らしい。

地元ではかなりの権力を持っている家で、魔虚羅はその家の長女だ。

跡取りとしてしか見ない他の家族と違い、祖母はちゃんと孫である魔虚羅を愛していた。

過度なスキンシップは確かにしていないけど、魔虚羅が礼儀作法を覚えると「偉いね」と言ってよく頭を撫でていた。

魔虚羅が頭を撫でられるのだけ平気だったのはこの名残か。

しかし魔虚羅の前世の名前だけは聞き取れないな。

何故だ?

 

「おばあちゃん。こわい」

 

「はいはい。■■は本当に怖がりだね」

 

そしてやっぱりと言うべきか、この頃から魔虚羅は怖がりだった。

突然大きな音が聞こえたり、目の前に何かが現れるともの凄く怯える。

特に大きな音の権化のような雷鳴は怖いらしく、雷鳴が聞こえるとすぐ祖母にくっついていた。

この様子だともしかして今も雷鳴聞くと怖がるのかな?

これまではずっと影の中にいたから聞こえなかっただけだろうし。

それをちゃんと理解してくれていた祖母のお陰で魔虚羅は幸せそうだ。

でもそれが続いたのは6歳まで。

小学校に上がる前に祖母が病気で急死してから魔虚羅の生活が激変する。

 

「テストは常に満点を出せ。90点台なんぞ恥ずかしくて見られたものではない。オマエは■■家の跡継ぎなんだぞ」

 

そう言われ、魔虚羅は無理矢理勉強させられた。

行きたくない塾に通わせられ、家に戻っても20時になるまで家庭教師がついていた。

休日もそんな感じで遊ぶ時間なんて全くない。

まだ小学生だぞ。いくら跡取りだからってそこまでする必要ないだろ。

そして頑張ってテストで満点を取っても。

 

「我が家の跡取りならこれくらい出来て当然だ。一々報告するな」

 

「たった2教科だけでしょ。出来の悪い子ね。もっと勉強させないと駄目だわ」

 

と言われ、褒められることもなくなった。

それでも魔虚羅はどんなに辛くて寂しくても頑張って勉強した。

頑張ればいつか認めて貰えると、前のように構って貰えると、必死になって机にかじりついた。

けど違和感を感じる。

今の魔虚羅を知っているから言えることだけど、物覚えはあまり良くなくて魔虚羅らしくない。

体術も剣術も教えればすぐ覚えて、勉強も理数系はちょっと苦手だけどそれでも人並みに学習すれば余裕で80点以上取れているのに、この頃の魔虚羅はどれだけ勉強しても良い結果にならなかった。

……考えられる理由は一つ。

魔虚羅は遅咲きだったのだろう。

成長速度なんて人によってそれぞれだ。

魔虚羅は人より成長が遅かった。ただそれだけ。

それを家の連中は理解しなかった。

物覚えの悪い魔虚羅を酷く叩いて叱るようになる。

叩かれるのが怖くてもっと勉強を頑張るようになっても結果がついてこなくて結局叩かれた。

怖がりなのに大きな声で怒鳴られることも増えていく。

怒鳴られたくない、叱られたくないと親の言う通りの人間を演じるようになった。

跡取りとはこうあるべきだという親の理想の人間を演じるうちに、本当の自分がどんなだったのか分からなくなっていく様子を俺はただ見ていることしかできない。

これは過去の記憶だから当たり前なんだけど、それがとても苦しい。

そして小学校4年生になったある日。

いつか魔虚羅が言ったあの事件が起こる。

ステージで緊張のあまり転んでしまった彼女を大勢の人が笑った。

誰も助けようとせず、笑い声を止めようともせず、魔虚羅はただ逃げることしかできなかった。

 

「この大馬鹿者が!」

 

――バシン!

 

「ぎゃっ!」

 

ワザと転んだワケではないのに、そんな魔虚羅を家族全員が糾弾した。

これまでにないほど強く叩かれ顔が赤く腫れ上がっている。

いくら何でもやりすぎだ。

でもそれを止める人間はいない。

 

「あーあ、とんだ大外れだったわ。まさかあの程度のこともできないなんて」

 

「元からその兆候はあっただろう。どんな優秀な家庭教師をつけても成績が良くならなかったんだ。だから私は妹のほうを押していたんだぞ」

 

「そうだな。妹のほうがずっと成績が良い。チッ、こんなことになるなら最初から妹を跡継ぎに据えるべきだった」

 

「まっ……待って。つ、次はちゃんとするから、だから……」

 

「はぁ!? 次なんてあるワケないだろ! あんな醜態さらしおって、オマエはこの家の恥さらしだ。明日から妹を跡継ぎにするために教育する。全く余計な金を使わせてくれたな」

 

もう一度チャンスが欲しいと懇願する魔虚羅の頼みを誰1人聞こうとしなかった。

助けて欲しくて母親に顔を向けるが。

 

「産む順番間違えたわ。せめてアンタが後が……いや、そもそも産んだことが間違いだった」

 

それだけ言って母親はもう魔虚羅を見ようともしなかった。

もしこの場に祖母がいたら助けてくれただろうけど、もうその祖母もいない。

魔虚羅の味方は本当に誰もいなかった。

 

「世間の目があるから高校までは通わせてやる。だがその後は家から出て行って貰う。金はやるから二度と戻ってくるなよ。出来損ないがいつまでも家にいるな!」

 

父親はそういうと魔虚羅の私物を全て捨てて部屋に押し込めた。

そして次の日から家族の中に居場所がなくなった。

「おはよう」と言っても返事がなく、食事も用意されていない。

視界に入れようともせず、家族皆で出かける時でも魔虚羅だけ置いて行かれた。

魔虚羅の存在なんて最初からなかったんじゃないかと誰もが思うほど。

学校でもそれは変わらず、存在を無視された。

幸いいじめられることはなかったけど、寂しがり屋な魔虚羅にとって存在を無視されるのは何よりも苦痛だった。

最初のうちはなんとか自分を見て貰おうと頑張って声を掛けていたけど、その頑張りも全て無駄に終わる。

妹に話し掛けたけど。

 

「何よ。何やってもできない人間が話しかけて来ないで。アンタみたいなのが姉だなんて思いたくないの。気持ち悪い」

 

そう返答され、ふいに家族と目が合ったとしても。

 

「あの子見てるとイライラしてくるのよ。部屋から出てこないで欲しいわ」

 

「穀潰しが。いるだけで目障りなんだよ」

 

と、鬱陶しそうにされるだけだった。

そんな現実を彼女は受け入れることしかできず、そして思うようになった。

“自分が何もできない存在だから悪い”のだと。

 

「私が全部悪いんだ。私が何も出来ない落ちこぼれだから。私が、全部……」

 

今のこの状況は全て自分が悪い。

そう思うことしか出来なくなってもそれを訂正する人間はいない。

 

一つ目の呪いが魔虚羅にかかった瞬間。

 

「……違う。オマエは親の期待に応えようと頑張っていただけだ。勝手に見限ったのはあっちだ。オマエは何も悪くない」

 

今ここで声を出しても届かないのは分かっているけど、言わずにいられなかった。

日を追うごとに呪いはどんどん強くなっていく。

失敗してもどうしてそんな失敗をしたのか説明してくれる人なんかいない。

失敗した自分が全部悪いと考えることしかできないから、それはより一層増した。

目が合っても鬱陶しそうにされるだけだったから、次第に目を合わせることも怖くなり俯くことが多くなった。

暗い表情でいることが増えた魔虚羅に話し掛ける人は更に減っていき、人との関わることはほとんどなくなった。

人と関わりが減れば急に声をかけられた時どうしていいか分からなくなる。

折角声をかけてくれた人がいても言葉がつっかえてしまい上手く話せず会話にならない。

そんな自分が嫌で自分から人との関わりを断つようになった。

完全に悪循環じゃねぇか。

寂しがり屋で1人でいることが嫌いなのに家でも外でもずっと1人。

怖がりなのにどんなに怖くても1人で我慢するしかない。

まだ子供なのにどれだけのストレスがかかっていたのか……そのストレスで異常に食べる量が減った。

食事を用意されておらず、どれほど空腹でも残り物を漁るしかなかったのも相まってる。

しかもワザと彼女の嫌いな物を残されている時まであって食べても苦しいだけだった。

食事を楽しい、美味しいと感じられなくなっていって彼女にとって食事とはただ空腹を満たし、体を維持するものになっていった。

これ行動に異常は出てないけど摂食障害の症状の一部だよな。

だって食べる量前の半分以下だぞ。

1日に一口しか食べない時もあるのに病院連れて行けよ。

あの家族じゃ無理だろうけど。

そんな日々が中学に上がっても続いていたある日、ある出来事があった。

帰りたいけど帰りたくない、そんな気持ちで公園のベンチに座っていた魔虚羅の足下に風で1枚のプリントが飛んできた。

何気なくそのプリントを手に取る。

 

「あー! 俺のプリント!」

 

1人の児童が走ってやって来た。

見た感じ小学校3年か4年くらいか。

どうやらプリントの持ち主らしい。

 

「ぇ……と、貴方の…?」

 

「うん。友達と問題合ってるか確認してたら飛ばされちゃったんだ。拾ってくれてありがと」

 

些細なことなのにお礼なんて言われたのが久し振りすぎて戸惑う魔虚羅。

どう反応して良いか分からないようだ。

そこにもう1人児童がやって来た。

さっき児童が言っていた友達か。

 

「何やってんだよ、ドジだなー。お姉さんごめんね」

 

「え、あ…ううん。拾ったのたまたまだから……返すね」

 

と、拾ったプリントを返そうとしたらそこに書かれていた問題の答えが間違っていることに気付いた。

 

「どうしたのお姉さん」

 

「あの……」

 

言おうか迷った。

自分が言ってもどうしようもないのではないか?

自分の答えも間違っているのではないか?

そんな考えが頭の中を巡る中、魔虚羅は勇気を出して口にした。

 

「これ…答え違う…よ」

 

「えっ、マジ!?」

 

「ほら見ろ! 僕の答えのほうが合ってるんだよ!」

 

「い、いや。貴方のも……多分違う」

 

「ばっ!?」

 

「どっちも違うんじゃん!」

 

互いの回答を見ながら言い合う2人。

今のうちに離れようと立ち上がったのだが。

 

「ねえ、お姉さん。俺達じゃ答え分かんねぇから教えて!」

 

「え?」

 

立ち去ろうとした魔虚羅に教えて欲しいと言って児童達が引き留めた。

そんなこと言われたことがない魔虚羅は混乱してしまう。

どう言って良いのか分からず口は動くが声が出ない。

 

「お姉さん答え分かるんだろ? これ明日出さないといけないから教えてよ」

 

「あ…ぇ……そ、…け、ど私の答えも…間違ってるかも……」

 

「合ってるかもしれないじゃん。なぁ教えて!」

 

「……」

 

全く引き下がる気配のない2人に仕方なく魔虚羅は「じゃあ少しだけ…」と言って教え始めた。

一問だけだったのですぐに終わり2人は帰って行った。

ホッとする魔虚羅。

もう二度と会うことはないだろうと思っていたのに……。

 

「あ! お姉さんいたー!」

 

翌日、あの2人がまた魔虚羅のところへやって来た。

「何故!?」と思いっきり顔に出ているけど、微々たる変化なので多分気付かれていないな。

 

「会えて良かった。あのね、あの問題。僕達2人だけ正解だったんだ! お姉さんのお陰だよ、ありがとう!」

 

「先生にも褒められたんだぜ! お礼言いたくて捜してたんだ。ありがと!」

 

2人はお礼を言うためだけに魔虚羅を捜していたようだ。

それを素直に受け取れない……というか受け取り方が分からずアタフタする魔虚羅。

「たまたまだよ」と言うのが精一杯だった。

そんな魔虚羅に。

 

「なぁまた教えて!」「教えて教えて!」

 

と2人は頼み込んできた。

再び「何故!?」という顔になってるけど2人は気付いていない。

もの凄い勢いで頼み込んでくる2人についに魔虚羅のほうが根負けした。

教えるのは今日授業で習ったところで2人が分からなかったところ。

会ったのが遅い時間だったのもあって暗くなりすぐお開きになったので、またホッとした魔虚羅だけど翌日もその翌々日もあの2人は魔虚羅を捜して「教えて!」と頼み込んできた。

その行動の意味が分からずに更に戸惑う魔虚羅だが、この頃から教えるの上手かったのか。

魔虚羅教えるの上手いんだよな。

虎杖が魔虚羅の術式を知って「剣術教えてくれ」って頼んできた時も的確に虎杖の癖を見抜いて教えていた。

その後釘崎も使う機会があるかもしれないからと教えて貰っていたけど、俺が聞いてても分かりやすかった。

これは剣術だけじゃなくて学問も同様だ。

教えるのが上手い理由は俺もよく分からないけど……幼い頃に数多くの家庭教師から指導を受けていたからかな?

児童達がめちゃくちゃ分かりやすく教えてくれる魔虚羅に再び教えて欲しいと頼み込むのはある意味必然だ。

そしてその数はどんどん増えていく。

最初は2人の友達が、その友達が更に友達を呼んで気が付くと15人近くが魔虚羅のところへ集まるようになった。

もう簡単な青空教室みたいになってるな。

いつの間にやらそんなことになっていて戸惑いながらも、魔虚羅は嬉しいと思うようになった。

どんな形でも人から認められるのは嬉しいよな。

それにずっと1人で寂しかった魔虚羅が僅かでも寂しくないと感じられる時間だ。

魔虚羅が子供が平気な理由はこれか。

子供だけはちゃんと魔虚羅を見てくれていたんだ。

子供達に囲まれるのに慣れて数年振りに魔虚羅の表情が動き、優しく笑っている。

本当に楽しそうだな。

でもその時間は長く続かなかった。

半年ほど経った頃、家に戻った魔虚羅に突然父親が殴りかかった。

 

「今更自分が当主に相応しいと言うつもりか!」

 

言われたことの意味が分からない魔虚羅をまた父親が殴った。

殴られた痛みで動けない彼女を家族全員が罵倒する。

 

「役立たずの分際で何してるの」

 

「落ちこぼれが何しても無駄なんだよ」

 

「いても何の価値もない存在のくせにでしゃばるな」

 

「??? な、何の事? 私は、何も……」

 

「とぼけるな! 近所の子供達相手に教師の真似事をしているだろ!」

 

「!!」

 

魔虚羅が子供達に勉強を教えていることが知られたのだ。

あれだけ子供が集まっていればバレるのは時間の問題だろうと思っていたけど、でもだからって殴ることはないだろ。

悪いことは何もしていないし、子供達に無理強いもしていない。

でもあの連中は気に入らないようだ。

魔虚羅が勉強を教えていた子供の成績が良くなっていたという事実が……。

 

「なーんにもできない無能に間違ったこと教えられるなんて可哀想。きっとこれが哀れで影で勉強していたのよ。あたしが教えたほうがずっと子供達のためになるのに」

 

「そうだな。明日から■■が教えに行くと良い。間違いを正してやらなければいけないからな」

 

「はい、パパ」

 

「え? ま、待って……せめてあの子達に一言……」

 

お別れを言わせて、と言おうとした彼女だけど父親に腹を思いっきり蹴られて壁に叩き付けられた。

バキッ、と嫌な音が聞こえる。

肋骨が折れたのか、胸を押さえて苦しそうにする彼女を父親と叔父と思われる人物が殴り続けた。

 

「うるさい! この世には必要な人間と必要じゃない人間がいる。後者のオマエが、生きている価値がない人間が何をしても世のためにならないんだよ!」

 

男の力で殴られて元の形が分からないほど顔が腫れ上がっている。

皮膚の色が紫色に変じてて、多分頬の骨も折れてるな。

全身の痛みで指一本さえ動かせない魔虚羅に家族全員が吐き捨てた。

 

 

 

「「「何でオマエみたいなヤツ生まれて来たんだ」」」

 

 

 

と。

そんなこと家族に言われたら子供はどうすればいいんだ。

これがずっと分からなかった魔虚羅のもう一つの呪いか。

 

“必要な人間じゃなければ生きている価値がない”

 

だから…必死だったんだな。

皆に必要な存在だと思って貰えるように頑張っていたんだ。

それにしても必要な人間と必要じゃない人間か…。

そんな人間どこにもいないぞ。

五条先生だって呪霊や呪阻師からすれば必要ない人間なんだし、そんなの個人の勝手な解釈じゃないか。

そんな呪いを植え付けたあの連中に対してかなりドス黒い感情が湧き上がってるけど、気を取り直して続きを見る。

殴られた怪我が治るまで部屋で寝ているしかなかったけど、とりあえず痕も分からないくらい綺麗に治った。

でも心のほうはボロボロだ。

何も感じない。

ごっそりと表情が抜け落ちた顔は人形のようだった。

もうこの頃には祖母に愛されていた記憶なんてなかったから、最初から家ではああだったのだという認識になってしまっている。

それどころかその日の記憶も覚えた端から忘れていって、昨日何をしたのかも覚えていない。

風邪を引けば病原菌が入ったと言われ家から叩き出されたことも、魔虚羅が家に帰ってきていないのにクズ共が鍵を掛けて旅行に行ったことも。

勿論家の鍵なんて持っていないからそれで家に入れなくなり、数日公園やネットカフェで過ごしていたことも覚えていない。

この辺りの映像はかなり曖昧だ。

まるでノイズが走っているように見にくい。

そのお陰で辛いことがあってもすぐに忘れていたんだけど。

そのノイズが突然なくなり、映像がハッキリになった。

ん、何かあるのか?

お腹が空いたのか魔虚羅はコンビニにいた。

毎月投げてよこされるだけだけど、とりあえずお金はあるからここ最近はお腹が空くとコンビニに寄る。

まぁ食べてもおにぎり1個とかパン1個なんだけど。

そんな量で足りるわけもなく、更に痩せて最早骨と皮だけなんじゃないかと思うくらいにガリガリだ。

今は中3みたいだけど、どうやら体の成長も止まっているらしく身長は中1の時から全く変わっていない。

あー、魔虚羅が食事できるなら今すぐ沢山美味しい物食べさせてやりてぇ。

 

「……ん?」

 

ふと、何気なく見たあるものが目に止まった。

それは他の客が立ち読みしていた週刊誌のある1ページ。

視界に入ったのは一瞬だけなのに、そこに描かれていたものが魔虚羅はどうしても気になった。

その客が立ち去ってから普段は決して手にしない週刊誌を手に取ってそのページを探す。

 

「あっ……」

 

週刊誌をパラパラとめくってようやく先程視界に入ったページを見つけた。

俺からそのページは見えないけど、何を見つけたんだ?

 

「格好いい、人。……名前……伏黒恵って言うの?」

 

……。

…………。

………………。

…………………………え? 俺?

 

「この人が出てるの、なんて名前の漫画? ……えっ、と……じゅ、じゅつ…かい、せん……で合ってるかな? ……ちょっと、読んでみようかな。あっ、でも読むなら買わないと……」

 

魔虚羅は手に取った週刊誌をレジに持って行きパンと一緒に購入。

そして公園のベンチに座って読み始めた。

漫画を読むのがほぼ初めてだからゆっくりと読み進める。

 

「……なんか苦労してそう、伏黒恵って人。でも格好いい……。この人この後どうなるんだろう? 続き……読みたいな」

 

それが彼女が前世でめちゃくちゃハマったと言っていた呪術廻戦を見つけた瞬間。

伏黒恵がどうなるのか気になって読み進めていたら漫画そのものも好きになったみたいだ。

いや、待て待て待て!

それ読んだきっかけって俺なのか?

しかもそのままの流れで呪術廻戦で一番好きなキャラになったようだ。

何で!?

あっ! そう言えば魔虚羅は呪術廻戦が好きだったとは言っていたけど、どの登場人物が好きだったとかは全く言ってない!

その作品が好きなら絶対に一番好きなキャラがいるよな。

それは……言えねぇよ! 言えるヤツいねぇだろ!

言えるヤツいたらとんでもなく肝が据わってるヤツだ!

……落ち着いて続きを見よう。

高校生になった魔虚羅が伏黒恵のぬいぐるみを抱き締めたまま眠ってても落ち着いてな。

それにしても凄いハマりっぷりだ。

学校関連以外の時間全部呪術廻戦のために使ってるな。

作中で出てきた食べ物を食べてみたいからって理由だけど食べる量も少しだけど増えてきた。

週刊誌が出るのが楽しみで、その日が来ると朝一で本屋に買いに行って一日中読んでいた。

単行本が出ると2冊買って、1冊は普通に読む用、もう1冊は気になった箇所をメモする考察用に使っていた。

ネットカフェで調べるのもひたすら呪術廻戦のこと。

本当に生き甲斐になってるな。

やがて呪術廻戦が世間で流行始めるとそれに伴ってグッズも販売されるようになる。

彼女はそれも出来うる限り集めた。

……主に俺のヤツを。

金はこれまでほとんど使ってなかったからある程度余裕があるみたいだけど、頼むからUFOキャッチャーで俺のぬいぐるみ頑張って取ろうとしないでくれ。

見てるこっちが恥ずかしい。

まぁやっと取れて嬉しそうにしてる魔虚羅の顔が見られたからいいか(なお他の人が見てもまず分からない極僅かな変化)。

それからしばらく経った冬。

劇場版の公開が決まって朝から魔虚羅はとてもウキウキしていた(表情には出ていない)。

いつもの登校風景。

……のハズだった。

暴走した車が歩道に突っ込んできた。

歩道にいた学生や会社員を跳ね飛ばしてもその暴走は止まらず、彼女はそれに巻き込まれた。

ドカンと凄まじい音が聞こえて映像が途切れ、真っ暗になった。

即死だったのだろうか?

と、思ったんだけど違ったみたいですぐ映像が流れ始める。

でもそれに映ったのはコンクリートの地面とその地面に広がる血の海。

 

“…何? 私……跳ねられたの? ……うぅ……痛い、痛いよ”

 

“冷たい。熱い。苦しい。……死ぬの? 嫌だ。せめて呪術廻戦が完結するまで生きたい”

 

“お願い。誰か、助けて……”

 

まだ僅かに動く手を必死に伸ばして、彼女は助けを求めた。

けど……。

 

「おい! こっちにも怪我人がいるぞ!」

 

「この人もヤバい。早く救急車! 誰か医学の心得がある人いないか!?」

 

「ねぇ、あの子助けないの? まだ生きてるわよ」

 

「あの怪我じゃもう助からないだろ。それよりまだ助かる人を優先しろ!」

 

「うわっ、気持ち悪い。あれでまだ生きてるなんて」

 

「人間って簡単に即死しないって聞いたぜ。でも腹抉れて内蔵見えてるのに生きてるなんてえぐいな」

 

「やだ、夢に出てきそう。朝からグロいの見せないでよ」

 

生きたいと望んだ彼女に届いたのは、見捨てる決断をする声と心ない人間の声だった。

助けを求めて伸ばした手から力が抜けて、冬の冷たい地面にパタリと落ちた。

 

 

“そう……だよね”

 

“助からない人を助けるより、助かる可能性がある人を助けるよね”

 

“……やっぱり私死ぬんだ”

 

“乙骨君どんな声か聞きたかったなぁ……”

 

“死滅回遊どうなるのか続きめっちゃ気になるのに”

 

“伏黒さんも……最強の式神が調伏できるか知りたかった”

 

“…………”

 

“ねぇ。最後くらい、誰か傍にいて……”

 

“1人は嫌だ……よ……”

 

 

そこでプツリと映像が完全に途絶えた。

息絶えたんだ。

こんな寂しい気持ちを抱えたままたった1人で……。

再び真っ暗になった空間で魔虚羅の過去の全容を知った俺はただ立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

「人間を信じられなくなって当たり前……だよな」

 

彼女は本当に誰にも助けて貰えなかったんだ。

彼女は何も悪くないのに、何故こんな悲しい人生を送らないといけないんだ。

ずっと見捨てられて、置いて行かれてどれだけ辛かったんだろう。

今まで疑問に思っていた答えが全て分かった俺は自分でも気付かないうちに涙を流していた。

 

『あの子の最後はいつ見ても悲しいな』

 

声も上げずに静かに泣いていると、横から声が聞こえた。

いつの間にか魔虚羅が横に座っていた。

 

「魔虚……!」

 

名前を呼ぼうとしたんだけど、違和感を感じて止めた。

いや、姿も声も魔虚羅なんだけど何かが違う。

まさか……。

 

「式神のほうの魔虚羅の意思……か?」

 

彼女だけど、彼女だと感じない理由はもうこれしか思い付かず恐る恐るそう呼んでみた。

魔虚羅がゆっくりと俺に顔を向ける。

 

『当たり。流石恵さんだ。言っていないのに分かるなんて凄いな』

 

手をパチパチと叩いて当てたことを喜ぶ魔虚羅。

……調子狂うな。

歴代の十種影法術師を殺しているとは思えない言動。

というか何故ここにいる? そもそもの疑問は。

 

「消えたんじゃなかったのか? 魔虚……彼女は消えたと言っていたけど」

 

これに限る。

少年院で魔虚羅を調伏の儀式に喚び出した時に式神のほうの意思は消えたハズだ。

その後も復活する様子がないと彼女も言っていたのに。

 

『いいや、消えたよ。今恵さんの目の前にいるのは、あの子に全てを譲ると決めたハズなのに未練がましく残っていた最後の意識の残りカス。魂の欠片。【無為転変】で魂の繋がりを切られた時、貴方の体に留まってしまったみたいだ』

 

そんなことがあるのか?

魂に関することはサッパリ分からないから「そうなのか」くらいしか言えない。

でも今の発言を聞く限り式神の意思は自ら望んで消えたってことになる。

 

「あの子って人のほうの意思のことだよな? どうして自分から消えたんだ?」

 

魔虚羅のすぐ隣に来て尋ねる。

体がずっと大きいし、彼女じゃないからちょっとビビってるけど、攻撃する様子はないし多分大丈夫。

 

『私達の魂がどんな状態だったか恵さん知ってるよね? 2つの魂が混ざり合っているのに完全に融合していない歪な魂。式神として生まれた時からずっとその状態だった。そのせいなのか生まれてすぐにあの子の記憶が全部私に流れ込んできてしまったんだ。生まれたばかりのまだ自我が確立していない状態で人間の十数年分の記憶が流れ込んできたらどうなると思う?』

 

「それは……」

 

間違いなくその記憶の影響を受けるだろう。

まだ自我が確立していないのなら尚更だ。

 

『もう影響受けすぎてあの子の仕草そのままでしょ? 声もそうだし。そもそもあの子の記憶がなかったらこうやって話すことも出来てないと思う。でもあの子にはない式神としての本能は残っていた。あの子は私のことを“本性さん”と呼んでいたけど、半分当たりなの』

 

確かに仕草もだけど話し方も同じだ。

彼女じゃないってよく気付いたな俺。

 

『けどだからって私に出来ることはなかった。私の声はあの子に届かなかったから。出来ることと言ったら戦えないあの子の代わりに戦うことくらい。あの子が一体何で苦しんでいるのか誰よりも知っているのに……。しかも長い年月の中で私もあの子も消えそうになっていた。いくらほとんど眠った状態だったとはいえやっぱり記憶は薄れるものだし、何より魂があんな状態だからね。数百年もの間【十種影法術】を持ったものが生まれていなかったのも相まってあの時、五条先生の声が聞こえるまで本当に消える一歩手前だった。双方の意識が消えてしまえば、自我のないただ暴れ狂うだけの式神が生まれてしまう。それだけは阻止したかったけど、それさえもどうにも出来なかった。でも五条先生の声を聞いてあの子は少しだけど意識が戻ったの。そして恵さんの姿を見てほぼ完全に取り戻した。その瞬間決めたんだ。私は消えようって』

 

「別に残っていても良かったんじゃないのか? 彼女の記憶を持っているならそれは同じ存在ってことなんじゃないのか?」

 

式神の意思が消えたことで彼女は力が使えなくなったんだ。

残っていたら彼女はあそこまで苦労しなかった。

同じ記憶を持っているなら、特に支障とかないと思うが。

 

『それは違うよ。姿記憶が同じであったとしても感じ方が違う。あの子は戦うことが嫌い。でも私はそうは思っていない。人を殺すことも私はなんとも思わない。五条先生の声を聞いても私は何も感じなかった』

 

「あっ……」

 

そうか。

心が違ってしまえばそれはもう“同じ存在”じゃない。

それで俺も彼女じゃないって気付いたんだろうし。

だからさっき“半分当たり”だと言ったんだな。

 

『私は最悪の未来を変えようなんて考えはなかったから、もしかしたらあの子は私の考えに引っ張られて自分が思うように動けないかもしれない。私が残っていればあの子の邪魔になる。勿論不安はあった。あの子は戦い方も力の使い方も知らないから、教えてくれる人がいなければあの子は無力なまま。でも事情を知ればあの子が知っている呪術廻戦の人達なら教えてくれるんじゃないかと思ってね。かなりの賭けだったけど、無事力を使えるようになって良かったよ』

 

「……五条先生のせいで大分スパルタだったけど、なんとかな」

 

『まぁ、1番の理由は恵さんならあの子を苦しみから解放してくれると思ったからだけどね』

 

「は?」

 

どうやら魔虚羅は俺なら彼女を呪いから完全に解放出来ると信じてるらしい。

流石に買い被りすぎじゃないかと思うんだが……。

 

『あの子の記憶を見せたのもそのためだ。口で言うよりあの子の記憶を見せたほうが手っ取り早い』

 

「あの記憶はオマエが見せていたのか。まさか今まで断片的に見ていた彼女の記憶もそうなのか?」

 

『そうだよ。これまではほんの少し見せられた程度だったけど、怪我の功名というのか全部見せられて良かった』

 

魔虚羅の言う通り、全部見たお陰で彼女に巣くっている呪いが何か分かった。

分かったけど、それこそかなりの賭けだ。

 

「もし俺が彼女をただの式神としてしか見てなかったらどうするつもりだったんだ? 今は何よりも大切にしたいほど好きな女性で呪いを解いてあげたいと思ってるけど、何とも思っていなかったら記憶を見せたところで意味がない」

 

『それはないよ。だって恵さんはあの子をもう一度愛するために生まれて来たんだから』

 

「え?」

 

『人の思いは凄いね。時空さえ超えてしまう。これであの子の初恋は実ったも同然だ』

 

なんか魔虚羅がとてつもなく重大なことを言った気がするけど、その次の言葉で全部吹っ飛んだ。

今、なんて言った?

 

「はつ……何?」

 

『あの子が呪術廻戦を読み始めたきっかけは恵さんが初恋の人に似てるからなのよ』

 

はああああああああああ!!??

俺が初恋の人に似てる!?

いや、疑問には思っていたぞ。

彼女は強い信念や心を持っているキャラが特に好きだったみたいなのに、俺そうでもないよな!?

でも彼女は少年院の前から1番好きなキャラだったし、というか呪術廻戦を読み始めたきっかけも俺だった。

理由は俺が初恋の人に似てるからだったのか。

あれ? でも彼女が誰かに惚れてるような場面あったか?

 

『ああ、その場面は特に必要ないと思ったから編集でカットさせていただきました』

 

「はぁ!? いやいるだろ! 彼女の初恋の相手がどんなヤツか死ぬほど気になるんだが!!」

 

『だってあの子がその人に恋心を抱いていたことに気付いてないもん。あのままの日々が続けば気付いたかもしれないけど、その前に想いも記憶も忘れてしまったから』

 

「……」

 

魔虚羅の口振りからあの青空教室の時か?

彼女自身が覚えていないから必要のない情報ってことだろうけど、気になるものは気になる。

俺のどこが初恋の人に似てるんだ?

見た目か? 性格か?

 

『さあさあ、無駄話はここまでにして恵さんは早くあの子のところに戻ってあげて。今頃きっと寂しがっていると思うわ』

 

まだ彼女のことで訊きたいことがあるが、彼女のことが心配なのも事実だ。

最後に見たのは血塗れで五条先生と虎杖に拘束されている姿だった。

あれからどうなった?

初恋の人のことはとりあえず忘れよう。今優先すべきはそっちだ。

早く彼女の傍に行きたい。

それなのに……。

 

「俺もそうしたいんだけど、目を覚まそうとすると逆に意識が遠ざかってしまって……」

 

何故か全く起きられない。

彼女にかかっている呪いの正体も分かったんだ。言いたいことが山ほどある。

けど体が言うことを聞いてくれない。

 

『あー、そうだった。魂が傷付いていて起きられないんだったね』

 

「魂が傷付いている?」

 

『【無為転変】であの子との魂の繋がりを切られる時恵さんかなり抵抗したでしょ。文字通り魂が無理矢理引き千切られる形になって恵さんの魂が深く傷付いてしまったんだ。起きられないのはそのせい。傷付いた魂が酷く衰弱してて、それが肉体に影響を及ぼしてる。肉体は魂が宿る器だからね。このままだと目覚めるどころか数年生きられるかも怪しいな』

 

マジかよ。そんな状態になってたなんて……。

数年も生きられないとか、それはかなりショックだな。

ただでさえ寿命が違うのに、ほとんど彼女の傍にいられないじゃないか。

 

「魂の傷を治す方法はあるか?」

 

『今のところはもう一度【無為転変】するくらいしかない。でもそれは不可能だろう』

 

「そう、だな」

 

それをするにはまず今どこにいるか分からない羂索を見つけなければならない。

仮に見つけられたとしても、本当に【無為転変】で魂の傷を治すか分からない。

それ以外の方法を見つけるのも実質不可能だ。数年で見つけられるものじゃないだろ。

終わってるなこれ……。

 

『けどそれは私も困る。貴方が死んでしまったらあの子も後を追いかねない。私はあの子に生きていて欲しいからね。だから私がなんとかする。さっきも言ったけど今ここにいるのは魂の欠片。欠片と言ってもまあまあ大きいものだから、恵さんの魂の傷を塞ぐことはできる。私が恵さんの魂と融合することで傷を治すよ』

 

「え?」

 

俺の魂と融合するって……そんなことできるのか?

 

『やったことはないけど多分できると思う。普通なら無理だろうけど今は互いに魂の姿だしなんとかなるでしょう。元々繋がっていた魂だから拒絶反応は起こらないと思うけど、念のためゆっくり時間をかけて融合する。そのほうが恵さんの体に負担はかからないし。完全に融合が終わるまで術式が使えなくなってしまうけどそれは許してね。術式に関わる部分が特に傷付いてるの。それと欠片とはいえ最強の式神の魂が融合するから恵さんの体に何かしら私由来の能力が発現してしまうかもしれないけど、それも許してね』

 

「ああ、いや……それは別にいいんだけどオマエはどうなるんだ? オマエの意思はどうなる?」

 

『融合の際に消える。恵さんの人格には全く影響ないから安心して』

 

「な!?」

 

『驚くことじゃない。言ったでしょ? これは意識の残りカスだ。本当ならとっくの昔に消えていたハズのもの。それが少し伸びただけ。少し心残りはあるけど今まであの子のために何も出来なかったから、こんな形でもあの子のために何か出来るなら本望だ。……でも一つだけ約束してくれる? あの子を幸せにするって』

 

座っていた魔虚羅が立ち上がって俺の真正面に立った。

 

『あの子は人であった時、幸せだと感じることがほとんどなかった。そして今も呪いのせいで幸せを感じることが出来ない。そんなのあんまりだ。私はあの子に幸せになって欲しい。でも私ではそれは出来ないから恵さんがあの子を幸せにしてあげて』

 

そう言った顔は悲しげなものだった。

本当は一番身近にいた自分が彼女の呪いを解いてあげたかった、幸せにしてあげたかった。

そう思っていることがひしひしと伝わってくる。

 

「分かった。と言っても約束するまでもない。元からそう思っていたところだ」

 

『それは良かった。あー、これでやっと肩の荷が下りたよ。全く……誰がこんな風に生まれさせたのか。お陰で知らなくていいことを沢山知ってしまった』

 

まるで憑きものがとれたように軽やかに魔虚羅は言った。

まぁ普通に式神として生まれていれば知る必要もないことだからな。

 

「嫌だったのか?」

 

思わず訊いてしまったけど、魔虚羅は何の苦もなく答えてくれた。

 

『それは分からない。でも知らなければ良かったと思ったことはないよ』

 

そうか。なら後悔も何もしてないってことだな。

ただ、彼女が幸せになるところを見たかった、それだけが心残りみたいだ。

それが分かったからなのか、自然とその言葉が出た。

 

「大丈夫だ魔虚羅。オマエが伝えられなかった言葉も気持ちも全部俺が持っていく。オマエの分まで彼女を大切にすると誓うよ。だから安心して俺の中で眠ってくれ、もう1人の相棒」

 

きっと魔虚羅にとって彼女は双子の妹みたいな、とても近しい存在なんだ。

だから彼女が大切で誰よりも幸せになって欲しいと思ってる。

なら俺がその“思い”を全部受け取って魔虚羅の分まで彼女を愛すればいい。

俺の発言に驚いた顔をした魔虚羅だけど、すぐに安心した顔に戻った。

そして満足げに大きな手で俺の頭を撫でた。

いつも俺が彼女にしているように。

恥ずかしくてめっちゃムズムズするけど、これが式神としての魔虚羅の最初で最後の愛情表現だから素直に受け入れられた。

 

『ちゃんと恵さんも幸せにならないと駄目だよ。2人で飛びっ切り幸せになって』

 

「ああ、分かってるよ。必ず幸せになるから」

 

『うん、約束ね。ありがとう伏黒恵』

 

スウッと魔虚羅の体が光に溶けて小さくなり、手に平に収まるくらいの球体になった。

これが魂の欠片。

その欠片が俺の体の中に入っていく。

全く別のものが入って来たのに苦しくない。

むしろ暖かくて優しい不思議な感覚。

きっとこれからも見守ってくれるのだと、そう思えた。

 

 

 

「こっちこそありがとう。……おやすみ、八握剣異戒神将魔虚羅」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「っ……」

 

ビリッと電気が流れるような痛みを感じて目を覚ました。

目を開けて最初に視界に入ったのは白い天井。

どうやら俺がいるのは病院のようだ。

でもいつもの病院じゃない。

ここは何処だ? 暗いから夜みたいだけどどれくらい眠ってた?

あれから何があったのか全く分からない。

状況を確認しようと重怠い体をなんとか起こす。

 

「(かなり長い間夢を視ていたけど、本当のこと……だよな)」

 

彼女の一生分の記憶を視て、そして式神の意思と話していた時間が何十年分にも一瞬にも感じられた。

だから現実味がない。

でも式神の意思は……魂の欠片は確かに俺の中にあると分かる。

まだポカポカと体の中心が温かい。

今はその存在を感じられているけど、完全に融合したら感じられなくなるのだろうか?

それはそれで寂しいな。

 

「……魔虚羅」

 

『うぅ……』

 

思わず名前を口にすると横から魘される声が聞こえてきた。

誰かいるのか?

勝手に見るのは失礼かと思いつつ、かかっているカーテンを少し開けて覗くとそこにはベッドで横たわる魔虚羅がいた。

あの時の怪我はなく、パッと見た感じ無事みたいだ。

でも俺魔虚羅のこと顕現させたっけ?

させてないよな?

というか魂の繋がりを切られてどうなった?

今の体の大きさから呪骸に憑依して助かったとか?

……いや、それはない。

呪骸はあのやたら強い男との戦闘でボロボロになってるから、もし呪骸ならこんな綺麗な姿のハズない。

それ以前に呪骸はまだ俺の影の中にある。

 

「魔虚羅?」

 

魔虚羅の様子をもっとよく見るため傍に寄る。

近付くと羽の色が完全顕現の時とも全く違うことに気付いた。

暗い中でもよく分かる金色の羽。

そっと触れると、それは間違いなく本物の羽の感触だった。

作りものでは絶対にない。

訳が分からず混乱しそうになったが、魔虚羅が苦しそうに息をしていることに気付いてすぐ我に返った。

しかも暗くてよく見えなかったけど汗も酷くかいている。

どう考えても具合が悪い。

まさかと思い顔に触れると異常に熱かった。

何だこの熱さ。まるで……。

 

「伏黒!?」

 

後ろから声が聞こえて振り返ると、そこには釘崎と壊相がいた。

 

「目が覚めたのですか恵さん。それは良かったです」

 

「ああ、今な。俺はどれくらい眠ってたんだ?」

 

「約30時間です。ずっと昏睡状態でしたので心配していましたよ」

 

思っていたより長く眠ってたな。

しかもただ眠っていたんじゃなくて昏睡状態だったなんて。

これは魔虚羅だけじゃなく皆にも心配掛けたな。

 

「悪かった、心配掛けた。まだ少し体は重いけどもう大丈夫だ」

 

「本当ね? 全く、アンタが起きないせいで魔虚羅具合悪いのに無理して高専に戻ろうとするから説得するの大変だったのよ」

 

「魔虚羅はやっぱり具合悪いのか」

 

「アンタ助けるためにヤバい力使った反動で死にかけてたの。怪我自体は治ってるけど疲労は残ってて、微熱だけど熱あるしあれから目を覚まさないしで」

 

「……これが微熱なワケないだろ。姉貴がインフルエンザで40度出した時と同じくらい熱いぞ」

 

俺はここまでの高熱出したことないけど、小学生の時に津美紀がインフルエンザで40度の熱を出したことがあった。

移るからとあまり近寄らせて貰えなかったけど、少し触れた時に人間はここまで体温が上がるのかと驚いた記憶がある。

 

「え、嘘。だって1時間前に確かめた時そんなじゃ……うわ! これヤバい!」

 

半信半疑で魔虚羅の首に触れた釘崎が驚きの声を上げた。

結構な大声だったんだが、魔虚羅は全く反応しなかった。

眠ってるんじゃなくて意識がないようだ。

 

「不味いですね、急いで体を冷やさないと。ただでさえ弱っていらしたのにこれでは体がもちません」

 

「私念のため七海さんと血塗起こしてくる」

 

「では私は氷水を用意しますね」

 

「じゃあ俺は」

 

「アンタは魔虚羅の傍にいてあげなさい。アンタの役目は魔虚羅を安心させること」

 

「え」

 

俺が何か言う前に2人は颯爽と部屋から出て行った。

いや、ありがたいんだけど俺も何か……。

当たりを見渡すとタオルがあったのでそれで汗を拭いてやることにした。

ていうか汗をかいてるって代謝が発生してるってことだよな?

式神の時は全然汗かかなかった。

なら今の魔虚羅は式神ではなく個の生物?

疑問は尽きないがとにかく汗を拭いてやろう。

こんなに汗かいてるんじゃ気持ち悪いだろう。

着ている服も汗で濡れていたから脱がせる。

何故か胸にタオルを巻いていたけど、それも濡れているから取った。

 

「……は?」

 

タオルを取ったその下にあったのはどう見ても女性の胸だった。

魔虚羅って男の体じゃなかったか?

怪我して腫れてるとか、そういうのじゃないよな?

え、え?? マジでどうなってるんだ??

混乱しすぎた俺は思わずその二つの膨らみに触れた。

や……柔らかい。

焼きたての餅のようにモチモチしてるのにフワフワのマシュマロみたいな不思議な感触。

女性の胸って触るとこんな柔らかくて気持ちいいのか。

……。

ヤバい、俺は今絶対に振り向いてはいけない。

何故なら真後ろに……。

 

「ふーしーぐーろーくーん」

 

鬼の形相をした釘崎がいるからだ。

 

「高熱で意識のない女の子の胸を触るとはどういう了見かしら? 言い訳くらい聞いてあげるわよ」

 

ガシッと俺の頭を鷲掴みにする釘崎。

今にも握り潰されるんじゃないかと思うくらい力が入っている。

悪ぃな魔虚羅。今日が俺の命日のようだ。

とりあえず言い訳はしても良いみたいだから言うか。

 

「大変申し訳ありませんでした。凄く汗をかいてるから拭いてあげようとしたんですが、服も濡れていて気持ち悪そうだったので脱がせたんです。そしたら胸が腫れているように見えたので怪我でもしているのか思ってつい…」

 

「天誅!!」

 

――ドゴン!!

 

「ぐっ!」

 

釘崎の怒りの鉄槌が下った。

が、手加減はしてくれたらしい。

トンカチが一発脳天にぶち込まれただけで済んだ。

 

「今のは恵が悪ぃよなぁ」

 

「そうですね。許可無く触れるのもそうですが、無抵抗な女性の体に触れるなど言語道断です」

 

少し離れたところにいた七海さんと血塗の容赦ない追撃が来た。

俺だって普段許可無く魔虚羅の体に触れたりしねぇって!

でも今ここでそれを言うと火に油を注ぐだけだよな。

 

「まぁ伏黒は魔虚羅が女の子の体に変化してること知らなかったんだし今回は大目に見るわ。後でちゃんと謝っておきなさいよ」

 

「本当に悪かった。魔虚羅には目を覚ました時に改めて謝る。けど何で魔虚羅は女性の体になっているんだ?」

 

「それが誰にも分からないのよ。魔虚羅も気付いてなかったし、というかどうしてこういう状態なのかも謎なのよね」

 

じゃあ誰も魔虚羅の身に起こった変化について知らないのか。

調べたい気持ちはあるが、最優先事項は高熱で苦しんでいる魔虚羅を助けることだ。

 

「釘崎君は魔虚羅君に新しい服を着せて、血塗君は私と来て下さい。処置をするためのビニール袋があるハズですので一緒に探しましょう」

 

「「分かりました/分かったぁ」」

 

「伏黒君は魔虚羅君の近くにいてあげなさい。君の気配を感じるだけでも落ち着くと思いますので」

 

「ありがとうございます」

 

お言葉に甘えて魔虚羅の傍にいることにした。

釘崎が魔虚羅に服を着せたことを確認した後、部屋に置いてあったイスを持ってきて魔虚羅の手を握れる位置に座る。

そっと手を握ると弱々しくだが握り返してきた。

それを見て釘崎が驚く。

 

「本当に魔虚羅は伏黒のこと大好きね。意識がなくても今手を握ってくれたのが伏黒だって分かるんだ。私と壊相、血塗が手を握っても何にも反応しなかったのに」

 

「そうなのか?」

 

「そうよ」

 

そうか。なら俺が昏睡状態だった時辛い思いをさせたな。

魂の繋がりを切られて俺の存在も感じられなくなっていただろうから、相当寂しかったろうに。

 

「ごめんな魔虚羅。寂しい思いをさせて。もう離さないから」

 

目が覚めたら好きだと伝えよう。

十中八九混乱するし、多分最初は受け入れることが出来ないと思うが、伝えないことには始まらない。

 

「何? やっと告白するつもりになったの? おっっっそ!」

 

「遅くて悪かったな。でも俺のほうが限界。魔虚羅のこと愛したい」

 

「……何かあったの? ヤバいくらいのクソデカ感情になってるけど」

 

なってるだろうな。

元々あった俺の気持ちと式神の意思の気持ちが合わさってるんだ。

もう愛したくて愛したくて仕方なくなってる。

正直ここまでになるとは思ってなかった。

ちゃんと気持ちをセーブしないと。

 

「あんまり魔虚羅を困らせるんじゃないわよ。今の魔虚羅じゃそのクソデカ感情絶対受け止めきれないから」

 

「分かってる。ちゃんと魔虚羅のペースに合わせるさ」

 

大切な大切な人。

二度とあんな風に引き離されたりしないようもっと強くなろう。

怖がりで寂しがり屋だけど、誰よりも優しくて頑張り屋の彼女を守れるように。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

伏黒恵

昏睡状態の間魔虚羅の前世の記憶を全て見た人気投票1位の男。

思っているより辛い人生を送っていたと知ってかなりショックを受けた。

魔虚羅の初恋の相手が死ぬほど気になっていたが本人が忘れているから、「まあいっか」になった。

自分より長い間一緒にいた式神の意思の気持ちを受け取ったのでもの凄いクソデカ感情になっている。

 

式神としての魔虚羅の意思

人の意思とは別に存在していた式神としての魔虚羅の心。

人の意思の記憶が流れ込んできた影響をもろに受けているが心は別のため、自分は人の記憶を持った違う存在だと認識している。

しかし片割れが何で苦しんでいるのか、どんな呪いを抱えているのか知っていながら何も出来なかったことを悔やんでいた。

どうせ消えてしまうなら片割れに未来を残してやりたいと自らの意思で今生を譲った。

でもやっぱり心配で僅かに意思が残っていた。

少しでも片割れの呪いが解けるように魂の繋がりを使って主である伏黒恵に片割れの記憶の一部を見せていたけど、出来たのはそれだけ。

それでも片割れの心が大分良くなっていたから今度こそ欠片も残さず消えようと思っていた矢先に今回の事態が発生してしまう。

片割れがどんな状態になっているのか感じ取ったけど、完全に分離してしまったため何も出来ず、仕方なく魂が傷付いていて意識を失った主をなんとか起こそうと奮闘。

無事片割れの暴走が止まってホッとした後、今なら主に片割れの記憶全部見せられるんじゃね? と思ったのが今回のあらまし。

自分が片割れのことをどう思っていたのかは分かっていない。

でも幸せになって欲しいな、という気持ちはあった。

ちょっぴりお茶目なところはあるけど基本は本編の魔虚羅そのもの。

今後は最初で最後の主と一体となって片割れを見守っていく。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

≪七海建人視点≫

 

魔虚羅君が渋谷事変と呼ぶ事件が終わってから15時間ほど経ったか。

私達はまだ渋谷から10キロほど地点にいる。

高専に戻ろうとしていたのだが、迫ってくる呪霊から逃れようと移動していたら逆に遠ざかってしまったのだ。

何なんだあの数は……。

昨年の百鬼夜行が生易しく思える。

数万を超えるだろう呪霊が朝日が昇り、ある程度身を潜めるまで私達も身を潜めていた。

その間に東京の住人は粗方避難したらしい。

逃げ遅れた一般人には会うものの補助監督に会わない。

すでに引き上げているようだ。

状況を詳しく把握するためにも一刻も早く高専に戻りたいのだが、交通機関も動いていないから歩いて高専に戻るしかない。

 

「七海さんどれくらいかかりそうですか?」

 

「呪霊の数も多いですし、少なく見積もっても数日は必要かと」

 

「そうですか。結構かかりますね」

 

今私と行動しているのは釘崎君、伏黒君、壊相君、血塗君とそして……。

 

『そんなに……かかるんですか? もう少し早く高専に、辿り着ける方法ありませんか?』

 

魔虚羅君だ。

何があったのか姿が変化している。

大きさは訓練のために憑依していた呪骸と同じほど。

今まで身に付けていなかった羽織と胸部の鎧。

顔から生える翼は光の加減で七色に見える金色。

手に持つ剣もこれまでとは違い一本の長剣になっている。

……あの時、確かに魔虚羅君の体が消え、気配も感じられなくなった。

誰もが魔虚羅君が死んだと思ったはずだ。

しかし突然ブラックアウトが起こり、小さな光の粒が現れたと思ったらそれが集まって形を成し、今の魔虚羅君の姿になった。

そこからの出来事はまさに神の所業と言うに相応しい。

破壊できないハズの特級呪物、獄門疆の破壊。

一振りで数多の呪霊を祓った斬撃。

全て魔虚羅君がやったことだ。

魔虚羅君は元々未知数の力を持っていた。

自我を失っていたことで今まで表面化していなかった力が一時的に目覚めていたと考えれば辻褄が合う。

問題は自我を失っていたために魔虚羅君は自分の身に何が起こったのかも、あの時自分が何をしたのかも記憶に残っていないことだ。

何も覚えていない。

だから訊いても「分からない」という答えしか返ってこない。

魔虚羅君からしたら意識を取り戻したら何故か体中が痛く、何故か姿が変化しているという状態。

それが原因なのか魔虚羅君は今精神が酷く不安定になっている。

彼女はとても気が弱いし何より怖がりなのだから、何も分からないということがどれほどの不安を駆り立てるのか想像に容易い。

その湧き上がり続ける不安を行動で消そうとして、昼間にも関わらず襲ってくる呪霊を率先して祓っている。

しかしそれでは遅かれ早かれ限界が来る。

血塗君の治癒では疲労までは治せないそうだから、一度疲労を感じてしまえば動けなくなってしまう。

もしあの時使ったのが本当に神剣の力そのものだとすれば相当体には負担が掛かっているはず。

実際2回使っただけで死にかけるほどの力だ。

本当ならここにいる誰よりも休息が必要なのに、強すぎる不安から肉体的にも精神的にも休めていない。

少しでも不安を払拭させるためには伏黒君の言葉が一番なのだが、目を覚ます様子が見られない。

ピクリとも動かない様子から眠っているのではなく昏睡状態と言った方が良い。

間違いなく【無為転変】を受けた影響だ。

魂の繋がりを切るだけと言っていたが、本当かどうか分からない。

もしかしたら生命に関わる部分を弄られている可能性まである。

あれ以降一切目を覚まさない。いつ容態が急変するか予想ができない。

早く家入さんに診せて専門的な治療を受けさせたほうがいい。

その事実が更に魔虚羅君の不安を助長させてしまっている。

万が一異変が生じてもすぐに気付けるように伏黒君は私が背負ってはいるが……。

 

「今はこれが最善です。周りは呪霊だらけなのですから、下手に動くとかえって危険です」

 

『でも恵さんが……』

 

「今のところは問題ありません」

 

『今のところはじゃないですか。もし急変したら家入さんじゃないと対処ができません』

 

「……」

 

チラリと魔虚羅君は私のほうへ顔を向けるもすぐに逸らしてしまった。

意識のない伏黒君を見ると余計に不安を感じてしまうからだろう。

それでも私と釘崎君が負った怪我を見るだけで苦しそうにしていた時に比べればマシではある。

その私と釘崎君の怪我は血塗君が全て治した。

……私の怪我は左目を無くすほどの大怪我だった。

家入さんでも治せないほどの欠損だったが、それを一瞬で治してしまうほどの治癒能力を持っているとは。

血塗君は魔虚羅君からその力を貰ったと言ったが、まだ詳細は教えて貰っていない。

伏黒君が目を覚ましたら教えるの一点張りだ。

魔虚羅君と壊相君、血塗君の気配がほとんど同じなのも気になるが、それを尋ねても同じ返答。

疑問ばかりが生まれるが……それにしても不思議な気配だ。

呪霊の気配ではないのは間違いない。

とても清浄な気配で、感じようとしなければ感じられない。

表現は難しいが“そこにあって当たり前”と言うか……。

 

「魔虚羅。伏黒が心配なのは分かるけど、アンタだってあんな力使ってかなり疲れてるでしょ? 何回も言ってるけどちょっとでも休まないと駄目よ」

 

伏黒君を助けたいという一心で疲労困憊の体を無理矢理動かす魔虚羅君をなんとか止めようと釘崎君が話し掛ける。

今日何度目のやり取りだろうか。

 

『……私は大丈夫。それより早く高専に行かないと』

 

「誰がどう見ても気力だけで動いてる状態で大丈夫だと思うわけないでしょ。もうフラフラじゃない。いいから休んで……」

 

『うるさいな! 私のことなんかどうでもいいでしょ!!』

 

魔虚羅君の怒鳴り声が響いて辺りが静まり返った。

自分のことなんかどうでもいい。

魔虚羅君が自分をそう思っていると分かる一言。

 

『あっ……』

 

自分の発言を理解して魔虚羅君の顔が目に見えて青ざめていく。

決して怒鳴るつもりなどなかったのに、言いようのない不安から怒鳴ってしまった。

 

『ち、ちが……そんな風に言うつもりじゃ……。ご、め……』

 

釘崎君に謝ろうとするも、それ以上の言葉が紡ぎ出されることはなかった。

糸が切れた操り人形のように魔虚羅君の体が地面へと倒れる。

 

「魔虚羅様、危ない!」

 

寸前のところで壊相君が魔虚羅君の体を抱きかかえた。

壊相君に抱えられた魔虚羅君は力なくグッタリとしてしている。

体のほうはとっくに限界を超えていたのだ。

それを一気に感じてしまい、動けなくなったようだ。

 

「ほら見なさい。私から見たら伏黒よりアンタのほうが重症なのよ」

 

『そ、そんなこと…な…ぃ』

 

立ち上がろうとするも力が入らないらしく空しい結果に終わる。

これ以上進むことは不可能だな。

 

「血塗、この辺りで魔虚羅様を休ませられそうな場所がないか探して」

 

「分かったぁ」

 

辺りの捜索を血塗君に任せて壊相君は魔虚羅君をゆっくりと座らせた。

しかし壊相君が支えているにも関わらずフラフラしている。

座っているのも辛いらしい。

 

『壊相さん…私は……』

 

「駄目です魔虚羅様。無理に動かないで下さい。生まれたばかりの不安定な身で莫大な力を使った魔虚羅様の体はもうボロボロなんですから」

 

「ホントそれね。あんなヤバい力2回も使えばそりゃ体おかしくなるわよ」

 

釘崎君が気遣いながら魔虚羅君に触れた。

すると釘崎君の顔がみるみるうちに強ばっていく。

 

「ちょっ……アンタ熱あるでしょ! さっきより体熱いわよ!」

 

何事かと思ったが、どうやら釘崎君は魔虚羅君が発熱していることに気付いたらしい。

確かめるために私も近寄って断りを入れてから魔虚羅君の首辺りに触れる。

……釘崎君の言う通り熱い。

元々体温が高くてではなく、間違いなく体調を崩して発熱している熱さだ。

まだ微熱程度ではあるが、更に上がるかもしれない。

フラフラだったのは疲労とこの発熱からか。

思っていたより悪い状態だ。

 

「熱があったとは……気付けず申し訳ありません」

 

「血塗君が戻り次第すぐに移動しましょう。壊相君、魔虚羅君を抱えて動けますか?」

 

「問題ありません」

 

「釘崎君は呪霊が出てきた時の対処を……」

 

『ひ、つようない。何とも…ないから』

 

しかし魔虚羅君は自分の体調が悪いことを認めようとしない。

もう立ち上がることさえ出来ない状態であるにも関わらずそれ否定する。

 

「魔虚羅君。今の君を見て万全な状態だと思う人は誰もいません。君だって本当は分かっているでしょう?」

 

『……少し、疲れただけです。もう大丈夫ですので』

 

「それは無理があります。壊相君に支えられても座っているのさえ辛いのだと誰の目にも明らかなのです。いい加減認めなさい」

 

『違います……私、具合なんて悪くありません』

 

「ですから……」

 

「待って下さい七海さん」

 

まるで進まない押し問答に待ったをかけたのは釘崎君だ。

魔虚羅君の隣にしゃがみ、顔をしっかりと合わせると確信を持って問いかける。

 

「伏黒から聞いてたんだけどアンタ人間だった時、家族からネグレクト紛いな扱い受けてたんでしょ? 今みたいに具合悪い時に酷いことされてたんじゃない?」

 

それを聞いて私も伏黒君が渋谷事変で待機していた時間に話していたことを思い出した。

魔虚羅君は人であった時、ずっと1人だったから心が欠けている部分があると。

詳しく話していたワケではないが、虐待を受けていたのなら頑なに具合が悪いことを否定するのも納得する。

体調を崩した時に肉体や精神を傷付ける暴力を受けていたのであれば、それは隠そうとするだろう。

 

『お、覚えてない。人間だった時の記憶なんかほとんど忘れてる』

 

「頭で覚えてなくても心は覚えてるもんよ。そこまで否定するんならよっぽど酷いことされてたのね」

 

釘崎君は魔虚羅君の頭をゆっくり撫でて落ち着かせる。

記憶にないことに怯える魔虚羅君が受け止められるよう優しく声をかける。

 

「大丈夫よ。ここにいる誰もアンタにそんなことしないわ。私達は魔虚羅のことが心配だから今魔虚羅がどんな状態かちゃんと知りたいの」

 

『……心配?』

 

「そう。アンタのこと心配するのは伏黒だけじゃないわよ。私だって心配だし、七海さんだってアンタのこと心配だから休んで欲しくて言ってるの。安心して言って。具合が悪いって言っても突き放したりしないから」

 

魔虚羅君は俯いていた顔を上げて釘崎君、私、壊相君の顔を見た。

それは『本当に酷いことしない?』と私達に問いかけるよう……いや、まさにそうだった。

魔虚羅君は表情がほとんど変わらないため感情が分かりにくいが、それでも分かってしまうほどだ。

一体どんな扱いを受けたらこんな表情になるのだろう……。

 

「魔虚羅様。繋がりを持つ私でも貴方が弱っているということしか分かりません。なのでどういった症状があるのか言って頂けると助かります。今どのような症状か分かったほうが私達も対処できますので」

 

「ええ、そうです。先程は強く言ってしまって申し訳ありません。釘崎君の言った通り、私もあのような力を使い死にかけていたのに全く休んでいない君のことが心配なのです。君にしっかり休んで欲しいんですよ」

 

『で、でも恵さんが……』

 

「仮に今伏黒君が目を覚ました場合、君の状態を見たらきっとショックを受けると思いますよ。自分が目覚めなかったばかりに君に無理をさせてしまったと」

 

『そ、それは……』

 

「伏黒君が心配なのは分かります。ですがそれは私達も同じです。伏黒君に何かあったら私達が必ずなんとかすると約束します。ですから魔虚羅君は休みなさい。伏黒君だって元気な姿の魔虚羅君を見たいでしょうから」

 

全員の顔を何度も見た魔虚羅君はようやく私達の言葉を信じてくれたのか、先程より体から力が抜け壊相君に寄りかかった。

壊相君もそれを受け入れ、魔虚羅君をそっと抱きとめる。

 

『頭、痛い。体も怠くて……なんかクラクラして気持ち悪い……』

 

「はい、よく出来ました。ったく最初からそう言えば良いのよ。横になったら少しは楽になるから、もうちょっと辛抱してね」

 

『……うん』

 

やっと魔虚羅君は自分の体調を口にした。

気持ち悪いと言った魔虚羅君が少しでも楽になるように、釘崎君は魔虚羅君の背中を摩りながら血塗君を待つ。

しばらく待つと血塗君が戻ってきた。

 

「兄者ー。あっちに病院があったぁ」

 

「丁度良いですね。そちらへ向かいましょうか」

 

「ええ。病院なら必要なものも粗方あるでしょう」

 

ということで血塗君が見つけた病院へと移動を開始する。

その頃には魔虚羅君は更にぐったりとしていた。

私達に話したことで張り詰めていた気が抜けたのかもしれない。

と、ここで不思議なことが起こる。

 

「魔虚羅様。八握剣をお持ちしてもいいですか? 持っているのも辛いでしょう?」

 

『じゃあ、お願い』

 

魔虚羅君が持っている剣を壊相君へ手渡した瞬間、魔虚羅君の頭上にあった法陣が消えたのだ。

……そう言えばあの時も壊相君が剣を持っている間、魔虚羅君の頭上に法陣がなかった。

まさか剣を持っていないと法陣が現れないのか?

 

「ねえ、その剣私も使って良い? アンタが使ってるの見た感じそれ退魔の剣なんでしょ」

 

「お貸ししたいのは山々なのですが、八握剣を持てるのは魔虚羅様だけです。私は魔虚羅様と繋がりを持つものということで魔虚羅様の許可が下りた時のみ特別に持てるだけ。他の方が持とうとすると恐らく腕が吹っ飛びます」

 

「何それ恐!!」

 

しかも釘崎君がその剣を借りようとしたらこの返答だった。

正当な持ち主でないと使えない武器などあるのか?

本当だとしたらまさに神具のようだ。

 

「まぁそれも魔虚羅様の状態が安定したら詳しくご説明します。今は病院に向かいましょう」

 

疑問は尽きないが、確かに最優先事項はそちらだ。

時間が経つにつれ魔虚羅君の体調はどんどん悪くなっている。

一刻も早く休ませなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔虚羅君の様子を見ながら移動すること10分ほど。

血塗君が見つけた病院にたどり着いた。

小さめだが入院病棟がある病院だ。

水道、電気、ガスはまだ生きている。

数日ここにいても問題なさそうだ。

 

「中に誰かいましたか?」

 

「ううん、いなかったぁ。皆もう避難したんじゃねぇかなぁ」

 

であれば人目を気にせず休ませられるだろう。

中に入ってみると、院内にいた人はかなり慌てて避難したようで物が乱雑に放置されていた。

使える物も結構ありそうだ。

一つ一つ病室を見て回り、比較的綺麗な6人部屋があったのでそこで休ませることにした。

 

「寝かせる前に体拭こっか。魔虚羅も伏黒も結構汚れてるし」

 

「そうですね。私は病院全体に呪霊の侵入を阻む帳を下ろしますので釘崎君は体を拭くのに必要な物を用意して下さい」

 

「了解」

 

私は伏黒君をベッドに寝かせると帳を下ろす。

壊相君は魔虚羅君をその隣のベッドに座らせた。

……熱が上がっているのか少し息が荒い。

 

『わ、私より恵さんを先に……』

 

「……同時なら異論はないでしょう。とりあえず釘崎君が戻ってきたらすぐ体を拭けるように上だけでも脱いでおきなさい」

 

『は、い』

 

「では魔虚羅様、少し失礼しますね」

 

壊相君と血塗君が魔虚羅君の脱衣を手伝っているので、私は伏黒君が来ている服を脱がせる。

かなり体を動かしているのだが、目覚める様子はない。

陀艮戦で受けた傷と凍らされていたせいで凍傷になっていた箇所は血塗君が治したから見た限り異常はない。

やはり【無為転変】の影響が強いようだ。

 

「わー、羽織の色黒だから目立たなかったけど血とか土で凄いことになってる」

 

「あれだけ出血していれば仕方ないよ。羽織は後で洗っておきますね」

 

『うん……』

 

「で? この鎧ってどうやって脱がすんだぁ?」

 

「えっと……ちょっと待ってね」

 

魔虚羅君のほうは胸部の鎧を外すのに少し苦戦していた。

手伝おうかと振り向き、魔虚羅君の体を見た私はある違和感を覚えた。

しかしその違和感の正体が分からない。

 

「あっ、背中側に留め具があるからこれを外せば良いみたい」

 

「腕輪も取っておくなぁ」

 

着々と脱がされていく魔虚羅君だがされるがままだな。

抵抗する気力もないのだろう。

そして壊相君が留め具を外し、鎧を取ったことで今まで隠れていた部分が露わになる。

 

「え?」

 

「えぇ?」

 

「は?」

 

『……へ?』

 

そこに現れたのは丸く膨らんだ女性の胸。

……魔虚羅君は男性の体じゃなかったか?

そこまで考えて私は先程感じた違和感の正体に気が付いた。

 

男性の体型じゃない。

 

筋肉質な体つきであることに変わりはないが、ウエストはくびれて腰つきが丸くなっている。

羽織を着ていて分からなかったが、間違いなく女性の体型だ。

一体何故?

あの時体が再構築されたように見えたが、まさか性別まで変わったのか?

いや、変わったというのは語弊があるか。

見た目はどうあれ魔虚羅君は女性の性格だった。

体を再構築した際に自分の性格に合わせて性別を変えたと考えれば……。

と、思考の渦にのまれてしまい私は思わず女性の裸体をずっと見てしまっていた。

驚きすぎて固まってしまった壊相君と血塗君も同じく。

魔虚羅君も自分が女性の体に変化していることに気付いていなかったらしく硬直していた。

 

「お待たせー。遅くなってごめん。中々見つからなくてさ。……ってどうしたの皆固まっ、て……!?」

 

ここで体を拭く物を用意するために離れていた釘崎君が戻ってきた。

しかしそれに反応できないほど全員が驚いて固まってしまっている。

何事かと釘崎君が全員の視線の先に目をやって、そして魔虚羅君の体の変化を知った。

釘崎君も驚きのあまり固まって動かなくなる。

 

『え……? な、何で?? 私は……』

 

混乱する魔虚羅君の声で真っ先に我に返ったのは釘崎君だ。

手に持っていたお湯を入れた桶とタオル、着替えをサッと近くのイスに置き、他のベッドから毛布を引っ張り出して手に持つと素早く魔虚羅君の体に掛けて姿を隠す。

この間、わずか3秒である。

 

「ちょっと男性陣!! いつまで女の子の裸見てるのよ!! あっち向きなさい!!」

 

釘崎君の怒鳴り声で私達も我に返った。

驚いていたとはいえ女性の裸体を凝視していたのだ。

怒られて当たり前だ。

 

「大変失礼しました」

 

「す、すみません」

 

「うん。魔虚羅ごめんなぁ」

 

「早くカーテン閉めて! しばらくこっち見たら駄目だからね!!」

 

「「「……はい」」」

 

慌てて壊相君がカーテンを閉め、すぐ後ろを向いた。

病室で良かった。

でなければ姿を隠せるカーテンなどないからな。

 

「魔虚羅、アンタこの変化知ってた?」

 

『知、らない』

 

「そうよね。知ってたら男の前で脱いだり体触らせたりしないもんね」

 

『何? 私どう、なったの? あの時死んだよね? 今の私は何なの? 誰か教えて……』

 

今にも泣き出しそうなほど魔虚羅君の声が震えている。

ただでさえ不安定だった心に追い打ちをかけられたようなものだ。

体調も悪いのだから相当辛いだろう。

 

「何も分からないってしんどいわよね。一先ず体拭こ。スッキリしたら少しは落ち着くと思うから」

 

「釘崎君、私達は一旦病室から出ています。何かあったらすぐに呼んで下さい」

 

「分かりました」

 

異性がいたら余計に落ち着けなくなると思い廊下で一時待機することにした。

出会って数日の私達より、付き合いの長い釘崎君のほうが気の利いた言葉を言えるだろう。

 

「いやー、でもびっくりしたなぁ。まさか魔虚羅が女の子の体になってるなんてなぁ」

 

「考えてみれば必然だけどね。魔虚羅様の前々世は人間で女性で、ずっとその意識が残っていたんだ。今回の転生の際に自分の意識に合わせて性別を決めたんだと思うよ。ちょっと考えれば分かったことなのに、魔虚羅様に悪いことしちゃったね」

 

「……?」

 

何だ壊相君のこの言い方は。

まるで魔虚羅君の身に何が起こったのか知っているという感じだ。

 

「君達は何を知っているのですか?」

 

思わず尋ねると壊相君はニッコリと笑い、口元に人差し指を当てて質問に答えた。

 

「全て……ではありませんがほぼ知っていますよ。あの時魔虚羅様が何をして、今どのような存在になっているのか」

 

やはり知っているようだ。それもかなり詳しく。

魔虚羅君自身さえ知らないのに何故?

 

「それを今話すことはできますか?」

 

「そうですね。恵さんが目を覚まされてから話そうかと思っていたのですが……いえ、やはりそうしましょう。そのほうが効率が良いですし、何よりもその存在について私達はあまりに何も知りません。皆さんのその場での意見も魔虚羅様に聞かせして欲しいのでまだ内緒にします」

 

「そうですか」

 

どうやら今壊相君から話を聞くことはできなさそうだ。

しかし血塗君の治癒能力のことを訊いた時と同じ返答とは。

もしやこれらのことは全て繋がっているのか?

 

「でもさぁ兄者。魔虚羅の胸綺麗な形してたよなぁ。大きさもCはあるだろ」

 

「……忘れようとしているのですから蒸し返さないで下さい」

 

「そうだよ。魔虚羅様の裸体を見て触れて良いのは恵さんだけなんだから、さっき見たことは忘れないと」

 

「そういう意味で言ったのではありません」

 

 

 

 

 

 

 

待つこと10分ほど。

病室から釘崎君が顔を出した。

 

「体拭いて服も着せたからもう入って大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます野薔薇さん。魔虚羅様の様子はどうですか?」

 

「正直良くないわね。横にさせたんだけど全然眠れないみたいで……。十中八九あまりに不安で眠れないんだと思うんだけど」

 

「とりあえず中に入りましょうか。伏黒君の体も拭かないとですし」

 

「では私がお湯を替えてきます。野薔薇さんは魔虚羅様の傍にいて下さい。同性の方が近くにいたほうがいいでしょうから」

 

「ありがとう壊相」

 

刺激させないようにそっと室内に入ると、ベッドの上で力なく横たわる魔虚羅君の姿が目に入った。

苦しそうに息をしているのに、顔はずっと伏黒君に向いている。

心配なのだろうが、もっと自分の体も労って欲しいものだ。

 

「あっ、胸タオル巻いてるだけだからあんまり見ないで下さいね」

 

「分かっていますよ。先程は不本意ながら見てしまい失礼しました」

 

『い、いいえ。私も気付いてなかったですから……』

 

「壊相君が戻ってきたら伏黒君の体を拭きます。見ているのが辛いのであれば姿を隠しますが」

 

『私は大丈夫…です』

 

「分かりました」

 

とはいえ全身を見せるワケにはいかないから顔だけ見えるようにカーテンの位置を調節する。

壊相君が戻ってきたので伏黒君の体を私と壊相君で拭く。

釘崎君と血塗君は魔虚羅君の傍に座って少しでも落ち着けるように釘崎君が背中を、血塗君が頭を優しく撫でていた。

そのお陰かさっきよりも呼吸が楽そうだ。

 

「……ん?」

 

伏黒君の体を拭いていた私はその右手が異様に硬く握られていることに気が付いた。

しかも呪力まで使っていて絶対に開かないようにしている。

どうやら何かを握っているらしい。

何を握っているのか気になり、無理矢理こじ開けた。

 

――シャラン

 

その手に握られていたのは勾玉の形をした鈴だった。

あまり聞いたことがない音色のする鈴だと思ったのだが……。

 

「あっ! それ魔虚羅の水琴鈴じゃないですか!」

 

と、釘崎君が声を上げた。

その声色からどうやら魔虚羅君にとって大事なものであるらしい。

 

「これは魔虚羅君のものなんですか?」

 

「そっ! 魔虚羅が伏黒から貰った宝物なんです。何処行ったのか分からなかったんですけど……そっか、伏黒が持ってたのね」

 

宝物か。

ならこの鈴が手元にないことも不安要素の一つだったのだろう。

私は鈴を釘崎君に手渡した。

鈴を手に取った釘崎君はすぐ魔虚羅君に鈴を渡す。

 

「ほら、あったわよ。見つかって良かったわね」

 

『……うん』

 

鈴が手元に戻ると一気に表情が和らいだ。

とても喜んでいると誰の目にも分かるのだが、少し大袈裟ではないか?

不思議に思っているとその答えを壊相君に言われた。

 

「魔虚羅様が生まれて初めて貰ったものですからね。貰ったその日、一等嬉しそうに話しておりました。決して高価なものではありませんが、魔虚羅様にとってはどんな宝石よりも大切な物です」

 

生まれて初めて貰ったものか。

恐らく人であった時も含めて、ということだな。

であるならここまで大事にするのは当たり前か。

ネグレクトされていたのなら親族から贈り物など貰ったことなどないだろう。

「ちょっと待っててね」というと釘崎君は部屋から出て行き、そしてすぐに戻ってきた。

その手には細い紐が握られている。

 

「応急処置だけどこうしておけばなくさないでしょ」

 

結び紐がなくなっている鈴に紐を通して、それを魔虚羅君の左手首につけた。

成る程。これならなくさないな。

 

『ありがとう野薔薇さん』

 

「いいってことよ。でも本当にアンタは伏黒のこと大好きね」

 

『……好き?』

 

釘崎君の言葉に魔虚羅君は首を傾げた。

 

「好きでしょ。伏黒から貰った鈴こんなに大事にしてるんだから。あっ、勿論異性としてって意味よ」

 

『……分からない。人を、誰かを好きになったこと……ない』

 

小さく首を横に振った魔虚羅君を見ると、本当に分からないのだと痛感する。

心が欠けている影響もあるのだろうが、それ以前に愛し愛された経験がないからかもしれない。

 

「伏黒といるとドキドキしない? ずっと一緒にいたいとか役に立ちたい、喜んでる顔が見たいって思ったことない?」

 

『ない』

 

「うーん、呪いのせいで自分じゃ感じられないのね。でも私から見たら魔虚羅は伏黒のこと大好きだって分かるわよ。ていうか伏黒が好きだから女の子の体になったんだろうし。感じられるようになったら伏黒に好きって言いなさい。伏黒喜ぶから」

 

『……言わない。こんな人外に好きだって言われても、誰も嬉しくないでしょ』

 

「そんなことにないわよ。そりゃ見た目は人じゃないけど、こんな純粋な子中々いないわ。アンタに好かれたら嬉しい人のほうが多いと思うけど」

 

『それこそないよ。私は……何も出来ない落ちこぼれなんだから』

 

そう言った声は心底自分がそうだと思っていると感じられるものだった。

魔虚羅君は自分が何も出来ない落ちこぼれだと思っていたのか?

確かに死滅回遊は始まってしまったが、魔虚羅君は誰にも出来ないことをやってのけた功労者だ。

一体何が彼女にそうだと思い込ませているのか。

 

『皆…恵さんの具合悪くなったら、私は置いて行っていいから……恵さんを助けて』

 

「はぁ!? 急に何言い出すのよ! そんなことするワケないでしょ!」

 

『……でも、私がいたら……。大丈夫、置いて…行かれるのには慣れてる、か……』

 

「魔虚羅?」

 

声が段々と小さくなり、ついに聞こえなくなった。

容態が急変したのかと思ったのだが……。

 

「あー、寝ちゃったみたいだなぁ」

 

どうやら違うらしい。

何処をどう見たら眠ったと分かるんだ?

 

「え、これ寝てるの?」

 

「うん。魔虚羅寝ると頭の翼畳むんだぁ。知ってるのは恵と俺と兄者だけだろうけど」

 

「そ、そうなんだ」

 

確かに翼を畳んでいる。

それを知っている人がいて良かった。ではければ慌てるところだ。

本当ならやっと眠ったと安堵するべきなのだが、そう思うことはできない。

自然に眠りについたワケではなく、体力の限界に達し気絶したと言った方が正しいからだ。

それでは体が休まらない。

 

「置いて行かれるのには慣れてる、か。もうその言葉だけで全てを物語ってる気がするわ。……馬鹿ね。誰もアンタのこと置いて行ったりしないのに。弱ってるせいでもあると思うけど、すごいマイナス思考。様子がおかしいとは思ってたけどここまでなんて」

 

「そうですね。私は魔虚羅君と会って数日ですが、それでも彼女の様子がおかしいと分かります。伏黒君ならその原因が何かすぐに分かると思うのですが」

 

まぁ例え原因が分かったとしても、やはり魔虚羅君の心に一番響くのは伏黒君の言葉だろう。

あの暴走状態の時でさえ、誰が何を言っても止まらなかったのに伏黒君の言葉にはすぐに反応して止まったのだ。

このまま不安定な状態が続けば心が耐えきれずに壊れてしまうかもしれないから尚更そう思うが。

 

「全く……早く起きなさいよ。アンタ魔虚羅のこと守るって言ったんでしょ? 今守んなくてどうすんのよ!」

 

「こらこら。恵さんの状態がどうなっているのか分からないのですから無理に起こしてはいけませんよ」

 

我慢できずに釘崎君が伏黒君の頬を強めにツンツンと突いた。

それを壊相君が止めるが、相変わらず起きる気配はない。

長期戦になるかもしれないな。

 

「伏黒君と魔虚羅君の様子を見ながら私達も休みましょう。私と血塗君、釘崎君と壊相君と別れて5時間交代でどうですか?」

 

「いいですよ」

 

「私もそれで構いません」

 

「俺もいいぞ」

 

「決まりですね。では先に釘崎君と壊相君から休んで下さい」

 

「ありがとうございます。野薔薇さん、私が見張りをしますので先にシャワーを浴びてきて下さい」

 

「え、いいの? じゃあ遠慮なくそうさせて貰うわ」

 

昏睡状態の伏黒君にあの時の暴走と心因性で体調を崩している魔虚羅君。

どちらも予断を許さない状態だ。

なるべく目を離さないようにしなくては。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

…………。

 

 

 

苦、しい……。

 

 

 

早く…起きないといけないのに、体が言うことを聞いてくれない。

 

あの時、魔虚羅は最悪のタイミングで前世の記憶の一部を思い出してしまった。

しかもよりにもよって最悪の部分を。

伝わってくる恐怖と孤独感。

一番傍にいてあげないといけなかったのに、いてあげられなかった。

更に最悪なのが魂の繋がりを切られたこと。

魔虚羅にとって孤独じゃないと感じられる唯一の繋がりだったのに、それを切られた。

前世の記憶を思い出したせいで心が不安定になっているのに更にそれを切られたら心が壊れるんじゃないのか!?

いや、それ以前に術者と式神という形で繋がっているものを切られたらどうなる?

……破壊じゃない、存在そのものが維持できなくなって死ぬ可能性が高い。

嫌だ。

まだ“本当”の彼女を見ていないのにそんなの……。

けど抵抗空しくあっけなく繋がりが切られた。

残っていた呪力を全部使って抵抗したけど無駄だった。

呪力を失って体の力が抜け、意識が遠ざかる。

視界が閉ざされていく中見たのは塵に成り消えていく魔虚羅の姿。

守ってやるって誓ったのに……ごめ、ん……。

そう思いながら、プツリと俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……て!』

 

 

 

 

 

 

 

『……い。起きて! 恵さん!』

 

 

真っ暗な意識の中、頭に声が響いた。

魔虚羅の声だけど何か違うような……。

 

『魂が深く傷付いていて起きられないのは分かる。でも一瞬で良いから起きて! あの子を止めて!』

 

あの子?

あの子って誰のことだ?

 

『お願い。あの子は今自分の変化に心が耐えきれなくて自我を失ってる。まだ生まれたばかりでその力を使うには体の負担が大きすぎるのに。このままだと死んでしまう! あんなこと出来るのは一度きりだ、もう一度なんて出来ない! だから止めて! 貴方の言葉であればすぐに止められるから!』

 

ワケが分からないけど、とりあえずその声に従って重くなった瞼をこじ開ける。

すると血だらけで五条先生と虎杖に拘束されている魔虚羅の姿が目に入った。

あの子って魔虚羅のことなのか?

疑問は尽きないが、血だらけでボロボロなのに暴れる魔虚羅を止めないと。

俺はなんとか言葉を紡ぎ出す。

俺の声が聞こえたのか魔虚羅は止まってくれた。

ああ、良かった。

ホッとした俺はまた意識を失った。

……いや、そんな場合じゃねぇだろ俺。

魔虚羅はどうなったんだ?

確かめるためにも起きないと。

早く、早く……。

なのに全然起きられない。

何でだよ、早く起きろよ!

じゃないと魔虚羅が……。

 

 

 

 

「■■、こっちにおいで」

 

 

 

そう思っていたらまた声が響いた。

今度は聞いたことがない声。

その声が響いた途端、頭に何か映像が流れ込んできた。

 

「おばあちゃん。これなに? とげとげしててこわい」

 

「ああ、これは触っちゃ駄目よ。毒がある毛虫だから触ったら凄い痛いの」

 

「えー、もっとこわいよ」

 

映像の中に幼い女の子と老婆がいた。

老婆に見覚えはないけど、女の子には見覚えがある。

今まで見た中で一番幼い姿だけど間違いない。

魔虚羅の前世の姿だ。

じゃあこれは……魔虚羅の前世の記憶。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

八握剣異戒■■■魔虚羅

自分の身に起こった変化について何も分からないのと伏黒恵が意識不明のせいでSAN値がゴリゴリ削られている成り主。

あまりにも余裕がなさすぎて自分が女性体になっていることにも気付いていなかった。

前世の記憶を一部だけだが思い出してしまったのも相まってもの凄いマイナス思考になっている。

 

釘崎野薔薇

伏黒恵の代わりになんとか魔虚羅を落ち着かせようとしている本編ヒロイン。

魔虚羅の心が弱い理由を伏黒恵から少し聞いていたので対応できた。

流石に女性体になっていることには驚いたけど、まぁ伏黒のためにだろうなーと確信している。

 

七海建人

なんとか高専に戻ろうと指揮をする作中屈指の常識人。

早く戻らないといけない状況ではあるが、それ以前に魔虚羅の容態が悪いので休ませることを優先した。

【無為転変】の恐ろしさは身をもって知っているので、それをもろに食らってしまった伏黒恵の容態も気になるところ。

事故とはいえ柄にもなく女性の裸体を見てしまったので、脳内から消去しようと頑張った。

 

壊相

魔虚羅の■■となった呪胎九相図二番。

魔虚羅のことは母のような姉であると同時に尊敬する主になった。

ただそういう存在になっても自分では弱っていることしか分からないのでとても心配している。

なので女性体になっていることにも気付けなかったが大して気にしていない。

精々「これから魔虚羅様の身の回りのお世話は私の仕事なのにできることが減ってしまったな」くらいなもん。

 

血塗

魔虚羅の■■となった呪胎九相図三番。

ワガママ言って魔虚羅から貰った力だけど存分に発揮している。

壊相ほど器用なことはできないけど、魔虚羅の役に立つのだとやる気十分。