これから最強になる魔虚羅転㉑~孤独の終わり~ | 緋紗奈のブログ

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マイペースで描いています

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

塗り潰していく。

 

その感情が生まれる度に黒く塗り潰す。

 

生まれては塗り潰して、生まれては塗り潰していく。

 

楽しかった記憶も。

 

あの人との日々も。

 

黒く塗りつぶして忘れる。

 

どうせもう二度と戻らない、二度と会えない。

 

なら何もかも忘れたほうがいい。

 

毎日毎日忘れて忘れて、そのうちその感情を感じなくなった。

 

これでいい。

 

感じないほうが楽。

 

もう苦しくない。

 

代わりに私には何もなくなった。

 

空っぽになった何か。

 

それは何だっただろうか。

 

それさえもう分からない。

 

何もない人形の私。

 

でもこれでいいんだ。

 

これで私は……。

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

                   ……もうきえたい。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

『うぅ……』

 

どのくらい意識を失っていたのか目を覚ましたら外はすっかり暗くなっていた。

 

「目を覚ましたか。具合どうだ?」

 

声がした方へ視線を向けると恵さんがいた。

ここにいるのは恵さんだけで他に誰もいないみたい。

 

『恵さん、私は……』

 

「話の途中でパニック状態になりかけたから七海さんが術式を使って気絶させたんだ。腹の他に痛むところあるか?」

 

確かにお腹がズキズキ痛む。でも他に痛むところはないから首を横に振る。

痛む箇所は丁度胴体の7:3のところだから、七海さんが急所に重い一撃を入れて気絶させたんだと分かる。

 

「起き上がれるか? 無理そうならそのままでいいんだが、聞いて欲しいことがある」

 

恵さんが私の頭に手を伸ばす。

いつものように撫でてくれようとしてくれた手を

 

私はガバッと起き上がって払いのけた。

 

「魔虚羅?」

 

『……で』

 

「何?」

 

『優しくしないで! 私にはそんなことされる資格ない!』

 

恵さんに頭を撫で撫でされるの好きなのに、もうそれを受け取れない。

何で私はこんなに駄目なの。

何でいらないことしか出来ないの。

 

「魔虚羅」

 

『近寄らないでよ! もう私のことなんかほっといて!』

 

恵さんが近付いて来たけど私は暴れて拒絶する。

言われることなんてどうせ前世と同じだ。

恵さんの口からその言葉聞きたくない。

聞くくらいなら自分から1人になるほうがマシだ。

 

「落ち着け。体力が無いのに暴れても苦しいだけだろ」

 

暴れる私の動きを止めようと恵さんが腕を掴む。

その手を振り解こうとするも体に力が入らなくて振り解けない。

 

『離して! 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!』

 

「落ち着けって言ってるだろ。興奮したら体に障る』

 

頭の中がグチャグチャで自分でも何を言っているのか分からない。

そのせいなのかかつての家族に見捨てられた時のことを思い出した。

殴られ、罵られ、見向きもされなくなったあの時の記憶。

……気持ち悪い。

何かがせり上がってくる感覚がして思わず口を押さえた。

 

「気持ち悪いか? 我慢しなくて良いから吐け。吐いたほうが楽だ」

 

吐きたくないと我慢するも、恵さんに背中を摩られたら耐えきれずに戻してしまった。

水しか口にしていないから吐いたのは水だけだけど申し訳ない気持ちで一杯になる。

勝手に暴れて勝手に気分を悪くして吐くとかなんて面倒なヤツなんだろう。

恵さんは一切気する素振りも見せず、手元にあったタオルを軽く口に当てて体が汚れないようにしてくれてるけど。

 

「まだ吐きそうか?」

 

『ゲホッ……。もう、い……』

 

「そうか。気持ち悪くなったらすぐ言えよ」

 

汚れたタオルをサッと片付けると恵さんはまた背中を摩ってくれた。

以前なら嬉しいと感じていたのに、今は逆に苦しい。

 

『……おね、がいだから放っておいて。もう嫌だ。もう……』

 

誰にも迷惑を掛けたくない。

あまりにも小さくしか呟けなかった言葉を恵さんはしっかり聞いていた。

 

「迷惑だなんて思ってないし、こんなに苦しんでいるヤツが目の前にいて放っておけるワケないだろ」

 

膝を抱えて縮こまる私を恵さんは優しく抱き締める。

前剣舞を披露した後に抱き締めてくれた時と同じように。

 

『本当に、放っておいてよ。私はしちゃいけないことをしたんだ』

 

「別にしてないだろ」

 

『したじゃん。壊相さんと血塗君を眷族にした上に、私が判断を間違えたから恵さん術式を使えなくなって……』

 

恵さんは今術式が使えない。

影を使う応用は出来るけど式神は一切呼び出せない。

間違いなく【十種影法術】の式神だった私が切り離された影響。

というか式神の一体だった私が切り離されて【十種影法術】はどうなるの?

もしかしたら術式そのものが壊れている可能性さえある。

壊れた術式って元に戻るの?

そもそも八握剣異戒神将魔虚羅がいないのに術式として成立するの?

考えても考えても分からない。

こんなことになるなら最初から何もしなければ良かったのに……。

 

「俺の術式はそのうち使えるようになるから問題ない。オマエがいなくなって術式がどう変化するかは俺も分からないけどな」

 

『だったら……』

 

「言っただろう。オマエは悪くない。オマエは自分が出来ることを精一杯やった。壊相と血塗を眷族にしたのもそうだ」

 

『え』

 

「オマエは自分の力を削って壊相と血塗の願いを叶えたんだ。2人を見捨てて自分の転生にのみ力を注ぐことだって出来たのにだ」

 

恵さんは私が気を失っている間に壊相さんから聞いたことを話してくれた。

無理矢理眷族にしたワケじゃなかった。

ちゃんと選択肢を提示して、壊相さんと血塗君は自らの意思で眷族になることを選んでいた。

壊相さんが私を様付けで呼ぶのは敬意を表してということらしい。

 

『でも何で……』

 

「これでオマエと血の繋がった家族になれると思ったからだそうだ。オマエは眷族を“従者”という意味でだけ捉えてしまったんだろ? でも眷族には“血の繋がったもの”、“一族”、“身内”という意味もある。むしろ辞書で調べるとそっちの意味合いのほうが強い」

 

『そうなの?』

 

あまり読む機会がなかったけど、漫画や小説で見ると“従者”という意味しかないと思ってた。

血の繋がったもの、一族、身内。

じゃあ壊相さん達が喜んでいたのは私と血の繋がった家族になれたからなんだ。

そういう繋がり大事にしてそうだもんね。

 

『けど私が死んだら壊相さんと血塗君を道連れにしちゃう』

 

「そんなのオマエが死ななければいいだけの話だ。何で道連れにすること前提なんだよ。オマエが死ななくても別の要因で死ぬことだってあるだろ」

 

『そ、れは……』

 

確かに別の要因で壊相さん達だけ死ぬ可能性だってある。

道連れにしてしまうことだって、そもそも私が死ななければ何の問題もない。

 

「魔虚羅はあの時やれるだけのことを全力でやった。だから誰も魔虚羅のことを責めていない。むしろよくやったと褒めるだろう。俺は聞いただけだけどあの場で羂索に一泡吹かせられたのはオマエしかいない」

 

『何を、したのか自分じゃ覚えてないよ。精霊の力も神の力も……使えるようになる自信なんかない』

 

「魔虚羅ならすぐ使えるようになるだろ。これまでだって俺や五条先生が教えなくても自分の力を使えるようになった。呪骸に組み込まれた妙な術式だってアドバイスしてないのに応用出来るようになってたし、異常に精度の高い呪力感知もまだ完全じゃないにせよ使えるようになってる。【刀剣錬成】なんて最たる例だ。術式があるなんて魔虚羅も知らなかった。でもちゃんと使って呪霊を祓ってみせた。それも初陣でな。だから新しい力もちゃんと使えるようになる」

 

俺達が教えたのは呪力のコントロールと体術、剣術くらいなのにな、と言った恵さんの顔は本当に私が力を使えるようになると信じているものだった。

かつての家族に言われたことをまた言われると思っていたのに、恵さんの口から発せられたのは真逆の言葉。

パキン、と何かが外れるような感覚がする。

 

『でも私は……もう皆の役に立てない』

 

「何故だ?」

 

『だってこの後どうなるか分からないんだもん。私が読めたのは皆が天元と会うところまでで、死滅回遊がどう進んで過去の術師にどんなヤツがいるのか知らない』

 

だからこそ渋谷事変で全てを終わらせたかった。

少なくとも真人を祓えていたら死滅回遊なんて始まらなかったのに。

せめて呪術廻戦が完結する生きていられたら良かった。

 

「それは当たり前だろ。これから何が起こるかなんて誰にも分からない。異世界の記憶があって分かるオマエがおかしかったんだ。だからこれで俺達と同じだな」

 

さも同然のように答える恵さん。

言われてみればそうだけど、それでも知っていたらという考えが拭いきれない。

 

「大体知っていたからって魔虚羅が思っているように事態が進んだことがあったか?」

 

そう問われてこれまでを振り返った。

……ない。

自分が力を失うなんて思ってもいなかったし、それで恵さんと五条先生から力の使い方を教えて貰うなんて想像さえしてなかった。

八十八橋の時だって呪霊の群れが襲ってくるなんて考えてなかったし、陀艮の時も想定したより早く祓えたのに漏斗がもういて驚いたんだ。

思っているように事態が進んだことなんか一度もない。

 

「でも何とかなっただろ。それはどうしてだと思う?」

 

『それは皆が助けてくれたからで……』

 

「そうだ。これからもそれでいい。困ったら、迷ったら、分からなくなったら助けを求めていい。オマエ1人で全てをこなそうとする必要はどこにもないんだ」

 

『……』

 

「これまではオマエがどんなに助けを求めても手を差し伸べてくれる人がいなかったから無意識のうちに“自分のことなんか誰も助けてくれない”と思っていただろ。けどそんなヤツはもうどこにもいない。俺でも釘崎でも虎杖でも五条先生でも七海さんでもいい。ちゃんと助けてって言えば助けてくれる」

 

『そ、んなこと言ったらもっと迷惑掛けちゃう』

 

「じゃあ魔虚羅は俺が昏睡状態になった時迷惑だと思ったか?」

 

『ううん。ただ助けたくて……』

 

本当にそれしか考えてなかった。

意識のない恵さんを助けたい。

自分の味方をすると、守ると唯一言ってくれた人を助けたかった。

 

「俺も同じ気持ちだ。苦しんでいる魔虚羅を助けたい。これは俺だけじゃなくて皆がだ。釘崎は友達を、壊相と血塗は家族を、七海さんは……多分魔虚羅を子供として見てるから大人としてな」

 

恵さんの口からこれまで自分には関係ないと思っていた言葉が出てくる。

いや、壊相さん達はさっき家族って言ってたけど野薔薇さんは私を友達だと思っていたから心配していたの?

七海さんはこの中でただ1人の大人で、子供を守る義務があるから私を心配して……。

またパキン、と何かが外れる感覚がする。

 

「皆オマエをしっかり見て、そして認めてくれているんだ。だから自分のことなんかどうでもいいなんて言わないでくれ。オマエだって俺が自分のことなんてどうでもいいって言ったら嫌だろ?」

 

『……うん』

 

恵さんがそんなこと言ったら悲しい。

無茶なんてして欲しくない。

……。

ああ、そっか。

これまでも皆こんな気持ちだったんだ。

友達が、家族が、守りたいと思っている人が無茶をしていたら悲しい。

もっと自分を大事にして欲しいと思う。

私は……とても愚かなこと言っていたんだ。していたんだ。

これまでの言動の愚かさに気付いた私は思わず自己嫌悪に陥ってしまった。

 

「気付いて苦しいか? でももう二度と言わなければいいだけだし、悪いと思っているなら謝ればいい」

 

『あや、まっても…許してくれない……』

 

「俺は許す」

 

その言葉を聞いて私はパッと顔を上げた。

許すと言われたことも一度も無い。

 

「釘崎達なら誠意を込めて謝ればきっと許してくれる。もしそうじゃなかったとしても俺は魔虚羅を許すよ」

 

パキン、と外れる感覚がする。

1人にでも許して貰えるってこんなに心が軽くなるんだ。

 

『……どうしてそこまで言ってくれるの? 私はもう恵さんの式神じゃないのに……』

 

不思議に思ってつい尋ねてしまった。

これまで色々してくれたのは私が恵さんの式神だったからだ。

けど今の私は精霊。恵さんが気に掛ける理由はない。

その問いに恵さんは返答に迷っているのか僅かに顔を歪ませる。

 

「そう……だな。呪いを全部外してから言おうと思っていたんだが、今言ってもいいか」

 

恵さんはベッドに座り直して私と向かい合う姿勢になった。

なんか……緊張してる?

あんまり見たことない表情してるけど。

 

「俺がここまで言う理由はな……

 

 

 

 

 

魔虚羅のことが好きだからだ。1人の女性として」

 

『え?』

 

恵さんが口から発せられた言葉に耳を疑った。

いくら鈍感な私でもここまでハッキリ言われれば分かる。

好……き? 恵さんが私を?

嘘や冗談では絶対ない。

恵さんはそんなこと言わないって知ってるし、何より恵さんの顔が若干だけど赤くなってる。

本当に私のことが好きだと、そう……。

 

『なん、で? 私は人じゃないし、恵さんに好かれるようなことしてないよ』

 

むしろ迷惑しか掛けたことないよね!?

好きになる要素何一つないよね!?

 

「確かに魔虚羅は人ではないけど、元々俺人間そんなに好きじゃないからある意味必然じゃないか?」

 

あー、そういえばプロフィールのところでストレスの原因が「人間」ってなってたような……。

て、いやいやいや。そういう問題じゃなくない!?

 

「最初は自分でも驚いたけどな。怖がりで寂しがり屋だけど、誰よりも頑張り屋で優しいオマエが好きだ」

 

『ぇ……あっ……』

 

「ちょっとした可愛い仕草も好きだし、俺のために怒ってくれるところも好きだ。流れる水のような美しい剣捌きも好きだ。後は」

 

『待って恵さん! マジでタンマ!!』

 

つらつらと好きなところを述べていく恵さんにあっという間にキャパオーバーした。

間違いなく茹で蛸みたいになってる顔を両手で覆い隠す。

恥ずかしすぎて逃げたい。

前ならこんなこと言われたら即気絶してたのに、多少なり耐性が付いてしまったので気絶出来ない。

 

「そうやって恥ずかしがっているところも好きだぞ」

 

『……モウ止メテ下サイ。コレ以上ソノ攻撃ヲ受ケタラ死ンデシマイマス』

 

チラッと指の隙間から恵さんの顔を見ると今まで見たことがないほど優しい表情をしていた。

イケメンのその表情はヤバいでしょ! 軽く兵器だわ!

 

「でも自分がどんなに辛くて苦しくても我慢してしまうところはあまり好きじゃない」


さっきまでの甘い感じの声から一転、真剣な声色で私に語りかけて来た。

それに感化されるように私もスッと冷静になる。

 

「今は精神が不安定だから表面に出ているけど、いつもなら我慢しているだろ。苦しい、しんどい、辛い、寂しいと感じても誰にも悟られないように。俺はそれが嫌だ」

 

『別に私はそんなこと思ったことない、よ?』

 

前世の記憶が蘇った時はしんどかったけど、それ以外で特段そう思ったことはない。

恵さんが気にしすぎているだけなんじゃないかな?

 

「感じたら余計しんどいから感じないように心を殺しているだけだ。でもそれだといつか必ず限界を迎えてパンクする。魔虚羅が式神だった時は魂の繋がりからそれを感じることが出来たからなんとか助けられたけど、もう俺はそれを感じることが出来ない。だから苦しい時は苦しいと、辛い時は辛いと言ってくれ。言ってくれないと俺はオマエを助けられない、守ってやれない」

 

私の手をそっと握って懇願する恵さん。

でも……。

 

『言、え…ない。言ったら、怒られる…』

 

それは自然と口から出てきた言葉。

苦しいなんて言ったらこれまでどんなことをされてきたのか。

頭では覚えていないのに自分でもよく分かる恐怖心で手まで震える。

 

「俺は怒ったりしない。というか怒るヤツのほうがおかしい。自分の苦しみを打ち明けるってことはそれだけその相手を信頼してるってことだろ。誰だって会ったばかりのヤツにそんなこと言ったりしない。なぁ魔虚羅。俺は苦しみを打ち明けられないほど信頼するに値しないヤツだろうか?」

 

『! ち、違う!』

 

恵さんのことは誰よりも信頼してる。

もし恵さんが何かで苦しんでいたら何で苦しんでいるか言って欲しいと思う。

そこまで考えてハッとなった。

……そうだよね。

私でさえそう思うのに、こんなに私を好きだって言ってくれている恵さんは尚更そう思うよね。

 

「俺は魔虚羅に誰よりも幸せになって欲しい。苦しんでいるところなんか見たくない。独りで苦しい思いをさせるくらいなら俺も同じ苦しみを背負う。決めたんだ、魔虚羅を守ると。だから言ってくれ」

 

『言ってもお、こらない? 突き放したりしない?』

 

「しない」

 

『くだらないことだって笑ったりしない?』

 

「そんなことを言うのは人の苦しみを理解出来ないクズだけだ。どれが痛くて苦しいかなんて人によって感じ方が違うからな」

 

『どんなに私が弱くて役立たずだって分かっても?』

 

「最初に会った時からそう思ったことは一度もない。むしろ戦闘とは無縁の生活をしていたのによく頑張っているなと思ってた。虎杖と違って怖がりだったのに、今ではあの両面宿儺とも渡り合えるくらい強くなった。渋谷事変の時も時間を稼ぐことに重点を置いてなかったら勝っていただろう」

 

恵さんの言葉が心に響く。

胸の奥からじわじわと何かが溢れ出てくる。

 

「だからなのか死滅回遊も津美紀のことも魔虚羅と一緒なら何とかなると思ってる。魔虚羅がいなかったらきっとここまで心に余裕はなかっただろう。魔虚羅の存在が俺のことも支えてくれている。俺には魔虚羅が必要なんだ。これからも俺は魔虚羅と一緒にいたい。共に戦う相棒として、心を寄せ合う恋人として」

 

 

 

――パキン!

 

 

 

これまでで一番大きくその音が響いた。

瞬間、何かが頬を濡らしてポタリと手に落ちた。

 

『……?』

 

手に落ちたのは水滴だ。

その水滴は次から次へと手に落ちてくる。

これは何?

 

「ああ、やっぱりそうか。記憶を見た時も一度も泣いてないから、泣けないんじゃなくて泣き方を忘れているんじゃないかと思ったんだけど、当たってたみたいだな」

 

泣いてる? 泣いてるって誰が?

そっと頬に手をやるとそれは自分のことだと分かった。

私目ないのに何処から涙出るの?

と一瞬思ったけど、そういえば怨霊だった時の里香ちゃんも目ないのに乙骨君に怒られて泣いてたっけ。

そんなこと見当違いなことを考えている間もボロボロと涙が出てくる。

 

「泣き慣れていないってすぐ分かる泣き方だな。物心ついた時からほとんど泣いてないから当たり前だけど」

 

『へ、あっ……ごめん、なさい。すぐ泣、き止むから……』

 

涙を止めようとするも全く止まる気配がない。

堰を切ったかのように溢れ出て来る。

 

「泣き止む必要ない。その涙と一緒に吐き出せ。今まで苦しかったことを全部」

 

恵さんはまた私をそっと抱き締める。

さっきとは違う系統の抱擁。

とても温かくて守られている感覚。

そしていつものように頭を撫でられると私は安心してそれを口にした。

 

『……しかっ…た。寂しかった。ずっとずっと……寂しかった』

 

一度声にしてしまえばもう止められない。

これまで殺し続けて来た感情が一気に押し寄せる。

 

『私が悪いって分かってたけど、それでも……1人にしないで欲しかった。家族だって認めてくれなくても良いからあの輪の中に入れて欲しかった』

 

家族の笑い声が、楽しそうな声が聞こえる度に心臓を抉られるように苦しかった。

私が落ちこぼれで出来損ないだから見放されたのだと分かっていても、私も皆と一緒にあの幸せそうな空間にいたかった。

私は跡継ぎだからずっと家族は厳しかった。

でも妹は違う。誰からも愛されていた。

姉じゃなくて妹として生まれていたら皆に愛されていたのかと思ったことが何度あったか分からない。

 

「オマエは悪くないって言っただろ。というか例えオマエが悪かったとしてもあんなに顔が腫れるまで殴るなんて躾じゃない。ただの暴力だ。男の力で殴られて痛かっただろう」

 

『い、たかった……。でも止めてって言っても止めてくれな……』

 

痛かったし怖かった。

でも私が悪いから殴られて当然だし、止めてと言っても止めてくれなかったから必死に耐えた。

早く終わってと願いながら……。

 

「子供達と楽しく青空教室していたのに、あんな風に奪われて悔しかっただろ。子供達だけじゃなくてオマエも嬉しそうだったのにな。本当に最低な親だ。魔虚羅は当主の座なんてもう関心さえなかったのに、魔虚羅の言い分を何も聞かずに一方的に怒鳴りつけて。ああいうの毒親って言うんだよな」

 

『うん。あの子達が私を見てくれているのが嬉しくて…ずっとこのままの日々が続いたらって思って……』

 

きっかけは些細なことだったけど、いつの間にか子供が沢山集まって青空教室になってた。

「お姉さんのお陰で満点が取れたよ!」「クラスの誰も解けなかった問題俺だけ解けて先生驚いてたぞ。お姉ちゃん次はここ教えて!」

そう言ってくれるのが嬉しかった。

なのに……あれからのことをほとんど覚えていない。

ああ、その日の記憶を全て忘れてしまうほど私は壊れていたんだ。

 

「映画観たかっただろ。あんなに大好きだったもんな。事故の時、続きを見たくて助けを求めたのに最後の最後まで見捨てられて辛かったよな」

 

『……観たかった。アニメも戦闘シーン凄かったから映画だともっと凄いんだろうなって…。乙骨君と里香ちゃんがどんな声なのか知りたかった。漫画もどうなるか楽しみで……。もう少し…せめて完結するまで生きたかった』

 

どうして読み始めたのか覚えていないけど本当に大好きだった。

自分でもこの伏線がこう繋がっているじゃないかとか考察してみたり、他の人の考察動画も見漁っていた。

あの日常を忘れるくらい熱中してた。

でもそれが突然消え去った。

……事故の時のことは記憶に残っていない。

けど“私は誰にも助けて貰えないんだ”という強い絶望が心に刻み込まれている。

 

『気が付いたら生まれ変わってて、それが何故か最強の式神だし……正直マジで嫌だった。戦うのもだけどいつか恵さんを殺すかもしれないと思うと恐くて……。生まれ変わったのが呪術廻戦の世界なのは嬉しかったけど』

 

「魔虚羅は争うの嫌いだからな。剣さえ持ちたくなかっただろ? でも良くやった。頑張ったな」

 

『だって皆がいなくなるの嫌だもん。恵さんも虎杖君も野薔薇さんも五条先生も……うぅん、高専にいる人達全員私の憧れの人だから……』

 

皆私にないものを持ってて、呪術廻戦を読んでいて本当に憧れた。

この人達と同じ所にいられるなら、原作改変でも何でもやってろうと。

それにここから頑張ればきっと認めてくれる。

力を身に付けて呪霊を祓い続ければ要らない存在だなんて言われない。

どんなキツい特訓も頑張ってこなそう。

もう二度と……見捨てられないように。

 

『でも……もう頑張りたくない。……もう、つかれた』

 

あれだけ頑張れていたのにする気力が湧いてこない。

何もしたくない。何も考えたくない。

けどそんなこと言ったら怒られる。また見捨てられる。

そう思ってしまって言えなかった。

 

「これまで常に全力疾走してる状態だったんだ。誰だって疲れるさ。どんなに強い意志を持ってる人でも走り続けるなんて不可能だ。特に今の魔虚羅は目標を失った上にこれまで張り詰めていた緊張が切れてる。無気力になってしまうのも無理ない。だからこそしっかり休め。十分休めば心も体も元気になる」

 

『皆に…嫌われたりしない、かな?』

 

「そんなことで嫌ったりしない。逆に皆オマエがあまりにも休んでないから心配していた。魔虚羅はこの数ヶ月ほとんど休んでない。特級術師の五条先生だって休みの日くらいあるぞ。これが数ヶ月分の休みだと思って気兼ねなく休め」

 

『……』

 

本当は言われなくても知ってる。

皆がそれくらいで私を嫌ったりしないことを。

なのにどうして私はそういうことを考えてしまうんだろう。

原作を読んで、実際に接して、ちゃんと知ってるのに……。

 

『……嫌い、嫌いだぁ。こんな醜い考え方しか出来ない自分なんか……大っ嫌い……』

 

真っ先に見捨てられることを考えてしまう自分も。

本当の意味で皆を信じられない自分も。

自分の全てが嫌い。

臆病で醜く歪んだ自分が大嫌い。

こんな自分なんか消えてしまえと思うほど……。

 

「そうだろうな。今までオマエを肯定してくれる人はいなかったんだ。それじゃあ誰だって自分を嫌いになる。けどもう大丈夫。時間はかかるだろうが、自信を持って自分を好きだと言えるようになる」

 

『なれないよ。恵さん達とは違う意味でイカれているのに……』

 

「なれるさ。俺だけじゃなく壊相も血塗も釘崎も魔虚羅が好きだ。魔虚羅を好きだと想う人達が近くにいれば自然と自分を好きになれるから」

 

――好き。

 

私には一番縁がないと思っていた言葉。

その言葉を恵さんは惜しげもなく言ってくれる。

 

『私も…皆が好き。最初は物語に登場するキャラクターとしてだったけど、今は人として…。けど何て表現したらいいのか分からなくて……』

 

下手なことを言えば嫌われるかもしれない。

またそんなことを考えてしまってどうしてもそれを口に、態度に出せなかった。

 

「難しく考えなくていいだろ。その言葉をそのまま言えばいい。そんなに怖がらなくても好意には好意で返ってくる。と言ってもその経験がないから分からないか。急がなくていい。これもそのうち理解出来るようになるから心配するな」

 

『……うん』

 

泣き続けているし、醜い部分をさらけ出しているに恵さんはずっと優しく抱き締めて声を掛けてくれている。

弱くて臆病な私を受け入れてくれている。

受け入れられるってこんなに安心するんだ。

なんだかホワホワする。

 

『恵さん。精霊なんてよく分からない存在になっちゃったけど、私は…まだここにいていい? 皆と一緒にいていい?』

 

「俺はいて欲しい。いなくなったら寂しい。ここにいてくれ魔虚羅」

 

『…私がいなくなったら寂しい?』

 

「ああ、寂しい。俺にとってはかけがえのない相棒だし、一等大事な人だからな」

 

『そっか…』

 

そんなこと言ってくれる人は誰もいなかった。

私がいなくなったら寂しい。ここにいて欲しいと。

 

 

誰でもいいから…そう言って欲しかった。

 

『う、うぅぅ……あぁ、あああ…あああああああああああああああ!!』

 

例え嘘でも、間違いでもいいから。

私が必要だって、いて欲しいって。

ここにいてもいいと言って欲しかった。

 

「ずっと辛かったよな。もう大丈夫だ。終わったからな。独りぼっちの時間は」

 

本格的に泣き出した私を慰めてくれる恵さんに更に安堵したのか、これまで泣けなかった分泣き続けた。

静かな病院にただひたすら悲痛な泣き声が響いた。

 

◇◆◇◆◇

 

いやはやどれくらいの時間泣き続けていたのか分からないんだけど、ようやく泣き止みました。

もう体中の水分全部出し切ったんじゃないと思うくらい泣いた。

流石に泣きすぎじゃない? と思ったんだけど人であった時の分も泣いたらこうなるか。

 

「喉が渇いただろう。何か飲むか?」

 

『……じゃあ麦茶で』

 

「分かった。少し待ってろ」

 

恵さんは慣れた様子で飲み物を用意してコップを私に手渡す。

ちなみに私は人間みたいに水を飲めないので少し顔を上に上げて鳥のように飲みます。

最初に人間の時と同じ感覚で飲んだら盛大にこぼしちゃったのよね。

食べられるそうだからご飯食べてみたいんだけどこれは慣れるのにちょっとかかりそう。

 

『あの……ごめんなさい。みっともなく泣いたりして……』

 

「気にするな。泣き止む必要ないと言ったのは俺だ」

 

そうなんだけどかなりの大泣きだったし、随分長い間泣いてたから恵さんの服濡らしちゃったよ。

まぁ恵さん全く気にしていないけど。

しかし泣いたせいなのか、それとも今まで苦しかったことを暴露したせいなのか……うん、これはどっちもだな。

凄くスッキリした。

これまで全てが霞んでいたんじゃないかと思うくらいクリアに感じる。

泣くのって大事だったんだ。

 

「大分落ち着いたみたいだな。じゃあ改めて言う」

 

『? 何を』

 

恵さんは座り直してまた私と向かい合う体勢になる。

そして私の顔をしっかりと見て…

 

「魔虚羅、オマエが好きだ。俺の恋人になってくれ」

 

また告白してくれた。

 

『あ、ぅえ……っと』

 

どうしよう。何て言って良いのか分からない。

私も恵さんのこと好きだけど……好き、だけど……。

いやさ、惚れるでしょ! こんなの!

惚れない人いる!? ここまでしてくれた人のこと!!

絶対この前から好きだったけど!!

もうね、野薔薇さんから言われたこと全部当てはまってるのよ。

めちゃくちゃドキドキするし、一緒にいたいと思うし、喜んでくれたらいいなーと思うし、否定できる要素が何一つない!!

 

『(けど……私なんかより恵さんには相応しい人がいる)』

 

恵さんイケメンだから隣に立つのなら誰もが目が眩むくらい綺麗な人がお似合いだろう。

私は精霊で人間じゃない。

姿も完全に人外で、一般人から見たら化け物の分類だ。

私じゃ釣り合わない。

恵さんが私の幸せを願ってくれたように、私も恵さんに幸せになって欲しい。

身を引いたほうがそれに繋がるんじゃないかと一瞬思った。

 

『(……でもそれは違うよね)』

 

だって恵さんは私と一緒にいたいと言ってくれたんだ。

なのに私が離れていったら恵さんきっと寂しい。

 

『め、ぐみさん』

 

まだ考えが纏まらないし、この返答で良いのかも分からない。

けどちゃんと伝えないといけないことだ。

頑張れ私!

 

『正直に言うと、私では恵さんの恋人には相応しくないと思う』

 

「……」

 

『見た目もこんなで人間じゃなくて精霊だし、だから……私なんかが恋人じゃ、恵さんすっごく苦労するんじゃないかなって考えてる』

 

「……」

 

『そ、れでも…私も恵さんのことが……好、き。恵さんと一緒にいたい』

 

よ、よし! 何とか言えた! ……のか?

告白ってこれでいいの?

かなり支離滅裂な言い方な気がする!

 

『ああ、っと……でも恵さんに他に好きな人が出来たら潔く身を引くからそこは安心し「それはない」え、わっ!?』

 

それ言い切る前に恵さんに遮られて抱き締められた。

何の前触れなく抱き締められたけど、あまりに突然で驚くことも出来ない。

 

「やっとオマエを心置きなく愛せる」

 

『え、ええぇ、えええええええ!? ちょっと恵さん!?』

 

結構強くハグされてるんだけど全く苦しくない。

むしろ私のことを想っていると凄く感じる。

待って。もしかしなくても思ってるより恵さん私のこと好きなの!?

 

「悪ぃな。あまりにも嬉しくて」

 

『う……うぅん。恵さん…嬉しい?』

 

「嬉しい。ずっと好きだったからな」

 

『ずっと? ずっとって……いつから?』

 

「ハッキリ自覚したのは姉妹校交流会の時だ。けど東堂に好きな女のタイプを聞かれた時真っ先にオマエの事が思い浮かんだから、その時から気はあったと思う」

 

想像よりも前だった!

ってかそれだと割と最初の頃から私のこと好きだったの!?

マジっすか!?

あんなへなちょこに弱い時だったのに。

 

「本当は抱き締めるだけじゃなくて色々としたいことがあるけど、魔虚羅が受け止めきれないだろうから止めておく。オマエが嫌がることは絶対にしないと約束するからな」

 

『お、お願いします。あの……恵さん』

 

「何だ?」

 

『私も、ギュッてして……いい?』

 

「いいぞ。遠慮するな」

 

恵さんからいいと返事が来たので恐る恐る手を恵さんの背へ回す。

こんな感じで良いのかな?

 

「もう少し力を入れても大丈夫だぞ」

 

『これくらい? ごめんなさい。加減がよく……』

 

「それは仕方ない。魔虚羅は家族ともまともにスキンシップしたことがないんだ。ゆっくりでいい。これもそのうち慣れる」

 

『ありがとう恵さん。……ん?』

 

ここでふと疑問に思った。

何で恵さん私自身が覚えていなかったことを知っているのかと。

大泣きしてた時に言っていたことがまさにそれ。

まるで私の過去を直接見ていたような言い方だった。

 

「それはそうだろう。本当に見たんだ」

 

『へ?』

 

そして私は恵さんから衝撃的な事実を聞かされた。

嘘でしょ!

まさか私の過去を夢で見ていたなんて誰が想像出来るのよ!

しかもその犯人は式神の意思。

回答が予想の斜め上すぎる!

 

「式神の意思に悪気はない。彼……いや彼女? もオマエに幸せになって欲しくてそうしたんだ。愛されているな魔虚羅は」

 

アイサレテイルノカナー?

 

「そういうことだから大丈夫だ。魂の傷が完全に塞がれば術式は使えるようになる」

 

『え。欠片とはいえ式神の魂と融合して恵さんなんか体に変化とかないの?』

 

「ないけど、式神の意思の気持ちが合わさってるから魔虚羅のことが好きで好きで仕方ない」

 

『え゛!?』

 

「もっと愛したい。身も心も欲しい。ドロドロに甘やかして俺が『恵さんストップぅ!!』」

 

明らかに弊害出てんじゃん!

本編の伏黒恵じゃ絶対に言わないであろうこと言ってる!

ああーもう。体が熱い!

また茹で蛸みたいになってる!

 

「今はしないから安心しろ」

 

『“今は”…じゃん。め、恵さんはそういうこと……し、したい?』

 

身も心も欲しいってことはつまりそういうことだよね!?

ボッチ高校生だったけど流石にその言葉がどういう意味か分かりますよ。

だから……あ、あれですよ。

女の子に言わせるな!

 

「したくないと言ったら嘘だな。けど心配するな。さっきも言ったが魔虚羅が嫌がることはしない。魔虚羅のペースに合わせる。なんなら“縛り”でも設けるか?」

 

『いや…そこまではしなくていい。でもそれだといつになるか分からないよ?』

 

その前に精霊と人間がそういうこと出来るのか分かんないけど。

出来る気はするけどね。何となく……。

だから女性の体になったんだろうし、って……あれ?

まさか私もそういう気持ちちょっとはある??

 

「俺は構わない。確かにその気持ちはあるけど、こうして抱き合っているだけでも俺は嬉しいし幸せなんだ。しかし柔らかくて温かい魔虚羅は。呪骸だった時とは大違いだ。生身だから当たり前だけど」

 

恵さんは感触を確かめるように私をもっと強く抱き締める。

前に抱き合った時は呪骸だったからね。

それは私も同じであの時よりも恵さんの匂いを強く感じるし、あの時は感じられなかった体温も伝わってくる。

温かくて気持ちいい。

やっぱり安心するなー恵さんの匂いは。

恋人になったんだからこの温もりに触れてていいんだよね。

 

「眠いか? いいぞ眠って。弱っているのにあんなに泣いたんだ。疲れただろう」

 

『ふ、ぇ?』

 

恵さんの言葉で自分がウトウトしていることに気が付いた。

ウトウトというかもう眠る一歩手前という感じ。

ヤバい。一瞬でも気を抜いたら即刻寝落ちする。

眠るならせめて横にならないと、と思ったんだけど体が言うことを聞かない。

これ体はもう寝てるね。

どうしよう。流石にこの体勢で寝落ちするのは……。

 

『めぐ、みしゃん…よこに、なりゅ……』

 

何とか声を出すも最早呂律は回っていなかった。

マジでどうしよう。恵さんに負担掛けたくないのに。

 

「このままでいいから眠れ。俺の体温や匂いを感じて安心してる証拠だろ。眠くなってしまうくらいオマエを安心させてあげられていると知って俺は嬉しい。それを堪能したい気分なんだ。だから眠って、魔虚羅」

 

このままでいいとの恵さんの声と駄目押しの頭撫で撫で。

レジストは不可能だった。

私は睡魔に誘われるがままゆっくりと視界を閉ざす。

 

「お休み」

 

『おや、す…みなしゃい……』

 

生まれて初めてなんじゃないかと思うほどの安心感に包まれながら私は眠りについた。

 

 

◇◆◇◆◇

≪伏黒恵視点≫

 

力なく俺の体に寄りかかり眠る魔虚羅。

すやすやと寝息を立てている。

触れても起きないことを確認するとホッと一息ついた。

 

「やっと眠れたな」

 

魔虚羅はあれからほとんど眠っていない。

高熱があった時は眠っていたけど、眠るというよりは意識を失うに近かった。

熱が下がってからは視界を閉ざしても眠ることはなかった。

不安だったんだろう。

目を覚ましたら誰もいないんじゃないか、また独りぼっちになるんじゃないかと。

誰よりも休息が必要な状態だったのに、強すぎる不安がそれを阻害してしまっていた。

ようやく心の奥底にあった不安を取り除いてやれた。

とはいえ一度傷付いた心はそう簡単に治らない。

傷付けられた以上に沢山愛してあげないとな。

そうすれば自然と良くなる。

時間はかかってしまうが、こればかりは仕方ない。

気長にいこう。

さて、名残惜しいけど横に寝かせてやるか。

流石に寝苦しいだろうからな。

そっとベッドに寝かせると、離れるのが嫌だと言わんばかりに俺の服を掴んできた。

可愛すぎか。

こんなに可愛いのに見捨てるクズ共の気が知れない。

知ろうとも思わないが。

 

「大丈夫だ。傍にいる」

 

そう呟くと服を掴んでいた手がスルリと離れた。

あぁ、本当に可愛い。

最初に魔虚羅への恋心に気付いた時は耐えられないかと思ったけど案外耐えられるものだな。

大事にしたいという気持ちのほうが強いんだろう。

何故こんなにも彼女を愛しているのか、やっぱり自分では分からない。

考えても分からないから悩むのは途中で止めた。

そのほうが気が楽だし、釘崎曰く「恋愛なんて理屈じゃないんだから好きなら好きでいいじゃない。その理由で悩む必要ないでしょ」と言われたらその通りだと思った。

 

「愛してる」

 

今の魔虚羅にこう言うと多分気絶する。

「好きだ」という度に真っ赤になってたからな。

それもまた可愛らしい。

べた惚れとはまさにこのことだろう。

 

「もう離れない。離さない。絶対に、二度と……」

 

今度こそ幸せにするんだ。

今度こそ苦しい思いをさせない。

今度こそ、今度こそ!!

……。

“今度こそ”?

何故“今度こそ”と思ったんだろう。

そう思う理由はないハズ……。

 

“『それはないよ。だって恵さんはあの子をもう一度愛するために生まれて来たんだから』”

 

“『人の思いは凄いね。時空さえ超えてしまう。これであの子の初恋は実ったも同然だ』”

 

その時、式神の意思が言っていたことを思い出した。

ま、さか……。

もし仮にそうだとしたら記憶はないが、彼女への思いだけが残っているという状態なのか?

……いや、例えそうだったとしてもどうでもいいことだ。

今は今。

前世は前世だ。

いずれにせよ俺は彼女が好きなんだ。

その事実だけ分かれば良い。

 

「愛してる魔虚羅。この命が続く限りずっと一緒にいよう」

 

まだ魔虚羅には言えない言葉。

高専を卒業したらプロポーズしよう。

魔虚羅はまともに祝われたことがないから結婚式してあげたい。

あんまり盛大過ぎると引いてしまいそうだからなるべく質素にするか。

そのためにも金を貯めて……身長五条先生並みに伸びねぇかな。

今のままだと結構身長差があるから出来れば180は超えたい。

まだ伸びるハズだからそれも頑張るか。

新しい目標を決めながら、安眠している魔虚羅を愛で続けた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

・光の精霊で元最強の式神

この度長年心に絡みついていた鎖が消えた成り主。

もうSAN値も限界だったけど、伏黒恵のお陰でなんとかなった。

両想いになったはいいが、これまで恋愛経験はおろか恋愛系の漫画も小説も読んだことがないのでどうしていいか分からない。

野薔薇や真希からアドバイスを貰いながらちょっとずつ進展していく模様。

多少耐性は出来ているので2人きりの時に手を繋いだり抱き合うくらいはなんとかなる。

 

・伏黒恵

念願叶って想いを伝えた元ご主人様。

魔虚羅が精霊になったのは驚いたがそのほうがずっと傍にいられるし、生身で触れ合えるから嬉しい誤算だと思ってる。

が、魂の繋がりを無理矢理切ったメロンパンには怒り心頭。

許すつもりは欠片もないが、今のままでは例え相対しても負けるのは目に見えているので五条悟並みに強くなろうと決意している。

魔虚羅への想いを自覚してから恋愛小説(ノンフィクション)も読んでおり、そこそこ知識はある。

とはいえ実際の恋愛経験はゼロなのでかなり慎重。

相談相手に五条悟は選びません。絶対です。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

≪(久々の)じゅじゅさんぽ的なおまけ≫

 

釘・壊「……┃ω・)チラッ」←覗き見中

 

釘「やっと両想いになったか。長かったわね」

 

壊「そうですね。恵さんはどれ程前から魔虚羅様に好意を抱いていたのですか?」

 

釘「どんなに少なく見積もっても3ヶ月ってとこ。全く……さっさと言えば魔虚羅あんなに苦しまなかったのに、以外と根性ないわね。まぁちゃんと伝えて魔虚羅のこと助けたんだしいいか」

 

壊「しかし魔虚羅様のあのご様子ですと、恵さんとの関係は中々進展しないのでは?」

 

釘「しないと思うわ。伏黒も魔虚羅が大事すぎて無理強いしないでしょうし、こりゃキスするのにも数ヶ月かかりそう」

 

壊「いえ、案外早いかもしれませんよ? 慣れるのに時間はかかってしまうでしょうが、慣れてしまえば一気にことが進むと思います」

 

釘「じゃあどれくらいで一線を超えられるか賭けない? 私は1年で。ん? その前に精霊って人間と出来るの?」

 

壊「私もまだ成り立てで自分の体のことはよく分かりませんが恐らく大丈夫かと。では私は半年にしておきます」

 

七「……2人共、そんなところで何をしているのですか?」

 

釘・壊「「あ」」

 

――ドズッ、ドズッ!

 

七「覗き見をするのも勿論のこと、彼らの関係で賭けごとをしようなど何を考えているのですか。ようやく落ち着いたのですからそっとしてあげるのが友であり家族というものでしょう?」

 

釘・壊「「その通りです」」

 

七「罰として1時間正座をしなさい。一言も発してはいけません。いいですね」

 

釘・壊「「……はい」」

 

血「七海かっけーなぁ。俺も七海みたいな大人になりてぇ」

 

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