半人半呪霊の毒糸姫 | 緋紗奈のブログ

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「到着しました。ここが現場です」

 

伊地知の運転でやって来た任務先は数十年前に一族全員が殺し合ったといういわくつきの廃墟。

この辺りではかなり有名な心霊スポットで、その分呪霊も湧きやすい。

……ハズなんだけど。

 

「(報告にあった通り見る限り呪霊は4級が3体、残り数十体は全部蠅頭。いくらなんでも少なすぎる)」

 

このレベルの心霊スポットなら1級が数体いてもおかしくないのに、いるのは雑魚ばかり。

増えることはたまにあるそうだけど、呪術師を派遣していないのに数日もすればほぼいなくなるらしい。

 

「(上の予想では呪霊を食らう1級以上の呪霊がいるか、もしくは未登録の術師がいるのではないかってことだけど術師でないのは間違いないな。呪力の残穢がない)」

 

残るは1級以上の呪霊いるって予想だけど、それも考えにくい。

六眼で視てもそれらしく呪力はない。

 

「まっ、入ってみれば分かるか。じゃ、行ってくるよ」

 

「はい、お気を付けて」

 

伊地知に帳を下ろすのをまかせて廃墟の中へ入る。

数十年ほったらかしの廃墟だから中は荒れ放題。

けどかつては大商人の家だったからか豪華な装飾がちらほら見える。

 

「(かなり大金持ちだったみたいだね。一体何があったのやら……)」

 

奥へと進んでいくと一際荒れている大部屋へと着いた。

一見荒れ果てただけの部屋に見えるけど、僕の目は誤魔化せないよ。

 

「かなり巧妙に隠されてるけど畳の下に地下に通じる扉があるね。そこらの術師じゃ見つけられないワケだ」

 

とはいえ建物自体大分脆くなっているから少し強く力を込めるだけですぐに壊れた。

ポッカリと空いた地下への入り口。

そこに入って中を確かめる。

思っていたよりも広い地下の一番奥で何かが動いた。

 

「ダ……れ?」

 

「……」

 

声を発したそれは雑魚の呪霊ではない。目隠しを外して臨戦態勢に入る。

相当な呪力量だ。

1級ではなく、間違いなく特級。

いつ攻撃が来てもいいように身構えていたけど、その気配が一切見られない。

というかその場から全く動かない。

何かあるのか?

 

「……どうしてそこから動かないの?」

 

「うご、ケない……から……」

 

声を掛けてみると弱々しくだけど返事が来た。

動けないなんてどういうだろうとゆっくり近付く。

姿を確認出来る位置まで近寄ったところで足が止まった。

あまりにも悲惨な姿だった。

ボロボロの最早布とは言えないようなものを身に纏いて、両足には呪符が巻かれた巨大な釘が刺さっていた。

とても強力な呪符だ。これじゃいくら特級でも動けない。

腕は肘辺り、脚は膝辺りまでびっしりと鱗と甲殻が生えている。

爪もかなり鋭くて特に手の爪は15cmはありそう。

ボロ布からチラリと見える胴体はほぼ人間だ。

背中には羽毛みたいなのが生えてるけど………気のせいじゃないよね。胸に膨らみがある。

 

「え、女の子?」

 

「……」

 

僕の声に反応したのか俯いていた顔がこちらを剥いた。

泥や埃で汚れているけどそれでも分かる整った顔立ち。

間違いなく女の子だ。

瞳は紫色でアメジストみたい。

目の周りに瞳と同じ色の玉が3つ。

一つは額に、残り2つは目の横にある。

宝石のように見えてどうやらこれも目らしい。

でも言われなければ目だと分からない。

むしろ彼女の美しさを引き立てる装飾のようだ。

異形な姿しかいない呪霊とは思えない見た目。

ま、それもそうか。

ここまで近付いてやっと分かった。

ただの呪霊じゃない。この子は……。

 

「まさか呪胎九相図以外にいるとはね。人間と呪霊のハーフが」

 

この子は人間と呪霊のハーフだ。間違いない。

しかも呪胎九相図は胎児の姿で呪物化しているのに、この子はしっかり成長し成人している。

なんでこんなところに半人半呪霊の子がいるんだ?

調べたいことが多すぎるけど、とりあえずやるべきことは一つ。

 

「君、良ければ僕と一緒に来ない?」

 

ここから連れ出す。

敵意は感じないし、例えあったとしても僕なら何とかなる。

 

「な、んで?」

 

「だってずっとここにいるのは気分悪いでしょ? 真っ暗ーなとこにいても楽しくも何ともないじゃん」

 

「……」

 

考えているのか折角上げた顔がまた俯いてしまった。

無理矢理連れ出すことも出来るけど、確認出来るなら意思を尊重したい。

 

「お…カあ様が、出ちゃ駄目って言って、たケド……出ていいノ?」

 

「そのお母さんはもういないでしょ? だから君がどうしたいか知りたいの」

 

「じゃあ…出たい。デモこれ、自分じゃ取れない……」

 

そう言った視線の先には足に刺さった呪符に巻かれた巨大な釘。

半呪霊である彼女では触れることも難しいものだ。

僕ならちょちょいのちょいだけど。

 

「大丈夫だよ僕が取ってあげる。とはいえ結構深く刺さってるから取る時痛いだろうね。我慢出来る?」

 

「……ウン」

 

「じゃあ取るよ」

 

あまり痛みを与えないように素早く釘を抜く。

やっぱり相当痛かったのか顔が歪む。

でも一切動かず、声を上げないで耐えきった。

 

「よく我慢出来たね。偉い偉い。じゃあ行こうか」

 

釘を引き抜いた傷口から血がダクダク出ている。

深い傷だけど、反転術式も使えないみたいだし早く治療してあげないと。

着ていた上着を脱いで彼女に被せ、ひょいっとお姫様抱っこする。

ただの呪霊ならこんなことしないんだけど女の子だし、半分人間だから長期間こんな状態なら歩けないだろう。

現に脚はかなり痩せ細っている。立ち上がることも出来なさそうだ。

 

「ドコ行く、の?」

 

「僕が所属している学校だよ。君の状態を詳しく知りたいからね。まずはそこに連れて行く。あ、自己紹介がまだだったね。僕は五条悟。君の名前は?」

 

「……覚えテない」

 

「え?」

 

「あった気が、スルけど……忘れちゃっタ……」

 

えー……自分の名前さえ忘れちゃうくらいこの場所にずっと独りでいたってこと?

話し方もそれを頷けるように小声で片言だし、食べ物とかどうしてたんだろう?

そこまで考えて、廃墟の調査報告を思い出した。

 

「もしかしなくても君、呪霊食べてた?」

 

普通の人間が呪霊なんて食べたら猛毒を口にしているようなものだけど、この子は半人半呪霊。

食べても死にはしないし、完全な栄養にならなくても生命維持くらいは出来る。

 

「お腹、空いて食べてた。デモ美味しく、ない…」

 

「だろうねぇ」

 

やっぱりそうだったか。

空腹に耐えかねて彼女が廃墟に発生した呪霊を食べていたから呪霊が異様に少なかったのか。

それにしても食べた呪霊相当不味かったみたいだね。

長年独りでいたから表情筋が死んでるんだけど、それでも分かるほど顔が歪んでる。

高専に帰ったらお粥くらい作ってあげようかな。

 

「お帰りなさいませ五条さん。え、その子は?」

 

なるべくこの子に負担をかけないようにゆっくり歩くこと数分。伊地知が待つ場所まで戻ってきた。

伊地知は僕が抱えている子に驚いている。

任務に行った僕が女の子連れて戻ってきたら誰でも驚くよね。

 

「詳しい説明は移動しながらするよ。それより毛布ある? 後包帯。応急処置だけでもしてあげたいんだ」

 

「わ、分かりました。すぐに準備します」

 

毛布はなかったけど膝掛けはあったから、それで脚を包む。

包帯を受け取ると血が出ている部分に巻いた。

ここで出来るのはこれくらいだ。

後は硝子に任せよう。

 

「ていうことなんだ。とりあえず高専に戻って、ノンストップで」

 

「はい。あの……大丈夫なんですか? その方は半分呪霊なんですよね? 攻撃してきたりとかは……」

 

「大丈夫大丈夫。確かにこの子は【毒操術】と【糸操術】って2つの術式を持ってるけど使ってくる様子はないし、仮に使ってきても僕がすぐ拘束するから」

 

「そ、そうですか……って術式を2つも持っているんですか!?」

 

「持ってるね」

 

この子は【毒操術】と【糸操術】という2つの術式を持ってる。

【毒操術】は体内で様々な毒を作りだし、それを操る術式。

対人間ならほぼ敵なしの術式だ。

【糸操術】は自身の呪力から糸を作り出して操る術式。

目視できないほどの極細の糸まで作り出すことが出来て、強度も目に見えないほど細いのにその辺のワイヤーよりある。

しかもこの2つの術式は併用可能。

毒を含ませた糸も作れるから、もし殺すつもりなら伊地知なんかとっくの昔にあの世行きだ。

ま、そんな心配しなくても……。

 

「すー、すー」

 

彼女は僕の肩に寄りかかってすやすやと寝息を立てている。

弱っていたからだ思うけど流石に警戒心なさすぎじゃない?

別の意味で心配になるんだけど。

にしても綺麗な子だな。

こびり付いている汚れ全部落としたらもっと綺麗になるよ。

なんて考えている間に高専に到着。

眠っている彼女をまた抱きかかえて硝子のところへ向かう。

 

「ついに未成年誘拐をやらかしたか、このクズが」

 

「違うからね! 連絡しておいたでしょ! この子が半人半呪霊の子だよ!」

 

抱きかかえた時に目を覚ました彼女をベッドへ下ろす。

体を包んでいた僕の上着と膝掛けを取って硝子に見せる。

ついでにほとんど意味をなしていないボロ布も取った。

 

「おい。いくら半分呪霊とはいえ準備もしてないのに女の子を全裸にするな変態」

 

「これ不可抗力でしょ!?」

 

「言い訳不要だ馬鹿。しかし大分痩せてるな。相当長く放置されてたみたいだな」

 

硝子は入院着を持ってきてサッと彼女に着せる。

僕は汚れを少しでも落とそうとお湯で濡らしたタオルを用意して顔を拭いてあげた。

うーわー、一瞬でタオルが黒くなるー。

 

「かなり痩せてるし、長年動かなかったから筋力が落ちてる。根気強くリハビリしないと日常生活は送れないな。けど外傷は釘が刺さってたっていう足の部分だけ。反転術式かけてあげたいけど、半分とはいえ呪霊に正エネルギー浴びせたらヤバいか。普通の治療するしかないな」

 

「はんてんじゅつしきって?」

 

「それは追々教えるよ。けど君爪短く出来るんだね。伸縮自在なんだ」

 

さっきまで15cmはあろうかという手の爪が今は1cmくらいの長さになっている。

鋭いことに変わりないけど、これなら普通の人間と同じように暮らせる。

 

「だって、治療に邪魔そう…ダッタから……」

 

「そっか。優しい子だね」

 

ポンポンと頭を撫でてあげると気持ち良かったのかウトウトし始めた。

いや、本当に警戒心なさ過ぎでしょ。

初対面の人がいて、全然知らない場所に連れてこられてるんだからもっと警戒しないと駄目でしょ!

会って数時間なのにもう目が離せない!

なんて思っているうちに完全に眠ってしまった。

 

「それだけ弱ってるんだろ。まぁ確かに警戒心なさ過ぎだけど。とりあえず水分と栄養補給の点滴してやるか。半分人間なら効果あるだろ。体は私が拭くから五条は部屋から出てけ」

 

「はいはい」

 

ということなので僕は部屋から出て今回の件の報告のために行きたくない場所に向かう。

言われることは大体分かってるけど、案の定「治療する必要はない。即刻死刑にしろ」だった。

やっぱ腐ったみかん共は自分の保身以外何も考えてないな。

殺す前に調べないといけないことがあるでしょ。

どうして半人半呪霊の子が生まれたのか、何故あの場所にいたのか。

彼女の口からしか分かり得ないことだってあるのに、本当に腐ってる。

散々議論した結果、治療する条件として呪力を封じる呪具を必ず付けることになった。

妥協案だけどこれで彼女は自由に動ける。

死刑は延期になっただけでまだ撤回されてないけど、何が何でも撤回してみせる。

今のところ敵意も悪意もないんだし、呪術界に有益な存在だって分かれば撤回されるハズだ。

そのためにも彼女には元気になって貰わないと。

 

「戻ったよー。どう硝子。その子の様子は」

 

帰ってすぐにあの子のところへ向かう。

体を拭いて貰って少し綺麗になったあの子がベッドで眠っている。

こびり付いてる汚れだから拭いただけじゃ全部は落とせないよね。

 

「点滴の効果が出てるからさっきより良いぞ。で、どうだったんだ?」

 

「硝子のお察しの通りだよ。力を封じる呪具を付ければ治療してもいいってことにはなったけど死刑は延期になっただけ」

 

「そうだろうな。……にしても綺麗な子ね。どんな呪霊と交わったらこんな綺麗な子が生まれるんだ? 絶対母親似だろ」

 

それは僕も同意見だ。

汚れが多少落ちたことで更に綺麗になった子。

目や背中、手足は呪霊だけど他は人間だ。

けど目なんて言われなければそうだと分からないし、背中と手足隠しちゃえばそこにいるのは絶世の美女。

僕でも見惚れちゃうくらいだ。

 

「その子のこと硝子に任せていい? 僕これから任務があるんだ。3日で戻ってくる予定。なるべく早く終わらせるから」

 

「いいよ。私もこの子のこと気になるし面倒見てあげる。そういや呪具は?」

 

「明日上の人が持ってくるって。呪力を封じるだけの呪具だとは思うけど、もしこの子が苦しむようなら外してあげて」

 

「無茶言うな。ま、あんまり辛そうなら主治医権限で外してやるよ。ただでさえ弱ってる子にこれ以上苦痛を与えたくないし」

 

「じゃ、よろしく」

 

硝子に彼女を、伊地知には調査を依頼して僕は任務に出発した。

本当はずっと僕が傍にいたほうがいいと思うんだけどこればかりは変更出来ない。

サクッと終わらせて戻るとしよう。

 

◇◆◇◆◇

 

3日後。

即行で終わらせて即行で高専に戻ってきた。

急ぎ足であの子の所へ向かうと……。

 

「あっ、五条様です!」

 

と、ベッドの上からあの子が呼び掛けてくれた。

まだ小声だけど片言じゃなくなってる。

近いうちに普通に話せるようになるね。

というかもっと美人になった。

お風呂に入ったみたいで汚れが完璧に落ちて雪のような白い肌が露わになってる。

黒い髪の毛も艶々でまるで塗り立ての漆だ。

腕に付いている呪具が禍々しい見た目でかなり損してるけど。

 

「やっと来たか。マジ大変だったぞ」

 

「え、何が?」

 

硝子から話を聞いてびっくり仰天。

 

 

 

「ガアアアアアアアアアア!!」

 

「は!? ちょっとどうしたんだよ! 待って、落ち着いて!!」

 

呪具を持ってきた上の人の姿が見えた瞬間、あの子の様子が一変。

呪霊の凶暴性が表面化して上の人に対しとんでもない警戒心と敵意を剥き出しにした。

手の爪が伸び、今までなかった頭部の角まで生えてきた。

幸い威嚇するだけで攻撃はしなかったけど後一歩でも上の人が近付けば術式を使いかねないほどの状態。

硝子がなんとか落ち着かせて、上の人から呪具を受け取って事なきを得たそうなんだけど……。

 

 

 

「来た上のヤツが小心者だったら失神してるだろうね。特級呪霊と同格の呪力で威嚇されたんだから」

 

「えぇー……。僕と伊地知、硝子にはそんな反応示さなかったのにどうして?」

 

「黒いから……」

 

「ん?」

 

「あの人オーラが黒くて気持ち悪い。私を殺そうとしてるのかと思って…」

 

「だそうだよ」

 

「はあ??」

 

どうやらこの子には呪力とは違う人のオーラが見えるらしい。

黒オーラを持つヤツは自分を殺そうとする敵だという認識で、僕や伊地知、硝子はオーラが黒くないから平気だったそうだ。

 

「じゃあ僕のオーラって何色?」

 

「金色です。キラキラしてて私には少し眩しすぎます」

 

「硝子は?」

 

「家入様は桃色。優しい色でホワホワします」

 

「ふーん。じゃ伊地知はどうなの?」

 

「伊地知様は亜麻色。穏やかな色です」

 

当てはまってるウケるね。

何でそんなのが見えるんだろう?

半人半呪霊ってのは関係なさそうだから、生まれ持った能力なのかな?

 

「それでな。発音の練習がてらこの子の生い立ちについて覚えている範囲で教えて貰ったんだけど、中々にヘビーな内容だったよ。伊地知が調べた報告とも相違なさそうだし、よくここまで生きてるなって思ったね」

 

その子の話を硝子がまとめると。

 

 

 

“物心付く前からあの地下にいて、ずっと母が傍にいた”

 

“母は一族で一番美しい人で、その母は幼い頃から家の一室で監禁されていた”

 

“その理由は完璧な純潔のまま名家に嫁がせるため。話し相手さえいない部屋に独りぼっちで母はとても寂しい思いをしていた”

 

“そんな時に異形の化け物がやって来た。それが私の父である呪霊”

 

“父は気まぐれにやって来ては母と話をしてくれた。母はそれがとても嬉しかった”

 

“好意は持ってなかった。でも縁談の話が来て、顔も知らない男に嫁ぎ純潔を捧げるくらいなら、たとえ姿が化け物でも自分に話し掛けてくれた存在に純潔を捧げたいと父に身を許した”

 

“父も興味本位で母を抱いた。まさか身籠もるとは母も父も思っていなかった”

 

“面白そうだからと父は私が生まれてくるのを楽しみにしていたそうだけど、私が生まれる少し前に力のある人に殺されてしまったと母は言った”

 

“母は1人で私を生んだ”

 

“化け物と交わり、異形の子供を産んだ母を隠すために一族の人達は母と私を地下に放り込んだ”

 

“食事だけ与えて後は放置という状態だったけど、私が10歳くらいの時に一族で不幸な出来事が相次いだために、それを母と私のせいだと思った一族の人が殺しに来た”

 

“母は刀で斬り殺され、私も足にあの釘を打たれ惨たらしく殺される寸前、怨霊へと変じた母が一族全員を呪った”

 

“母に呪われて一族は正気を失って殺し合った”

 

“私を殺す人はいなくなったけど、足に打たれた釘のせいで動けなくなった。私は勿論、怨霊になった母も釘に触ることが出来ない。私は一生このままの状態になった”

 

“怨霊になった母だけど人だった時の記憶は残っていたから、動けない私の世話をずっとしてくれていた”

 

“けれど5年ほど経った時に母は偶然会ってしまった術師と戦い致命傷を負った”

 

“死を悟った母は残った力を私に与えるために消えかけの体で戻ってきて「私を食べなさい」と言った”

 

“私は泣きながら母を食べた”

 

“力は強くなったけど、ずっと1人で寂しくてひもじくて苦しかった”

 

 

 

いやいや、ヘビーすぎるでしょ。

いくらなんでもまだ中学生くらいの年齢で経験することじゃないって。

 

「一族が殺し合ったという事件が起こったのは30年前。その10年前に近辺で天狗の姿に似た特級呪霊が祓われたという記録が残っています。それが恐らくその子の父親かと思われます」

 

「天狗ねぇ……。手足が鳥っぽいのはそのせいかな? というか父親やっぱり特級呪霊か。そいつの術式とか記録に残ってる?」

 

「はい。どうやら【糸操術】のようです。なので母親のほうの術式が【毒操術】かと思われます。恐らく怨霊へと変じた母親を食べた際に術式を引き継いだのではないでしょうか?」

 

そうとしか考えられないね。

監禁されてたって話だし、恐らく母親は力の使い方を知らなかった。

死後呪霊に転じて初めて術式をまともに使えるようになったんだろう。

 

「この子が呪霊のことをどう思ってるか聞いた?」

 

しかし呪霊に転じた母親に育てられていたのなら気になるのはこれだ。

もし呪霊を味方みたいに感じているのなら庇いようがない。

 

「ああ。ドス黒いオーラを纏ってる敵だと思ってるみたいだよ。母親は特別だって認識のようね」

 

それを聞いて安心した。なら呪術師としてもやっていける。

後はこの子の意思次第だ。

 

「君はこれからどうしたい?」

 

「……分かりません。これまでずっと1人だったので。けど私に優しくしてくれた人も綺麗なオーラを纏っている人も、お母様以外では皆さんが初めてです。なので皆さんの役に立ちたいとは思っています」

 

「そっか」

 

なら問題なさそうだ。

任務に行っている間、考えていたことが実行できる。

 

「まだ本家からOK貰っていないんだけど、呪術師になるという条件で僕の養子にならない?」

 

「……五条様のですか?」

 

「そ、僕の養子になれば大抵のことはなんとかなるし、お金にも困らない。その代わり絶対に呪術師にならないといけないんだけどどうかな?」

 

万年人手不足の呪術界だ。

ほぼ間違いなく特級呪術師になれる彼女が手に入るのなら、死刑も取り消すことが出来るハズ。

他にも条件は付くと思うけど、半人半呪霊でもの凄く長命だろう彼女は貴重な人材だ。

しかも調べた結果、彼女の母親にものすごーく薄らだけど五条家の血が入ってると分かった。

つまり僕の超遠い親戚。

どうやら昔呪力を持たない子が生まれたらしくて、たまたま大商人の目に止まったその子をそこへ嫁に出してたみたい。

金目当てだったらしいけど、昔から腐ってるねー。

つまり母親が呪力を持っていたのは先祖返りってことだ。

このことを知れば流石の本家も養子の件で文句は言わないだろう。

 

「五条様のご息女になれるのですか?」

 

「うん。でも呪霊と戦わないといけなくなる。君が死ぬまで永遠にだ。それが嫌なら別の方法を考えるけど」

 

「いいえ。あの黒い塊は視界に入るだけでも鬱陶しかったので率先して戦えるのなら、それで五条様のご息女になれるのなら喜んで受け入れます」

 

「いいの?」

 

「はい」

 

「分かったよ。じゃあ君に新しい名前をあげるね。今から君は五条紫織だ」

 

彼女の名前として考えた“紫織”は紫色の目と【糸操術】から思い付いた。

気に入ってくれるといいんだけど。

 

「紫織。私の新しい名前……ありがとうございます」

 

まだ表情は硬いけど笑みを浮かべる紫織。

え、何これ。笑うとめっちゃ可愛いじゃん。

 

「へぇ。五条にしてはまともな考えと名前で安心したよ」

 

「それどういう意味? 僕はいつだって真剣に考えてるからね」

 

「どうだか。紫織もしコイツに変なことされそうになったら私か伊地知に言うんだよ。必ず助けてやるから」

 

「? 五条様はそのようなことなされないと思いますけど……あ。私五条様のご息女になるんですよね。なら……お父様とお呼びしてもいいですか?」

 

「えっ!? も、勿論いいよ!!」

 

笑った紫織から光が舞っているように見えた。

何だこの破壊力抜群の攻撃は!

ヤバい。娘にしたの間違えた!?

いや、僕の娘になったのならハグくらいは許容範囲と思えば良いか?

美人な上に可愛いとか非の打ち所がない!

絶対嫁には出さないぞ!

 

「……お父様、大丈夫ですか?」

 

「(手で顔を覆って悶絶するとかやっぱコイツ変態だった。マジで引くわー) 駄目だよ紫織。こういうのはケダモノって言うの。無闇に近付いたらいけない」

 

「はあ……」

 

何か硝子が言ってたけど気にならない。

よし、紫織を養子にするために頑張るぞー。

腐ったみかん共の相手もなんのそのだ!

 

◇◆◇◆◇

≪家入硝子視点≫

 

あれから2ヶ月。

紫織は正式に五条の養子になった。

養子になる条件として呪術師になることともう一つ、必ず位置が分かる呪具を身に付けることになっている。

指輪の形をしたこの呪具を1時間以上外したら即刻秘匿死刑なってしまう。

けど五条が上手く上の縛りを誘導してくれたから、上の命令に従うということは明記されていない。

こればかりは五条じゃないと無理だった。

とりあえず紫織は自由の身となり、呪力を封じる呪具は外され今はリハビリの真っ最中。

30年もの長い間動けなかったから、運動機能がヤバいくらいに落ちている。

普通の人間なら1年はリハビリが必要だ。

けど紫織は半人半呪霊だから回復が早く、もう自力で歩けるようになった。

 

「硝子さん。今日は何をすればいいですか?」

 

「んー、ちょっと待ってね」

 

しかしリハビリを終えても問題は山積みだ。

これまで呪術師としての訓練はおろか、一般教育も受けていない紫織はすぐ呪術師になれない。

母親から多少教えて貰っていたそうだけど、その母親もずっと監禁されていた身だから出来るのは簡単な読み書きくらいなもの。

まるで無垢な子供のようだ。

どうしようかと悩んでいたら学長が「1年間家庭教師をつけて、ある程度一般教育を受けさせてから高専に通わせるのはどうだ?」という案を出してくれた。

これには満場一致で可決。

家庭教師の人選を考えないとだけど、これ以上の名案はない。

高専に通わせるのもメリットのほうが多いし。

丁度五条が後ろ盾になっている伏黒恵と同じ年に入学することになるな。

とはいえ家庭教師をつけて勉強させるにはまだ数ヶ月かかる。

歩けるようにはなったけど、まだ不安定でよく転んでしまうからな。

日常生活に支障がない程度に回復するにはまだまだだ。

今はリハビリに専念しないと。

けどすっかり元気になったな。

足の怪我も治ったし、食事もちゃんと取れるようになったから肉付きも大分マシになった。

まだ細身だけど、もう少しで健康的な体に戻るだろう。

 

「家入さん、少し良いですか?」

 

紫織のリハビリをしていると後ろから声が聞こえた。

この声は七海か。

振り向くと腕に切り傷を負った七海がいた。

七海が怪我をするなんて珍しいな。

 

「先に連絡をしようと思ったのですが、すぐに着く距離だったので直接伺いました」

 

「いいよ。ほら、腕を出して」

 

七海に反転術式をかけて怪我を治す。

そこまで大きい怪我じゃなかったからすぐに治った。

 

「ありがとうございます」

 

「もしかしてすぐにまた任務なのか? でないとこれくらいの傷で来ないでしょ」

 

「ええ」

 

ホントに五条ほどじゃないけど忙しいな七海は。

それだけ七海が信頼されてる証拠だろうけど。

 

「……家入さん。その子は?」

 

と、七海が座っている紫織に気付いた。

そういや会ったことなかったな。

 

「聞いてないか? 五条の養子になった半人半呪霊の子だよ」

 

「!! この子がですか。パッと見は普通の人間のようですが」

 

「見た目はね。でもこれも目だし、手袋外すと呪霊の部分が見えるよ。けど呪霊(と黒いオーラのヤツ)がいなければ大人しい女の子だ。ほら、挨拶しな紫織」

 

これだけ紫織が大人しいんだから七海のオーラは黒くないんだろう。

七海のオーラが黒だったら天地がひっくり返るけど。

……にしても大人しすぎるな。どうした?

気になって紫織を見たら紫織が七海をめちゃくちゃガン見していた。

え、今までにない反応なんだけど。

声を掛けるがその視線は七海から離れない。

 

「紫織?」

 

「……綺麗」

 

「へ?」

 

「とても綺麗なオーラ。こんなオーラを持つ方初めて見ました」

 

どうやら七海のオーラが見える紫織からするととても綺麗らしい。

それでずっと七海を見ていたようだ。

 

「ずっと見てしまって申し訳ありませんでした。私は五条紫織と申します。春の日差しの方、お名前を教えて下さい」

 

「1級術師、七海建人です」

 

「七海様ですね。お目にかかれて光栄です」

 

七海に頭を下げる様はまるで淑女のようだ。

礼儀作法だけは母親からきっちり教えられていたらしい。

それより紫織……頬少し赤くなってないか?

なってる、よな。

えっ、もしかしなくても七海に惚れた?

 

「では私は任務がありますのでこれにて。五条君……と呼ぶと少々語弊がありそうですので紫織君、リハビリ頑張って下さい」

 

「はい。ありがとうございます七海様」

 

去って行く七海を見送る目は完全に恋する乙女だった。

マジかよ。まさか七海に一目惚れするとは。

いや、むしろ七海で良かっただな。

他の呪術師の男共まともなヤツがいない。

七海は実力も申し分ないし、何より人格者だ。

呪術師だからイカれてる部分はあるけど、御三家の誰かと政略結婚させられるより1億倍良い。

それに七海なら紫織が半人半呪霊でも惚れさえすれば大切にしてくれるだろう。

 

「応援するぞ紫織。頑張って落とせよ」

 

「はい?」

 

おっと、まだ自分の恋心に気付いていないか。

でもそのうち気付くだろうからあえて言わないでおこう。

めんどくせぇのは五条だな。

アイツ紫織のこと溺愛してるから「嫁に出すのヤダー」って絶対駄々こねる。

五条には気付かれないようにしないとな。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

五条紫織

人間の母親、呪霊の父親を持つ半人半呪霊。

母親に五条家の血が薄ら入っているので五条悟の養子になった。

人間と呪霊の二面性を持っており、基本は人間の面が出ているためとても大人しくお淑やか。

しかし呪霊、もしくは黒いオーラを持つ人間を目の前にすると呪霊の凶暴性が表に出て非常に気性が荒くなる。

【毒操術】と【糸操術】という2つの術式を持ち、どちらも汎用性が高い。

今はまだ使いこなせていないが、呪術師最強の義父がいるので近いうち使えるようになる。

5つの目を持ち、人間の目の横にある目でオーラ見て、額の目で呪力の流れを見る。

六眼の劣化ではあるが、かなり便利な天眼。

しかし全てを見ようとすると情報量が多すぎて酷い頭痛を起こしてしまうため普段額の目は閉ざしている。

呪術師になるためにリハビリをしていたら偶然やってきた七海建人に一目惚れした。

自分の気持ちに気付いていないけど、純粋故に無自覚に七海へアタックしていく。

身長は168cm。

推定年齢40歳。でも見た目は18歳くらい。

顔は母親似。腰まで届く長い黒髪で紫色の目。

背中には茶色の羽毛が生えており、手足の構造自体は人間と変わりないが硬い鱗と甲殻に覆われている。

戦闘時には手から鋭い爪が伸び、2級呪霊程度なら術式を使わなくとも爪だけで楽に祓える。

 

【毒操術】

体液をあらゆる毒に作り変え操る術式。

血だけでなく、汗や涙も強力な武器になる。

生成した毒を注ぎ込んだ相手の体を操ることも可能。

【糸操術】

呪力から糸を作り出し、その糸を操る術式。

普通の糸も呪力を宿せば操ることが出来るが、自分で作った糸のほうが使い勝手が良い。

【毒操術】との併用可能で糸に様々な効果を付与できる。

 

 

五条悟

自他共に認める呪術師最強。

奇妙な任務に行ったら囚われのお姫様を発見。

あまりに警戒心なさ過ぎて庇護欲をそそられた。

調べた結果五条家の血が流れていることが判明したので、養子することにした。

紫織が嫌い敵対心を持つ黒いオーラのヤツが大抵腐ったみかん=悪意を持つ人間なので「この能力便利~」と思ってる。

逆に黒いオーラを持たない人は信用に値すると分かるのでよく絡んでいくようになった。

嫁に出すつもりは全くない。

 

 

家入硝子

五条悟の同級生で反転術式の使い手。

突然同期がボロボロの女の子を連れて来て「もしもし、ポリスメン?」するところだった。

半人半呪霊とは思えないくらい大人しいし素直で良い子なので妹のように思っている。

紫織が七海に一目惚れしたことにすぐ気付いたけど「七海ならOK!」と応援することにした。

知ったら絶対妨害してくるであろう同期をどうやって阻止しようかと模索中。

 

 

七海建人

五条悟の後輩の1級術師。

任務で不覚にも怪我を負ってしまい、治療して貰おうと家入のところへ行ったら噂の半人半呪霊に出会う。

第一印象は「半分呪霊とは思えないほど大人しく礼儀正しい子」。

まさか一目惚れされているとは思わず、無自覚にグイグイ来る紫織にたじたじになる。

 

 

 

 

 

 

 

続かないよ?