これでいいのだ -2ページ目

解体されゆく神話映画

 

残念な新シリーズの考察  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

不思議な登場人物 

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今スター・ウォーズという映画シリーズがたいへんなことになっております。それはそれまでのジョージ・ルーカス総指揮からディズニーに主導権がうつってからはじまり現在進行形でつづいております。新作が公開されるたびにスター・ウォーズは破壊されていきます。自己免疫という病がありますが体内の防御システムが自らを攻撃してゆく現象に近いかもしれません。しかしそれは意図的におこなわれており、謎なのはなぜこんなことがおこっているのか?ですけれどもエピソード8最後のジェダイの登場人物のなかにそのヒントをみつけられるかもしれません。

ベニチオ・デル・トロ演じる D J(=操作・指示する)というキャラクターがそれなのですがニックネームの由来は(Don`t Joini=関わるな)だそうです。そして「世の中はからくりにみちている」と語り「深入りせずに気楽に生きろ」と続けます。それは武器商人がファーストオーダーとレジスタンス双方に兵器を供給している証拠データを発見するくだりでした。実はリアル社会でも世界中の中央銀行をにぎっているユダヤ資本が同じことをしているようです。

結論を先にいっておきますと製作会社の背後にクライアントがおり彼らは資金回収すら眼中になくスター・ウォーズ文化の解体をもくろんでおります。それについてあれこれと詮索するなと。ものごとを深く考えるな。表面的なことを楽しめとメッセージしているように感じるのです。

 

スター・ウォーズという文化  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

まずこの映画シリーズがどういうものかという確認になりますが、ジョージ・ルーカスの少年時代に熱狂した様々な冒険映画やカーレースやもろもろのことを映画にするというコンセプトではじまっております。そしてジョージは学生時代にその著書に出会ったジョーゼフ・キャンベルの比較神話学を作品のベースにおいて物語をつづりました。またこの作品の奇想天外なビジョン・ビジュアルを映像化するためにそのための技術やカメラなどの機材もふくめて新たに研究開発するところから着手してそれを実現し完成へとこぎつけております。その発想や行動自体が革命的なことでした。

そしてもうひとつの大きなポイントは2作目以降はルーカス自らが資金を調達したインディペンデント映画だということです。それによって配給会社の作品に対する制約を受ける必要がなくなります。実際に作品が公開されますと世界中で大ヒットとなりますがそもそも映画製作過程でいくつも革命をおこしているわけです。こういう映画はほかには見あたりません。その後に似たような映画はたくさん作られつづけておりますが根本的にちがうのです。新作のたびに技術的な革新が試みられ、物語の中心にあるフォースの概念がファンによってあれこれ語られます。劇中のコスプレをたのしみそれがボランティアにもつながり、マニアによるクオリティのたかい映像作品もたくさん動画サイトでみることができます。いっときの社会現象にとどまらず映画をはなれ世代をこえて楽しまれているスター・ウォーズはどのジャンルにも属さない孤高の文化といえるのではないでしょうか。

 

そして解体がはじまった  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

エピソード3シスの復讐において元老院最高議長のパルパティーンが実はシスの暗黒卿であったという設定。陰から支配をもくろんでいて共和国から帝国へと社会を解体再編成してゆくくだりは戦慄をおぼえます。われわれの知らぬまに主要国の中央銀行を牛耳り政治も報道も教育も医療もなにもかも支配体制をしいていたユダヤの資本家を比喩しているのでしょう。それだけならフィクション映画のことですから施政者も見過ごせるでしょうけれども、映画をはなれ観客がフォースをつうじて宇宙の真理にふれていくことになれば陰の支配者としては看過できないことになると思います。奴隷はいつまでも愚かでいてくれたほうが都合がいいからです。賢くなって抵抗勢力がおおきくなればこれは支配しつづけるにはやっかいですからね。きびしい経済環境においこんで人生をみつめる余裕を与えないことは支配プログラムのひとつですけれども、支配されている現実にいつまでも気づかずに日々たのしいことだけを追いかけて夢の中だけにいてもらいたいとも思っていることでしょう。その一環としてこの映画シリーズの解体に着手したとわたしは観ています。

 

新作映画の二重構造  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

ディズニー製作の新シリーズは製作会社の背後にいるクライアントからのシリーズを解体せよというオーダーとその指示に従いながらもそれでも良いものをつくろうとする製作サイドの働きという二重の構造になっていると考えるとこの不可思議な映画の謎が理解しやすいかと思います。エピソード7フォースの覚醒においてはひかえ目だったシリーズの解体作業がエピソード8最後のジェダイにおいては誰の目にもあきらかに大々的に行われています。とくに本国ではこの作品をなかったことにしてつくり直すよう製作会社に求める署名運動まであったそうです。どこのレビューをみても不満コメントが大半をしめております。そしてその戦犯を監督やプロデューサーに向けるひとが大半なのですがおよそそんなことはありえないでしょう。巨額を投じて製作資金回収が命題の大プロジェクトにおいては仮に監督が無能だったとしてもそんな仕事が公になるほど甘いビジネスの世界ではないからです。しかもうかつな箇所がひとつ厳重なチェックをかいくぐって作品にまぎれこんでしまったというレベルではなく、あり得ない致命的カットが映画の中に複数配置されている状態なのですから確信犯的にいれたと考えるしかありません。

では資金回収が困難になることが予想されるような破綻した作品を世に出す意図はなんなのか?

それが可能な資金にこまらない組織はどこなのか?を考えればそれがいち製作会社の問題ではありえないことがおのずとみえてくるはずなのです。

 

破綻したシーンの考察  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

問題のシーンのいくつかをあげてみます。

●不合理で無意味な戦闘艦の登場。爆雷を投下する戦艦群による戦闘シーンからエピソード8は幕を開けます。この作品においてレジスタンスは圧倒的劣勢であり旧式の戦闘機や武器しか使用できない設定なのですが幾ら旧式とはいえ宇宙空間をワープすることが可能な世界において相手の真上までこないと攻撃不可能な戦艦はポンコツすぎます。この戦艦軍はミサイルなどではなく真下に落下させるしかない爆雷をつかって攻撃するのですがしかもシールドなどはないらしく攻撃されると内部の爆雷が連鎖爆発してあっけなく全滅してゆきます。これはおそらくスター・ウォーズを意味のないものとして葬りさるという宣戦布告を冒頭でしているのでしょう。

●レイアの宇宙遊泳のシーン。レジェンドのヒロインが観客の失笑と失望をかいました。爆撃で宇宙空間にほうり出されたレイアですがフォースを使い生還します。いつのまにそんなフォースの使い手になったのか脈絡がなく唐突で説得力がありません。不死身すぎて違和感ありまくりです。なんの意味があってこのシーンをつくったのでしょう。ストーリー上宇宙遊泳の必要があるでしょうか。しかも劇中では生き残ったのにキャリー・フィッシャーさんはその後不自然になくなっております。あやしすぎます。

●退屈で無意味な逃亡劇と作戦行動。ワープしても追跡してくる敵母艦の自動追跡装置を無効にするためにフィンとローズは追われている宇宙艇から脱出して別の惑星にとびます。敵母艦に侵入するためにコードを解除する必要があるのです。なのでそこでコード解除の達人をさがすという作戦を行動にうつすのですが廻りくどすぎます。結局さがしていたのとは別の人物( D J )と敵母艦に侵入はするのですが目的は果たせずに仲間と合流します。しかし逃亡中に別惑星にいけるなら宇宙艇を捨てて全員がそれぞれ個別に脱出すればそれでいいはずです。なのでストーリー的に宇宙艇が延々と逃亡を続けている意味がありません。よって逃亡劇のシークエンス自体が必要ありません。

●ルークが暗黒面におちた弟子の寝込みをおそうシーン。過去のルークからはとても想像できない小心で卑怯な人物として描かれています。現に演じたマーク・ハミルさんは監督に納得できないと直訴したそうですがそれが受け入れられるはずもないでしょう。そういうクライアントからの要求なのですから。

●霊体のヨーダが登場してフォースを使い大木を焼きます。霊体が現実世界に影響をあたえられるなら霊体はこの世では無敵になります。これは使ってはいけない禁じ手でした。

●宇宙艇のワープによる敵母艦への特攻。極めつけがこれです。こういうことが可能ならばどんな巨大兵器にもその急所にむけて無人の戦闘機をワープさせればよいということになります。これをやってはいけないのは暗黙のお約束です。このシーンこそ過去に描いてきたものを一瞬で意味のないものにしてしまう禁じ手中の禁じ手です。ワープ特攻よって過去に描かれてきた反乱軍の英雄的行動はすべて無に帰しました。実はエピソード7でもほとんど同じ意味のことをしています。それはデススターを凌駕する規模のスターキラー基地をかつてと同じ方法であっけなく破壊するエピソードです。敵も味方もまったく進歩がなく過去の教訓はいかされず報われずむなしいリピートがこれからも続くだけなのでしょうか。

●ルークがフォースの分身を遠隔操作する。そしてちからを使いはたしたルークは絶命するのですが、そういう結末をきめているなら生身の身体でかつての弟子のまえにたち、オビ・ワンの時とおなじように無抵抗でやられるシーンにした方がよかったはずです。わざわざ遠い惑星からフォースの分身をとばす意味がまったく不明です。

 

現場でのレジスタンス魂  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

エピソード8をはじめてみたとき意味不明なシーンの数々にファンとして打ちのめされました。でもすぐになんでこんなひどい映画が世にでたのだろう?とそっちの疑問のほうがおおきくなり何度も観賞しました。冷静にみますとこの映画はあからさまに破綻してはいますが同時にとても美しい映画でもありました。ひとつひとつのシーンは緻密に計算され如才なく印象的で演出の有能さが感じられます。なによりも全編をつうじてあたたかなまなざしにつらぬかれた映画なのです。

それはこの映画でおそらくもっとも不評をかったであろうシーンにもあらわれています。ローズのスピーダーによる体当たりとラブシーンは観客の不満と怒りとが最大限に爆発するよう計算されているのですが、勝利よりもたいせつなことがあるとメッセージしていて<いつも共にいる>という映画全体のおおきなテーマにリンクしています。

暗黒面におちた弟子になすすべもなく途方にくれるルーク。師や親に反発するだけでいつまでも精神の幼いカイロレン。造反・命令無視上等のポー。無意味な作戦中にカジノにうかれてしまうフィン。なぜか作戦を明示しないために不信感をかう司令官ホルド。登場人物はだれもかれも無力でつまづいているのですけれどもそれでも見放されず愛され愛する人物として描かれているのです。ルークはヨーダやレイアに愛され、ポーはレイアや司令官に愛され、フィンはローズに愛されている。

弟子を見放した後悔にくれるルークの前に霊体のヨーダがあらわれ<失敗こそが最高の師>であると告げます。そしてルークは最後のちからを使いカイロレンに<共にいる>とだけ告げにあらわれます。<フォースと共にあらんことを>というシリーズをとうしてのおおきなテーマがつらぬかれているのです。救うことはできないが倒すこともしないあなたと共にいるよと。シリーズ破壊の命題をうけた映画の中で制作者たちは最大限の愛情とシリーズへのリスペクトをもりこんでいるのがわかります。これこそ真のレジスタンス魂でしょう。最後のジェダイとはシリーズの破壊を暗示しているだけでなくジェダイのこれまでのやり方では超えられぬものがあることまでふくんでいるようです。

いつの時代もどこからともなく闇の指導者があらわれ銀河の争いは尽きることがない。名もない農夫や奴隷。陽のあたることのない兵士や整備士。そんなひとりひとりが愚かなまま共に在りつづけること見捨てないこと。それが希望なのだとこのシリーズは変わらずに語りつづけているのです。

 

それでも神話はつづいてゆく   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

家族とフォースのゆくえ 

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いよいよ最終章の公開がせまってきました。おそらくまた意味不明な作品になってしまうのでしょう。劇中のオーダー66と同じく全てを破壊殲滅せよとの指令をおびているシリーズなのですから。しかしそこに製作者のレジスタンス魂はどんなメッセージを託してくるのかそこに興味がつきません。

ルークは父親のときも葛藤し逡巡しけれど土壇場で選択しました。真の敵は皇帝でもなくベイダーでもない。それは己の奥に渦巻いている闇だ。その闇への盲目的な衝動。そこから静かに離れる選択にルークはいのちをかけた。闇を退けることによってジェダイの証しをたてたのです。そんなルークの人生最後の選択は闇をそのまま抱き共にあろうとすることでした。ルークの深い葛藤はジェダイの光剣では銀河をまもれないことを識っていることなのです。それはシスに駆逐され無力だったジェダイ全体の贖罪でもありました。それは闇と光の調和を意味するのでしょうか。

過去の映画で提示されながら明かされなかった謎にアナキンの父親はだれか?というものがありました。エピソード8で主人公のレイが暗黒面の誘惑をこばまなかったというシーンがでてきます。また無数のレイのビジョンをみるというシーンもありレイの剣術がパルパティ-ンのそれと酷似していることを考えるとレイはパルパティーンのクローン的な存在なのでしょうか。プレイガスの生命をよみがえらせたりつくったりできる秘術によってアナキンもレイも創造されたのでしょうか。皇帝のわきに控える衛兵の仮面をとるとアナキンやレイとおなじ顔がそこにあるのでしょうか。

新シリーズが根本的にやっているのは観客を不愉快にしてシリーズをおとしめることです。思考停止してしまう不可解なシーンを散りばめ、物事を深く考えるな表面的なことのみを楽しめという方針。スター・ウォーズ文化を破壊せよ。そういうクライアントの要求にそって作られているのでしょう。けれど製作者のレジスタンス魂はそこに果敢にチャレンジしています。できるだけ美しいものをもりこもうと。C3PO役のアンソニー・ダニエルズさんがこれまでのベストはエピソード4だったがそれがエピソード9になったと発言しております。そのとおりであればわたしもうれしいのですけれども。

 

追記:最後のジェダイ2019年12月20日(金)放送

こわれた映画のなかのうつくしさ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

エピソード8は意図的にこわされた映画ですからファンであるほど失望すると思われます。けれどよくできたシーンもいくつかはあります。戦闘シーンはおおむね素晴らしいデキで冒頭の無意味な爆撃幾もビジュアルだけなら大好きです。レジスタンスのあやつるおんぼろスピーダーも同じくです。寄せ集めの手作り感にスター・ウォーズらしさがあります。ルークとR2D2の再会場面にあらわれるレイアのフォログラムも胸をうちます。ストーリーに関係ないシーンはクライアントの検閲をまぬがれるようです。そしてさいごの時を迎えふたつの太陽をみつめるルークのシーンはシリーズ屈指のうつくしさです。けれど観客はこのシーンにたどりつくまでに映画にうらぎられ子ども時代をふみにじられた気持ちになっているので素直には感情移入できなくなっています。陰の政府はなにもかも手中におさめているのです。そんな時代にいきています。この映画シリーズも例外ではなくなりました。これはある意図をもって引き裂かれながら葛藤しているそんな映画だと思われます。この現実がそのまま現代の神話のようです。破壊の章を奏でております。

 

スター・ウォーズ アイデンティティーズ:ザ・エキシビジョン

ピグのシンフォニー号で再会を

 

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生まれ変わったピグの復活を激しく望む  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
こんなに素晴らしいサービスなのになぜこうなってしまったのだろう?

自分事として観つめてみました。

無課金を貫くのも信念だとは思う。しかし全員が無課金ではサービスを維持できるわけがない。
別に広告収入があるとはいっても、利用するなら対価を払う。これが基本である。
建前無料の先に過剰な課金誘導があるのなら始めから均等課金制の方が合理的だし健全な運営を期待できる。

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そしてアバターと関わるには幾つもの注意が必要だ。それはやってみて初めてわかった。
良くもわるくも心が持っていかれる。日常生活が疎かになり抜け出せなくなる危険もある。

ドラッグと同様な弊害はやはり否定できない。
また技術的なことは別として、
送り手がアバターの精神にもたらす闇も光も研究・熟知して対策を講じてから世に出すべきだった。
そもそもそういう発想がないから、ピグが与えるセラピー効果に焦点したシステムになっていない。
それはユーザーが見い出したのではないだろうか。
ゲームやアイテムで集金する商人の発想だけで扱うにはピグはもったいないのである。
ピグはもっともっと人と人の関係を健やかにする可能性に満ちたツールなのだから。

 

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現在ピグパーティーがかつて排斥した若年齢層向きのサービスにシフトしているが、
これもユーザーの立場に立った方向とは云えない。
なぜなら子供はもっとリアル社会で様々なことを体験すべきであり、限られた時間は家族と過ごす方がよい。
基本子供はピグに深入りすべきではない。
ピグがメイン対象とすべきは、リアル社会で何らかの問題を抱えていて、コミュニケーションを求めている方々である。
そこには一部の児童も含まれるが、心理的・家庭的・身体的・言語習慣的な事情状況から孤立していて、リアルよりもむしろバーチャルな関わりを切に求めている方々。
社会的責任を終えた高齢者。
また創造性を発揮したいクリエイターにもピグは応えてくれる。
限定制限付きで若年層を参加交流させれば四世同堂の理想空間が実現するだろう。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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そういう理想郷を仮想空間で実現するには、送り手がきちんとしたビジョンを持ち、本気のルール・憲法を理想を持って掲げる必要がある。
場当たり的な対応だけではネットの無法者に対処できないからだ。
リアル世界と同様な響育を送り手が為していかないとユーザーの自覚のみではとても収まらない。

ネットの匿名性があるが故にリアル社会よりもエゴが野放しになっているのだから。

ピグが素晴らしいツールだっただけに新しくなって生まれ変わることを心より期待しております。

 

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ここではアバターを操作しながら踊り作詞作曲もしているようです。

踊らせながら歌詞をシンクロさせている。すごいといつも思う。
これはプロの方が作った動画だろうか?編集もすばらしい。
ピグはこういうやさしい気持ちを引き出したり、結果的に優れた作品を様々うみだしている。

キューブを使用した複雑で時に奇想天外な建物やアートはクリエイター創造の場として機能していた。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ピグによるセーラームーンショーもチームワークが見所の見事なステージである。

うちに来ていた子供たちのアイドルステージもたいしたものでした。

しあわせだなあと感じて見ていました。
ピグに興味なくてもアバターとのシンクロ度が上がるにつれこういうものに感動してくる。

これはただのゲームではない。想像力を解放していくツールでもありました。   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

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サンタクロースになること。ヒーローのらっこまんになること。

お庭つきの家をもつこと。シーラカンスやパンダを飼うこと。

色んな夢をピグでかなえさせてもらったのです。

アホみたいですけれども、

浮世をわすれて童心に帰るのも心のリフレッシュになるんです。

 

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古いノーパソより発掘した貴重な?アーカイブ画像をご覧下さいませ

らっこまんのピグ事始めであります。よくまあこんな豆に撮りましたね

記録しなければと思うほど、これはすごいものだという予感あったのでしょう

 

なびそうってナビゲーターの意味だったのね

「お気をつけて!」とか言ってますけれども

ほんと摩訶不思議でわくわくな出会い空間なのです

 

 

 

うなぎのななち

この子たくさんピグもってて無料だからどんどん作ってた

だから誰がだれだかわからない悪戯よくされました(*´꒳`*)

やんちゃとまったり感のアンバランスに癒やされたり悩まされたり

 

 

まどか

これも忘れえぬピグさんのプロフ

古いパーツだけで出来てるのだけど

インパクトある高い完成度だと思う

https://ameblo.jp/yunyos/

 

ここではまだ傘もってないな。純日本娘コーデよいつまでも

 

メル

はじめて友になった子が性格よすぎました

そうみんなこんな子だと思ったら・・・

サッカーボールのアクションに吃驚しました

 

ハラマキ&おにぎり

ふたごの小悪魔。見たまんま可愛い。ただギャングさんです

でもふたりとも温かなメッセージ後からくれました

みんなよい子です (*˘︶˘*;)

 

 

 

ほんとのパトロールだったのね。返事してって言われました

 

釣り場で出会ったハレ

不思議な部屋をあっという間に作る才能の持ち主

とっても自由奔放の性格でしかもガラスのこころ

 

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ピグの居眠りするポーズがなにげに好きでした

これとてもいやされますよね

 

 

ワールドで理想のお家がもてました。桜にかこまれて幸せ

 

 

たくさん仲良くしてくれたまぶぅ&ななみちゃん&ゆきたん

お世話好きでみんなに好かれたやさしいまぶぅさん

いっつも控えめでディズニー大好きななみちゃん

アイドルスキル高くてちゃっかりしてたゆきたん

らっこお座布の取り合いや語らいやおねだりやお出かけや

なにげないやりとりのあれこれに感謝しかありません

 

鯉の池をセットしてくれたとっても親切ななこさん

らっこまんの隠れ家どうもありがとう

お化けコーデコンテスト出たらグランプリ間違いなし

 

 

 

ひと夏の思い出。こんなごっこでもどれだけ楽しかったか

とにかくらっこまんのコーデがひどいという話 惡(ΦωΦ)ξ

 

 

 

コーデセンス抜群のゆずたん

お別れのあいさつしてくれました

黒髪がとってもまぶしいな

 

まるごと歌詞だしているんだけども単語登録して出すのかな?

けっこう練習しないとこれできないと思う

じ~んと幸せ感じたステージの思い出

 

 

これはまじか?ジャニーズでもなければこんなにギフト届かない。リアルならば

 

 

 

クリスマスを集って祝う。ここでかなってますね

リアルではありえないこともピグではかないます

 

 

 

そして入りびたる理想のお家まぐと

 

 

 

 

 

裸の王様

王と呼ばれたアホなひとw

はだかの王様だねきみは

 

 

 

いたずら・思いやり・とまどい・語らい。人の営みがほぼそのままありますよ

 

 

 

たのしい時間にもピリオドが。3年がひとつのサイクルでしょうか

だんだんとだれともなく遠のいてゆきました

らっこまんもリアルがいそがしくなってきたこの頃

2015年

 

 

 

 

 

 

お祈りしますよ。らっこまんだって時にはね

クリスチャンの幼稚園かよってましたから

シンフォニー号のダンスに感謝の祈り・・

 

 

 

 

 

 

ピグの最高傑作はこのシンフォニー号のオールダンス機能でしょう。

出不精のらっこまんは4回くらい行っただけだけど、

奇跡がおこりますよ。

ステージに立つと勝手に踊ってくれるんだけど楽しすぎるんです。

人の心を開いてすなおにしてしまう奇跡をいくつも目の当たりにしましたから。

友がいなくても飛び入りで参加すればよいだけなんです。

ピグというアバターが人の心を解放するツールである最大の証明がシンフォニー号なんです。

すごいものを造りましたよね。

忘れられない体験をさせて頂きました。

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本当にこれを必要としている人たちがおります・・・

過去のものにしてはいけませんよ。

 

 

 

 

 

このアメーバデザインが大好きです

どんな形にも変われる可能性を秘めていて

これが変更になってから元気すくないのではと

 

 

Amebaの社長さんによる卒業式もあったんですね。限定公開みたいです

https://www.youtube.com/watch?time_continue=16&v=wygjfemK4BA&feature=emb_logo

 

Amebaさんの隠れメッセージ

https://pigg.ameba.jp/

ここから入って画像を右クリック

検証から

 

 

 

 

クローズの瞬間も記録していました。見届けましたよ。見果てぬ理想郷を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    なにかおとぎ話のようでもありました・・

 

    ピグで体験した世界の終わりに続く

 

 

 

 

 

ピグの畑に蒔いた麦

 

 


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実はクローズのタイミングをひと一月まちがえておりまして。
一週間前にインしたつもりがまだあと40日あまり残されておりました。
約4年ぶりのログインです。
コーデアイテムはより華やかになっており、差し入れの履歴も見られる機能が実装されて浦島太郎の気分。
懐かしくも切なくも帰ってきたこの古巣。
アカウントさえあればいつでも待っていてくれるネット上の理想の隠れ家。
無くなるはずなどない、そんな愛しのピグなのだとずっと思っておりました。


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当時うちに来ていた小学生さんは高校生か大学生か、社会に出ている子もいるかもしれません。
思った通り子供たちはもう誰もいない。
知っているピグ友さんは4、5人で、そのうち話をしたことがあるのはお二人くらい。
おそろしいまでに過疎化しておりました。
もうこの段階でらっこまんはじわじわとピグロスに襲われていたのでしょう。

 

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長いブランクでしたけれども、勝手知ったる我が家です。
さっそくお部屋の細かい修正・総仕上げに取りかかりました。
重い!とクレームがつき出せなかったアイテムを配置し、らっこまんの名にふさわしいコーデをあれこれ模索しました。
新しいペットも迎え、さらに3つの庭を造ることにしました。
お庭1は元からある子供たちと過ごしたジャングルエリアのある公園です。
自分のロス解消のために機能する仕掛けのお庭をあれこれ考えたのです。

ピグにけじめをつけるために。

 

 

 

 

 

最初に追加するのはクリスマスの庭です。まずはこれです。

出し切れないクリスマスツリーやアイテムを配置するために専用の空間がどうしても必要です。
クリスマスは家族憩いのメタファーです。幼い頃うちにもそんな幸せな時が流れておりました。
ご先祖さまに連なる家族を大切に想うこと。それを忘れないためのお庭です。

クリスマスは絆を祝うお祭りですから。

与えるだけで見返りを求めないサンタクロースの住むお庭。

 

 

 

 

次に追加するのはお正月のお庭です。
家族のぬくもりを確かめ合い、行くべき進路を定めるためのふり返りの場所です。
心があたたかくなるからそれに応えようと思える。
日本の原風景の中で暖かさを大切にするお庭です。
家族と集えることを指折り数えて待てるようなすなおな心。

この庭も必要でした。

 

 

 

 

最後に必要としたのはロケットの広場でした。
肉体の避難ではなく魂の救済のためのロケットです。
ですから飛びません。
何処か遠い処へ行くためではなくて<今ここ>の神秘に誘うためのもの。
何もかも消えてしまっても<永遠>の中に全ては住んでいる。
そこにアクセスするためのロケットです。
タイムマシンは任意の時間に肉体を移動させる発想ですが、
このロケットは<永遠>にふれることによって、
心は満たされますからもう遠い処へ探しに行く必要もなくなります。
心が自由自在になれるから希望が現実味を帯びてきます。
あらゆる精神活動や葛藤までもエネルギーに転換することができます。

ですから全ての体験をむだなものにはしないのです。

<永遠のありか号>と名付けました。

 

 

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以上の備えをしてらっこまんはその時を迎えました。
全てはピグを通して起こったことへの贖罪であり、感謝であり、同時に祈りでもありました。
復帰後の一カ月あまり、友のいないらっこまんを陰に日向に支えてくれた方々、ありがとう!
初期のラッコアイテムを譲って頂いたり、招待されたり、らっこまんはしあわせ者でした。
今はこうして無事に普通のおじさんとして平凡に暮らしております。
皆々さまの日常生活に幸多かれです。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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ひたすら種を蒔きました。泣きそうな気持ちをふりきるように。

 

 

 

 

 

連日の深夜のご訪問こころより感謝します!

このあとびっくりお部屋めぐりを楽しみました

あなたの心はあなたの身体を離れ不思議な空間に入ってゆくのです

たのしかったー ♬

 

 

潜水服?って言われたけど初期のラッコスーツだよ!

上が先行レアカラー。らっこまんが心よりほしかったアイテム

両方とも思いがけず譲って頂けたのです

奇跡がおこった!と思いました

何度も云います。ありがとうございました!

 

サブ総動員の三位一体らっこチーム

このラッコの手持ちも別の方に頂いたもの

これもレアなもの大切にします!

 

頂きもののマントがイカスらっこまんゴージャス

他にサブ用にラッコスリッパと手持ちゆずって頂きました

モンスターに持たせてます。ありがとう御座いました!

 

 

これAmebaの社長さんの家なのです

部屋みてびっくりしましたピグの達人でした

クローズで誰より心いためてるのはきっとこの方でしょう

https://www.youtube.com/watch?v=ZqU1DkuRm_o

 

 

お気に入りのクリスマスのスケボーにのって

 

見納めにコミュの家族ごっこの部屋にもお礼の気持ち置いてきました

 

 

たくさんの善意の差し入れお礼日記も書きました

 

 

宝物の初めてのイベの初めてのアイテム

らっこスリッパご立派

さらにローラースケート履かせてます

 

 

 

 

会心の出来のらっこモンスター

 

 

 

銀河の神話コスプレ堪能しました

 

 

日記に連載。内界の堕天使と和解・融合してらっこまんの旅も無事終了です

 

 

 

さーみんな踊ろうじゃないか ♬

 

楽しくもせつない思い出に。こんな楽しい仕掛けもそうそうお目にかかれない。全てに感謝ですよ。

 

 

鯉の泳ぐ池いやしてくれてありがとう。わすれないよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

素晴らしき哉、ピグの世界

 

 

 

 

 

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世界は在るがままで素晴らしい

 

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ヒンズー教では、全宇宙が神聖なものであり神の顕れだとされています。

これは本当でしょうか?

もしそうだとするならば、悪や世間を騒がしている不正や残酷さや愚かさも、

そういった諸々の人間の醜さも容認しなければならなくなる。

だからきっと誰もがそんなわけないと思うはずなのです。

けれども賢者は<あなたと私のために全てを肯定しなければなりません>と説いている。

なぜなら<自分も悪の一部であるから><誰にも裁く権利はない>と導きます。

 

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どうしてもそれを受け入れられないとき。許せないとき。あきらめてしまうとき。

悲しくて悲しくて怒りがわいてきて何もかも壊してしまいたくなるとき。もうどうでもよくなってしまうとき。

そんなとき世界への扉は閉ざされて心は内なる牢獄に閉じ込められてしまう。

その重く閉ざされた扉は自分にしか開けることができない。

人生はときに甘く、そして時にきびしい。

 

 

 

心から心へのグッピグ本当にどうもありがとう

 

 

 

 

ピグ開始は2012年の2月、誰もいないし何にもありませんでした

 

 

 

2012年6月頃

ぼちぼちお友だちが出来てきました

 

 

 

 

 

シーラカンスで課金への抵抗がなくなった2012年9月頃

 

 

 

 

らっこまん裸の王様.ver

 

 

お化けコーデかわいですよね

 

 

なにか事情があって去っていったまどかさん。サングラスありがとうじゃよ

2012月11月のことでした

 

 

 

2012年12月

最高にハッピーなクリスマスになりました

 

 

らっこまんの誕生日を祝ってくれてます

家族とはそういうイベント成立しませんけども

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊びがアイドルになってきてマイクとかステージとか必要になってきたころ

 

やっぱりお化けコーデ素敵です

そしてぼちぼちお別れの季節

 

 

2015年11月らっこまんもピグを去る時がきました

 

 

 

 

そして2019年11月、再会かなうとやっぱりお化けコーデでキメ ♪

 

 

 

なんかふと思いました。リアルな肉体は魂にとってのアバターなのではないかと。
ピグをやっていても喜びも悲しみもいたみもある。ピグをあやつっているのはこのわたしだ。
この肉体をあやつっているわたしは何ものなのだろうか?
ピグはわたしであってわたしそのものではない。当然だ。
身体はわたしであってもわたしの全体全部であるわけではない。わたしはそういう存在なのだ。
遊びで始めたはずのピグでしたが意外にも色んなことを教えてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また会う日までだよピグ

 

 

 

 

 

 

 

 

ピグの至福はここにあり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どーも~ ♪

みーんーなーらっこサンタまんだよ!

ピグが復活するまでらっこまんはここにいるからね

ピグにあったものは全部ここにある

自分の心の中にちゃんとあるんだよ

 

 

 

らっこまんのロケット広場にあったこのロケット

みんなまにあったかな

まだ名前おしえてなかったよね

 

【 行き先は希望 】

 

エネルギーは自分の心

元気だけじゃなくて喜びや寂しさや悔しさや

絶望さえエネルギーに転換できる装置を積んでるんだ

名前はね<永遠のありか号>だよ。忘れないでね

 

 

 

初期のアイテムだから持ってなかった鯉の泳ぐ池。風流だねえ

ここななこさん家なんだけどね。らっこまんの隠れ家にしてる。親切でそうしてくれたんだよ

らっこまんのサブ総動員でジャックした日の記録だよ。お礼の差し入れ多過ぎたね。迷惑すぎる(笑)

 

 

ラストはこんな感じ。風船もとばしたよ

 

 

ここはクリスマス憩いの庭さ。らっこまんの夢はピグで叶ったんだよ。サンタになる夢。
 
ころがるロック魂どんぐり太郎もごきげんさ ♪
 
 
 
 
お正月の庭もクリスマスの庭もロケット広場も最後の一カ月でつくりました。
ピグでしか出来ないことだと思ったから。今しかできないことだからね。
そしたらたくさん応援してくれて。豪華だなあ。悔いはみじんこも御座いません
 

シーラカンスの水槽と鯉の泳ぐ池

心から好きなんだ。悠久の時を超えるロマンだよね。すばらしいよ

 

 

 

 

 

日記も書いたよ。毎日ね。この動画にコメントくれた優しい人たち、心からありがとう。うれしかったなあ。
 

 

 

 

実はね。らっこまんが復帰したときに素敵なことが起こったんだ。

四年ブランクがあってインしてみたらこんなギフトが届いてた。この子はやんちゃな子でね。

ふたごさんの片割れだった。すっごいギャングさんだった(笑)

でもこんなに温かな気持ちを持っているんだね。らっこまんは教わったよ。

ないんじゃない。しまってあるだけなんだって。見えないけれどもあるんだってことを。

 

 

 

 

 

 

 

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永遠という至福は今ここに

 

Follow your bliss and the universe will open doors
for you where there were only walls


もっともしあわせを感じるものについて行きなさい
たとえ八方ふさがりのところでも
宇宙はあなたに扉を開いてくれるから


     by ジョーゼフ・キャンベル

 

 

永遠って何のことかわからないよね。学校では教えてくれないし。

それは時間とは関係なく存在しているんだって。
どこか遠いところではなくて今ここに。あの世や海を越えた地の果てではなくて体験の中にある。

ごめんなさい。広場のロケットは本当は飛ばないんだ。
遙かな未来にぼくたちをつれて行くものじゃなくて、今ここにある永遠に運ぶ乗りものだったんだ。
それを求める人だけにね。
人生そのものが祝福だって気づいたときに観えるものが永遠かもしれないよね。

出会いは一度のものでも永遠。
らっこまんのピグの旅はとってもよいものだったよ。

 

 

 

ラスト8分で突然おちてね。あたふたしてインしたらこんな画面だったよ