リズムの話をしましょう
ヒンドゥスターニ(北インドの)古典音楽で使用される主な打楽器は「タブラ」と「パカヴァッジ」です。タブラとは、大きさや材質の異なる2つの太鼓を両手で同時に叩き、さまざまな音を出す打楽器です。タブラが出す音には例えば、dhaa、ga、ge、gi、ka、ke、dhi、dhin、tin、tun、tit、ti、te、ta、tr、naa、ne、re、kat、taa、dhaage、tita、tirikita等があります。もちろん、これらはタブラの音の発声にすぎません。これらの音がさまざまにつなぎ合わされて多くのリズムパターンが作られ、伴奏や演奏に使われます。
リズムパターンは「~taal(~タール)」と呼ばれ、例えば「Teen-taal」、「Ek-taal」、「Jhap-taal」などのような名前が付きますし、リズムの概念そのものも「タール」または「ターラ」と呼ばれます。ビデオはヒンドゥスターニ古典音楽のさまざまなジャンルに使用されるタールを紹介したものです。
各タールが何セクションかに分かれていることに気が付きましたでしょうか。セクションに分けることで、タールが理解・認識しやすくなります。例えば、Teentaal(16拍子)は各4拍の4セクションで構成され、Ektaal(12拍子)は各2拍の6セクションで構成されます。Ruupak(7拍子)は非対称的で、それぞれ3拍、2拍、2拍の3セクションがあります。全セクション合わせて1つのサイクルになります。
タールはどのように機能するのか
インド古典音楽においては、タールをサイクルとして理解することが非常に重要です。実際どのジャンルにおいてもリズムは周期的ですが、2拍子・3拍子・4拍子等の短いパターンだと直線的に聞こえることもなくはないと思います。インド古典音楽には、16拍子や12拍子などの長いパターンが非常によく使われますので、リズムは周期的であることをしっかり理解しておかないと、正しく使うことが出来ません。
以下3つのビデオを使ってタールをサイクルとして見ることの重要性を説明していきます。最初の2つのビデオは、Ek taal(12拍子)と Teen taal(16拍子)にフィットした曲を使って、インド古典音楽におけるリズムの使い方を紹介しています。3番目のビデオは、曲とタールの枠を使った即興演奏の仕方を紹介し、タールをサイクルとして考える重要性を見せています。
インド古典音楽の楽曲は全て特定のタールを念頭に作曲されています。つまり、一行一行が、そのタールのパターンにフィットするように作曲されています。次のビデオは、その各行が Ek taal にぴったりフィットした曲を紹介しています。
上は非常に簡単な例でしたが、すべての曲がタールの1拍目から始まるわけではありません。また、各行が1サイクル内にぴったり収まる必要もありません。なぜなら、全ての曲が行進曲のようなリズムを持つ必要がなく、曲によっては協調される部分とそうでない部分がタールのそれぞれとぴったりマッチしない場合もあるからです。それでも、可能な限り合わせたいということで、曲の各行の最も強調される音節をタールサイクルの1拍目に一致させます。
次のビデオは、Teentaal(16拍子)にフィットされた曲を見せたものです。
歌詞:
eri aali piya bina, sakhi,
kal na parat mohe ghari-pala chhina-dina
jab se piya pardes gavana kino
ratiyan kaTata hain taare gina-gina
この曲には、太字で示されている音節が各行の最も強調される音節で、この音節がタールの1拍目と一致するように作曲されています。結果、曲の協調音節とそうでない音節は、Teentaalの強弱パターンに上手に適合しています。
タールの1拍目は、「sam(サム)」と呼ばれ、特別に強く打たれて強調されます。曲の各行の最も強調される音節がタールの1拍目と一致するようになっているため、リズムとメロディー両方が強調され、サムは聴衆にとっても聞き取りやすく、古典音楽の演奏において重要な役割を果たします。
即興演奏と「サム」の役割
インド古典音楽には何種類かの即興演奏が行われますが、中には曲をもとにした即興演奏があります。この場合、曲は即興のための旋律的かつリズム的な骨格を提供します。演奏者は演奏したい曲(ほとんどが4行ぐらいの非常に短いもの)を選び、それをもとに20分も、30分も、場合によっては一時間以上の即興演奏を行います。曲をもとに演じられる即興演奏には、例えば、曲の歌詞を使い旋律のバリエーションを演じる方法があります。
バリエーションを演じる時の主なルールはタールを正しく守ることです。これは例えば、バリエーションがオリジナルと同じ長さであれば自然に出来ますが、それだとアーティストの創造性が制限され過ぎてしまいますので、バリエーションの長さに制限をかけず、オリジナルに戻った時「サム」を正しく演奏することだけで済むルールになっています。タールの1拍目がその最も目立つ拍であり、旋律の最も目立つ音節がこれと一致することが演奏を一貫させるのに十分で、これにより、アーティストは作品から離れ過ぎず、創造性を発揮する十分な余地も与えられます。
前の例で使用された Teen taal の曲を使ってバリエーションの演じ方を見てみましょう。行毎にオリジナルを前に演じ、その後バリエーションを演じます。バリエーションを演じるときのルールを守るため、太文字の音節はタールサイクルの1拍目の「サム」に一致させます。
以上、簡単にやり方を見せただけのものですが、プロが演奏はレベルが違います。
アンキタ・ジョシさん(ヴォーカル)
音楽は0:25分スタート
タールの標準構造
タールを定義するその標準構造は「theka(テカ)」と呼ばれます。たとえば、Teen taal のテカは
「dhaa dhin dhin dhaa / dhaa dhin dhin dhaa / dhaa tin tin taa/ taa dhin dhin dhaa」
と表します。太字で表示される拍は強く打たれ強調されるもので、「ターリ(拍手)」と呼ばれ、斜字体で表示される拍は「カーリ(空)」と呼ばれます。この用語は、練習の時手で拍子をとる伝統的な方法に由来しています。タブラでは、ターリの拍は少し強く、カーリの拍は少し静かに打たれて演奏されます。
さまざまな音や強さの拍をつなぎ合わせることで、各タールは独自のシークエンスを持ち、他のタールとの区別がつくだけではなく、タール内のどの部分が打たれているか、聞いて分かるようにもなっています。これは演奏者が、即興で旋律のバリエーションを演じながらタールにも耳を傾け、正しく「サム」に戻る上で大事です。
タブラ自体の演奏について
タールの標準テカは、その最も単純なバージョンにすぎません。多くの場合テカにバリエーションを入れることで、タブラ演奏自体をもっと面白く出来ます。たとえば、スローテンポの時は、拍と拍の間に長いギャップが空いてしまうので、それを埋めるための追加的な拍を入れますが、これによってタールの詳細バリエーションが生まれます。
しかし、どのテンポでも、タールの定義が崩れてしまわない範囲内で、旋律や雰囲気に合わせたタールの様々なバリエーションを演じることで演奏の美しさを引き出すことが出来、これが一般的です。
また、普段リズムは旋律の伴奏をする補助的な役割を持ちますが、リズムが主役になることもなくはないです。既存のタールの枠組みに基づいて作成された複雑なタブラ作品が「lehra(レヘラ)」と呼ばれる単純なメロディーを背景に演奏されるタブラのソロパフォーマンスも見られます。また、ラーガ演奏の中に短いタブラソロが組み込まれることもよくあります。
テンポ
音楽のテンポは「laya(ラヤ)」と呼ばれます。ヒンドゥスターニ古典音楽の演奏は、非常に遅いテンポ(1分間につき15拍子程度、つまり15 BPM)で始まり、徐々にテンポが上がり、400 BPMを超える速いテンポで最高潮に達します。
演奏はいくつかのセクションに分かれており、あるセクションが終わり次のセクションが始まると、テンポが一段上がるのが普通ですが、セクション内でも常にテンポが徐々に上がるため、演奏のテンポについて正確なBPMを規定することは出来ません。非常に遅い(ativilambit)、遅い(vilambit)、中ぐらい(madhya)、速い(drut)、急速(atidrut)等の記述のみが使われます。大まかに言えば、遅いテンポは30~70 BPM、中ぐらいのテンポは70~180 BPM、速いテンポは180~350 BPMです。
タブラは、さまざまな音を出すことができ、ピッチを調整して旋律に合わせることが出来る珍しい打楽器だと思います。普段リズムは補助的な役割を持ち、背景に存在するものと考えられていますが、タブラ伴奏によって演奏が非常に魅力的でエキサイティングなものになることは間違いありません。
以上、「第4章 インド古典音楽におけるリズム(ターラ)の考え方」でした。
このシリーズのほかのブログ(未投稿のものも含める):
第8章 インド古典音楽における即興演奏の仕方
第9章 ラーガ演奏の構成
その他: