走り屋ギタリスト・リアルドリフト侍ことマシンXのドリフト&ギター血風録
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自作小説「東京人情タクシー〜お近くでもどうぞ〜」第8話・木枯しの彩と人生の思い出~押上・光が丘編

 時は11月上旬の水曜日の曇り空。
 この日、間もなく昼時にさしかかろうとしていた中、米井は前日に木枯らし1号を観測したというニュースをラジオで聞きながら、永田町の国会議事堂近くのイチョウ並木でタクシーを走らせていた。
 イチョウの葉はだいぶ落ち、歩道や路肩一面辺りには落ちたイチョウの葉で黄色いじゅうたんができていたが、それでも木には半分近く葉が残っている木もあり、間もなく冬に入ろうとする風情を漂わせていた。人混みほどではないが、周辺ではサラリーマンや公務員、年配の男女や老夫婦など様々な人々が歩いている。中には落ちたばかりのぎんなんを拾いながら歩く人もいれば、付近には木の実を啄むツグミも飛んでいた。
 1年のうち、その月々で生活のイベントや季節、景色など、様々な節目や移り変わりの象徴があるものだが、11月は他の月と比べると、とりわけそういう出来事が少ない。あるとすれば、暦の上では立冬と呼ばれる冬に入るのを意味する日、そして下旬には勤労感謝の日があるぐらいだった。ただ、年の瀬の1ヶ月前という事もあり、徐々にその準備に忙しいような雰囲気がわずかに表れつつあった。


 皇居を過ぎ、神宮外苑に差し掛かったところで、米井は手をあげている初老の男性客を見つけるとすぐにその男性客の側に車を付けて止めた。
 そしてその乗客を乗せ、乗客が
「とりあえず、皇居まで行って、そこから周辺を一周してもらえないでしょうか」
と告げると、それを合図に返事をした米井は神宮外苑からタクシーを発車させて皇居に向かった。
 半蔵門に来ると、米井は二、三乗客に尋ねてみる。
「お客さんは、観光か散策か何かでこちらに来られたんですか?」
「ええ、まあ。今日はどうしても、東京周辺を散策したかったもので」
「そうですか。ここ最近は、外国からの観光のお客さんが増えてきましたが、年配の方々も観光でお見えになることも珍しくなくなりましたからね。とはいえ、お一人で東京散策とはお珍しいですが」
「いや、実は一緒に住んでる孫と約束があるんですよ。孫は今日の夕方まで仕事なので、それまで都心部の観光でもと思いまして」
「そうですか。それはまたいいですね。今やお孫さんも一社会人ですから、さぞかし立派に成長されたんでしょう」
「ありがとうございます。いやー、運転手さんにそう言ってもらえるとなんかうれしいですよ」
 そんな会話をしつつ、タクシーは皇居回りを一周すると、その乗客の孫との待ち合わせ場所である芝公園へ向かう。芝公園周辺の並木道や木々も、葉がだいぶ落ち、まもなく本格的な冬に入ろうとする風情を漂わせていた。
 目的地の芝公園へ着くと、乗客の孫である若い女性が待っていた。
「運転手さん、ありがとうございました。孫とも会えましたし、これからゆっくり家族との時間を楽しんできます」
「いえいえ。こちらこそご利用ありがとうございます。家族との時間は大事ですからね。どうぞお気を付けて」
 米井は客を降ろすと、何度も手を振る客と孫娘に手を振り返し、笑顔でタクシーを出発させた。


 翌日、中目黒駅の乗り場で客待ちをしていた米井のタクシーに、前日に乗せた初老の男性とその孫娘…立石良三と立石千佳から米井への指名の貸切予約の無線が入ると、米井はすぐさま前日に男性を降ろした芝公園に向かう。
 芝公園に着くと、昨日乗せた男性とその孫娘が 待っていた。
 米井は2人を乗せると、目的地である東京スカイツリーに向かってタクシーを走らせる。
「わざわざのご指名ありがとうございます。充実したご家族とのお時間を過ごされているようで何よりです」
「いえいえこちらこそ。運転手…いや、米井さんのお陰で何故かほっとする気持ちになれたので、どうせならと思いまたお願いしたというわけなんですがね」
「まあ、自分も個人タクシーで自営業を始めてから、家族との時間を過ごせるようになりましたが、タクシー稼業の方も法人時代と比べて自由度が増したお陰で気分屋のような感じにもなってしまいましたが」
 良三のそう返した米井の言葉の後の溜め息に、思わず3人は笑いがしばらく止まらなかった。


 しばらくして、タクシーは東京スカイツリーの麓に近づいてきた。
 スカイツリーの麓の駐車場にタクシーを停めると、3人はスカイツリーの展望台に登るなどの観光を楽しむ。米井自身もスカイツリーの展望台に登るのは初めてだったが、展望台から東京の街を見下ろすとあまりの高さに息を飲んだ。
展望台から降り、3人で昼食をとることになり、麓の施設内にあるレストランに入り、そこで再び3人での会話が始まる。
「それにしても、立石さんも千佳さんも、仲の良いお爺ちゃんとお孫さん同士でいいですね。この次はご家族揃って来れればいいですが」
「いえ、実は私の両親は7年前の高校2年の時に交通事故で、祖母も2年前に病気で亡くなりました。今は私と祖父、そして弟の3人だけです」
「そうだったんですか。それはおいたわしい事です。でも、そういう出来事を乗り越えて生きるご家族というのは素晴らしいものですね」
「ありがとうございます。そういっていただけるとこちらも長年の持病を乗り越えられそうです」
「いえいえ。というと、立石さん、どこか具合でも悪いんですか」
 米井の質問に千佳がこう切り出した。
「実は祖父は一昨年に祖母が亡くなった後にガンと診断されたんです。既に末期だったんですが、余命半年と言われたにも関わらず今日までがんばってこられました。おかげでもう少しでガンを克服できそうです」
「いやはやお恥ずかしい。本当なら既に老いぼれで体力が無いのに、何故か悪運だけは強いんですよ」
 2人の笑い飛ばしながらの会話に引き込まれるように米井もいつしか一緒に笑い飛ばしていたが、良三がガンだと言う事を知った米井としては、内心では何故か笑えるような話ではなかった。
 そんな時はあっという間に過ぎてお開きになり、米井が2人を練馬の光が丘の自宅マンションに送り届けた。その直後、良三がお礼の挨拶と同時に米井にこんなお願いをした。
「米井さん、これからの事なんですが、日中にお話ししたように、今ガンの治療で病院に通ってるんです。それで、その通院に今後米井さんのタクシーを利用したいんですが…大丈夫でしょうか?」
「ありがとうございます。もちろん大丈夫ですよ!連絡頂ければお迎えに上がりますので。是非いつでもどうぞ!」
 米井のその返事に安心した良三は、再びありがとうございましたと挨拶をすると、千佳と共にマンションの谷間に消えていった。


 自宅に戻ると、恵未が晩御飯を作って待っていてくれた。
「おっ、今日は晩飯一緒に食べるの待っててくれたの。ありがとう。日頃の仕事の疲れも一緒に取れそうだ」
「どういたしまして。あ、そうだ、今度の休みに2人でどこか行かない?あたしもしばらく弓と由枝ちゃんと出掛ける事が多かったし、たまにはゆっくんと2人でもいいかなと思ったんだけど」
「何だよ~、そのついでみたいなイヤな言い方~。まあ、ここ最近は仕事で構ってられなかったし、たまにはいいかもしれないな。よし、スケジュールが空きそうな日を調整してみよう。でも、妊娠中なのに大丈夫か?」
「平気よ。この間安定期に入ったばかりだし。わー、嬉しい。楽しみにしてるね」


 4日後の月曜日。
 立石良三から、米井のタクシーの迎車依頼の電話が入る。
 米井は朝食を済ませると、すぐにタクシーを走らせ良三の住むマンションに向かった。    
 マンションに着くと、良三が一人で待機していた。
 すぐさま米井は良三をタクシーに乗せると、目的地である病院の国立がんセンターに向かった。
 病院の入口に着くと、良三はタクシーからゆっくり降りて受付の列に並びに行く。
 米井は良三が診療中の間、近くの通りの路上で車を停めて、お茶を飲みながら一休みする。
 米井にとっては迎車までの一休みは数少ない至福の時間でもあった。


 やがてまもなく昼に差し掛かるときに、良三から診察終了の電話が入る。すぐさま米井はタクシーを病院のロータリーに横付けした。
乗り込んできた良三の表情は明るいように見えたが、内心はあまりに暗いように見えたのには、米井にはすぐにわかった。米井はすぐさま車を光が丘に向けて走らせ始めた。
 しばらくして、良三が重く口を開き始めた。
「米井さん、今、家族との時間は…幸せな時間に思えますか?」
「ええ、もちろん幸せですよ。今年の6月に自分の幼馴染みと結婚して女房も持てて、来月には子供が生まれる予定です。ちなみに男の子ですが。まあ、女房の性格もハチャメチャなところはありますが、料理も作ってくれたりでいろいろ自分を心配してくれたりで、最高の家族を持てたように思います。今度の休みの日にも、女房と2人でどこかにドライブ旅行することになりました」
「それなら良かった。絶対にその気持ちは大事にした方がいいですよ。実は、今日の検査で、ガンの転移が判明して、それも末期だということがわかりまして。こうなれば、私も残り少ない人生を家族の時間に当てようと思っています」
 米井はその言葉にただただ頷くだけであった。良三のガンの転移の話に一瞬衝撃を受けて言葉が出てこなくなったからなのだろう。だが、その思いを受け止めるように内心では返事するのを噛み締めていた。
 目的地の光が丘のマンションに着くと、孫娘の千佳と、その恋人であろう若い男性が出迎えに来ていた。
「本日もご利用ありがとうございました。また何かありましたらいつでもご用命ください。そしてご家族とのお時間を大切になさってください」
「こちらこそ、ありがとうございました。実は来週、千佳は隣の彼と結婚するんですよ。せめて孫の花嫁姿を見るまでは簡単には死ねませんよ」
 そう言って良三は笑いながら車から降りていった。そして米井は、良三と迎えに来ていた千佳とその婚約者の3人に手を振られたのに手を振り返しながら、光が丘のマンションを後にした。


 翌週の月曜日。
 米井は安定期に入ったばかりの身重の恵未を連れて、かかりつけの総合病院の産婦人科に来ていた。
 検査結果は順調で、恵未の出産予定日は12月半ばに決まった。
 その傍らで、米井は今週末に結婚式を控えている立石一家を思い出していた。そして、来月に は自分にも新しい家族が増えると思うと、内心では嬉しくてたまらないのを心で噛み締めていた。
 その日の帰りの車内で、米井はこう切り出した。
「なあ恵未、家族ってやっぱりいいものだよな」
「…ゆうくんどうしたの?急に」
「いやね、タクシーのお得意さんの孫娘が、今週末に結婚式を控えているんだと。その前にこうして恵未のお腹で子供がすくすく育ってるんだと思うと、幸せ過ぎてたまらないものなのさ」
「あらいいわね。なんだかこっちもジャストタイミングみたいな話でいいじゃないの。何だか今日はほっこりした日だったみたいね」
 米井と恵未のそんな会話で、車内は静かながらも幸せな雰囲気を発していたまま、タクシーは自宅に向かっていく。


 その2日後の水曜日の夜、早めの営業を終えて帰ろうとしていた矢先、米井の携帯の着信音が鳴った。電話してきたのは先日結婚式を挙げたばかりの千佳だった。
「米井さん!大至急国立がんセンターまで迎車を頼みたいんです!祖父が急に苦しみだして、さっき病院に救急車を呼んだばかりで…」
「分かりました。今丁度新宿にいるので、とりあえず自分は国立がんセンターに向かいます。これから迎えに行くのもそんなに時間はかかりませんので、まずはおじいさんに付き添って救急車で病院へ行ってあげてください」
 電話が終わると、顔色を変えて真っ先にメーターを回送表示にして、米井はすぐに国立がんセンターに向かった。
 病院に着くと、集中治療室の前で既に千佳と千佳の夫、それに千佳の弟が待機していた。
米井はその千佳の夫…高島翔と、千佳の弟…立石雄二の2人とお互いに改めて簡単な自己紹介をすると、良三の容態を尋ねる。
「米井さんのタクシーで病院に行った時に、米井さんとの話をしてくれてました。それで、家族との時間を大事にしようかと話終えた直後に苦しみ出して…」
 米井はその話を聞くと、日中に妙な胸騒ぎがしたことを思い出した。もしかしたらと頭の片隅で思いながら。もしかしたらこの事だったのかと思うと複雑な気持ちを抱えながら、米井は高島夫妻と共に良三の意識が回復することを祈り待ち続けた。


 しかし、2日後の金曜日の夜、良三は息を引き取った。
 その翌日、病院の霊安室から出てきた良三の遺体は、高島夫妻と雄二を乗せた米井のタクシーと共に、光が丘の自宅マンションに無言の帰宅をした。
 その帰り、米井は良三との2週間前との会話を思い出していた。
"「米井さん、今、家族との時間は…幸せな時間に思えますか?」
"「ええ、もちろん幸せですよ。今年の6月に自分の幼馴染みと結婚して女房も持てて、来月には子供が生まれる予定です。ちなみに男の子ですが。まあ、女房の性格もハチャメチャなところはありますが、料理も作ってくれたりでいろいろ自分を心配してくれたりで、最高の家族を持てたように思います。今度の休みの日にも、女房と2人でどこかにドライブ旅行することになりました」"
"「それなら良かった。絶対にその気持ちは大事にした方がいいですよ。実は、今日の検査で、ガンの転移が判明して、それも末期だということがわかりまして。こうなれば、私も残り少ない人生を家族の時間に当てようと思っています」"
" 「実は来週、千佳は隣の彼と結婚するんですよ。せめて孫の花嫁姿を見るまでは簡単には死ねませんよ」"
「もしかしたら、本当は既に先は長くないと悟っていたのか…お孫さんの千佳さんの結婚式を無事に見届ける事ができて安心したのだろう。その数日後というのは、大往生だったのか…それとも…」


 3日後、良三の告別式が光が丘の葬儀式場で執り行われ、米井も弔問客兼遺族の運転手として参列した。12時に良三の棺が出棺し霊柩車に乗せられると、米井は遺族の高島夫妻と雄二をタクシーに乗せ、良三の棺を乗せた霊柩車と共に新宿の落合斎場へ向かった。
 そして良三が落合斎場で荼毘に付された後、良三の位牌、遺影、遺骨を抱いた高島夫妻と雄二をタクシーに乗せ、再び光が丘の自宅に向かった。タクシーの車内ではお互い終始無言のままであった。
 光が丘の自宅に到着し、乗せていた高島夫妻と雄二を降ろすと、米井と遺族はお互いに一礼をする。そして、そのままマンションの谷間に消えていく高島夫妻と雄二を、米井は黙って見送り続けていた。この先、良三が生前に言っていたように、大事にできる家族になってほしいと願いながら。


 翌日、米井は身重の恵未を気遣いながらお台場海浜公園を散策しつつ、恵未と2人だけのデートを楽しんでいた。
 そして身重の恵未を見て、生前の良三の言葉を思い出すと、米井は恵未がいつもよりいとおしく思えたのである。
「ゆうくんどうしたの?そんなにジロジロ見ちゃって。あ、そっか、そんなに生まれるのが待ち遠しいのね」
「まあな。もうすぐ家族が増えると思うと、2人だけの時間もなかなか取れなくなるけど。でも、生まれたら子供と3人だけの時間も増やそうと思う」
 恵未のお腹をさすりながら、米井は微笑みながらそう答えた。すると、
"「子供さんが生まれるのが楽しみですね」"
 米井はその言葉に気づいて後ろを振り向いたが、人影は見当たらなかった。
 もしかしたら、良三がどこかから声をかけて見守ってくれたのだろう。そんな気がした。
 息子の出産予定を来月に控えた米井夫妻。
 その時に迎える息子を入れた3人の時間はどんなものになるのだろうか…。


「東京人情タクシー〜お近くでもどうぞ〜」第8話・木枯しの彩と人生の思い出:完

自作小説「東京人情タクシー〜お近くでもどうぞ〜」第7話・相棒と彼岸花~大田・田園調布編

未だに残暑の厳しい9月の半ば。
世間ではシルバーウィークと呼ばれる連休に差しかかろうとしている中、米井のタクシーは普段と変わらずに営業を続けていた。
この日、午前中に川崎までの長距離客を送り届けた米井は、たった今表参道ヒルズで昼食休憩を終え、これから午後の営業に向かうところであった。
ちょうどそこへ、カメラを提げた1人の男性客が乗り込んでくる。そして「大田区役所まで行ってください」と米井に行き先を告げた。
タクシーは表参道ヒルズを出発し、大田区役所へ向かった。


天現寺橋の交差点に差しかかる時、米井は男性客に訪ね始めた。
「お客さんは、鉄道の撮影旅行でこちらに来られたんですか」
「いえ、まあ。でも昔はあの辺に住んでいたので、里帰りみたいなものですが」
「そうですか、失礼しました。大田区は鉄道や新幹線が沢山走っていますし、隠れ鉄道マニアの聖地とまで言われているのを思い出したので。でもいいですね、常に鉄道の見える場所に住んでたのって。もしかして鉄道マニアの方かなと思いましたので」
「ハハハ、そうよく言われますよ。あの辺に住んでたなんてなかなか周りから見れば大体は想像つきませんから」
米井と男性客がそんな会話をしている間に、タクシーは五反田駅の見える通りを右折し、しばらくすると池上本門寺の見える通りに出る。それから数分後、目的地の大田区役所に到着する。メーターは5770円だった。
男性客は1万円札を差し出すと「お釣りは要りません。ありがとうございました」と言って多少急ぐように車を降りた。
運行日誌を書いて再び流し営業に戻り、羽田空港に向かって走っていると、羽田空港への迎車依頼の無線が入る。そして間もなく羽田空港の第2ターミナルで迎車の客を拾い、今度は目的地の田園調布にある東原くすのき公園に向けて出発した。


環八通りから細い路地に差し掛かる交差点を左折する途中、米井は交差点の側に小さな花束がひっそりポツンと供えられていたのに気がつく。普通なら気がつかなくてもおかしくないほど小さかったが、花束はきちんと手入れが行き届いておりまだ新しかった。環八通りは東京でも指折りの交通量の多い幹線道路だが、ここ最近の死亡事故は聞いたことがない。米井はそんな供えられていた小さな花束を不思議に思いながら、その花束の側を左折して通過した。そしてタクシーはそのまま住宅地に入り、目的地の東原くすのき公園に到着した。
東原くすのき公園は、名前の通りの楠を始めとした木々で囲んだような、他とさほど変わらない住宅地に囲まれたごく普通の公園だった。公園の滑り台やベンチでは子供達が数人遊んでいたが、その風情はどこか懐かしさや淋しさも漂わせる。そんな公園に面した道路の側には、彼岸花が2、3輪咲き始めていた。
その彼岸花を見て米井は「もうすぐ彼岸だな」と呟きながら運行日誌を書き終えると、タクシーは公園を出発し、再び環八通りに出て洗足池方面に向けて走り出した。


2日後の金曜日。
この日の昼過ぎ、米井が昼食を済ませて午後の営業に入った早々、迎車の無線が入り、すぐさま迎車の予定場所である品川プリンスホテルに向かい、ホテルのロータリーで迎車の客を拾う。その客は偶然にも2日前に表参道ヒルズで乗せた男性客だった。
そして、男性客は米井に「田園調布の東原くすのき公園まで行ってください」と行き先を告げたのだった。
「そう言えば2日前にもあの田園調布の公園まで行ってくれと言ったお客さんがいたな。それにその公園に行ってくれというお客さんが今日もいるなんて何かの偶然なのか。それとも…」
米井はそんな2日前に乗せた客の事を思い出しながら、目的地の東原くすのき公園に向けて出発した。


「一昨日に続きまして本日もご利用ありがとうございます。また一昨日はチップまで頂戴しまして重ね重ね本当にありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。まさか今日も一昨日と同じ個人タクシーの運転手さんに巡り会えるのは偶然です。これも何かのご縁でしょうか」
「本当ですね。実はこちらも一昨日にその東原くすのき公園までお客さんを乗せたので、ある意味では行き先まで偶然なんてあり得ませんから。何とも不思議な出会いもあるものですね」
そんな偶然巡りあわせた2人の再会を喜ぶような会話の中、タクシーは高輪台、西五反田、中原台、桐ヶ谷を過ぎると、男性客から申し出があった。
「運転手さんすいません、昭和大学の附属病院に寄ってもらえますか?そこで待ち合わせしてる人がいるので、一緒に乗っていきますので」
「わかりました」
タクシーは昭和大学の附属病院前に差し掛かると、そのまま病院前のロータリーに入っていく。
そこで男性客が待ち合わせしているというもう一人の男性客が乗ってきた。その男性はなんと2日前に羽田空港から東原くすのき公園まで乗せた男性客だった。
このあり得ない偶然の続く出来事に、米井は良いことがありそうな反面逆に恐ろしくも感じていた。


タクシーは病院を出発すると、先ほど走っていた通りに出た。
「まさか2日前に乗せたお二人がお知り合いだとは知りませんでした。ある意味これで3度目と4度目の偶然ですね」
「僕ら2人は子供の頃からの親友です。隣の翔ちゃんはさっき止まっていただいた昭和大学附属病院で医師をしていて、自分は名古屋のとある会社に勤めています。毎年この時期は昔住んでいた田園調布での翔ちゃんとの再会が恒例になっています。あ、申し遅れました。改めまして、はじめまして。堀川卓といいます。どうぞよろしくお願いします」
「西村翔です。卓くんが言ってましたが、さっきの昭和大学病院で医師をしております。どうぞよろしく」
「個人タクシードライバーの米井豊と申します。改めてこの度は当タクシーをご利用いただきありがとうございます」
旗の台の交差点で信号待ちしている時に、タクシーの中でお互いに自己紹介と名刺交換を済ませて握手を交わす。
そこで更に5度目の偶然が。なんと米井とこの二人の乗客…西村と堀川の二人は同い年だったのである。
そんな5度目の偶然を喜ぶうち、すぐさま信号が青になる。車が一斉に走り出して流れに乗ってしばらくすると、タクシーは環八通りに入った。そして御岳神社入口の交差点を右折してしばらく、タクシーは東原くすのき公園に到着した。
「今日はご利用ありがとうございます。この公園はお二人にとってはある意味思い出の地ですね。お二人はこれからどうされるんでしょう?」
「自分の家がこの近所で、両親が御嶽山駅前で居酒屋をやっているので、今日は卓君とそこで飲み明かそうかなと。あ、よければ今度米井さんも是非うちの両親の店にいらして下さい。明日は卓君と東京中を歩こうかなと思ってますが、こんな偶然も何かのご縁なので、もしよければ米井さんのタクシーを1日貸切で回りたいんですが」
「それはそれは大歓迎です。毎度ご指名ありがとうございます。それでは明日の朝、こちらの公園にまたお迎えに上がりますので」
「どうぞよろしくお願いします」
そうして西村と堀川を降ろし、運行日誌を書き終えた頃、既に辺りは夕暮れ時だった。
米井は再び流し営業に戻るために都心部に向かったが、ついさっき急遽入った翌日の貸切営業に備えるために、この日は日付が変わる前に早めに営業を終えた。


翌朝、米井のタクシーは西村と堀川との待ち合わせ場所である田園調布の東原くすのき公園に向かっていた。
公園に着いてからまもなく、西村と堀川がおはようございますと挨拶しながらやってきた。
「今日はどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、本日は貸切のご利用ありがとうございます。どうぞお乗りください」
米井はドアを手で開けて西村と堀川を乗せると、メーターを貸切表示にして公園を出発した。


走り始めてからしばらく、米井は西村と堀川の二人に尋ねる。
「昨日は久しぶりの再会でさぞかし盛り上がったでしょう。やっぱり毎年の再会は恒例の楽しみでしょうね」
すると西村は、米井に堀川との親友同士のエピソードをおもむろに語り始めた。
「昔、僕らが子供だった頃に、自分にはピヨピヨというニワトリの相棒がいました。昨日もお話したように、両親は自分が生まれる前から御嶽山の駅前で居酒屋をやっていて、昼間はランチ、夜はお酒好きな大人達で繁盛していて忙しく、いつも自分は昼も夜もずっと独りぼっちでした。
そんなある日、独りでテレビを見ていると、スーパーで買ったうずらの卵を孵化させたというニュースが流れてきて、これだ!と思い、早速スーパーに卵を買いに行って、その卵を大事に祈るように温め始めました。
その祈りが通じたのか、数日後にニワトリのピヨピヨが誕生しました。自分にとっては初めてできた友達であり相棒でした。
それまで公園で遊ぶ他の友達は、自分には全く声も掛けてくれず、ずっと独りぼっちで淋しかったですが、お父さんもお母さんも、毎日忙しくて大変だという事も、ちゃんと分かっていました。だから、淋しいなんて一言も言わず、ただただ必死で我慢していました。
それに、公園にいる子供達に「一緒に遊ぼう」なんて自分からはとうてい言えないほど内気だったので友達もいなかった。だから〝スーパーで買ったうずらの卵孵化〟のニュースに、多大なる期待を持ったのも事実でした。
そのピヨピヨのお陰で、毎日淋しくなくなりました。ご飯の時も、寝る時も、お風呂の時も、いつでもどこでも一緒でした。本当の兄弟みたいに。
それまで公園で独りで見ていた新幹線も、それからは、ピヨピヨと二人で楽しく見る事が出来ました。本当に毎日が楽しかった。
そんなある日、当時の公園で遊ぶ子供達の中で、一番体が大きく元気が良かった卓君が、自分とピヨピヨをからかい出しました。「今日は、そのニワトリを焼き鳥にして食っちゃおうか」と笑いながら。
でも自分は知らん振りをして、ピヨピヨとずっと新幹線を見続けてましたが、更に滑り台の上から、卓君はこう大声で叫びました。「ニワトリしか友達がいないなんて、変な奴」と。
これがまるで合図のように、周りにいた子供達からも「変な奴!変な奴!」の大合唱。
そして卓君は「あいつは人間じゃない!ニワトリなんだ!近付いたらニワトリ菌が移るぞ!ニワトリ菌、出てけ~!」と叫ぶと、周りの子供達も「出てけ~、ニワトリ菌!」と続けました。
さすがに自分はたまらなくなり、立ち上がり、公園から出て行こうとした時、自分とピヨピヨは卓君に砂場の砂を投げつけられ、さすがに我慢が出来なくなり、物凄い勢いで卓君に飛び掛って取っ組み合いのケンカになりました。
でも、自分より体が大きかった卓君には勝てませんでした。卓君に馬乗りになり押さえ込まれた挙句、「いいか、ニワトリ菌、俺の方が強いんだぞ!これからは、俺に許可を取らないと、この公園には入れないからな!分かったか!!」と、卓君は、自分にそう吐き捨て、周りの皆を引き連れ帰って行きました。
自分はそれがあまりにも悔しくて、とうとうたった一人の相棒で友達だったピヨピヨに八つ当たりをしてしまいました。ピヨピヨは自分に付いた砂を羽で払おうとしてくれたのにも関わらず。
「ピヨピヨのせいだぞ!ピヨピヨのせいで、僕はこんな目に遭わされたんだぞ!もうピヨピヨとは遊ばないからな!お前なんかどっかへ行っちまえ!」と…。
でも本当は辛かった。ピヨピヨのせいではない事くらい分かってたとはいえ…でも、ピヨピヨのせいにしないと、自分が壊れてしまいそうで辛かったのです。からかわれた自分が情けなくて…でもそれを認めるのが悔しくて…怖くて……だから、必死に、ピヨピヨのせいにしていました。湧き上がる罪悪感を、拭い去るように、更にピヨピヨを悪者に仕立て上げていきました。ただ、何故かピヨピヨのせいにすればするほど、涙が溢れ出て止まらなかった。それでも自分は、ピヨピヨのせいにして、ただ泣くばかりでした」
そう語ると西村は口を閉ざした。西村の目からは、次第に大粒の涙がポロポロと落ち始める。その姿は、どこか後悔と慚愧の念が入り交じっているかのようだった。西村の口から言葉が出なくなると、今度は堀川が続きを語り始めた。
「その次の日に、自分が両親と一緒にデパートに行くのに御嶽山駅に向かう途中で、自分と両親は環八通りの側で倒れていたピヨピヨを見つけました。車に跳ねられていたようで、すでに即死して動かなくなっていました。
その姿を見て、自分は前の日にからかっていた事を後悔して、動かなくなっていたピヨピヨに何度も謝りながら泣き続けました。
「ごめんよ。昨日焼き鳥にして食べるなんて言って…冗談だったんだよ。本当に食べるつもりなんてなかったんだ。まさか死んじゃうなんて…本当にごめんよ」と…。
そして、自分は両親に前日の出来事を説明して、ピヨピヨの亡骸を連れて翔ちゃんの家に両親と一緒に謝りに行きました。
翔ちゃんはその姿に動揺を隠せなかったのか、ピヨピヨに目を覚まして欲しいと必死でした。
「ピヨピヨ…ごめんよ。ピヨピヨは何も悪くないのに、ピヨピヨのせいにして…早く起きて!僕、ちゃんと反省したよ。ねぇ、早く起きて僕を許してよピヨピヨ」と。
でも翔ちゃんがいくらピヨピヨを揺すっても、ピヨピヨは目を開けてはくれませんでした。
すると「そうか!昨日の雨で風邪ひいちゃったんだね。大丈夫だよ、今病院に連れて行ってあげるから!」と。しまいには「お父さん、早く救急車呼んでよ!」と大声で叫ぶほどでした。
「ピヨピヨ、ピヨピヨ、早く起きてよ。僕ちゃんと反省したから。ごめんね。もうピヨピヨのせいになんか絶対にしないから……そうかっ!新幹線の音を聴けば目が覚めるね」
急に思い出したようにそう言って翔ちゃんはピヨピヨを抱いて、東原くすのき公園へに走っていきました。自分や両親、それに翔ちゃんの両親もその後を追いました。
そして翔ちゃんはピヨピヨをベンチに座らせるや「ほら、この音分る?これは、滑らかで気品のある音だよ…ピヨピヨ…新幹線がきたね」
それに続いて自分も「ピヨピヨ、ほら今度は、重たい音だ…見て、横須賀線の電車もきたよ」と…。
だけどとうとう、ピヨピヨは目を開けてはくれませんでした。
その時、翔ちゃんがピヨピヨに頬ずりしながら泣くのを見て、あまりにも自分が情けなくなったのを良く覚えています。
するとそこへ、翔ちゃんと自分の姿を見付けた友達がどんどん集まってきました。
「翔ちゃん、ピヨピヨ、昨日はごめんよ」と自分が謝ると、それに続いて、他の友達も皆ちゃんと謝りました。
翔ちゃんは「ピヨピヨも僕も、もう怒ってないよ」と自分達を許してくれました。それをきっかけに、僕らはかけがえのない親友同士になりました。
以来僕らは、小学校、中学校、そして高校もずっと一緒で、高校卒業と同時に、自分は就職し、翔ちゃんはこのピヨピヨの出来事をきっかけに医者を目指していたようで、医大を卒業してお医者さんになりました」
「それじゃあ、あの環八通りの交差点の側にあった小さな花束は…」
「そうです。ピヨピヨが跳ねられて倒れていた場所です。あの出来事以来、その現場に毎年翔ちゃんはピヨピヨの命日に花束を供えているんです」
「なるほど。それでピヨピヨちゃんの命日のこの時期に、毎年再会の約束をしていたんですね。それならばピヨピヨちゃんも西村さんと堀川さんが親友になるという夢も叶って、さぞかし向こうで喜んでいる事でしょう。ピヨピヨちゃんは本当は生まれるはずのなかった命じゃなかった。生まれる前に食べられて死ぬ運命だったんでしょう。それを救ってくれたのはまぎれもなく西村さんです。西村さんのお陰で、ピヨピヨちゃんは生まれる事が出来た。新幹線や電車も見れた。いろんな事が経験出来たと思いますよ。そんな西村さんが医師を目指したのは自然な事、いや、当たり前の事だったのかもしれませんね」
「自分もそう思います。翔ちゃんが医者を目指していたのは心の優しい彼にはピッタリだったのかもしれません」
「卓君、ありがとう。そして米井さんも本当にありがとうございます。自分が医師を目指していたのは実は最初は両親から猛反対されていました。もっとも、両親は自ら経営する居酒屋を自分に継がせたかったのでしょう。でも、それを見かねた卓君と卓君のご両親が、わざわざ店に来て両親を説得してくれたんです。そのお陰で両親はついに折れてくれ、自分は医大に進学することができ、結局居酒屋はその後、弟が店を継ぐ事に決まりました。今は自分の嫁も居酒屋を手伝っています」
「いやいや、それはまた親友の垣根を越えた第二の家族と言ったほうがいいんじゃないんでしょうか。お二人のそんな関係は本当にうらやましいですよ。そんな親友がもし今も居てくれたら…実は、自分にも小学校からの親友がいましたが、4年前の春に白血病で亡くなりました」
「そうだったんですか。では我々も改めてこの場で親友同士になりましょう!どうかよろしくお願いします!」
「こちらこそ。重ね重ねいろいろありがとうございます。つい先月のお盆にその親友のお墓参りに行ってきましたが、来年のお盆には今日の出会いを彼に報告しようと思います。向こうもそれを楽しみにしていると思いますからね」
お互いにそんな会話をしながら、米井は乗客の西村と堀川の二人と交流を深めつつ、東京観光を楽しむ。そして夕方になると、タクシーで米井がある提案をした。
「西村さん、堀川さん、もしよければ、今日のお礼に今夜は自分の行きつけの沖縄料理の居酒屋をご紹介しましょう。自分の小中学時代の先輩が沖縄生まれでそこのマスターをやっているんです。しかも、偶然にも自分の家の隣にあるんですよ」
「それはそれは。大賛成です!是非お願いします!」
「せっかくの出会いですし。自分も賛成です!是非」
そうして、タクシーは米井の行きつけの居酒屋である「エバチャン」に向かった。
米井と西村、堀川の3人は、すでに先客で訪れていた櫻田と下畑も交えながら、マスターの江波特製の沖縄料理を楽しむ。それはかつての過去を消し飛ばすかのような笑いに満ちあふれた光景であった。
そしてそんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜遅く、米井はタクシーで西村と堀川の2人を朝の待ち合わせ場所だった東原くすのき公園まで送り届けたのだった。


翌日の正午、米井は御嶽山駅前にある西村の両親が経営する居酒屋にいた。
この日、堀川が飛行機で名古屋に帰るため、羽田空港への送迎で西村から迎車の依頼があり、更には西村の計らいで両親の経営する居酒屋で昼食をご馳走になっていた。昼食を済ませると、米井は近くの有料駐車場に止めたタクシーを店の横に付けた。
そして、旅行カバンを持った堀川と、手ぶらの西村がタクシーに乗り込んだ。
そして米井はタクシーを羽田空港に向けて出発させた。


羽田空港に到着すると、米井はすぐに駐車場に車を止め、西村と共に堀川を見送る事になった。
飛行機の出発時刻が近づく中、出発ロビーの手荷物検査場での堀川との別れの時。
「今回はわざわざご利用いただき本当にありがとうございました。また来年も来られた際は是非うちのタクシーをご利用ください。そして昨日からは同い年で新しい親友同士ですから。今後もいろいろな形で交流できればいいですね。またお会いしましょう。お気をつけて」
「こちらこそ本当にお世話になりました。来年もまた来た時は是非送迎よろしくお願いします。来年のお盆には親友の方に報告できるといいですね。そして来年もお会いできるのを楽しみにしています」
米井と堀川は、そうして暫しの別れを惜しむかのようにガッチリ握手を交わした。そして、堀川は親友の西村とも来年の再会を誓い合うように握手と抱擁を交わすと、米井と西村に大きく手を振りながら、手荷物検査場の奥へと消えていった。


羽田空港を出発して、環八通りから東原くすのき公園に向かう交差点の角を曲がった直後に米井はタクシーを止めた。そう、そこはあの小さな花束がポツンと置かれた、西村の相棒であり友達でもあったニワトリのピヨピヨが車に跳ねられた現場だった。
タクシーから降りた米井と西村は、角に供えられていた小さな花束に向かい、ニワトリのピヨピヨに今年も親友との再会の報告をした。今年は親友一人だけではない。数日前に出会った友人と共に。
そして、米井と西村は再びタクシーに乗り込むと、今度は西村の自宅へ向かった。
西村の自宅へ到着すると、米井はまず、西村に家の裏庭に案内された。そこには小さな手作りの墓碑。側には彼岸花が1輪咲き始めていた。それはまさしく、ニワトリのピヨピヨの墓だった。
しばらくして、ピヨピヨの墓参りを済ませた米井は、西村に通された自宅の居間で茶を飲んでいた。そして夕暮れ時になると間もなく、西村とも別れの時が来た。
「この数日、米井さんには本当にお世話になりました。ありがとうございました。医者の自分が言うのも何ですが、くれぐれもお体にはお気をつけて。何かありましたら、是非自分の勤める病院へお越しください。そして、また来年も卓君との再会の折には、また米井さんのタクシーを利用したいので、どうぞよろしくお願いします。もちろん米井さんも一緒に。どうぞ、帰りはお気をつけて」
「こちらこそ。この度はご利用いただき本当にありがとうございました。来年のご利用も楽しみにお待ちしております。お医者さんの仕事はいろいろ大変でしょうが、これからも頑張って下さい」
そうして米井と西村は来年の再会を約束してガッチリ握手を交わしたのだった。


西村の自宅を出発してしばらくすると、みたび東原くすのき公園に差しかかっていた。そこには、初めてこの公園に来た時と同じように、また西村の自宅にあるピヨピヨの墓にも咲いていた彼岸花が2、3輪咲いていた。
「来年は3人で再会か。今回はある意味親友が増えたいい記念になった日かもしれないな。その前に、明日あたり、トモの墓前に報告しに行こう」
米井は公園に咲く彼岸花を眺めながら、4年前に亡くなった親友の前田の墓前に、今回の出来事を必ず報告しよう、そう心に誓ったのである。
そして、米井のタクシーは夜の営業に向かうため、公園を出て再び環八通りを洗足池方面に向かって走っていった。


「東京人情タクシー〜お近くでもどうぞ〜」第7話・相棒と彼岸花:完

自作小説「東京人情タクシーお近くでもどうぞ〜」第6話・盆の潮騒と友の遺志~千葉・酒々井・銚子編

8月に入ったばかりの金曜日の夕方。
この日、米井のタクシーは、世田谷の下北沢から奥多摩までの長距離の乗客を送り届け、回送で都心部に戻る途中であった。
その乗客は、身内が亡くなり急遽奥多摩の実家に里帰りするため、たまたま米井のタクシーを利用していた。その事で、もうすぐお盆の時期だな、と考えながら、米井はひたすら都心部に向けて車を走らせていく途中、急遽迎車の無線が入ってきた。すぐさまメーターを迎車に切り替えて向かった立川で乗せたのは、なんと小学校時代の担任だった加藤稔であった。
「いやいや加藤先生、まさか今はこちらに居られるとは思いませんでした。この度はご利用ありがとうございます」
「こちらこそ。まさか迎車の個人タクシーが米井君のタクシーだとは思わなかった。会うのは同窓会以来だねえ」
かつての恩師と挨拶を交わしながら、米井は加藤を乗せると、加藤の自宅がある目的地の町屋に向けて出発した。


立川を出発してから、二人が会話している間に米井のタクシーはまず甲州街道を東へ向かい、新宿駅前に来ると、そこから明治通りを東に進んでいく。その間にも2人の会話は弾んでいた。
「それで、恵未ちゃんとの新婚生活はどうなの?」
「いや、おかげさまで仲良くやっております。不規則な営業にも関わらず恵未は毎回仕事の前に飯を作ってくれたりします。今年の冬には子供が生まれる予定でそれぞれ父親と母親になります」
「そうか。米井君に恵未ちゃんもとうとう父親と母親になるのか。いい子に育ててあげなさいよ。楽しみだねえ。生まれた時は連絡してちょうだい。ささやかだがお祝い用意させてもらうよ」
「わざわざありがとうございます!先生からのお祝いは恵未も喜びます!」
「いえいえ。…そういえば話は変わるけど、去年の春に前田君が亡くなってから1年になるよね。今年の初盆は前田君のお墓参りにはいくのかい?」
「そりゃあ行きますよ。もちろん恵未や隣に住んでいる弓香ちゃんも一緒にです。あいつもこの間の同窓会、楽しみにしてましたから。それが同窓会を目前に亡くなってしまい、結局同窓会は彼の一周忌を偲んだお別れの会も兼ねてましたからね。まあ、今回はトモの墓前に同窓会の事や、恵未と結婚した事でも報告しにいこうかと思います」
今年のお盆は米井夫婦にとって、また恩師である加藤にとっても特別な日であった。去年の春、米井の小学校時代からの友人の1人…「トモ」こと前田智彰が、不治の病での闘病生活の末にこの世を去った。今年はその友人の初盆でもある。
米井と前田は、いわば小学校時代からの腐れ縁で親友でもあり、恵未や笠屋家などそれぞれの両親とも仲が良かった。中学卒業後はそれぞれ別々の高校に進学したが、成人式で再開してからはまた付き合いも増えていった。
一昨年の秋、前田は突如体調を崩し、病院で急性の白血病と診断される。米井は仕事の合間を縫っては頻繁に前田の見舞いに行っていた。病院でも昔馴染みの話は止まらず、何時しか夕方の面会終了まで語り明かす事が多かったが、それでも楽しかった思い出である。
去年の1月、新年の挨拶を交わしたのを境に、前田の容体は悪化していき、日に日に意識が薄らいでいったが、2月の頭に来年に同窓会をやるという話を聞いた時には急に意識が戻り、病気を治して絶対参加しようと最後まで意欲は衰えなかったが、春真っ盛りの3月末に容体が急変し、危篤で駆けつけた米井に見守られながら、前田は眠るように息を引き取った。前田が亡くなった時、病室の外の桜並木は満開になっており、その満開の桜に包まれるかのような見事な大往生だった。
数日後の前田の告別式では、米井は自らのタクシーで遺族の送迎を担当した。生前に前田が残した「人生の最後ぐらいは米井のタクシーで送ってほしい」という遺言からである。親友としてこの送迎の依頼を快諾した米井は、出棺時、火葬場に向かう時には前田の棺を乗せた霊柩車の後に続いて遺族を乗せていき、そして火葬場から前田の自宅までは、前田の遺骨を抱えた遺族を送り届けた。それが、親友としての前田から米井への最後の遺言だった。
だが、それ以来前田の家族とは一度も会っていない。


米井のタクシーは新宿を過ぎると、新大久保、巣鴨、駒込、そして赤羽を順番に通過していき、今は新三河島駅の手前に差し掛かっていた。その間にも米井は加藤と前田の思い出話をしながら、再び明治通りを東に走らせていく。そして数時間後、タクシーは目的地で加藤の自宅のある町屋に到着した。
加藤は料金を払う間際、米井に連絡先を書いたメモを手渡すと、それに併せて米井も加藤に名刺と領収書を手渡した。
「わざわざありがとう。それじゃあ、お盆のお墓参りにまた会いましょう」
「こちらこそご乗車ありがとうございました。そしたら、また当日お迎えに上がります。どうぞよろしくお願いいたします」
そうして、米井と加藤はお盆にまた落ち合う約束を交わすと、加藤はタクシーから降りて家に向かって歩いていった。
「やれやれ、本日立川は2度目だな。でもまあ、お盆には墓参りに一緒に行く人が増えたから、それは良かったかもしれないが…」
米井がそんな事を呟きながら乗務日誌を記入した後、米井のタクシーは再び都心部で流し営業に戻るのだった。


流し営業に戻り、何人か客を乗せてからしばらくして、米井のタクシーは東京駅の八重洲口に戻ってきた。
そこで待っていたのは、福井と、福井の友人であり同業者仲間でもある武田進であった。
武田は、福井とは個人タクシーを同時期に開業した、いわば同期であり盟友でもある。米井ともまた、福井と共に仲の良い同業者の先輩後輩の関係であった。
「あ、米井君、ちょうど良かった。米井君はお盆は何か予定があるか聞こうと思ってたとこだよ」
「いや、実は仲間内でフィリピンのセブ島でバカンス旅行でも行こうかと思って、あちこち声かけてるんだけど、米井君もどう?もちろん奥さんも一緒に」
「いやー申し訳ない。生憎今年のお盆は先約がありまして。去年の春に亡くなった友人の一周忌の盆なので、今年はどうしても外せないんです」
「そうか、それは残念。まあでも、せっかくの一周忌のお盆だし、そのお友達に逢いに行ってあげるのが一番。大事な時間を大いに楽しんできてね。こっちもお土産買ってくるからね」
「ありがとうございます。福井さんも武田さんもせっかくの南の島でのバカンスですから楽しんできて下さい。もちろんこちらもお土産は用意します」
客待ちをしながら3人でそんな雑談をしつつ、しばらくして乗客が集まり始めると、またそれぞれ営業に戻っていくのだった。


そしておよそ2週間後の8月11日。
お盆休みに入ったばかりのこの日は、早朝から夫婦揃って早起きし、タクシーのスーパーサインを自家使用表示にして、玄関で待っていた弓香と共に自宅を出発、先ずは町屋まで加藤を迎えに行く。
町屋で加藤を拾うと、米井のタクシーはすぐに小菅インターから首都高速に乗り、中央環状線を南下し、葛西ジャンクションから湾岸線を東に走っていく。タクシーはそのまま千葉県に入り、浦安を過ぎてそのまま東関東自動車道に入った。そして、習志野の本線料金所を通過し、そのまま湾岸幕張パーキングエリアに入ると、4人は休憩も兼ねてそこで遅めの朝食をとることにした。
「千葉に帰るのは何年ぶりだろう。あれから20年以上になるのか…」
「まあそれぐらいになるだろうね。米井君達や笠屋さん一家が高校の時に引っ越してから、すっかり忘れかけるところだっただろうし」
「まあでも、自分達が引っ越す時に何故だか偶然にも弓香ちゃんや江波先輩一家がお店ごと来てくれた事もあり、寂しくはなかったですがね」
米井は笑いながら、当時の出来事を振り返っていた。中学卒業後に東京に引っ越して今の家で暮らしているが、同時期に偶然にも隣に笠屋一家の経営する沖縄料理店を移すことになるという偶然はあまりにも考えられなかっただろう。それでも、今の妻である恵未とも連絡を取っていた上に、恵未と弓香が親友同士という事もあって、決して関係が途絶えるという事はなかった。
「あら、あたしは寂しかったわよ。特に親友の弓と離ればなれになるのが。ねー弓」
「そうよ。あたし達は親友同士だもの。といっても、しょっちゅう米井君の取り合いしてたけどね」
「おいおい、またその話引っ張り出すの?いい加減もう俺は思い出したくないよー。俺はその頃付き合ってた奴がいるのに」
「まあまあ、いいじゃないの。それだけ昔から仲がいいのは先生も嬉しいよ」
「そう言ってくれるのはなんだかありがたいやら悲しいやら…」
そんな会話をしながらの朝食を済ませ、4人は湾岸幕張パーキングエリアを出発して東関東自動車道をさらに東に走る。
それから約40分、タクシーは酒々井インターチェンジで高速を降り、そのまま前田の墓がある公園墓地に到着した。


前田の墓には、既に小中学時代の友人が2~3人の他、前田の両親、姉、弟2人などの身内が集まっていた。
米井達は同窓会以来の久々の友人達との再会を喜び合いながら、前田の墓前に諸々の出来事の報告を済ませると、一行は近所の中華料理店で旧交を温めた。
女性同士、男性同士の会話を弾ませながら、米井は前田の身内に改めて挨拶をする。
「米井さん、わざわざ智彰のお墓参りに遠いところから来てくれてありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、トモが亡くなってから何一つ連絡もできなくて申し訳ありません」
「告別式の折にはタクシーの貸切を引き受けてくれてどうもありがとう。お陰で智彰も喜んでいると思います」
「いえいえ。また東京にお越しの際は是非うちのタクシーをご利用ください」
米井は両親との挨拶を済ませると、前田の姉である須美にも挨拶をした。
「須美先輩、長い間連絡が取れませんで申し訳ない」
「いえいえ。米井君も元気そうで安心したわ。ところで江波君は元気?」
「江波先輩は相変わらずですが。まあ、同い年ですからそりゃあ気にはなりますよね。この際なので帰ったら江波先輩には伝えておきますよ。須美先輩が気になってたって」
そんな笑いを交えながらの挨拶を済ませると、ちょうど集まりがお開きになった。
米井達の一行は、まず恵未と弓香、そして須美の3人は近所にできたプレミアムアウトレットへと買い物に行った。米井と加藤、それに加藤や前田の兄弟を含めた7人の男達は、2次会でさらにカラオケ居酒屋へ向かった。


夜、米井夫婦と弓香、加藤の4人は、前田の両親と須美の計らいで前田の家に泊めてもらうことになった。
そこでも、女性同士の仲の良さは変わらなく、未だ3人の女性陣の会話は盛り上がっていた。
その間に米井と加藤は、やれやれ疲れたと一息つきながら、前田の弟達と雑談しつつ、部屋でいつの間にか女性陣を差し置いてぐっすり眠りについていたのだが。


翌朝、前田の家を出発した米井達一行は、まず近所の酒々井駅まで加藤を送って行った。加藤はスケジュールの都合で先に帰る事になり、ついでに加藤から「久々に夫婦と友達水入らずの時間を楽しんできなさい」という冷やかし交じりの挨拶までついた。


酒々井駅で加藤を降ろすと、昨日に続き再び前田の眠る墓地へ向かった。昨日、姉の須美から弓香に是非あることを伝えてほしいと頼まれていたからである。
前田の墓前に着くと、米井は弓香に須美から頼まれていた事を話し始めた。
「実はな弓ちゃん、今更なのかもしれないがトモはお前さんに片想いをしていた。東京に引っ越した後もトモや須美先輩と連絡を取っていたのは、弓ちゃんの事をいろいろ心配していたからなんだ。というのも、トモは弓ちゃんに想いを伝えようとした直前に白血病にかかってしまった。それでも弓ちゃんにきちんと想いを伝える為に、病気を治そうとトモは必死で頑張ってきた。この間の同窓会を楽しみにしていたのもその為だったんだよ」
いつしか米井の話に弓香の目には涙が滲んでいた。更に米井が話を続ける。
「だが、去年の3月にそれも叶わないままトモは死んじまった。あいつは弓ちゃんに想いを伝えられなかった事が一番無念だったに違いない」
「だったら何でトモ君は亡くなる前にあたしにその話をしてくれなかったのよ!あたしだってトモ君の事心配してたのに!病気になったって、想いを伝えてくれたらそれでよかったのに!あたしだってトモ君に想いを伝えたかったのに…なんで…なんで…」
弓香は叫ぶように米井にそう話すと、顔を押さえて墓前で泣き崩れた。弓香からその事実を聞いた米井は、険しい表情で下を向く。恵未はそれを黙って見ているしかなかった。そして、再び米井が重い口を開いた。
「すまん。実はな、トモの想いを代わりに伝えようとはしていたが、トモに口止めされていた。トモは自ら直接想いを伝えようとしていた。ただ、その直前に病気で倒れたのは無念だったとあいつは話していた。俺はそれでもあいつに病気になったって弓ちゃんに想いを伝えられればいいじゃないかと必死で説得した。だが、中途半端な体で想いを伝えるわけにはいかないと、トモは頑なに考えを変えなかった。それがあいつなりのけじめの付け方だったのかもしれない。俺は親友として、トモとの約束を守るために話すことができなかった。本当にすまなかった」
ここまで話すと米井は口を閉ざした。側で聞いていた恵未は涙を流しながら、弓香に寄り添った。弓香は思わず「ありがとう」と米井に感謝の言葉を伝えると、寄り添った恵未の胸に飛び込んで再び泣き崩れた。恵未は弓香を抱き寄せながら、自らも涙を流し続けた。
口を閉ざしていた米井は、前田の墓前から立ち去るように、一足先にタクシーに戻っていった。


タクシーの運転席から米井はぼんやりと空を眺めていた。前田の親友としての遺言とはいえ、本当にあのタイミングで話して良かったのか。それとも説得を頑なに拒否したにも関わらず話しておくべきだったのか。いつの間にか米井は後悔と無念さが交錯するような複雑な心境になっていた。
しばらくして恵未と弓香が戻ってくると、前田のもうひとつの遺言に従う行動に出るため、タクシーはそのまま銚子の犬吠埼へ向かった。


銚子の犬吠埼の空は灯台に映えるような晴天だった。
米井、恵未、弓香の3人は、灯台に登った後に海岸沿いの近くのカフェレストランで昼食をとる。そして、君ヶ浜の海水浴場の駐車場に車を止め、3人は砂浜に向かった。
そして、米井は前田から生前に頼まれて預かっていた物を弓香に手渡した。それは、1個の真珠が輝くゴールドチェーンのネックレスと、前田が弓香に当てた手紙だった。
弓香は思わず手紙を読む。


  弓ちゃんへ

小学校の時から、僕はずっと弓ちゃんに恋をしていました。
あの日、雨に降られて雨宿りしていた弓ちゃんを傘に入れて、一緒に帰った事がありました。
それから数日後、僕が擦り傷をつくって怪我をした時に、弓ちゃんは傷の手当てをしてくれた事がありました。
そこから、僕は弓ちゃんの事が好きになりました。
そして高校進学と同時に弓ちゃんだけでなく、親友の米井君まで引っ越してしまい寂しい思いをしましたが、いつの日かまた会える事を信じて頑張ってきて良かったと思っています。
それから数年が経って、またこうして再会できた事は、本当に嬉しかったです。
どうかこれからも変わらず、いつまでも仲良くしていける事を願って…。

トモより


手紙を読み終えると、弓香の目は涙でいっぱいになっていた。
そして、その真珠のネックレスを首にかけると、米井と恵未は思わず「よく似合ってるね」と微笑んでいた。
「さて、全てが終わったし、そろそろ帰るとするか」
「そうね。何だか昨日と今日は本当に忘れられない日になったわ」
「うん。米井君、恵未、今日は本当にありがとう。トモ君との思い出、いつまでも大事にするわ」
「よーし。帰りはちと遠回りして九十九里からアクアライン経由で帰ろう。せっかく来たんだし、帰りは眺めのいいところを回って帰りますかね」
タクシーはかすかな潮騒の音をなびかせている君ヶ浜を出発し、九十九里を経由して千葉東金道路に乗り、館山自動車道を経由でアクアラインに入った。途中の海ほたるでは、東京湾の夜景を堪能しながらの晩飯を楽しんだ。そして、アクアトンネルを通り、湾岸線を東行きに走り、さらに葛西ジャンクションから中央環状線を進み、小菅インターチェンジで降りる。ようやく自宅に到着した時はすでに夜中の23時を過ぎていた。


翌日の夜、いつも通り営業で客を乗せて東京駅に戻ってきた米井は福井と武田に土産を手渡していた。米井もまた、福井と武田からフィリピンからの土産を貰った。
「しかし、お互い海に行くことになろうとは思わなかったが」
「まあ、もっともうちらは海水浴で行った訳でもなかったしね」
「うちらもそうでしたよ。まあ、海だけあってお互い旬の物を沢山食べられて満足でしたかね」
そうしてまた米井、福井、武田の3人はいつものように笑いながら雑談を交わす。そして、客が集まってくると、またそれぞれ営業に戻っていく。
こうした仲間との日常は米井にとっては本当に幸せだ。
もしかしたら、これもある意味ではトモが向こうから見ていていつの間にか起こしてくれた奇跡なのか…。
そんな事を思いながら、米井のタクシーはまた、客を乗せて目的地まで走り出すのだった。


もう一つの前田の姉の須美からの頼まれ事はというと、帰った後に米井から江波に須美が元気しているかと言っていたと無事伝えられ、その事をきっかけに、江波と須美が再び連絡を取り合うようになり、いつしか交際が始まったのはまた別の話…。


「東京人情タクシー〜お近くでもどうぞ〜」第6話・盆の潮騒と友の遺志:完
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