自作小説「東京人情タクシー〜お近くでもどうぞ〜」第7話・相棒と彼岸花~大田・田園調布編 | 走り屋ギタリスト・リアルドリフト侍ことマシンXのドリフト&ギター血風録

自作小説「東京人情タクシー〜お近くでもどうぞ〜」第7話・相棒と彼岸花~大田・田園調布編

未だに残暑の厳しい9月の半ば。
世間ではシルバーウィークと呼ばれる連休に差しかかろうとしている中、米井のタクシーは普段と変わらずに営業を続けていた。
この日、午前中に川崎までの長距離客を送り届けた米井は、たった今表参道ヒルズで昼食休憩を終え、これから午後の営業に向かうところであった。
ちょうどそこへ、カメラを提げた1人の男性客が乗り込んでくる。そして「大田区役所まで行ってください」と米井に行き先を告げた。
タクシーは表参道ヒルズを出発し、大田区役所へ向かった。


天現寺橋の交差点に差しかかる時、米井は男性客に訪ね始めた。
「お客さんは、鉄道の撮影旅行でこちらに来られたんですか」
「いえ、まあ。でも昔はあの辺に住んでいたので、里帰りみたいなものですが」
「そうですか、失礼しました。大田区は鉄道や新幹線が沢山走っていますし、隠れ鉄道マニアの聖地とまで言われているのを思い出したので。でもいいですね、常に鉄道の見える場所に住んでたのって。もしかして鉄道マニアの方かなと思いましたので」
「ハハハ、そうよく言われますよ。あの辺に住んでたなんてなかなか周りから見れば大体は想像つきませんから」
米井と男性客がそんな会話をしている間に、タクシーは五反田駅の見える通りを右折し、しばらくすると池上本門寺の見える通りに出る。それから数分後、目的地の大田区役所に到着する。メーターは5770円だった。
男性客は1万円札を差し出すと「お釣りは要りません。ありがとうございました」と言って多少急ぐように車を降りた。
運行日誌を書いて再び流し営業に戻り、羽田空港に向かって走っていると、羽田空港への迎車依頼の無線が入る。そして間もなく羽田空港の第2ターミナルで迎車の客を拾い、今度は目的地の田園調布にある東原くすのき公園に向けて出発した。


環八通りから細い路地に差し掛かる交差点を左折する途中、米井は交差点の側に小さな花束がひっそりポツンと供えられていたのに気がつく。普通なら気がつかなくてもおかしくないほど小さかったが、花束はきちんと手入れが行き届いておりまだ新しかった。環八通りは東京でも指折りの交通量の多い幹線道路だが、ここ最近の死亡事故は聞いたことがない。米井はそんな供えられていた小さな花束を不思議に思いながら、その花束の側を左折して通過した。そしてタクシーはそのまま住宅地に入り、目的地の東原くすのき公園に到着した。
東原くすのき公園は、名前の通りの楠を始めとした木々で囲んだような、他とさほど変わらない住宅地に囲まれたごく普通の公園だった。公園の滑り台やベンチでは子供達が数人遊んでいたが、その風情はどこか懐かしさや淋しさも漂わせる。そんな公園に面した道路の側には、彼岸花が2、3輪咲き始めていた。
その彼岸花を見て米井は「もうすぐ彼岸だな」と呟きながら運行日誌を書き終えると、タクシーは公園を出発し、再び環八通りに出て洗足池方面に向けて走り出した。


2日後の金曜日。
この日の昼過ぎ、米井が昼食を済ませて午後の営業に入った早々、迎車の無線が入り、すぐさま迎車の予定場所である品川プリンスホテルに向かい、ホテルのロータリーで迎車の客を拾う。その客は偶然にも2日前に表参道ヒルズで乗せた男性客だった。
そして、男性客は米井に「田園調布の東原くすのき公園まで行ってください」と行き先を告げたのだった。
「そう言えば2日前にもあの田園調布の公園まで行ってくれと言ったお客さんがいたな。それにその公園に行ってくれというお客さんが今日もいるなんて何かの偶然なのか。それとも…」
米井はそんな2日前に乗せた客の事を思い出しながら、目的地の東原くすのき公園に向けて出発した。


「一昨日に続きまして本日もご利用ありがとうございます。また一昨日はチップまで頂戴しまして重ね重ね本当にありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。まさか今日も一昨日と同じ個人タクシーの運転手さんに巡り会えるのは偶然です。これも何かのご縁でしょうか」
「本当ですね。実はこちらも一昨日にその東原くすのき公園までお客さんを乗せたので、ある意味では行き先まで偶然なんてあり得ませんから。何とも不思議な出会いもあるものですね」
そんな偶然巡りあわせた2人の再会を喜ぶような会話の中、タクシーは高輪台、西五反田、中原台、桐ヶ谷を過ぎると、男性客から申し出があった。
「運転手さんすいません、昭和大学の附属病院に寄ってもらえますか?そこで待ち合わせしてる人がいるので、一緒に乗っていきますので」
「わかりました」
タクシーは昭和大学の附属病院前に差し掛かると、そのまま病院前のロータリーに入っていく。
そこで男性客が待ち合わせしているというもう一人の男性客が乗ってきた。その男性はなんと2日前に羽田空港から東原くすのき公園まで乗せた男性客だった。
このあり得ない偶然の続く出来事に、米井は良いことがありそうな反面逆に恐ろしくも感じていた。


タクシーは病院を出発すると、先ほど走っていた通りに出た。
「まさか2日前に乗せたお二人がお知り合いだとは知りませんでした。ある意味これで3度目と4度目の偶然ですね」
「僕ら2人は子供の頃からの親友です。隣の翔ちゃんはさっき止まっていただいた昭和大学附属病院で医師をしていて、自分は名古屋のとある会社に勤めています。毎年この時期は昔住んでいた田園調布での翔ちゃんとの再会が恒例になっています。あ、申し遅れました。改めまして、はじめまして。堀川卓といいます。どうぞよろしくお願いします」
「西村翔です。卓くんが言ってましたが、さっきの昭和大学病院で医師をしております。どうぞよろしく」
「個人タクシードライバーの米井豊と申します。改めてこの度は当タクシーをご利用いただきありがとうございます」
旗の台の交差点で信号待ちしている時に、タクシーの中でお互いに自己紹介と名刺交換を済ませて握手を交わす。
そこで更に5度目の偶然が。なんと米井とこの二人の乗客…西村と堀川の二人は同い年だったのである。
そんな5度目の偶然を喜ぶうち、すぐさま信号が青になる。車が一斉に走り出して流れに乗ってしばらくすると、タクシーは環八通りに入った。そして御岳神社入口の交差点を右折してしばらく、タクシーは東原くすのき公園に到着した。
「今日はご利用ありがとうございます。この公園はお二人にとってはある意味思い出の地ですね。お二人はこれからどうされるんでしょう?」
「自分の家がこの近所で、両親が御嶽山駅前で居酒屋をやっているので、今日は卓君とそこで飲み明かそうかなと。あ、よければ今度米井さんも是非うちの両親の店にいらして下さい。明日は卓君と東京中を歩こうかなと思ってますが、こんな偶然も何かのご縁なので、もしよければ米井さんのタクシーを1日貸切で回りたいんですが」
「それはそれは大歓迎です。毎度ご指名ありがとうございます。それでは明日の朝、こちらの公園にまたお迎えに上がりますので」
「どうぞよろしくお願いします」
そうして西村と堀川を降ろし、運行日誌を書き終えた頃、既に辺りは夕暮れ時だった。
米井は再び流し営業に戻るために都心部に向かったが、ついさっき急遽入った翌日の貸切営業に備えるために、この日は日付が変わる前に早めに営業を終えた。


翌朝、米井のタクシーは西村と堀川との待ち合わせ場所である田園調布の東原くすのき公園に向かっていた。
公園に着いてからまもなく、西村と堀川がおはようございますと挨拶しながらやってきた。
「今日はどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、本日は貸切のご利用ありがとうございます。どうぞお乗りください」
米井はドアを手で開けて西村と堀川を乗せると、メーターを貸切表示にして公園を出発した。


走り始めてからしばらく、米井は西村と堀川の二人に尋ねる。
「昨日は久しぶりの再会でさぞかし盛り上がったでしょう。やっぱり毎年の再会は恒例の楽しみでしょうね」
すると西村は、米井に堀川との親友同士のエピソードをおもむろに語り始めた。
「昔、僕らが子供だった頃に、自分にはピヨピヨというニワトリの相棒がいました。昨日もお話したように、両親は自分が生まれる前から御嶽山の駅前で居酒屋をやっていて、昼間はランチ、夜はお酒好きな大人達で繁盛していて忙しく、いつも自分は昼も夜もずっと独りぼっちでした。
そんなある日、独りでテレビを見ていると、スーパーで買ったうずらの卵を孵化させたというニュースが流れてきて、これだ!と思い、早速スーパーに卵を買いに行って、その卵を大事に祈るように温め始めました。
その祈りが通じたのか、数日後にニワトリのピヨピヨが誕生しました。自分にとっては初めてできた友達であり相棒でした。
それまで公園で遊ぶ他の友達は、自分には全く声も掛けてくれず、ずっと独りぼっちで淋しかったですが、お父さんもお母さんも、毎日忙しくて大変だという事も、ちゃんと分かっていました。だから、淋しいなんて一言も言わず、ただただ必死で我慢していました。
それに、公園にいる子供達に「一緒に遊ぼう」なんて自分からはとうてい言えないほど内気だったので友達もいなかった。だから〝スーパーで買ったうずらの卵孵化〟のニュースに、多大なる期待を持ったのも事実でした。
そのピヨピヨのお陰で、毎日淋しくなくなりました。ご飯の時も、寝る時も、お風呂の時も、いつでもどこでも一緒でした。本当の兄弟みたいに。
それまで公園で独りで見ていた新幹線も、それからは、ピヨピヨと二人で楽しく見る事が出来ました。本当に毎日が楽しかった。
そんなある日、当時の公園で遊ぶ子供達の中で、一番体が大きく元気が良かった卓君が、自分とピヨピヨをからかい出しました。「今日は、そのニワトリを焼き鳥にして食っちゃおうか」と笑いながら。
でも自分は知らん振りをして、ピヨピヨとずっと新幹線を見続けてましたが、更に滑り台の上から、卓君はこう大声で叫びました。「ニワトリしか友達がいないなんて、変な奴」と。
これがまるで合図のように、周りにいた子供達からも「変な奴!変な奴!」の大合唱。
そして卓君は「あいつは人間じゃない!ニワトリなんだ!近付いたらニワトリ菌が移るぞ!ニワトリ菌、出てけ~!」と叫ぶと、周りの子供達も「出てけ~、ニワトリ菌!」と続けました。
さすがに自分はたまらなくなり、立ち上がり、公園から出て行こうとした時、自分とピヨピヨは卓君に砂場の砂を投げつけられ、さすがに我慢が出来なくなり、物凄い勢いで卓君に飛び掛って取っ組み合いのケンカになりました。
でも、自分より体が大きかった卓君には勝てませんでした。卓君に馬乗りになり押さえ込まれた挙句、「いいか、ニワトリ菌、俺の方が強いんだぞ!これからは、俺に許可を取らないと、この公園には入れないからな!分かったか!!」と、卓君は、自分にそう吐き捨て、周りの皆を引き連れ帰って行きました。
自分はそれがあまりにも悔しくて、とうとうたった一人の相棒で友達だったピヨピヨに八つ当たりをしてしまいました。ピヨピヨは自分に付いた砂を羽で払おうとしてくれたのにも関わらず。
「ピヨピヨのせいだぞ!ピヨピヨのせいで、僕はこんな目に遭わされたんだぞ!もうピヨピヨとは遊ばないからな!お前なんかどっかへ行っちまえ!」と…。
でも本当は辛かった。ピヨピヨのせいではない事くらい分かってたとはいえ…でも、ピヨピヨのせいにしないと、自分が壊れてしまいそうで辛かったのです。からかわれた自分が情けなくて…でもそれを認めるのが悔しくて…怖くて……だから、必死に、ピヨピヨのせいにしていました。湧き上がる罪悪感を、拭い去るように、更にピヨピヨを悪者に仕立て上げていきました。ただ、何故かピヨピヨのせいにすればするほど、涙が溢れ出て止まらなかった。それでも自分は、ピヨピヨのせいにして、ただ泣くばかりでした」
そう語ると西村は口を閉ざした。西村の目からは、次第に大粒の涙がポロポロと落ち始める。その姿は、どこか後悔と慚愧の念が入り交じっているかのようだった。西村の口から言葉が出なくなると、今度は堀川が続きを語り始めた。
「その次の日に、自分が両親と一緒にデパートに行くのに御嶽山駅に向かう途中で、自分と両親は環八通りの側で倒れていたピヨピヨを見つけました。車に跳ねられていたようで、すでに即死して動かなくなっていました。
その姿を見て、自分は前の日にからかっていた事を後悔して、動かなくなっていたピヨピヨに何度も謝りながら泣き続けました。
「ごめんよ。昨日焼き鳥にして食べるなんて言って…冗談だったんだよ。本当に食べるつもりなんてなかったんだ。まさか死んじゃうなんて…本当にごめんよ」と…。
そして、自分は両親に前日の出来事を説明して、ピヨピヨの亡骸を連れて翔ちゃんの家に両親と一緒に謝りに行きました。
翔ちゃんはその姿に動揺を隠せなかったのか、ピヨピヨに目を覚まして欲しいと必死でした。
「ピヨピヨ…ごめんよ。ピヨピヨは何も悪くないのに、ピヨピヨのせいにして…早く起きて!僕、ちゃんと反省したよ。ねぇ、早く起きて僕を許してよピヨピヨ」と。
でも翔ちゃんがいくらピヨピヨを揺すっても、ピヨピヨは目を開けてはくれませんでした。
すると「そうか!昨日の雨で風邪ひいちゃったんだね。大丈夫だよ、今病院に連れて行ってあげるから!」と。しまいには「お父さん、早く救急車呼んでよ!」と大声で叫ぶほどでした。
「ピヨピヨ、ピヨピヨ、早く起きてよ。僕ちゃんと反省したから。ごめんね。もうピヨピヨのせいになんか絶対にしないから……そうかっ!新幹線の音を聴けば目が覚めるね」
急に思い出したようにそう言って翔ちゃんはピヨピヨを抱いて、東原くすのき公園へに走っていきました。自分や両親、それに翔ちゃんの両親もその後を追いました。
そして翔ちゃんはピヨピヨをベンチに座らせるや「ほら、この音分る?これは、滑らかで気品のある音だよ…ピヨピヨ…新幹線がきたね」
それに続いて自分も「ピヨピヨ、ほら今度は、重たい音だ…見て、横須賀線の電車もきたよ」と…。
だけどとうとう、ピヨピヨは目を開けてはくれませんでした。
その時、翔ちゃんがピヨピヨに頬ずりしながら泣くのを見て、あまりにも自分が情けなくなったのを良く覚えています。
するとそこへ、翔ちゃんと自分の姿を見付けた友達がどんどん集まってきました。
「翔ちゃん、ピヨピヨ、昨日はごめんよ」と自分が謝ると、それに続いて、他の友達も皆ちゃんと謝りました。
翔ちゃんは「ピヨピヨも僕も、もう怒ってないよ」と自分達を許してくれました。それをきっかけに、僕らはかけがえのない親友同士になりました。
以来僕らは、小学校、中学校、そして高校もずっと一緒で、高校卒業と同時に、自分は就職し、翔ちゃんはこのピヨピヨの出来事をきっかけに医者を目指していたようで、医大を卒業してお医者さんになりました」
「それじゃあ、あの環八通りの交差点の側にあった小さな花束は…」
「そうです。ピヨピヨが跳ねられて倒れていた場所です。あの出来事以来、その現場に毎年翔ちゃんはピヨピヨの命日に花束を供えているんです」
「なるほど。それでピヨピヨちゃんの命日のこの時期に、毎年再会の約束をしていたんですね。それならばピヨピヨちゃんも西村さんと堀川さんが親友になるという夢も叶って、さぞかし向こうで喜んでいる事でしょう。ピヨピヨちゃんは本当は生まれるはずのなかった命じゃなかった。生まれる前に食べられて死ぬ運命だったんでしょう。それを救ってくれたのはまぎれもなく西村さんです。西村さんのお陰で、ピヨピヨちゃんは生まれる事が出来た。新幹線や電車も見れた。いろんな事が経験出来たと思いますよ。そんな西村さんが医師を目指したのは自然な事、いや、当たり前の事だったのかもしれませんね」
「自分もそう思います。翔ちゃんが医者を目指していたのは心の優しい彼にはピッタリだったのかもしれません」
「卓君、ありがとう。そして米井さんも本当にありがとうございます。自分が医師を目指していたのは実は最初は両親から猛反対されていました。もっとも、両親は自ら経営する居酒屋を自分に継がせたかったのでしょう。でも、それを見かねた卓君と卓君のご両親が、わざわざ店に来て両親を説得してくれたんです。そのお陰で両親はついに折れてくれ、自分は医大に進学することができ、結局居酒屋はその後、弟が店を継ぐ事に決まりました。今は自分の嫁も居酒屋を手伝っています」
「いやいや、それはまた親友の垣根を越えた第二の家族と言ったほうがいいんじゃないんでしょうか。お二人のそんな関係は本当にうらやましいですよ。そんな親友がもし今も居てくれたら…実は、自分にも小学校からの親友がいましたが、4年前の春に白血病で亡くなりました」
「そうだったんですか。では我々も改めてこの場で親友同士になりましょう!どうかよろしくお願いします!」
「こちらこそ。重ね重ねいろいろありがとうございます。つい先月のお盆にその親友のお墓参りに行ってきましたが、来年のお盆には今日の出会いを彼に報告しようと思います。向こうもそれを楽しみにしていると思いますからね」
お互いにそんな会話をしながら、米井は乗客の西村と堀川の二人と交流を深めつつ、東京観光を楽しむ。そして夕方になると、タクシーで米井がある提案をした。
「西村さん、堀川さん、もしよければ、今日のお礼に今夜は自分の行きつけの沖縄料理の居酒屋をご紹介しましょう。自分の小中学時代の先輩が沖縄生まれでそこのマスターをやっているんです。しかも、偶然にも自分の家の隣にあるんですよ」
「それはそれは。大賛成です!是非お願いします!」
「せっかくの出会いですし。自分も賛成です!是非」
そうして、タクシーは米井の行きつけの居酒屋である「エバチャン」に向かった。
米井と西村、堀川の3人は、すでに先客で訪れていた櫻田と下畑も交えながら、マスターの江波特製の沖縄料理を楽しむ。それはかつての過去を消し飛ばすかのような笑いに満ちあふれた光景であった。
そしてそんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜遅く、米井はタクシーで西村と堀川の2人を朝の待ち合わせ場所だった東原くすのき公園まで送り届けたのだった。


翌日の正午、米井は御嶽山駅前にある西村の両親が経営する居酒屋にいた。
この日、堀川が飛行機で名古屋に帰るため、羽田空港への送迎で西村から迎車の依頼があり、更には西村の計らいで両親の経営する居酒屋で昼食をご馳走になっていた。昼食を済ませると、米井は近くの有料駐車場に止めたタクシーを店の横に付けた。
そして、旅行カバンを持った堀川と、手ぶらの西村がタクシーに乗り込んだ。
そして米井はタクシーを羽田空港に向けて出発させた。


羽田空港に到着すると、米井はすぐに駐車場に車を止め、西村と共に堀川を見送る事になった。
飛行機の出発時刻が近づく中、出発ロビーの手荷物検査場での堀川との別れの時。
「今回はわざわざご利用いただき本当にありがとうございました。また来年も来られた際は是非うちのタクシーをご利用ください。そして昨日からは同い年で新しい親友同士ですから。今後もいろいろな形で交流できればいいですね。またお会いしましょう。お気をつけて」
「こちらこそ本当にお世話になりました。来年もまた来た時は是非送迎よろしくお願いします。来年のお盆には親友の方に報告できるといいですね。そして来年もお会いできるのを楽しみにしています」
米井と堀川は、そうして暫しの別れを惜しむかのようにガッチリ握手を交わした。そして、堀川は親友の西村とも来年の再会を誓い合うように握手と抱擁を交わすと、米井と西村に大きく手を振りながら、手荷物検査場の奥へと消えていった。


羽田空港を出発して、環八通りから東原くすのき公園に向かう交差点の角を曲がった直後に米井はタクシーを止めた。そう、そこはあの小さな花束がポツンと置かれた、西村の相棒であり友達でもあったニワトリのピヨピヨが車に跳ねられた現場だった。
タクシーから降りた米井と西村は、角に供えられていた小さな花束に向かい、ニワトリのピヨピヨに今年も親友との再会の報告をした。今年は親友一人だけではない。数日前に出会った友人と共に。
そして、米井と西村は再びタクシーに乗り込むと、今度は西村の自宅へ向かった。
西村の自宅へ到着すると、米井はまず、西村に家の裏庭に案内された。そこには小さな手作りの墓碑。側には彼岸花が1輪咲き始めていた。それはまさしく、ニワトリのピヨピヨの墓だった。
しばらくして、ピヨピヨの墓参りを済ませた米井は、西村に通された自宅の居間で茶を飲んでいた。そして夕暮れ時になると間もなく、西村とも別れの時が来た。
「この数日、米井さんには本当にお世話になりました。ありがとうございました。医者の自分が言うのも何ですが、くれぐれもお体にはお気をつけて。何かありましたら、是非自分の勤める病院へお越しください。そして、また来年も卓君との再会の折には、また米井さんのタクシーを利用したいので、どうぞよろしくお願いします。もちろん米井さんも一緒に。どうぞ、帰りはお気をつけて」
「こちらこそ。この度はご利用いただき本当にありがとうございました。来年のご利用も楽しみにお待ちしております。お医者さんの仕事はいろいろ大変でしょうが、これからも頑張って下さい」
そうして米井と西村は来年の再会を約束してガッチリ握手を交わしたのだった。


西村の自宅を出発してしばらくすると、みたび東原くすのき公園に差しかかっていた。そこには、初めてこの公園に来た時と同じように、また西村の自宅にあるピヨピヨの墓にも咲いていた彼岸花が2、3輪咲いていた。
「来年は3人で再会か。今回はある意味親友が増えたいい記念になった日かもしれないな。その前に、明日あたり、トモの墓前に報告しに行こう」
米井は公園に咲く彼岸花を眺めながら、4年前に亡くなった親友の前田の墓前に、今回の出来事を必ず報告しよう、そう心に誓ったのである。
そして、米井のタクシーは夜の営業に向かうため、公園を出て再び環八通りを洗足池方面に向かって走っていった。


「東京人情タクシー〜お近くでもどうぞ〜」第7話・相棒と彼岸花:完