自作小説「東京人情タクシーお近くでもどうぞ〜」第6話・盆の潮騒と友の遺志~千葉・酒々井・銚子編 | 走り屋ギタリスト・リアルドリフト侍ことマシンXのドリフト&ギター血風録

自作小説「東京人情タクシーお近くでもどうぞ〜」第6話・盆の潮騒と友の遺志~千葉・酒々井・銚子編

8月に入ったばかりの金曜日の夕方。
この日、米井のタクシーは、世田谷の下北沢から奥多摩までの長距離の乗客を送り届け、回送で都心部に戻る途中であった。
その乗客は、身内が亡くなり急遽奥多摩の実家に里帰りするため、たまたま米井のタクシーを利用していた。その事で、もうすぐお盆の時期だな、と考えながら、米井はひたすら都心部に向けて車を走らせていく途中、急遽迎車の無線が入ってきた。すぐさまメーターを迎車に切り替えて向かった立川で乗せたのは、なんと小学校時代の担任だった加藤稔であった。
「いやいや加藤先生、まさか今はこちらに居られるとは思いませんでした。この度はご利用ありがとうございます」
「こちらこそ。まさか迎車の個人タクシーが米井君のタクシーだとは思わなかった。会うのは同窓会以来だねえ」
かつての恩師と挨拶を交わしながら、米井は加藤を乗せると、加藤の自宅がある目的地の町屋に向けて出発した。


立川を出発してから、二人が会話している間に米井のタクシーはまず甲州街道を東へ向かい、新宿駅前に来ると、そこから明治通りを東に進んでいく。その間にも2人の会話は弾んでいた。
「それで、恵未ちゃんとの新婚生活はどうなの?」
「いや、おかげさまで仲良くやっております。不規則な営業にも関わらず恵未は毎回仕事の前に飯を作ってくれたりします。今年の冬には子供が生まれる予定でそれぞれ父親と母親になります」
「そうか。米井君に恵未ちゃんもとうとう父親と母親になるのか。いい子に育ててあげなさいよ。楽しみだねえ。生まれた時は連絡してちょうだい。ささやかだがお祝い用意させてもらうよ」
「わざわざありがとうございます!先生からのお祝いは恵未も喜びます!」
「いえいえ。…そういえば話は変わるけど、去年の春に前田君が亡くなってから1年になるよね。今年の初盆は前田君のお墓参りにはいくのかい?」
「そりゃあ行きますよ。もちろん恵未や隣に住んでいる弓香ちゃんも一緒にです。あいつもこの間の同窓会、楽しみにしてましたから。それが同窓会を目前に亡くなってしまい、結局同窓会は彼の一周忌を偲んだお別れの会も兼ねてましたからね。まあ、今回はトモの墓前に同窓会の事や、恵未と結婚した事でも報告しにいこうかと思います」
今年のお盆は米井夫婦にとって、また恩師である加藤にとっても特別な日であった。去年の春、米井の小学校時代からの友人の1人…「トモ」こと前田智彰が、不治の病での闘病生活の末にこの世を去った。今年はその友人の初盆でもある。
米井と前田は、いわば小学校時代からの腐れ縁で親友でもあり、恵未や笠屋家などそれぞれの両親とも仲が良かった。中学卒業後はそれぞれ別々の高校に進学したが、成人式で再開してからはまた付き合いも増えていった。
一昨年の秋、前田は突如体調を崩し、病院で急性の白血病と診断される。米井は仕事の合間を縫っては頻繁に前田の見舞いに行っていた。病院でも昔馴染みの話は止まらず、何時しか夕方の面会終了まで語り明かす事が多かったが、それでも楽しかった思い出である。
去年の1月、新年の挨拶を交わしたのを境に、前田の容体は悪化していき、日に日に意識が薄らいでいったが、2月の頭に来年に同窓会をやるという話を聞いた時には急に意識が戻り、病気を治して絶対参加しようと最後まで意欲は衰えなかったが、春真っ盛りの3月末に容体が急変し、危篤で駆けつけた米井に見守られながら、前田は眠るように息を引き取った。前田が亡くなった時、病室の外の桜並木は満開になっており、その満開の桜に包まれるかのような見事な大往生だった。
数日後の前田の告別式では、米井は自らのタクシーで遺族の送迎を担当した。生前に前田が残した「人生の最後ぐらいは米井のタクシーで送ってほしい」という遺言からである。親友としてこの送迎の依頼を快諾した米井は、出棺時、火葬場に向かう時には前田の棺を乗せた霊柩車の後に続いて遺族を乗せていき、そして火葬場から前田の自宅までは、前田の遺骨を抱えた遺族を送り届けた。それが、親友としての前田から米井への最後の遺言だった。
だが、それ以来前田の家族とは一度も会っていない。


米井のタクシーは新宿を過ぎると、新大久保、巣鴨、駒込、そして赤羽を順番に通過していき、今は新三河島駅の手前に差し掛かっていた。その間にも米井は加藤と前田の思い出話をしながら、再び明治通りを東に走らせていく。そして数時間後、タクシーは目的地で加藤の自宅のある町屋に到着した。
加藤は料金を払う間際、米井に連絡先を書いたメモを手渡すと、それに併せて米井も加藤に名刺と領収書を手渡した。
「わざわざありがとう。それじゃあ、お盆のお墓参りにまた会いましょう」
「こちらこそご乗車ありがとうございました。そしたら、また当日お迎えに上がります。どうぞよろしくお願いいたします」
そうして、米井と加藤はお盆にまた落ち合う約束を交わすと、加藤はタクシーから降りて家に向かって歩いていった。
「やれやれ、本日立川は2度目だな。でもまあ、お盆には墓参りに一緒に行く人が増えたから、それは良かったかもしれないが…」
米井がそんな事を呟きながら乗務日誌を記入した後、米井のタクシーは再び都心部で流し営業に戻るのだった。


流し営業に戻り、何人か客を乗せてからしばらくして、米井のタクシーは東京駅の八重洲口に戻ってきた。
そこで待っていたのは、福井と、福井の友人であり同業者仲間でもある武田進であった。
武田は、福井とは個人タクシーを同時期に開業した、いわば同期であり盟友でもある。米井ともまた、福井と共に仲の良い同業者の先輩後輩の関係であった。
「あ、米井君、ちょうど良かった。米井君はお盆は何か予定があるか聞こうと思ってたとこだよ」
「いや、実は仲間内でフィリピンのセブ島でバカンス旅行でも行こうかと思って、あちこち声かけてるんだけど、米井君もどう?もちろん奥さんも一緒に」
「いやー申し訳ない。生憎今年のお盆は先約がありまして。去年の春に亡くなった友人の一周忌の盆なので、今年はどうしても外せないんです」
「そうか、それは残念。まあでも、せっかくの一周忌のお盆だし、そのお友達に逢いに行ってあげるのが一番。大事な時間を大いに楽しんできてね。こっちもお土産買ってくるからね」
「ありがとうございます。福井さんも武田さんもせっかくの南の島でのバカンスですから楽しんできて下さい。もちろんこちらもお土産は用意します」
客待ちをしながら3人でそんな雑談をしつつ、しばらくして乗客が集まり始めると、またそれぞれ営業に戻っていくのだった。


そしておよそ2週間後の8月11日。
お盆休みに入ったばかりのこの日は、早朝から夫婦揃って早起きし、タクシーのスーパーサインを自家使用表示にして、玄関で待っていた弓香と共に自宅を出発、先ずは町屋まで加藤を迎えに行く。
町屋で加藤を拾うと、米井のタクシーはすぐに小菅インターから首都高速に乗り、中央環状線を南下し、葛西ジャンクションから湾岸線を東に走っていく。タクシーはそのまま千葉県に入り、浦安を過ぎてそのまま東関東自動車道に入った。そして、習志野の本線料金所を通過し、そのまま湾岸幕張パーキングエリアに入ると、4人は休憩も兼ねてそこで遅めの朝食をとることにした。
「千葉に帰るのは何年ぶりだろう。あれから20年以上になるのか…」
「まあそれぐらいになるだろうね。米井君達や笠屋さん一家が高校の時に引っ越してから、すっかり忘れかけるところだっただろうし」
「まあでも、自分達が引っ越す時に何故だか偶然にも弓香ちゃんや江波先輩一家がお店ごと来てくれた事もあり、寂しくはなかったですがね」
米井は笑いながら、当時の出来事を振り返っていた。中学卒業後に東京に引っ越して今の家で暮らしているが、同時期に偶然にも隣に笠屋一家の経営する沖縄料理店を移すことになるという偶然はあまりにも考えられなかっただろう。それでも、今の妻である恵未とも連絡を取っていた上に、恵未と弓香が親友同士という事もあって、決して関係が途絶えるという事はなかった。
「あら、あたしは寂しかったわよ。特に親友の弓と離ればなれになるのが。ねー弓」
「そうよ。あたし達は親友同士だもの。といっても、しょっちゅう米井君の取り合いしてたけどね」
「おいおい、またその話引っ張り出すの?いい加減もう俺は思い出したくないよー。俺はその頃付き合ってた奴がいるのに」
「まあまあ、いいじゃないの。それだけ昔から仲がいいのは先生も嬉しいよ」
「そう言ってくれるのはなんだかありがたいやら悲しいやら…」
そんな会話をしながらの朝食を済ませ、4人は湾岸幕張パーキングエリアを出発して東関東自動車道をさらに東に走る。
それから約40分、タクシーは酒々井インターチェンジで高速を降り、そのまま前田の墓がある公園墓地に到着した。


前田の墓には、既に小中学時代の友人が2~3人の他、前田の両親、姉、弟2人などの身内が集まっていた。
米井達は同窓会以来の久々の友人達との再会を喜び合いながら、前田の墓前に諸々の出来事の報告を済ませると、一行は近所の中華料理店で旧交を温めた。
女性同士、男性同士の会話を弾ませながら、米井は前田の身内に改めて挨拶をする。
「米井さん、わざわざ智彰のお墓参りに遠いところから来てくれてありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、トモが亡くなってから何一つ連絡もできなくて申し訳ありません」
「告別式の折にはタクシーの貸切を引き受けてくれてどうもありがとう。お陰で智彰も喜んでいると思います」
「いえいえ。また東京にお越しの際は是非うちのタクシーをご利用ください」
米井は両親との挨拶を済ませると、前田の姉である須美にも挨拶をした。
「須美先輩、長い間連絡が取れませんで申し訳ない」
「いえいえ。米井君も元気そうで安心したわ。ところで江波君は元気?」
「江波先輩は相変わらずですが。まあ、同い年ですからそりゃあ気にはなりますよね。この際なので帰ったら江波先輩には伝えておきますよ。須美先輩が気になってたって」
そんな笑いを交えながらの挨拶を済ませると、ちょうど集まりがお開きになった。
米井達の一行は、まず恵未と弓香、そして須美の3人は近所にできたプレミアムアウトレットへと買い物に行った。米井と加藤、それに加藤や前田の兄弟を含めた7人の男達は、2次会でさらにカラオケ居酒屋へ向かった。


夜、米井夫婦と弓香、加藤の4人は、前田の両親と須美の計らいで前田の家に泊めてもらうことになった。
そこでも、女性同士の仲の良さは変わらなく、未だ3人の女性陣の会話は盛り上がっていた。
その間に米井と加藤は、やれやれ疲れたと一息つきながら、前田の弟達と雑談しつつ、部屋でいつの間にか女性陣を差し置いてぐっすり眠りについていたのだが。


翌朝、前田の家を出発した米井達一行は、まず近所の酒々井駅まで加藤を送って行った。加藤はスケジュールの都合で先に帰る事になり、ついでに加藤から「久々に夫婦と友達水入らずの時間を楽しんできなさい」という冷やかし交じりの挨拶までついた。


酒々井駅で加藤を降ろすと、昨日に続き再び前田の眠る墓地へ向かった。昨日、姉の須美から弓香に是非あることを伝えてほしいと頼まれていたからである。
前田の墓前に着くと、米井は弓香に須美から頼まれていた事を話し始めた。
「実はな弓ちゃん、今更なのかもしれないがトモはお前さんに片想いをしていた。東京に引っ越した後もトモや須美先輩と連絡を取っていたのは、弓ちゃんの事をいろいろ心配していたからなんだ。というのも、トモは弓ちゃんに想いを伝えようとした直前に白血病にかかってしまった。それでも弓ちゃんにきちんと想いを伝える為に、病気を治そうとトモは必死で頑張ってきた。この間の同窓会を楽しみにしていたのもその為だったんだよ」
いつしか米井の話に弓香の目には涙が滲んでいた。更に米井が話を続ける。
「だが、去年の3月にそれも叶わないままトモは死んじまった。あいつは弓ちゃんに想いを伝えられなかった事が一番無念だったに違いない」
「だったら何でトモ君は亡くなる前にあたしにその話をしてくれなかったのよ!あたしだってトモ君の事心配してたのに!病気になったって、想いを伝えてくれたらそれでよかったのに!あたしだってトモ君に想いを伝えたかったのに…なんで…なんで…」
弓香は叫ぶように米井にそう話すと、顔を押さえて墓前で泣き崩れた。弓香からその事実を聞いた米井は、険しい表情で下を向く。恵未はそれを黙って見ているしかなかった。そして、再び米井が重い口を開いた。
「すまん。実はな、トモの想いを代わりに伝えようとはしていたが、トモに口止めされていた。トモは自ら直接想いを伝えようとしていた。ただ、その直前に病気で倒れたのは無念だったとあいつは話していた。俺はそれでもあいつに病気になったって弓ちゃんに想いを伝えられればいいじゃないかと必死で説得した。だが、中途半端な体で想いを伝えるわけにはいかないと、トモは頑なに考えを変えなかった。それがあいつなりのけじめの付け方だったのかもしれない。俺は親友として、トモとの約束を守るために話すことができなかった。本当にすまなかった」
ここまで話すと米井は口を閉ざした。側で聞いていた恵未は涙を流しながら、弓香に寄り添った。弓香は思わず「ありがとう」と米井に感謝の言葉を伝えると、寄り添った恵未の胸に飛び込んで再び泣き崩れた。恵未は弓香を抱き寄せながら、自らも涙を流し続けた。
口を閉ざしていた米井は、前田の墓前から立ち去るように、一足先にタクシーに戻っていった。


タクシーの運転席から米井はぼんやりと空を眺めていた。前田の親友としての遺言とはいえ、本当にあのタイミングで話して良かったのか。それとも説得を頑なに拒否したにも関わらず話しておくべきだったのか。いつの間にか米井は後悔と無念さが交錯するような複雑な心境になっていた。
しばらくして恵未と弓香が戻ってくると、前田のもうひとつの遺言に従う行動に出るため、タクシーはそのまま銚子の犬吠埼へ向かった。


銚子の犬吠埼の空は灯台に映えるような晴天だった。
米井、恵未、弓香の3人は、灯台に登った後に海岸沿いの近くのカフェレストランで昼食をとる。そして、君ヶ浜の海水浴場の駐車場に車を止め、3人は砂浜に向かった。
そして、米井は前田から生前に頼まれて預かっていた物を弓香に手渡した。それは、1個の真珠が輝くゴールドチェーンのネックレスと、前田が弓香に当てた手紙だった。
弓香は思わず手紙を読む。


  弓ちゃんへ

小学校の時から、僕はずっと弓ちゃんに恋をしていました。
あの日、雨に降られて雨宿りしていた弓ちゃんを傘に入れて、一緒に帰った事がありました。
それから数日後、僕が擦り傷をつくって怪我をした時に、弓ちゃんは傷の手当てをしてくれた事がありました。
そこから、僕は弓ちゃんの事が好きになりました。
そして高校進学と同時に弓ちゃんだけでなく、親友の米井君まで引っ越してしまい寂しい思いをしましたが、いつの日かまた会える事を信じて頑張ってきて良かったと思っています。
それから数年が経って、またこうして再会できた事は、本当に嬉しかったです。
どうかこれからも変わらず、いつまでも仲良くしていける事を願って…。

トモより


手紙を読み終えると、弓香の目は涙でいっぱいになっていた。
そして、その真珠のネックレスを首にかけると、米井と恵未は思わず「よく似合ってるね」と微笑んでいた。
「さて、全てが終わったし、そろそろ帰るとするか」
「そうね。何だか昨日と今日は本当に忘れられない日になったわ」
「うん。米井君、恵未、今日は本当にありがとう。トモ君との思い出、いつまでも大事にするわ」
「よーし。帰りはちと遠回りして九十九里からアクアライン経由で帰ろう。せっかく来たんだし、帰りは眺めのいいところを回って帰りますかね」
タクシーはかすかな潮騒の音をなびかせている君ヶ浜を出発し、九十九里を経由して千葉東金道路に乗り、館山自動車道を経由でアクアラインに入った。途中の海ほたるでは、東京湾の夜景を堪能しながらの晩飯を楽しんだ。そして、アクアトンネルを通り、湾岸線を東行きに走り、さらに葛西ジャンクションから中央環状線を進み、小菅インターチェンジで降りる。ようやく自宅に到着した時はすでに夜中の23時を過ぎていた。


翌日の夜、いつも通り営業で客を乗せて東京駅に戻ってきた米井は福井と武田に土産を手渡していた。米井もまた、福井と武田からフィリピンからの土産を貰った。
「しかし、お互い海に行くことになろうとは思わなかったが」
「まあ、もっともうちらは海水浴で行った訳でもなかったしね」
「うちらもそうでしたよ。まあ、海だけあってお互い旬の物を沢山食べられて満足でしたかね」
そうしてまた米井、福井、武田の3人はいつものように笑いながら雑談を交わす。そして、客が集まってくると、またそれぞれ営業に戻っていく。
こうした仲間との日常は米井にとっては本当に幸せだ。
もしかしたら、これもある意味ではトモが向こうから見ていていつの間にか起こしてくれた奇跡なのか…。
そんな事を思いながら、米井のタクシーはまた、客を乗せて目的地まで走り出すのだった。


もう一つの前田の姉の須美からの頼まれ事はというと、帰った後に米井から江波に須美が元気しているかと言っていたと無事伝えられ、その事をきっかけに、江波と須美が再び連絡を取り合うようになり、いつしか交際が始まったのはまた別の話…。


「東京人情タクシー〜お近くでもどうぞ〜」第6話・盆の潮騒と友の遺志:完