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竜の尾っぽの子廻屋

尾道暮らし。お寺の掃除請負、ゲームイベント開催、メッセンジャーな個人事業主。
ネガティブな人間がスローペースででも変化するさまを実況しつつ、好きなものについて書いてます。

二次創作【Pixiv】http://pixiv.me/habyy

頭が煮えたぎってこの世の全てが憎らしいみたいなテンションの時ばかりに更新しがちなあん子さんですこんにちは

 

それでフォロワー増えることあるの本当謎

 

 

それはさておき、乱高下が激しいですが生きているのもいいかもな…みたいな感じになることもあります

 

 

すごいふんわりとしていて掴みどころがなく

 

ブログに書こうとする前に消えてしまう

 

 

なので結局ブログには罵詈雑言しか残らねぇ(笑)

 

 

 

 

この頃は某スレッドを覗きに行っては書き込んだりしているのですが

 

反応をもらえると嬉しかったり

 

反応もらえないと寂しかったり

 

もしかして私は誰かと話したいのかな〜と思っては

 

いやでも反論されるとイラついたり不安になったりだから話したいとは違うのかなって思ったり

 

 

自分でブログ書いたり、ツイッターで呟いたりするよりも

 

人がいる場所ではあるので反応ももらえやすく


そこを選んでるっていうことは

 

いやまぁ、ふらっとしりとりに参加するとかくだらないやりとりとか多いけど

 

関わりたい部分は確かにあるよな…と

 

 

ふわっふわな解釈

 

 

 

 

あと

 

自分は【思いに浸るのが怖い】からハッピーちゃんとかのマネしようとしてもブレーキかかる、というのが結構はっきりしてきた

 

逆に言えば自分の世界にこもりやすいというか浸りやすい

 

浸ってると笑われたり

 

他の人がなんで?ってタイミングで同調して泣いたり

 

なんかね、なんか感情に同調しやすいというか浸りやすいのだろうね

 

だから冷静に、同調しないように、ただそうなだけだから感情を動かす必要はないって言い聞かせて背筋伸ばしてたのですよ

 

虚勢張ってたともいえる

 

 

んで、私は物語が好きで

 

その物語の中でも主人公たちの話を聞かないスピリチュアルとか占いとかハマってて浸ってる人たちはおかしな人達として書かれていて

 

現実を見てなくて足元を救われて恥をかくことがおおい気がする

 

オウムとかリアルタイムでニュースになったし

 

浸ることに恐怖感がある

 

 

理解してなくて勘違いしたりして人に迷惑をかけて、うんざりされたりするのもねー…

 

 

でも加齢のおかげかちょっと図太くなってきたのか

 

笑われても、馬鹿にされても、うんざりされても

 

私が気にならなくなれば、どうでもよくなってもいいのかも…?

 

という変化もちょっとはある

 

 

大々的な変化ではないし、ちょっと揺れるようになった程度だけどね

 

私にとっては

 

カウンセリングとか占いとか色々で

 

異口同音に「アウトプットしなさい」って言われるからやってることで

 

確かに人と話すことに慣れてなさすぎて

 

焦って早口になったり

 

言うべきことがこんがらがったり

 

口がもつれて喋れなかったり

 

何を言ったらいいのかわからなくて止まってしまったり

 

そういった面があるから

 

慣れなくちゃなって納得してはいるんですよ

 

 

でも誰かに反応されるのってビビるんですよ

 

いいねされると嬉しい反面、戸惑うの

 

 

一方的に【インターネット】という存在と空間に話しかけてるつもりだったの

 

気持ちを整理するためにぬいぐるみに話しかけるって言うじゃない?

 

あれに近い

 

ぬいぐるみに話しかけるのは慣れなかったけど

 

 

たぶん

 

誰かに聞いてもらいたい気持ちと

 

反論されたくない気持ちと

 

全肯定してもらいたい気持ちと

 

肯定だろうと話しかけられたくない気持ちがある

 

 

 

誰かとつながるツールとしては見ていない…ってこと…?キョロキョロはてなマーク

 

 

 

アウトプットしろってアドバイスには

 

言ったことに責任を持って受け止めろっていう部分もあるんだろうな

 

 

とか、考えると嫌になってくる

 

 

アウトプットして誰かと話はじめて盛り上がって友達になることもあるけど

 

警戒心が強いから「なんだこいつ」とも思いやすい

 

相手はつながるツールだと思ってるから、そういう反応をされて驚く

 

みたいなこともあるんだろうなって

 

 

 

何が言いたいかわからんくなったから終わり

 

 

 

 

ほうっておいてくれればいいのに

かまわなきゃいいのに

口出ししてこなきゃいいのに

バカにするくらいならかかわらなきゃいいのに


そういう気持ちを他責思考と呼ぶのかもしれない



私を嫌な気分にさせてくる

あいつらのせいで気分が悪い



やいのやいのいわれて傷付く弱さを

他人のせいにしているということなのかもしれない




人と人が主義主張をぶつけ合って

自分の主義に自信も確固たる確信(これでいい)もあるから
研磨してより思考が深まる

そういうふうに出来ていて


ぶつかりあいに揺らぐ

土台のしっかりしていない私みたいな弱々は

世界の土俵にすら立てていないんだろう







くそだな、この世界

 

用があって郵便局まで行ったのね?

 

その後、銀行にも寄ろうと思ってて

 

白い封筒を持ってたの

 

その白い封筒に5万円

 

 

 

まぁ、無くしたよね

 

 

 

 

あれー?かばんに入れたよな?と探り

 

うちに忘れたかと戻り

 

探してもなくてやっぱこれどっかに落とした?郵便局?

 

それでもなんだか気分は焦っていなくて

 

いや私にとっては大金なんだけどね

 

 

たぶん、今なんでだか銀行にも郵便貯金にもお金がいつもよりたっぷりしていて

 

そのせいでぼんやりしていたのかもしれない

 

金持ちけんかせず

 

みたいな

 

 

やべーなー、落としたか盗まれたー?

 

いやでも周囲に人いなかったしなー

 

なんてどこかのんきなまま、また郵便局に行きまして

 

 

 

あったんだよ

 

 

白い封筒

 

 

足跡ついてたから誰かしらに踏まれたか

 

私が踏んだか(笑)

 

 

きっちり5万

 

 

誰も気が付かず、ぺろっと郵便局の床に落ちていた

 

 

あらまあ

 

こんなこともあるんだなぁ

 

誰も拾ってネコババしなかったなんて

 

なんて民度がいいのかしら(笑)

 

 

用事はどちらもちゃんとすませたので

 

 

今日の私もがんばりました

 

 

 

 

 

さっきまでまたネガティブに押しつぶされてたけどね

 

 

 

 

 

リブログに触発されて

 

 

 

なんとも緊張する、どうしようかとここしばらく悩んでいることを決行したら

 

それはもう気分がだださがり恐ろしくて腹だたしくてと

 

感情がめちゃくちゃに

 

怒りと悲しみでぐっちゃんぐっちゃん状態

 

 

で、前にちょっと読んだ記事を掘り起こしてみた

 

 

『エゴキンマン』

 

You Tubeの方で詳しい説明動画とかあるんだけど

 

説明を聞くのが苦手なとこがあって…

(文字と図説で読む方が頭に入る)

 

二の足を踏んでいる話しのうわずみをちょろっと読んで

 

感情のままにメモに書きなぐったもの

 

 

 

 

 

「どっちでも正解」がわからないんだ

 

本当はどうしたい?、という問いがもうすでに売り言葉同然で

 

はやく正しい選択をしろよ、と同義でしかない

 

それをオブラートに包んで寄り添うようなふりをして訪ねてくる

 

 

どうしたい?(わかってんだろ?)

 

 

だからちっとも嬉しくも優しくもない

 

腹が立って頭が熱くなる

 

尋ねられた瞬間にすごい気分が悪くなる

 

 

 

何が違うんだろう

 

 

だって本音の通りに行動しないんなら

 

無視されてるのと同じじゃない

 

本音に嘘をついてる

 

自分を否定している

 

嘘つき

 

 

 

 

バカにされてきたんだっけ

 

嘘つき

 

おかしい

 

もっと早く正しい選択をすればよかったのに

 

 

 

道を間違えたり

 

ぐずったり

 

理解できないと怒られて

 

理解したら

 

 

もっと早く正しい選択をすればよかったのにって

 

 

お前は駄目だね

ようやくやっとわかったのって

 

小バカにされる

うんざりされる

 

 

 

それが悲しくて辛くて

 

ただでさえ恥ずかしいのに

 

間違えるのがすごく嫌だった

 

間違えてもいいなんて到底思えなかった

 

どうして?の問いが怖かった

 

よくわかったね、も怖かった

 

褒められたところで嬉しくなんてなかった

 

 

なんでもっと早くわからないの?

 

 

言葉の裏に面影を見てしまっていたから

 

気持ちを聞かれたら、そんなのおかしいがセットだったから

 

相手の望む答えが必要だったから

 

相手が不機嫌になるのが怖い

 

無言も怖いよ

 

反応がないと何を間違ったんだろうって怖くなる

 

 

 

どうしたいって聞かれて、本当はしたいけれど怖いからしたくないってなった時に

 

しない選択をするのを許されるのも怖い

 

だって苦しむのは私だから

 

責任を取るのは私だから

 

矢面に立たされるのは私だから

 

不機嫌になって

 

それで物事が上手くいかなかったらお前のせいだからね

 

私は知らない

 

ってそっぽ向かれる

 

上手くいかなかったら

 

ほらね、お前が悪いんだよって

 

だから言ったじゃないって

 

責めてくる

 

苦しみは二倍にも三倍にもなる

 

 

 

選択なんて全然自由じゃないし、嬉しくもない

 

 

 

うまくいったって

 

何もしないのに自分のことみたいに喜んで

 

自分の手柄にされてしまう

 

喜びは二倍どころか半分になる

 

 

 

本音を尋ね続けられるのがストレス

 

もう聞かないで!って叫びたくなる

 

どうでもいいでしょ!って怒りだして黙らせたくなる

 

 

見張られてる気分なんだ

 

 

 

どう喜べばいいの

 

 

 

本当に何もきにしないんだったらどうしたい?

 

一番に浮かぶのが

 

そんなこと聞いてどうするの?

 

なんだよな

 

 

もう警戒心バリバリ

 

 

親友ソースというらしいけど

 

親友の皮を被った監視役としか見れていない

 

 

本当はどうしたいのか聞いて

 

それで?

 

 

本当はどうしたいのか分かって、それが出来なかったら不満になるじゃない

 

自分に我慢させる自分が嫌いになる

 

それをあなたは傍でニコニコしながらみてるつもり?

 

被害者意識っていうんだろうな

 

攻撃してくるつもりか?って警戒してしまう

 

 

やりたいようになって上手くいったら?

 

何もしてないくせに喜びに便乗するつもり?

 

上手くいかなかったら?

 

知らん顔してどこかにいくの?

 

 

好きなようにしていいよ、なんて

 

責任取るのは私なんだから当然じゃない

 

痛い思いをするわけでもない怖い思いをするわけでもないお前に

 

上から目線で言われたくない

 

怒りが湧いてくる

 

 

 

 

問いかけているのがヒルコで

 

ヒルコに深い意味がなくて

 

寄り添うつもりで言ったとしたならば

 

強い拒絶は悲しいだろう

 

気持ちが通じないのは悔しいだろう

 

無力感にうちひしがれるだろう

 

 

そしてコギトも攻撃されたと怒りと悲しみでいっぱいになる

 

お前なんかだいっきらいだという気持ちが増すだろう

 

 

傷ついたコギトには

 

ヒルコの言葉は届かない

 

手足のないヒルコには

 

コギトのことを癒せない

 

二人して途方に暮れる

 

二つで一つの存在なのに

 

とてもとても遠いのだ

 

 

怯えているのはコギトで

 

怯えているのはヒルコだ

 

どちらも同じで

 

立場は入れ替わり続ける

 

 

 

 

コギトとヒルコに分けると状況がちょっとわかりやすくなる

 

 

 

何も気にしなかったらどうしたい?

 

 

 

 

なじる目的でなく、こうすべきの催促でなく

 

 

ただ、寄り添い、聞いているだけだ