ちょうど今年の3月頃だった。

このたび退職されることになった職員の送別試合を行った。

この方も長年職員野球部で活躍された。


その送別会でのことであった。東京遠征を経験したことのある連中から、久しぶりに東京に行こうとの声が上がり、それに応えるように監督が、若い連中が中心となって、練習や段取りを進めるなら、東京に行こう。と、言われた。

それをきっかけに、ゴリと私が中心となり東京遠征の実現に向けて取りかかった。


まずは今の職員野球部の改善点を洗い出し、整理することである。

私としては、現状をきれいに整理し、一新して取り組みたかった。

特に幽霊部員の整理、ユニフォームの刷新はぜひとも実現したかった。


何回かゴリと相談し、まずは監督に相談した。

監督からは「やってみろ。」との心強い回答を得た。

ついては、下記内容のメールを全職員野球部のメンバーに伝え、協力者を募った。

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今後の職員野球部の活動について

職員野球部部員各位

 今年度の活動は、引退イベント・他大学交流戦・関係校野球大会がありました。特に引退イベント(宴会)の際には大勢の部員が参加し、過去の職員野球部の思い出や東京遠征でのハプニングなどの話で大変盛り上がりました。その際に参加された皆様より、職員野球部の活動について、もっと活性化すべきとのご意見を頂戴しました。

確かに、ここ数年、私大連大会(東京遠征)参加も実施することができておりません。業務の関係など色々理由がありますが、何より「東京に行こう」という「空気」というか「勢い」が以前に比べ無くなっていることが原因だと思います。

振り返ってみると職員野球を通じて知り合った上司、先輩方からいろいろご指導をいただいたこと、関係校野球大会などを通じ知り合った他大学職員との情報交換など、単に野球を楽しむだけでなく、職員野球部からは様々なことを学びました。このことは後輩にも伝えていかなければと強く感じました。

今後、職員野球部の目的である野球を通しての「職員間の交流」や「他大学との交流」を実現するために職員野球部の活性化を図りたいと思います。

来年度の「東京遠征の実現」を目標に、今年度は次の4点について取り組みたいと考えております。

①活動メンバーの確認

②運営メンバーの決定

③ユニフォームの新調(背番号の整理を含む)

④定期的な練習の実施

東京遠征や各大会には、定期的な練習など行い、野球の上手・下手だけでなく、練習への参加度・部へ貢献度などからレギュラーメンバーを確定するようなチーム運営を行うことを考えております。

つきましては、今後の職員野球部への参加について意思確認を行いたいと思います。

下記質問項目について回答をお願いします。

【今後職員野球部の活動に】

□積極的に参加する(ユニフォームを新調する)

□参加する(ユニフォームを新調する)

□参加する(がユニフォームは新調しない)

□引退する(たまには顔を出します)

できるだけ多くの職員に参加して頂き、職員野球部の目的を達成できればと感じております。何かと組織内での「見えない壁」を感じる昨今、「一体感」が感じられる組織づくりに職員野球部が貢献できれば・・と考えております。

なお、残念ながら回答をいただけなかった方については、活動の意思なしとして対応しますのでご了承お願いします。

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以上、新生職員野球部が動き出す。

次の日、みなそれぞれ思いをもって築地を後にした。

数人は、観光して帰ったようで、秋葉原、六本木、お台場、そして神宮球場でプロ野球を見て帰った者もいた。


私は二日酔いと疲れでフラフラだった。

そして仕事もあわせ、1週間も東京にいることになるため、妻と子供を兵庫の実家に預けてきた。

今日は、そのまま実家に直帰し、久しぶりに家族の顔を見ることができる。

子供たちのお土産におもちゃを買ってやりたかったが、妻におもちゃはNGといわれていたので、東京のお菓子と晩飯の酒の肴に崎陽軒のシュウマイを買った。

いつも東京出張の時は、帰りの新幹線で、このシュウマイとビールで疲れを癒す。

さすがにまだ朝の9時半だったし、二日酔いの影響もあったのでビールを飲む気にはなれなかった。


東京から姫路まで、ひかり号で約4時間の長旅になる。

こんな長い時間、一人だけの時間を持てるなんて贅沢すぎる。

貴重な時間として、めずらしく仕事(研修)の資料等に目を通した。

しかし集中できない・・・・・フッと野球のことを考えてしまう。

天然の野球馬鹿だ。

東京遠征までの道のりを振り返る。

振り返るとよく東京にこれたもんだと思った。

みな有給休暇を使って、職場の理解を得ながらやってきた。

職場だけではない、私同様、家族の理解もあっただろう。

そして何より、また職員野球部として活動ができたことをうれしく思う。


そういや、あの時、監督が「東京に行こう!」っていわなかったら、多分これなかっただろうな。

そんなことを考えながら、家族の元に向かう新幹線の車窓を眺めた。


宴も終わり、その日に帰京する者、もう1泊する者、それぞれあった。

監督とツジ課長は本日中に帰京される。


帰り間際、ツジ課長にすいませんでしたと握手を求めた。

「来年、リベンジやで。」そう力強く言われた。

返す言葉がなかった。


また、タクシーに乗る監督にもお詫びとともに握手を求めた。

「お前は悪くない。」そういって強く手を握ってくださった。


「やっぱり野球、いや、俺たちのチームは最高だ。このチームでもう一度ここに来て、思いっきり野球がしたい。」

そう思った。


その後、居残り組の連中と飲みなおした。

楽しかった。

これまでのこと、これからのこと、今日のこと、仲間のこと、野球のこと、仕事のこと。

いろんな話で盛り上がり、私にとって忘れられない夜となった。


楽しい夜はまだまだ続く。

そんな中、リョウタのおめでたい話も聞けた。

彼女と近々籍を入れるという。しかし、お金がないので式は挙げないという。

こんなおめでたいことをほっとくわけにはいかない。

俺たちで、質素ながら何かしてやりたいと、そう伝えた。

うれしそうに笑っていた。

野球だけではない、それ以外のところでも、私たちは仲間として、時にはライバルとして、ともに歩いていく。

同じ職場で仕事をし、同じチームで野球をし、同じ宿で数日をすごし、同じ酒を酌み交わす。

最高の夜、そして仲間達だ。


そんな最高の夜だが、次なる東京遠征は始まっている。

強く自分に言い聞かせた。


その後、宴は続いた。

野球まみれの酒盛りである。

こんなに楽しい宴はないはずなのに、いまいち乗れないし、飲んでも飲んでも酔いがまわらなかった。


そんな中、私の失態の話になった。

耳が痛かったが、しっかり聞いておくべきと思った。

ヒデキ曰く「初球の死球でつぶれると思った。」とのこと。

ニシモ曰く「悔しいでしょう。結構練習されていましたもんねぇ。」とのこと。

そんな中、ゴリは言った。「あんなん遠慮せんと、全員に(死球を)当てたったらいいですやん。」

なんか、すごく新鮮だったし、何よりもの励ましに聞こえた。

こういう気持ちがなかったんだ。と、反省した。

少しでもマウンドで、ゴリの言うような気持ちになれたら、こんな俺でも変わってたかもしれない。

だてに俺と長く付き合ってくれてないなぁ。。。。。そう痛感し、非常にありがたかった。


そんな感じで杯を交わしながら野球談義を進める中、「やっぱり野球はいい。」との感情が少なからずこみ上げてきた。

何がいいのか。そう、この連中と一緒にグラウンドで暴れることなんだと思う。

一人でもがき、試合をつぶした私に、また一緒にやろうと手をさしのべてくれる仲間と一緒にできることが、楽しいのだ。

みんな口をそろえて言う、「もう一度東京でやりましょう!」。

その言葉を耳にすると、「いつまでくよくよしとんねん!」と腹が立ってきた。

投手をするかどうかはともかくとして、主将としてもう一度この東京に来て、リベンジしなければならない。

俺は主将だ!前に立って、みんなを引っ張っていく立場だ!その気持ちが時間を経るごとに強くなっていった。


私は言った「みんな。来年、もう一回東京にこよう。そのためにも今から練習、試合を重ね、がんばろう!」

その気持ちは本当であるし、伝わったと思う。

みんな大きくうなずき、本当にチームが一つになったような気がした。

怪我の功名ではないが、この悔しさを感じたことによって、さらに一つになれたような気がする。


数日前、参議院選挙が行われ、民主党が圧勝した。

選挙翌日、民主党の小沢代表はテレビでこういっていた。

「選挙が終わった瞬間から選挙が始まっている。気を抜かず、さらに強い気持ちをもってがんばらなければならない。」


今日、東京遠征は終わった。

小沢さんの言葉を借りるわけではないが、東京遠征が終わった瞬間から、東京遠征が始まっているんだ。

そう、終わりは単なる終わりではなく、次のはじまりである。


風呂から上がり、打ち上げの集合場所に行こうとすると、すでに監督がおられ、宿泊施設の近くでやっている盆踊り大会を見ておられた。

近くに行って、声をかけようかと思ったが、足が進まなかった。

なぜか怖かった。


「何が怖いのか?」


自問した。

たぶん、「投手を辞めろ。」といわれるのが怖かったのだと思う。

風呂屋では、自分で「投手を辞めよう。」そう思っていたのに、現実として「やめろ!」といわれるのが怖い。

心のどこかで、もう一度リベンジしたいという気持ちがあった。

トイレに行き、再び戻ると何人かの選手が来ていた。

全員集まり、打ち上げ会場に向かった。

打ち上げ会場は、宿泊先の近くにあるお寿司屋さんだ。

さすが築地である。ネタは最高級で、かなりおいしい。

しかし、この店も過去に大暴れした記憶がある。

大暴れしたのは私ではない、監督だった。

何年前になるだろう、同じように東京遠征に来て、予想外に1回戦で敗退したときだった。

監督はじめ、皆の暴れようはすざまじく、新人職員だった私は驚きのあまり、何が起こったのかわからなかった。

監督はかなり酔い、寿司や肴がおいてあるテーブルの上を歩き回り、店から大ひんしゅくを買った。

これは今でも伝説であり、よき思い出である。

そのようなことを知っているため、今回もどうなるかと不安だらけだった。

宴が始まった。

はじまりに際して、監督から一言いただいた。

「今日はお疲れ様でした。残念な結果だったけど、何かを得てくれたと思う。」

そして、私の方を向き「おまえは悪くない。私の采配ミスだ。負けたのは俺の責任だ。悔しかったら、また来年来よう、そして勝とう!」

そう言われた。

何を言われるかとビクビクしていた私にとって、この発言は予想外であった。

「すいませんでした。。。。。」また、私は謝ってしまった。

謝るしか動揺を隠せなかった。


築地について、昼ご飯を食べた。

冷たいビールがのどを潤し、なんとも美味しかった。

皆それぞれ好きなものを頼み、お腹を満たして宿舎に帰った。

打ち上げまでの自由時間、私は洗濯がてら近くのコインランドリーがある銭湯に行くことにした。

メンバーは私とゴリ、そしてノリ、リョウタの4人であった。


湯船につかり、汗だくの汚い体をきれいに洗ったあと、サウナに入るとそこにはノリもいて汗を流していた。

私は隣に座り、話しかけた。

「今日はすまんかったな。ほんまに・・・・・。ワシのせいで負けたな。ほんまごめん。」

そういうとノリは、「いいえ、初回に私が点を取れなかったのがいけないんです。あそこで私が(安打を)打ってさえいたら展開は変わっていました。私こそすいませんでした。」そういってくれた。

本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。


これ以上、私が謝るのは良くない。

謝れば謝るほど、後輩達を謝らせることになる。

そう思った。


ノリが出て行った後、1人サウナで考えた。

「もう、このチームでは投手はやめよう。その旨、監督に伝えよう。」

これ以上、謝るのはいやだし、たぶん後輩達も、こんな私を見たくないと思う。

初めて野球がおもしろくないと心から感じ、正直、心底やめたいと思った。

いつもの私は、バカを言って、わがまま大王で、後輩を振り回し、やりたい放題のどうしようもない先輩だ。

そんな私が、元気なく謝りまくっている。

これでは、後輩の調子もおかしくなる。・・・・でも、今はどうしようもなかった。

しかし、いつまでも落ち込んでいられない、何たって曲がりなりにも私は主将だ。

背番号「10」をつけている以上、皆を引っ張って行きたいし、行かなければならない。

だったら、投手をやめて、主将として野手(打者)に専念しよう!

投手は、楽しく野球をするヤンチャーズでやればいい、ここは、俺みたいな者が投手をするところじゃないんだ。

そう、思った。


「そうだ!投手じゃなきゃもっと楽しめるんじゃないか?やめちまおう!」そう思う反面、「この負け犬め。逃げるのは簡単だ。自分を超えられないから逃げるのか。弱虫め!」

自分の中でそんな2つの気持ちが入り混じり、悔しさと情けなさが交錯していた。

体からは、汗がしたたり落ちていた。

忘れることのできない、何とも言えない不快なサウナの暑さだった。

ミーティングが終わり、皆それぞれ帰り支度をしていた。

目の前では、関西から来ているもう一つの大学が試合をしていた。

楽しそうにさわやかな汗を流しながら、白球を追いかけている。


私は1人、遠くを眺め、今日の失態を振り返っていた。

皆、私には近寄らない。

たぶん、「近づくな、ほっといてくれオーラ」がでていたんだと思う。

今思うと、タクシーがくるまで、何を考えていたのか、私自身も覚えていない。


とりあえず、着替えをすませ、帰りのタクシーを待つ。

4台中の3台目に乗り込んだ。

私とヒデキとナベさんで乗った。

少しばかりの沈黙の後、ヒデキが問いかけた。

「キャップ。投球フォーム変えるんですか?」

帰る前、ツジ課長に呼ばれ、投球フォームの指導をいただいた。

それを見ていたのだろう。


私はサイドスローで投げる。

ただ、サイドスローと呼べるようなきれいなフォームではない。

投手なんて本格的にしたことがなく、我流の投げ方である。

そのせいか、体の動きにあわせ腕がついてくるので、どうしても体が開くと球が左右にぶれてしまう。

特に右にそれるクセがある。

ま、要するに基本が全然できていないのだ。

そのクセを克服するためにも、腕をできるだけ上から振り下ろすフォームに直せと指導頂いた。

頭ではわかっている。でも、体が覚えないと試合ではできっこない。

実際、それで今回炎上した。


東京に来る数ヶ月前、いろんな人からいろんな指導いただいた。

初めて投手としての指導をいただいたので、頭の中がパニックになった。

しかし自分なりに時間を見つけ練習した。

練習は基本的なものだ。

①まず、しっかり立つ。(これさえできなかった。すぐにバランスを崩してしまっていた。)

②立った状態で捕手を見る。

③捕手を見ながら足をまっすぐに出す。

後は捕手めがけて上から手を振り下ろす。

とにかく上記の3点を練習した。

しかし、捕手に対してまっすぐに足を出すことができない。

投手経験がある人や高校・大学まで野球をやってた人なら失笑を買うような話である。

でも、それすらできないやつがマウンドに立っていたのだ。


練習のしすぎで、右足の太ももを痛めた。

やればいいと思っていた。。。。まったくあきれるほどの素人である。


今からフォームを変えるなどかなりの難題だ。

できることなら、「投手失格。」って言われたら楽だったのに。もっと東京遠征を楽しめるのに・・・・・。

正直、心底そう思っていた。


「ストライク!バッターアウト!」

最後の一投、ノリのバットは空を切った。

バッターのノリも天をあおいだ。

状況は2死満塁。

次のバッターはハマ、最後のバッターになるのか。

ハマもノリと同様ロングヒッターだ。頼む・・・・・。

しかし、反撃及ばず惜しくも2塁フライで最後のバッターとなってしまった。


「ゲームセット!」

高らかに響き渡った主審の声が、私の心に突き刺さった。

「終わったなぁ・・・・」

何ともいえない寂しさと悔しさが入り交じり、心の底からこみ上げるものがあった。

私もコーチャーズボックスを離れ、整列する。

何とも言えない悔しさがこみ上げてきた。


グラウンド整備をした後、ミーティングを行った。

監督が、残念だったがよくやったと皆をねぎらう。

その言葉を聞いていると、悔しさを通り越して、情けない気持ちになった。

それ以上に申し訳なかった。

気がつくと、涙があふれ、年甲斐もなく顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

「足を引っ張りに来ました。どうもすいませんでした。」そう伝えるのに必死だった。

私の素直な気持ちだった。


それにしてもいつ以来だろう、悔しくてこんなに泣いたのは。。。

高校生の剣道の合宿で泣いたっけかな?

あのときも、師範に稽古をつけてもらってて、なぜか竹刀じゃなく、足で胴を蹴られまくって、「なんで竹刀つかわへんねん!」って思ったら、なんか悔しくって、気がつけば竹刀を投げて大声で泣きながらつかみかかってたかなぁ?

周りからは超ひんしゅくを買った。高校2年の暑い夏だったと思う。


今回も気がつけば、泣きながら謝ってた。。。。。。

同じようにひんしゅく買ってたのかな?


37歳になって、こんな思いになるとは思ってもみなかった。

気がつけば私の心はぼろぼろになっていた。

野球なんて・・・・・嫌いだ。。。。。

遠くで白球を追いかける他のチームの声が響いていた。


投手心理としてはこれほど痛いプレーはない。

苦しいマウンドが終わったと思いきや、まだ続くという展開になったのだから。

しかし、ノリは良く踏ん張った。

ノリはたぶん皆の見えないところでかなりの練習をしていたと思う。

それに私と違って、要点を得た効率のよい練習だったのだろう、その証拠に数ヶ月でかなり体を絞っていた。

私も4キロほど落としたが、たぶんそれ以上落としていたと思う。

夜の練習が終わった後も、大学の構内を走り込んでいたのも知っている。

みんなそれぞれ努力し、この東京に乗り込んできたのだ。

打たれるわけがない、そして負けるわけにはいかない。

結局、次のバッターをセカンドフライにとり、この回2点で切り抜けた。

点差は9対5の4点差。

非常に厳しい状況ではある。

7回、最終回の攻撃。

しかし、まだまだあきらめない。

炎天下の中、吐きそうになりながら一生懸命に球を追った苦しい練習を思い出した。

絶対負けない、負けてはならない。


その願いが通じたのか、勝利の女神は私たちにほほえみかけてきた。

相手チームの投手が乱れ、四球を連発し、みるみる間に塁は埋まった。

気がつけば1死満塁のチャンスだった。

5回の攻撃を考えると一気にたたみかけたら逆転もあり得る。

頼む、打ってくれ!!!

今の私にはコーチャーズボックスからそう願うしかできない。


しかし相手チームも山場と考えたのか投手を交代してきた。

若い球威のある投手だった。

相手も勝負に出てきたのだ。

ここで打席に入ったのが、四番のノリ。

やはりセンスがあるやつは4番でエースがよく似合う。うらやましい・・・。

また、ノリはロングヒッターである。本当に逆転があるかもしれない。そう思った。

カウントは2-3のフルカウント。


天国と地獄の分かれ道にさしかかった。
勝負の1球は投げ込まれた。

2点差まで追いつめた我がチーム。

あとは残り2回で逆転といきたい。


しかし、迎える先頭バッターが右翼線に大きな打球を放った。

左翼線なら、芝生で球の勢いは死ぬが、右翼線は土の場所があり、そこに打球は落ちてしまった。

打球は転々と転がる。。。。。。

まさかのランニングホームランだった。


このプレーの後、投手のノリにはちょっとばかり動揺が走った。

その影響か、いつものノリの制球がさえない。

四球が多くランナーをためてしまう。


また、1打でれば大差がついてしまう。

いたたまれなくなり、マウンドに駆け寄った。

「どうした!?がんばれ・・・・・・。」

そうノリに声をかけるとノリは顔をこわばらせて

「すいません。」

と答えるだけだった。

謝りたかったのはこっちの方だ。

それ以上、声がかけられなかった。


次の打者に対し、ノリは精一杯投げた。

しかし、四球を出し、1点献上。

その次の打者は芯で捕らえられたが、幸いにもショート正面だった。

確実に捕球し、サードに投げる。ゲッツーだ!

しかし、なぜかサードのハマはタッチにいった。

えっ!?

その瞬間、グラブから球がこぼれた・・・・・。