試合は5回まで進んだ。

このまま終わってしまうのか、私は気が気ではなかった。

しかし、この回先頭のチンパンが左翼線に安打を放った。

一回戦でも、チンパンからの安打で逆襲が始まったらしい。

勝利の女神がほほえみかけてきた。

続いて四球、失策を誘いここで私の代打にゴリが打席に入る。

ゴリは見事に右翼線に二塁打を放った。

その後もリョウタ、ナベさんが続き4点をもぎ取った。

我がチームの必勝パターンだ。いつも思うが、我々は調子に乗らせたらこわい。

いまこそ一気にたたみかける!



気がつけば7対5の2点差まで迫っていた。

しかもまだ、1死3塁。

お願いだ!逆転してくれ!いやっ、同点でも十分だ!

神(仏)にも祈る!?思いで大声で応援した。

今の自分には応援するしかない。



しかし、あと一息で追いつくことはできないまま、2点差でこの回は終了した。

残すは2回。

逆転と行きたいところだ。

その回は、5点を取られ、何とか終了した。

「ベンチに帰りたくない。監督に怒られる。いやだ・・・・・・。」

おどおどしながらベンチに帰る。

「すいませんでした。」そう話すのが精一杯だった。

周りは何の反応もなかった。

皆の優しさなのか、それとも私の落ち込みようが、声をかけられる状態ではなかったのかもしれない。

そんな中、リョウタとヒデキが声をかけてくれた。

「キャップ。打たれてませんよ。」

確かにそうだ、打たれていない。

もっと自信を持てよ!っと、後輩に檄を飛ばされた感じだった。

確かに、ほとんど私の四死球でランナーをため、そこに安打が絡んでしまったのだ。

手が振り切れていないし、体が開いているのもわかっていたが、どうしようもなかった。


2回のマウンドに向かう。

「もっと手を振って!もっと踏ん張って!」自分に言い聞かせながら投げ込む。

でも、もうどうしようもなかった。(何度、「どうしようもない」といったかわからない・・・・。)

手が伸びきらない。また当ててしまうのではないかと不安でいっぱいでついつい球を置きにいってしまう。

そうなれば、今度は打たれてしまう。

結局、今度は打ち込まれ、2点を取られてしまい、結局7点の大差をつけられてしまった。


夢なら覚めてくれ!

そう思いたかったが、時すでにおそかった。。。。。

結果は最悪なものとなり、球は打者の足に直撃した。

その瞬間、頭が真っ白になってしまい、その後、あまり記憶がない。


ここからが私の悪いところで、気持ちの転換が上手にできない。

マウンド上で「試合をつぶしたらどうしよう。。。。」そればかり考えていた。

考えれば考えるほど、制球は乱れ、どつぼにはまっていく。

その後、やはり制球が定まらず、連続して四死球を与えてしまい、気がつけば無死満塁。

次の打者を三塁フライに打ち取り1死とするが、5番打者が二塁ゴロを打った。

二塁手のナベさんがすばやい処理で本塁アウトを狙うが、惜しいところで生還を許してしまった。

なおも1死満塁。

ここで四球を出し、さらに1点追加。

次のバッターが右翼線に安打を放ち、右翼を守っていたノリが、処理をあせり後逸。

気がつけば、5点をとられてしまった。


みんな私を助けるために一生懸命守り、走ってくれた。

申し訳ない・・・・。情けない。

その気持ちでいっぱいだった。

私がマウンドでおどおどしているのがみんなに悪影響を与えている。

それはわかっていた。でも、どうしようもなかった。

いったい俺はどこまで情けない男なんだろう!

気がつけば、自分を攻め立て、追いつめていた。

試合中にマウンドでこんなことを考えること自体が間違っている。

迷惑をかけることが大嫌いな私が、こうネガティブに考えることで、ひたすら迷惑をかけているんだ。


でも、そんなことに気づくことなく、私は数年前の悪夢に落ち込んでいくのであった。

「プレイボール!」

主審の声が高らかに響き渡った。

私たちは先攻であった。

先頭打者のリョウタがいきなり初球をたたき、安打で出塁した。

「いける!1点でも入れば、少しは楽になる!がんばれ!」

しかし、チャンスは広がったものの後続が倒れ無失点に終わった。


いよいよ、マウンドに上がる。

口から心臓が飛び出るほど緊張していた。

私は、何より人に迷惑をかけることが嫌いだ。

迷惑をかけないためにも、くいのない投球をしなければいけない。

覚悟を決めた。


ベンチを出る前、監督に声をかけられた。

「打たせれば良い。気負うな。」

そう言われたと思う。あまり覚えていない。

マウンドが遠かった。

何度も言うようだが、この東京のマウンドに立つために自分なりに努力した。

5月から週2日、時間を作って、約1時間の走りこみもやった。

熱さになれるため、常にウィンドブレーカーを着込んでの走り込みだ。

死にそうだった。

同時に週1回の投げ込みもやった。

おかげで体力もつき、筋肉痛という言葉から開放された。

「あんだけやったんだ。必ずいける。大丈夫だ。」

そう何度も自分に声をかけ、マウンドに上がった。


投球練習は7球。

少し右にそれるが、まずまずストライクゾーンに入っていた。

「初球だ。これがすべてだ。」

そう思っていた。


バッターが入り、第1球を投じた。

球は思いのほか右にそれる。

「あたるな!逃げてくれ!」

そう願うしかなかった。

試合当日はなんともいえない天気であり、生暖かく、グラウンドに向かう電車の窓には雨がかかっていた。

「本当に大丈夫か?」不安にもさせられた。


試合開始の約30分前に野球場に到着した。

数年ぶりに見るが、相変わらず整備されたとてもきれいな野球場である。

ただ、私にとっては何一つ良い思いでのない場所であり、すぐに逃げ出したい気持ちでいっぱいになってしまった。


先発を告げられ、同時に捕手も教えられた。

先発捕手は、ゴリではなく、リョウタであった。

リョウタは大学まで 野球をやっており、技術、リード等においては文句なしの男である。

また、この東京にくるまで私の投げ込み練習に一生懸命に付き合ってくれた。


ただ、私にとって、ゴリの存在は大きい。

野球だけではなく、仕事や遊びなどでもゴリはいつも私を支えてくれ、ともに苦しみを分かち合った仲である。

正直、技術はリョウタより劣ると思うが、私の精神状況を誰よりも理解し、的確な助言をしてくれる。

そんなゴリを私は心から信頼していた。

そのようなことから、正直、先発捕手を聞かされたとき、戸惑った。

リョウタも私とゴリの関係はよく知っている。

もうひとつのチーム(今後、ここでは「ヤンチャーズ」にしておこう)でも、私とゴリ、ノリとリョウタがいつもバッテリーを組んでいた。

そんなことだったので、リョウタも私と同じ気持ちだった。

「キャップ、私が先発です。ゴリさんになんていえば。。。。。」

リョウタがアップの最中、声をかけてきた。

私としては、的確な回答を探すのに困惑していたのが正直なところである。


自分に問いかけた。

ただ、この職員野球部は「勝つ」ためのチームである。「楽しむ」ためのチームではない。

勝つためには、勝つ野球ができる技術・キャリアが必要である。

ひょっとしてゴリにはその何かが不足していたのかもしれない。

そうであれば、その不足していたものを認識し、一緒に努力してつければいいのだ。

そう割り切って、私は、リョウタとともにがんばろうと声をかけた。

今日の私の正妻は、ゴリではなく、リョウタである。


いよいよ、恐怖のマウンドが目の前に迫っていた。

逃げ出したかった。。。。。。


宿舎は東京の築地にあって、ここはいつもの定宿となっている。

到着するやいなやメンバーにお礼を述べた。

そんな中、第1試合で先発をしたノリと喜びの握手をした。

「明日はお願いします!」力強く手を握ってくれた。


「明日は投げなければならない。そして押さえなければならない。そしてそれは、今までの自分を払拭することである。」そう強く思っていた。

東京大会のマウンドには過去2回立ったことがある。

しかし、すべてストライクが入らず、自滅だった。

忘れたくても忘れられない。はっきりと覚えている。

ストライクゾーンが針の穴ほどしかないように感じてならなかった。

「せっかくみんな自腹きって東京まで野球しに来ているのに、俺のワンマンショーで試合をつぶしてはいけない。」そう考えれば考えるほどストライクは入らなかった。

この東京には、そんな「トラウマ」がある。


でも今回は違う、自分なりに努力した。

時間を作っては走りこんで、かつ汗だくになりながら必死で投げ込んだ。

また、もうひとつ所属しているチーム(ここでは「ヤンチャーズ」にしておこう)では、何度も試合をし、試合慣れし、制球も整ってきた自信がある。

苦しかったけど、自分なりに努力してきたつもりであるし、過去の自分に比べると、数段レベルアップしている自負があった。

「できる。できるさ。大丈夫。大丈夫。」

良いイメージだけを持って、乗り込もうと決めていた。


いよいよ東京大会が始まる。

しかし1回戦は、私と監督は仕事の都合で参戦できなかった。

監督と主将がいない状況でありながら、わが野球部は戦わなければならないが、当の残された選手たちは、なんとも思っていないようだった。

主将として、複雑な気持ちである。


さて、この東京大会は関東地方の大学が中心となり、全国から私立大学の教職員野球部が集まり、トーナメント形式で戦う。

暑い太陽の下で白球を追いかけ、まさに我々にとっての甲子園である。(ただ、出場するための予選はないが。。。。。)

ま、それはよいとして、負ければその時点で、さっさと京都に帰らなければならない。まさに、サドンデスだ。

いつ「死」がくるかわからないのだ。


8/1の第1試合では、私は千葉にあるホテル(研修会場)で試合の結果を待つだけだった。

そんな中、数本のメールが入ったが、研修中である以上、メールを見るわけにはいかない。

次の休憩までひたすら待つ。待つ。待つ・・・・・・。

研修に集中できない。あぁ、、、、悪循環である。

長い1時間であった、やっとのことで昼休憩に入り、一目散でメールをのぞいた。

メールは二人から来ていた。


「10対0 5回コールド勝ちです。明日やりましょう!」


そのうちの一人、いつも場を盛り上げ、いろいろ助けてくれるキャッチャーのゴリからのメールであった。

勝ったんだ。1回戦突破だ。

なんともいえないうれしさと、次の試合、投げなければならないというプレッシャーが襲ってきた。

そんな中、研修は無事に終わり、私は大急ぎで皆の待つ宿舎に向かった。


「ゲームセット!」

高らかに響き渡った主審の声が、私の心に突き刺さった。

「終わったなぁ・・・・」

何ともいえない寂しさと悔しさが入り交じり、心の底からこみ上げるものがあった。


勝てる試合だった。

ただ、私がしっかり投げてさえいれば、、、、、、。




私は今年で37歳になる。

京都在住の某大学につとめている事務職員である。

この大学には昔から教職員で組織された野球チームがあり、数年前まで、毎年東京にて開催される大会に参加していた。

しかし、仕事の関係やその他いろいろあり、8年ほど参加していなかった。


2007年夏、その野球部が久しぶりにユニフォームを新調し、この東京にやってきたのだ。

そして私は、「主将」として、背番号「10」を背負い参加する。

同時に「投手」としての顔も持つ。


さらにこの大会に参加するにあたって、大学から援助金をいただいたり、職場の応援もいただいている。

そう簡単に負けるわけにはいかない。

大きなプレッシャーを背に私たちは東京に向かった。


このブログは、9月1日よりアップします。

基本的には2日~3日に1回更新する予定です。


もう、しばらくお待ちください。

そして、ぜひ暇つぶしにご覧くださいね。


ただ、申し訳ありませんがコメントは拒否設定にしております。

皆さんの意見に影響されやすい性格ですし、恥ずかしがり屋の私は、コメントをいただいても対応ができないと思います。

みなさまの暇つぶしに読んで頂ければそれで結構です。


そして何より、このブログは自分自身のために作成しております。

その点、ご理解頂き、お許しください。


では、後日お会いしましょう。